第5話 魔導書
「魔法」なんて漫画や映画でしか見たことがなかった。
今目の前で起こったことは信じられないようなことだった。
だけど目の前にいるこの少年、「ティア」が魔法と呼んでいるものは本当にそのようだった。
火の消えた後の指先は傷口一つも見当たらなかった。
この少年とおばあちゃんは魔法使いだったということ。
そしてこの部屋にある本は全て知らない言語、そして魔法のある世界。
順序よく整理してみてもやはりここは私のいる現代では無いことは分かった。
そしてこれが夢でも無いことも。
私は少年とコミュニケーションが取りたいが、ニャアとしか鳴くことができない。
少年が洗い物をしているので何かヒントを得ようと大量の本を捲ることにした。
どこかにわかる言葉があるかもしれない、…何か挿絵のようなイラストがあればそれから理解することもできるから。
少年のあらゆる本を必死に読み漁ることにした。
「あれ、モネったら。そんなに本が好きなのかい?」
洗い物を終え私の行動に気付いた少年は私の側へやってくる。
猫に似合わないような行為だから面白いのであろうか、私の行動に興味があるようで少年も本を覗き込んできた。
「あ、これは魔導書っていうんだ。魔法の使い方、所謂教科書みたいなものだよ。もっともっとたくさんの種類があるんだ。…この本棚の上の方とかね。モネが開いているのは第3幕。僕ができるのはこっちの入門編の第1幕だけ。」
本棚の上の方、と指差した先には蜘蛛の巣のある埃はぶってそうな本棚の一番上の棚。
梯子も部屋の隅にはあるがきっとしばらく触れていないのであろう。
そして魔導書の第1幕という本をティアは持ってきてくれた。
付箋が挟まっていて表紙が他の本よりも読み古しているようで折れたり擦れたりしていた。
きっとこの本で魔法ができるようになるまで一生懸命読み返していたのかもしれない。
少年の努力が滲んでいるようなそんな本を目の前に置かれる。
その本を開くと先ほどの第3幕の魔導書よりかは挿絵も多く読みやすくされているものだった。
「子供の魔導書、って感じでしょ。これでおばあちゃんから習ったんだ。…習っている頃は魔法って楽しかったなぁ。…おばあちゃんは魔法を誇りに思っていたから」
おばあちゃんの話をするとまた少し切なそうな顔をする。
楽しかった、ということは今はそうでは無いのかもしれない。
謎が多いままだが、魔法やおばあちゃんの話がティアが一人森小屋で生活している理由に繋がるのかもしれない。
私はもっと聞きたくなってその本の挿絵の笑顔の魔法使いたちの指を差す。
「この世界には6つの種族が居て…。魔法が使える僕たちは昔と違ってあまり良い扱いでは無いんだ。…魔導書を書いた人たちだってもうとうの昔に居なくなってる…」
彼がゆっくりと話し出したことに私は耳を傾ける。
この世界には6つの種族が居てそれは見た目もそれに付与される能力も違うということ。
だからこそ争いの絶えず、中でも今は「魔法が使えるもの」はどの種族からも虐げられているのだと言う。
目に見える体力や努力が評価される時代で、身体も小さく非力そうな見た目の人型の魔法使いが目には見えない謎の力を使う。
それを恐れるものが多く、魔法使いは昔の絵本のような扱いはされなくなっていた。
「…重い話をしてごめんね。でも…モネのキラキラした目の輝きを見てるとなんだか心があったかくなったよ」
どんなことを言われていたとしても魔法ってすごい、なんて。
本当は伝えたいけど言葉が出ない、念じながらティアの足に擦り寄った。ありがとう、と返事をするティアは慰めてもらえたようなそんな顔をして眉を下げて笑っていた。
そして手元にあった魔導書の第3幕、次のページを開くとそこには猫の挿絵が書いてあった。
その挿絵を見た瞬間少年は驚いた顔をしてそのイラストを覗き込んだ。
「動物が話せるようになる、魔法…?」
ティアの恐る恐ると復唱する言葉に驚いてしまう。
今一番欲しいと思っていたもの、それは私とティアが通じ合う言葉。
それはティアも同じことを考えてくれていたようで、勢いよく第3幕の魔導書を取り上げ立ち上がる。
「これだ!…モネ!…僕、目標が出来たよっ!僕は君と話せるようになりたい!」
第3幕の書のページを開いたまま、それを大きく天井に向け掲げた。
少年は瞳は出会ったあの湖のキラキラと輝く水面のように、煌めいていた。