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第14節 ナノマシン工房

セラフィナが示した脱出計画は、完璧だった。


だが、その実行にはいくつかの特殊な道具が必要となる。


『推奨装備リストを提示します』

『非殺傷性の音響罠、魔物の注意を引くための音響ルアー、そして短時間、術者の姿を不可視にする光学迷彩』

『加えて、追手の索敵魔法を妨害するための、限定的なジャミング装置も推奨されます』


イヴが淡々と必要物品をリストアップする。

どれもこれも、この世界の技術レベルではオーパーツ級の代物ばかりだ。


「……店も金もないんだが、どうやって調達するんだ?」


俺の皮肉っぽい問いに、イヴは無感情に答えた。


『調達ではありません、マスター。創造です』


「そうだったな」


俺は苦笑し、洞窟の外へと歩き出した。

道具の材料集めは、セラフィナの独壇場だった。


「カイトさん、音響装置には、圧力をかけると微弱な電気を発生させるこの『鳴り石』が使えるかもしれません」

「聖歌隊が使う音響増幅の聖具にも、これが使われていると聞きました」

「この『幻光花』の鱗粉は、光を複雑に屈折させる性質があります。光学迷彩に応用できませんか?」

「この蔓は『鉄カズラ』です。その名の通り、鋼のように強靭で、しかも電気を通しやすい。配線の代わりになるかもしれません」


彼女の植物学や鉱物学の知識は、聖女候補としての教養の域を遥かに超えていた。

それは、この世界の森羅万象が女神の創造物であるという信仰に基づき、その一つ一つを深く理解しようと努めてきた彼女の真摯さの現れだった。


俺は彼女が持ってくる素材を、イヴに即座にスキャンさせ、その物理特性をデータ化していく。


(……面白い。この『鳴り石』、圧電効果を持つ結晶構造か。地球の水晶とほぼ同じ原理だな)

(幻光花の鱗粉は、マイクロレンズ構造によく似ている)

(鉄カズラは……炭素繊維と導電性ポリマーの複合体か? 自然発生したとは信じがたいな)


俺の科学的知識と、彼女の博物学的知識が、互いに共鳴し、新たな可能性を生み出していく。

それはまるで、異世界のテクノロジーをリバースエンジニアリングしているかのようだった。

数時間後、俺たちの前には、道具の材料となりそうなガラクタの山が築かれていた。


硬い鉱石を含んだ岩。

強靭な蔓植物。

そして、乾いた木々。


「カイトさん、本当にこんなもので……?」


セラフィナが不安そうな顔で、集めた材料の山を見る。


「ああ。問題ない。少し離れて見てろ」


俺は彼女を下がらせると、材料の山の前に座り込み、目を閉じた。

意識を集中させ、魂に宿る相棒に語りかける。


(――イヴ。始めるぞ)


『了解、マスター。|ナノマシン・プロトコル《・・・・・・・・・・・》、起動。対象素材の分子構造解析(スキャン)を開始します』


俺の視界が暗転し、代わりに膨大な情報が流れ込んでくる。


岩の結晶構造。

蔓の繊維組成。

木のセルロース配列。


それら全てが、イヴによって瞬時にデータ化されていく。

ナノマシンが素材の表面を覆い、原子の一つ一つをスキャンしていく感覚。

それは、指先で複雑な機械の内部構造を探るような、繊細で膨大な情報処理だった。

精神が激しく摩耗していく。


セラフィナの視点から見れば、それは奇妙な光景だったに違いない。

俺が拾い上げたただの石ころに触れると、それが淡い光を放ち始めたのだ。

光の中で、石は形を失い、銀色の液体のように融解していく。

それはまるで、意思を持った水銀のようだ。

それは、俺の権能(スキル)による分子再構成アトミック・リコンストラクションの始まりだった。


(――第一工程、完了。対象素材の原子レベルへの分解、完了した)


『はい、マスター。続いて第二工程。設計図ブループリントの読み込みを実行します』


俺の脳裏に、イヴが提示した音響ルアーの複雑な設計図が浮かび上がる。


圧電素子、増幅回路、周波数ジェネレーター。

前世であれば、精密機械工場でなければ製造不可能な代物だ。

だが、今の俺にはできる。


俺の創造(クリエイション)の権能は、魔法じゃない。

物質を原子レベルで組み替える、究極の科学技術だ。


(――最終工程、開始。設計図に基づき、原子配列を再構築する)


銀色の液体が、俺の意思に応じて形を変え始める。

それはまるで、意思を持った粘土細工のようだった。

液体はまず、薄い円盤状に広がる。

その表面にナノマシンがミクロン単位の精度で回路を刻み込んでいく。

セラフィナが持ってきた『鳴り石』の原子が、圧電素子として再配置される。

鉄カズラの繊維が、極細の配線として組み込まれていく。


セラフィナは息をのんで、その光景を見つめていた。

ガラクタの山が、洗練された未知の機械アーティファクトへと姿を変えていく。

最初に完成したのは、掌サイズの円盤だった。

表面には複雑な幾何学模様が刻まれている。

音響ルアーだ。


次に、地面に設置する罠が、蔦と鉱石から編み上げられていく。

それは、獲物が踏むと高周波の音波を発生させ、神経系を一時的に麻痺させる非殺傷性の罠だった。


最後に、木々の葉や樹皮、そして幻光花の鱗粉が分解される。

そして、光を屈折させる特殊な繊維で織られたマント――光学迷彩が形作られた。

ナノマシンが繊維の一本一本の表面構造を制御する。

周囲の光景をリアルタイムでマントの表面に投影するのだ。

それは、魔法による不可視化とは全く異なる、科学技術の結晶だった。


(これは……祈りじゃない。奇跡でもない)

(これは……設計図。世界を、その根源から書き換えるための……)


彼女は、俺の力の正体を、その破壊的な側面ではなく、創造的な側面から初めて理解した。

それは、女神が与えたもうた恩寵などではない。

世界の理そのものを記述し、編集する、恐ろしくも美しい法則の行使。


「……できた」


俺は目を開け、額の汗を拭う。

ナノマシンを精密に制御する作業は、精神を激しく消耗する。

まるで、数時間ぶっ通しで複雑なプログラミングを行った後のような疲労感だった。

目の前には、数時間前まではただのガラクタだったものたちが、洗練されたサバイバルツールとなって並んでいた。


俺は少しばかり疲れた頭で、しかし満足げに、呆然と立ち尽くすセラフィナに声をかけた。


「どうだ。これだけあれば、騎士団の一個小隊くらい、どうとでもなる」


セラフィナは、畏怖と、そしてほんの少しの興奮が入り混じったような表情で、俺を見つめ返した。


「あなたの力は……本当に……」


彼女は言葉を探すように、少しだけ逡巡した。


「……希望、ですね」


そう言って、彼女は微笑んだ。

俺は、その言葉にどう返すべきか分からなかった。

ただ黙って完成したばかりの道具を手に取るだけだった。


希望、か。


前世で、俺がイヴに託そうとして、そして守れなかったものだ。


二度と、手放すものか。

俺は心の中で、静かに誓った。

カイトの工房、いかがでしたか?

さあ、道具は揃いました。いよいよ森の奥深くへ。

しかし、彼らを待っていたのは、予測不能の追手でした。絶体絶命のピンチ!

次回、二人の絆が試されます。続きが気になったら、ブックマークをお忘れなく!

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