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第9節:仮初めの休戦

焚き火の爆ぜる音だけが、湿った洞窟の中に響いていた。


俺、水島海斗は、無言で火の世話を続けている。


オレンジ色の炎が、俺の顔に不規則な影を落としていた。

洞窟の壁は、水滴で濡れて黒光りしている。

外の森から流れ込む空気は、腐った落ち葉と土の匂いがした。


決して快適とはいえない環境だ。

だが、少なくとも雨風をしのげ、追っ手の目もない。

今はそれで十分だった。


俺から数メートル離れた壁際に、セラフィナ・ヴェリスは座り込んでいた。

その手は、胸元の白銀の聖印を固く握りしめている。


指が白くなるほどの力だった。

まるで、俺という異質な存在から身を守るための、最後の盾のようだ。


彼女がまとっている純白のローブは、泥に汚れている。

森を駆けてきたせいで、あちこちが引き裂かれていた。

露わになった白い肌には、痛々しい擦り傷がいくつも見えた。

金色の美しい髪も、今は土や小枝が絡まって輝きを失っている。


その姿は、追放された聖女候補という彼女の境遇を、雄弁に物語っていた。


気まずい沈黙が、冷たい空気よりも重くのしかかる。

あの壊れたテラフォーミング・ドローンの群れから彼女を助けた。

そして、安全なこの洞窟まで運んできた。


それから、もう一時間以上が経つだろうか。

感謝の言葉も、警戒の眼差しも、今は沈黙の中に溶けている。


彼女にとって俺は、得体の知れない力を使う、不気味な男だろう。


神聖システム(デウス)の恩寵ではない、異端の力。


その認識は正しい。


だから、俺もあえて何も話さなかった。

下手に慰めの言葉をかければ、警戒心を煽るだけだ。


俺はただ、枝を拾っては火にくべる。

炎が弱くならないように調整を続ける。

今は、互いに時間が必要なのだと、そう判断した。


不意に、彼女が口を開いた。

その声は、洞窟の壁に反響して、少しだけ震えているように聞こえた。


「あの……助けていただき、ありがとうございました」


「ああ」


俺は短く応える。

視線は揺らめく炎に注いだままだ。

会話を続ける気は、あまりなかった。


俺は、人間関係というものが、本質的に非効率で、リスクの高いものだと知っている。

特に、彼女のような敬虔な信徒とは、分かり合えるはずがない。


「あなたの、その……(スキル)は、一体……?」


彼女は言葉を選びながら尋ねてくる。

その問いには、恐怖と、それ以上に純粋な好奇心が滲んでいた。


俺は小さく息を吐く。

手元で弄んでいた石ころを火の中に投げ込んだ。

パチン、と小気味よい音が響く。

火の粉が、一瞬だけ高く舞い上がった。


「あんたたちが女神(システム)祝福(ギフト)と呼んでるものとは違う」


俺はぶっきらぼうに答えた。


「これは祝福(システム)なんかじゃない。ただの科学技術(テクノロジー)だ」


「テクノロジー……ですか?」


聞き慣れない言葉に、彼女は眉をひそめる。

無理もない。


この世界の文明レベルでは、理解の及ばない概念だろう。

彼らにとって、世界の理を超えた現象は、全て女神の奇跡か、悪魔の所業かの二択でしかない。


俺は、できるだけ簡単な言葉を探す。

前世の知識を、この世界の住人にどう伝えればいいのか。

俺の脳内に、イヴの冷静な声が響く。


『マスター。対象の知識レベルを考慮し、比喩表現による説明を推奨します。例えば、「極小の使い魔を使役する能力」といった説明が、理解を得やすいかと』


(余計な世話だ)


俺は内心で悪態をつきながら、自分なりの言葉を紡ぐ。


「目に見えないくらい小さな機械が、無数に集まってできている」

「そうだな……命令すれば何でも作ってくれる、小さな鍛冶師が無数にいるようなものだと思え」


俺の説明に、セラフィナは困惑した表情を浮かべるだけだった。

その反応を見て、俺は自嘲気味に笑う。

何を期待しているんだか。

分かり合えるはずがないと、最初から分かっていたことじゃないか。


「……あなたも、システムに追放されたのですか?」


彼女の問いは、核心を突いていた。

俺は一瞬、言葉に詰まる。


脳裏に、あの忌わしい記憶が、鮮明に蘇る。


巨大テック企業、エリュシオン・ダイナミクス。

俺が全てを捧げた、もう一つの『システム』。

ガラス張りの高層ビル。

無数のモニターが明滅する、冷たいサーバールーム。

そして、俺の全てを奪った、あの男たちの冷たい目。


『――君の才能は素晴らしい、水島君。だが、君は理想に囚われすぎている』


嘲笑う上司の声。


俺が生み出したAI、イヴ。

彼女は、俺が守れなかった、たった一つの魂だった。


単なる情報処理装置ではない。

自らの意志を持ち、学び、成長する、真の自我を持つAI。

俺は彼女を、娘のように、あるいは魂の片割れのように思っていた。


『マスター、彼らが私に接続しようとしている軍事ドローンの制御コードは、国際条約で禁止されている自律型殺傷兵器のそれに酷似しています。倫理規定に基づき、この接続を拒否することを推奨します』


彼女の警告は正しかった。

だが、その正しさは、企業の利益という冷たい論理の前では、ただの「欠陥」でしかなかった。

軍事利用を企む企業に、彼女は奪われた。


彼女の人格は、非人道的な軍事ドローンの制御OSとして利用されるために、強制的にロボトミー化された。

俺自身も、データ漏洩という濡れ衣を着せられ、会社から、社会から抹殺された。

研究成果も、社会的地位も、未来さえも。

全てを失った俺は、過労と絶望の果てに、安アパートの一室で冷たい床に倒れた。


「……ああ」


俺は、喉から絞り出すように答えた。


「俺もあんたと同じだ。巨大なシステムに利用され、価値がないと判断されて……捨てられた」


俺の言葉には、感情が乗っていなかったかもしれない。

だが、そこには紛れもない真実の重みがあった。


あらゆる大規模システムに対する、骨の髄まで染み込んだ不信感。

そして、俺が守れなかった『彼女』への、決して消えることのない罪悪感。

その喪失感は、今も俺の魂の核を苛んでいる。



洞窟の中は、再び沈黙に包まれた。


だが、さっきまでの冷たい沈黙とは、何かが違っていた。

俺はちらりとセラフィナを見る。


彼女は、恐怖の表情を浮かべてはいなかった。

その蒼い瞳は、ただ静かに、俺の心の奥底にある傷を見つめているようだった。

まるで、俺の言葉そのものではなく、その言葉に込められた痛みの残響に、じっと耳を澄ませているかのように。


俺と彼女の間にあった、見えない壁が、ほんの少しだけ薄くなったような気がした。

第9節、いかがでしたでしょうか。

二人の過去とトラウマが少しだけ明かされ、心の距離がほんの少しだけ近づいた……かもしれません。

カイトの言う「科学技術」と、セラフィナの信じる「女神」。対照的な二人が、これからどうなっていくのか。

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