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三年生前編

第十八章 進級


 四月になった。四月になれば三年生は最上級生になる。それは、この学校では大変な事である。生徒中心の政策をしている学校である為、卓也が専攻するプログラミングは、学校の先生・生徒・関係者が使用するアプリの製作・管理を任されているからだ。        四月になれば、まず、すべてのアプリの更新をする必要がある。更新をする事により、今まで使われていたアプリを使えなくする為で、四月二日から午前中だけ卓也達プログラミングを専攻している生徒と、パソコン関連を専攻している一部の生徒は登校してプログラミングの更新作業を始業式が始まるまでにしなければならない。但し、午前中だけの登校で、出来る範囲での更新をすればいいのである。なにせ、アプリは、学校内でしか使えないようになっていて、学校が管理するWi-Fiが届く範囲でだけ使用できるアプリなので、更新は簡単でも構わなく、前年度まで使用出来た人々が使用できなくする為の更新であるからだ。それ故に、二日から卓也は登校する事になる。

 二日には、生徒会のメンバーも登校していた。もちろん新入生を迎える準備の為である。入学式も新三年生全員で準備をして迎える事になっている。事前準備の為の登校で、二・三年生の各クラスの代表を交えた準備委員会の準備の為に生徒会メンバーと次期生徒会メンバー候補の二年五組の生徒が登校、準備会議の資料作りをしていた。1組からは、昨年代表を務めていた琴葉がそのまま代表に移行していて、各クラスも同じで、新二年生は、代表を三学期になった時点で、各クラス独自のルールで卒業式と入学式の代表を決めていた。準備会議と言っても、通例の確認で、かなり洗練されていた為に、クラスの担当の確認と、その担当の詳細な準備事項の確認が主になる為、さほど時間が掛かる事はなかった。会議の中で、卒業式の演出についての確認があったが、生徒会側は、誰が何を演奏していたのか、本人の希望で明かせない事である為、これ以上の追及はしないようにとの事で決着がついた。本人の希望だったら仕方がないとあきらめるしかなく、此の問題はこれで終了となった。

 始業式の日がやって来た。これで晴れて進級して、三年生、最上級生になったのである。さっそく入学式の準備が開始され、クラスの担当は卒業式とほぼ同じで、一組は写真で記録を残すのが担当になっていた。本格的な授業は入学式が終わらないと始まらないが、入学式当日までは、午前中は授業、午後は準備と決まっていて、手があいている生徒は、体育館の準備をする事となっている。卓也達はアプリの更新と新入生がアプリを登録できるようにデータの登録と、使用マニュアルの制作と、使用説明の原稿とやる事はいっぱいあった。アプリの使い方を最初にじきじきに説明するのが卓也たちの役目であった。一様の更新は出来ていて、在校生の更新手続きは問題なく終了していたので、使用変更を伴う更新は後日にする事にして、新入生の受け入れに全精力を傾けていた。卒業式の後なので、準備についてはさほど難しくはなかったので、問題なく進んで入学式当日を迎える事となる。入学式当日は、三年生は全員出席、二年生は代表者のみ出席が決まりだった。

 入学式当日がやって来た。集合はやはり八時である為、いつもより早く家を出た卓也と琴葉が久しぶりに一緒に登校する事となった。なぜなら、水族館依頼二人はまともに話していないからだ。四月以降も登校時間は違うし、学校での役目も違う、始業式依頼、卓也は、アプリ更新の為授業を免除されていた為、ほとんど顔を見ていないのであった。学校の決まりで、夜遅くまでの作業は禁止されて、午後六時には帰宅する事となっていた為、新入生の登録業務が間に合わない為授業が免除されていた。授業を免除してまでも帰宅時間を守らせる事を優先させていたである。それ故に、久しぶりに顔を見た二人は何故か、挨拶を交わした後は無言のまま学校に到着、そのまま教室へと向かった二人は、別々に時間をずらして教室に入っていた。全員が揃った所で最終準備が開始された。会場の最終準備に、案内の確認、機材の確認、しなければならない事が多くて、どれも問題があれば入学式に大きな影響がある事ばかりの為、念入りに確認作業がされていた。まあ、卒業式後の為それほど問題にはならなかったが、手際よく準備が進められて、準備終了時には、来賓や新入生の受付が始まっていた。卓也は、生徒会からの連絡の中で、アプリについて説明をする役目を仰せつかっていた為に、準備は免除されていた。卓也は生徒会会議室で緊張しながら、説明の最終確認をしていた。琴葉は、又、来賓の案内を任されて、楓と春香と一緒に来賓の接待をしていた。生徒会も琴葉達に甘えすぎだとの批判もあったが、接待を無難にする事を求められる為、元々がお嬢様気質の三人の代わりがいなかったのであった。

