7話 昔ここで英雄とドラゴンが戦ったんだって
ヒッカはライクを抱えたまま目的に辿り着いた。
「すごいね。あっという間だったよ。」
「俺は風術士だからね。この手の魔法はお手のものさ。それでデビルベアーはどこ?」
「…」
「…?」
「消えちゃった…。」
「消えた?ここに来るまでの時間で消えたってこと?」
「うん…。」
「そっか。」
一回り上空を旋回してみたが確かにデビルベアーの姿はどこにも見当たらなかった。ただ…。
「確かにライクの言ったようにデビルベアーはここにいたかもね。あそこの地面は抉れてるしあっちの方もめちゃくちゃに木が薙ぎ倒されてる。」
「うん。」
「一旦、下に降りてみようか。」
ヒッカとライクは地面に降り立った。不意にヒッカは刺さるような魔力を感じた。だが、デビルベアーらしきものはどこにも見当たらない…。
(何だろう。この感じ…。)
ガサガサと茂みが揺れて小さな動物が逃げていくのが見えた。
(びっくりした…。)
小動物を見送ったヒッカは再び薙ぎ倒された木々を観察する。
(この傷跡はまだ新しいんだよな…。これならそこそこの大きさなのに一体どこに…。)
結局、ヒッカとライクは不自然な痕跡を見つけることはできたものの、デビルベアーや魔獣を見つけることはできなかった。
「仕方ない。そろそろ行こうか。俺も元々の用事も済ませたいし。」
「元々の用事?」
「ああ。母からの言いつけでさ。流石にそろそろやばくて。」
「そうなんだ。ごめんね。こんなこと頼んじゃってて。」
「大丈夫だよ。それに元々の目的地もこの山だしね。この山の頂上のとこに龍討伐の跡地があるみたいで、その様子を見て来いってさ。もう十年以上前らしいんだけど…。」
「?」
「いや、何でもない。悪いけどちょっと付き合ってくれるかい?嫌なら先に家まで送るよ。」
「ううん。いいよ。私なら案内できると思うし。行ったことはないけど場所は聞いてる。多分だけど、あそこのあたりだと思う。」
ヒッカはライクが指差す方向に目を向けた。モヤのかかる山の中流に何か見える。
「ありがとう。じゃ、早速行くよ。」
ヒッカは【エアライド】で一直線に向かった。
ヒッカとライクは龍討伐の跡地と呼ばれる場所に降り立った。荒れ果てた大地なのにどこか荘厳な雰囲気を感じる。
「結構ひろいね。どこだろう。あの辺りかな?」
「何を探してるの?」
「戦いの跡をさ。ここはちょっとした曰く付きの場所らしい。」
「私知ってるよ。」
「何を?」
「昔ここで英雄とドラゴンが戦ったんだって。」
「何だ。知ってるんだ。」
「そりゃそうだよ。私は麓の街に住んでるんだし。」
ライクが笑って答える。
「で、あっちの崖あたりが決戦の場所って聞いたよ。その時に戦ったナントカって人がドラゴンを倒したと言われてるんだけど、結局ドラゴンの死体は見つからなかったんだよね。ドラゴンをやっつけた話を疑ってる人もいたけど、その日以来ドラゴンの被害は聞かなくなってて、ドラゴンを見かける人もいなくてさ。それで、ドラゴンはここで跡形もなく消されたんだって噂なんだ。」
「そうなんだ。」
ヒッカは学園を襲ったドラゴンのことを思い出していた。ヒッカが全力で放った魔法では多少傷付けることはできたが、アレを消滅させるだなんて途方もないことだと思った。その上、この地で滅せられたドラゴンは超大型と言われている。学園を襲ったドラゴンも大きいが、それはあくまで他の生物と比較した大きさであって、ドラゴンの中ではそこまで大型ではない。
「どんな人なんだろ。会ってみたいな。ライクはその人が今どこに住んでるか知ってるの?」
「分からないよ。ドラゴンが退治されたのは私が生まれる前だし、大人達も全然話してくれないし。」
「そうか…。」
ヒッカはその名も知らぬ英雄に思いを馳せていた。
(きっとすごい人なんだろうな。)
「っと、こんなことしてる場合じゃなかった。探索、探索!。」
ヒッカは気を取り直して魔力を集中させ始めた。
「いつ見てもすごいよね。」
ライクが感嘆の声を上げる。ヒッカは目を閉じたまま、魔力を集中させた右手を地面にあてて魔力を拡散させた。
(どこだ?)
