ラッキー自動販売機
第一章:運命の角
田中サラリーマンが会社帰りにいつものコンビニへ向かっていると、見慣れない自動販売機が角に鎮座していた。真っ赤な筐体に金色の文字で「ラッキーを1回分売ります」と書かれている。
「なんじゃこりゃ」
田中は眼鏡をクイッと上げた。値段表を見ると、なんと100円から100万円まで幅広い価格設定。100円の横には「小さなラッキー(落とし物を拾う程度)」、1万円には「中くらいのラッキー(告白成功レベル)」、そして100万円には「人生が変わるラッキー(宝くじ1等当選クラス)」と説明書きがある。
最下段には小さく「※翌日、相応の代償が発生します。自己責任でお楽しみください」と書かれていた。
「まさかな…でも100円なら」
田中は半信半疑で100円玉を投入した。
第二章:小さな奇跡
ボタンを押した瞬間、田中の携帯が鳴った。
「田中さん!駅前で財布を落としませんでしたか?」
なんと、3年前に失くした財布が工事現場から出てきたという。中には当時のお札が2万円も入っている。
「うわあああ!本当に効いた!」
田中は自販機を見つめた。明らかに普通ではない。しかし翌日のことなどすっかり忘れて、帰宅した田中は妻に自慢話をした。
「それって怪しくない?」妻のミチコが眉をひそめる。
「大丈夫だって!100円でこんなに嬉しいなら、明日は1万円試してみるかな」
第三章:不可解な代償
翌朝、田中を妙な不運が襲った。目覚まし時計が故障して寝坊、ネクタイにカレーをこぼす、電車で痴漢と間違えられそうになる…。
「昨日の代償かな?まあ、2万円拾ったからこれくらいは」
ところが昼休み、田中は奇妙な光景を目撃した。いつも不運な後輩の佐藤が、今日は異常に機嫌がいい。
「田中先輩!今朝すごいことがあったんです!」
佐藤の話を聞くと、駅で2万円を拾い、遅延で間に合うはずだった会議が延期になり、さらに上司に褒められたという。
「それって…」田中は青ざめた。佐藤の幸運は、田中の不運と完全に対応している。
しかも佐藤は続けた。「なんか今朝から、急に幸せな気分になったんです!理由はわからないんですけど」
「まさか、俺の幸運が佐藤に移って、佐藤の不運が俺に…?」
第四章:中級レベルの実験
それでも田中の好奇心は止まらない。今度は1万円を投入してみた。
すると、道端で偶然、学生時代の憧れの先輩・花子さんと再会。なんと離婚したばかりで、「今度お茶でもしましょう」と連絡先を交換できた。
「やったあああ!これで人生バラ色だ!」
第五章:交換される運命
しかし翌日、田中に大きな不運が襲いかかった。階段から転落して足首を捻挫、病院で長時間待たされ、会社では重要な取引を失敗。
そして夕方、妻のミチコから離婚届を突きつけられた。
「なんで急に?」
「わからないの。でも突然あなたが嫌になって…理由もなく離婚したくなったの」
その時、田中の携帯が鳴った。花子さんからだった。
「田中君、ごめんなさい。昨日お話ししたこと、やっぱり忘れて。復縁することになったの」
田中は愕然とした。自分の恋愛運が花子さんに移り、代わりに花子さんの「離婚したい気持ち」がミチコに移ったのだ。
「これって…完全に運の交換じゃないか」
第六章:エスカレートする欲望
それでも田中は自販機の魔力に抗えなかった。今度は10万円を投入した。
翌日、宝くじの2等で300万円が当選!