続々と新入生が保護者と受付を済ませて、親は、体育館の指定の席へ案内されて、新入生は、三年間学ぶ事となる教室へ案内されて待機となった。ここで、担任より本日の注意事項の説明がなされて、廊下に整列、体育館への出発の時を待った。注意事項の中に、逆にスマホを持参してくださいとあり、マナーモードにすることを忘れないようにとの注意事項があった。これには新入生は驚きの顔をしていた。

 定刻、入学式の口上が体育館内に響き渡った。開始の合図に、新入生の入場が案内担当の生徒の先導で開始された。生徒会副会長二人による司会進行で、式の進行が図られ、まず、担任による新入生の氏名が呼ばれると、それぞれの返事が返ってきた。起立はしなくてよい事が説明されていた為、返事のみになっていた。その返事の傍らシステム担当者が、システムに登録をするための確認作業をしていた。返事と共にシステムに一人ずつ登録していったのである。それが終わると校長から、入学の許可が正式に発せられ、晴れて生徒となったことが告げられた。その後、校長からの祝辞、来賓からの祝辞とあり、新入生の誓いの言葉、在校生代表の生徒会長の歓迎の言葉が終わり、校歌が斉唱され、式の終了が宣言され、入学式が無事終了した。終了を受けて、来賓や先生が退場して、生徒会から連絡事項が開始され、学校生活におけるルールの説明が主にされて、最後に卓也が登場する事となった。

「これで最後になります。学校専用のアプリとシステムについて、システム管理者生徒代表の三年一組古城卓也君より説明があります。どうぞよろしくお願いいたします。」

と、卓也が紹介され、卓也は非常に緊張した面持ちで壇上へと足を進めた。もともと卓也が、一番苦手な事ではあったが、昔ならこんな所に立つこともできなかったと思われるが、今は、緊張しているが、壇上の前に立ったのである。

「それでは、学校のシステムについて説明します。まずは係りの方、資料の配布をお願いします。それぞれ、横に回してください。それから、ここにおられる保護者の方もお願いします。まずは、スマホの設定画面からWi-Fiの設定画面に移行してください。その中に学校の名前・・・・・・・・・があると思います。それをクリックするとパスワード入力画面が出ると思います。パスワードに学校名・・・・・・・・の後に数字の……を入力するか、先程お配りした資料にQRコードがありますのでそれで接続してください。落ち着いてお願いします。保護者の方も新任の先生もお願いします。」

との号令で一斉に接続が始まった。この日の為に日頃の接続環境では無理なので、強化して体制を整えてあった。会場の警備担当の生徒はスマホを忘れている生徒がいないかチェックして回っていた。入学案内には入学式にはスマホを持参する事が明記されていたので、今年は忘れてきた生徒はいなかったようだ。

「それでは接続できたと思いますが、まずは、生徒の皆さんそれぞれのアプリストアーを開いて学校名を入力して検索をかけてください。検索結果の中から、【生徒手帳】と言うアプリをダウンロードしてください。お願いします。」

「保護者の方はしばらくお待ちください。」

「新任の先生方は、同じ方法で【学校職員】と言うアプリをダウンロードして下さい。」

との号令で一斉にダウンロードが始まった。この時、一番システム管理者が緊張する時で、これだけの人数が一斉にダウンロードするのだから、不具合が起こってもおかしくないからだ。万全の体制をとって望んではいたが、心配は尽きなかった。

「何か問題が起こった生徒は申し出てください。直ぐに対処しますので」

との呼びかけに、誰も反応しなかったので、胸をなでおろして

「それでは、ダウンロードが終了した生徒からアプリを開いてください。アプリを開くと入力画面が出ると思います。それは初期設定時の入力画面ですので、後でIDとパスワードを変更して頂きますので、そのままの画面に従って入力して、IDはクラスの数字・西暦の生年月日の八桁・続いてクラスの出席番号を入力してください。IDは十一桁になります。続いてパスワードは、それぞれのイニシャルに誕生日の四桁の数字を入力してください。四月八日の方は、〇四〇八になります。入力が終わるとそのまま画面に従って進んでください、基本的にすべて【同意】にチェックを入れて次に進んでください。パスワードの設定を選択、そのまま進むと最終確認画面が出ますので、入力内容に間違いがなければ、設定をクリックして暫くお待ちください」」

と説明がされて、しばらく静寂の時間が過ぎた。頃合いを見て、卓也が最終確認画面の説明に取り掛かった。

「最終的に、生徒の皆さんの生徒手帳の代わりとなる画面です。皆さんの個人情報が間違っていないか、その写真は受験時の登録写真ですので、後日撮りなおします。学生証、生徒会規約、校則などが見られるか確認してください。不具合は直ぐに報告してください。」

