第四十三話 人生は夢だらけ
* *【グラバ・シャクベルトの人生】* *
夢を見ていた。
グラバ・シャクベルトという名を持ち、
私はこの広く美しい残酷な世界に生まれた。
元々、私は星焉大陸のデエス帝国で生まれ、
色々な経緯を経てここ緑峰大陸にやってきたのだ。
私は幼い頃からとにかく魔法が好きで、
魔法への熱意は夢中という言葉がよく似合う。
ただ昔から損の多い人生で、
心配されたことも誰かを頼ったこともあまりない。
頼まれてしまうと成り行きで承諾して、
結果……後々自身の首を絞め続けてしまう。
べつに……それ自体苦痛じゃなかった。
歳を重ねるごとに頼られる回数は増え、
やりたいことも中途半端になり続けていく。
大体、十八歳の頃だろうか、
私の人生に転機が訪れる。
「なんだ一人で食事なんて寂しいなぁ」
「……誰です」
他愛のないどこにでもあるような店で、
私は自身を慰めるかのような食事をしていた。
そこで馴れ馴れしく隣に座ったのは、
後の領主、リアバダ様。
「一人で飯なんて寂しいだろう」
「……勝手にさせてください」
その頃の私は誰も信用できず、
温かい言葉をかけられても拒絶していた。
「あーあ、なんだ。意外に照れ屋なのか?」
バンバンと私の背中を叩くリアバダ様、
当時、そんな鬱陶しさを感じる振る舞いが少し──
「……まぁ、そうですね」
ほんの少しだけ嬉しかった。
たったそこでの少しの会話で、
最初は拒絶していたのに気がつけば私は、
リアバダ様と次また会う約束をしていたのです。
不思議でした。
自身からまた会いたいと思うなんて不思議だった。
それでも、同時に恐怖や不安はありました。
こうやって仲良くなれそうでも……
どこかで頼られてしまい、そこから常に頼られ始め、
次第に関係性は頼られるだけのものになってしまう。
何度もあった。そんなこと何度も……
だからこそ、怖かったし不安だったし、
私は、はっきり言って諦めていましたね。
どうせ同じだろう。どうせ頼ってくる。
どうせ今まで通り。どうせ……どうせ。
「グラバ、暇なら余と共に来い」
「……え?」
どうせ……?
「お前の話を聞いているとな。
グラバの人生はすごいつまらないと感じる」
「失礼ですね……」
リアバダ様が貴族であることも知っていました。
聞けば、リアバダ様は旅をして世界を知り、
故郷で領主になるため頑張っていると……
それに比べて私は自分のために生きていなかった。
「ですが……よろしいのですか?」
「旅は長い、3年程度か? 3年で余は三十歳だ。
3年で余は緑峰に帰る。……はっきり言っておくが、
余と共に来れば、楽しい人生を魅せてやる」
根拠なんてない断言……
いつもの私ならそんなの断っていた。
ただ……
「……そこまで言うなら行きましょう。
ちょうど、今だけは暇だったので」
当たり前に価値があるとは思えない。
変わってみたい、そんな好奇心だけが原動力。
「はは、なら決まりだな。てことで今日から仲間だ。
仲間になったからには、余も聞きたいことがある。
グラバはなんで今まで人の手助けばっかしたんだ?
それをして何か恩返しとかされたのか?」
「されてないですよ」
リアバダ様は私にそう聞いてきました。
「はぁ? なら、なぜしてたのだ」
「……皆、弱みを抱えて生きている。
十八歳などと言う年齢でこう言うのは、
少しばかり生意気ですが……私は──」
誰しも弱みを抱えて生きていて、
常に頭を悩ませ続けている。
誰からも手を差し伸べられない者はいずれ、
黒く沈み二度と上がってこない。
「誰もが手を伸ばさない中でも、
私だけは手を伸ばしていたいんです」
そのせいか、頼られることは嫌いじゃなかった。
ただ、私は夢を見ていたのです。
対等に関わってくれる″友″と言える存在……
「……ははっ!! なら余もそれを真似るぞ!
