8話 俺はこんなところで立ち止まるわけには行かない
剣士が放った炎魔法は魔獣に直撃し、左腕を抉り取った。もがく声を上げながらも魔獣は剣士に怒りをぶつける。だが、魔獣が振り下ろした右腕は剣士の大剣によって阻まれた。
「…ふん!」
剣士は大剣を構え直し、斬撃の嵐を魔獣に浴びせた。先ほどの魔法ほどの効果はないように見える。それでも、ジリジリと魔獣を追い込んでいる。
「グォオオオ!」
魔獣が咆哮を上げる。剣士は魔獣と距離を取った。
「何をするんだ?あの人は?」
剣士は大剣を鞘にしまい、魔法を唱える体勢に入った。
「!!」
「くらえ!!」
先ほどの炎魔法より一回り大きな炎が魔獣にぶつかる。
「すごい!あの人…。」
巨大な炎が魔獣の右腕を滅した。その衝撃と共に魔獣は後ろにのけぞった後に倒れ落ちた。「すごい…ね。」
「うん。あの人剣も魔法も一流だよ。」
不意に剣士がヒッカに目を向けた。ヒッカはその目線にギクリとした。炎を扱う豪気な戦い方とは相反するような冷たく、どこか物憂げな瞳だった。
「降りるよ。ライクは俺から離れないで。」
「うん。」
「突然失礼します。俺達は怪しいものではありません。」
ヒッカは剣士にそう言いながら目の前に降り立った。
「俺達はここから…」
「お前達は今すぐ逃げろ!」
剣士が声を荒げた。
「いいから逃げるんだ。飛べるのなら容易いことだろ。早く!」
剣士の言葉に戸惑うヒッカ。剣士が魔力を集中させる。それとほぼ同じく背後から感じる嫌な違和感。
「どけ!」
ヒッカはライクの手を引き剣士の魔法をかわした。いや、剣士と対象物との射線軸をあけた。剣士の渾身の一撃は魔獣が生み出した障壁にあっけなく弾かれた。
「あ、ああ…」
ライクの顔がみるみる青ざめていく。声が出ないようだ。周囲の木々や地面を巻き込みながら再び魔獣の両椀が形作られる。体もより大きく、太くなっていく。
「くそっ!」
再び剣士が魔法を放つも、やはり虚しく弾かれるのだった。
「…。」
「!」
ヒッカは思わず息を呑んだ。微かに聞こえた剣士の独り言は、確かにそう言っていた。
「俺はこんなところで立ち止まるわけには行かない。」
周辺を巻き込み、人間の数倍は大きくなった魔獣。
「グォオオオ!!」
まさに轟音と言うべき咆哮だった。
「お前達!早く行け!」
剣士がそう叫ぶも、ヒッカはどこか冷静に構えていた。自分でも驚くほど冷静に静かに、そして激しく魔力を収束させていた。
(あの魔獣、周りの木や土を巻き込んで大きくなっていた。ここまで見てきた森の荒地はあいつが変身した後だったんだ。だから今まで見つからなかったんだ。)
「おい。お前…。」
剣士はヒッカの様子を見てそれ以上言葉を発しなかった。
「離れてください!」
ヒッカの声に無言で従う剣士。
(あいつが木々を集めて体を構成しているのなら、これをぶつければ…!)
ヒッカは両手に溢れんばかりの魔力を収束させ、十八番の風魔法を放った。
「【サイクロン!】」
荒れ狂う風が魔獣に襲いかかる。その凄まじい風はみるみるうちに魔獣の体を削り取っていた。
(よし。思ったとおりだ。ここからは…慎重に…。)
ヒッカは繊細なコントロールでさらに魔獣の体を削り続けた。そして、やがて魔獣は小さな動物の形になっていった。
(よし!)
