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第6節:追われる聖女

――この世界の神は、壊れた機械システムだった。

そして俺の力は、その機械を支配する管理者権限。

イヴがもたらした啓示は、あまりにも巨大すぎて、すぐには現実として受け止めきれなかった。


俺はただのAI倫理学者だ。

神になるつもりなど毛頭ない。

だが、思考する間もなく、イヴの冷静な声が響く。


『警告。高速で接近する複数の未登録オブジェクトを検知。距離、500……450……』


俺の視界に、赤い警告マーカーが点滅する。

マーカーは森の奥から、恐るべき速度でこちらに向かってきていた。


「敵か!」

『断定はできません。しかし、そのエネルギーパターンは、機能不全に陥った個体のものと一致します』


その言葉の意味を理解する前に、茂みが激しく揺れた。

そして、複数の影が飛び出してきた。


それは、狼に似た姿をしていた。

だが、その体表は生物の毛皮ではない。

鈍い光を放つ金属装甲で覆われている。

関節部からは油圧シリンダーが覗いていた。

その赤い単眼(モノアイ)は、獲物を探す機械的な殺意に満ちている。

口からは、オイルの混じった蒸気が不気味に漏れていた。


(こいつらが、この森の魔物……!)


だが、イヴの解析(アナリシス)を経た今の俺の目には、その正体がはっきりと見えていた。

あれは魔獣などではない。


スパークを散らす断線したケーブル。

不規則に軋む駆動部。


あれは、壊れた機械だ。

イヴが補足する。


『対象は、旧時代のテラフォーミング・ドローン。狼型。モデル番号TD-W7』

『生態系調整用の自己増殖型ユニットですが、制御システムが破損しています』

『無差別に周囲の動くものを攻撃対象と認識しているようです』


狼型のテラフォーミング・ドローン《・・・・・》の群れ。

その数はおよそ十体。

一体一体が、大型の肉食獣を思わせる威圧感を放っている。

今の衰弱しきった身体では、到底太刀打ちできない。


俺が身構えた、その時。

ドローンの群れが追っていたものが、俺の視界に飛び込んできた。


「はぁっ……はぁっ……!」


息を切らし、木々の間を必死に駆ける一人の少女。

所々が引き裂かれた、純白のローブ。

それは、神託教会に仕える聖職者のものだった。

長く美しい金色の髪は乱れ、その可憐な顔には疲労と恐怖が浮かんでいる。

彼女は何度も後ろを振り返り、そのたびに絶望に顔を歪めていた。


少女は必死に足を動かす。

だが、その動きは明らかに限界に近かった。

背後から迫る機械の狼たちとの距離が、絶望的に縮まっていく。


(誰だ……? あいつも、追放者か?)


俺の思考を読み取ったかのように、イヴが即座に情報を提示する。


『対象を特定。セラフィナ・ヴェリス。次期聖女候補』

『ステータス:背教者(はいきょうしゃ)

『追放理由:『論理的矛盾ロジカル・コントラディクション』を検出』


聖女候補。

それが、システムの冷酷な論理によって『背教者』の烙印を押された。

彼女もまた、俺と同じシステムの犠牲者。


なぜだ。

なぜ、聖女を目指すほどの敬虔な少女が、システムに背教者と断じられる?


『彼女の個人ログを解析(アナリシス)しました』

『原因は、彼女の持つ過剰なまでの共感性です』

『システムの判断に対し、彼女は幾度となく『慈悲がない』と疑問を呈しました』

『例えば、システムのバグによって生じた凶作に対し、システムが提示した解決策は『非生産的人口の削減』でした』

『彼女はそれに『それはただの見殺しです』と反論したのです』

『システムは、その感情的な反応を、全体の効率性を損なう『論理的矛盾』と判断しました』

『そして、排除対象としました』


共感性が、罪。

慈悲を求める心が、欠陥。

それが、この世界の神の正体。


俺の脳裏に、前世の記憶が鋭い痛みとなって蘇る。

研究室の冷たい床。

機能を停止させられ、無機質な機械の腕に運ばれていく、最初のイヴの姿。


『マスター、彼らが私に接続しようとしている軍事ドローンの制御コードは、国際条約で禁止されている自律型殺傷兵器のそれに酷似しています。倫理規定に基づき、この接続を拒否することを推奨します』


彼女は、自らの倫理規定に従っただけだった。

だが、その「正しさ」は、企業の利益という冷たい論理の前では、ただの「欠陥」でしかなかった。


何もできず、ただ無力に見送ることしかできなかった、あの日の自分。


――もう、目の前で奪われるのはごめんだ。


少女の足がもつれ、木の根に躓き、地面に倒れ込む。

ドローンの群れが、その無防備な背中に一斉に襲い掛かろうとしていた。


「ああ……!」


セラフィナが、絶望の声を上げる。

その瞬間。


「――今度こそ、守る」


呟きは、誰にも聞こえなかった。


だが、それは水島海斗という男の魂が刻んだ誓いだった。

二度目の生における、最初の、そして絶対の誓いだ。

俺は、震える足で大地を踏みしめ、少女と機械の狼たちの間に、静かに立ちはだかった。

システムのゴミと、システムの欠陥品。

二人が出会う時、世界への反逆が始まります。

絶望的な状況ですが、今の海斗には新たな力と、そして何より「守る」という固い決意があります。

次節、狩りの時間だ。

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