第15節 最初の共同作業
廃棄の森を進む俺たちの足取りは、驚くほど順調だった。
セラフィナの知識と、俺の技術。
二つが合わさることで、この死の森は、まるで整備された街道のように安全な道へと変わっていた。
「この先、右手の岩陰に『眠り茸』の群生地があります」
「胞子を吸うと数時間は意識を失いますので、風下を避けて進みましょう」
「了解だ。イヴ、風向きを計算しろ」
「それと、空気中の胞子濃度をスキャン。安全マージンを確保したルートを提示しろ」
『北東から微風。胞子濃度は10メートル先から危険域に達します』
『左手の斜面を50メートル登り、尾根を越えるルートを推奨します』
セラフィナの「知識」が危険を予知し、俺の「技術」が最適な回避策を提示する。
彼女が航海士なら、俺は機関士といったところか。
時折現れる魔物も、俺が作った音響ルアーで別の方向へ誘導し、戦闘を避ける。
イヴが魔物の可聴領域をスキャンし、最も効果的な周波数を割り出す。
ルアーから発せられる、獲物の悲鳴に似せた音や、天敵の威嚇音。
それに、魔物たちは面白いように釣られていった。
全てが計画通りに進んでいた。
進みすぎていた、と言ってもいいくらいに。
俺たちは、森の出口まであと半日ほどの距離にある、比較的開けた場所までたどり着いた。
ここまで来れば、もう大丈夫だろう。
そんな油断が、俺の中に芽生え始めていた。
『警告。マスター、前方150メートル。複数の高エネルギー反応を検知』
『パターン照合……神託教会所属の聖騎士団と98.7%の確率で一致』
イヴの鋭い警告が、俺の思考を現実に引き戻す。
茂みの向こうから、複数の人影が現れた。
全身を鋼の鎧で固め、腰には長剣を帯びている。
その胸に刻まれた紋章は、神託教会が擁する最強の武力、聖騎士団のものだった。
「……見つかったか」
俺は舌打ちする。
数は6人。
セラフィナの予測ルートを外れた、斥候部隊だろうか。
運が悪かった、としか言いようがない。
「見つけたぞ! 異端者どもめ!」
騎士の一人が俺たちを指差し、叫んだ。
その声には、獲物を見つけた狩人のような、残忍な喜びが滲んでいた。
「特に、そこの女! 堕ちた聖女セラフィナ・ヴェリスだな!」
「神聖なる教会の名において、その身柄を拘束する!」
「抵抗すれば、その場で斬り捨てても構わんとのご命令だ!」
騎士たちが一斉に剣を抜き放ち、じりじりと包囲の輪を狭めてくる。
その目には、狂信的な光が宿っていた。
問答無用、ということらしい。
彼らにとって、俺たちはもはや人間ではない。
駆除すべき害虫なのだ。
「カイトさん……!」
セラフィナが俺の袖を掴む。
その手は小さく震えていた。
彼女の顔からは血の気が引き、かつて自分もその一員であった組織からの、剥き出しの敵意に怯えている。
「下がってろ。こいつらは俺がやる」
俺は彼女を背後にかばい、懐から光学迷彩のマントと、非殺傷の罠を取り出す。
だが、俺が行動を起こすよりも早く、セラフィナが動いた。
彼女は俺の前に進み出ると、儀礼用としか思えない、装飾の施された小さな短剣を抜き放ったのだ。
その刀身は、彼女の決意を映して、鈍く光っていた。
「待て、セラフィナ! お前じゃ……!」
無理だ、と言いかけた俺の言葉は、途中で途切れた。
先頭の騎士が、大上段から剣を振り下ろす。
鋼の塊が、セラフィナの華奢な身体を叩き潰さんと迫る。
絶望的な光景。
しかし、セラフィナは動じなかった。
彼女は最小限の動きで半身をずらし、振り下ろされる剣の側面を、短剣の腹で受け流す。
キィン、と甲高い金属音が響き、剣の軌道が逸れる。
騎士は勢い余って、前のめりによろめいた。
「なっ……!?」
信じられない、という表情で騎士が振り返る。
セラフィナは、ただ静かに、美しい所作で短剣を構え直していた。
その立ち姿は、まるで熟練の剣舞士のようだった。
それは、聖女候補として叩き込まれたという聖なる武術。
力で敵を打ち砕くのではなく、相手の力を利用し、受け流し、無力化するための護身の技。
彼女の動きは、まるで舞踏のようだった。
次々と襲いかかる騎士たちの猛攻を、彼女は柳のようにしなやかにいなしていく。
剣と剣が打ち合う派手な音はない。
ただ、流れるような動きと、金属が擦れる澄んだ音だけが、森の静寂に響いていた。
一人の騎士が突きを繰り出せば、彼女は紙一重でそれをかわし、相手の手首を短剣の柄で打ち据える。
別の騎士が横薙ぎに斬りかかれば、身をかがめてその下を潜り抜け、体勢を崩した相手の背後に回り込む。
俺は、その光景に完全に不意を突かれていた。
守るべき、か弱い少女。
そんな先入観は、この瞬間、木っ端微塵に砕け散った。
彼女は、ただの情報源でも、守られるだけの存在でもない。
この絶体絶命の状況で、自らの足で立ち、武器を手に取り、戦うことができる、一人の戦士だった。
彼女は、俺のために時間を稼いでいる。
受動的に守られるのではなく、能動的に、戦術的な機会を創り出しているのだ。
俺が仕掛けるための、最高の舞台を。
だが、多勢に無勢。
どれほど巧みに攻撃をいなそうと、体力の差は歴然だった。
鋼の鎧をまとった騎士たちに対し、彼女は薄いローブ一枚。
一撃でも受ければ、それで終わりだ。
セラフィナの呼吸が、少しずつ乱れ始める。
額には玉の汗が浮かび、その動きから、徐々に流麗さが失われていく。
そして、ついに。
一人の騎士の陽動に気を取られた瞬間、別の騎士が背後から回り込み、その剣を振り上げた。
まずい。
――セラフィナッ!
セラフィナが危ない! カイトは間に合うのか!?
そして、彼の『戦場のハッキング』とは一体……!?
息をのむ展開の連続です!
二人の運命を見届けたい方は、絶対にブックマークと、ページ下の【☆☆☆☆☆】での評価をお願いします! 皆様の応援の一つ一つが、カイトが絶望から立ち上がるための力になります。