「次に保護者の方々も同じようにして頂いて、アプリのダウンロードは生徒さんと同じ場所にあると思いますが【学校連絡】のアプリをダウンロードしてください。」

「ダウンロードが終わるとアプリを開いてください。開くと生徒の情報入力画面が出ると思いますので、生徒情報を画面に従って入力してください。先生方は既にロングインでいると思いますので、ロングイン画面でロングインしてください。ロングインが終了すると、自動的に連絡用アプリが起動できる状態になります。学校内用と、学校外用の二つのアプリがありますが、外用は、これは何処でも使用できますので、学校内と言う縛りはありません、学校内用は学校でしか発信も受信も先生側が出来ない使用になっていますので、あくまで学校側特に担任の先生との連絡用です。外用の使用時は十分気をつけて使用して頂けるようにお願いします。最後に、これは重要な事項です、生徒が持つアプリの中には、決済アプリがあります、校内でしか使用できないアプリですが、校内の自販機・購買・食堂で使うことができます。使用は保護者の方よく相談して、使用できる様に設定してください。もちろん月に一度使用履歴と一緒に請求書が保護者に連絡が行く事になっていて、使用するたびに連絡が来る設定にもできますので、よく相談の上使用して頂きます様にお願いします。これで、私からの説明は終了させて頂きます。ありがとうございました。」

と卓也の大仕事が予定通り無事に終了した。続いて、生徒会長が壇上に進んで

「みんな、もう少し我慢してくれ、今、説明あった事で分からない事は、遠慮せずに聴きに生徒会までか、生徒会に来づらい生徒はとりあえず先輩に聞いてくれ、その先輩が分からなければ、分かる輩を探してくれるから、それと、アプリの中に、問い合わせアプリがあるが、これは、学校生活の悩みや、質問、アプリの改善点など、何でもいいから、提案・質問・相談で使用してくれ、匿名でも投稿できる仕様になっているから、どしどしお願いします。

「それでは、これで生徒会からの連絡事項は終了させていただく。長い間ありがとう、この後教室に移動になるが、教室に入ったら、アプリが使用できるか確認だけはしておいてくれ、それでは、司会にマイクを渡します。」

「生徒会長ありがとうございました。これで終了ですので保護者の方々は順次退場をお願いします。新入生は、この後、会長からもありましたが教室に移動してのホームルームがありますので、係の者が案内しますので、そのままお待ちください。ありがとうございました。」

と、締め括られた。その後、保護者が続々と帰宅するために体育館を後にした。保護者の退場が完了すると、一組から教室への移動が三年生の先導で始まった。少し疲れたのか、それとも長い間無口だったせいか、歩きながらおしゃべりが止まらない生徒や、黙々と歩く生徒など、これを十人十色と言うのであろう。教室ではホームルームがあり、明日からの予定が話されていた。それによると、明日からは、校内の案内・写真撮影・身体測定・校舎内の案内・システムの使い方の説明があるみたいだった。

 その頃、大役を終えた卓也は、袖で会長からねぎらいの言葉を受けて、会長が話始めたころ、その場に崩れ落ちたのである。周りに人がいた為に倒れる事は無かったが、必至に「大丈夫です」を繰り返していたようだが、かなりの緊張の中での説明だったのであろう、一瞬にしてその緊張から解き放たれたので、気がぬけて立っていられなくなったようで、みんなで抱えて椅子に座らせて事なきを得ていた。会長の話が終わる頃にはもとに戻っていて、最後の片付けの準備をしていた。生徒たちがいなくなった体育館の、後片付けが始まった。途中からは琴葉や楓と春香の接待班も合流して、大急ぎで片付けを済ませた。明日からは、部活で使用するからだ。ここでも、卓也と琴葉はすれ違いを繰り返して言葉を交わす事無く、帰宅していた。

 次の日、卓也は準備の為早朝に登校していた。本日のシステムの使い方講座の準備の為で、順番にクラスごとに講義を行う事になっているが講師は卓也以外のプログラミング専攻の残りの四人と女子生徒が担当になっていた。卓也は、担当教諭とシステム管理をする事になっていた。残りの三年生は、それぞれのお手伝いに当たっている者と、専攻授業を受けている見学とに分かれていた。特に身体測定は、一旦教室に戻って体操服をもって指定された場所へ移動する事になっていた。もちろん男女別々にだが、男子は体育館がいつもの場所で、女子生徒の場所は極秘事項として扱われ、男性教諭にさえ極秘扱いになっていた。もちろん校長が男性なら校長にも極秘事項として扱われる。

