第8節:異端者の救済
戦場に、静寂が戻った。
俺は、残りのドローンたちが後退していくのを、ただ静かに見送った。
彼らにとって、俺はもはや獲物ではない。
理解不能な脅威だったのだろう。
彼らの行動アルゴリズムは、脅威レベルが自己の処理能力を上回る対象からは撤退するようプログラムされている。
俺は、彼らの論理の中で、災害級の脅威に再分類されたのだ。
全ての脅威が去ったことを確認し、俺はゆっくりと倒れている少女に近づいた。
金色の髪が地面に広がり、その白い頬には土の汚れがついている。
気を失っているわけではないようだ。
ただ、恐怖と疲労で動けないだけだろう。
彼女の蒼い瞳が、怯えたように俺を見上げていた。
俺は無言で手を差し伸べた。
その手は、泥と、ドローンの作動油で汚れていた。
「どうやら俺たちは、システムに捨てられた壊れた玩具らしい。生き延びたいなら、協力すべきだ」
俺の声には、英雄的な響きも、甘い慰めもなかった。
ただ、冷徹な事実だけがそこにあった。
少女――セラフィナは、差し出された俺の手と、俺の顔を交互に見つめる。
その瞳に宿るのは、感謝ではなかった。
安堵でもない。
それは、未知の存在に対する、純粋な畏怖と警戒の色だった。
無理もない。
彼女の目には、今の戦いがどう映ったのだろうか。
魔法の詠唱も、スキルの輝きもない。
ただの男が、石ころを投げて鋼鉄の魔物を次々と破壊していく。
それは、彼女が知るこの世界の理から、あまりにも逸脱した光景だったはずだ。
彼女が信じてきた女神の奇跡とは、あまりにも異質で、冒涜的にさえ見えたかもしれない。
それでも、彼女はゆっくりと、震える手を伸ばした。
俺の汚れた手を、おそるおる握る。
その手は驚くほど冷たかった。
俺が彼女を立たせようとした時、その視線が彼女の膝に落ちた。
転んだ際にできたのだろう。
ローブが破れ、白い肌に痛々しい擦り傷ができていた。
赤い血が滲んでいる。
「……動くな」
俺は短く言うと、その場に膝をつき、彼女の傷にそっと手をかざした。
「え……?」
セラフィナが戸惑いの声を上げる。
聖職者である彼女は、次に何が起こるかを予測した。
治癒のスキル。
温かい聖なる光が、傷を癒すはずだ。
だが、彼女が感じたのは、予測とは全く異なる現象だった。
温かい光ではない。
ただ、奇妙な、生命の胎動にも似た微かな温かさが、俺の手のひらから伝わってくる。
そして、彼女は信じられない光景を目撃した。
聖なる光が傷を覆い隠すのではない。
彼女の傷そのものが、まるで映像を逆再生するかのように、ひとりでに治っていくのだ。
引き裂かれた皮膚の組織が静かに再構成されていく。
出血が止まり、真新しい皮膚が傷跡一つなく再生していく。
イヴが、俺の指示に従って生体干渉用ナノマシンを操作しているのだ。
細胞レベルでの修復を行っている。
彼女の目には、生命の理そのものが、目の前で書き換えられているかのように見えただろう。
それは冒涜的で、しかし神々しい光景。
彼女の信仰が、その根底から揺さぶられる音がした。
「あ……あ……」
セラフィナは、声にならない悲鳴を上げた。
これは、女神の奇跡ではない。
彼女が知る、いかなる治癒魔法とも違う。
それは、もっと根源的で、もっと冒涜的で、そしてもっと……美しい、創造の御業そのものだった。
数秒後、彼女の膝にあったはずの傷は、完全に消え失せていた。
俺は何も言わずに立ち上がり、改めて彼女に手を差し伸べる。
セラフィナは、恐怖と畏怖が入り混じった表情で俺を見つめた。
そして今度はしっかりと、その手を握り返した。
こうして、二人は出会った。
神聖システムに『測定不能』と追放された、科学の徒。
システムに『論理的矛盾』と断じられた、慈悲の聖女。
システムにゴミと欠陥品と見なされた二人の異端者。
彼らは、世界を書き換えるための、最初の契約を交わした。
彼らの前には、果てしない絶望が広がっている。
だが、その瞳には、世界への反逆の光が、確かに灯っていた。
ここまで読んでくださり、本当に、本当にありがとうございます! ウィンダーるです。
8話連続投稿、いかがでしたでしょうか。
追放された天才と落ちこぼれの聖女。二人の反逆の旅が、今、始まりました。
これから彼らは、この理不尽な世界にどう立ち向かっていくのか。偽りの神の正体とは? そして、彼らを追放した者たちへの「ざまぁ」は果たされるのか?
彼らの未来が気になる、面白い、続きが読みたいと思っていただけたら、ぜひ下の☆☆☆から評価と、ブックマーク登録をよろしくお願いします!
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