三年生後編
第二十五章 体育祭と文化祭 参
楽しい、楽しい夏休みは終わった。とは言っても、卓也は海以外、何処にも行っていなかった。朝涼しいうちに一時間ほどの散歩・勉強・昼寝・勉強・散歩と規則正しい生活をしていた。エアコンの聞いた部屋に長くいると体を壊すし、体力も落ちるのでランニングは無理なので散歩にした。適当に歩いて三十分程経ったら折り返して帰る散歩をしていた。そのおかげで、かなり体調も良く、勉強ははかどっていた。卓也は、エアコンが嫌いなので、なるべく使用しないようにしていたようだが、何せ、卓也の部屋自体にエアコンがなかったからだ、リビングには流石に設置してあるので、それで十分のようだった。
琴葉はいつものように、祖父母の所に行っていたようで、田舎に帰ってリフレッシュしていたようだ。だから、海から帰った後、直ぐに登校日だったので、そこで、想いで話はしたが、その後は次の登校日まで会っていなかった。夏休み終盤の登校日に、海での写真の配布が出来て卓也はホットしてはいたが、いろいろな角度から取られた写真に、歓声が上がるほど、男子からは褒められて、女子からは避難されるカットが多数あったようだ。ただ、携帯の待ち受けにするときは本人の了解を得る様にとのお達しがあり、男子達は、密かに水着姿の写真を一人楽しむことになっていた。元々、承諾頂ける事などないので最初からあきらめてはいたが、写真のデータを堂々と手に入れられるだけで満足していた。ごく一部だが、彼氏彼女の関係のカップルは別であった。
琴葉・楓・春香の写真が多い気がしてはいたが、集まった写真はまんべんなく撮られていたようで、ほとんど女子だが、三人の写真を撮っているのに提出していない輩がいた事は事実であった。集合写真がないのが残念なのだが、あの状況では撮る事も出来ないのであきらめるしかなかった。琴葉は、密かに二人で映っていた写真を見つけて、写真立てに入れていた。楓も春香も同じことをしていた。
九月に入り二学期が始まった。授業が開始される前に、夏休みにどれぐらいさぼっていたか確認する為のテストがあった。夏休み中、勉強をサボっていた者にとっては、いきなりの試練で、まじめに勉強していた者は実力を確認する場となっていた。
試験も終わり、いよいよ体育祭と文化祭の準備に突入する事になる。体育祭は、学年対抗の三年生優勝を死守する事が最大の目標ではあるが、まずは、楽しい事が最大の目標である事には違いないので、生徒会・実行委員会の第一目標になっていた。それに並行して、文化祭・時期生徒会長選挙の準備も進められることになるこの期間は、ほんとに忙しく充実した日々を送る事となる。
体育祭は、毎年行われている事を踏襲する事になるので、体育祭のノウハウを下級生に伝える事も目的の一つである事は誰もが知っている事で、今年も、リレーの先頭は琴葉と卓也が務める事は明白で、借り物競争に、障害物競争といった別に運動が苦手でも構わない競技に出る事になっていた。
文化祭は、昨年と同じく、卓也と琴葉がクラス代表になっていた。今年の三年生の出し物は、昨年同様に舞台劇を交代で演じる事に決まっていたが、出し物は決まっていなかった。一様、ロミオとジュリエット風かシンデレラ風の出し物で、制服で行う事が検討されていたが正式にはこの時点では決定されていなかった。学校のマドンナとオタクの恋を描いた作品と、地味なメガネっ子と学校のプリンスの恋を描いた作品とが候補に挙がっていて、幾度となく話し合われていたが、今は、シナリオ待ちの状態だった。
体育祭当日は、応援する姿も得点に加算する事が発表されていた。来賓の方々の投票で順位を決めて得点を与える事となっていた。それ故、応援する姿にも気合を入れる事が求められていた為、担当者を決める必要があったが、普通に声を出して応援すれば問題ないとの結論で一致していた。というのも、女子のミニスカートでの応援は厳禁とのお達しが早々に出ていた為で、先手を打った形となっていた。
体育祭当日がやって来た。とは言っても、卓也と琴葉は、別段活躍できることもないので、テンションは低かったが、応援だけは誰にも負けないと琴葉は誓っていたので、誰よりも大きな声でクラスメイトを応援していた。
やはり最後はクラス対抗全員リレーでの勝敗が優勝を決めることになっていた。毎年の様に最初のランナーは琴葉だった。琴葉は、襲いながらもバトンを卓也に渡すべく一生懸命走った。そのおかげで、今までよりは離されないでバトンを渡す事が出来た。卓也も頑張った、散歩の効果が出たのであろう、見違えるほど早くなったと思って頑張って走ったが、結果は同じだったが確実に早くなっていたのは間違いなかった。ただ、今までが遅すぎた為に、早くなったと言っても周りから見ればたいした事はなかったのである。結果、三年生の優勝で幕を閉じた。今年からの応援部門は、琴葉のおかげで三年一組が最優秀賞をもらっていた。琴葉が代表でトロフィー受け取っていた時の満面の笑みは最高に可愛かった。これで体育祭は終わった。あとは文化祭、三年生最後の行事である文化祭を残すだけとなった。これが終わると、後戻り出来ない受験の文字が大きくのしかかってくるのである。
文化祭、三年生の出し物は、昨年の脚本をそのまま利用して行う事となった。提案の劇のシナリオが間に合わない為であった。メインの衣装は昨年の衣装があるのでそれを流用する事にして、それ以外は、セーラー服と学生服に決まっていた。
二年生は、昨年同様屋台の担当とメイド喫茶をする事になったが、こちらも何故かセーラー服と学生服でする事となっていた。着物が借りられる事になっていたので、希望者が着る事になっていた。
体育祭が終わり、本格的に準備が進んで行ったが、こちらも昨年同様卓也と、琴葉は忙しく担当として頑張っていた。特に、琴葉と楓と春香は劇の主役を任されていたので、練習に忙しくしていたが、卓也は相変わらず、雑用掛でこき使われていた。
時は来た。学生最後のイベント文化祭が始まろうとしていた。高らかに生徒会長より開幕の宣言がされた。文化祭の開始である。三年生は、最終日にしか出番はないので、それまでは自由時間ではあるが、劇の練習を一度ずつ通しでする以外は自由だった。それも昨年の記録映像まであるので、たいして難しくはなかったが、セリフがある出演者はそれなりに苦労していた。二年生の喫茶は昨年同様大盛況であった。女子は、短いスカートが目立っていたが、たまにいる着物も好評だった。ただ、此の着物は、セーラー服が事情で着られない生徒が着ていたのだが、着られない理由はそれぞれだった。もちろん、持っていない生徒もいたが、学校指定の制服のスカートバージョンは丈が長くて女子生徒達にも不評だった。卓也・琴葉・楓・春香四人は一緒に文化祭を満喫していた。準備が完璧だったようで、初日は卓也に呼び出しがなく、二日目は、練習以外は四人で行動出来たので、卓也にとってはお疲れモードでしかなかったが、楽しい時間となっていた。いつもながら、琴葉の食欲には驚嘆するしかなく、見ているだけでお腹がいっぱいになる気分だった。
最終日、登校を久しぶりに二人でしていた。お互い違う用事でまちまちの登校だったので、最終日はさすがに一緒に登校していた。学校に着くと、さっそく劇の最後の練習が行われた。最終確認をすると、本番までは、自由なのだが、さすがの三人も緊張しているのか、何か行動がぎこちなかった。琴葉もあまり食べないので心配していたが、衣装の事を心配しての事であったので、少々太っても大丈夫と教えてあげると、ダムが決壊するが如くに食べていた。大盛況で文化祭の出し物は終了、あと三年生による演劇が最終演目になった。続々と、生徒・保護者が体育館に集まり始めていた。琴葉の家族の姿もそこにはあった。やっと仕事を片付けて駆け付けたのである。
琴葉の両親は、今回は演劇だけになっていたが、楓と春香の両親は、最終日の朝から来ていて、娘と一緒に回る姿が目撃されていた。劇の練習の間は、卓也が案内役を仰せつかっていて、緊張しながら案内をしていた。
演劇の幕が上がろうとしていた。体育館は超満員で立ち見が出るほどの大盛況だった。劇の演出人も理解していたのか、一組が最後の演者に設定されていた。実際の所、くじ引きで順番を決めた経緯がある事は伏せてあった。
各クラスのシンデレラたちは、さすがに見応えがあり、盛り上がったが、最後に登場した琴葉・楓・春香のシンデレラは目を見張る輝きを放っていた。琴葉のドレス姿と平民の姿のギャップが素晴らしく、その演技にも賞賛の声が上がっていた。楓のドレス姿は、その胸が強調されていて、舞台の上の男子達は、凝視できないレベルであったが、客席の前方の方々しか分からない事だった。春香のドレス姿が一番きれいだったとの評価をする生徒が多数いたのだが、琴葉のバランスの良いスタイルは、遠くからでは分からない事が要因で、シルエットとしての春香は最高にきれいだったからだ。もちろん、舞台の上にいて、直接見る事の出来る三年男子達には、鼻血を覚悟して直視する事になるが、女子生徒からは、賞賛の声が、心の底から送られていた。
大盛況のうちに幕が下ろされ、カーテンコールでは、舞台に全員が登場、最後は、シンデレラを務めた生徒だけのカーテンコールで最高の盛り上がりを見せて幕が下ろされた。舞台裏では、やり遂げた高揚感から、涙が止まらなかったが、まだ、ドレスを着ている三人は思うようにはしゃげないし、周りからは抱き付かれるし、早く着替えさせてと訴えては見たが、気が付いてもらえなかった。
舞台では、生徒会長から、文化祭の終了が宣言されて、後夜祭の開催が告知されていた。十八時開始の為、それまでは校内での待機が命じられて、片付けを推奨されていた。特に、三年生は、屋台等の片付けのお手伝いがお願いされて、一年生は、体育館の片付けの手伝いをお願いしていた。大勢での片付けの為、今出来る片付けは直ぐに終わる事になって、皆、それぞれの場所と人で時間が来るのを待っていた。
舞台の上で生徒会長が今後の説明をしている時に、幕が落ちるハプニングが起こった。カーテンコールでの幕が下りるとなっていたが体育館に緞帳などあるわけがなく、長く縫い合わせた切れを男子が一斉に持ち上げて緞帳の代わりをしていたのである。実際は緞帳が下りるのではなく、緞帳を上げるだけだったのであるが、気を抜いた為にあげていた幕を落としてしまい、それにつられて次々と中心付近を落とす結果となって、抱き合っていた生徒たちが白日の下にさらけ出される事となった。これには生徒会長も動揺したようで、慌てる生徒会長の姿を見られて、大変珍しい光景が見られたと評判になっていた。舞台にいた生徒は直ぐに舞台の上から蜘蛛の子を散らす様に大慌てで袖に散った為、事なきを得ていたが、緞帳の代わりをしていた男子生徒たちは、さすがに慌てていたので、生徒会長の姿と合わせて、大爆笑が起こっていた。
午後六時開始の後夜祭が迫ってきた。続々と校庭に生徒が集まりだしていた。昨年の焚火の個所が一カ所から三カ所になっていた。今回は、体操着に着替える事が求められていたので、生徒たちは体操着での参加となっていた。その為、それぞれ校庭に腰を下ろして待つことが出来ていた。そこに、生徒会のメンバーが壇上へと向かって歩き出していた。そう、後夜祭の開始である。
定刻、後夜祭の開始が生徒会長から宣言されて、後夜祭がはじまった。
「それでは、後夜祭を開始します。昨年同様、まずは、じゃんけん大会をします。但し今回は学年別で行います。男子は男子、女子は女子でする事は変わりませんが、相手は同じ学年に限りますので、相手を間違わないようにお願いします」
との説明がなされた。ここで、皆、納得した。それは入場の際に、色の違うタスキが配られていたからだ。一年生は赤色、二年生は黄色、三年生は青色のタスキが用意されて生徒たちはそれを付けて入場していた。そして「開始」の合図に三カ所の焚火に火が入れられた。その炎がだんだん大きくなっていくのを確認して、じゃんけん大会が開始された。見ている間に、一度も負けなかった生徒が決定した。決定したことが告げられると、案内を待たずに、二・三年生は、輪を作り始めていた。それを参考に一年生も輪を作り始めていた。これは昨年の行事の様子が見られる事が幸いしたのであろう、一年生も、ある程度は理解していたようだ。生徒会長は何もする事がなく、何も指示しないまま大きな輪が三つ出来ていた。会長の判断で多くの予定を省いて、そのまま、ダンスに行こうとしたが、人数の調整がまだだとの指摘で、人数調整がなされた。一年生は調整が必要ない事が確認され、二年生は、この後男女三人ずつ抜けるので、現在、調整が必要なければ問題が無い事が確認された。三年生は、調整が必要なのは明白で、この後、男子二人、女子三人追加されることを考慮して、足らない分は先生が補う事になっていた。結果、三年の副担任五人が参加する事になって、適当に散らばって輪の中にねじ込んでいった。まあ、いきなり自分の相手が先生になるのは少し気が引けるので、そこは、生徒会の権限でねじ込んだのであった。
準備が出来たので、お待ちかねの【楽しいね】のダンスが始まった。生徒達はお目当ての生徒が自分の前に来る事を願って、ダンスを楽しんでいた。終了時間が設定されているので、それまでは永遠と流れる事となる。お目当ての人と踊れた者、踊れなかった者、それぞれの思惑が交差するダンスを楽しんだであろう事が、皆の笑顔で理解出来るのであった。ラスト三回のコールがされて、皆、さらに熱のこもったダンスが始まった。ここまでくると最後の相手が誰になるのか予想が付く所まで来ていたが、最後の筈が、会長の独断で、後一回と追加されて、ダンスの時間が終了となった。これで次のゲームのパートナーが決まったのである。二度目の二・三年生は、自分のパートナーを見て、一喜一憂していたが、一年生はあまり事の重大さに気が付いていないのか、冷静に状況を見ていた。ここで生徒会長から
「それではこれで、私たち生徒会主催の行事はこれで終了します。長い間お付き合い下さってありがとうございます。マイクを、選挙管理委員長の水上に譲ります」
生徒会メンバーは、それぞれの思いを胸に舞台から一旦下がった。それを見て数名の生徒が舞台に上がってきた。
「はい、皆さん選挙管理委員長の水上と申します。ここからは、現生徒会長の引退式と、次期生徒会長の就任式を行います。皆さん、楽な姿勢でお願いします。それでは、改めて現生徒会役員のご紹介です。」
「会計 横田 書記、中本 副会長 嶋田 副会長 西村 そして生徒会長堀内、皆さん大きな拍手お願いします。」
「一年間ほんとにありがとうございます。ここで、退任のあいさつを、と思いますが、長くなるので、省きます。それでは、次期生徒会役員のご紹介です。」
「会計 森沢 会計 沢野 書記 大森 副会長 井沢 副会長 野村 そして生徒会長村井、皆さん壇上に上がってください。パートナーの方はその場にいてください。」
と、紹介された新メンバーが、パートナーに声をかけて、壇上へと向かっていった。壇上に上がる時に、一人ひとり紹介されていた。すべて五組のメンバーで構成されていた。
「今回から、会計が二名になりました。電子決済の利用増加に伴い、対応を迅速にするために、専門的な知識を持った会計が必要との結論に至り、今回から二名体制を取らせていただきます。」
と、説明がなされて、真メンバーの紹介が行われていった。一様システムで確認できるのでそんなに盛り上がる事はなかった。
「はい、これで、新旧の生徒会メンバーが揃いました。個々の紹介は省かせて頂きますが、興味がある方は学校のホームページで明日から詳しい内容が確認できますので、回覧してください。」
「それでは、引継ぎ式に移行させていただきます。」
「まず、現会計の横田より次期会計の森沢に、会計システムのロングインパスワードの引継ぎです。」
横田は、パスワードの書かれた紙を森沢へ渡しながら、沢野にも何か声をかけて、それにうなずく森沢と沢野の姿があった。
「次に、現書記の中本より、次期初期の大森に、書記システムのロングインパスワードの引継ぎです。」
中本も、パスワードの書かれた紙を大森へ渡した。
「次に、現副会長西村・島田より生徒会室のスペアーきーの引継ぎです。」
副会長から次期副会長野村・井沢にキーが手渡された。
「最後に、現生徒会長堀内より、生徒会室のマスターキー及び会長バッチの引継ぎです。」
との声に、まずキーを手渡して、生徒会長のみが付ける事を許されるバッチを外して、新生徒会長村井に着けながら、何か言葉を交わしていた。
「これで、引継ぎ式は終了です。現時点をもって新旧が入れ替わり、現生徒会長、前生徒会長になります。前生徒会の皆さんは、先生と交代して下さい。それではこれで、私の司会進行は終了させていただきます。ありがとうございました。」
「生徒会長、この後はよろしくお願いします。」
と、新しく生徒会長になった村井にマイクを渡して、パートナーの待つ所へ向かう水上であった。
「新生徒会長の村井と申します。前生徒会長より引き継いだゲームの続きをしたいと思いますが、先に、生徒会が抜けてパートナーがいなくなった生徒は、副会長の所まで来て下さい。副会長の権限でパートナーを決めます。
との声に、パートナーを失った六人が出てきた。それを、独断で選んでパートナーとして、壇上の生徒会長に合図が送られて、
「それでは、ゲームの続きをしたいと思います。ルールは昨年と同じですが、少し難しいとの声を受けて変更部分があります。」
「それは、女子生徒の数字ではなく、学年、クラス、出席番号、氏名の順番で読み上げていきます、読まれた男子パートナーは、氏名が読み上げられるまでに、自分がパートナーだとアピールして下さい、今回は簡単です、アピールできなければ残って片付けのお手伝いをお願いします。アピール出来たカップルには、生徒会より記念品が後日送られますので、頑張って下さい。くれぐれも、女子生徒は自分が呼ばれている事をパートナーに教えてはいけません。これは、ペナルティーの対象ですから気を付けてください。それでは、確認の時間を設けます。」
との号令に、あちこちで女子生徒の確認をする姿があった。今回はさすがに卓也のパートナーは全く面識のない女子だった為に、人の名前を覚える事が苦手な卓也は苦労していた。琴葉・楓・春香も全く面識のない男子と組んでいたが、組んでいる男子達は、鼻の下を伸ばして浮かれている事を、実感するのだが、反面、いつになく緊張もしていた。時間が来た事が告げられると
「はい、これから始めたいと思いますので、これからは、パートナー同士の会話は禁止です。それでは最初の」
と、女子生徒のカードが入った箱の中からカードが引かれた。
最初の生徒はクリヤーされて、幸先の良いスタートとなった。次々と読まれていったが、なかなか優秀で、特に一年生に今の所、失敗者がいない事が驚きであった。十人目の生徒が読み上げられた時、何故かアピールする者がいなく、最初の失格者が出たのであった。一年生からだったが、どうも自分と分かっていたが、内気な性格のせいで、手を挙げてアピールできなかったようだった。失敗者は、逃げる事が出来ないように、壇上に上がる事が命じられて、それを見た男子達は、必至にパートナーの名前を連呼していた。その後は、失敗者が出なかったが、琴葉と楓と春香の名前が呼ばれた時には何故か盛り上がっていた。此の三人は、やはりいつでも主役なのだと思うしかない出来事だった。
