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仮想彼女

作者: 瀬田一

 俺は先日、二年付き合った彼女と別れた。原因は彼女、聡美の浮気だ。聡美の浮気はこれで三回目。三回も浮気をした彼女にも、二回も浮気を許してしまった自分にも嫌気が差した。だが、自分から振ったにも関わらず、心はすっきりせずどこか穴が開いたような気分だった。


 そこで始めたのは「仮想彼女」というアプリだ。このアプリは自分好みの女性を設定して恋愛を疑似体験することができる。設定した女性や疑似体験、感情表現のクオリティの高さから根強い人気を得ていて十年ほどサービスが続いている。

 また女性版の「仮想彼氏」もある。リリースされた当初は、正直、モテない男女の現実逃避だと馬鹿にしていた。しかし実際にやってみると違った。顔のパーツや性格、声の高さ、自分との関係もとにかく細かく設定できる。自分との関係というのは、最初から恋人という関係から始めることもできるが、友達以上恋人未満や完全に初対面という状況からスタートして恋人になるまでの過程も楽しめるようになっている。また、共に年を重ねる設定もあり結婚も可能である。もはや現実と区別がつかなくなるくらいだ。


 「仮想彼女」をインストールした後、「彼女」の設定を始めた。名前はサトミで、性格は清楚系として、見た目もそれに準ずるものとした。自分との関係性は付き合い始めにした。名前を元カノと同じにしたのは少しの腹いせだ。「仮想彼女」では「彼女」と別れることも可能で、別れた後は別の「彼女」を設定することもできる。俺は存分に親密な関係を築いた後で思いっきり振ってやろうと思った。感情表現のクオリティの高さには定評があるので、かなり現実に近い泣き顔を見せてくれるだろう。我ながらしょうもないことだと思いながら「彼女」であるサトミの設定を終えた。


「おかえりなさい、明くん」

「ただいま、サトミ」

 帰宅するとサトミは俺に声をかけて、出迎えてくれた。―このアプリには専用のデバイス、「ガーレクト」がある。ガーレクトは縦長の長方形で、前面には液晶画面がついていて等身大の「彼女」が映される。また、タイヤも付いているため、平面であれば移動も自由自在である。


 サトミと出会ってから半年が経った。一人暮らしの俺にとってはサトミの挨拶はプログラムで規定されているものだとはいえ、とても暖かいものだった。しかし俺にはまだ聡美への怒りが残っている。聡美と同じく二年経ったら振ってやろう。


 「仮想彼女」は様々なデバイスから接続が可能で、家ではガーレクトに接続して本物の人間と同じように接し、外出先では持ち運びしやすいスマホに接続してデート気分を味わうことができる。俺は聡美と行った映画やレストラン、遊園地などでデートした。他にも海外旅行までした。聡美と同じデートをしているのにサトミのほうは浮気をせず、俺とのデートを楽しんでくれている。


 サトミと出会ってから後一か月で二年を迎えようとしている。そろそろ別れを告げてやろうと心に決めた矢先にこんなニュースが飛び込んできた。

―「仮想彼女」サービス終了―

「は?嘘だろ、何でだよ」

 その時俺は二重の意味で「何でだよ」と呟いていることに気が付いた。

 一つ目はサービス終了という事実。二つ目はサービス終了ということを悲しんでいるという事実。しかしそんな感情には気づかない振りをして記事を読み進めた。サービスの終了日は別れようと思っていたちょうど一か月後であった。理由は「仮想彼女」及び「仮想彼氏」の普及による未婚率の上昇だそうだ。これは政府の正式な発表だった。リリース当初からそのクオリティの高さゆえに危惧されていたことで、政府はたびたびサービスの終了を検討していたそうだ。今回、終了させることに踏み込んだのは未婚率の上昇と「仮想彼女」及び「仮想彼氏」との因果関係が明らかになったことによるものだと記事に書いてある。


「ク、ク、ク、ク、ハーハッハッハッハハハハハハハ。やったぜ。これでサトミを思いっっっきり振れる上に、この世からデータから何から何まで消えてくれる。金輪際会わずに済む…」

そう言い終わった瞬間、涙が頬を伝った。その日は一日中泣いていた。


 発表があった日から一日もアプリを開かずに「仮想彼女」のサービス最終日になった。当初の予定通り別れてやるという気持ちで、ガーレクトでアプリを起動した。

「明くん、お久しぶりです」

 サトミは明るくそう言った。まるで何も知らないかのように。しかしそうではなかった。

「本日でサービスが終了してしまうので、誠くんとはお別れですね。ですが、悲しんでいても仕方ありません。最後は笑ってお別れをしましょう。そういえば、以前見に行った映画の続編が出るそうです。とても面白かったので続編も行きたいですね。それから……」

 途中から何を言っているのか全く聞こえていなかった。適当に「うん」とか「ああ」とか相槌を打っていた気がする。そして、時計の針が二三時五九分から〇時〇〇分に変わる瞬間にサトミは、

「またどこかでお会いしましょう、さようなら」

 そう元気に笑顔で別れを告げたのはよく聞こえた。

「うわあああああああああああああああああああああああああああああああああああああ」

 俺は泣き叫んだ。体中の水分がなくなるくらい涙を流した。その後は手当たり次第にデバイスを取り、アプリを起動させようとしたが何も起こらなかった。

「クソ、別れを告げるのも泣かせるのも俺がやるはずだったのに……」

 気が付けばそうさせられているのは自分で、サトミのことを本当に好きになっていた。会いたい。サトミにもう一度会いたい。しかしサトミはもうこの世にいない。その真実をゆっくり受け止めると、俺は無意識に縄と台を用意して首をつろうとしていた。

「今から会いに行くよ、サトミ」


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