第4話 特貸「とんかつ定食」前菜編
「今日は、宜しくお願いします。ずっと楽しみしてたんですよ。それにお店の雰囲気もいいですね。日本を思い出します」
「いらっしゃいませ賢者さん。そう言って頂けるとありがたいです。店内も、高級料亭とかとは違いますけど、和の雰囲気を味わって頂けたら幸いです」
「例えばこの花瓶に活けられた、百合かな? こういったものや掛け軸なんかは、分からないなりに懐かしいですし嬉しいです。久しぶりの和の雰囲気を楽しみながら料理を待つとします」
特貸のお客様である、賢者さんがご来店された。「和み」の店内は日本の小料理屋さんとかをイメージしてる。女将さんのころからそうだったし。
正直私には店内の調度品の価値は分かんないけど。女将さんのことだからもしかしたら凄い価値のあるものだったりしないか怖いなぁ、と思ってるのは内緒だよ?
ま、店内の様子はいいや。私の主戦場は、厨房なんだよ。気合入れて準備開始だね。揚げ物はカレーと違って揚げたてじゃないと。だから、賢者さんが来てからが本番。
今回の作戦は2段構え。まずは本命の定食の前に色々とお出しする予定だ。賢者さんの了解も取ってあるよ。アラカルト的なものも出したいから定食の前に、って話で了解してくれたんだ。
そりゃ定食食べた後にアラカルトはね。いくら若い身体でもキツイよね。
ということでまずは串カツのご提供だよ。
ロースは玉ねぎと一緒に。ヒレはシソで巻いて。チキンも用意、ささみフライ♪
こっそり私の好物を入れておく。
海鮮も美味しいよね。今日はエビとイカを用意したよ。
クラーケンは大体どの異世界にもいるからね。この界隈ではポピュラーなんだよ。
そして野菜。ナスは縦長、しいたけは程よいサイズのものをそのまま。変わり種?でカリフラワーもあるよ。
あとはチーズとウズラの卵。そしてタレ類を諸々。
衣を付けたら、高音の油にそれぞれ投下していく。火の通りにくいものからだね。
深めの鍋になみなみと張られた油のなかで揚げられていく串カツたちはまるで泳いでるみたい。暫くして浮かんでくる串カツたちは、すっかりと食べられる準備が出来た様子だね。
細かめのパン粉をチョイスしたからね、その表面は揚げ物でありながら滑らかで、サクッとした食感が楽しめそうな上品な仕上がり。
先ほどまで色とりどりだった食材たちは今は皆きつね色。バットの上で油を切られその時を待ってくれている。
黒いお皿の中央にレタスの細切りを盛って、その周囲へと串カツたちを盛り付けて。エビの尻尾の赤がいいアクセントになってるかな。
キャベツさんの出番はメインだ。今はレタスさんにその役を譲ってもらおう。
さぁ!実食の時間だよっ!
「揚げたてで熱いのでご注意ください。それぞれおススメもありますが、お好みでお召し上がりください」
「これは、迷いますね。数が凄い。そうだね、色々試したいからもう1セット用意して貰えるかな? おススメがあればそれも聞きたい」
「食材はまだありますので大丈夫ですが、この後定食があります。宜しいですか?」
「ははっ。量の心配は要りませんよ。僕が習得した100000の魔法には空腹になる魔法なんてのもあるんですよ? 美味しそうな料理なら、いくらでも!」
「かしこまりました。ではソル。おススメをご紹介して。私は続きを揚げますね」
私が次のワンセットを揚げている間にソルは賢者さんに説明をして、待ち切れない賢者さんは最初の一口を味わい始める。食べながら聞くつもりだね。
「まずはこれからいこう。気になってたんだ、ポン酢。それもおろしポン酢。ちゃんとした醤油系の味は懐かしいからなぁ。そうだな、ヒレを食べようか。
これは!豚ヒレ肉の柔らかさ、上品な甘み、シソの風味も素晴らしい!獣肉とは思えない上品さだが豚肉としての力強さもしっかりと伝わってくる。
そしてポン酢。あぁ、醤油の味は本当に懐かしい。柑橘の酸味と爽やかさもいい。仄かに感じる旨味は昆布? 僕は今、揚げ物を食べているはずなのに。この上品さと爽やかさはなんだ? 衣のさっくりとした食感、肉の味。満足感は十分にある。それなのにしつこさを感じない? 確かにこれは、前菜として成立する揚げ物だ!
次は海鮮にしようか。揚げ物のなかで紅一点となっているこいつが気になるな。エビか。これは、タルタルソース。コイツで頂こう。
うん。衣の食感とエビのプリっとした食感がいい。エビがジューシーだ。ぷっつりと嚙み切ったそこから溢れる海鮮の旨味が素晴らしい。
タルタルソースにしてはやや酸味が強いがエビ自体の甘味を引き立てている。この相性は最高じゃないか!海鮮とタルタルソースの相性は知っていたが今日はソレを思い知ったな。
イカ、これもぷっつりと噛み切れる。ともするとニチャッとした食感になりがちなイカだがこの切れ味ならイカの持つ本来の味を食感に邪魔されることはない。いや寧ろその味は向上していると言える。
以前、衣とイカが分かれて残念な思いをしたこともあったんだ。でもこれは衣とイカの一体感が味わえる。そしてその食感のハーモニーに支えられたイカの旨味。タルタルソースが美味い。僕は今、今までで一番イカを愛することが出来ている!