ただ、この後予期せぬ事が起こる。琴葉の名前が呼ばれて盛り上がっていたところに、次の人が読まれた、だが、アピールできなくて失格となったのである。失格者が卓也だった。琴葉に気をとられていたのであろうか、全く反応できずに失格となったのである。卓也は、自分では認識していないと思うが、学校一の有名人で、生徒会長より有名だった。理由は説明しなくても分かると思うが、一年生の間でも有名で、生徒会長が誰か知らなくても、卓也の事は知っていると答えるくらい有名であった為、別の意味で壇上に上がる卓也に、注目が集まる事となった。
卓也が、壇上に上がると、生徒会長から
「これで、このゲームは終わりたいと思います。ご協力感謝いたします。合格された方々には後日連絡いたしますので暫くお待ちください。それでは、この時間をもってパートナーは解消します。名残惜しい方々もあるかもしれませんが、いったんパートナーを解消してください。その後については自己判断でお願いします。連絡先の交換をされても、それは自己判断ですので、生徒会は一切責任を負いませんので、悪しからず・・・・」
「それでは、長い間ご苦労さんでした。明日は休みですが、明後日からは、授業が普通にありますから、試験も近いです、皆さん頑張ってまいりましょう、本当にありがとう、これで、後夜祭を終了します。気を付けて、帰宅してください。ありがとう」
と、後夜祭の終了が宣言されて、皆、帰宅する事になる。不合格の生徒は後片付けのお手伝いが待っているが、今回は二人しか出なかったので、自主的にお手伝いする者が、かなりいた為に片付けが直ぐに終わる事が出来ていた。三年生のほとんどが残って片づけていたのが印象的で、おしゃべりしながらではあるが、ほんとに楽しく片付けをしていた。火の管理は業者にお願いしていたので、後始末も業者の指示で行っていた為に、スムーズに後始末が出来ていたので、見ている間に照明が落とされ校庭はいつもの静けさを取り戻していた。最後まで残っていた生徒会メンバーも、帰宅したために、学校は完全に閉鎖されて、門が閉じられた。内緒の話だが、琴葉・楓・春香のカードは抽選箱の中に貼られていて、生徒会長の意志でいつでも読める体制を取っていた事は、生徒会メンバーしか知らない事であった。
次の日は休日になっているが、スポーツ系の部活はあるから、生徒たちが登校してきていた。その中に、生徒会メンバーの姿もあった。最初の生徒会の会議を行う為であった。
その次の日、生徒たちが登校してきた。この日から通常の授業が開始される為である。三年生にとっては、最後の文化祭が終了して、もう息抜きする事のない日々が待っていた。直ぐに学期末試験が開始されるため、いつまでも、浮かれている事の出来ない現実が待っていた。そして勝負の学期末試験へと突入していくのであった。
文化祭後に、幸樹への誕生日のプレゼントを毎年の事である絵本をプレゼントしていた。ただ、お誕生日会には呼ばれていなかったのであるが、北島家の家訓を曲げるわけにはいかず、父として苦渋の決断をしていた。
第二十六章 試験
試験が近づいてきた。文化祭終了後はこの試験に向けて勉強の日々であった。琴葉はたいして慌てていないが、卓也はそうは言っていられなかった。文化祭終了後、体育祭と文化祭の記録をまとめてアップするのにかなりの時間を取られたためで、これが卓也三年生の最後のシステム絡みの大仕事だった。写真部・映像部が記録した写真・動画を選別して、生徒が自由に観られるようにする事が、こんなに時間が掛かるとは思ってもいなかったので、勉強の方がおろそかになっていた。ようやく回覧の案内を出来た時は、試験前に突入していたのであった。時間が掛かった理由は、誰が何をダウンロードしたのか記録に残るようにした為で、今思えばどうでもいいことに時間を取られた気がして卓也たちは後悔していた。それで、又、勉強会をお願いするしか無いと思い、琴葉にお願いする卓也だった。お願いされた琴葉は、仕方がないふりをしていたが、内心は飛び上がってよろこびを表現したいくらい嬉しかったのである。直ぐに、楓と春香に連絡、勉強会の詳細の詰めがなされた。今回は、北島家で行うことが提案されて、三人の合意で開催場所が北島家の琴葉の部屋に決定、卓也の意見など無視されて、試験前の週末は、お泊り覚悟での勉強会にする事が了承されていた。
今回の試験が高校生活に於いての事実上の最後の試験だった。年が明ければ受験になる為、卒業試験はあるが、儀礼的なものである為、今回が真剣に取り組まないと落第の対象になるからだ。その為、不本意ではあるが、決定には従うしかなかった。贅沢は言っていられない状況だからだ。
週末、金曜から日曜の夕方まで、集中する為に、お泊りを兼ねての勉強会だ。金曜日の授業終了後、一旦自宅に帰った三人は、お泊りの準備を整えて、北島家に集合した。此の勉強会は、北島のご両親の全面協力のもと実施される事となっていた。
北島家に集合した面々は、勉強を始めようとすると、リビングに案内されて、ここでする予定だと聞かされた。今は邪魔が入らないからとの事で、リビングのテーブルに向かって、勉強を始めた。卓也の気合の入れようは相当なものであったが、三人は空回りしなければいいのにと、想いながらの勉強となった。とはいっても、三人はそんなに慌てているわけでもなく、試験当日に、とんでもないことが起こらない限り、問題のない成績なので、どちらかと言えば、卓也が心配でここにいるような物であった。かなりの集中力で勉強をしていたが、直ぐに手が止まっていた。
苦手な英語でさっそく解けない問題が出て来て困って居る卓也だった。過去問でつまずいているようでは先が思いやられる事なので、必至になっていた。ここで、英語の得意な春香の登場で、かなりの密着度で、手取り足取りの指導が行われていた。それぞれの得意科目が決まっている為、分担で行う事が暗黙の了解で勉強会に臨んでいた。途中休憩をはさみながら、黙々とペンを走らせる卓也だった。
夕方、琴美と幸樹を連れて母親が帰宅した。二人はリビングを見るなり大騒ぎである。大好きな卓也とおねえちゃん二人がいる事に、来る事は言っていなかったので、大興奮で、幸樹は何処に座るか迷っていたが、やはり、卓也の膝の上に座っていた。直ぐに、着替えなさいと怒られて、しぶしぶ着替えに行った。着替えが終わると走って卓也の膝の上に座って満足げにあたりを見渡していた。それでは勉強が出来ないとの声に、少しおやつタイムにする事となった。直ぐに小さいケーキとジュースが出されて、おいしく戴く事となったが、やはり、甘えん坊の幸樹は、自分で食べられる事を隠して、卓也に食べさせてもらっていた。此の光景にはさすがの母と琴葉はあきれた顔をしていた。琴美は、楓と春香の間で三人仲良く食べていた。食べ終わるとお昼寝の時間だと言われて、しぶしぶ自室に母と行く二人の何とも言えない可愛らしさが、愛おしく思えてならなかった。これで、又、集中して出来る事となった。卓也にとっては丁度よい息抜きになっていた。いくら頑張る気持ちがあっても、そんなに長く集中できないのが人間だからだ。後半は、琴葉が担当していた。春香は夕食のお手伝いをする為であった。
母の琴が、何故か嬉しそうに食事の準備をしていた。娘と食事の準備を一緒にしながらおしゃべりするのが夢の一つだったからだ、まあ、娘ではないが春香も娘のようだから、琴葉では怒ってばかりで、こうは出来ないので、おしゃべりしながらの準備をほんとに楽しんでいた。そこに、楓も参戦してきたので、母はご機嫌であった。少しの間二人に任せて子供たちの様子を、いや、起こしに行って戻ってきた母は、そのまま、子供たちを卓也に任せて準備を再開した。幸樹は卓也の膝の上に、琴美はその隣で、お絵かきの時間とばかり、一生懸命卓也の勉強の真似をしていた為、あまり邪魔にはならないので、そのまま勉強の続きをしていた。今は。卓也の得意な数学の時間なので、問題なく順調に進んでいた。そうしていると父幸太郎が帰宅した。我が家の華やかな光景に言葉を失う父であったが、卓也の様子を見て、徳の無い、いや、欲のない男と思っていた。そのまま着替えに向かった父が、戻ってきたため夕食をとる事となった。テーブルには母の手料理が並んでいた。
食事の間の話題はやはり、体育祭と文化祭に集中していた。特に三人のシンデレラ姿は、明らかに反則レベルだと父が豪語していたが、同意を求められた卓也の答えの歯切れの悪さに、あきれ顔の父であった。卓也は、幸樹の食事に夢中で話を聞いていなかっただけで、最近は一人で食べているが、卓也の前では、甘えん坊の幸樹が復活していた。琴美は楓と春香に挟まれて、仲良く食べていた。
話題は写真の話になって、プロが撮った写真、生徒が撮った写真が、一堂に見られる事を絶賛していた父だが、その父の行動があまりにも滑稽で、尚且つ、楓・春香の父も同じ行動をしていたことが発覚、三人の娘たちは、我が父ながら、さすがに恥ずかしい気持ちを持っていたが、当人たちは、そんな事お構いなしに、卓也に向かって絶賛していた。確かに、素晴らしい写真なのは認めるが、親バカなのかそこまで絶賛する事なのかと思う卓也だった。
食事も終わり、順番にお風呂を頂く事となった。まずは父が入るのだが、いつもなら、真っ先にお風呂に行く幸樹が卓也から離れなくて、父から「お風呂に行くぞ」と、言われても素知らぬ顔をしていた為、父はほんとに寂しそうにお風呂に向かって行った。父が上がってくると今度は卓也の番である。卓也がお風呂の準備を始めると、我先にと幸樹も準備を始めて、一緒に入る気満々であった。卓也も、そのつもりをしていたので、二人仲良くお風呂に入っていた。幸樹のホントに嬉しい顔が印象的だった。暫くすると、風呂から出てきた幸樹を琴葉が体を拭いて、服を着せていた。その後、卓也も出てきた為に、今度は、女性陣の番となった。そこで、琴美を見ると、楓と一緒に入る気満々で、残念そうにしている春香に、明日一緒に入る事を約束して、楓とお風呂に向かって行った。ここで、琴葉からアドバイスがあったが、返って昔の汚点をばらす結果となって、ごまかす事に必死の琴葉だった。母と琴葉は後片付けをしている為に、後からになるが、楓と春香は片付けを手伝うつもりだったが、琴葉は準備を何もしていないので片付けは琴葉に任せる事になっていた。そうしていると、楓と琴美がお風呂から上がってきた。もちろん、琴美はパジャマだが、楓は。普段着だった。まあ、そんな事は、気にしていない卓也は、幸樹を膝の上に乗せてテレビを見ていた。分かっていた事とは言え少しがっかりする、楓だった。その後、春香・琴葉・母と順番に少し重なりながら入浴を済ませていくのだが、琴葉がお風呂から上がる頃には、卓也の姿がなく、早々に別室で床に就いたことが判明、もちろん、幸樹も一緒で、これ又、満面の笑みで一緒の布団に入って眠りについた事が語られていた。
朝、定刻に起床した卓也は、日課の散歩に出かけていた。前日、父と約束していたので、散歩は二人で、行く事となっていた。歩きながら、話をした。ほんとに卓也にとって有意義な時間となった。一時間ほどの散歩で、特に将来について、自分の想いを話せたのが一番の収穫だった。仲良く帰宅した二人の顔は、ほんとに有意義な時間だったことを物語っていた。その間に朝食の準備が整えられて、今度は、琴葉も手伝ったと自慢はしていたけど、周りの反応から、状況を察した卓也は、とりあえず感謝の言葉を伝えていた。朝食後、二日目の勉強会がスタートする事になる。
二日目、本日は丸一日時間が取れる貴重な日ではあるが、だからと言って何か特別な事をするわけもなく、勉強会が始まろうとしていた。本来なら、始まる時間なのだが、なかなか、部屋から降りてこない。本日は、琴葉の部屋で行う事になっているのだが、なかなか降りてこない。かなり待ったと思うがやっと降りて来て、卓也を案内してくれた。初めて入る琴葉の部屋、男子生徒憧れの琴葉の部屋に足を踏み入れた卓也だが、普段と変わらない反応で、「かなり広くて、さすが女の子の部屋という感じで」と、普通の感想を述べていた。実は、昨晩は三人で琴葉の部屋にお泊りしていたので、かなり散らかっていたのを必死で片づけていたのであった。何せ、本日から琴葉の部屋で勉強会を行う事をすっかり忘れていた三人は、思い出した時はかなり焦って片付けに奔走していた。ほどなく、勉強会が始まったが、あまり変わらない光景であるが、集中して勉強を頑張るしかない卓也にとっては、どうでもいい事だったが、三人にとっては少しでも進展を期待していたが、全く望みが無い事を悟っていた。昼食を頂いて、少し勉強してから近くの公園に、息抜きの為全員で遊びに出かけていた。
公園の遊具を一生懸命説明して遊ぶ幸樹と、おままごとを楓と春香と一緒にする琴美の姿があった。いつもは琴葉と父が大活躍する場面だが、全く出番がなく、寂しい時間ではあるが、嬉しい時間でもあった。十分遊んだのであろう、お昼寝の時間も過ぎていたので、早々に帰宅してお昼寝をする事になったが、卓也も一緒に幸樹の隣でお昼寝をしていた。川の字になって眠る三人の寝顔を見ながら幸せな時間を過ごしている事に感謝する母であった。おままごとに夢中なのかと思えば、遊具で遊んでいた琴美も一緒に寝ているのだから、それはほんとに幸せな時間と言える出来事だった。
一時間程眠ったであろうか、卓也が起きて来た。清々しい顔であった為、さっそく勉強の続きをする事になった。特に英語の勉強が進んでいないので、集中して行う事になっていた。今回は、三人によるスパルタ教育になる予定であった。
卓也は、何故かは分からないが英語がすこぶる苦手のようで、なかなか思うように進んでいなかった。このままでは、他が良くてもダメなのは明白で、少し焦りさえ覚える状況であった。その為に、三人によるスパルタになってしまったのである。夕食が出来るまでの時間、かなり詰め込んだおかげで、ヒヤリングは何とかなるレベルになったが、筆記がまだまだだった。あとは書いて覚えるしかないと、問題という問題をかき集めて、書いて覚えるしかないと頑張っていた。途中、春香は夕食の準備で席を外したが、琴葉と楓の方が厳しく、さすがの卓也も音を上げかけていた。なんとか乗り切った卓也だったが、「夕食の準備が出来ました」の声に救われた気がする。いつの間にか起きていた子供たちは、卓也とおねえちゃんの姿に安心したような顔をしていたのが印象的で、今度はちゃんと自分で座って幸樹も食べていた。でも、いつもよりはたくさん食べていた為に、お母さんから褒められて、自慢する顔を卓也に見せていた。ただお母さんから「いつもこんなにおりこうさんだったら嬉しいのにね」と、一言たされていた。
夕食後、昨日と同じくお風呂になったが、幸樹は相変わらず卓也と入浴するつもりで、琴美は約束通り春香と入る事になっていた。今回は、父が、公園から帰宅後、社に出社していた為、父の出番はなかったのである。大切な商談で、そのまま出張になる事が分かっていた為、ぎりぎりまで自宅にいて子供たちの相手をしてくれていたのだった。それで、何も遠慮することなく、今度は、お風呂に入る事が出来る事に嬉しさを感じる卓也だったので、自分でも、少し気が引けていた事をここで知る事となる。
卓也が上がると、今度は春香と琴美が向かって行った。琴葉と何か言葉を交わしたこと思えば、素晴らしい笑顔を見せて春香が消えていった。とても気になったので琴葉に勇気を振り絞って訪ねてみたら「あたしの失敗談を昨日白状したの、その確認を」と言って笑っていた。失敗談とは、あの時の事だろうと思い、その時の光景を思い出して、卓也が顔を赤くしていた。今回もそのおかげで、嬉しいハプニングは起こらなかった。琴葉がお風呂から上がると、卓也と子供たちは既に就寝していた。今度も、川の字になっての就寝だった。その為か、母がまたまた嬉しそうな顔をして夕食の後片付けをしていた。
その後は、それぞれの都合で動いていたが、昨日と同じく早々に就寝んとなった。琴葉・楓・春香の三人は、琴葉の部屋で二日目のお泊りとなった。何が話されたのであろうか、時折、はしゃぐ声が聞こえていたが、その内容を知る者は三人だけなのは当たり前であった。ただ、確実なのはお風呂上がりのハプニングを実行しようとした事を白状させられたと思われる。
最終日、いつもの定刻に起きた卓也は、これ又、日課の散歩に出かけていた。今回はいつものように一人での散歩なのだが、これほど、人とかかわる事が嬉しい事だと思いもよらなかった事に気が付いて、寂しい気持ちになる卓也だった。それでも、いつものように一時間ほどの散歩をして北島家に帰宅、準備されている朝食を頂いて、勉強にとりかかった。英語以外は、おさらいをして、英語はもう一度集中審議ではないが、ほとんどの時間を英語に費やする事となった。特に筆記は、単語を覚えなおす事から始めて、昼食中も、単語を復唱しながら食事をしていた。
楓は思った、何故英語が苦手なのだろうと、確かに卓也は集中力が続かないのが欠点ではあるが、でもコツコツと地道に積み重ねて行く事が出来るので、問題ないはずなのだが、確かに理想と言うか、定められた目標が高すぎるのもあるが、よく考えてみていたら、ある事に気が付いた。公園で子供たちと遊びながら、二人に聞いてみた。
「卓也が何故英語苦手なのか考えたのだけれども、そもそも、プログラミングするのに英語が駄目なら無理なスキルだと思わない。私たちだって、エクセルで関数を使うとき英語が駄目なら話にならないでしょう、ましてやプログラミングは、すべて英語だと思うのだが、英語が苦手でも出来る者なの」
「確かに、私も見た事があるけど、画面には英語しかなかったね」
「確かに、言われてみればそうだね、日本語なんかこの世界じゃ役に立たない者ね」
と、とんでもないことに気が付いて、三人で悩んでいた。その事が影響したのか、子供たちが三人から離れて卓也と遊んでいた。母も家で大量の洗濯物に悪戦苦闘していたので、卓也だけが頼りだった。
帰宅後、勉強再開時に、疑問をぶつけてみた。今回は夕方に解散の予定だったので、のんきにしている事は出来なかった。それで、卓也曰く
「それはたぶん、コンピューター用語と人の言語の違いだと思います。英語を用語として触れてきた為に、言語になった時に自分はなじめなかったのだと思います。俺は、不器用だから、繰り返し、繰り返し用語の勉強をして、他の人より覚えるのが遅いから時間はかかったけど、そのおかげで、基礎がしっかりしているので、ある程度の事には対処できるようになりましたが、英語も時間はかかるけど、気長にやれば」
「いや、気長にする時間なんか今は無いでしょう」
「はい、」
と、かなりきつい突っ込みが入った所で、英語の基礎のやり直しを始めた
夕方、暗くならないうちに解散となった。かなり長い間、顔を見ていたので、分かれる事を許してくれないかと思っていたが、案外あっさりとバイバイの挨拶をして別れる事となった。二人が大人になっていた証拠なのかもしれない。