 それ故、会場周辺は三年生の女子生徒が厳重にガードするので、直ぐに場所は分かるのだが、まず男性は近づく事すらできないように厳重な警備体制が引かれていた。三年生各クラスは、専攻授業とお手伝いに分かれていたが、特に五組は専攻授業そのものがいつもと変わらない為、お手伝いを全員で分担していた。校内の施設案内や校舎内の案内時は、三年生が案内役として同行していた。身体測定は、計測データを素早くデータ化して一元管理体制を整えていた為、スマホ持参での測定で、測定数値は直ぐにスマホからサーバーへ送られていた。もちろん本人は確認できるが、本人以外は一切確認できないようになっていた。各クラスがシステム管理の現場見学にやって来た。四人は交代で説明に当たっていた、システムの説明が一番時間の掛かる項目で、今回の身体測定は身長・体重・視力なのでそんなに時間が掛からなかった為で、説明のみ二クラス別々に同時に説明できるようにされていた。説明内容は、システムの基本的考えと、使用説明で構成されていて、

「学校のシステムには、校内にいてシステム管理するWi-Fiに接続しないと回覧できないように組まれていて、外部からのアクセスができない様になっている事、システム内の情報は、権限に準じて見られる項目が違う事、ただ、回覧履歴は残るようになっていて、誰が何時何を回覧したか分かるようになっています。もちろん、これは要請があって初めて調べる事ですが、生徒の皆さんは、生徒の情報はもちろん回覧できますが、学年とクラスと出席番号と氏名のみが回覧できます。連絡については、連絡したい相手を検索しると単独で連絡できますが、これは校内のみ連絡できるツールですので、相手が自宅などにいると連絡は届かないので気を付ける様に、グループでの連絡は出来ますので、システム側が把握している分は自動で設定されています。それ以外でのグループは申請して頂いたら管理者側で設定します。あくまでも管理者側でしますので個人ではできませんので、お願いします。自宅等学校外からの連絡手段は、外部用の連絡アプリを使用するか、通常のアプリを使用してください。外部用は審査を受けて許可を得て公開していますが、一様は関係者しかダウンロードできないようになっています。最後に、決済アプリは、十分検討して使用してください。設定は、使用説明に同意の上、支払い形態を選んで登録、支払いは、口座引き落とし・クレジットカード登録・事前課金がありますので、現金でも買い物は出来ますので、十分検討して使用してください。このアプリは校内のみ使用が可能で、他の決済アプリは使用できませんのでお願いします。」

と、システム管理についての説明が行われた。

 卓也は、システム管理担当の為、身体測定の会場に、張り付いて不具合に備えていた。もちろん女子生徒の会場には女子生徒の担当が常駐していた。かなり洗練されてきたシステムの為、此の程度では不具合が起こる事はないが、万が一に備えての措置で、卓也は身体測定のお手伝いをしていた。

 新入生へのレクチャは無事に終わりを告げた。これで三年生としての新学期の役目が終わり、本格的に受験に向けての生活がスタートする。明日からは、通常に戻って授業が再開される。お祭りみたいな時間はこれで終わりを告げた。一連の事項に問題は発生した報告はなく。システムの理解度もおおむね想定範囲内であった為、問題なしとの判定が下されていた。

 新入生への部活の勧誘は、全くないとは言わないが大々的に勧誘活動が行われることはなく、システム内に部活紹介ページがあるので、興味がある生徒は、自分で情報を集める事になっていた。新入生はこの後も学校についてのレクレーションが四月の間、週一で行われる事になっていた。

 卓也と琴葉は、それぞれの立場で、新入生を歓迎するために孤軍奮闘していた為に、全く接点がなく、登下校時も顔を合わせる事がなかった為、言葉を交わしたのは入学式の登校時で、二週間ほど会えない時を過ごしていた。それでも琴葉の卓也への気持ちに変化が起こるわけもなく、学校生活がもとに戻れば解決する事だと割り切って、二人は頑張って自分にできる事を精いっぱい行っていたにすぎない。もちろん、琴葉が卓也の事を忘れる事は無かったが、卓也は、琴葉の事を気にかけている様子はなく、システム管理は一瞬も気が抜けないので仕方がないが、琴葉のことぉ忘れている時間が確かに存在していたのは事実であった。二人の関係が会えない分、琴葉の行動が、ますます積極的な行動へと発展していくのだった。

 たぶん・・・・・



第十九章 日常 


 四月も半ばに入り本格的に授業が開始され普通の日常が戻ってきたようだが、新学期が動き出すと六月にある修学旅行についての話し合いが行われていた。生徒会が中心にクラス代表が、旅行代理店から提案して頂いた旅行プランの検討と、クラスの行き先を決める為である。クラスで行き先を変える事が出来る為、学年として統一するか、クラスごとに選んで決めるか、今回は、まずクラスに持ち帰って示された旅行プランを見て、それぞれの意見をまとめる事となった。一組でも検討が行われたが、魅力的なプランの為、五つあるプランに票が分かれる結果となった。再度投票をした結果、生徒会に一任する事になり、生徒会にその胸が伝えられた。各クラスも同じ結果となった為、改めて代表者を交えた生徒会の会議が執り行われて、白熱した議論が交わされ紆余曲折があったが、旅行先を北海道とする事で決着、生徒会長の最終判断での決着となった。ただ、プランの中の北海道旅行が、学年単位の対応ができるのか分からない為、改めて確認する事となり、この先の交渉を生徒会に一任する事となった。生徒会は、プランの再検討を旅行代理店と検討する事になった。

