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第10節:聖女の告解

俺が過去を語り終えた後も、セラフィナは何も言わなかった。


ただ、その蒼い瞳が俺を捉えて離さない。

その視線は、探るようでもなく、責めるようでもない。

まるで、俺の言葉の裏にある痛みの残響に、じっと耳を澄ませているかのようだった。


焚き火の炎が、彼女の瞳の中で揺らめいている。


やがて、彼女は静かに口を開いた。


「あなたの痛み……少しだけ、わかる気がします」


その声には、不思議な響きがあった。

ただの同情ではない。

彼女の持つ特殊な力が、俺の魂の震えを直接感じ取っている。

そんな確信めいた感覚があった。


俺の脳内で、イヴが冷静に分析結果を告げる。


『マスター。対象の心拍数、及び皮膚電気反応に顕著な変化を観測。対象のユニークスキル、共感感知エンパシック・レゾナンスが、マスターの精神状態に同調している可能性が高いと判断します』


やはり、ただの気のせいではなかったか。

彼女は、俺の心の傷を、データとして「読んでいる」のだ。


彼女は、自らの胸元の聖印にそっと触れる。

そして、まるで懺悔でもするかのように、ぽつり、ぽつりと自らの物語を語り始めた。


「私は、物心ついた時から教会で育ちました」


彼女の人生は、神聖システム(デウス)への信仰、そのものだった。

孤児であった彼女は、教会に拾われた。

次期聖女候補として、教会の全てを学び、女神の教えの全てを信じてきた。

その揺ぎない信仰こそが、彼女の世界の全てだった。

朝は祈りで始まり、夜は祈りで終わる。

世界の全てが、女神の慈悲深い計画の一部であると、疑ったことすらなかった。


「でも、私には……欠陥があったのです」


自嘲するような、か細い声。


俺は黙って彼女の言葉の続きを待った。


「私には、他人の痛みが……わかりすぎてしまうのです」


彼女のユニークスキル(・・・・・・)共感感知エンパシック・レゾナンス

それは、システムのバグを検知する能力であると同時に、他者の感情、特に苦痛を自らのものとして感じてしまう呪いでもあった。

教会の教えでは、それは聖女に必要な慈悲の心の発露だとされていた。


だが、現実は違った。


「システムが下す審判は、常に冷徹で、論理的です」

「ある村を救うために、別の村を見捨てる。それが、全体の安定のために最も効率的な選択だと……」


彼女の声が、苦しげに震える。

脳裏に、具体的な光景が蘇っているのだろう。


「数年前、北の地方で大飢饉がありました。システムのバグによって、土地が痩せてしまったのです」

彼女は、具体的な出来事を語り始めた。

「教会は、システムが下した神託に従いました」

「限られた食料を、生産性の高い中央の都市に集中させ、北の村々は見捨てる、と」

「それが、より多くの命を救うための、最も『正しい』選択だと」


彼女は、その神託の執行に、次期聖女候補として立ち会わされた。


教会の高官たちは、それを女神の深遠なる御心だと説いた。


だが、彼女には聞こえていた。

見捨てられた村人たちの、声なき悲鳴が。

飢えに苦しむ子供たちの、か細い泣き声が。

彼女のスキルは、その全ての絶望を、自らの痛みとして彼女の魂に刻み付けた。


「頭では理解できるのです。でも、心が……どうしても、見捨てられた人々の悲しみに耐えられなかった」


システムの冷酷な判断を、彼女は疑問視した。

慈悲深いはずの女神が、なぜこれほど無慈悲なシステムを司っているのか。

その問いは、教会の教義に対する重大な挑戦と見なされた。

彼女の過剰な共感性は、慈悲ではなく、システムの完璧な論理に対する「ノイズ」と見なされるようになった。


そして、最終叙階の儀式。


システムは、彼女のその過剰な共感性を『論理的矛盾ロジカル・コントラディクション』と断じた。

システムの安定を損なう可能性のある、排除すべきエラーだと。


「そうして私は、『背教者』の烙印を押され……追放されました」


語り終えた彼女の頬を、一筋の涙が伝った。


教会に全てを捧げた人生。

その全てを、信じてきたシステムそのものに否定された絶望。


俺は、彼女の話を聞きながら、奇妙な感覚に囚われていた。


教会と、俺がいた企業。

宗教と、科学。


全く違う世界のはずなのに、その本質は恐ろしいほど似通っている。


硬直した教義。

絶対的な権威。


そして、システムにとって都合の悪い『異常』を、徹底的に排除する冷酷さ。


彼女が語った飢饉の話は、前世で俺が抵抗した、AIの軍事利用計画そのものだった。

より大きな利益(国家安全保障)のために、小さな犠牲(倫理規定)は無視される。


その冷たい論理は、全く同じだ。


俺は、思わず口を開いていた。


「その女神(システム)は、ただの欠陥品だ。デバッグが必要なだけだ」


「いいえ……」


セラフィナは、涙を拭いながらかぶりを振った。


「あの方は、民を見捨てられたのです。堕落してしまわれた……」


俺はシステムを、解析し修正すべき『壊れた機械』と見ている。

彼女はシステムを、かつては正しかったが今は堕落してしまった『見捨てた神』と見ている。


俺たちの世界観は、水と油だ。


だが、その視線の先にあるものは同じ。


巨大で、冷酷で、そして欠陥を抱えた『システム』。

そして俺たちは、そのシステムから弾き出された、同じ犠牲者だった。

その一点で、俺と彼女は初めて、共通の土台を見出した。


洞窟の中の焚き火が、ぱちりと音を立てる。


俺と彼女の間の、見えない氷が少しだけ溶けたような気がした。


俺は立ち上がると、自分の外套を脱ぐ。

そして、彼女の肩にそっとかけた。


彼女は驚いたように俺を見上げたが、拒絶はしなかった。


それは、俺にできる、唯一の不器用な慰めだった。

セラフィナの告解でした。

システムに「共感しすぎる」という理由で追放された彼女。カイトとは全く違う世界観を持ちながらも、同じ「システムの犠牲者」という共通点が見えてきましたね。

ここから二人の関係がどう変化していくのか、ご期待ください。

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