帰宅前に、洗濯物を整理出来て母はホットしていた。何故なら、大量の洗濯物に悪戦苦闘していた為で、日常でも家族五人分、それも小さな子供がいる家庭に、さらに三人も増えたら、洗濯ものだけでも大量にあるのは当たり前で、洗濯出来たとしても、洗濯ものを干して取り込んで畳むのは大変な事は明白であったが、何故か、母は楽しく洗濯物と格闘していた。
その日の夕食は、いつもの様に家族だけの食事となったが、もとに戻っただけなのに、ほんとに寂しい気持ちで食事を摂っていた。幸樹も琴美もあれだけ食べていたのに、いつもの様になかなか食べない子供に戻っていた。
楓・春香も自宅に帰って久しぶりに家族との夕食だったが何か物足りない事に不安さへ覚える二人だった。卓也は、又一人で頂く食事だったが、あれほどおいしいと思えた食事が、今はあまり味がしない事に驚きを隠せなかった。人と関わる事が、大勢で食事をする事がこんなに素晴らしく、尊い事だと改めて感じる卓也だった。
次の日から試験が開始された。月曜から金曜日まで午前中は試験、午後は自宅で予習をする毎日だった、幸いなことに英語の試験が金曜日だった事が救いとなって、英語の予習を十分に出来た為に、それなりに期待できる内容になっていた。
後日、試験結果が発表されて、卓也は成績を上げたグループになっていた。もちろん、琴葉・楓・春香は全くぶれない成績なのは、言うまでもなく、卓也は、自分に教えてばかりでほとんど勉強していなかったと思うのに、いつもの事ながらたいしたものだと思っていた。まあ、三人は、それなりに勉強はしていたが、もともと、出来る人たちなので、此の結果は当たり前なのかもしれない。
第二十七章 受験
年末年始、卓也は一人でいた。北島家はいつものように、クリスマス前から三学期が始まる直前まで、帰省していた為、年末年始は一人で勉強するしかなかった。前回の勉強会のおかげで、道筋が見えた気がする卓也だったので、このまま突き進むしかなく、余計な事に気を取られる訳にはいかないので、神がくれたチャンスと捉えていた。でも、寂しいのは当たり前で、三学期が始まって、久しぶりに琴葉さんの顔を見た時、涙が溢れて来るのを覚えて、顔を伏せていた。楓、春香も同じような理由で、会う事がなかったので、久しぶりに三人が揃ったのを見ているだけで、卓也は幸せな気分を満喫していた。でも、直ぐに全国共通試験がある、此の試験でそれなりの成績を収めると、それだけで大学合格の通知が頂ける事となる。現在は、推薦で合格内定を頂いているが、此の試験結果次第で内定が取り消される事もあるからだ。あまりにひどいと、大学独自の入学試験さえ受けさせて頂けなくなるので、気を付けなければならない。ただ、いつもの実力が出せれば問題ないので、体調に気を付けて日々を過ごしていた。
琴葉・楓・春香も実力さえ発揮できれば問題ない成績なので、こちらも体調に気を付けるだけだった。三学期の始業式以降の登校は、試験までは自由の為、学校に来て勉強する者と自宅で勉強する者に分かれていた。自宅は登校しなくてよいが、あくまで一人での戦いになるが、学校に登校すると、クラスメイトに教え教わる事が出来るので、どうするかは本人に任せる事になっていた。一組は、ほとんどと言うか全員登校していた。そして自分の苦手なところは教えて頂き、得意な所は教えるといった様に、クラス全員でこの受験を乗り切る覚悟でいるようだった。みんな実力が出せれば問題ない事は分かっていたが、それでも心配は尽きなかった。朝登校して、夕方六時の下校時刻まで、此の五日間頑張って試験に備えていた。
試験前日、卓也は北島家にいた。一旦帰宅した卓也は身支度を整えて北島家を訪ねていた。ご両親が心配をして泊まる事を強く推薦したからだ。試験に集中するためにも止まりなさいと、言われてお言葉に甘えて泊まる事となったのである。卓也にとっては、久しぶりに見る琴美と幸樹だったが、緊張していた心をほぐしてくれることに感謝する卓也だった。いつものように一緒にご飯を頂きお風呂に入って一緒の布団で眠る事が、こんなに癒される事に感謝しながら、眠りにつく卓也だった。今回も、川の字になって幸せな顔で寝ていた。
次の日、卓也は定刻に起きてきた。いつものようにそのまま散歩に出かけて行った。さすがに少し短くする事にしていたので、直ぐに帰ってきた。北島家に帰宅すると朝食が待っていた。ただ、朝食の前には琴葉が座っていた。卓也は思いがけない光景に目を丸くして何か言いたげな表情をしていると、琴葉から「私が早起きしたら悪いの」と突っ込みかえされて、慌てて否定したが、時すでに遅く琴葉の機嫌を損ねてしまったが、「おはよう」の声に、素直に「おはよう」と、返してくれていたのでそんなに怒ってはいないようだった。朝食も頂き、忘れ物がないか三度もチェックして、家を出る時刻を待った。琴葉の用意も整った所で、試験会場に向けて母の手作り弁当を持って家を出た。駅までは一緒だが、試験会場は違うので駅で琴葉と卓也は分かれる事となった。お互い頑張ろうと目で語り合った二人は、それぞれの列車に乗って試験会場を目指した。琴葉は心の中で「卓也頑張れ」と、繰り返し、繰り返し唱えていた。卓也・琴葉・楓・春香は別々の試験会場で頑張っていた。
夕方、卓也が帰宅した。晴れやかな顔だった卓也からも手ごたえがあった事が語られた。直ぐに、琴美と幸樹が卓也の元へやって来た。直ぐに着替えて来るから待つように言って、着替えの為部屋に戻って、着替えを済ませて二人の相手をする事にした。外で遊びたがる二人に、近くの公園に行く事にした卓也が、母にその事を告げると、反対されるかと思いきや、優しい笑顔で送り出してくれた。家を出る時玄関で、帰宅した琴葉に遭遇、出かける事を察知した琴葉が、「同行するので、少し待つように」と言って、自分の部屋に消えていった。暫くすると、琴葉が出て来て一緒に公園に向かった。公園に向かう道中、琴葉から何もないのが反対に不気味だったが、公園に着くと二人はさっそく遊びだして、それに振り回されながら卓也も、リフレッシュしている気分になっていた。すべての遊具を遊んでベンチに腰掛けて休憩を取っている時、二人にジュースを飲ませながら、琴葉が口を開いた。
「どう言う事か説明してくれる。明日もあるこの大切な時に、やる事があるでしょう」
と、少し、いやかなりきつめに言ってきた。二人がいるので遠慮したのだと思うが、かなり怒っているのが分かる口調であった。そこで卓也はこう返した。
「昨日、子供達と川の字になって眠ったおかけで良く眠る事が出来ました。もし一人ならば、緊張して眠る事が出来ずに寝不足で実力が発揮出来なかったと思います、だから二人には感謝しかありません。だから、今日は、」
「それは、分かるけど、試験終わってからでもいいでしょう」
「確かにそうですが、今更、何かしても大して変わらないし、それなら、子供達と遊んで精神を落ち着かせた方が、明日の為にもいいと思いますし、そして、少し体を動かした方が、今晩ゆっくり寝る事が出来る気がして、睡眠不足こそが今の最大の敵だと思っていますから、明日の試験科目はどちらかと言えば、苦手な教科ですから、今日は得意な教科だったのでよかったですが、明日は、勉強より体調管理の方が重要だと思いますので、羽を伸ばして落ち着ける事を、今、しています。」
と、自信満々に言ってのけたのである。この、発言に琴葉は、反論できなかった。
「確かに、分かりました。卓也の好きにして下さい。」
と、初めて言葉で卓也に負けた気がして、少し不機嫌になった琴葉だったが、琴美と幸樹の心配そうに自分を見つめる目に、機嫌を直して、ブランコに二人を連れて行った。
日も陰り、さすがに寒いのが応える時間になったので、帰宅する事となった。二人はまだ遊び足りない顔をしていたが、素直に手を引かれて歩いてくれていた。いっぱい遊んだので、ご機嫌の二人は、母に楽しかった事を報告していた。母はその報告を聞きながら、少しでもお昼寝をさせようとしていた。少し遅くなったが、この間に、休んでほしかったからだ。母が子供たちを見ている間に、卓也と琴葉は、机に向かっていた。暫くすると、母がやっと部屋から出てきた。お昼寝をしてくれたようだった。その間、母は夕食の準備、卓也と琴葉は勉強、父は子供達の見張りと、それぞれの役目を全うしていた。
暫くすると、部屋が騒がしくなった。子供たちが起きたようだったが、部屋で父が一生懸命二人の勉強の邪魔にならないように、部屋から出さないように頑張っていた。久しぶりに父が遊んでくれているので、二人のテンションが高いのが分かるはしゃぎ様だった。父も頑張った、でも、さすがに体力が持たなかった。最後は音を上げて部屋から出て来て助けを求めていた。でも、ちょうど夕食の準備が出来た所だったので、みんなで夕食をいただく事となった。今回も、それぞれ椅子に座っての食事で、幸樹が卓也の膝からは卒業させる為の処置である。それでも、何かと世話を焼く卓也だったが、卓也に褒めてもらう為一生懸命幸樹も食べていた。母と琴葉からは、「いつも、こんないい子だったら嬉しいのにね、」と言われていたが、幸樹には何の事か分かっていなかった。
卓也にしては少し時間が掛かった夕食だったが、いつもよりは早かったとの母の言葉が印象的だった。食事が終わるとお風呂に行くのだが、父がお風呂の準備をしていても、子供たちは全く反応しなかった。いつもなら、幸樹か琴美が一緒に入ろうとするのに、全く知らない顔をしていた。
それを見て、寂しそうに父はお風呂に向かって行った。幸樹は理解できるが、琴美までもが卓也と一緒に入るつもりなのかと観察していた。母から「次、卓也君入ってね」と言われて、卓也が準備にかかると、二人も準備にかかっていた。やはり琴美も一緒に入るつもりをしているようだった。父がお風呂から出てきた。卓也は遠慮せずにお風呂に向かうと二人も一緒に向かって行った。それを、父も母も琴葉も、何故か当たり前の光景と捉えて疑問にも思わなかった。何せ、琴葉はお風呂の準備を手伝っていたのだ。
よく考えれば、琴美が一緒なのは今回が初めての事なのだが、誰も疑問に思わないのが不思議だったが、これまでの事を考えれば当たり前なのかもしれない。そんなことを考えていると、まず幸樹が裸で出てきた。ある程度体は拭いてあったので、さらに体を拭いてパジャマを着せる琴葉だった。そうしていると「もういいですか?」との卓也の問いかけに「いいです」と琴葉が応えると、今度は琴美が出てきた。さすがに琴美は裸ではなかったので、もう一度体を拭いてパジャマを着せた。琴葉は琴美にパジャマを着せてから、お風呂の準備をする為に自室へ戻っていった。自室に琴葉が居る間に卓也が出て来て、リビングのソファーに腰掛けて、琴美と幸樹を膝に乗せてアニメを見ていた。その間に琴葉と母がお風呂を頂いていた。琴葉がお風呂から出てきた時も、卓也はまだリビングでアニメを一緒に見ていたので、琴葉も卓也の隣に座って一緒に見る事にした。琴美と幸樹は、一生懸命にアニメを見ていたが、さすがに高校生にはそこまでのめりこめる内容ではなかったが、二人が満足するのを待つ事にした。いつの間にか幸樹が琴葉の上に座っていた。その後ろ姿は、夫婦そのものだったが、自分達から自分の後ろ姿の感想が言える訳がなく、その後ろ姿を見ている母の感想でしかなかった。
アニメが終了して満足しての事であろうか、母からのお休みの時間だとの声に、素直に自室に向かう二人だったが、卓也の手を引いての事だった。卓也もそれに従って又、川の字になって寝る事を選択して一緒に部屋に向かって行った。「おやすみなさい」の声が飛び交って、部屋に消えていったが、本来なら琴葉か母が付いていくのだが、今回はついて行かなかった。部屋では、卓也が子守唄の代わりに、お気に入りの絵本を読んで眠りに誘っていた。短い絵本が終わる頃二人は可愛い寝顔と共に眠りについた。その光景を幸せいっぱいの笑顔で見つめる卓也も【よい子は早寝早起き】と言いながら眠りについていた。琴葉も夕食の片付けを母に任せて、自室へ戻って休むことにした。とは言ってもさすがに時間が早いので、明日の準備を少ししてから、布団の中に潜り込んだ。
「おやすみなさい」
朝が来た。卓也は定刻起床していつもの様に散歩に出かけて帰宅、琴葉と一緒に朝食を頂いて、最後の試験に臨むべく準備をしていた。母からお弁当を頂いて、いざ、試験会場へ、泣いても笑っても最終日、体調は万全、後は実力が出せる事を神に祈るしかなく、北島家を後にした。駅で琴葉と別れて試験会場に向かう卓也、後ろ髪惹かれる思いで、その姿が見えなくなるまで見ていた琴葉、それぞれ思いが重なる別れだった。
夕方、朝、分かれた駅で一人待つ卓也の姿があった。琴葉を待っているのである。ここで待ち合わせて一緒に帰る約束をしていたようで、改札を出た所で卓也は待っていた。暫くすると琴葉が帰ってきた。卓也の顔を見るなりとても安心した顔を見せた。卓也がとても晴れやかな顔をしていたからだ、一目見て、結果はどうであれ、実力を出せたことが分かる顔をしていたからだ。何も言わずただ「帰ろうか」と言った卓也に「まって」と言って止めたのである。「二人が来るから」と言って足を止めた琴葉に「二人って」と思っていたら、楓が合流して卓也の顔を見て安心した笑顔を見せた。すると直ぐ春香も合流、楓と同じ反応していた。もちろん二人は卓也が北島家に泊まっている事は承知していたので問題はなかったが、全く卓也は知らずに待っていたので、驚きを隠せなかった。そのまま、ショッピングモールへ歩き出す三人、卓也の「何処へ行くの」との問いかけに「もちろん、遊びですよ。その後は食事」と当たり前の様に言い放った。「もちろん母も知っているわよ」と懸念していた事を見透かしたような返答が返ってきた。そして、三人仲良く歩いてゲームセンターに消えていった。あとを追うように卓也もついて行った。三人は、ゲームセンターで無限に遊ぶのではないかと思うほど遊んでいた。センター内にあるすべてのゲームをクリヤーするつもりなのだと思うほどはしゃいでいた。卓也はそれをただ見ているだけだった。美少女たち三人がはしゃいでいたら目立つのは当たり前で、卓也がいないと、周りが大変な事になる予感がしていた。さすがに遊び疲れたのか、最後にプリクラを取って終わるようだった。離れた場所で待っていた卓也に、三人で腕を引っ張ってプリクラのケース内に引きずりこまれた卓也は、おどおどしながらポーズを取らされて、いつものように、変な写真が出来上がってきた。今度は撮りなおしを要求すると、案外素直に応じてくれて、今までで一番ましな顔のプリクラが出来上がっていた。
満足したのか、帰宅するようだと思っていたが、何やら、食堂街に向かい始めていた。そこの一軒のお店の前に着くと、なんと三人のご両親が待っていた。よく聞くと、もともと予定していたが、卓也に知らせると断られるような気がしたので、だまし討ちを決行したとの事、三人のご両親も同意の上の事であった。
久しぶりに会う楓と春香に、嬉しさ大爆発の二人は、お店の中でも一緒にしゃぶしゃぶを堪能していた。と言っても、たいして食べる訳もないが、琴葉と違って普通の女子高生の楓と春香は、琴美と幸樹にはちょうど良い関係だったのである。楓と春香の兄弟は、今回は用事があるようで、いや、塾の試験があったようで、今は試験中だとの事だった。三組のご両親に囲まれた卓也は生きた心地がしなかったが、母親たちは、娘の好きな人と言う認識を持っていたようだが、それを口にする事はなかった。父親は全く知らないようで、卓也の生い立ちに興味があるようで、現状の話を聴いていた。
程なく、食事会も終わりそれぞれ帰宅する事となった。本日は、卓也も自宅に帰る事になっていたので、ここでお別れである。琴美と幸樹は、二人のおねえちゃんにお別れをして、卓也にもお別れをする、大変忙しいお別れとなった。そして、それぞれの家に向かって卓也だけが歩き始めていた。卓也以外は車であった。一人寂しく歩く事に不安を覚える卓也だったが、直ぐに自宅到着、かなり長く留守をしていたような気がする感覚を感じていた。いつものように、お風呂に入り就寝する事になるが、さすがになかなか寝付けなかったので、琴美と幸樹に改めて感謝する事となった。それでも、それなりにぐっすり眠れたようだ。
楓、春香の家族は塾へ迎えに行ってから帰宅していた。北島家は、車で来ていたが、駐車場を出るころには卓也は自宅に到着していたので、歩いたほうが早いのは言うまでもないが、小さな子供を引き連れての徒歩を父が嫌った為であった。今回の食事会も、父が強引に娘たちの食事会に割り込んだ形になっていたが、直接卓也の様子を見たい父のわがままであった。
第二十八章 バレンタイン
合格発表が近づいてきた。一斉に発表されるのでその日は登校日となっている。学校に来てホームページで確認する者、直接大学に確認に行く者、合格通知が届いてから登校する者、それぞれの考えで行動する事になっている。卓也たちは、ホームページで確認する事にしているので、当日は学校で見る事にしている。
当日、早々に登校して時間が経つのを教室で待っていた。くだらない話をしながら緊張しているのを隠そうとしていた。クラスのほとんどが教室にいた。中には自宅で待つ者と、大学に見に行っている者がいたようだが、定刻、それぞれのホームページを確認する事になった。この為に、ネット環境の強化がされていた。
アクセスが集中して、開けない場面を想像したが、そんな心配もなく、順番にアクセスして確認をしていった。何故だか、一台のパソコンで見る事になっていた。もちろんお気に入りに登録してあるので、直ぐに合格者一覧を開く事が出来るので、確認は早かった。
出席番号順での確認の為、まず春香の番になって合格が確認された。次に、琴葉も合格が確認されて、卓也の番が来た。恐る恐る開くと、卓也の番号があったのである。卓也の喜び方より三人の喜び方に圧倒されて、卓也は他人事になってしまっていた。次に楓も問題なく合格していて、学校にいる生徒全員の合格が確認された。後はここにいない生徒の結果を待つだけではあるが、本人達の登校を待つしかなかった。待っている間ご両親に嬉しい報告をする姿があった。もちろん、卓也にも報告する人はいるので、報告していたが、琴葉の母は、娘の合格より卓也の合格の方を喜んでいた。琴葉も同じ気持ちなので、全く問題にならなかった。そうしていると、別動隊の生徒が登校してきた、それも笑顔で、その顔を見れば結果など聞く必要もなく、本日結果が分かる生徒の合否が判明して、全員合格の嬉しい報告が出来る事となった。
全員の合否が確定したので、登校している者へ大学からの正式な合格通知の取り扱いの注意事項が先生からあり、中には合格証だけを確認して、後の中身を処分する馬鹿者がいる事が過去にあったので、中身の確認はするように、今後必要な書類があるので間違っても処分する事のないようにとの注意を受けて、下校する事になった。
それぞれ、帰宅して大学からの合格通知を待つことになるが、帰宅すると既に届いている者、帰宅した後に届いた者、翌日に届いたものといろいろあったようだが、卓也は帰宅後に届いた。琴葉・楓・春香は既に届いていた。
