6話 ああ、まだ試したいことがあるからね
ヒッカは村長から討伐対象の魔獣の詳細を尋ねていた。一般的に魔獣とは、人に害を為す獣のことを指す。特に今回は人的被害も出ているので危険度は高い。ただし、話を聞く限りでは中型の単一個体のために、自分ひとりでもどうにかなるだろうとヒッカは判断した。村長の話では対象をデビルベアーと名付けていた。黒いオーラを纏う凶暴な魔獣のようだ。
(熊類の爪牙は強力だから一発でももらうとアウトだな…。やはり全方位警戒しながら進むしかないか?いや、そもそもデビルベアーを先に見つけて空から奇襲すればそちらの方が手っ取り早いかな?)
ヒッカは村長に一礼して村長の家を後にした。気付けばもう日が傾き始めていた。
「魔法士さんは今日はどうすんだい?良かったら、うちに泊まっていくかい?離れが空いてるから、そこなら気兼ねなく休めると思うよ。」
「いえ、そこまでお言葉に甘えるわけには…。」
「何言ってんだい。こっちが無茶なお願いしてるのに、宿くらい準備させとくれ。」
「わかりました。ありがとうございます。」
「なら決まりだね。ライクは離れを掃除して準備してあげて。私は腕によりをかけた料理作るからさ!今のうちに休んどいてくださいな。」
「何から何までありがとうございます。でもちょっとだけ試したいことがあるので、家の裏にいますね。魔法を発動するので少し騒がしくします。」
「あら、うちは気にしないから存分にどうぞ。」
「あたしもそれ見てもいい?」
「いいけど、つまらないかも。もしつまらなかったら、そんな魔法もあるって思ってて。」「何それ〜。」
リーサの家に荷物を置き、ヒッカは特訓を始めた。まずは【エアライド】で空に舞い上がり、周囲の地形を探った。
(言われた場所はあのあたりかな?思ったより森が深くて上空からだと大変かな…。しまったな。お使いもしなくちゃいけないからあまり時間をかけてられないぞ。)
「ねー!」
ライクが大声でヒッカを呼んでいる。
「私も飛んでみたーい!」
(…やれやれ。)
ヒッカは地面に降り立ち、ライクを連れて再び空を翔った。
「凄いね!魔法士だとこんなこともできるんだ。」
「個人の適性の話さ。俺は親から特に風魔法を叩き込まれてるからね。」
「そうなんだ。いいね。」
「毎日猛特訓だから疲れはするけどね。でもおかげで応用のある魔法を使えるようになっし、苦労と実益でトントンかな?」
「魔法士様も大変なんだね。」
ヒッカとライクはしばらく上空から辺りを観察した後にライクの家に戻った。
「まだ何かするの?」
「ああ、まだ試したいことがあるからね。」
「そっか。ご飯できたら呼ぶから近くにいてね。」
「ああ。ありがとう。」
ヒッカはライクを見送った後、両耳に魔力を集中させる。低位魔法の一つである、身体強化魔法だ。この世界の人間はその強化度合いは個人差あれど、殆どの人間が使う、ごく一般的なものだ。だが、ヒッカのそれは一般的なレベルを軽く超えていた。
(集中するんだ。)
ヒッカの感覚が研ぎ澄まされていく。今まで聞こえなかった草木のざわめきが聞こえる。(もっと。もっと…。)
ヒッカはゆっくりと瞼を閉じた。舞い落ちる葉っぱの枚数も分かるほどに意識を集中した。(これなら…。)
ヒッカは地面に耳を当てた。
(違和感を見つけるんだ。目に見えるほどの黒いオーラを放つならば、必ず魔力の歪みが生まれるはず。)
ヒッカは魔力の歪みや違和感を探した。
「…。」
「ねえってば!」
「うわっ!」
ヒッカは思わず体を仰け反り構えた。
「あたしよ!ライクよ!!」
「…。」
「…。」
「ごめん。何か用?」
「ご飯できたから呼んでたの。全然聞こえないみたいで何してるのかなって思って近づいたらすごい魔力を感じて…。周りのことが聞こえないみたいだから心配になって。」
「そうだっけ。そんなつもりじゃなかったんだけどな。」
そう言いつつもヒッカは自分の置かれてる状況を改めて確認して気付いた。
「えっ。何これ…。」
ヒッカの顔面は土にまみれていた。それだけでなく、地面にも数十センチの割れ目ができていた。集中して感覚を研ぎ澄ませようとしていたため、かなりの魔力を消費・発散していたようだ。
(この方法は危険かもな。ここみたいに周りが安全じゃないと命がいくつあっても足りない。となると、空か…。)
「大丈夫?」
ライクが顔を覗き込んできた。
「ああ、大丈夫さ。」
「うん。」
ライクが屈託のない笑顔を向けてくる。ヒッカはライクに連れられてライクの家に向かった。
「さあ、遠慮せずに食べてね。お口に合うと良いけど。」
ヒッカは食事をご馳走になりながら、素直に感想を伝えた。
「どれも本当に美味しいです。このスープが特に絶品ですよ。」
食べながらヒッカは魔獣のことを考えていた。結局、空からも地表からも手掛かりは見つかってはいない。
(本当にまだ魔獣はいるのか?いなくなったとして、これだけの広範囲でいないならどこか別の方面に行ったのか…?)
