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第5話 特貸「とんかつ定食」定食編

沢山の串カツが泳いでいた鍋の中を今はただ一人、悠然(ゆうぜん)揺蕩たゆたう者がいる。


その存在感は、決して大きなサイズではないが絶大で。まさに王者の風格を感じさせている。


とんかつ、それもロースカツ。揚げ物界の王者と言って差し支えない存在である。唐揚げも含めると二大巨頭か?


いやエビフリャーだろ?という人もいるかもしれない。他の揚げ物だって美味しい。皆違って皆良い。


でも、それでも。とんかつのその存在感は別格である。今回の依頼もやはり、とんかつの持つ圧倒的な求心力によるものだろう。


しかし、とんかつには武器が必要だ。ソース、ポン酢、塩。基本的にとんかつは、何かを付けて食すものである。


そこが最大のライバルである唐揚げとの違いだろう。彼はその身一つでも機能する。おかずになるし、つまみになるし、スナックにもなる。


汎用性では唐揚げに及ばないかもしれないが、ソースという武器を身に着け、そしてごはん、豚汁とセットになった時。


すなわち定食となった時。


とんかつは圧倒的な存在感を放ち、王者としての風格を再び漂わせるのである。


今回、武器は用意されている。従者たる豚汁も、良き相棒であるごはんも。そっと支えてくれる、キャベツも。


舞台は整った。


油の海から、金色の衣をまとった王者がその姿を現す。まるでコーナーポストで試合開始のゴングを待つボクサーのように。


王者はバットにゆっくりとたたずみ、余熱で最後の熱を中心部に行き渡らせる。余分な脂を落としながら。


準備は整った。


バットからまな板に移された王者は、鯉とは違い寧ろ自分からその中身を見せるためのカットを要求する。


ザクッ、と小気味良い音を発してその身をさらけ出す王者。6等分になり1片は2~3cmと決して大きくはない。


厚みも、同じくらいだろうか。センター付近の一片を横に傾けようと思い、やめる。


その身を見せつける必要はないのだ。金色の衣に包まれた王者は理解している。


今日の主役は己の、武器であり相棒でもある彼のもので。


彼にとっては金色の衣にみゆくその時が、最高の瞬間なのだということを。


お盆にはすでにご飯と豚汁、漬物がセットされている。中央の皿にはキャベツと、少しだけ恥ずかしそうにプチトマトが鎮座している。


そのキャベツに横たわるようにその身を並べる王者。後は、食べてもらうだけだ――




というナレーションが私の頭を駆け巡っている間も、賢者さんの視線はお盆に釘付けだったね。


敢えて見せつけるように深めの小皿に入れてある液体。黒き輝きを放つ液体は。私の一カ月の成果そのものなんだよ。


絶対にかけ過ぎる。だから、最初は小皿に入れさせてもらった。とんかつだって頑張ったんだから。


豚肉だってパーラで一番のものを用意したし。パン粉は作りたて、玉子だってとれとれの新鮮なものを用意したし。


串カツと違ってとんかつの衣はやや粗めのパン粉で仕上げて、ソースの絡みも良くしてあるからね。


待ち切れない様子の賢者さんの前にお盆を置いて。


実食の時間だよっ!


「あれは。間違いなく、アレだ。目の前で香りまで嗅いでしまったら、もう確実だ。


 箸を持つ手が震える。胸が高鳴る、いや。もはや動悸だ。落ち着け。落ち着くんだ。落ち着け僕。


 そうだ、一度こっちを。こっちだって望んでいたものじゃないか。醤油はさっき味わえた。次は、味噌だ。


 そうそう、とんかつ定食はやっぱり豚汁だよ。日本でも多少の課金は辞さなかった。では、いただこう。


 ふぅ……。落ち着くな。この味は、落ち着く。味噌汁を毎日飲むわけじゃなかったが、それでも心にくる味だ。


 表面に僅かに浮いている豚の油の甘さが、味噌の味と混然一体こんぜんいったいとなって口の中に広がる。そして後味は、いりこか?


 素朴な味だがそれもいい。大根、里芋、こんにゃく、ネギ。肉以外の具も素朴ながら味わい深い。しっかりとした野菜の旨味を感じるな。


 串カツの野菜はパンチがあったがこちらは包み込むような美味さだ。優しさだ。これでやっと落ち着いてアレに進める。ありがとう、豚汁」




うん、いりこだしを使ったのは正解だったかな。豚汁は主役になれるポテンシャルも持ってるんだけどね。


今回はとんかつとソースに主役を譲ってもらったんだ。かつおだしの方が華やかな味になるかもだけど、鰹節、無いんだよね。


未だにどの異世界でも見つかってないし、他の材料での再現も出来てない。コレは今後の課題だけどそれはそれとして。


豚汁で心を落ち着かせた賢者さんはいよいよ本命に手を伸ばす。やれることはやったっはず。後は、見守るだけ。



「少し下品かもしれないが、最初の一口は流石に我慢が出来ない、たっぷりとソースを絡めて、と。改めて、いただきます」



賢者さんにとって、口に入れた瞬間のシャクッという音はまさに福音だったのだろう、目を瞑り、沈黙。これは―?