 検討の結果、飛行機で釧路空港へ降り立ち、その日は釧路湿原を見学、二日目は、摩周湖・屈斜路湖・阿寒湖を見学、三日目は、列車で札幌に移動、そのままホテルに行って自由行動、四日目もそのまま自由行動、夕方は函館に列車に移動、夕食は列車内で頂き、そのままホテルへ、五日目は、函館の観光、六日目は、函館で自由行動、お昼の新幹線で帰郷との大体のスケジュールが了承されて、学校側へ提出、学校側からの了承を得る事が出来たので生徒への発表となった。それを受けて、クラス内での決め事の話し合いをする事となったが、生徒会より、生徒の最小単位の二人の登録をする事、これは集合時に自分のパートナーがいるか確認して、点呼をとる時間を省く目的で、自由時間のグループは四人以上となりこれも事前登録をしておく事、自由時間の行動予定も、グループで相談の上登録する事、宿泊は、基本二人部屋か四人部屋になるので、問題ないとの生徒会から通達があった。現地での詳細は、ある程度旅行会社にお任せとなり、宿泊場所や、列車の時刻は後日連絡が来ることになっていた。

 此の事がホームルームで伝えられて、それぞれ、グループ・パートナーと自由行動の予定の登録を出発前日までにしておくようにと、担当者からあったが、一組以外は生徒が偶数なので問題ないが、一組は男子十七人、女子十九人なのでどうするの、と言う意見が出た。その意見に、琴葉の提案で、男女のペアにすればいいとの意見に、みなが息を呑む感じだった。なぜなら、そう思っている者達が大勢いたからだ、特に男子は、意中の女子生徒と仲良くなるチャンス到来と冷静にふるまいながら目の色はかわっていたが、女子生徒の了解が得られたので、男女のペアにする事になったが、女子生徒から、女子が男子には内緒で選べるのなら承諾してもいいとの条件が提示されて、これを男子が承諾、女子生徒だけでパートナーを決める会議を放課後に残ってする事になった。パートナーについては生徒会に確認して話を進める事となり、それで本日のホームルームは終了となる前に、この登録システムについて卓也から、クラスの登録者は確認できるが他のクラスの情報は一切確認できません。それと、同じクラスでも他のグループの予定も見られません。すべて見られるのは教諭と二人以上揃った生徒会メンバーのみとの事、担任が、自由行動の予定の確認をする事になるので、早く出す様にと念押しがされた。担任より宿泊については、詳細が分かり次第考える事になって、ホームルームは終了、グループは自由行動時に女子生徒だけで行動するのは少し心配なので男女混合が望ましいとの生徒会から要望があった為、パートナーについての言及がなかったので、生徒会に確認した所、男女でも構わないとの返答があったので、話を進める事にした。

生徒会からの了承を得られたために、パートナーについては、男女でペアとなったが、女子が二名余る事には変わりなく、解決策の募集がなされた結果、楓から、

「男子一人と女子三人の四人グループでいいと思います。」

との提案に、春香がいち早く賛同した為に、全会一致でこの案が採択された。女子側で決める事が了承されて、パートナー選びの選び方は決着が付いた。

後日、女子生徒だけでパートナー選びの話し合いの場が持たれた。最初に方法が示され、自分のパートナーになってほしい男子がいるものが手を挙げて、重複した時はじゃんけんで決める。残りは、手を挙げなかった者同士くじ引きで決める案が春香から示され、全員の了承で立候補の受付が開始される。男子生徒の名前が読み上げられると、その男子生徒をパートナーにと考える女子生徒が手を挙げていった。此の二年間で、思いを寄せる人が決まっている女子は手を挙げるのだが、手を挙げる事に躊躇する女子生徒もいる事から、なかなか決まらないと思われたが、案外すんなり決まったようだった。もちろん、選ぶ方法について男子が知る余地もなかった。一度も手を挙げなかった女子生徒もいたが、最後に卓也の名前が琴葉から呼ばれた時、琴葉、楓、春香が手を挙げた為、その場で話合いがなされて、女子から異論が出なかったので、この四人でグループとパートナーを兼任する事となった。結果、半分の女子は思い通りの相手をゲットできたようだが、残りはくじ引きで決まったようで、じゃんけんは行われなかったようだった。決まった相手は直ぐに登録されて、それを男子達が確認、一喜一憂する姿が印象的だった。ただ、結果を見た男子達は、卓也の待遇に少し不満が残る結果となっていた。なぜなら、この三人は、学園の三大美女・いやマドンナと称される女子生徒で、男子憧れの存在を卓也に独り占めされた気分だったからだ。当の本人は、クラスの代表になったことが大変で気が重く、そんな余裕はなかった。いつまでも、欲のない卓也だった。