やはり、届いた書類の中身を確認するまでは、まだ信じられない事としてとらえていたようで、夢じゃないか、見間違えたのではないか、書類の中身が他人の者じゃないかなど、中身を確認してやっと合格の実感が湧いてきた。卓也は一人部屋でよろこびを噛みしめていた。自分の中でほんとに大変な思いをした三年間だった事で、目指していた大学からの合格通知はほんとに嬉しく一人で、夜遅くまでよろこびを爆発させていた。
ただ、此の事が先になって思わぬ事態を招く事となる。
次の日、合格の報告をする為に北島家を訪ねていた。もちろん、入学の手続き等をするには、山根夫妻や梅沢弁護士にご足労頂く必要がある為で、北島家集合になっていた。入学書類の捺印や入学金の納入をお願いして、報告が終了する事となった。この時卓也は体調の変化を覚えていた。「昨日やらかしたから、風邪ひいたかな」と思いながら帰宅していた。試験が終了してからも合格発表までは気が休まる時がなかったので、三日ほどは、家でゴロゴロして休むことを琴葉に告げて帰宅していた。
帰宅後、早々に眠りにつく卓也だった。次の朝は気分爽快で目覚める事が出来たので、風邪は心配なかったようなので、この日も家でゴロゴロして過ごしていた。
琴葉は、祖父母の報告に忙しく田舎に帰省していた。初めて一人で帰る事となった。大変喜んだのが祖父母だったが、自慢の孫娘を自慢するのに忙しく、田舎である為に、琴葉は特に目立つ存在なので、近所からのお祝いが絶えなかった。とはいっても、うちで採れた野菜などを持ってくるだけだが、それでも頂き物だけでも豪華な食事となっていた。もちろん近所の人たちも一緒の宴会であった。この地域の人たちは宴会が大好きで、何か理由があれば宴会をする事に命を懸けている民族であった。
祖父母の相手は大変だったが、孝行するのは今しかないと思い次の日も一緒に出掛けている琴葉だった、結局二日ほど泊って帰省は終了、無事帰宅した。
楓も春香もいろいろな人からのお祝いが絶えないが、嬉しい事には違いなく、やはりこちらも祖父母への報告で家を空けていた。
三人が揃ったのは、バレンタインチョコを購入するために、ショッピングモールへ繰り出した時であった。相談の結果、卓也には三人から渡す事になっていて個別では渡さない事となっていた。高校生活で、チョコを真剣に渡したい男子が出来るなんて思っていなかったから、昨年は結局渡せなかったので今年こそはと、意気込んでいた。何せ、渡すつもりで用意したのに、いざ渡すとなった時に全く勇気がなく声さえかけられなかったので、三人とも同じ経験をしての、今年こそは渡す為の協定であった。
バレンタイン前日、琴葉が浮かない顔で起きてきた。琴葉曰く、卓也に明日の連絡をしたのに返事がないようで、少しご立腹だった。ただ母の様子がおかしいのに気が付いて
「お母さんどうしたの?なにか出かけるみたいだけど、予定あった」
「夕べ祖母から連絡があって、祖父が倒れて病院に担ぎ込まれたって連絡がきたのよ、だから行ってくるね、あなた今日は大学に行く日よね、琴美も幸樹も連れて行くから、帰りは明日かな?月曜日は必ず出社しなければならない事があるから、後はお願いね」「お父さん早くしてください。何、のんきにしているのですか?」
「そんなに急いでも、何も変わらんよ、お前が行って病気が治るなら急ぐけど」
「そんな屁理屈並べてないで、早く食べてください。私二人起こしてくるから」
と言って、寝室に消えていった。「さすが親子、琴葉とそっくり、いや、琴葉の行動がそっくりなのか?」と、父がつぶやいているのを琴葉は、「私あんなに一人で暴走しないよ」
と思って朝食を食べていると、琴美と幸樹が起きてきた。まだ本来なら寝ている時間なので、ご機嫌が悪いのは当たり前で、それでも強引に服を着せてご飯を食べさせようとしていた。見かねた琴葉が母を落ち着かせて二人の面倒を見る事にした。少し落ち着いた母の暴走がやっと止まって、冷静に物事を見る事が出来る様になっていた。嵐のような時間だったが、無事に準備も整い車に乗り込む琴美と幸樹は、思いがけないお出かけにご機嫌だったが、発進した車に琴葉が乗っていない事に気か付いて、直ぐにご機嫌斜めになったと母から写真付きで送られていた。向うに着く頃には機嫌は治ったようだった。琴葉は大学に直接手続きに行く事になっているので、時間に余裕を持って出かけて行った。
大学で、合格後の説明を受けながら、祖父がたいした事がない事の連絡を受けてホットしている琴葉だった。ただ、せっかくだからきっちり検査して問題がないか確認してから退院するとの事、よく聞けば、琴葉の祝いで、はしゃぎすぎたのが原因のようで、周りから歳を考えろと叱られて本人はしょんぼりしていると聞いて安心していた。説明会も終わり、帰宅しようとするとき、追加の連絡が来た。内容は、琴美と幸樹にデレデレの写真付きで、何も言わない二人の笑顔が祖父にはいい薬のようだと連絡が来ていた。まあ、二人は事情など知らないのだから、お小言など言わないし、大好きな祖父だから甘えるのは当たり前なのだが、余程堪えたようで、孫に逃げている祖父の姿があった。ちょっと安心した琴葉だったが、あれからも卓也の返事がなく電話にも出ないので、自宅に様子を見に行く事にした。
一旦自宅に戻った琴葉は、預かっているスペアキーを持って卓也の自宅を目指した。途中電話したが、電源がと流れるだけでつながらない。琴葉は、真剣に心配になって、朝の母の様に暴走しかけていたが、朝の母の姿を見ていたおかげで、暴走せず冷静に物事を見る事が出来ていた。マンションに到着、部屋の前まで来てチャイムを鳴らすも全く反応がなく、鍵も締まっている。どこかに出かける連絡も受けていないので、恐る恐るキーを取り出して扉の鍵を開けた。「こんにちは、おじゃまします」と、これ又恐る恐る部屋に入っていった。中は異様と言うか、かなり暑くて、気持ち悪いという表現が合う室内だったが、忍び足で卓也の寝室まで行った。そこには卓也が寝返りを打つ姿が確認できたので、少し安心しながら、何しているのと思いながら卓也の顔を見ると、明らかに熱がある顔をしていた。それを見た琴葉は、一瞬で暴走状態に陥りかけたが、自分で落ち着け・落ち着けと言い聞かせながら、おでこに手を当てると、やはり熱があるのは確かだった、手にはスマホが握られていたが、バッテリーが切れているのは明白で、連絡が付かない原因が理解できた。琴葉は風邪をひいている事を理解して、まず、自分が風邪をひかないように、マスクと手袋を探しに一旦台所に、使い捨ての手袋を見つけ、持ってきたマスクをして再び卓也の元へ、今度は声をかけてみた。琴葉の声に反応した卓也は苦しい息の中、琴葉の名前を呼んだのである。呼ばれた琴葉は意識がちゃんとあって、私の事を認識してくれている事に安心して、次に状態を聞いてみた所、卓也から
「二日ほど前から熱が出て、今は節々が痛くて起き上がる事も出来ずに、スマホをやっと手にしたけど、電源が入らなくて充電したくても出来なくて、寝ても痛みで直ぐ起きるので、なかなか治らなくて」
と言って、言葉に詰まってしまって後が続かなかった。ただ、今はそれだけで十分だった。ある程度状況が分かったおかげで安心できたからだ。ただ、琴葉は、これからどうするか全く思いつかなかった。何故か救急車を呼ぶほどではないような気がしていたが、このままでもいい訳がない事も分かっていた。琴葉はパニックになりながらも母に助言を求めるべく電話をしていた。母に今の状況を説明すると、まず熱がどれくらいあるのか聞かれた琴葉は一旦電話を切って体温計を探し当てて、卓也の熱を測っていた。体温計は三十七度五分を表示していたので、もう一度母に連絡、それなら一安心との事、あまり高い熱だと直ぐ救急車を呼ぶ必要がある為で、体温は定期的に測る事を言い渡されていた。次に水分の接種状況の確認がされた。全く動けないのなら、周りの状況を確認して報告を求めてきた。
卓也の周りには、からのペットボトルと、パンを食べた後しかない為にその事を報告すると、大慌てで汗をかいているか確認するように指示が出て、確認すると、たいして汗をかいていない事が分かったので伝えると、直ぐに水分を取らせなさいとの厳命であった。とりあえず、冷蔵庫にあった飲み物をむりやり飲ませていたら、母から、水分がないのなら買ってきて、栄養も摂る必要があるから、食材も買ってくるようにとの事であるがその後に、琴葉では無理ね、私、行こうかしらと言っていたので、琴葉は、別の人に来ていただくとの事で解決して電話を切った。直ぐに、状況を逐一報告するようにとのメールが来ていたが、確かに琴葉にはお粥の作り方も知らない自覚があったので、やはりここは、春香と楓に応援に来てもらうために連絡した。春香は直ぐに来られる距離ではないが、楓は飛んできたのかと思うくらい早く、それも真っ青な顔をして飛んできた。卓也の顔を見てそこまで深刻な顔ではなかったので、ホット胸をなでおろす楓であったが、大げさに言った琴葉にご立腹で、お互い大げさに言ってと、あなたがちゃんと話も聞かないで電話を切るからと、言ってけんかになっていたが、お互いけんかしている時でないとの認識で一様和解していた。琴葉は、卓也を楓に託して買い物に出かける事にして、簡単な食材と水分の調達である。冷蔵庫には何もなく、食べる食材が全くなかったのである。出かけるときに、卓也に今ある水分を少しでもいいから飲ませる様にお願いして出かける所に、春香から駅に着いた連絡があり、買い物に出かける所なので春香に応援を頼む事にして、近くのお店で待ち合わせをする事にした。琴葉が出かけている間、楓は、少しでもいいから水分を取らせる努力をしていた。何せ、体を起こそうにも痛くて起き上がれないので、ストローで吸い上げて少しずつ飲ませていた。琴葉は、春香と合流、状況説明をして必要な食材を購入していた。楓から、寝たまま水を飲ませる事の出来る便利グッズの要請があったので、それも購入して帰宅。直ぐに春香は卓也のもとに行って顔を見て安心して戻ってきた。春香はあわてんぼうではないようで、冷静に状況分析をしていたので、全く慌てた様子もなく、買ってきた【吸いのみ】で、水分を取らせることが大変楽になったので、これはほんとに役に立つと楓が絶賛していたが、昔からあるものだと聞かされて、がっかりしていた。卓也には経口補水液を飲ませる事が出来たので、少し顔色がよくなってきたようだった。かなりの脱水症状があったと思われるので、それが治れば体も動かせると思うと春香が言っていた。皆それには同意していたので、卓也に付くのは琴葉に任せて、楓と春香は食事の準備にかかっていた。琴葉がいても役に立たないので、排除されたようなものだった。
食事はもちろん自分たちが食べる分であるのだが、いつ卓也が食べられるようになってもいいように、お粥は作ってあった。それもお米から作ったものだった。琴葉には何がすごいのか分からないので、味見をする始末で「味がない」と言っていたが、「当たり前です、病人のお粥が塩たっぷり入れる訳ないでしょう」と言われて、このお粥が塩のせいで味が無い事にも気が付いていない事がばれて、恥をかいていた。食事を取った後、片付けながら今後の話し合いが行われていた。定期的に今は水分を取らせる事に集中する事にして、現在はかなりの水分補給が出来ていた為に、かなり顔色がよくなった実感があるので、三人もつく必要がないとの結論で、直ぐに駆け付ける事の出来る楓は一旦帰る事になった。春香は直ぐに駆け付けられないのと、居なくなると大変困る事があるので、琴葉と春香で今晩は看病する事にした。明日は楓が一人で看病する時間がある事も付け加えられていた。決定に従って楓は帰宅する事にしたが、琴葉も着替えを取りに戻る事にした、この時、春香が、私のパジャマと私に着られそうな服を要求、下着の要求がなかったので突っ込んでみると、持っているとの返答が返ってきた。春香曰く、「出かけるときは必ず下着の予備は持って出る様にしている」との返答、思わぬ返答に、「だって何かあったら下着を付けないで行動をする事になるのが嫌だもの」と、当たり前の返答が返って来て、二人は「なるほど」と感心するばかりで、琴葉は全くそんな事考えたことなかったので、私がおかしいのかと思っていたら、楓もそんな顔していたので、安心していた。二人が出ている間は春香が一人での看病となった。
一人での看病といっても、時折卓也の様子を見るだけであった。食事の片付けも終わり、お風呂の準備が出来た頃琴葉が、それなりの荷物を持って帰ってきた。春香は、何を持ってきたのか疑問に思いながら出迎えた。琴葉も何を持って来たのかと疑問に思われている事を察して、何故か弁解をしていた。
「そんな不思議そうな顔をしなくても、今日の服と明日の服とお風呂セットとお菓子」
と言って、大量のお菓子をばらまいた。想像通りだった為に、「こんな時でも琴葉は琴葉だった」と嬉しくなってきて笑顔がこぼれていた。それを見ていた琴葉は、
「何がそんなに嬉しいの、何か私したかしら、何もしていないと思うけど」
「いや、琴葉はこのままでいい、ほんとにぶれない琴葉でいい」
と言われて、意味が分からない琴葉だった。直ぐにお風呂に入るように言われて、一緒に入りたいが、今日は別々で琴葉が先に入る事になった。卓也宅のお風呂に入るのは初めてで、前回は、お風呂を少しのぞいただけであった。
お風呂と言っても、どこにでもあるユニットバスであるのは確かだが、浴槽が大きいのには驚きを隠せなかった。足が十分に延ばせる為、かなりゆっくりくつろげる空間になっていた。清掃も行き届いているので、高校生の男子の一人暮らしのバスルームとは思えなかった。早々にお風呂から上がる琴葉は、バスタオル一枚で出て来て、春香にとがめられていたが、「誰も見ていない」とか「見られても大丈夫」とか「春香も同じように」とか言って利く耳を持たなかった。さすがの春香も根負けして「お願いだから、そのままで卓也の所にはいかないでね、ここなら許すから」と折れてしまった。「はーい」と良い返事があったが、一抹の不安を覚えながら春香はお風呂に向かって行った。お風呂については、春香も琴葉と同じ感想を持って入っていた。そして、春香もバスタオル一枚で出てきた。それを見た琴葉は、鬼の首を取ったみたいに突っ込みを入れていたが、春香は
「私はちゃんと下着をつけています、琴葉とは全く次元が違います」
と、言い訳をしていたが、琴葉が下着を履いていないと言っているのに、琴葉は反論しなかった。お互い家での風呂上がりの姿なのだろう。琴葉も髪を乾かして身なりを整えて卓也の様子を見ていた。春香は琴葉が持ってきてくれた普段着を着ていたが、ほんとに琴葉の普段着がラフなのには驚いていた。琴葉曰く「それなら多少のサイズの違いはごまかせるから、洋服だと問題があるからそれにした。可愛いでしょう」と言っていたが、確かに可愛い絵柄のスエットだった。可愛い服で春香が卓也を見に行った時、卓也が目を覚まして、春香の姿にさすがに驚いていた。その様子を見て、本来なら怒る所だったが、春香と認識して、それも姿まで何かおかしい事に反応してくれた事に嬉しくて服装の事をすっかり忘れて、「どう、具合は、何か飲む、体起こせそう」と状況の確認をしていると、それに気が付いた琴葉もやって来た。琴葉も春香と同じ服装だった。絵柄が違うだけで、卓也は、「少し痛みが治まったので起き上がれると思います」といって、起き上がろうとしていた。それを背中にそっと手を添えて春香が助けていた。手を借りたとはいえ、起き上がれるまで回復した事に嬉しさを隠せない二人だった。さっそく体温を測りながら、水分の接種の為コップを渡した。渡された卓也は一気にそれを飲み干していた。体温はまだ平熱には戻っていないので、このまま眠るのが一番なので、眠る事を優先していただく事にして、二人は部屋を出た。
顔に生気があった事に大変よろこびを隠せなかった。最初見た時より、よくなっているからだ。二人はお菓子を、いや、琴葉はお菓子を食べながら自然と笑みがこぼれていた。お菓子を食べているのは琴葉ばかりだから、あえて春香の為に付け加えた。
その夜は、リビングで二人は睡眠をとる事になる。幸いにも、お布団は二組あったので問題はなかったが、何故二組あったのか疑問には思っていた。交代で、卓也の監視をする事になるが、二組の布団は意外であった。交代で寝るつもりだったからだ。春香は、朝の目覚ましを確認して、卓也の様子も確認して床についた。私が見るからと、豪語していた琴葉は、あっという間に眠りについていた。でも、真夜中に起きて卓也の様子を見る琴葉の姿を春香は見逃さなかった。それはお互い様なのかもしれないが、卓也は目を覚ますと人の気配がするだけで安心して眠る事が出来ていた。
次の日、バレンタインデー当日である。早起きの春香は、卓也がまだ寝ているのを確認して朝食の準備をしていた。準備が出来た頃にやっと琴葉が起きてきた。と言ってもまだ6時半なのだが、直ぐに、朝の準備をして朝食を頂いた。朝食が終わると、卓也の部屋に様子を見に行くと、卓也が起きていた。さらに顔色はよくなっている気がしたが、まだ熱はさがっていないようなきがした。今度は一人で体を起こす事が出来たので、さらに良くなったと思える瞬間だった。直ぐに琴葉は、飲み物を取りに行って、春香と一緒に戻ってきた。おいしそうに飲んでいる卓也の顔をよく見ると、明らかに汚れているのが分かるくらい黒かった。それで上半身だけでも、服を脱ぐことが出来るか卓也に尋ねると、「出来ると思う」との返事が返ってきたので、上半身だけでも着替えて、体を拭く事を提案、卓也も了承したので作業開始、ゆっくりと手を挙げて、服を脱がせて、体を拭くことにした。美少女二人にして頂く事に感謝すべきではあるが、これが、どれ程、羨ましい事なのかは、卓也は理解していないと思われた。
ぬるま湯を洗面器に貯めて、タオルで体を拭き、顔もしっかり拭いたので、かなり顔色もよくなったと思われるが、さすがに下半身はハードルが高すぎるというか、琴葉と春香なら大丈夫だと思われるが、卓也には絶対無理な事は分かっているので、あえて触れないでいた。さすがに背中から出る垢はすごいものがあったが、上半身だけでも拭けた事は進歩だった。春香は、風呂場に水を捨てに行ってついでに簡単ではあるが掃除をしていた。後片付けが済んだので、琴葉と春香は、卓也の部屋を後にした。今は寝る事が一番、私がいたら気を使って眠れないとの気遣いから、ずっといたいのを我慢して、部屋を後にした。部屋から出ると楓がやって来た。お早いお着きでと言いたいが、やはり心配だったのであろう。挨拶を後回しにして卓也の部屋に直行、顔色がよくなっているのを確認したのか、直ぐに出てきた。とても安心した顔をしていた。そして今までの事の報告を詳しくした。
