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2話 風よ、全てを薙ぎ払え!

「そうか。風属性の道に進むのか」

 ヒッカの担当教員が感嘆の声で話した。

「はい。元々は母の元で鍛えられてますし、まだまだ研究の余地のある分野で面白そうですから」

「いやいや。これは失敬。君のお母さんはあの王宮魔導士だったね。それなら私は口を挟まんよ。確かに風属性は習得者が少ないから苦労はするかもしれない。だが、それも込みで風と言う自由な魔法を楽しみ、そして学んでもらいたい」

「ありがとうございます。先生」


 面談が終わったヒッカは自席で頬杖をついていた。

(自由に、ね)

 ヒッカが得意としている風属性魔法は習得者が少ない。特にこの国では炎術士の割合が多く、約半数の男性が炎属性を修めている。次いで多いのが土術士。男性の水術士は少ないが、それでも風術士よりは多い。

 炎属性魔法は攻撃と身体強化に優れておりかつ、体系だった魔法も多い。


 土属性魔法は防御と面・範囲の効果に優れており、指揮官やオールラウンダーが好む傾向にある。


 水属性は回復と魔法防御に優れており、習得者の多い炎属性への耐性が最も高い。


 風属性は万能でさまざまな魔法に応用が効くとされる。また四属性で一番研究が進んでいない属性のため、相手の意表を突いた戦いができる。



 ヒッカの母は優秀な風術士だった。

 ヒッカは幼い頃より攻撃、補助、防御、移動と多岐にわたる魔法を叩き込まれた。そしていつしか、母との鍛錬の日々が始まった。母の教えと自らのセンスもあり、ヒッカの風術士としての才覚は目を見張るものがあった。



 やがて、クラスの半数の生徒が面談を終えた頃、急ぎ足で生徒と連れ立って教師が戻ってきた。教師のその顔はやや青ざめていた。

「王宮からこの地区に対して緊急避難の書状が来た。みんな、落ち着いて行動するんだ!」

 ざわめく教室。虚をつかれた者。冗談として受け止めている者。戸惑っている者。

「これは緊急事態だから急ぐんだ!」

 教師が語気を荒げる。

「書状によると近くに大型のゴーレムが観測されたとのことだ。そしてそのゴーレムは分身体を作りながら、こちらに向かっているとのことだ」

 静まり返る教室。

「あれ、何かな……?」

 一人の女子生徒がつぶやいた。校舎裏の岩が微かに動いた。いや、動いている。まるで生き物のように……

「あれ、まさかゴーレム?」

 近くの男子生徒が目を細めて言う。

「え!こっちの方にも変なのがいる!」

 別の男子生徒が一際大きい声で叫んだ。

ヒッカも周囲を見渡した。いつの間にか学校はゴーレムとおぼしき存在に囲まれていた……

(一体どこから湧いてきたんだ…?王宮らからの伝令からまだそんなに経ってないのに)

 視線を落とすと先に校舎を出た生徒たちが慌てて引き返してきているところだった。


「みんな、修練塔に集合だ」

 教師は手紙とともに声を絞り出していた。修練塔はその名の通り、魔法の修練に使う場所だ。建物自体は頑丈な作りでもあるし、校舎周辺を囲っているものより強力な結界もある。中途半端に帰宅するよりは安全だ。


 修練塔には他の学年やクラスの生徒が集まりつつあった。教師たちは善後策を話し合っている。


 ヒッカは修練塔の最上階に向かっていった。最上階には炎術指導のヴェルン教師がいた。

「何しにきた?ここは危ないから早く下に降りろ」

「学校の四方から囲まれてます。なので、様子を見にきました」

「囲まれてるなんて分かってんだよ」

「裏山の方と、橋の方からもですよ?見た感じ二十体近くに囲まれてると思います。ここの結界でも防げないかもしれません」

「……」

「……」

「まあ見てなって。俺の炎で叩き潰してやる」

 ヴェルンは教師の中でも一目置かれる炎術士だ。

「分かりました」

 ヒッカはヴェルンと共に下に降りてきた。そしてヴェルンは教師陣と二言三言言葉を交わし、修練塔の外に出ていった。


 一番近くまで移動してきているゴーレム三体の前に立ったヴェルンは自慢の炎魔法を放った。正確にゴーレムの上半身に直撃したその炎は、見事にゴーレムの上半身を破砕した。手応えを感じるヴェルン。次いで残りの二体も炎をぶつけた。轟音と共に崩れる二体のゴーレム。