 次に、グループを決める必要があるが、女子生徒の条件を了承する代わりに、どのパートナーと組んでグループを作るかは男子に任せる事になっていた為、パートナー一覧で確認して、誰と組むか思案のしどころだった。まあ、そんなに時間が掛かるわけもなく、男子は仲の良いもの同士が自然と組んでいった為にすんなり決まっていった。

卓也は、自分が知らないうちに修学旅行のクラス担当・代表者にされていた。卓也と、琴葉の担当は、担当者を決める時にクラスの陰謀で、それぞれの推薦を受けて半ば強引に担当者に仕立て上げられていた。旅行の全体の準備がある為、自由行動の予定は他人任せにしようと思うぐらい、責任重大な事を押し付けられてはいたが、卓也本人は、引き受けた以上は全力を尽くして、ほんとに楽しい修学旅行にしたいと考えるようになって、自分のグループの事はあまり考えてはいなかった。週に一度は会議があって、今後決めなければならない事や、旅行会社への要望、決定事項への再確認といろいろあり、なかなか忙しく各クラス代表はしていた。生徒会は生徒会の仕事がある為、クラス代表が中心で生徒会は補佐的な立場でサポートしていた。決定事項は、学校名と生徒会名で出されていたので、生徒会が全く関与しない事はなく、学校側との折衝には必ず生徒会長と校長が出席して行われていた。

 卓也と琴葉は、自分の事もそっちのけに資料集めと整理に時間を割いていた。普通に校内でネット環境があるのは卓也のいるプログラミング専攻の教室だけだったので、自由時間の街の観光スポットや食事と言った情報を集めては分かりやすくまとめて生徒が見られる用システム内で公開していた。生徒からは大変参考になると評判がよく、ますます卓也の気合が入っていた。最終的に、五月中に自由行動のプランの提出が求められた為、休み時間などはあちこちで生徒が相談する姿があった。その中で、卓也グループは何も決めていなかった為、琴葉から提案があった。

「ゴールデンウイ―クに集中して計画を練りましょう。さすがに卓也が私たちの家に来るのはちょっと無理でしょうから、卓也の家で、ゴールデンウイーク明けの試験に備えて勉強もかねて行いましょう。」

と、提案がされ、全会一致で承諾された。もちろん卓也の意志など反映されることなどあるわけもなく、琴葉が卓也の自宅に行って見たいとの願望が起こした事ではあるが、卓也が気づくわけもなく、楓と春香も同じことを考えていた為にすんなり決まっていた。後日、朝九時集合、夕食を頂いて解散、お泊りは厳禁の条件で親の許しが出た為であるが、卓也にとっては女性が来ること自体が大変な事だった。

 当日まで、あれも、これもと考える事が多くて、授業に集中できない卓也だったが、一生懸命お迎えの準備はしたつもりだが、結局何も準備が出来ていないような気がする卓也だった。昼食と夕食を食べる事になっていたので、食材の買い出しだけは忘れなかった。日頃から自分でしていたおかげで、問題なくできていた。

と、思っていたら、朝食の事はすっかり忘れていて、慌てて買い足しに出かけて行った。朝食は、残り物でも構わないのだが、体裁を整える為に追加しておいた。その為、冷蔵庫がいっぱいになって、入りきらなくなったため、どうしても冷蔵庫に保管しなければならない食材を優先して冷蔵庫に保管する事にして、やっとの想いで、保管が終了、これで準備万端と自分で言い聞かせて当日を迎えるのであった。