報告を聞いて、楓からお褒めの言葉を頂いて、琴葉と楓は一旦帰る様に進言してきた。特に春香は一旦帰る事が厳命だといった。その間は私が見るからとの事で、琴葉と楓は一旦帰って仮眠をとる事にした。さすがに寝不足の顔をしていたからだ。本人は大丈夫と言っても、その寝不足の顔で言われても説得力がないと楓に突っ込まれていた。まあ、ここでもいいのだが、ここでは落ち着いて眠る事が出来ないし、着替えもいるし、ご両親に報告をしないといけないし、少しでも寝てから準備をして、又、来るようにとの命令である。もちろん卓也の体調がよくなった事で、看病が楽になった事が一番なのだが、命令に従って、琴葉と春香が自宅に戻っていった。
春香にしては散らかっていると言うか、お菓子の袋が散らかっているリビングを片付けながら、「どれだけ、食べたら済むのかしら、あの子は」と思いながらの片付けとなった。片づけ終わると、卓也の様子を見に行くと、卓也が目を覚ましていた。
楓にお礼の言葉を言ってから、喉の渇きを訴えてきた。直ぐに飲み物を用意して部屋に戻ると、卓也は一人で起き上がっていた。確かに聞いてはいたが、自分の目で確かめた楓は、涙が溢れて来て止まらなかった。楓は、人はこんなことでも感動して、涙を流せる事に気が付いて、さらに涙を流す事となった。卓也から涙の事を突っ込まれたが、泣きながらも、「嬉しいからよ」と当たり前の返事で返した自分に笑いが止まらなくなって、今度は笑い転げていた。そんな様子を、笑みを浮かべながら卓也は見る事となった。
やっと、笑いのツボが治まった楓は、何か食べたほうが良い事を進言すると、まだ体の痛みが残っていて、食べられそうにない事を告げられ、もう一度眠ってから挑戦する事を約束して、部屋を出ていった。この後卓也は又眠りについた。体温はまだ下がっていなかったので、無理に進めなかったのである。楓は、今は何もする事がなく、暇を持て余していると、春香から連絡が来ている事に気が付いて確認すると、洗濯のお願いだった。卓也の洗濯物なので、喜んで始めた楓だった。と言っても、洗濯ものをほり込んでスイッチを入れるだけだが、それでも、大切な御用だと思って取り組んでいた。昼食についてどうしようか迷っていると、春香が戻って来た。春香の顔にはさすがに目のクマは無かったので、仮眠は取れたのだと思われた。直ぐに昼食の準備を二人でする事になって、簡単ではあるが、昼食を作り始めた、作りながら本日の報告をする楓だった。簡単ではあるが、春香特性のうどんが出来上がった。うどんが出来た頃、琴葉が帰ってきた。こちらもすっきりした顔での登場であったが、出来上がった頃に来るとは、さすが、琴葉だと思ったが、ほんとは春香が琴葉の来る時間に合わせて作っていた為ではあった。
三人仲良く少し遅い昼食を頂いて、卓也の様子をうかがうと、すでに起きていて自分で起き上がっていた。近くにあった水を飲んでいたので、食事がとれそうか聞いてみると、食べてみるとの返事が返って来たので、春香特性のお粥を出すと、お茶碗一杯ではあるが、残さずに食べてくれた。三人は嬉しくて卓也に又食べさせようとするが、体温はまだ下がっていなかったので、無理は禁物との事で、暫くは、体を起こしたまま過ごす事になった。それで、この時ばかりと掃除機を持ち出して、部屋の掃除を始める春香だった。直ぐに楓も反応したが、琴葉は全く反応出来ずに、只、見ているだけだった。拭き掃除をする楓と掃除機をかける春香に、見ているだけの琴葉の様子を見ている卓也は嬉しくなって、久しぶりに笑みがこぼれていた。部屋の掃除が終了する頃、卓也は起きているのがつらくなったので横になる事を選択、そのまま眠りについてしまった。まだ体温だけが下がらないのが気になる所だが、体温が極端に高い訳でもないので心配ないとは思うが、微熱が続いている事に一抹の不安を感じていた。
体調は、よくなったとの認識が三人に広がって、それぞれの親に状況報告も済んで、安心して頂いて、ここは、本来の目的を実行する事にした。本来の目的とは、それは、手作りチョコを作る事だった。元々、春香の指導のもとバレンタインチョコを一緒に卓也の自宅で作る計画を立てていたのだが、事態が思わぬ方向へ向かった為、忘れかけていたが、事態が収束に向かっているので、かねてよりの計画を実行する事で一致した。もちろん、皆そのつもりで準備をしてきていたのだが、服装からして、作る気満々なのは明らかだった。
チョコを渡す男の子の家のキッチンを使っての手作りチョコの制作が開始された。もちろん指導は春香だが、楓もなかなか役に立つ事が分かっていたが、琴葉には湯煎から説明をする必要があった。これは時間が掛かる事を覚悟していたが、さすが琴葉、全く知らないだけで、説明して理解したらそこまでひどくないので、最初覚悟したようなことは起こらなかった。意外と順調に進んだのである。それぞれ、卓也の分と、家族の分を作るのであるが、これがなかなか大変で、琴葉は「お店で売っているチョコを買った方が」と思うぐらい大変だった。楓と春香は、好きな男の子に渡すチョコを手作りできる喜びに打ち震える気持ちを抑えてチョコつくりに没頭していた。
やっとの想いで出来上がったチョコは、なかなかの出来をしていた。ただ、同じチョコを使っているのだから、味は問題ないと思うのだが、明らかに見た目は、春香と琴葉では違いがあった。琴葉の不器用な所は、天才的な才能だと思えるほどだった。
琴葉の不器用な所は認識していたが、時々、とんでもない器用な場面を見せる事もあるので、よくわからないのが本音であった。たぶん、本人のやる気に関わる事だと思う春香だった。出来上がった本命チョコの出来は、お世辞にも素晴らしい出来ではなかったが、別に食べられない訳でもないし、本人が満足している事なので、問題ないという事になって、家族の分を作り始めた。一度作った後なので、今回はスムーズに作る事が出来て、それも、サイズが小さいぶん、上手にできていた。
すべての工程は終了した。が、片付けが残っている。これが又大変なのだが、夕食の準備に取り掛かる時間なので早くする必要があった。買い出しの必要はないので、早急に片付けをすませて、夕食の準備にとりかかった。琴葉は卓也の様子を確認に行って、直ぐ戻ってきた。よく寝ていたとの事で、安心して準備を続行、準備の間、琴葉には、卓也のそばにいる事が命令されて、只、横に座っていた。暫くの間、卓也の寝顔を見て過ごした琴葉だが、その視線に気が付いたように目を覚ました。「琴葉さん何を見ているのですか?」との問いかけに「寝顔」とはっきりと答えた琴葉に、笑顔で返すしかない卓也だった。直ぐに、お水を手渡して水分の補給をしてもらうと、さらに元気になったきがした。支えてもらいながらではあるが立ち上がれる事が出来たので、暫くこのまま座ってから、シャワーを浴びに行く事を決めた卓也は、その事を琴葉に告げて、準備をお願いした。琴葉は直ぐに二人に相談、二人は卓也の様子を確認して、了承する事とした。体を慣らす間に、夕食を済ませて、片付けを終えて、卓也をバスルームへ連れて行く事になったが、思った以上に卓也が自分で歩ける事に驚きながら、付き添ってもらっていた卓也も、自分の回復具合にびっくりしながらシャワーを浴びた。
久しぶりのお風呂、シャワーだが、汗を流すだけでも気持ちのいいものだった。かなり汚れている下着を変える事が出来るのがほんとに嬉しかった。脱衣所に入る前には、裸で出てこないように念を押されていたので、しっかり体を拭いてパジャマに着替えて脱衣所を後にした。直ぐに、自室へ移動、春香がお粥を持ってきてくれたので、全部食べる事が出来て、こんなにお粥がおいしいとは思わなかったと思いながら、卓也はおいしく食べていた。体温を測るとまだ微熱が残っているので、今は眠る事が一番と、体の痛みがなくなってきた卓也に強引に布団に押し込んで眠る体制を取らせる三人だった。それに素直に従って眠る事に専念する卓也だった。やはりまだ眠る事を要求しているのであろうか、卓也は、眠りについていた。それを確認した三人は、静かに部屋を後にした。ここで、今晩どうするかの話し合いが持たれる事となる。
結論から、三人で泊まる事となった。楓から、自宅で心配しているよりここにいた方が精神的に楽だから、私も泊まる。そのつもりでお泊りセットも持ってきているからとの見解に、少し離れていただけでも心配だった経験がある二人には反論できずに、承諾していた。勉強会と称して何度もお泊りをしていた三人にとっては問題ない事ではあるが、布団が二組しかない事を告げると、楓が、布団持参で来たことを告げられ、父に持ってきてもらったようで、さすが、準備万端な所は抜け目がない楓だった。三人とも持参したパジャマに着替えるべく、まずはお風呂に入る事となった。順番は、何故そうなったのか分からないが、暗黙の了解なのか、適当なのか、琴葉・楓・春香の順番だった。
さすがに、三人一緒と言うわけにはいかないが、二人なら大丈夫なので、楓は、琴葉の出るのを待たずに一緒に入っていった。春香も、琴葉が出てきたら入れ替わるように入っていった。二人きりでどんな話をしたのか不明だが、仲良くバスタオル一枚で風呂上がりの後始末をしていた。ここでもやはり、下着をつけていない琴葉と、下着をつけている春香の意見がぶつかったが、楓に同意を求める二人に、楓は同意できなかった。なぜなら下着でもブラジャーはつけていないからだ。ブラを付けるとやはり苦しいので、家の中ではつけないとの事で、三者三様で決着が付かなかった。そんなことはどうでもいい事なのだが、女子にとっては、かなり重要な事のようで、特に春香は全く付けないでそのままパジャマに着替える琴葉に、一生懸命何かを諭していたが、聞く耳を持たない琴葉に行っても仕方がない事で、人それぞれと言う事で、楓が事を収めて終了した。
パジャマに着替えて、三人は爆笑した。なぜなら着替えた柄が被った、いや、同じ趣味だったからだ。パジャマが、猫さん、ウサギさん、パンダさんだったからだ。それぞれ、相手のパジャマを批判する訳ではないが、お互いに可愛いパジャマだと自画自賛しての争いになったが、何度かお泊りをしていたが、その時はまだ親友になっていなかったので、お気に入りではなく、体裁を整えていたのだと思う三人だった。まあ、それぞれ、相手のパジャマを「かわいい」と最後は褒め合っていた。明日になれば卓也も回復している事を願って三人は眠りについた。後は時間が解決してくれる所まで来ている実感はあったので、夜中に様子を見る必要が無い事は明らかではあったが、そこは三人、それぞれのタイミングで、様子を見に起きていた。打ち合わせたわけではないが、時間が見事に重ならないように起きていた。最後の春香は、早起きをして、卓也の様子を確認してから、朝食の準備に取り掛かっていた。暫くすると、楓も起きて、準備を手伝っていたが、かなりの音がするにも関わらず、琴葉は布団の中だった。
やっと、琴葉が起きてきた。いつもながら朝食の準備が出来るのを、みていたかのように起きて来る琴葉だった。朝食を頂いていると卓也が起きてきた。すっかり治ったかのように顔色もよく、普通に自分で歩いていた。春香が直ぐにお粥を作ろうと立ち上がったが、自分も、ご飯にお味噌汁とハムエッグが食べたいと懇願した為、春香はハムエッグを作る事にした。出来るのを待つ間、体温の確認と、体の状態の問診が行われ、問題ない事が確認されたが、体温が下がった事が一番だが、治ったと安心できないので、このままの状態が明日の朝まで続けば治ったと認める事となり、本日は、このまま自宅での療養を義務付けられる事となった。出来上がったハムエッグに手を合わせて感謝する卓也は、ほんとにおいしそうに朝食を平らげた。朝食後は、お風呂に入りたいとのリクエストであった為、直ぐに楓が準備をした為、食事後には入れる状態になっていた。ただ、楓と春香は、卓也が風呂場に消えてから複雑な思いでいた。それは、ごく自然に卓也が琴葉の隣に座っていたからだ。別に琴葉の隣しか座れない訳ではないのに、ごく自然に座るのを見て、このままでいいのかとの疑問が湧いてきていた。それは、あのパジャマ事件の後、三人は、お互いを親友と言う認識を持っている事を再確認できたのはいいが、卓也をめぐる争いを、このままでいいのかとも思っていた所の出来事だった。親友だからこそ、早く決着をつけるべきだと思う三人だったが、特に楓と春香の想いは強かった。朝食を済ませて片付けの途中に卓也が風呂から出てきた。ほんとにすっきりした顔をして出てきた。一旦自室に戻って服を着替えて戻ってきた。着替えの服を持って行っていなかった為である。服と言ってもパジャマになるスエットの上下だが、風呂上がり湯冷めをしては大変と、直ぐに布団に戻るように三人から責められて、しぶしぶ戻っていった。そこで、卓也を囲んで本日の予定を話し合う前に、それぞれの親に報告の電話を入れていた。心配する声が、安心する声に変って電話が切られた。それで改めて本日の予定の確認をする事になった。もちろん卓也はこのまま養生する事、楓と春香は大学の説明会があるので、このまま大学に行く事。琴葉は自分が出来る事をする事。できない事をしようとして仕事を増やさないようにとの厳命付きだった。そして、琴葉に、卓也が余計な事をしないように見張る事、出かけるなんて事など無いようにしっかり見張る事が言い渡されて、会議は終了した。春香と楓は、ここで着替えて、それぞれの大学に向かう事となった。特に春香は心配で、琴葉にいろいろ言っていたが、馬の耳に念仏だと気が付いて琴葉に任せる事にした。それぞれの想いを胸に、琴葉は看病の続き、楓と春香は、大学に出かけて行った。
第二十九章 決着
楓と春香が出かけて行った。卓也を見ると又眠っていたので、琴葉は洗濯をする事にした。洗濯は出来る自信があったからだ。洗濯は琴葉の担当だったからだが、楓と春香に怒られながら教えてもらった賜物だったのだが、それは伏せておこう。
洗濯も終わり、洗濯物を干し終わって何もする事がない琴葉は、只、外の景色を眺めていた。お昼は、楓が準備してくれた物を温めるだけでよい事になっているので、ほんとに何もする事がなく、外の景色を眺めるしかなかった。あれから卓也は起きてこない。一度のぞいた時はまだ眠っていたので、自分で起きるまで待つしかなかった。どれくらい外の景色を眺めていただろうか、昼食の肉じゃがを温めている時に、卓也が起きてきた。さらに清々しい顔で起きてきた為、ほんとに琴葉は安心した。卓也は、無理のない範囲でストレッチをしていた。かなり足腰にガタが来ていたのを実感しての行動だった。一度には危険な為、徐々に体を動かしていく事が肝要なので、それは、自覚しているようだった。温めなおした肉じゃがと、ご飯とお味噌汁を昼食として頂く二人は向かい合って座っていた。そこで琴葉は疑問い思っていた事を聞いてみた。すると
「大学合格の日に、風邪をひくような事をしたのか次の日調子が悪かったので、大事にして、次の日は元に戻っていたので油断した。たぶんまだ治りきっていなかったのだと思うが、ずっと引きずっていたのに気が付かなくて、大学の説明会の日、朝から調子が悪いのに無理に行って、何とか説明は受けたけど、帰る頃にはかなりしんどくて、やっとの想いで帰宅したものの、何もできずにそのまま寝る事にした。一晩眠れば大丈夫と思っていたが、次の日の朝も全くと言うか、さらにひどくなっていて、助けを呼ぶつもりでスマホ探したけど近くにお無くて、やっと見つけても体が全く動かなくて、それでも死ぬ思いでスマホを手にしたら、電源が切れていて全く反応しなくて、その時は、戦意喪失状態で眠るしかなく、又、眠った。でも、体の痛みで直ぐに起きる、又眠気に誘われるように寝る、又体の痛みで起きる、直ぐ起きてしまう事を繰り返していた夕方に、琴葉さんが来てくれた。琴葉さんのお顔が天使に見えました。あのままだったらと思うと・・・」
と、経緯を説明してくれた。琴葉は、本当に来てよかったと心から思った。昼食を終えて琴葉は片付けをしていた。この後どうするかを考えながら、今日はさすがに泊まる必要がないように思えるので、二人の荷物があるので、帰ってくるとは思うけど、帰るとしても夕方なので、どうしたものかと色々考えていた。
卓也が、横になる事を琴葉に告げて自室へ消えたので、ますます、琴葉はする事が無くなったので、ぼんやり外を眺めながら、何故かは分からないが、いつもの様にお菓子に手が行かなかった。ぼんやりしながら琴葉は寝てしまっていた。春香から、夕食の準備を頼まれていたが、琴葉に出来る準備なので、昼寝をしても問題なく、慌てる事はなかった。どれくらい眠ったのであろうか、眠りから覚めた琴葉は、かなりぐっすり眠っていたのであろう、今どこに自分がいるのか少しの間理解するのに時間が掛かっていた。卓也の家だと認識して、卓也の自室を見ると卓也はストレッチをしていた。琴葉が起きた事に気が付くと「おはよう、よく眠れましたか?」と声をかけてきたので琴葉は「はい、おかげさまで」と返していた。琴葉は、寝顔を見られた事が恥ずかしくて、顔を赤くしていたのだが、卓也は全くそれに気が付いていなかった。卓也を見るとかなりの汗をかいていた。すると、お風呂セットを持って風呂場に入っていった。琴葉は何が起こっているのか理解するのに時間を要する事柄が続いて混乱していた。冷静に状況の分析を卓也がお風呂にいる時間を利用して、まとめていた。お風呂から上がってきた卓也は、元気、はつらつだった。すっきり治ったようではあるが、明日の朝までは油断しない事になっているので、琴葉は、布団の中に押し込める様に寝かせていた。素直に従うしかない卓也は、布団の中で寝たふりをする事にした。さすがによく寝ていたので、眠くはないからだ。琴葉は、春香に頼まれていた準備と、二人に現状の報告をしていた。夕食はお鍋をするようで、今ある具材を適当に切っておくように指示されていた。足らない分は春香が追加購入するとの事で、鍋の具材を用意しながら写真を撮って春香に送っていた。具材の準備を春香の手引書を頼りにしていた。適当にとは言っているが、かなり事細かに支持が掛かれている事に驚いている琴葉だった。適当な大きさとは言え、「口に入る大きさに切る事」と書かれている事に「そんな事分かっている」と、手引書に文句を言いながら準備となった。お米を洗う事も準備になるので、お米を洗う事を琴葉は自宅でもやらせてもらっているので、これは大丈夫と思いながら、炊飯器の準備が整った。楓と春香から帰る時間の予想の連絡が来ていた。どうも途中で合流して買い物をして帰るようで、まだ帰らない事が判明した。ますます琴葉は待つしかなく、卓也に甘えたい気持ちを必死に抑えて孤独に耐えていた。元々寂しがり屋の琴葉にとっては、一人でいる事より、頼りたい人が目の前にいるのに、頼る事が出来ない事の方が苦痛のようで、寂しい気持ちを押し殺すように、何か没頭できる事を探している琴葉に、後ろからそっと卓也が近づいてきていた。
琴葉は、リビングのソファーに座ったり、キッチンで食材の確認をしたりと、落ち着かない様子で部屋をウロウロしていた。そんな折、キッチンに向かう琴葉の後ろから、卓也が静かに、音を立てないで、近づいていたのである。そして、卓也は琴葉を後ろから軽く抱きしめた。突然の事に、何が起きたか理解できなくて、ただ、感嘆の声をあげながら、卓也の顔を見ようとする琴葉に、卓也は、
「突然ごめんなさい。其のままで聞いてください。琴葉さんの顔を見て話せる自信がないのでこのままで、お願いします」