ヒッカは風魔法を解除し、風の魔力を全身に漲らせて小動物の形のものを掴んだ。
「はっ!」
ヒッカがそれにまとわりついていたものを風魔法で打ち払った。それはヒッカの片手ほどの大きさの動物だった。ただ一つ、背中に奇妙な石が縫い付けられている点を除いては。
「助かった。感謝する。」
剣士はそれだけ言うとヒッカに背を向けた。
「待ってください。少し話を…。」
「ねぇ!」
ヒッカがそう言かけた言葉を遮り、ライクがヒッカに話しかけた。先ほどまでのライクの言い方と違う強い語気だった。
「そいつが…そいつが!」
「?」
「私たちの村を…!私のお母さん!お父さんを!」
「そうなのか?それにライクのお母さんはいたんじゃないの?それならリーサさんは??」
「リーサは私のお母さんには違いないわ。でも、本当のお母さんの妹なの!」
「…!」
ヒッカは言葉に詰まった。
「もう二年くらい前になるの。そいつが私の村を襲ったのよ!やっと落ち着いたと思って忘れようとしてたのにまた襲いかかってきて…!」
ライクが涙声で話しながらも最後の方は言葉にならなかった。
「うっうっ。ふっう。」
泣きじゃくるライク。確かにここでこの動物に止めを刺さないとまた同じことが起きうることは想像できる。
「私が。私が…今のうちに!」
ついさっきまでのライクの表情とは違い鬼気迫る面持ちでヒッカに歩みを進める。ヒッカは小動物に目を向けた。小さい。とてもとても小さい。動物は専門ではないが、この種の動物ではまだ子どもなのではないかと思えた。
「あのさ、ライク。」
「…何?」
「その…ライクの村を襲ったのっていつだっけ?」
「さっきも言ったよね?二年前よ。」
「だよな。だとすると違和感があるんだ。」
「だから?」
「まずコイツは多分子どもだ。生まれて一年も経ってないと思う。体も小さいし、体毛の色もまばらだ。」
「だから?」
「それにヒルビルド山で現れたのは数ヶ月前なんだろ?だとしたら、コイツはその頃から魔獣になった可能性が高い。」
「…。」
「端的に言うと、ライクの村を襲った魔獣とコイツは別物だと思う。」
「…。」
「コイツはまだ子どもだ。だから王宮に連れ帰って見てもらうつもりだ。」
「…。」
「…。」
「…て…るよ…。」
「ん?」
「分かってるよ!そんなこと!!」
ヒッカはライクの迫力に気圧された。
「でも、でも!そいつが私の村を襲ったのと魔獣と同じ種族なんでしょ?」
「それは現段階では分か」
「だってだって!」
ヒッカの言葉を遮りライクが続ける。
「私…どうすればいいの?せっかく立ち直って、新しい生活にも慣れて。ぐすっ。」
「…。」
「なのに何でまたこんな目に遭わないといけないのよ!?」
「なら君がそいつを探してみるんだな。」
ことの成り行きを見守っていた剣士が口を開いた。
「復讐することを止めはしない。それで君の気が晴れるならそうするべきだ。」
「なぜ他人の貴方が口を挟むんですか?」
「ならば逆に問うが君は彼女とその魔獣をどうするつもりだ?どうしたいんだ?」
「俺は両方救いたい。」
「どうやって?」
「魔獣は然るべき方法で対処するべきだと思います。すでに人的被害が出てるのであれば、王宮警備隊で何かしてるかもしれないですし。それに魔獣って言われてるけどこの子は何か違う気がする…。」
「…?」
「なんと言うか…。暴れてるのではなく、もがいているような。コイツが何か悪さをしてるのかもしれませんし。母の研修室なら何か分かるかもしれない。」
ヒッカはそう言って背中の異物を指で指した。
「…。」
「母の研究室に連れて行きます。ライクはそれでもいいかい?」
ライクを声をあげて泣いていた。そしてヒッカはそれ以上、声をかけることはできなかった。
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