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第13節 脱出計画

湿った洞窟の中に、焚き火の爆ぜる音だけが響いていた。

オレンジ色の炎が、俺とセラフィナの顔に不規則な影を落とす。


俺は無言で火に枝をくべながら、思考を切り替えた。


感傷に浸っている暇はない。

生き延びるためには、次の一手を考えなければ。


昨夜、セラフィナのユニークスキルが、この世界のバグを検知する生体センサーであることが判明した 。


彼女が感じ取った「不協和音」。

その発生源は、東。

そこには、俺たちが解決すべき、最初の「バグ」があるはずだ。


だが、そのためにはまず、この魔物が蔓延る『廃棄の森』から生きて脱出しなければならない。

追放されてから、まともな食事も睡眠も取れていない。

疲労は蓄積し、思考力も鈍っている。


隣に座るセラフィナも、聖女候補とは思えないほど憔悴しきっていた。

彼女の白いローブは泥に汚れ、美しい金色の髪も輝きを失っている。


それでも、その蒼い瞳の奥には、まだ意志の光が宿っていた。


俺たちは、互いに言葉を交わすこともない。

ただ揺らめく炎を見つめていた。

気まずい沈黙。


だが、それは敵意からくるものではない。

互いが同じ「システムの犠牲者」であるという奇妙な連帯感。

そして、それでもなお拭いきれない、互いの素性に対する警戒心。

それらが入り混じった、複雑な沈黙だった。


「――さて、と」


俺は沈黙を破り、立ち上がった。

これ以上、無為に時間を過ごすわけにはいかない。


『マスター。状況の再評価を推奨します』


俺の思考に応じるように、目の前に半透明のウィンドウが展開される。

銀髪の少女のホログラムアバター――俺の相棒、イヴが姿を現した。

彼女の無感情な瞳が、俺をじっと見つめている。


「分かってる。最終目的地は東のバグ発生源だ」

「そこへ至るための、この森からの脱出ルートを割り出せ」

「使えるデータは、俺の視覚情報と、限定的なナノマシン・スキャンだけだ。リソースは最小限で頼む」


『了解。最適ルートの算出を開始します』


イヴは淡々と告げると、洞窟の壁に簡易的な立体地図を投影した。

ナノマシンが光を屈折させて作り出した、簡易的なホログラムだ。

前世で俺が扱っていた最新鋭のホログラフィック・インターフェースに比べれば、お粗末なものだ。

解像度は低く、時折ノイズが走る。

だが、この魔法と神秘が支配する世界においては、これだけでも神の御業に等しい奇跡なのだろう。


地図には、危険を示す赤いエリアと、比較的安全な緑のエリアが色分けされている。

だが、そのほとんどは赤か、あるいはデータ不足を示す灰色で塗りつぶされていた。

緑のエリアは、俺たちが今いるこの洞窟周辺の、ごく僅かな範囲だけだ。


『算出完了。現時点での最も安全なルートを選択した場合、生存確率は17.4%です』


イヴが提示した数字は、あまりにも冷徹で、絶望的だった。


「……絶望的だな」


思わず乾いた笑いが漏れる。

システムのゴミ扱いされた俺たちには、随分とお似合いの数字じゃないか。


『確率の内訳を提示します』

『魔物との遭遇による死亡確率、42.8%』

『神託教会からの追手との遭遇による捕縛または死亡確率、25.3%』

『食料および清浄な水の確保失敗による衰弱死確率、14.5%』

『その他、毒性植物や地形要因による死亡確率、1.0%』


イヴは淡々と、俺たちの死に様を分類していく。


どれを選んでも、結末は同じ。

この森が、俺たちの墓場になる。


「カイトさん……」


不安そうな声で、セラフィナが俺を見つめる。

彼女は膝を抱え、焚き火の光にその白い顔を照らされていた。

追放された聖女候補。

彼女もまた、システムの冷たい論理の犠牲者だ。


「大丈夫だ。まだ打つ手はある」


俺は彼女を安心させるように言った。

だが、具体的な打開策があるわけではなかった。


イヴの計算は常に正しい。

このまま進んでも、俺たちはどこかで魔物の餌食になるか、追手の聖騎士に捕まるか、そのどちらかだ。


その時だった。


「あの……その地図、少し見せていただけますか?」


セラフィナがおずおずと立ち上がり、俺の隣にやってきた。

彼女は投影された立体地図を、真剣な眼差しで覗き込む。

その瞳には、先ほどまでの不安の色はない。

専門家が分析対象を観察するような、鋭い光が宿っていた。


「何か気づいたことでも?」


「はい。この赤いエリア……『嘆きの沼』ですね」

「魔物が多く危険なのは間違いありませんが、夜明けと共に濃い霧が発生します」