「ここはこれで良しとして、少し骨が折れるな」

「俺なら移動魔法が使えます。足手まといにはならないので、連れてってください」

「……分かってるのか?危険だぞ」

「でもそれはヴェルン先生もですよね? こちらも数は多いほうがいいと思います」

「……」

「……」

「よし、このまま外周に沿って潰していくぞ」

「はい!」

 彼方に見えるゴーレムを目指し、ヒッカはヴェルンを連れて母直伝の移動魔法を唱えた。

「うお!」

 思わず声を出すヴェルン。その移動速度はヴェルンの予想を遥かに超えるものだった。

「お前。意外とすごいな」

 やや声が裏返るヴェルン。

「だが、こっからは任せときな!」

 今度は五体のゴーレムに炎をぶつけた。涼しげな顔をするヴェルン。崩れ落ちるゴーレム達。

「よし!このまま行くぞ!ついてこい!!」

「いえ、俺が連れて行きますよ。」

 冷静に突っ込むヒッカ。

「……」

「……」

「まあ……頼むわ」

 言い終わる前にヒッカはヴェルンを連れて次のゴーレム達の場所に飛んだ。



「やっぱアイツすげーわ。うん」

 どっしりと腕組みをしながらガルダスがつぶやいた。

(思えばアイツの風魔法ってあまり見たことない気がするな)


「ねえ、あそこの影って何かな?ゴーレムは先生がやっつけたんだよね?」

「ん??」

 女子生徒たちの指差す方向をガルダスは目を向けた。

 そこは確かにヴェルンがゴーレムを破砕した後だった。が、信じられない光景を見た。

「もしかして…増えてる?」

 ガルダスは不意に寒気を感じた。

(授業で言ってたがゴーレムは基本的にコアのある頭を潰す。そして先生がそれを知らないはずはない。現に三体とも頭どころか、上半身を消しとばしたじゃないか)

 自分に言い聞かすように頭の中で反芻する。

(あのゴーレムは普通とは違うのか?)

 三体だったゴーレムは倍の六体になって修練塔に向かってきているのをガルダスは目の当たりにした。


「おらぁ!コイツでラストォ!」

 爆音と共にゴーレムが崩れ落ちる。

「流石に少しキツイな。」

 肩で息をしながらヴェルンが言う。無理もない。午前中に魔法実演で魔力を消費しており、午後には中位魔法を数十発も絶え間なく連発しているのだ。

「戻るか。少し休みてぇ」

「そうですね。戻りますか」


 ヒッカとヴェルンが立ち去った後、ゴーレムだったカケラたちが静かに寄り集まって形を成していた……



「先生!王宮騎士団はまだなんですか!このままじゃ俺達はやられるのを待つだけですよ!!」

 声を荒げるのはガルダスだ。先程のゴーレムから、再生タイプもしくは高耐久タイプと思ってのことだった。これらのタイプは攻撃力は高くない一方で、倒しても倒しても這い寄る恐ろしさと、高耐久なため破壊には一点突破が必要になる。中途半端な火力はこちらが消耗するだけでジリ貧になるのは明白だ。いくらここが魔法学校で魔法に精通した人間が多くとも、倍以上の数に膨れ上がったゴーレム達を消滅させるには些か分が悪い。

 この修練塔に元々備わっていた結界に重ねて魔法障壁を生成して、ゴーレムの侵入を防いでいるため、絶体絶命ではないが危機的状況には変わりはない。

 その修練塔を空中から見てきたヒッカとヴェルンは畏れを感じた。

「なんだ、こいつら…。まだいやがったのか!」

「……今はひとまず戻りましょう。あれだけの数にはそれなりの準備が必要でしょうから」

「くそっ!」



 修練塔では教師と生徒が交代で魔法障壁を展開していた。魔法に長ける者が多いが、それでも不安は拭えない。

「このままではまずい。ヴェルン先生が戻ってきたら一気に攻撃に転換すべきではないか?」

「いや。ここは待つべきだろう。アイツらの再生力は生半可な攻撃では太刀打ちできない。現にヴェルン先生が倒したゴーレムは復活しているぞ」

「私も攻撃に賛成です。ユニット魔法で跡形もなく消し飛ばすべきです」

「ユニット魔法だなんて詠唱にも時間がかかるし、失敗した時のリスクが高すぎる」

「あら?なら、このままひたすら待つと言うの?いつまで?王宮騎士団が来るまで?そもそも王宮騎士団がそんなに早くきてくれるのかしら?皆が元気な今のうちだからこそ、攻勢に出るべきでは?」