第二十章 勉強会


 当日がやってきた。三人はそれなりのおしゃれをして琴葉の家で集合して、卓也の家に向かっていった。途中、三人の会話は無く少し緊張した面持ちでベルを鳴らした。

 卓也が出てきた、自宅だと言うのに小奇麗な、と言うか、制服を着てお出迎えされた三人は、あっけに取られながら、お手洗い・お風呂・自室・キッチンを案内され、リビングのソファーに腰を下ろした。2LDKのかなり広い部屋の印象だったが、ほんとに広い部屋で、なにせ、三人は男の子の部屋に来たことがないので、反応があいまいで、自室を紹介された事がさらに驚きだった。二つある部屋の一つは荷物で塞がれていたが、卓也自身の部屋は、リビングから丸見えで、隠す様子もなく全くの無防備であった。じっくり見たわけではなかったが、女の子に見られると困るような物は無いように見えたが、隠せそうなところは奥にある押し入れくらいである為、深く追求しない事に、相談もしていないのに一致していた。飲み物が出されて、資料がテーブルの上に置かれた。まずは、自由行動のプランの作製をする事になって、四人による相談が始まった。資料を見て計画を立てるのが苦手な二人は、琴葉に丸投げ状態で、卓也と琴葉が一生懸命計画を練っていた。二人は、自分の行って見たい所を資料から探すだけで、そもそも地図が見られない二人にとってプランなど立てることなどできる訳がなかった。その点、計画を立てる事が得意な琴葉は張り切って卓也と顔を突き合わせて計画を立てていた。二人は、昼食の準備に取り掛かっていた。琴葉と違ってお料理はできる方だったのだ。簡単ではあったが昼食が出てきた、大変おいしかったのである。お料理に関しては、琴葉の完封負けのようで、琴葉もそれを自覚していたようだ。昼食を頂きながら何かをするのは、作ってくれた人に対して失礼に当たると教えられた卓也は、黙々と食べていた。そうしていると楓が

「ああ、これアルバム?観てもいい」

と、本棚にあったアルバムを取り出した。

「何、そんな勝手に駄目でしょう」

と、琴葉は言ってはいたが、一番見たいのは琴葉なのは明らかで、言葉と態度が全く一致していなかった。三人は黄色い声をあげながらページをめくっていた。食事の片付けは卓也がする事になって、黙々と片付けをしていた。片付けと言っても、チャーハンだった為、お皿ぐらいなので大して手間がかかるわけではなかった。

 今は亡き家族との大切な思い出が詰まったアルバム、卓也はあれ以来アルバムを見ていない、まともに観られる気がしないからだ。三人はご家族の事を知ってはいたが、そこまで重く受け止めていなかった為、出来た行動で、あれ以来見ていないとは思っていなかった。アルバムには、卓也の成長の記録が詰まっていて、ご両親のやさしい眼差しがいつもあった。弟が生まれた時の家族の幸せを感じる笑顔一杯の写真を見た時、琴葉は涙を浮かべて席を外すためにトイレに駆け込んだのであった。トイレ内に少しこもってから顔を洗って何事もなかったように写真を見る輪に加わった琴葉に、楓が

「この写真、卓也の後ろに映っているこの少女」

と、一枚の写真を指差した。運動会の時の写真であろうか、卓也が休憩をしている所なのか、一人で佇む卓也の後ろに一人の少女が立っている、なんてことの無い写真だった。よく他の写真を見ると、学校での写真に時々この少女が写っている写真があった。春香以外の二人は思った。この少女が卓也を見つめている事を、この少女は卓也が好きでいつも遠くから見つめる事しか出来ない少女だと、卓也が好きな女性にしか分からない直観的なものであったが、二人は決して口に出さなかったが、聞かれたら自信を持ってそう答える事は明白であった。二人は、何故か違和感があった。そこで、

「しかし、この少女、どこかで見たことがあるような気がするけど」と楓が言った。

「そうね、私も何か気になる存在ね、これは小学生、これは中学生、私も楓も地区が違うから、一緒に映る訳がないし」

と、首をかしげていた。琴葉と、楓は住んでいる地区の関係で、卓也とは小学校と中学校は別だったのである。住んでいる所はかなり近くなのだが、それで自分たちではない事は明白であった。それで、考えても分からないのでこの話はお開きとなったが、この話にあまり乗ってこなかった春香の事が気になってはいたが、そのままにしておくことにした。

 春香は、心の中で焦っていた。あの少女は春香だったからだ。卓也に写真の事を聞いても全く少女の事を覚えてもいなかった。春香は、可愛い、可愛い小学生の頃から卓也の事が好きでいたのだが、自分に自信のない春香にとっては、ただ見つめるしかなかった、忘れえぬ青春の一ページだった。確かに、中学時代と思われる写真の少女は、今の春香とは比べられるレベルではなく、二人が気づかないのも仕方がないレベルで、特にメガネが印象に残る少女で、とても今の春香からは想像できるレベルではなかった。春香は、自分を変えるべく頑張って女を磨いて、卓也に告白するつもりだったのに、さあこれから、と思った時には、最大のライバル琴葉が立ちはだかっていた。どうしよう、どうしよう、と思っているうちに楓まで追加されて逆に開き直って、あの選考時に自分から手を挙げる事が出来たのであった。

 春香は、女子力を上げるためにあらゆる努力を惜しまなかった。勉強は、琴葉や楓に敵わないものの、いつも上位にいるので、勉強会などする必要はなかったが、もちろん琴葉も楓も同じなのだが、それはお互い承知の上での勉強会だった。