「…!!」
ヒッカは奇妙な感覚を覚えた。
「なんだ?何これ??」
魔力の乱れを感じたと思った刹那、不意に凶暴な超大型ドラゴンのビジョンが頭のよぎった。
「大丈夫?」
心配そうに顔を覗き込んでくるライク。ヒッカは狼狽えながらも、ライクに笑顔を向けて大丈夫だと答えた。
(…何だったんだ…。今のは?)
額の汗を拭いながらも、ヒッカは無意識に魔力の乱れを感じた方向に向かい始めた。
「ねえ待ってよ〜。」
ライクが慌てて付いてくる。
やがて、深い大地の裂け目にたどり着いたヒッカとライク。
「ここがどうしたの?」
「…。」
「ねえ!」
「ああ、ごめん。ちょっと考え事しててさ。」
膨れっ面のライク。
「降りるよ。来る?」
「こんなとこ、本当に降りるの!?周りもよく見えないし危なくない?」
「何とも言えない。ただ、俺は空飛べるから、最悪の場合は空に逃げるよ。」
「…。」
「…。」
「…怖いけど…ここに一人でいるのも怖いから付いていく。」
「了解。」
ヒッカとライクはゆっくりと崖を下っていった。
「何だこれ!?」
ヒッカは思わず声を上げた。それは巨大な繭のような、卵のような不思議なものが佇んでいた。その物体は割れており、中身は出てきていると思われた。
(特に風化した気配は感じられない。最近孵化したのか?)
ヒッカはそう思いながら、物体を破片をいくつか袋に入れた。
(まさかデビルベアーの正体はこれか?いや、そんなはずはない。デビルベアーは獣型だから卵とは考えづらい。むしろこれだけの大きさならドラゴン…?)
不意にヒッカは学園を襲ったドラゴンを思い出した。
(まさかアイツか?超大型ドラゴンは倒されたが実は卵が残ってて、それが孵化したのか?だとしたら、あのドラゴンはやばすぎる!!)
「ねえ、大丈夫…?」
先ほどにもまして不安気な様子でライクが尋ねる。
「ちょっとまずいかも。ここは長居するような場所じゃないし、もう帰ろう。」
途端に安堵の表情を浮かべるライク。
「ああ〜怖かった!でもでも、何だかすごい大冒険だったみたい!」
数刻前とは打って変わって満面の笑みを浮かべるライク。
「そうだね。」
軽く笑顔で返すヒッカ。少しかげりのある表情だったが、ライクは興奮のあまりそれに気づかないで話を続ける。
「ねえ。ちょっとだけ寄り道できないかな?」
「寄り道?」
「うん。私たちの村から山を挟んだところにもう一つ村があってね。そこに行きたいんだぁ。」
「ふうん。何かあるの?」
「えへへ。友達がいるんだ。私たちの村からだと少し遠いのと、最近は魔獣とかもいるから怖くって。今なら魔法士様もいるから大丈夫かなって。」
「…。」
「お願い!」
(確かに見つからなかったとはいえ、デビルベアーが徘徊するような場所では怖いよな。)
「よし!じゃあ連れてくよ。案内してくれる?」
「ありがとう!」
心底嬉しそうな笑顔のライク。ヒッカはライクの指差す方向に進路を変えた。
ヒッカは微かに人ならざるものの声を聞いた。
「…まさか!?」
「ちょっと待って。あそこのあたりなんだけど…。」
ヒッカもはっきりと見えた。集落と思われる場所で煙が立ち上っているのを。
「ライク。しっかりつかまっててね。」
「うん…。」
少し強張った声でライクが答えたと同時に大きな爆発が起こった。
「ひゃっ!?」
「…っ。!いや、あそこだ!」
爆発の直撃を受けた魔獣の姿が見えた。
「グォオオオ!!」
ヒッカとライクは確かに、地鳴りのような魔獣の咆哮を聞いた。そして同時に魔獣と対峙する一人の剣士が目に入った。赤い鎧を纏った剣士は無表情で魔法を放っていた。
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