32話 やっと捕まえたぁ!!
静寂の時が流れる。木々のざわめきや小鳥の囀りさえも耳に届かないほどの緊迫した空間。ジャリッと、ヒッカが地面を蹴ろうとする音が聞こえた。ラッフェルは迷わなかった。
(…!)
ラッフェルも大きく踏み込み、ヒッカに突撃する。無論ヒッカも条件反射でその動きを捉えていた。ラッフェルはジャンプし飛び蹴りの体勢をとる。ヒッカは一瞬怪訝な表情を見せるが冷静にその飛び蹴りを回避した。
ザザザッ!
砂塵巻き起こしながら方向転換の体勢をとるラッフェル。その目線はヒッカを捉えて離さなかった。
「まだっ!」
細かくステップを刻み、ヒッカに向かってくるラッフェル。
「るあっ!」
ラッフェルが魔力を込めた右拳をヒッカにぶつけてきた。
「!!」
ヒッカは両手でガードする。ビリビリと痺れてくるような気合の入ったパンチだった。
(これは…!?)
ヒッカは少なからず驚いていた。少なくとも昨日のような筋力だけで殴るような威力ではなかった。全身が魔力で強化され、さらに攻撃のタイミングでピンポイントに右手に魔力をさらに上乗せしていた。
(いつの間にこんな?ジェイクさんは一体何をしたんだ?)
ヒッカは少し混乱していた。だがそれ以上に喜んでいた。
(ジェイクさんが何をしたかは分からないけど…、ラッフェル。君はたった半日で強くなった…。よっ!)
「惜しい!」
ヒッカはラッフェルからの追撃をガードした。今度のパンチも気合の入った良い威力だった。
(いいよ!だけどこっちもいつまでも防戦一方じゃないからな!)
「オラァ!」
ラッフェルは大きくステップを踏み、ヒッカの後方から再び拳打を放つ。それを予見していたかのようにヒッカは正面に向き直る。ラッフェルは一瞬怯むが攻撃は止められない。ヒッカは左拳に魔力を集中させ殴りかかる。
「はっ!やっ!」
それは息もつかせぬ早業だった。左拳でラッフェルの拳を打ち止めたヒッカは、利き手の右拳でラッフェルを攻撃した。腹部にクリーンヒットしたラッフェルは吹っ飛ばされた。地面を転がりながらも素早く立ち上がり、迎撃の構えをとるラッフェル。
「おっえっ。」
だが強がっていてはいるものの、相当のダメージだったようだ。
(…。ラッフェル。ここからが正念場だぞ。ここまで半日で来れたんだ。こんなものじゃないだろ?)
「…へへっ。師匠。今のは効きましたよ。そろそろ俺のも一発喰らって欲しいっスよ。今のパンチもあり得なくないスか?グーにグーで撃ち返すだなんて。めっちゃ痛いっス!」
右手をヒラヒラさせるラッフェル。
「さてと、何がなんでもついていくっスからね!」
ラッフェルの闘志は微塵も消えていないようだ。
「その意気だ!全力でかかって来い!それともこっちから行こうか?」
「それはありがたいっスね!師匠と本気で殴り合いたいっス!」
「…後悔するなよ?」
ニヤリと笑うヒッカ。
「当然っス!」
ラッフェルは再びヒッカに突っ込んでいく。
朝の空気を感じながら深呼吸をするジェイク。旅立ち前の朝食を終え、しばし窓の外に意識を向けていた。
(もう始まっている頃だろう。ラッフェル、何としても喰らいつけよ。旅について来るんだろ?)
小鳥が歌い、草木の匂いを乗せた風が優しく吹いている。旅に出るにはうってつけの日だ。たった数日の滞在なのにどこか懐かしささえ感じる。
(さて、俺もそろそろ準備するか。)
ジェイクは席を立ち、自室へと戻っていった。
ヒッカとラッフェルは激しい拳の応酬を続けていた。だがそれでもラッフェルは分が悪い。一発ヒッカに入れても、それがラッフェルには三発になって戻ってくるほどだ。だがそれに何とか喰らいつけているのは、ラッフェルのある変化によるものだった。
「師匠!楽しいっス!」
「何だよそれ?でも、それは言えてるね!」
連続で繰り出すラッフェルの拳が凄まじい熱量を帯びている。
(熱いな!ラッフェル!!)