と言われた琴葉は、只々頷くだけだった。卓也は、琴葉の様子を確認して続けた。
「あの時、はっきりと分かった。あの体が痛くて助けも呼べず、このまま死んでしまうのではないかと思った時、琴葉さんに会いたい、琴葉さんの笑顔が観たい、そう思った。琴葉さんに会うまで、あの笑顔をもう一度見るまでは死ねない、そう思いながら、あの苦しい時を過ごしました。琴葉さんの笑顔が無かったら、俺は病気に負けていたかもしれません。だから本当に理解した。いつからかは分からないが、琴葉さんの事が好きです、これは嘘、偽りのない正直な俺の気持ちです。この抱きしめた手を、もう、離しません。」
と言って、今度はちゃんと琴葉の事を後ろからではあるが抱きしめた。琴葉は黙ったまま。言葉を発しなかった。もちろん、琴葉がどんな顔をしているか卓也は分からない。
「返事は、後でも構いません、いやならこの手を払いのけてビンタを返事でも構いません。俺と、琴美や幸樹は関係なく、お付き合いしてください」
と、琴葉に突然告白したのである。琴葉は、告白に暫くの間リアクションをしなかったが、抱きしめられた手を振りほどく事はなかった。どれくらいの時間が経ったのであろうか、卓也にとっては、永遠にも近い時間だったと思うが、抱きしめた手を緩める事は無かったが、琴葉が、やっとその口を開いた。
「卓也、痛いから離して、力入れすぎ、私は逃げないわよ」
と、やっと言葉を発したのである。それに反応して卓也は、「ごめんなさいと」言いながら、抱きしめていた手をほどいたのである。自由になった琴葉は、卓也の顔を見る為にゆっくりと、振り向いた。振り向いた琴葉の目には、いっぱい涙が溢れていた。そして、しっかりと卓也の顔を見て
「遅いわよ、ずっと待っていたのだから」
と言いながら、卓也に抱き着いた。
「はい、お受けします。私も卓也の事が好きだから」
と言って、卓也の腕の中でうれし涙にくれる琴葉だった。琴葉の言葉に、一瞬、我を忘れてしまった卓也だったが、すぐ、泣き崩れる琴葉を今度はしっかりと、正面から抱きしめた。卓也は、琴葉が泣き止むまで抱きしめる事しかできないので、このまま泣き止むのを待つしかなかった。どれほど立ったのかは分からないが、スマホの着信が鳴ったので、卓也がスマホを見る様に促すと、
「後ろ見ていて、今の顔見られたくないから、絶対こっち見たらだめだから」
と言って、卓也に指示を出してから、琴葉が顔を上げて、スマホを確認
「春香からだ、これから、買い物して帰る、だって」
「そうか、それなら、こちらも早く準備しないと」
「卓也、もう一度」
と手を出す琴葉、驚く卓也、いつの間にか顔を拭いたのか分からないが、まともな顔をしていたので、どんな顔をしていたのかは、卓也には分からなかったが、琴葉のおねだりに、再び抱きしめる卓也だった。
「二人が帰ってくるから」
との警告にも
「もう少しこのまま」
と、卓也の腕に抱きしめられる幸せを、その胸に感じ、卓也の少し焦る気持ちが伝わるこの距離で、琴葉はなかなか離れようとしなかった。もちろん、卓也も、離したくないのは当然だが、まだ、人前で琴葉を抱きしめる勇気はなかった。
「もうそろそろ、二人が帰ってくるから、」
「うん」
と、やっと琴葉が離れてくれた。さすがに、琴葉も、まだ二人の前で抱きしめられる事には抵抗があったようだ。卓也は、おもむろに、土鍋をカセットコンロにセットして、鍋用のだしを入れて火をつけて、準備を始めた。琴葉も、一緒に準備を始めて、準備が終わる頃、楓と春香が帰ってきた。「ただいま、遅くなった」と二人が帰ってきた。鍋の食材を持って入って来た二人の足が急に止まった。別に何も変わりのない二人の距離、お互い向き合って、食事の準備をする光景だが、いつもと違う雰囲気に足を止めたのであった。琴葉の「どうしたの」との問いかけに、何故、足を止めたのか、よく分からない二人は「別に」と言って食材をキッチンに運んだ。それを追うように卓也がキッチンに足を運んで、「あと僕がしますから、着替えて下さい」と着替えを促した。
二人は、その提案に一瞬戸惑った。何せ着替える場所がないからだ。さすがに卓也の前で下着姿になる訳にもいかず、戸惑った顔をしていると、琴葉が、卓也の寝ていた部屋を指差して、着替える場所を示してくれたおかげで、着替える事が出来た。私服に着替えた二人だが、いまだにさっき感じた違和感、いや、いつもと違う空気、だと思ったのだが、やはり、いつもと同じような気がしていた。鍋に具材の投入が始まった。入れる順番はどうでもよい、卓也・琴葉・楓だったが、春香は順番にこだわるタイプだった。完全に鍋奉行に変身していた。入れる順番を間違えると、厳しい指摘が待っていた。春香の指示で具材が入れられていった。入れ終わると、ふたをして待つしかなかった。待っている間、卓也がすっかり元気になった事の報告が行われて、卓也からの、感謝の言葉で、三人は納得、少し早いが快気祝いを開始する事となった。
「琴葉さん、楓さん、春香さん、本当にありがとうございました、今こうして鍋をつつけるのも皆さんのおかげです、このご恩は、何かの形で返したいと思います、本当にありがとうございました。それでは、いただきます」「いただきます」
との声で、鍋の蓋が開けられて、鍋パーティーが始まった。ほんとに、おいしく感じる、いや、ほんとにおいしいのだが、卓也は、食事を大勢で食べられるよろこび、幸せを噛みしめながら、頂いていた。楓と春香はここでもいつもと違う違和感を覚えていた。食べながら、その違和感にそれに気が付いた春香が感嘆の声を上げて、
「ああ、そうだ、なんで、向かい合っているの、いつもなら隣り合って座っているのに、今日は四人向かい合って座っているから、何かおかしいと思ったのよ」
「いや、この方が食べやすいかと思って、わざわざ、こたつ用のテーブル出してきたのですが、まずかったですか?」
「いや、まずくはないけど、何かいつもと違うと思っていたのよ」
と、やっと違和感の原因が見つかって、すっきりした顔で食べ始めていた。卓也は、こたつ用のテーブルを囲んだ方が食べやすいと思って、ちょうど小さめのテーブルがあったので、それを用意して、いつものテーブルだと二人並んで向き合うと、食べにくいと思ったようで、卓也の心遣いが、違和感を生んでいた。その事の指摘を受けて、楓も納得していたが、琴葉は、指摘を受けても気が付いていなかったようで、頭から?マークが出ている感じだった。楓と春香の二人はすっきりしたのであろう、帰ってきた時からの違和感がやっと解消されて、より一層お鍋がおいしく感じていた。まだ、事態を呑み込めない琴葉は、只々食べていた。
おいしく戴いた。ほんとにおいしかった鍋だが、食べすぎはよくないとの事で、お開きにする事になった。いつもながら、琴葉の食欲には驚かされるばかりで、結局、用意した具材を食べつくしたのに、まだまだ食べ足りない顔をしていた琴葉だった。食事終了後、やっとチョコを渡すことが出来た。完全復活した時に食べることが言い渡されて冷蔵庫の中に一時避難となった。その後、三人による後片付けが始まった。卓也は、お風呂に入る事を命じられたので、仕方なく後片付けを任せて、お風呂に入っていた。本日は、食事が終わったら、三人とも帰宅する事になっていたので、それぞれ迎えを頼んでいた。後片付けも終わり、卓也もお風呂から上がって、就寝する事になった事で、三人のお役目が終了する事となった。卓也を自室に寝かせて、くれぐれも夜更かしせずに、早く就寝する様に言いつけて、扉を閉めた。卓也も素直に従って、眠ろうと頑張ったおかげか、本来まだ治りきっていないのに、無理をしていたのか、自然のうちに眠りについていた。それぞれに迎えを頼んでいたので、父の到着を待っていた。ほぼ同時に連絡が来たので、三人一緒に卓也の部屋を後にした。
三人の人生において、この経験はどんな意味があるのかは分からないが、今の三人にとっては、かけがえのない経験だった事は明らかであった。迎えに来た父たちは、卓也が元気になった事だけを確認して、後は何も言わなかった。娘の晴れやかな顔を見られただけで満足だったからだ。特に琴葉の笑顔を見た父は、異様な雰囲気に驚くばかりだった。自宅でも、母に父よりは詳しい報告がなされたが、琴葉の報告には、かなりの熱が入っているかと思えば、心ここにあらずで、さすがの母にも分からなかったようだった。ただ、卓也が元気になった事だけは分かるので、それだけは胸をなでおろしていた。
三人はお風呂に入っての就寝となったが、琴葉の浮かれようは異常なほどで、母はやっと気が付いた、これは卓也が元気になっただけではなくて、何か進展があったと確信していた。ただ、深く追求する事はしないと思っていた。琴葉のお風呂の様子と、自室で一人になった時の様子は想像するしかないが、おかしな行動をとっていたと思われる。
卓也も、一旦は眠りについていたが、突然起き上がっては、自分でも分からない程の発狂状態で、踊ってみたり、万歳をしたりと全身でよろこびを表現していた。最後には、布団にもぐり込んだかと思えば、枕を抱きしめて、にやけていた。
第三十章 最後のデート
卓也は完全復活した。あれから、琴葉とは毎日会っていた。とはいっても、二日しかたっていないが、今は二人の時間が大切なのは言うまでもないが、卓也は、楓と春香にどう伝えるべきか悩んでいた。ほんとに仲良しの三人だから、琴葉と彼氏彼女の関係になった事を、やはり、はっきり言うべきなのか、迷っていた。そこで、琴葉に聞いてみた所、琴葉自身も迷っていた事を告げられて、琴葉の意見としては、やはり、卓也の口から直接聞きたいと思うとの事で、卓也が、今回のお礼を兼ねて二人を個別にデートに誘う事になった。もちろん、どんなデートにするかは卓也が考える事になるが、琴葉から、デートの最後に聞かされるより、最初に聞いてからデートする方が私はいいかなと、ぽつりと言った。そこで、卓也は、一旦自宅に来ていただいて、そこから出発前に琴葉の事を話して、その後デートに行くのかは本人に決めていたたく事にした。まず、二人に、今度二人だけでどこかに遊びに行きましょうと連絡、もちろん、病気で大変お世話になったお礼ですとも付け加えての連絡だった。二人の都合の良い日が送られてきて、これも都合よく、別々の日に行く事となって琴葉に報告、「この日だけですよ、卓也の浮気を認めるのは」と、くぎを刺されて、卓也は「これはうわきなのか」と思いながら承諾した。当日は、どうなるか分からないので、いろいろなプランを考える事にしたが、考えれば考える程、自分勝手に思えてきて、全く考えがまとまらないままに、当日を迎えていた。
卒業式を間近に控えて、式の練習の合間、その時はやって来た。朝、卓也は早起きをして準備を整えて来客の到着を待った。定刻、楓がやって来た。さすが、二人だけでと言ってあるので、かなり気合の入った服装でやって来た。まずは、リビングで休憩、ここで、二人だけなのは初めてだと思われるので、二人とも、かなり緊張していた。卓也はいつ切り出そうか悩んでいた。と言うか、切り出すタイミングが分からなかった。二人で黙ったままジュースを頂きながら、時が流れた。卓也は突然口を開いた。
「楓さん、今日はありがとうございます。私の話を少しばかり聞いてください。私が風邪をひいた時には大変お世話になりました。おかげで元気になりました。今日は、そのお礼を兼ねて、二人で出掛けたいと思います。今日一日は、私を好きに使って頂きたい。ただ、その前にどうしても、お伝えしなければならない事があります。真剣な話で、この後を左右する話です」
と、かなりの前置きが入って、初めて楓の顔を真正面から見た卓也だった。お互い向き合って座ったまま、楓は何も言わないがしっかり卓也を見ていた。そして
「私事で申し訳ないが、この度、琴葉さんとお付き合いさせていただく事を了承いただきました。今は、琴葉さんと彼氏彼女の関係でいます。やっと自分の気持ちに気が付いて私から交際を申し込んで了承いただきました。今まで四人で仲良く遊んでいた事を思えば、もう今までとは一緒ではないが、俺は、今まで通り楓さんとはホントに仲の良い友達でいてほしいと思っています。もちろん琴葉さん共です。この後のお出かけについては、楓さんが望まないならキャンセルします。私は、それでも、お礼がしたいので、」
と、ここで言葉に詰まってしまって、続きが言えなくなってしまった。
楓は卓也をじっと見つめたまま、何も言葉を発しない静寂の時間が流れた。楓はいつかこの日が来るのを覚悟していたのは間違いないが、いざ来てみると、やはり悲しい事には違いないので、何も言えないでいた。
静寂を破るように卓也が口を開いた。
「ごめんなさい。」
「なぜ卓也が謝るの?」
「いや・・・・・・・」
と、反射的にお詫びの言葉が出てしまった卓也は、慌てて取り繕うとするが、言葉がうまく出てこなかった。一生懸命何かを言うつもりなのは、痛い程分かる光景だった。
「それで、これから何処に連れて行ってくれるの?今日だけは、私の彼氏なのよね」
「はい、もちろん」
「それなら早く行きましょう」
と、卓也の手を取って玄関に向かった。手を引かれて半ば強引ではあるが、卓也も玄関まで来て、靴を履くと突然楓が抱き付いてきた。
「少しだけこのままでいて、今、あなたに顔を見られたくないから、お願い」
と、必至に顔を隠していた。さすがに卓也でも状況の理解が出来た為、楓が復活するのを暫く、玄関のドアに持たれたまま、待つ事にした。どれくらい待ったであろうか、やっと楓がその顔を上げて、「ごめんなさい、さあ、行きましょう」と言って、卓也の手を引いて外に飛び出した。そのまま、どんどん駅に向かって突き進む、楓に、あっけに取られながらも、たくましさを感じて一緒に歩いていた。駅に着くと、遊園地までの切符を購入してホームへ急ぐこととなった。
楓も遊園地デートを望んでいたようで、卓也も安心して遊園地を目指す事が出来る事となった。列車の中では、無口でいる楓は、いつもの自分に戻ろうとしていたのであろうか、遠くの景色を見ながら何かつぶやいていた。横にいる卓也にさえ聞こえないつぶやきであった為に、卓也は、何を言っているのか分からないが聞こえないふりをして、手を強く握りしめていた。無言のまま駅に到着、遊園地へと繰り出した。園内では、かなりの高いテンションで楓がいた為、卓也は振り回されていた。でも、最初は無理をしてはしゃいでいる感じがしていたが、いつの間にか、それもなくなりほんとに楽しんでくれていると思えるほどはしゃいでいた。本人も、落ち込んでいた事など忘れて、童心に返って遊ぶ事が出来たので、かなり吹っ切れて、直ぐにあきらめる事などできないのは分かっているが、琴葉を応援する気持ちが強くなっている事を感じていた。卓也は、楓の気持ちに気が付いているのかは不明だが、楓には、卓也が私の気持ちに気が付いていると思われる行動をする時と、全く気が付いていない行動をする時があるので分からないでいた。それでも、楓はどちらでもよいと思えるようになってきたので、今の時間を楽しむ事に専念する事にしていた。多少のわがままは問題ないようで、本気で病気のお礼をしたいだけなのかと思う要因であった。精一杯遊んだ、楓がはしゃげば、大変目立つので、周りの男子の視線を感じながらのデートとなっていた。どこに行っても楓を見て振り向かない男はいなかった。3月のまだ肌寒い季節で、ミニスカートで薄着でもないのに、胸のボリュームがハッキリ分かる為ではあるが、美少女が目を引く服装なのだから振り向くのは当たり前なのかもしれないが、カップルの破局が心配な事であった。
遊園地の閉園時間が来た。楓は名残惜しそうに遊園地を後にした。帰宅途中の列車の中でも、楓はおしゃべりが止まらなかった。卓也はただ相槌を打つだけだった。でも、突然静かになったと思ったら、卓也の肩で眠っていた。まあ、あれだけ走り回ったら疲れるのは当たり前で、少しこのままにする事にした卓也だった。直ぐに乗降駅に到着、それでも、到着のアナウンスが入ると、ものの見事に起きて恥ずかしそうに卓也を見ていた。やはり、女の子としては寝顔を見られたのが恥ずかしかったようだ。そのまま、駅から楓の自宅まで歩く事になっていた。本日のデートは楓の自宅前までとなっていたからだ。もちろん夕食も遊園地で済ましてきた為、自宅前で、お別れとなる。駅からさほど時間はかからないので、無言のまま自宅前に到着した。駅から何故か楓は無言だった。手は繋いではいたが、何故か無言だった。そして、とうとう口を開いた。それは、卓也への最後のお願いだった。
「卓也最後に、私に、キスをして、それでお礼はこれで完遂するから」
と、言われた卓也は、そんな事出来る訳がなく、その事を伝えようとするが、言葉にできなくて「ああ、」とか「うう」しか言えない自分に卓也はなさけなくなって、自分で自分に怒っていた。それを見ていた楓は、納得した、いや、安心した顔で
「やっぱりそんな事出来る訳ないわよね、琴葉の事がほんとに好きなら出来る訳ない、普通にしてきたら、ビンタ三発は当たり前コースだったから、」
と、少しおどけて見せた楓に、卓也は背筋が凍る思いをした。
「それなら、最後のお別れに、ギュッと抱きしめて下さい。」
といって、卓也に抱き付いてきた。一瞬卓也は躊躇したが、楓の一途な思いに力強く楓を抱きしめた。楓も、精いっぱい卓也のぬくもりを感じながら力強く抱きしめ返していた。卓也は、楓の胸のふくらみを全身に感じながらも、手の力を緩める事はなかった。
さほど長くは抱きしめていなかったと思うが、二人には永遠に近い時間抱き合っていたような気がしていた。そして、「ありがとう、おやすみなさい」と、突然楓が言ったと思ったらそのまま家に飛び込んで行った。卓也は楓がどんな顔をしていたのか見えなかったので分からなかったが、玄関からは元気よく只今の挨拶をした後、お風呂について尋ねる声がして、そのままお風呂に飛び込む音がした。卓也は、お風呂から上がったらどうするのか心配にはなったが、お風呂上りどうしたかなど考えるなど失礼と思った。
楓は、みっともない顔を見られるのが恥ずかしくて、逃げる様に卓也から離れて、涙が、溢れて来る為にお風呂に飛び込んでごまかす作戦を取ったのであった。まあ、お風呂ななら少々泣いても問題ない事は織り込み済みではあったが、一息入れて落ち着いたところで、お風呂から出ようとしたとき、何も持って入らなかった事に気が付いて、愕然とする楓だったが、その後どうしたかはここでは語るのを控える事とする。
卓也はそれなりに喜んでくれた事に満足して帰宅する事となった。男として、あの楓の胸の感触を思い出した時にどうしたかは、想像に任せる事とする。
次の日、楓からメールと写真が送られてきた。送られてきた写真は、楓の笑顔の写真だった。ただ、その横に移る卓也はさえない顔で映っていた。卓也は、自分でも驚いて、心の底から楽しんでなかった事に楓に申し訳なく思ったが、今更どうしようもないので、あきらめる事にした。ただ、楓からはその事について言及はなかったので、楓の優しさだと思った。卓也は、写真の中の自分を見つめる楓の表情がとても気になったが、最高の一枚だと思えたので気にしない事にして、プリントをして写真立てに入れた。
