0話 プロローグ
薄暗い霊峰の奥で轟音がこだまする。
剣戟が火花を散らす音、魔物の天を割く咆哮。そして、人の魔力が魔法となり、世界のマナが震える音。
人々の剣が魔物を切りつける。仕返しとばかりに魔物はその巨体を活かし、いとも簡単に人をまるで紙くずのように薙ぎ払っていく。魔導士たちは休む間もなく、人々に回復魔法と守護魔法を唱える傍ら、攻撃魔法の使い手が十分な魔力を込めた爆炎魔法を唱えている。
おびただしい声なき声が聞こえ、いくつもの命の光が消える。その光景はまるで、地獄かこの世の終わりか…。
魔物と対峙する最前線集団にひと際目を引く、純白の鎧を纏った一人の剣士がいた。自分が今どれだけ危険な状況に置かれているのか理解しつつも、彼は別のことを考えていた。
「……いっ」
「……」
「……逃げろっ!」
「……!」
巨大な盾を構えた大男が純白の剣士の目の前に立ちふさがり、防護障壁の魔法を展開した。それは魔物がその巨体をうねらせ、あたり一面を飲み込むような熱線を放った直後だった。幸いにも、大男の展開した防護障壁の魔法で熱線の直撃は免れた。
「おい!どうしちまったんだ。お前らしくもない」
「……すまない」
大男の叱咤で純白の剣士は我に返った。
「あいつを倒すにはお前の力が必要なんだ!なのになんだ!その体たらくは!!」
純白の剣士には返す言葉がなかった。大男は全身傷だらけで荒い息を立てている。ここまで全力で向かってきてくれたのだろう。
「すまん。いいすぎた」
「いや、構わないさ」
純白の剣士は改めて周囲の状況に目を配り、唇を噛む。膠着状態にあったはずの戦場はいつしか、魔物に押されている状況だった。そこかしこに横たわる戦士たちの亡骸、息も絶え絶えでありながら踏ん張っているもの。周囲の傷を癒し、必死で鼓舞するもの。
(まだだ。こんなところで終わってたまるか…!)
純白の剣士が静かに目を閉じた。周囲に純白の剣士の魔力が溢れだす。そして純白の剣士が魔物に向けて構え、静かに呪文を唱えた。
ドゴォッ、とその手から放たれた凄まじい火炎弾は魔物の翼の肉をえぐり取った。
「グオオォッ」
怒り狂う魔物から発せられるその凄まじい怒気に一同は気押されていた。だが一方で、純白の剣士の行動に勇気をもらい、立ち上がるものが現れた。純白の剣士がもう一度目を閉じた。先ほどよりも強く、激しい魔力が周囲の空気を変えた。
(こいつで、いけるかもしれない」
「グギャガーーーオッ」
魔物も純白の剣士を睨み、咆哮をあげる。
「くらえーーー!!」
純白の剣士が先ほどよりも激しい火炎弾を放つと同時に、魔物も激しい熱線を放った。純白の剣士の火炎弾は魔物の右顔面をかすめ、魔物の熱線は純白の剣士から逸れて後方支援部隊を焼き払った。
「く、くそ!」
「なんて奴なんだ。あれだけの火炎弾を逸らすだなんて……」
一同の顔が曇る。
「まだ終わりじゃない。態勢を立て直すぞ!動けるものは今すぐ…。」
「お、おい。ありゃあ一体なんなんだ?」
大男が魔物の背後の空を指した。曇りのためかよく見えない。だが、曇りの黒さとは明らかに異質な黒いモノが空に浮かんでいた。
「まさか!こいつの子分なのか!?」
空に浮かぶ黒いモノは魔物より二回り以上小さい魔物たちだった。数十はいるかもしれない。
立ち上がった者たちも絶望の表情で空を眺めていた。
「さすがに俺たちも終わりかな……」
誰かが弱気につぶやいた。
「いや、まだ終わっちゃいない!俺たちはまだ生きている!ここに至るまでに散っていった多くの仲間たちのためにも、俺たちは絶対に勝たなければいけないんだ!」
純白の剣士はまるで自分に言い聞かせるかのように檄を飛ばした。
「俺たちが、終わらせる!」
純白の剣士の目つきがひと際厳しいものになった。それに呼応するように、心折れていたものたちも次々と立ち上がった。みな、同じ目的のために……
力の差は圧倒的だった…。魔物だけでなく、配下の魔物たちも加わった軍勢の前には、人の力はあまりにも無力だった。
(もう…これしかないのか…?)
純白の剣士は戦い続ける選択を後悔していた。
(こいつならどうにかできるかもしれない…。けどっ!)
純白の剣士は周りを見渡した。
「くそっ!」
(もう、迷わない!!)
純白の剣士は深く呼吸を刻んだ。周囲の空気が震える!
(……すまないな。お前との約束、破っちまうことになるな……)
魔物と配下の魔物たちを光の帯が包み込んでいく!
(俺だってこんなところで死にたくはない。だけど、お前には!)
大地が大きくうねりを上げ、地割れが走る!
(いや、お前たちだったな…。お前たちには安心して暮らせる毎日を、平和な未来を残したいんだ!)
いつしかその魔力の渦は霊峰そのものを飲み込んでいた。
(まだ死にたくない!)
「生きていたい!!」
いつしか純白の剣士は叫んでいた。その勢いのままに、純白の剣士は自身が持ちうる最大の魔法を放った!
(……幸せに生きろよな……)
それはただ、まばゆいばかりの光だった…。
どれくらいの時間が経っただろうか…。目深にローブを羽織った一人の魔導士が霊峰を登っていた。
「あれ?私はどうしてこんなところに…?」
やがて純白の剣士たちが戦っていたであろう戦場跡地にたどり着いた。そこは、見るも無残な光景が広がっていた…。その魔導士は憔悴した表情であたりを見回した。
「そんな……ひどい……」
魔物の姿は見えない。戦いには恐らく勝ったのだろう。それでも、その魔導士は何かにとらわれた表情で周囲を見渡している。
薄暗かった霊峰はいつしか、太陽の光に満ちていた。多くの戦士たちと、大量の魔物たちの亡骸が横たわる、地獄のような風景とはあまりにも不釣り合いな眩しさだった。
やがて、その魔導士はある違和感をおぼえた。やがてその違和感は確信となり、大地の一点を見つめた。
「……声?」
そして……
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