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第1話 和食処「和み」

本日5話投稿の1話目となります

白磁のような白さの皿はやや大きめで。多少の深さを併せ持つそれに、私は白いご飯を平たく盛っていく。


白に白は味気ないよね、パセリでも振ろっかな、と一瞬頭をかすめるが今日の趣旨とは違うよなぁ、と思い直し鍋へと視線を移す。


そこにはやや黄色みがかった強い香りと柔らかなトロミを持つ液体が揺蕩たゆたっている。


お玉で一掬ひとすくい、先ほどの皿にその液体を流し込めば。日本人なら誰でも知っているであろうあの料理の完成だ。


そう、カレーライスである。ライスカレーでもいいよ。


鍋から目線を上げてカウンターの先を見れば、もう待ち切れない!と言った様子で目を輝かせる若い男性の姿が見える。


あんまり待たせても悪いよね。だってカレーだよ?彼が来店する前から準備は終わってたけど、温めるその過程で暴力的なまでに食欲をそそるその香りは店内に充満していたし。


来店するなり「あぁ……」と感嘆の声を上げたこの人を、これ以上待たすのは酷であるからして。


添えものの福神漬けやピクルス、ラッキョウなんかも用意したけど、それは別皿で提供済みだ。


銀のスプーンはすでに彼の手に握られている。本当ならもう半掬いルーを足した方が良いのだろうけど、もうそのまま提供することにした。


どうせおかわりしてくれるだろうし。この鍋いっぱいのカレーも、一升は炊いたお米も。それらは全部、この人に食べる権利があるのだから。


「お待たせいたしました。おかわりは十分にご用意しておりますので存分にご賞味ください」


私は彼の前に皿を置く……と同時に彼の手はルーとご飯をそのスプーンにたっぷりと乗せて口に運ぶ。


数瞬の沈黙。彼の目は瞑られ、口に入れるまでの速さとは裏腹に、ゆっくりと。その味を確かめるように数度の咀嚼そしゃくを終えて飲み込まれる。


沈黙はまだ続く。でも大丈夫。この沈黙はきっと、成功の証だから。


確信を持って眺めていると突然目が見開かれ、そして動きが再開されたその手は止まることもなく。皿に盛られたカレーライスは一気にその存在をなくしていく。


彼の口に運び込まれ、飲み込まれ、その胃袋に収められているのだ。瞬く間にカレーはその姿を消し皿の上は空っぽだ。


「おかわりっ!! おかわり下さい!!!! これです! 僕の望んでいた、味です」


その目にはうっすらと涙が浮かんでいるが、私はそれに気づかない振りをしてすでによそっておいた2杯目を提供する。


と同時に空になった皿を回収する。ここからは暫く彼の手は止まらないだろう。


あと数度おかわりをして。満腹感を感じたころに名残惜しくなり、食べるペースが一気に落ちて。最後の一口までをゆっくりと味わってくれるだろう。


成功した時はいつもそうだから。最も、私が特別なお客様を迎えて満足させなかったことなど、ここ最近ではもうなくなったけれど。


「あとはお願い、私は少し次の準備をしてくるから」


「は~い。分かりました。あとはソルにお任せなのです」


たった一人の従業員のソルに後を任せて、私はアフターフォローの準備に入るのだった――



――――――――◇◇―――――――――――――――――


「はい、こちらが今回使用したカレー粉、で、こっちがカレールーにしたもの。

そこから先のアレンジは自由ですが、そうですね。一応今回のレシピも同封しておきます。ルーの方は保存魔法必須ですのでご注意ください」


「ああ、ありがとうございます。それで、もし良かったら付け合わせのラッキョウも貰えます? 勿論、報酬は別に用意しますよ」


「ええと、今ある分で良ければ、どうぞ。瓶詰めになってます。勇者さんの世界では瓶詰め大丈夫でしたっけ?」


「あー、まぁ。僕が持ってる分には誰も気にしなくなってますからね。大丈夫だと思います」


「そしたら念のため陶器に移しておきますね。ソル、お願い」


「は~い」


貸し切りのお客様はそれぞれの世界によって色々と扱いが違うからなー。全部は覚えきれないんだよね。


例え私が有能女将だったとしても。


「お時間ですよ勇者さん。それでは元の世界に戻るわけですが、忘れ物はありませんか?また次元移動をする場合には別料金になっちゃいますからね。ご確認は自己責任、ですよ? もっとも、そこの若女将はちゃんと保管しておいてくれると思いますが。思うだけですが」