二日後、今度は春香との約束の日である。不確かな情報だが、琴葉と楓と春香が最近会っていないようで、もちろん、楓とのデートの後は連絡さえしていないようだったが、春香に、琴葉との事を自分が告げるのを待っているのだと思っていた。
春香との、デートの当日、春香は卓也の自宅を訪ねていた。「こんにちわ、お邪魔します」と言って、玄関に立つ春香を見て卓也は腰を抜かすほど驚いていた。楓に負けないくらいのその大胆な服装に、驚きながら、楓の時は最初に見た時は反応出来なかった事を思い出して、今回は少し余裕があるようだと思っていたが、春香のミニスカート姿はあまりにも眩しすぎて、別の意味で緊張していた。玄関から、部屋に来て座っている春香に飲み物を出すときも、魅力的な素足を見ないように頑張っていた。もちろん春香はその事に気が付いている筈なのだが、全く無口で何も言わなかった。もちろん、元々春香は無口な人柄で、清楚なお嬢様なのだから、琴葉の様におしゃべりではない事は重々承知していたが、それでも、何故か異様なプレッシャーを感じる卓也だった。そこで
「私事で申し訳ないが、この度、」
と、楓と同じセリフを春香に向けてかまないように言った。すべて言った後、春香を見ると、何も言わずじっと見つめる春香の姿があった。ほとんど楓と変わらない反応をしていた。永遠とも思われる静寂の時間が流れていった。その静寂を破るように
「それじゃ出かけましょう、ショッピングモールでお買い物、今日はとことん付き合ってもらうわよ、覚悟してください、早く出かけるわよ、何ボーとしているの」
と、卓也にとっては予想外の反応に、開いた口がふさがらない状態の卓也だった。強引に卓也の手を引いて出かけようとする春香に、何も言えないまま、引っ張られていった。
ショッピングモールに着くと、いつもは琴葉と楓にくっついて、冷静に見ながら二人が暴走しないように見張っている春香が、二人以上に暴走している感じでお店を回っていた。楓の遊園地のお土産も卓也の持ち出しの約束であった為、今回も、何かお気に入りの服でもあればお礼にプレゼントする約束だったので、どれにするか探して回っていた。
春香は、琴葉との事を全く聞いてこない、それを忘れる為に、無理にはしゃいでいるようにも見えるので、卓也は複雑だったが、卓也が春香の気持ちを知る訳もなく、失恋したなんて思いもしない事だと思われた。もし失恋した事を知っていれば、今の行動を理解して疑問には思わなかったと思われたからだ。昼食も、いつもより沢山食べたし、琴葉には負けるが、ほんとに動き回ってやっとお気に入りの服を見つけて試着した時の可愛らしさは、半端な可愛らしさではなかった。
やっとの想いで服が決まって、後はアクセサリーに靴を購入するために、目星をつけていた店に飛びこんで購入、服が決まらないと駄目だからと言っていたがその通りだと卓也は思っていた。さすがに下着類は今回の購入リストには無いようで、それは卓也にとっては救いだった。購入予定の品物を全部購入した春香は、満足した顔でショッピングモールを後にした。春香の自宅へ向かう途中で夕食を頂いた時も、琴葉に今度は負けないくらい食べていたので、卓也は見ているだけでお腹が膨れる思いだった。春香との話題はやはり、卒業式の事に集中していたのは当たり前だが、琴葉の事は全くでなかった。それぞれ卒業後は別々の大学に進む事になる事がさすがに寂しいのは当たり前で、それでも皆、目標を持って大学に進むのだから、お互い会えなくなるわけではないので、これからも親友なのは間違いないと、当たり前の事を話していた。夕食も終わり、春香の自宅へと向かっていた。今回のデートも春香の家の玄関前でお別れとの約束であった為、玄関が近くなるたびに春香が無口になって行く事が卓也には気がかりだった。そして、ついに自宅の玄関前に到着、別れの時がやって来た。
「卓也、今日はほんとに楽しかった。ありがとう。明日からは、琴葉との恋を私は全力で応援するから、最後に私を強く抱きしめてほしいの、お別れの最後に」
と、ほんの赤らめた顔でのお願いごとに、さすがの卓也も素直に従って春香を抱きしめた。楓との経験が生きた感じだが、接吻をお願いされなかった事が救いだった。卓也は春香をしっかり抱きしめていた。春香には、何故か慣れている感じがしたが、やっと抱きしめてもらっている事に酔いしれて、春香の手にも力が入っていた。楓と同じように、春香の胸の膨らみを全身で感じている卓也は、長くは抱きしめていられなかったが、かなり長い時間抱きしめていたような気がした。玄関から少し外れた建物の陰ではあったが、全く周りから見えない訳では無いので、抱き合っていられる時間は限られているが、卓也からはこの抱きしめた手を緩める事などできなかった。
「ありがとう」との声に、春香が卓也を抱きしめていた手を離した。卓也もそれに気が付いて、手を離した。春香の目には一杯涙があふれていた。それを隠そうとしない春香がとても愛しく思えていたが、春香が「楓には」との問いに「話した」と、短い言葉で返答したら、何故か春香が笑顔になって「それじゃ、今日はありがとう、今度学校で」
と言って、自宅に消えていった。卓也のいる場所からは自宅の中の様子は伺えないので、そのまま、卓也も帰宅する事にした。自宅に向かいながら卓也は考えた。それは春香の行動を、何故、楓の事を聞いたのであろうかと、疑問に思いながら帰宅した。
確かに楓には写真のやり取りの中で、春香に明日告げる事は言ってあるが、一切楓から言わないようにお願いしてあるし、もちろん楓も言うつもりなどある筈もないのに、春香はなぜ楓の事が気になったのか、と思いながらお風呂に入っていた。でも、あの春香の涙をいっぱい浮かべた顔はほんとに可愛かったと思う卓也で、あの時、キスをせがまれたら断れたか自信がないと思っていた。そして、あの時の楓も、あの顔を隠す為だったのかと思って、それが本当なら見たかったと思う卓也だった。
次の日、春香と一緒に撮った写真のデータが送られてきて、そこには、幸せ一杯の笑顔の春香が卓也を見つめる写真だった。卓也は、それを写真立てに入れて飾る事にした。二つの写真には、ゲームセンターで撮ったプリクラの写真が貼られていた。
その日の夕方、琴葉が訪ねてきた。近況報告を聞く為ではあるが、この二枚の写真を見ると、すべてが理解できるようで、これで、又、三人で遊びに行ける事が嬉しいようでご機嫌に思えたが、琴葉は、卓也と二人きりの写真があまりない事に不満を覚えていた。二人で映った写真はある事はあるが、楓と春香の様に幸せいっぱいの笑顔をした写真では無い事に気が付いて、少し不機嫌であった。
明日は、最後の登校日、卒業式の練習の為の登校日である。結局、彼氏彼女らしい事は何も出来ないまま卒業式を迎えそうな事に不満を抱く琴葉だったが、告白以来卒業式の準備でそれなりに忙しくしていた卓也だったので、特に、プログラミング専攻の後輩への引継ぎに時間を取られたようで、唯一の時間を楓と春香の為に使った為、琴葉との二人だけのデートの時間が無くなった事を卓也も気にしていたが、卒業式が終われば時間はたっぷりあると言い聞かせていたので、今日少しでも会えたのでお互い嬉しかったようで、帰る時に琴葉が二人との最後にした事を私にもするようにとせがまれて、卓也は、琴葉を強く抱きしめていた。琴葉は、抱きしめられる幸せを体で感じて幸せ一杯だった。卓也が離れようとするのを嫌って「もう少し」とわがままを言っている琴葉の可愛らしさに卓也は負けていた。いつまでもこのままでいい訳がないので、さすがに離れる様に促されて琴葉も離れて、名残惜しそうに帰宅する事にした。
自宅へ向かう途中、歩きながら琴葉はほんとに抱き占めただけなのか心配にはなったが、卓也を信じる事にしたので、軽やかな足取りで帰宅した。
第三十一章 卒業
明日に卒業式を控えて本日は最後の練習である。当日の朝から、式が始まるまでの動きを確認して、昼食後に会場にての練習が始まった。昨年までは、動画での確認が主だったが、いろいろな場面で不具合が発生している事に危機感を覚えた学校側が、全体練習を復活させる提案がなされて生徒会も了承した為に、練習日が今回から設けられていた。各生徒の動きを確認、特に卒業証書は一人ひとり手渡しの為、スムーズな進行が欠かせないので、手渡しの手順については念入りに確認されていた。
練習している最中、噂が飛び交っていた。それは琴葉と卓也が何かおかしいとのうわさである。二人が一緒にいるのはいつもの事だが、手を繋いでいる姿を見たとのうわさが広まっていたのだ。もちろんクラス内だけだが、その事が楓と春香の耳に入った事で、自重するようにとの警告が二人に発せられて、事なきを得ていたのだが、二人の事は卓也からはっきりと発表する事になっているので、それまでは秘密にすることになっていた。それからは、卓也と琴葉は一緒にいる事をやめる事にしていた。練習も終わり、卓也は別で帰宅、琴葉は楓と春香と一緒に帰って行った。この三人が揃うのはあれから初めての事なので、どんな話がされたのかは不明だが、三人とも笑顔が絶えなかったので、楓も春香も吹っ切れて琴葉の恋を応援する事にしたようだった。
式当日、琴葉、楓、卓也は一緒に登校、途中で春香が合流、四人で最後の校門をくぐる事にした。すべてが最後だと思うと、寂しい気持ちがこみあげてくるが、新たな出発の時だと思って進むことにしていた。教室に着くと既に全員が集合していた。この教室で過ごす最後の日となったのであるが、皆三年間過ごした教室に思いをはせていた。すでに二年生の担当が張り付いていたが、全く気にすることなく式へ向けての準備が開始されていった。定刻、式当日の集合写真をこのクラスはこの教室で撮る事にしていた。電子黒板にはこの日の為に作ったアートが映し出されていて、それをバックに集合写真を撮る事になっていたので、素早く机といすを片付けて、なるべく黒板が映る様に考えて撮る写真と、全く無視をして写真を撮る事にしていた。あまり時間がないが、そこは、何故か卓也の号令で一つにまとまって素晴らしい写真を撮る事に成功、すぐさま、机と椅子をもとに戻して、式の会場である体育館に向けて移動を開始した。体育館横の中庭に一旦集合、式の開始を待つ事となった。二年生の担当者が、式場との連絡に忙しくしているのが印象的だった。
定刻、式の開始が宣言された。宣言と共に、卒業生の入場が開始された。一組からの入場で、生徒たちはそれなりに緊張していたようだが、五組の生徒が着席すると、卒業証書授与式の開始が宣言され卒業式が始まった。生徒一人ひとり名前が呼ばれて、校長より卒業証書が渡されていった。練習したおかげで途中転んだり、順番を間違えたり、証書を受け取るのを忘れたりする者はいなかったので、スムーズに進行していった。以前に本当にあった事なので先生たちはほんとに心配していた。すべての生徒に渡し終えると、校長からの「花むけの言葉」があり、来賓からの挨拶の後、在校生代表として生徒会長から「送辞・別れの言葉があり、それを受けて卒業生代表前生徒会長から「答辞・感謝の言葉」が返された。双方とも素晴らしい挨拶だったとの評価と共に、校歌斉唱に続いて、会場内拍手が鳴りやまない中、卒業生が思い出いっぱい詰まった学校とさよならすべく退場していった。会場内には昨年と同じく楽器の独奏によるアメイジング・グレイスが流れていた。とうとう最後まで誰の演奏か教えてもらえなかったが、音源があるので今回も生徒の希望で流す事になっていた。ここで本来なら下級生が先輩たちを外で待つ事になっていたのだが、今回は、卒業生は退場後、一旦教室に戻る事になっていて、下級生のお見送りはその後になっていた。
一旦戻った生徒たちは、三月中の注意事項の確認がされていた。卒業式が終わってから問題を起こす生徒が出た為で、この間は、まだ高校生なので、大学の進学取り消しや就職に影響する事を肝に銘じておくようにとの通達であった。もちろん、今まで使っていた生徒である証のアプリは三月三十一日をもって完全に使えなくなる事と、本日から使えなくなる機能がある事も説明された。本来なら別れを惜しむところだが、この後、夜に夕食を兼ねてお別れパーティーがあるので、今は、そこまでしんみりはしていなかった。各クラスの説明が終わった事が係から知らされると、下級性たちが所定の場所に待機しはじめて、係から待機完了の連絡が来た時点で、卒業生は教室を出て帰宅する許可が下りた為、一斉に帰宅する事となったが、後輩たちにつかまってすんなり帰る事などできる訳がなく、此の学校の伝統なのか、卒業生はなかなか帰れなかった。もちろん、お目当ての先輩と写真を撮るのがメインだが、この時ばかりと蹴りを入れて日頃の恨みを晴らす後輩もいたりした。卓也は、その人柄で後輩たちからは慕われていたようで、男子からも女子からも記念写真をせがまれていた。琴葉・楓・春香はこの時ばかりと、男子生徒からのツーショット写真要望に困った顔もせずに応じていた。ただ、時間制限がある為に、すべての要望に答えられたのかは定かではない。
卒業生の負担を考えて一時間と決められているので、時間が来るとすべて解散となり帰宅する事になっていた。あと五分のアナウンス流れ、下級生たちは先輩たちとの別れを惜しみながら校舎を後にした。卒業生たちもそれぞれ帰宅する事となったが、同じ方向の者同士が集まっての帰宅となっていた。その一つの中心には卓也がいた。一番大きなグループなので、歩みを進めていくとまた一人、また一人と別れて行くことになった。まあ、この後、会う事になっているので悲しくはないが、それなりに悲しい気持ちが湧くこともあった。春香とも別れ、楓とも別れて、琴葉の家の前まで来て、ご両親がいる事が分かったので、卒業の挨拶をすべくお邪魔する事となった。何故か久しぶりにお邪魔する気がしたが、琴美と幸樹が以前のようにはしゃいでいなかったのが印象に残っていた。ご両親は、ほんとに喜んでくれて、卓也からの卒業報告を、涙を流して喜んでくれていた。母が泣くのは理解するが、父が大泣きするのは理解できない、何故なら、私の時は、涙など見せなかったから、少し琴葉は不満を抱いていた。帰宅した時、最初に琴葉が卒業の報告をして、両親が在宅である事を確認してから、外で待っていた卓也が報告の為に北島家を訪ねていた。卓也は、琴葉の報告の様子はしらないのである。その為、琴葉の不満は理解できなかったのであるが、不満に思っている事にも気が付いていなかった。それほど、父が号泣していたからだ。母は、号泣する姿を優しい目で見ていたので、理解していたのだと思い、琴葉は父の姿に納得は出来なかったが理解はしていた。
やっと父が落ち着いたので、卓也は、次の行動に移る事を決断した。父本人は、自分がこんなに号泣するとは思はなかったので、少し恥ずかしさが残っていた。そして、卓也の改まった表情に気が付いて、並々ならぬ決意を感じて、卓也の言葉を待った。
「もう一つご報告があります。この度、正式に琴葉さんとお付き合いさせていただく事になりました。将来は、琴葉さんを妻に迎えたいと思っています。ただ今は、そのための準備をする時で、自分なりに準備が出来たと思った時に、改めて申し込むつもりです。その事をふまえてご了解頂ければ幸いです」
と、琴葉には相談もなく報告したのである。この言葉を聴きながら琴葉は、嬉しくてただ涙が出るだけで、父と母を見ると同じように涙を流しながら聞いていた。三人とも同じ反応をしていたので、それがおかしくなって、泣きながら笑っていた。父は頷くだけで、母は、しっかりと自分の事を言った卓也を抱きしめていた。抱き付くタイミングを逸した琴葉は、先に抱き着いた母に嫉妬していた。「なぜお母さんが抱き付くの?それは私の役目でしょう、さっさと離れなさい」
と、かなりご立腹であった。母は、膨れっ面の娘を差し置いて、なかなか離れようとしなかった。それを感じた琴葉は、「離れなさい」と強引に離そうとしていた。母は、
「何よ、いいじゃないの、大好きな男の子に抱きついても、嬉しかったのだから、そんなに怒る事でもないでしょ、将来の息子なのだから」
「かあさん、大好きな男の子ってどう言う事」
「あらお父さん、妬いているの?言葉通りの意味よ、私、卓也君の事が大好きだから」
「おかあさん、いい歳をして、何言っているの、さっさと離れなさい」
と、何故か修羅場みたいになっていたが、当の卓也は何が起こったのか理解できず、ただ立っているだけだった。琴葉が、卓也の手を取ってさらに腕を組んで宣言した。
「お父さん、お母さん、いいでしょう、二人が反対しても私は卓也の彼女をやめるつもりはありませんから、今ほんとに幸せです」
と胸を張る琴葉だった。その言葉でやっと状況を呑み込めた卓也は、
「これから、よろしくお願いします」
との言葉に、母が又、抱きつこうとするのを、琴葉が必死で止めていた。母と娘の男の取り合いが始まった予感はしたが、ほんとに大好きな男の子が大切な娘の彼氏になった事が嬉しいだけの親ばかに過ぎなかったが、娘の琴葉にはそんな親の気持ちが分かる筈もなく、必至で母を離そうと努力していた。父は、嬉しくて、ただ立っているだけだったが、琴美と幸樹は何が起こったのか分かる筈もなく、今この時一番まともそうな卓也の所に行って「おにいちゃん」と言葉を発した幸樹に皆が驚いて、今回の件は幸樹によって終止符が打たれる事となった。この幸樹の言葉は、幼い子供をほったらかしている事に気づく事となったので、大人たちは、二人を一生懸命抱きしめていた。本来なら、これから食事とか何かイベントをする事になるが、卒業記念パーティーがあるので、後日行う事となって、準備の為に解散となった。ご両親に挨拶をして北島家を後にする卓也に、琴葉は玄関先まで出て来て、幸せ一杯の笑顔で、
「何も聞かされていなかったから、ほんとに驚いたけど、嬉しかった。これから、よろしくお願いします。それじゃこの後会場まで一緒に、お迎え待っています」
と言って別れる事になった。卓也は、「はい」としか返事は出来なかったが、琴葉の手を振る姿が愛おしく思えていつまでも見ていたい衝動を押し殺して自宅へと急いだ。
第三十二章 卒業記念パーティー
北島家を後にした卓也は、自宅へと戻ってきた。ここでお風呂に入って身支度を整える事となる。パーティーは制服が一番無難な服装で、ドレスなどにすると問題が起こるので、制服での参加になった。これで制服を着る事は無くなるので、クリーニングタグが付いた制服を下ろして、琴葉を迎えに行く事となった。北島家で琴葉と合流、もう見られない琴葉の制服姿を見ながら、最初に見た時の衝撃を思い出していた。ご両親に挨拶をして、会場に向かう事となったが、楓がまだだったので少し待っていると楓が到着、三人で会場へと向かった。琴葉と楓は卓也の事は無視をしてずっとしゃべっていたようだが、時より聞こえる驚きの声から察するに、両親へのお付き合い宣言を報告していたようで、すべて聞いた楓が、「このパーティーで皆に報告するように」と言ってきたので、卓也は「そのつもり」との返答をしていた。琴葉は驚いていた。当初はクラス単位でのパーティーだったが、会場の問題で、卒業生すべて一緒にする事となっていたからだ。一組以外会場が見つけられず、一組がお願いしていたホテルなら全員受け入れられるとの事で、卒業記念パーティーが合同で行われる事となっていたからだ。もちろん、ホテルの大広間での立式形式でのパーティーで、これ又、全生徒会が進行をする事となっている事も付け加えておこう。三人は、駅前で春香と合流、ここでも楓から北島家での出来事を聞かされていた。駅の反対側にあるホテルへ急ぐ四人に、途中クラスメイトたちが合流して、ホテルに着く頃には、全員揃っていた。
