1話 英雄たちの物語
「英雄たちの物語」
そう言ってお母さんはやさしく笑った。ベッドで昔話をしてくれる時はいつもそうだ。目をきゅっと細めて笑うお母さんはこどもっぽい。だけどぼくはその顔が大好きだ。
「今日はどんな話をしようかなぁ」
お母さんがその言い方をする時はきげんがいい時だ。お母さんはよく、“えいゆう”というすごい人たちのことを話してくれる。むてきのその“えいゆう”の話を聞いて、ぼくもいつかそんな“えいゆう”になりたいなと思った。
今日はどんな話をしてくれるのだろうかな。ぼくはワクワクした。竜を退治した時かな?それともストーンゴーレムを退治した時かな?鬼の軍団退治かな?もしかしてもしかして、もっとすごい話なのかな?
「んふふ~。今日はとってもすごいのよ。世界を救った時のお話!」
お母さんはそう言ってまた目を細めた。
(あれ?何だろう?お母さん…何で悲しそうな顔をしているの?)
時は流れ、それから十年後…
「なあヒッカ。お前はどの道を進むんだ?」
友人のガルダスが少し真面目なトーンで声をかけてきた。
「俺?俺はこのまま風属性に進んでいくかな」
ヒッカと呼ばれた少年は事もなげに答えた。
「風属性?ま、そうだよな。お前らしいよ。そういうとこ」
「そう言うガルダスは火属性だろ?」
「そりゃもちろん」
ガルダスは少し得意げにそう言った。ガルダスは火属性が得意なことを自負している。だがそれは軽口ではなく、十分に実力を持ったうえでの発言だった。事実、ガルダスは魔力の回復力、魔力の圧縮力、そして使える魔法、いずれも同年代たちと比較して上位2,3割に入る実力者だ。同年代では火属性で低位魔法を使うことがやっとの者もいる一方で、ガルダスは中位の攻撃魔法を発現させることなど朝飯前だった。
「風属性なあ。あのお袋さんに鍛えられてりゃあ、それも無理ないか」
「そうだな…。昔はすごい魔導士だったらしいんだけど、今も全然現役さ。現役の武闘派魔導士って感じ」
「それよく聞くけどほんとか?あんな穏やかなお袋さんなんてそうそういないんじゃねーか?」
「……家族と周囲で驚くべき人格の使い分けをする人だからね……」
ヒッカは少しひきつった笑いを浮かべた。ヒッカの母親は高位の魔導士であり、過酷な特訓を日々ヒッカに課していた。
(俺はどんな人になろうか)
そんなことを何となく思っていた。やりたいことはある。ただしそれらはいずれも心の底から夢中になれるものではなかった。
心の中で何か燻っているような、濁ったような、なんとも言えない不安感はある。
「それでも何とかなるでしょ」
思わず口に出していた。ヒッカは遠目に親友の姿を見た。ガルダスはきっとこのまま炎術士を目指すだろう。彼の炎のように真っ直ぐで熱い心に迷いは無かった。目を瞑れば数年先の未来、ガルダスが立派な炎術士となって治安維持に務めている姿が目に浮かぶ。
ふと、ヒッカは子どものころに母から聞いた『英雄』の話を思い出した。いろんな話を聞いた。その話の中の英雄達は誰も彼が優れた人格を持ち、類稀なる武勇にて脅威と戦うというものだった。
(今は多少の脅威はあるけど昔みたいな脅威は鳴りを潜めているって言われてるしな……
15年ほど前には巨大なドラゴンが世界を破壊の限りを尽くすと言う脅威があった。その脅威に立ち向かうべく、その英雄は仲間たちと共に立ち上がった。ドラゴンと英雄の戦いは熾烈を極め、幾度も両者は激突したと言う。巨大に進化し、そして数多の手下を従えるドラゴンに対して、人々の想いと仲間達と共に魔法の力を高めた英雄…。
両者の戦いの結末がどうなったのかは窺い知れない。ただ、最後の日、を境にドラゴンの脅威は去った。英雄の記録もそこで失われてしまっている。英雄が今も生きているかは分からない。ただ、ヒッカは何となくその英雄は、この世界のどこかで生きているのではないかと思っていた。
(俺も英雄に…なんて、そんな時代じゃないしな)
そう思いながらもヒッカは帰路に着いた。だが、『その日』すぐそこまで迫っていることに、ヒッカは思ってもいなかった…。
『その日』のヒッカは普段と何ら変わらなかった。
「ヒッカ。始めるわよ。起きなさい」
母の声が聞こえる。ヒッカの毎日はこの声から始まる。
「はあーい」
気の抜けた声で返事をする。身支度をすませ、ヒッカは母直伝の移動用風魔法を唱えた。
暫時の後、母と共に訓練所に入ったヒッカは構えをとった。
「貴方もいつの間にこんなに早く飛べるようになったのね」
「まあね。俺もなかなかでしょ?」
と軽口を返すヒッカ。
「確かにそうね。貴方は頑張ってるわ。それはそれとして……行くわよ」
それに無言で頷くヒッカ。
「はっ!!」
母の魔法がヒッカに襲いかかる! 風が騒めき、大気が震える。
息も絶え絶えに肩で息をするヒッカ。その傍らには幾分息の上がった母が立っていた。
「今日はここまでね」
「……」
ヒッカは呼吸を整えながら頷いた。
帰宅後、母が朝食の用意をしてる間にヒッカは自室のベッドに倒れ込んだ。
(今日はいいとこまでいったんだけどな)
そう考えながら瞼を閉じた。
仮眠から目覚めたヒッカは食事の席についた。父はすでに朝食を半分以上済ませていた。弟はまだ寝ているようだ。
「おはよう」
父がヒッカに声をかける。
「おはよう。父さん」
それに応えるヒッカ。
「母さんのレクチャーについていけるなんてお前はなかなかだよ」
そう言いながら父が笑う。
「今度の休みに俺からも鍛えてやるからな。楽しみにしてろよ?」
「…分かったよ」
どうにもヒッカの家庭は、ヒッカを鍛えたいらしい。それも無理な話ではない。母は王宮魔導士兼研究者、父は王立防衛大隊長なのだ。両親ともあまり語りたがらないが、過去に何度も死線を乗り越える活躍をしたとされ、その魔力や体術は未だ健在である。流石に父は全盛期を過ぎてはいるが、そこらの一般兵が束になっても敵わない強さである。母は今もなお、その魔力に磨きがかかり限界は底知れぬといったところだ。
(なんかすげーよな。うちの両親は…)
もそもそと朝食を口にしながらヒッカはそう思った。
そして、いつもの時間になったのでヒッカは弟と共に学校に向かった。母がやや険しい顔で独り言を呟いていた。ヒッカは違和感を覚えたものの、この時は特に気にしていなかった。
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