ラッフェルはいつしか、炎の魔力を纏いつつあった。
「うりゃー!」
ボウッと一瞬ラッフェルの拳が炎を顕現させた。
「そう来るか?」
ヒッカも負けじと再び拳で真っ向勝負に挑む。単純に魔力を上乗せし、その炎の拳を打ち破った。
「はぁはぁ。」
「…っち。」
ヒッカは右手をパタパタを仰ぐ。
「あー!ぜってぇぶん殴る!」
ラッフェルは一気に全魔力を解放した。このまま打ち合ってもジリ貧になるのは目に見えていた。ならば、この勢いのまま強引にヒッカの拳を突発しようとしてのことだろう。果たしてそれが吉と出るか凶と出るか…。
(…。)
ヒッカは冷静にラッフェルの力量を分析していた。短い付き合いでは一度も見せたことのない魔法。ファイアボールの様に打ち出して終わるものではなく、体を炎属性で纏う魔法。纏う魔力を普段よりあげて全力で攻撃の体勢をとっている。スピードとパワーは先ほどの比ではないだろう。
「これでっ!!」
ラッフェルは脱兎のごとく駆け出す。
「ふっ!はっ!やっ!」
(…!!)
ヒッカはラッフェルの攻撃をガードしながら、反撃の機会を伺っていた。ラッフェルのこの攻撃は恐らく数分と維持できないだろう。
ラッフェルは魔力の解放をたった半日でものにした。それは十分に賞賛に値する。されど、解放した魔力を繋ぎ止める分には些か粗が見えるのも事実だ。
(…!)
ヒッカはラッフェルの纏っている全身の魔力が一瞬弾けるのを見た。
「そこ!」
間髪入れずに懐に飛び込むヒッカ。流れる様に繰り出される右拳はラッフェルをダウンさせるには十分な威力だった。
…と思われた。
「っ!?」
「っへへ。」
不敵に笑うラッフェル。
「やっと捕まえたぁ!!」
一瞬弾けたかに見えたラッフェルの魔力は、眩いほどの魔力を激らせていた。ラッフェルの左頬を狙っていたヒッカの拳は、ラッフェルの頭突きによって防がれていた。ラッフェルはそのまま前のめりに左手でヒッカの右手を掴み、低い体勢のまま右拳を振り抜こうとしている。
(ラッフェル…。まさかそこまでして向かって来るとは思わなかったよ。)
ラッフェルの額からうっすら血が流れている。そしてその奥の瞳は、まるで獣の様にヒッカを睨みつけている。時間にして一秒にも満たないその空間の中で、ヒッカはラッフェルと言葉では伝えきれないほどの濃密なやり取りができた気がした。
(このままだと…。)
ヒッカは迫り来るラッフェルの右拳を見つめていた。
(この一撃は危険だ。)
ヒッカは直観でそう判断した。これがラッフェルの最後の攻撃であろう一撃。それをまともに受ければヒッカとてダウンせざるをえないだろう。そしてそうなることは即ち、この試合のラッフェル勝利であり、旅の同行許可と言う証左に他ならない。
(今まで苦労してきて積み上げてきた戦い方をやめ、本気で俺を倒すと決めたが故の一撃…。)
ヒッカはラッフェルの本気を受け入れようとその拳を受け入れようとしていた。だが、ヒッカの体は無意識にカウンターの体勢を取っていた。日々繰り返されていた母との特訓や父との稽古、弟や友人との遊びの中での鍛錬…。
ヒッカの体から力が抜ける。全身を流れるがままに任せ、左手に魔力を集中した。ラッフェルがヒッカに向けて全力全開の一撃を向けたその瞬間、ヒッカはその拳の軌道を逸らした。ヒッカの服が僅かに焦げ裂ける。そしてそのまま、ラッフェルに向けて体を踏み込ませつつ左掌を上段に打ち上げた。
ヒッカとラッフェルの再戦は、無常にもラッフェルのダウンで決着した。ラッフェルは起きた事態を理解する間もなかった。
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