ホテルに着くと、係の方の案内で会場まで進むと入り口で受付をして、と言っても、スマホをかざすだけだが、受け付けをしないと会場のセキュリティーに引っかかるとの事、受付をしたスマホを持っていないと会場の出入りが出来ないようになっているとの説明がスマホに送られてきていた。もちろん、関係者以外の出入りを規制するために、進行役とホテル側から要望を受けて、卓也たちが作ったシステムであることは間違いなかった。
会場には大きめのモニターが設置されて、これからの事や、会場のセキュリティーやお料理と言った事の説明が流されていた。もちろん、スマホでも確認できるようにはなっていた。これもホテル側にお願いして用意して頂いたものだが、ホテル側も出来る限りの協力は惜しまなかった。この事は、大きな宣伝になるとは思わなかった卓也だったが、卓也達にとっては、基本部分があったので時間の要する事ではなかったので、感心されるほどの事ではなかった。
会場は既に卒業記念パーティーの開催を待つばかりの状態で、琴葉・楓・春香が入場した事が開始の合図となっていた。それぞれの思いを胸に、ジュース片手に三年間一緒に学んだ級友たちとの懇談が始まった。もちろん、クラスの壁を越えての交流が多くあったので、あちらこちらで懇談する姿があった。もちろんここで、カップルの二人は離れる事がないので、直ぐに関係が分かるのだが、彼氏彼女の関係の二人は既に周りが認識するカップルなので、二人でいても凝視されることはなかった。ただ、卓也と琴葉が一緒にいる姿は確認できなかったが、何やら楓と春香が作戦を練っているような行動をしていた。琴葉・楓・春香が囲まれるのは理解できるが、卓也が、男女を問わずに囲まれていて、琴葉に近づけないでいた。そして、進行が口を開いた。
「それでは、皆さんご歓談の所申し訳ありません。ここで少し余興をしたいと思います。これは堀内前生徒会長からの提案で、告白タイムを設けたいと思います。男女は問いません。この三年間の思いをこの場で捨てるつもりで告白しましょう。駄目ならあきらめられるし、次の恋を探せます。この場でけじめをつけて帰りたい者は舞台まで」
と、とんでもない提案がなされた。誰も反応しないかと思ったが、その提案を聴きながらざわめく聴衆がいたのは事実だが、この思いを打ち明けるチャンスと思った生徒達がかなりいたようだった。一人が舞台へ向かう姿が確認されると、それを追うように舞台に向かう生徒が現れた。告白を希望する生徒がこんなにいるとは想像していなかったので、慌てる場面があったが、最初に行動を起こした生徒で抽選をして順番を決める事になった。決めている間に、司会をする西村前副会長が
「恐縮ですが、私が先陣を切らせて頂きます。但し、告白相手はその場で白黒をはっきりしてください、告白者はいかなる答えでも、おごることなく冷静に行動してください。断られて音に持つなど持っての他です。ルールは厳守願います。それでは、横田さん貴方を初めて見た時から好きでした。生徒会でご一緒出来るとは思わなくて、いつかこの気持ちを打ち明けたいと思いながら三年が過ぎて、打ち明けられないまま卒業式を終えてしまいました。これは会長がくれた最後のチャンスです。横田さんあなたの事が好きで、好きで、この思いは決して消える事はないでしょう。今の私の気持ちです」
と、生徒会前会計の横田さんに三年間の思いをやっと告げたのである。それに対しての横田さんの答えは、もちろん、泣きながら「はい、よろこんで」と答えた。そもそも、この二人は相思相愛なのだが、お互い奥手だったので言い出せずに卒業する事になって、それを見かねた堀内が、この企画を考えた経緯があった。
生徒会室で、二人の言動は、周りから見ていると、好きですと言っているのが、ばれていて、気が付いていないのは本人達だけで、いつか気が付いて告白するだろうと思っていたのが間違いで、卒業式が終わってしまって、さすがに周りは焦って苦肉の策として、今回の企画を考えたのであったが、これほどの希望者が出るとは想像していなかった。
横田さんは舞台の袖で、大泣きしていて、島田・中本が一生懸命慰めていたのだが、別に失恋した訳でもないので、慰める必要はないのだが、それほど横田さんは嬉しかったようだった。緊張のあまり、その場に立ち尽くしていた西村は、堀内にマイクを取られて、彼女の元へ行くように促されてやっと彼女の元に足を運んでいた。横田さんは西村の顔を見るなり「もう、遅い、此のへたれが」と、言いながら彼の胸をたたいていた。この光景は、告白をためらっていた者達の後押しになったかもしれないが、壇上にいる者にとっては勇気をもらっていた。ただ、現実は厳しいものがある。告白の成功率は三割だったからだ。バッターなら上出来ではあるが、最初の盛り上がりを考えると、少し間が抜けて盛り下がった気がして、司会の堀内も困っていた。そこに、前島健太が壇上に乱入してきて、司会者にお詫びをしながらマイクを奪って高らかに宣言した。
「これで終わる訳にはいきません。なぜなら、ここで告白しなければならない輩がもう一人いるからです。それではお願いします。」
と言うと、卓也のクラスメイト達男子が、卓也を強引に引っ張って舞台の上に連れて行った。卓也は何が起こったのか理解できず、あたふたしているだけで、何せ、健太の言葉を聞いていなかったからだ。うろたえる卓也を前に、健太は
「はい、皆さんご存じの古城卓也君です。彼には告白すべき相手がいます。ここにいるすべての人はもう理解していると思いますので、あえて名前は言いませんが、腹をくくって告白してください。男を見せろ、卓也」
と、豪語した。やっと状況を理解した卓也は、みんなにこんなに心配して頂いていた事を痛感した。琴葉は、偶然一緒にいた楓と春香にかくまわれていた為、一旦姿を消していた。もちろん舞台に向かう為ではあるが、会場から一旦外に出て舞台に向かっていた。その頃、卓也は考えていた、この場をどうするか考えていた。
「俺が?」
と、本人は状況を把握したつもりだったが、根本的な事は理解していなかった。その為に、行動を起こそうとしない卓也に、いらだちを覚える周りの人達に、さらに
「誰に、告白するのですか?おれが」
と、とどめの一言が発せられた。これにはがっくりしながらも、健太は腹をくくって
「それはきまっているだろう、あそこにいる」
と、琴葉を示そうと思って琴葉を探す健太だったが、琴葉を確認できなくて、焦っていた。その頃琴葉は、舞台に一番近い外に出るドアの前まで来ていた。そして
「俺、彼女いますから、彼女を差し置いて告白する人なんていませんよ」
と、何の前触れもなく発した言葉に一同、「えええええ」と、びっくり仰天、会場内のざわつきは収まる気配がなかった。琴葉は、静かに舞台の袖に姿を現した。それに気が付いた者はあまりいなかったが、健太と堀内が琴葉に気が付いて、何か言いたくて、口をパクパクするだけで、言葉にならなかった。ただもう一人卓也が琴葉の存在を認識して、最後の一言を、いや、とどめの一言を
「俺、琴葉さんと付き合っていますけど、彼氏彼女ですよ、北島琴葉さんと」
と、卓也にしてははっきりと、しかも堂々と言ったのであった。入学当初からは考えられない卓也の態度に皆びっくりするばかりで、この場でこんなに堂々と宣言出来る人物では無かったはずなのに、今は堂々と琴葉と手を繋いでしっかり前を見ているのであった。
想像もしなかった事に、この計画を裏で進めていた健太は、ほとんど腰を抜かした状態で舞台の上で倒れ込んでいた。それを見ていた堀内がすかさずマイクを持ち
「改めて確認です。琴葉さん、間違いありませんか?」
「はい、間違いありません、今は本当に幸せな時間を過ごしています。」
との返答に、場内には拍手が沸き起こった。もちろんこの場で宣言をした卓也に、ほんとに幸せな顔で交際を認めた琴葉に対して心からの喝采であるのは間違いないが、ここで、フリーになった楓と春香をめぐる争いが密かに勃発する事になる。この日を信じて同じ大学を選んだ男子に大きなチャンスが巡って来たのであった。卓也に思いを寄せていた女子は、一様失恋したのだが、卓也を好きになった時からこの日は覚悟していたので、大丈夫の筈だったが、やはり失恋はつらい物であった。琴葉を好きな男子も失恋した事になるのだが、本来の恋模様に戻ったようで、それでもこの学年のカップル率が高いので、この後、誰と誰がカップルになるかは定かではないので、彼氏彼女のいない者は、スタートラインに立つ気分でこの後のパーティーを楽しむ事となった。
皆に宣言してからは、卓也と琴葉は、いつも手を繋いでパーティーを楽しんでいる光景が当たり前で、出席者は心から喜んでいた。もちろん、楓と春香も同じである。
第三十三章 二人だけのデート
卒業式から数日が経った。本日は、二人だけのデートの日である。考えてみれば、ほんとに二人だけで、出かけた事がない気がして改めて二人だけを強調してのデートとなった。卒業式後はお互い、お世話になった人、特に琴葉は祖父母だが、直接報告に行っていたので少し時間が空いたが、やっと時間が出来たので出かける事になった。卓也は、デートをどうするか、二人だけで出かけた記憶がないのでどうすればいいか分からないので友人達に助けを求めていた。助けを求められた友人たちは、好きな事を言ってほんとに心配しているのか怪しくなる程で、卓也は頼る相手を間違えたと後悔していた。やはりここは、楓と春香に頼るしかないと思って連絡をしてアドバイスをもらっていた。
やはりここは定番のテーマパークへお出かけが無難とのアドバイスであった為、琴葉に確認すると了解を得られたので、テーマパークでのデートとなった。琴葉のはしゃぎ方は半端じゃなかったが、ほんとに嬉しそうに遊ぶ琴葉の姿は見ていて気持ちよかったので、自然と卓也もテンションが上がっていった。それでも、琴葉のテンションについていける訳がなく、振り回される卓也だった。昼食を戴くのも、どのお店もいっぱいで、やっと見つけた席で二人肩を寄せ合って食べていたが、それはそれで琴葉は嬉しそうに食べていた。卓也は、周りが気になって食べた気がしなかったが、そんな状態でも琴葉の食欲は変わらず、待っている人がいるので早く席を立った為、食べ損ねたようで、少しの間機嫌が悪かったが、それでも、手を繋いで歩くだけで機嫌は直るので、琴葉がこんなに甘えん坊だとは思わなかった卓也だった。昼食後も精力的にアトラクションを網羅する琴葉に、相変わらず振り回される卓也の構図は変わる事はなく。琴葉の元気は底なしだった。さすがの卓也も限界に来たので、休むことを提案すると素直に従ってくれたので驚いている卓也に、ベンチに座りながら、この後に行われる夜のパレードまでアトラクションもないので、ここでゆっくりする事を提案して来た。卓也はやっと休める事が嬉しくてベンチに座ってぐったりしていると、横に座った琴葉が強引に自分の膝に卓也の頭を乗せたのである。俗に言う、膝枕である。琴葉が是非したかったことの一つであることは卓也が知る余地もない事だが、人目も気にせずこんな公の場所でするとは、卓也は、顔から火が出そうな気がして、起き上がろうとするが、頭を抑えられて全く起き上がれなかった。それどころか、琴葉に怒られる始末で、卓也は諦めるしかなく、いつもと違う視点から観る琴葉の姿に顔を赤くする卓也だった。
どれくらい膝枕をして頂いていたのだろうか?少し眠った気もする卓也だったが、琴葉の「お腹すいたなあ」の言葉に一気に飛び起きる事が出来て、琴葉も油断していたのであろう、食事に行こうとの言葉に目を輝かせていた。営業を終えているお店もあったが、夜の為開いているお店が結構あって、お昼よりかは余裕があったので、ゆっくりと夕食を撮る事が出来た。と言うか、展望フロアーのレストランを予約してあったのだが、これは、楓と春香が絶対外す事の出来ないコースだと言い張っていた為に、その場で予約させられていた。ひと時の、リッチな気分に浸りながらおいしい食事を頂く琴葉の笑顔は満面の笑みを浮かべて戴いていた。確かにほんとうにおいしい事は疑いのない事だが、さすが楓と春香だ、琴葉の事を熟知していると感心するばかりだった。食事を終えた 二人は、パレードが始まるまでロビーで待つ事にして、二人仲良くソファーに座っていた。 ここでの膝枕はさすがに恥ずかしいと思っていた卓也は、警戒を怠らなかったが、何故か琴葉が卓也の肩を借りて眠りだしていた。ほんとに可愛い寝顔を見ながら、琴葉を彼女に出来た幸せをかみしめていた。やはり卓也も先ほど眠っていたのであろう、琴葉の寝顔をゆっくり観察できていたからだ。この光景を、先ほどは琴葉が体験していたのだと思うと、恥ずかしさがこみあげて来て、琴葉の寝顔をあまり凝視しないように心がけていた。とはいっても、ほんとに可愛い寝顔である。見ない訳にはいかないのが男の愚かな所で、ついつい見てしまう卓也だった。
どれほど琴葉は眠っていたのであろうか、突然、体に電気が走った様に飛び起きて、パレードの時間を気にして、まだ時間があると聞かされて安心していた。その後に眠ってしまった事に気が付き、無防備な寝顔を見られた事に気が付いて顔を赤くしていた。でも、先ほど卓也の寝顔を見ていたので問題ないと自分で納得していた。時間が迫って来たので最後のお楽しみのパレードの見学にコース脇へと移動、華やかなパレードを満喫する事となった。華やかなパレードを見る琴葉の目は輝いていた。子供みたいに手を振る琴葉に感心しながら、卓也は、琴葉が手を振りながらでも、卓也と繋いだ手を放そうとしないのはなぜなのか、時より腕を組むこともあるこの情景に少し戸惑っている卓也だったが、ほんとに自分といる事が幸せなのだと思える光景に出会えて、卓也は嬉しく心の底から、いや、体の奥深くから「この人を泣かせる事は絶対にしない。そして、自分のすべてをかけて幸せにする」と誓うのであった。そして、卓也は別の事を決心するのであった。それは、今までずっと心に思っていたのに実行できなかった、彼氏彼女しか許されない事の実行であった。
パレードも無事終わり、帰宅する事となったが、まずは自宅にこれから帰る事を連絡して帰宅する事にした。
連絡は簡単で、二人のデートが遅くなる事は事前に分かっている事なので、それほど心配する様子もなく、「気を付けて帰ってきなさい」とだけの返事が返って来ていた。
二人のデートはクライマックスを迎えようとしていた。時々卓也が怪しい動きをしている事に琴葉は気が付いてはいたが、全く何をしたいのか分からないでいた。パークを後にする時も、駅の中でも、さすがに車内ではなかったが、最寄りの駅に降り立ってから、北島家に向かう道中、琴葉と腕を組んで歩いているのだが、琴葉は何故か分からないが、卓也の動きがおかしい事に違和感を覚えていたが、いつもとたいして変わらない気もしたので気にはしていなかった。卓也は、心に決めた事を実行する事を目的に動いていたのだが、タイミングを見計らっていた為、それが滑稽な行動になっていた事に本人は気が付いていなかった。そしてとうとう自宅前に到着してしまったのであった。いろいろ画策していたが、全く実らない事を自覚した卓也は、開き直って「琴葉さん」と言って、琴葉と真正面から向き合う形を取った。突然の事に驚く琴葉だったが、卓也のまっすぐな瞳に、何か感じる事があり「はい」とだけ答えて、卓也を見つめ返していた。
「琴葉さん、今日は本当に楽しかった。嬉しすぎて眠る事が出来るか心配です。それほど嬉しくてこの場で俺は琴葉さんの事が大好きですと叫びたい程です。だから、又、デートしてください。それで、今日の記念にキスしてもいいですか?」
と、ストレートに琴葉に懇願した。琴葉は、頷くだけだったが、初めてのキス、自宅前の少し人目から隠れた場所で、ファーストキス であった。二人とも緊張の度合いはマックスだったので、実際の所よく覚えていないのが現実なのだが、二人には永遠に近いくらい長い事キスをしていたような感覚であった。キスをした後、二人で見つめ合っていたのだが、間の悪い事に、人影に慌てて解散となって、琴葉は急いで自宅に駆け込んでいた。琴葉は挨拶も程ほどに済ませて自室へ飛び込んで、嬉しいやら、恥ずかしいやら、複雑な思いに襲われて、服も着替えないままベッドで布団を頭からかぶって中で何か叫ぶように、繰り返し、繰り返し自問自答していた。
卓也は、決心した事をやり遂げた高揚感でいっぱいだったが、あまりにも緊張していた為に、ほとんど覚えていないのが現実で、覚えていない事がばれると琴葉が怒るのは明白で、キスをした事だけしか覚えていない事を隠して話を合わせるしかないと思う卓也だった。ただ、次に会った時もその次も、ファーストキスの事は、話題に出なかったので、心配していた事は起こらなかった。
「やったぞう、琴葉さんとキスをしたぞう」
これは卓也の本心である。それほど嬉しかったのである。暫くの間は浮かれ気分だったが、会うたびにキスを求めては、嫌われると思い自重していたが、琴葉から求められて、びっくりするは、嬉しくて踊りだしたい気持ちを抑えて、「仕方がないな」と言う雰囲気をだしてクールに、にやけながら求めに応じていた。もちろんキスの先を考えない日は無かったが、焦らなくてもいいと自分に言い聞かせていたようだ。
琴葉は、キスの後、自分でも信じられないくらい幸せ感でいっぱいで、会うたびにキスを求める自分にびっくりしていた。卓也に抱きしめられて唇を重ねるだけなのに、ほんとに幸せを感じる時で、このまま離れたくない気持ちでいっぱいになっていた。それが会うたびに求める事となっていたが、それは自分でもどうしようもない感情だった。
大学入学までは、デートで予定が詰まっているので、何処へ行くか卓也は考えるだけでパニックに陥りそうであったが、琴葉は、卓也と何処かへ行きたいかではなく、ただ、一緒に、公園のベンチで座っているだけで構わない事に卓也は早く気付くべきであった。
学生になればそれなりに忙しく会えない事もあるから、いくら、家から通える大学だと言っても、会えない事を考えると今は、少しでも卓也の傍にいる事が幸せの条件になっていた。まあ、琴葉は意外と嫉妬深い所があって、卓也がほかの女性に見とれていると、明らかに嫉妬して、睨んでいる姿が、又、可愛いのであるが、琴葉自身も自分が嫉妬深いとは思っていなかったので、戸惑っている自分がいた。
お互い、大変な思いをして結ばれた二人だから、二人の絆が崩壊する事は無いと断言できるほど二人の恋の物語は、凝縮された物語だった。
二人の未来が幸あらん事を願う お幸せに