七夕前日に
「これだけの量終わるかなぁ」
俺は目の前の箱の中の大量の短冊を見て、ため息をつきながらつぶやく。
俺の学校の行事の一環として、今年から謎に七夕イベントを行うようになった。イベントとはいうがメインは玄関に置かれた笹(イベントが決まったとき生徒会長がどこからか持ってきたらしい)に全校生徒の短冊をつるすというものだ。ほかにも小さな催しはあるらしいが、学校全体がそこまで力はいれていない。そもそも文化祭が再来月に控え、その準備を進めている文化部もいたり、大会が近い運動部もいるので、そこまで皆やる気をこのイベントには回せない。
俺は文化部にも運動部にも所属しない帰宅部だ。そのために、俺はこのイベントの準備の手伝いを半強制的にさせられていた。準備を手伝えば成績に色をつけると言われたのだ。うちの生徒会の権力は異常に強いのだ。
イベント準備の手伝いとして俺が任されたのは、メインイベントの短冊に関するものだ。短冊の用意と各クラスの回収したものの漏れがないかのチェック。非常に単純なものだが、単純すぎるがゆえに面倒だった。そして、ようやく最後の吊るす段階にきた。
俺はこの箱の中の短冊すべてを、明日がイベントの開始日なので今日中にすべてつるさなければならない。なんともまあ面倒なことだ。しかも俺一人で。
本来昨日の段階でこの作業は終わっていたはずなのだが、今日部屋の隅に忘れ去られていたのを発見したのだ。ほかの人員はほかの手伝いをせねばならず、手が空いていたのは俺だけだった。なんともまあ運の悪いことだ。
覚悟を決めて作業を始める。単純作業で難しいことはない。だからこそやる気がでない。今までの吊るす作業は苦痛だった。ようやく昨日で終わったらこんなことになるとはと思ってしまう。しかも一人で。
ただ一人でよかったのは自分のペースで自分の思うように進められることだ。そのメリットがあることを意識しながら進める。そうでなければ心が折れそうだった。
黙々と作業を続けること一時間。
半分近くが終わった。一人のほうが非常に早いペースでできていた。一回休もうかと思い、伸びをする。
「しっかし、高校生にもなって短冊書くなんてなぁ」
とついつぶやく。その時、
「短冊とか大人でも書く人は書くでしょ」
と突然声をかけられる。驚きながら声がするほうを振り向くと、そこには中学からの付き合いの雛森明奈がいた。
「驚きすぎでしょ」と彼女は笑う。
「うっせ、誰かに話しかけられるとか思ってもいねえんだよ。てかなんか用か?」
「いや別に、帰ろうと思ったらなんか作業してたから」
「そうかよ、んじゃさっさと帰れ」
俺はしっしっと手で払うようにする。
「何その態度ひどくない?せっかく手伝ってあげようかなと思ったのに」
「別にいらねえよ、一人のほうが楽だ」
と俺が即座に返すと、雛森はぼそっと、「でた、ぼっち根性」とつぶやいた。俺が一人で十分とかなんとかいうと雛森はぼっち根性とすぐに言ってくる。別に根性でもなんでもないのだが。
だが、それを言われるとなぜか嫌な気分になる。
「わかったよ、じゃあ手伝ってくれ」
「いいよ。素直に最初からそう言えるといいね」
と子どもをあやすような謎の言い方に引っ掛かりを覚えるがそれを無視して、俺は吊るし方の説明をした。
そして、二人で作業を始めた。雛森が話しをしてくるので、適当に相槌をうちながら話しを聞く。「適当に相槌うって聞いてないでしょ」と雛森がいい、それにも適当に相槌をうったら「もういい」と雛森はすねたような様子を見せた。俺はようやく黙ったかと思いながら作業を構わずに進めた。雛森からグチグチと何か言われた気がしたが無視する。
30分ほどで作業は終わった。雛森の手際が非常によかった。
「あんがとな、雛森」
「どういたしまして」
と雛森は言った。その声には少し不満があった。作業中の俺の態度に対して、思うところがあるようだ。俺は一応「悪かった」という。
「何が?」
「適当に相槌うって悪かった作業に集中してたんだ」
「謝ってくれるなら許す」と雛森はすぐに笑っていう。はめられたようにも思うが、何も思わないことにした。
「てかさ、短冊何かいた?」
「次のテストで満点とれますようにって」
「つまんな」と雛森がすぐに返し、俺はすぐにそれに「うっせ」と返す。
「で、そういうお前は?」
「次の文化祭で私の作品が脚光を浴びますようにって」
「俺と大して変わんねえだろそれ」と俺が呆れながら返すと、「全然違うから」と雛森は怒ったように返す。