野菜は、ナスか。カレーソース! カレーもまた懐かしさを感じる風味だが……美味い。ナスとカレーがこんなにも相性が良いとは! そして衣とカレーの相性もいい。カレーのトッピングに揚げ物が多いのも頷ける。旨いんだ、シンプルに。
ナスの甘味とカレーのスパイシーな風味が相まって野菜とは思えない満足感を与えてくる。肉詰めとかじゃないよな? それを疑うほどにパンチのある味だ。
肉に戻ろう。ロースか。そして目の前に広がる塩たち、色とりどりだな。そのなかでこれは、抹茶塩? うん。……うん。
うん。先ほどのヒレと違ってこっちはロース。油の旨味もしっかりと感じる。なのに、塩を付けて食べただけなのに。
抹茶の風味は控えめだ。主張は全くしてこない。だがはっきりと存在している。その役割を果たしている。その僅かな苦みは、肉の甘味をこれ以上ないほどに引き立てている。油の旨味が強いロースだが、ここまで甘味を感じたことは、今までにない。
……僕は、こんなにも塩を美味しいと感じたことはなかったかもしれない。ただ、しょっぱいだけだと思ってた。でも、コレは確かに抹茶塩で、ただの塩ではないんだけど、それでも。塩自体の味も美味しいと感じる。
そうか、折角作ったとんかつが、塩だけだと味気ないなんて思ってたけど、工夫の余地はあったんだな。僕の世界でもお茶はあるし、コレは帰ってからでも近いものが味わえるかもしれない。それだけでも今日ここに来た甲斐があったよ。
正直、串カツを見て、用意された沢山のタレ類を見て。アレがないことにがっかりしたことを謝りたい。揚げ物には、塩には、僕の知らない可能性があったんだね」
賢者さんのセリフにちょっとだけもらい泣きしそうになっちゃう。私は和食、っていうか日本人の想い出の味を再現することを仕事にしている。だからなのか分からないけど、この仕事をしてて思ったことがあるんだよね。
ここでしか食べられないものを提供することも大事だけど、普段から近いものが食べられるように工夫したり、レシピも開発したいって。
だから、塩の工夫で色々な可能性があるって知って貰えたことは、素直に嬉しい。それにこれを機会に、異世界間交易も知って貰えれば、醤油系の味も楽しんで貰えると思う。
「賢者さん、他にも色々あるのですよ。醤油系ならポン酢にワサビ醬油、辛子とかもアリなのです。マヨネーズ系もタルタルだけじゃなくて色々ありますです。アボカドマヨネーズとかがソル的にはおススメです。
塩系は今試して頂いた抹茶塩の他にも柚塩、梅塩、エビ塩、あごだし塩、ニンニク塩。他にもスパイスと併せたやつもたくさんです。串の種類と塩の種類だけでも色々楽しめるのです!」
「あぁ、そうだね。説明ありがとう。これは美味しいだけじゃなくて楽しいもあるね。アボカドマヨネーズは僕も気になるな。それと塩は流石に味わい切れなそうだからお持ち帰りもお願いしたいね」
「はい、お持ち帰りも出来ますし、これからは交易も出来ると思いますです。なので今日は無理に全部食べる! ってしないで好きなように食べて貰えると嬉しいです。と、若女将も言っていたです」
ソルの言葉に安心したように顔を綻ばせて、賢者さんは食のテーマパークと化したカウンターで串カツを食べてくれてるね。再追加もされたし、ここまでは好評。でも。
賢者さん、まだこの先があるんだよ?私のこの一カ月の集大成が、待ってるんだよ?忘れちゃったかな?
「ふぅ、満足しちゃった……わけじゃないよ? 確かに前菜は素晴らしかった。正直に言えば、今日はコレだけでも良かったかな、なんて思ってるけれどね。でも、あるんだろ?
僕が本当に望んだとんかつ定食が。この前菜で嫌でも期待感が上がっちゃったからね。本命の定食でがっかりさせないようにして欲しいところだね」
忘れてなかったみたい。しっかり覚えてた。しかも好評だった前菜は、本命の定食への期待感を高めてくれたけど、反対に失敗した時のリスクは上がっちゃったかも?
でも、大丈夫。自分を信じよう。このために頑張ってきたんだからね。そして今の言葉は、再々追加がなかったことからも本命の催促だよね。
第一幕は成功。次はいよいよ本命の、第二幕だよ?
出来るだけ直前に行おうと思っていたとんかつの粉付け、始めちゃうよっ!
本日5話投稿の4話目となります。
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