グラバ、余の手を握れ!! 引っ張ってやる。
お前のその人生を鮮やかにしてみせよう」
それが私がリアバダ様の熱に浮かされた瞬間、
その日から今に至るまで、私は浮かれている。
「グラバ、こうして領主になったわけだが……
そのなんだ……余は一人では……だから──」
「らしくありませんね……リアバダ様。
頼ってください、慣れてますから」
その時のリアバダ様の顔はよく覚えています。
「……はっ、はははっ! そうか!!
頼るぞ! グラバが後悔するほどに頼るからな!!」
太陽のような笑顔、皆を照らす光、
眩しかった……目を閉じてしまうほどに。
そこから月日は流れ、息子のリクラト様や、
孫に当たるリルメスお嬢様と増えていった。
「グラバよ。どうだ人生は?」
「正直、昔より大変ですよ」
「んがはははっ、そうかそうか。
それでは聞こう、楽しいか?」
「えぇ……毎日、心が躍るほどに」
リクラト様もわがままだった。
リルメスお嬢様もとてもわがままだった。
ただ、どちらも笑顔だけは太陽のようだった。
それだけで私の苦労は消えていく、
悩みだってありましたけど、それでも楽しい。
無理難題でさえ、苦痛ではない。
なぜなら──
「……親友、これからも頼むぞ」
リアバダ様のその笑顔を絶やしたくないから。
「もちろんでございます。親友」
* * *
「リアバダ様ッ!!」
「おぉグラバか」
「……っ、早く逃げましょう!!」
戦争が起きた時、私はリルメスお嬢様をエルメットさんに預け、リアバダ様に会いに行った。
「時にグラバよ。余の人生幸せであった」
「こんな時に……いえ、今なら間に合います!!」
リアバダ様はいつも書斎におり、
椅子に座って本などを読んでいる。
ただ、この日は窓の外を眺めていた。
「妻のラユエマが死んでから、
余は少しばかり絶望した。
ただグラバ、お前がいたから楽しかった」
リアバダ様はこの戦争で死ぬ覚悟を決めている。
もう助かる気もない状態だった。
「リアバダ様……」
「リクラトも城で嫁と共に死ぬようだ。
グラバ、この行為に意味があると思うか?」
そんなことを聞いてきた。
「っ……ない、とは言い切れません。
貴族とは、生まれてから死ぬまでのその期間が、
常に高貴なものでなければならないと……」
「あぁそうだ。余もそう思ってしまった」
受け止め難い現実。
「ただ一つだけ、頼みがある」
リアバダ様は最期に頼ってくれた。
「リルメスを……頼んでもいいか?」
……戦争。それは結末がどうなろうと、
必ず犠牲という悲劇の起こる最悪の出来事。
「リルメスお嬢様を……」
「グラバ……結局頼ってばっかだった。
余はグラバがいたから領主になれたのだ。
だから、ただ一言……ありがとう」
椅子から立ち上がって部屋に飾られている剣を持つリアバダ様、それは旅をしていた時に使っていた物。
「リアバダ様……私はっ」
「言うなグラバ……生きてしまいたくなる」
私は……その言葉を貴方に返したかった。
「いずれここにも敵が来るだろう……
余の散り際は血飛沫にて飾り上げる。
栄えた者の去り際は酷く寂しいものなのだ。
グラバよ。最後に聞かせてくれ」
リアバダ様は私に顔を見せてくれた。
それはあまりにも暖かく、
ギラギラともしていない穏やかな微笑み、
死を確信した者が感じる最期の幸せを表す笑顔。
「楽しいか? 人生は」
「…………楽しいです」
言えない。
リアバダ様がいないと楽しめないなど、
私は絶対に言えない。
「そうか……では、リルメスを頼んだ」
「御意……」
涙をグッと堪えて私は走った。
託された意志を踏み躙らないために。
『グラバ、余は思うのだ。
人生とは夢の集合体だとな』
『それはどういう……?』
『この世に生まれて辺りを見渡せば、
あまりにも夢は溢れていて、目は一切休憩出来ぬ。
ただ、それだけなのだ。数ある夢の中から一つに向かって走る。それが人生の道というやつなのだ』
夢を見ていた。
『グラバ。人生は夢だらけだ。
いずれ余のことなど忘れるくらい楽しめ』
この人に死ぬまで仕え続けることを──