「俺と変わんねえと思うんだがそれ」
「違います、全然違います」
とひどく強調して言うので、俺は言い返すのも面倒になる。
「じゃ俺これ片付けてから帰るからじゃあな」
と俺は箱を持ってその場を去ろうとすると、雛森からとんでもない言葉が聞こえた。
「ここで待ってからすぐ来てね」
「はいい?!帰れよ」
「あんたと帰るの、別にいいでしょ」と雛森は決定事項かのように強調して言った。俺は「わかった、すぐ戻る」と言って小走りで箱を片付けに向かった。
なぜ一緒に帰るのかはよくわからないが下手に口論しても無駄だと思ったのだ。
そして、箱を片付け玄関に戻ってくると、雛森はしっかりと待っていた。帰ってくれてよかったのにと思いながら「待たせた、帰ろうぜ」と声をかける。
「うん、帰ろう」と雛森が返し、二人で玄関を出る。本当になぜ一緒に帰るのだろうか。疑問に思っていると、雛森が話しを振ってくる。
「ねえ今回の短冊の笹の噂知ってる?」
「噂?」
「そう、あの笹には想いを繋げる力があってね、七夕の日、あの笹の近くで告白すると二人は絶対に別れないんだって」
「なんだそれ?」とすぐ俺は返す。どんな笹だよと内心思ってしまう。しかも七夕イベントは今年から始まったというのに。
「私も噂聞いただけ、どう思うかなぁって思って」
「いや荒唐無稽だなぁとしか思わねえよ。大体織姫と彦星が関連してるっていうなら、一年に一回しか会えなくなりますってなりそうだけどな」
「そうだよねえ」
と雛森はどこか所在なさげに言う。なんだかよくわからない態度。俺はそこで何となく察する。もしかして誰かに告白するつもりなのかも知れんと。なぜ俺にそれに関する話をふるかはわからないが。となると後押しするようなことを言ったほうがいいのかもしれん。
雛森がもし悩んでいるのなら、おそらく後押しが欲しいのだろう。なぜ俺をそれに求めるのかまったくわからないが。さっきの話は後押しにはならなさそうだ。
「まあでもよ、織姫と彦星は一生想いあうことになるんだから、一生互いが互いを思い合う関係になるんならいいんじゃねえか」
「らしくないこと言うじゃん」と雛森は言った。俺は「うっせ」と返す。そして、もう二度と言わねえと思う。
「意外とロマンチスト?」
「ちっげえわ。俺は全然そういうの信じねえから」
「だよねえ」
雛森は何を思っているのかよくわからなかった。そして、俺の後押しはいらなかったようだ。というかただからかわれただけな気もする。
さっきまでの俺の発言をなかったことにしてぇと思っていると、雛森は足をとめた。俺がどうした?と思っていると。
「ねえもし、七夕の日、あの笹の前で私に告白されたら付き合う?」
突然の驚きの発言。俺が驚きで固まっていても、雛森は何も言わずに俺の顔を真っ直ぐ見てくる。だが、俺はすぐに切り替える。おそらくからかっているだけだと。となれば、こう返すのがいいだろうと内心でニヤリと笑う。
「付き合うさ。雛森と一生想いあえるとか最高だろ」
本気で言ったような感じで言えた。これは完璧だと思っていると、雛森は下を向いた。そして、少ししてクスクスと笑い声が聞こえる。
「今の発言似合わないね」と雛森は言って笑い始めた。
どうやら俺の作戦は失敗のようだ。俺は「うっせ」と恥ずかしく思いながら返した。
「まあでも一瞬キュンとしたかも」
雛森は笑顔で言った。その顔と発言に俺はついどきっとしてしまう。だが、すぐに気を取り直し俺はすぐさま「からかうな、もうわかってんだよ」と返す。雛森はばれた?とでもいいたげな顔をする。
俺はため息をつく。なんだかわからないが、今日の雛森は俺をからかって遊びたいようだ。まあ楽しそうな雛森を見ていると悪い気はしない。と一瞬思った俺は即座に首を振りその思考を消し去った。
「どったの?いきなり」
「なんでもねえ」
俺は即座に返す。雛森は「変な行動して何でもないわけないじゃん」という。俺は「なんでもねえよまじで」と強調する。雛森は「まっそういうことにしとく」と返す。
そして、しばらく雑談をして、俺たちは帰り道が別れるところについた。
「んじゃ、ここでさよならな、雛森」
「じゃあね、明日楽しみだね」
「楽しみじゃねえけどな俺は」
とつい返してしまう。すると、雛森は意味深な笑顔を見せる。
「じゃ楽しみにしててね」
「なんだよそれ?」
と俺が尋ねると「秘密」と雛森は言ってそのまま「じゃあねぇ」と言ってその場を去った。なんだよあれと思いながらも俺の心は少しドキドキしていた。