「その霧に紛れれば、魔物の視覚を逃れることができるかもしれません」


彼女はそう言うと、拾った木の枝で地面にさらさらと何かを描き始めた。

それは、イヴが投影した地図を、さらに詳細にしたものだった。

等高線、川の流れ、そして、特定の植物の群生地を示す記号まで。


「それに、聖騎士団の追跡ルートですが……おそらく彼らは、この尾根沿いの道を使うはずです」


「なぜそう思う? もっと最短ルートがあるだろう」


俺の問いに、セラフィナは静かに首を振った。


「彼らは神託教会の教範に厳格です」

「奇襲を警戒し、常に視界の開けた高所を進むよう訓練されています」

「ですから、逆にこの谷底の獣道を進めば、彼らと遭遇する危険は最小限に抑えられます」

「この道は『影蛇の道』と呼ばれていて、聖騎士たちは迷信を恐れて近づきません」


彼女の言葉には、確信があった。

聖女候補としての教育は、ただ祈りを捧げるだけのものではなかったらしい。

この森の地理、動植物の生態、そして、自分を追う者たちの行動原理まで、彼女は知り尽くしていた。

それは、書物から得た知識だけではない。

実際にこの森の周辺で訓練を受けた経験に裏打ちされた、生きた情報だった。


「この辺りには『月光草』という発光する苔が生えています。夜でも道を見失うことはありません」

「ですが、その光に誘われて『影猫』という夜行性の魔物が集まってきますから、この迂回路を使います」

「ここには影猫が嫌う匂いを出す『忌み草』が群生しているので、安全なはずです」


セラフィナは、俺が持ち得ない情報を次々と口にする。

それは、データやスキャンでは決して得られない、経験と学習に裏打ちされた、生きた知識だった。

俺のナノマシンは物質の構造は解析できても、その物質がこの生態系の中でどのような「意味」を持つのかまでは教えてくれない。


俺はイヴに命じる。


「イヴ。彼女の情報を全て入力し、ルートを再計算しろ」

「変数として『聖騎士団の行動原理:教範遵守』、『嘆きの沼:夜明けに濃霧発生』を追加」

「『影蛇の道:追手による使用確率低』、『月光草周辺:影猫の出現確率高』、『忌み草群生地:影猫の出現確率低』もだ」


『了解。……マスター、信じられません』


イヴの合成音声に、初めて驚きのような響きが混じった。


『彼女の提供する情報を基にルートを再計算。……生存確率、89.2%に上昇』


俺は息を呑んだ。

17.4%が、89.2%へ。

それはもはや誤差ではない。

天と地ほどの差だ。

絶望的なギャンブルが、実行可能な作戦へと変わった瞬間だった。


俺は隣に立つ少女を、改めて見つめた。

か弱く、守られるべき存在。

そんな風に思っていた。


だが、違った。

この絶望的な状況において、彼女の知識は、俺の持つどんな高度な技術よりも強力な武器だった。


俺のスキルは、この世界の物理法則をハッキングできる。

だが、その法則が複雑に絡み合ってできた「世界」そのものを読み解くには、俺の力だけでは足りなかったのだ。


前世の俺は、独りで全てを成し遂げようとして、全てを失った。


だが、今は違う。

俺の隣には、俺にはないものを持つパートナーがいる。


俺は、知らず知らずのうちに口元が緩むのを感じた。

追放され、全てを失ったと思っていた。

だが、どうやら俺は、最高の相棒を手に入れたらしい。


「決まりだな」


俺はセラフィナに向き直り、言った。


「あんたの知識と、俺の技術。それで、このクソみたいな森から抜け出してやる」


俺の言葉に、セラフィナは一瞬驚いたように目を見開いた。

そして、すぐにふわりと微笑んだ。

それは、彼女がこの森に来てから初めて見せた、心からの笑顔だった。


「はい、カイトさん」


彼女は力強く頷いた。

その瞳には、もう不安の色はなかった。

自らの知識が、この絶望的な状況を覆す力になることを確信したのだ。


俺は、どこか照れくさくて、わざとぶっきらぼうに告げる。


「よし。じゃあ、まずは脱出に必要な道具作りからだ」

「……航海士(ナビゲーター)殿、ご案内よろしく頼むぜ」

セラフィナの知識、すごい! これでただの美少女ヒロインじゃないことが証明されましたね!

でも、計画は完璧でも、実行は別問題。

次回、カイトがその計画を実行するための『道具』を作ります。彼の真の力が、初めて創造のために使われる……!

面白い! と思っていただけましたら、ブックマークや↓の☆☆☆☆☆での評価をいただけると、執筆の大きな励みになります。応援よろしくお願いします!

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