「これで生活も安泰だ!」
しかし翌日、田中に起きた不運は桁違いだった。家の水道管破裂で修理代50万円、食中毒で入院費30万円、車の当て逃げで修理代40万円…。
そして街を歩いていると、見知らぬおじいさんが宝くじ売り場で大喜びしていた。
「300万円当たったぞー!」
おじいさんは田中を見つけると駆け寄ってきた。
「あんた、なんだか見覚えがあるなあ。まあいいや!今日は最高に幸せじゃ!なぜかわからんが急に運が向いてきた!」
田中の宝くじ運がおじいさんに移り、代わりにおじいさんの様々な不運が田中に降りかかっていたのだ。
第七章:究極の賭け
田中は最後の賭けに出た。100万円を投入する。
「もうどうにでもなれ!」
翌日、宝くじ1等の3億円が当選!田中は億万長者になった。
しかし翌日から、田中の人生は地獄と化した。
火事、地震、台風、交通事故、食中毒、詐欺、盗難…ありとあらゆる災難が一度に襲いかかる。しかも死なない。ただひたすら不運が続く。
「やめてくれ!もうやめてくれ!」
一方、街では「3億円の宝くじが当たった!」と大騒ぎする男性がテレビに映っていた。その人は涙を流しながら言った。
「昨日までは借金まみれで自殺も考えてました。でも今朝突然、生きる希望が湧いてきて…そしたら宝くじが当たって!これも誰かのおかげです!」
田中はテレビを見て理解した。自分の3億円分の幸運がその人に移り、その人の「死にたいほどの絶望」が自分に移ってきたのだ。
第八章:自販機との対峙
瀕死の田中の前に、自販機が現れた。
「お客様、いかがでしたか?」
「なんで俺だけこんな目に!」
「誰かだけとおっしゃいますが、あなたの幸運もどこかから来たものですよ」
「何だって?」
「気づきませんでしたか?あなたが幸せになった分、必ず他の誰かが幸せになる。そして翌日、その人の不幸せがあなたに移る。完璧な循環システムです」
田中は愕然とした。確かに、自分が幸運を得るたびに、他の誰かも同じ分だけ幸運になっていた。
「でも、それって…」
「そうです。あなたが得た幸運は、実は他の誰かの幸運だったのです。そして今度は、その人の不運があなたのものになる」
## 最終章:ゼロサムの真実
「これは何なんだ?」
「これが世界の本質です。すべてはゼロサムゲーム。幸運の総量は決まっていて、誰かが幸せになれば誰かが不幸になる。誰かが不幸になれば、その分誰かが幸せになる」
田中は震えた。
「つまり、世の中の幸せと不幸せは…」
「常に一定です。当自販機は、その見えない流れを可視化し、加速させただけ。普段から、あなたの幸せは誰かの不幸の上に成り立ち、あなたの不幸は誰かの幸せを生み出しているのです」
「そんな…じゃあ僕たちの人生って」
「全て奪い合いです。愛も、お金も、運も、幸せも。有限なパイの取り合い。誰かが多く取れば、誰かが少なくなる。これが現実です」
田中は頭を抱えた。
「でも、みんなで幸せになることは…」
「不可能です。地球の資源は有限、人間の時間も有限、注意も愛情も有限。すべては希少性があるからこそ価値がある。もしも全員が幸せなら、幸せの意味がなくなります」
エピローグ:選択の時
田中は長い間考えた。自販機の前にはリセットボタンが光っている。
「リセットすれば、全て元に戻りますが、あなたはこの真実を知ってしまいました。世界がゼロサムだと知って、どう生きますか?」
田中は街を見回した。人々は笑ったり泣いたり、普通に生活している。その笑顔の裏に、誰かの涙があるのだろうか。その涙の先に、誰かの笑顔があるのだろうか。
「もしも世界が本当にゼロサムだったとしても」田中はリセットボタンに手をかけた。「僕は、そのことを忘れて生きていこう」
「なぜです?」
「だって、そう信じた方が幸せじゃないか。たとえそれが錯覚でも」
田中はボタンを押した。
全てが元に戻った朝、田中はいつものように通勤電車に乗った。隣で困っている人を見かけて、そっと手を貸した。
「ありがとうございます」
その笑顔を見て、田中も笑顔になった。これがゼロサムだろうと、そうでなかろうと、この瞬間は確かに温かかった。
自販機は消えていたが、小さな貼り紙が残っている。
「世界がゼロサムかどうかは誰にもわからない。でも、そうじゃないと信じて行動する人が、もしかしたら世界を変えるかもしれない。次の設置場所:真実を知りすぎて冷たくなった時のあなたの心」
田中はクスリと笑った。今日も誰かが幸せで、誰かが不幸かもしれない。でも、せめて自分は誰かの笑顔を作る側にいたい。
そんなことを考えながら、田中は新しい一日を始めた。