「これだ!さっきの串カツも美味しかった。なんなら日本で食べたどの揚げ物よりも、美味しさでは上だったかもしれない。でも、《《これ》》なんだ。僕が求めてやまなかった味は、これなんだ!!


 《《とんかつソース》》。他のソースよりもやや甘く、粘度も少し高い。そしてとんかつも、脂の甘味、旨味が強い。ともすれば、しつこくなってしまいそうなのに。


 ソースに含まれる多種多様な野菜や果物、そして僅かな酸味が全体を引き締めて、しつこくなりすぎず凄まじい幸福感を与えてくる。


 甘さと甘さ、塩味と酸味。揚げ物の暴力的なまでの油の主張、豚ロースの強烈な脂の主張。それら全てを受け止めるとんかつソース!


 これが、僕の求めてたとんかつだ!手が止まらない。咀嚼が止まらない。衣はザクっと、肉は歯ごたえも感じつつシャクッと噛み切れるほどの柔らかさ。


 時折感じる脂身もまた、たまらない。脂身のしつこさに甘いソース、なぜ合うのかなんてわからない。理屈なんてどうでもいい。


 旨ければそれでいいんだ。とんかつと、とんかつソース。この二人の相性に理由は要らない。まさに真実の愛で結ばれた二人。これこそ、マリアージュだ――」


よっしゃ!これは、大成功でしょ?賢者さんの食べる速度は全く落ちない。瞬く間にとんかつはその姿を消していく。


そして私は、そこに2枚目のロースカツをそっと追加する。


「ありがたいっ!おかわりを言う暇すらなかったところだ。次はごはんやキャベツと合わせて食べていきたいと思っていたんだ。それと、3枚目も頼む」


大丈夫、すでに3枚目は油の中で姿をきつね色に変えているところだよ。それと。


「よろしかったらですがこちらも。辛子とすりゴマです。今日は、もしかしたら必要ないかもしれませんが。念のため、どうぞ」


「4枚だ。4枚目も頼む。確かに僕は今、とんかつソースを純粋に、目いっぱい楽しもうと思っていた。しかしだ、そんなものを見せられたら、食べないわけにいかないじゃあないか!?」


まさかの4枚目オーダーとは流石のクロエちゃんも見抜けなかったよ。だっててロースカツだからね。いくら魔法を使ってお腹を空けてもキツイかなと思ってたけど。


しかもさっき串カツ食べてるからね。でもこれは、きっと気に入ってくれたってことだし、ソースもばっちりだったかな?


本当に、無限とも思える組み合わせのなかで、序盤に良いものが出来てたのはラッキーだったよ。


ソルが味見した甘すぎるソース。アレが2週間後にはまろやかさを持った今回のソースのベースになったんだよね。


そこから色々ブレンドして。最終的に今日のとんかつソースになったわけだけど。


果物類を多めにして、マンゴ―あたりが効いたかもしれないね。複雑すぎて分かんないけどきっとそう。


ミカンも効果あったかな?揚げ物と合わせるから、柑橘は必要だったと思うんだ。


キャベツも、ご飯も、豚汁も、プチトマトも。そして勿論ソース。ついでに辛子やすりごまの薬味たち。漬物も。


本来の主役であるとんかつを中心に、みんなで作り上げた『とんかつ定食』の最初の主役はソースだったけど、もう賢者さんにとっては全員が主役に見えているだろう。


どれだけ若いといってもとんかつだけを食べ続けるのは流石にキツイ。と言うか飽きが来る。どれだけ望んでいた味でも、きっと。


そんな時にリフレッシュさせてくれる野菜たちや、とんかつの旨味を受け止める白いご飯。時折すすることでホッと落ち着かせてくれる豚汁。


味変の辛子やすりゴマ。2枚目まではとんかつとソースで行けたと思うけど、4枚目まで行ったのは、皆のお陰だよっ!


4枚目まで食べきった賢者さんは流石に満足した様子でお礼を言ってくれたんだ。嬉しかったよ。


そしてお土産にとソースを数壺、塩類を大量に。醤油や味噌も。ソースや塩はなかなか自作も難しいからね。


一応レシピはお渡ししたけど、きっとリピートしてくれるだろう。たまに自分で作ったりして楽しんでくれたら何よりだけど。


大満足で自分の世界に戻っていく賢者さんの顔は、まるで学生時代を思い出したかのような純粋な表情で。


多分、そこが賢者さんの原点だったんだろうなって。


でも、確実に言えることがあるよね?


今回の特貸とんかつ定食。大・成・功だねっ!

本日5話投稿の5話目となります。

明日以降は昼更新。毎日1話投稿してまいります。

応援等頂けますと大変励みになりますのでよろしくお願いいたします!!

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