不意にライクとリーサがヒッカの顔を覗き込んでいるのが見えた。
「いや、魔獣のこと考えててさ。一宿一飯の恩義、頑張りますよ!!」
ヒッカは明るい声で、まるで自分を鼓舞するかのように喋った。
三人でフフフと笑った。
離れで一人、ヒッカは考えていた。母からの手紙のこと。ヒルビルド山に入ってから感じる違和感のこと。魔獣のこと。
(分からないことが多すぎる。)
ヒッカはここ数日のことを繰り返し頭の中に巡らせながらも瞼を閉じた。
「やばい!寝過ぎた!」
窓からは日差しが差し込んでいた。
(日はまだそこまで高くはないか。)
ここ数日の疲れも溜まっていたのだろう。ゆっくり休める環境だったこともあり、ヒッカは何年振りかの寝坊をした。手早く身支度を済ませ、母屋に向かった。
「おはようございます。寝坊しました。」
「あらおはよう。ゆっくり眠れました?ちょうどご飯ができたとこなのでお座りになって。」
「どうもありがとうございます。いただきます。」
「おはよう〜。」
そこに瞼が半分閉じたままのライクが出てきた。
「おはよう。すごく眠そうだね。」
「うん。朝は苦手かな。」
「そっか。」
そして三人で朝ご飯を食べた。活力がみなぎってくるようだ。
「ご馳走様でした!」
そう言いつつ身支度を始めるヒッカ。
「あ、待ってよ。私もすぐに準備して行くから〜。」
最後のパンのかけらを急いで口に入れるライク。
「ああ。外で待ってるよ。リーサさん。色々とありがとうございました。」
「おや、もう行くのかい?もう少しゆっくりしてれば良いのに。あの子もすぐくると思うわ。」
「ありがとうございます。出発するわけではなくて、俺も準備があって。」
「そうかい?なら仕方ないかねぇ。気をつけて行っといで。あの子をよろしく頼みます。」
「はい!頑張ります。」
ヒッカはリーサに挨拶をすませ、出口の扉に手をかけた。
外に出たヒッカは早速【エアライド】で上空から辺りを観察した。が、やはり魔獣の姿は見えない。
(…もうこの後にはいないのかな?森が深いのもあるけど、それにしてももう少しオーラが見えても良いはずなのに。)
地面に降り立ったヒッカは昨日と同じように地面の音を聞いた。こちらも特に成果に繋がりそうな音は聞こえてこなかった。
(だめか。こうなると、出現ポイントを後追いしていくしかないか…)
「お待たせ!」
そうこうしているうちに準備を終えたライクが出てきた。
「では、道案内お願いします。」
「うん!任せて。」
ライクは笑顔で答えた。
「早速なんだけど、魔獣が現れた地点に行きたいんだけどいいかな?」
ヒッカは地図を広げた。
「確かこことここと、この端っこの方。時間はどのポイントもバラバラだけどね。」
「今の時間帯に現れたポイントはある?」
「それならここかな?ちょっと遠いけど。ちょうどあの山の麓あたり。」
「あそこか。まずはそこに行くかな。」
「いきなりね。」
「あの程度の距離なら訳ないさ。飛んでいくから少し我慢してね。」
「!?!?っ。」
そう言うとヒッカはライクを抱きかかえ、上空を舞い上がった。
「…いきなりだからちょっと驚いちゃった!」
「あわわ。ごめん。」
慌てて謝罪するヒッカ。
「ふふ。いいよ。このまま連れていってくれるの?」
「ああ。今日は昨日よりも飛ばすからね。さて、確かあの辺りだよね?じゃあ本格的に飛んでいくから怖かったら教えてね。」
「…。」
「?」
「あそこ。いる…。」
「え!?」
ライクの言葉を受けて、最初の目的地を注視したが、ヒッカは何も感じられなかった。
「デビルベアーがいたの?」
頷きで答えるライク。険しい顔つきになっていることが真実味を増す。
「行くよ。」
ヒッカはそう伝えたのちに、全力で目的地に向かった。
ここまでお目通しいただきありがとうございます!
ちょっとでもいいなと思ったら、評価ポチっといただけると嬉しいです。
よろしくお願いいたします!