「さっき上から観測した時にはゴーレムは三十体を超えていたんだぞ!それも、この塔を囲むように迫ってきている。いくらユニット魔法でもそこまで広範囲に発動は難しいぞ」

「一気に殲滅できなくても良いのでは?確実に数を減らしていかないと、ここも持たない。王宮騎士団が来てくれるまで持ち堪えないと。攻撃班と防御班に分かれるべきだ」

 怒号にも似た様々な意見が挙げられる。誰しも不安なのだ。見たことのない数の敵。今目視できる分を打ち倒してもそれで終わりとも限らない。増援が来るのか、破壊できるのか、再生してしまうのか。



 ゴーレムがあちこちで魔法障壁を攻撃してきた。迷っている時間は無さそうだ。

「やはりここは確実に潰しにかかるべきた!炎術魔法が使える者はこちらに集まるように!炎術魔法を使えるが、今魔法障壁を展開している者は他のものと交代してここに来るように」

 ヴェルンの声に押されるように、生徒が集まった。ヒッカは炎術魔法が使える者と交代で魔法障壁の展開に入り、ガルダスはヴェルンのところに向かった。

「まずはあの大物を狙う」

 ヴェルンが指差した方向には、先程ヴェルンが破壊した時よりも一回り大きくなったゴーレムが魔法障壁を攻撃していた。

「いいか!俺の掛け声に合わせてお前達の炎術魔法をぶつけるんだ!」

 ヴェルンが口にしたユニット魔法とはなんのことはない。魔法の同時発動のことだ。大勢の者の魔力が一点に集中するため、個人で魔法を発動するより高火力、広範囲に影響を及ぼす。とは言え無制限に性能が向上する訳ではない。人数が多くなるにつれ、個々人の魔法の個性や癖によるブレが大きくなる。結果的に大規模な魔法発動になればなるほど、威力の上昇率は悪くなる。だがそれでも、個々人で放つより良い局面がある。それは今回のゴーレムのように再生タイプや高耐久タイプを消滅させるような場合であり、対応方法としては推奨される。ただそれなりにリスクは伴う。が、迷っている暇はなかった。


 ヴェルンの掛け声に合わせてユニット魔法を放つ。ゴーレムの体が粉微塵に吹き飛ぶ!ゴーレムの破片から握り拳ほどの赤い石がこぼれ落ちた。ヴェルンはすかさずその赤い石に向かって魔法を放った。赤い石は静かに砕け散った。

「ふう。これでやつもオダブツだろ」

 一安心したのも束の間、複数のゴーレムが魔法障壁を攻撃し始めるのをヒッカは見た。

(まずいんじゃないか。あそこはさっきも攻撃されていたとこだ)

 ヒッカは場所を移ることを申し出、魔力障壁の補充にあたった。魔法障壁が持ち直していく。その間にヴェルン達がユニット魔法でゴーレムをまとめて破砕した。だが…

「ぐっ!」

 ヴェルンはついに膝をついた。ついに彼の魔力はほとんど使い果たしてしまったのだ。周りの声に声なく首を振るヴェルン。もはや彼は限界だった。

(くそっ。王宮騎士団はまだなのか?それとも来ないのか?だったらどうすれば?)

 ヒッカはこの窮地の脱し方を考えていた。まだゴーレムは十数体は見える。ユニット魔法なら打ち倒せるが、優秀な炎術士のヴェルンが脱落した以上、ユニット魔法に参加するメンバーを増やす必要がある。だがそれは守りを弱めることにつながる。それに何より、残りの数のゴーレムを全て打ち倒すほどのユニット魔法は放てないだろう。


 ヒッカは無意識に確信した。これまでの母との特訓の日々は来るべき脅威に備えてのものだと。そして自分の力は幸運にも、この状況を打破できると。


 ヒッカはゴーレムの前に立った。

 魔法障壁の中からヒッカを呼ぶ声が聞こえる。ヒッカはそれに「大丈夫さ」と囁き答えた。


 ヒッカは大きく息を吸った。風がざわめく。


 ヒッカは魔力を集中させる。風が吹き荒ぶ。

 

 ヒッカは収束した魔力を両手で高く掲げた。


「風よ、全てを薙ぎ払え!」


 両手を振り下ろし、ヒッカは母直伝の魔法【サイクロン】を放った。

 ……風が爆ぜた。


 ヒッカの放った魔法は瞬く間にゴーレムを砂塵へと帰すことになった。


ここまでお目通しいただきありがとうございます!

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