「えーっと、大丈夫。ですね。はい。お願いします。それじゃあ若女将さん、また別のことでお願いするかもしれません。今日はありがとうございました!」


ふと見ると運び屋さんとして異世界から勇者さんを連れてきたチャンさんが勇者さんと話をしてるね。


「こちらこそありがとうございました。またのお越しをお待ちしております。それでは、良い旅を」


誰も女将って呼んでくれないけどね。そりゃ私は若くて可愛い美少女ですよ?でも、このお店を切り盛りしてるのは私なんだから、女将でいいと思うんだよね。


「自分で美少女って言うからいつまでも大人扱いして貰えないんですよ? それに本当に若女将ですよね? 女将はお店に出ないだけで引退してなかったはずですが?」


「もう! 心を読まないでください! 早くお仕事した方がいいんじゃないです? また怒られますよ?」


「怒られるのは困りますね。では参りましょうか、勇者さん」


そういうと運び屋のチャンさんは勇者様とともに姿をかき消してくれた。やっと行ってくれたよ。あの人いつも一言多いんだよ。


「一言多く言われるのは貴女に隙があるからよ? これじゃあ私もまだまだ引退出来ないわね?」


「女将さん! 引退出来ないって言うか実質引退してますよね? 厨房なんてもう2年は入ってないですよね? 接客も同じですよね? 神出鬼没の癖に!」


「あら。没落した伯爵家の《《元》》悪役令嬢だった貴女に、職と技術を与えたのは誰だったかしら? その恩はもう忘れちゃったの?」


「それを言われるとそうなんですけどぉ。そうなんですけどーー」


「まぁでも技術は上がったわよね。もう教えることはほとんどないくらいに。カレーを再現するのは、大変だったんじゃない?」


下げて上げるタイプなんだよね女将さんは。へへへ。それに、助けてもらった恩は忘れてないですよ?本当に感謝してます。


私はこのお店、異世界パーラの王都にある和食処「和み《なごみ》」をほぼ任されていると言っていい18歳の元伯爵令嬢、今は若女将のクロエという。


とあるきっかけで日本から異世界に飛ばされて。そこで私は悪役令嬢で。これが悪役令嬢転生?と思ったのもつかの間。


運命に逆らえず婚約破棄からの実家は没落しーの。そして途方に暮れていた私を拾ってくれたのが和み《なごみ》の女将さんである目の前の女性。名前は知らない。


聞いても「おかみよ」としか言ってくれないし。あの人外のチャンさんでさえ名乗ってくれたというのに。


私が日本から転生してきたのだから、他にも転生者がいるのは自明の理。ここパーラにもいるし、他の異世界にだっている。そう、異世界は無数に存在しているのだ!


本当かどうか確かめたことはないけど。女将さんとチャンさんがそう言ってるんだからそうなんだろう。


実際、日本にもパーラにも存在しない魔法やアイテム、食材なんかも、別世界の転生者さんから提供して貰うことがあるわけで。


理屈はさておきそういうもんなんだと納得している私がいる。あの怒涛の不幸展開に比べれば今の環境は天国だし些細なことだと思うんだ。うん。諦めてるとも言う。


そして普段は王都のお客さんに普通の食事処として美味しい食事と心温まる空間と私の美貌を提供し。月に1回くらいの頻度で今日のように特別なお客さんに特別な料理を提供しているのだ。


いつか女将さんから本当の意味で認められて、このお店を正式に継ぐことが今の私の夢。そのためには女将さんが提供していた特別な料理、転生者さんたちが求める故郷の味。でも異世界にはない料理。すなわち和食を再現することが目下の目標なのだ。


「カレーは割と簡単な方ですよ。複雑な分、代替が効きやすいんです。クミン風味の香辛料が見つかった時点で勝ち確でした。あとはパーラの香辛料を中心に配合すれば本物の日本風カレーは出来上がります。シンプルなものの方が苦労しちゃいます」


「クロエにはこだわりがあるものね。それが無ければ、もう少し楽なのに。私のように魔法を覚える気は?」


「どうしても、どうしてもダメな時にはお願いするかもですけど。でも、今は魔法に頼らずにやっていきたいと、思ってます」


「ふふっ、頑張ってね。それじゃ、来月のお客様のご要望をお伝えしておくわね。来月のオーダーはとんかつ。テーマはとんかつ屋さんのとんかつ定食。洋食屋さんじゃないことがポイントかしら? 頑張ってね。じゃあ、また」


「えっ!? ちょ! とんかつ? あ、女将さん! ……ってもういないや。あの人たちの転移魔法、便利すぎじゃない!?」


フラグ立てちゃったかなぁ……早速ちょっと大変なのきちゃったじゃん!でも一カ月あるし、頑張りますか!!


っていっても普段の営業はそれなりに忙しいしなぁ……暫く眠れないかも。


そうは言っても大事なお客様のため。私はとんかつ定食の再現に向けて思考を巡らしていくのだった。睡魔とともに。


簡単って見得張ったけどカレーだって大変だったんだよぉ!!!

拙作をお読みいただきいただきありがとうございます。

ブクマや評価も頂けますと大変励みになりますのでよろしくお願いします!!

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