第12節:最初のデータポイント
安全な水を確保し、俺とセラフィナは束の間の休息を取っていた。
生き延びるための最初の共同作業は、俺たちの間に奇妙な連帯感を生んでいた。
それは友情とは違う。
互いの能力を認め合う、戦友に近い感覚だった。
俺は、イヴに命じて周囲の環境データを収集させていた。
この森の全体像を把握しようと試みていたのだ。
視界の隅に展開した半透明のウィンドウに、地形データ、大気組成、エネルギー分布などがリアルタイムで表示されていく。
この森から脱出するためには、まず現状を正確に把握する必要がある。
一方、セラフィナは、静かに目を閉じて祈りを捧げている。
……ように見えた。
だが、その表情は安らかではなかった。
眉間に皺が寄り、浅い呼吸を繰り返している。
まるで、何かの苦痛に耐えているかのようだ。
「うっ……!」
突然、彼女が短い呻き声を上げ、こめかみを押さえた。
その表情は苦痛に歪んでいる。
「どうした? 毒のせいか?」
俺は即座に身構えた。
濾過した水に、まだ未知の毒素が残っていた可能性も否定できない。
「いえ、違います……。また……聞こえるんです」
「聞こえる?」
俺が聞き返すと、彼女は必死に言葉を探すように言った。
「東の方角から……微かですけど、持続的な……不協和音が」
「世界の調和が、乱れているような……」
世界の歌の不協和音。
聖女らしい、詩的な表現だ。
以前の俺なら、ただの思い込みか、疲労による幻聴だと切り捨てていただろう。
だが、俺はその言葉を聞き流さなかった。
彼女のその『感覚』は、ただの思い込みではない可能性がある。
彼女のユニークスキル、共感感知。
それは、論理では説明できない、未知の知覚能力だ。
俺は、脳内のイヴに素早く指示を出す。
「イヴ。彼女が指し示す方角の、ナノマシンセンサーの広域スキャンデータを表示しろ」
「エネルギー変動と土壌組成の異常値を重点的に」
『了解、マスター。広域スキャンを開始。対象方位のエネルギー変動、及び土壌組成データを収集中』
俺の視界の隅に、新たなウィンドウが展開される。
そこに、リアルタイムでデータが流れ込んでくる。
地形図の上に、エネルギーレベルがヒートマップのように表示された。
土壌の元素構成比がグラフとなって描画されていく。
俺はセラフィナに、さらに詳しく尋ねた。
「その『不協和音』とやらを、もっと具体的に説明してみろ。どんな感じだ?」
「高い音か、低い音か。断続的か、持続的か」
「えっと……低くて、ずっと響いているような……」
「そこにいるだけで、気分が悪くなるような……病んだ土地の、悲鳴のような……」
「ああ、でも、時々、脈打つように、一瞬だけ強くなるんです」
彼女が感覚を言葉にするのに合わせて、俺はイヴが表示するデータと照合していく。
最初は、ただのノイズにしか見えなかった。
この森全体が、システムの管理外にある。
そのせいで、あらゆるデータに異常値が混じっている。
だが……。
あった。
彼女が指し示す東の、特定のエリア。
その場所だけ、周囲とは明らかに違うエネルギーパターンを示している。
バックグラウンド放射線レベルが、局所的に異常に高い。
土壌の微量元素の構成比率も、異常な数値だ。
植物の成長に必要な特定のミネラルが極端に欠乏している。
代わりに、毒性を持つ重金属が濃縮されていた。
植物がまともに育たないであろう、死んだ土。
そして、俺は戦慄した。
セラフィナが「脈打つように強くなる」と言ったタイミング。
それと、イヴが観測したエネルギーレベルの、周期的なスパイク。
その二つの波形が、恐ろしいほどの精度で……完全に一致していた。
そういうことか……。
全てのピースが、一瞬ではまった。
教会が『論理的矛盾』と断じた、彼女の過剰な共感性。
システムが『欠陥』として切り捨てた、彼女の能力。
その正体は……。
俺は、呆然とセラフィナを見つめた。
彼女は、まだ頭痛に耐えながら、不思議そうに俺を見返している。
俺は、ゆっくりと口を開いた。
声が、自分でも驚くほど興奮に震えていた。
「セラフィナ。お前のその『共感性』は、呪いでもなければ、女神の感傷でもない」
「それは、センサーだ」
「え……? センサー……?」
「ああ」
俺は頷く。
「この世界の理そのものである、神聖システムのプログラムに異常が発生した時……」
「その『バグ』が生み出すノイズを唯一、知覚できる生体センサーなんだ」
彼女は、俺の言っている意味が半分も理解できていないだろう。
だが、俺にはわかった。
彼女は、俺の目的を達成するために、絶対に不可欠な存在だ。
彼女は単なる情報源ではない。
俺のデバッグ作業に必要不可欠な……。
彼女はもはや、ただの落ちこぼれ聖女ではなかった。
彼女は、この世界のバグを唯一検出できる、生きた観測装置だったのだ。
俺は、不協和音の発生源である東の方角を睨む。
そこには、俺たちが解決すべき、最初の「バグ」がある。
俺たちの反撃は、ここから始まる。
「さて、」
俺は不敵な笑みを浮かべ、セラフィナに向かって言った。
「最初のデバッグ作業と行こうか」
第3章、最後までお読みいただきありがとうございました!
セラフィナの能力の正体が、ついに明かされました。彼女はただのか弱いヒロインじゃない。この物語の核心を担う、最高の相棒なんです!
二人の反撃がここから始まります。次章「二人の異端者」では、いよいよ彼らがその力を合わせて最初の試練に挑みます。
絶対に面白い展開を約束します!
だから、どうかこの物語を応援してください!
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次回更新をお楽しみに!