 身なりは、眼鏡を変える、コンタクトにするなど、考えられることをした結果、もともと、容姿は自慢できるレベルだった為高校生になった時には、容姿レベルが開花した感じだった。春香はお料理のスキルアップを重点的に行っていた為に、料理の腕前は相当なレベルだった。楓もそれなりに自慢できる腕は持っているつもりだったが、料理については完全に春香には負けていると実感していた。ただ、楓は、服装からも分かるようにそのスタイルの良さは琴葉・春香に勝っていると思っているので、スタイルの良さを強調するような服装で来ていた。もちろん外では上から羽織る者で隠した服装だったが、その隠した服装でさえ、そもそも、春香には無理な服装だった。琴葉は、なかなか大胆と思いながら、突っ込む事はせずにいた。

 お昼からも勉強会は続いた。四日間だが有意義な勉強会になる予感がしていた。夕方になると夕食の準備に四人で取り掛かる事になったが、ここでも、完璧子女と思われる琴葉の無残な姿があった。お手伝いをする気持ちは嬉しいが、手伝っているのか邪魔しているのか分からないが、それでも春香は手伝ってもらっていた。楓は役に立つスキルがあったので問題にはならなかったが、自信過剰な所があって、少し春香が困っていた。

 そんな美女たちのキッチンでの姿、いや、エプロン姿を見られる幸せを卓也は全く感じていないのが卓也らしく、一心に資料の整理をして素晴らしい光景を見ていなかった。資料整理とプラン作成に没頭していた卓也は、琴葉の、「テーブル片づけて」の声に食事が出来たことを知る事になる。それなりに豪華な食事の様に思えるが、たいした食材を用意していないのに、これは素晴らしい腕前で賞賛するに値すると思いながら、それを口にできない卓也は、黙々と食べるしかなく、やっと「大変おいしかった」と言うのが精一杯だった。食事がすんで後片付けが大体終了した事で本日の勉強会が終了する事になり、三人は、帰宅する事になったので、卓也が送るつもりで、準備をしていると何故か断られて玄関でさみしくお見送りをした。

 その後、三人は、春香が歩いて帰宅できる距離ではないので琴葉の自宅にお泊りする事になっていた。もちろん卓也がその事を知る余地もなかった。

 北島家で、三人がどんな女子トークをしたのか知る余地もないが、卓也についてお互いに宣戦布告の応酬になったに違いなかった。

 その前に、キッチンでお料理しながら、琴葉と楓に迫られた春香が白状していた。

「小学生の頃から、初めて同じクラスになった五年生の時からだと思うが、徐々と言うか、気が付いたらいつも卓也を目で追っていて、自分でも好きなのかなあと思うぐらいだったが、私の見た目あんなだし、自分の気持ちを伝えるなんてできる訳ないから、いつも見ているだけだったの」

「見ているだけって、どういう事、卓也、もてたの」

「もてたと思うよ、特に優しいから、見た目とのギャップで卓也の優しさを知ったら好きになると思うよ、私もそうだから、だからクラスの美少女達にいつも囲まれていたから、本人は、自分がその中心にいるとは気が付いていなかったけど」

「そうなの、それって今と変わらないじゃないの」

「いつも、彼のそばにはとてもかわいい女性がいる事が当たり前で、中学二年の時も同じクラスになったけど、何も言えなくて、そのまま、三年生はクラスが別で、そのまま卒業してしまって、どこの高校を受験したのかもわからなくて、卓也が趣味でプログラミングをしている事は知っていたし、私もソフトの使いこなす勉強したかったからこの学校にしたのだけど、入学式の時彼がいないので、とてもがっかりしたけど、後に彼が現れた時は、目が点、いや、開いた口が塞がらない状態だった。でもやっぱり、何も言い出せなくて、同級生だと言うことも気づいてもらってないし、悶々とした日々を過ごしていたが、頑張って告白しようと思った時は、すでに琴葉に取られていて」

「取られて、私が、そんな前から、いつの事」

「二年生になったころかな、私には卓也の事が好きです。誰にも譲る気はありません。と言うオオラが出ていましたけど」

「そんな頃から私、好きになっていたの、」

と、琴葉は、自分でも気が付いていない事を、春香がそんな早くから気がついていた事に驚いて、恋する乙女の力を舐めてはいけない事を実感する事となった。

「それで、それでもいいから告白しようと思ったら、楓が参戦していて、ますます告白できなくなったけど、今回手を挙げる勇気をくれたのも二人だから、感謝しています。」

「感謝されても、もともと、邪魔な存在だろうし」

「いや、告白しようとしたけど、今考えたら絶対しなかったと思うし、二人がいなかったら、あそこで手を挙げる事などできなかったと思うから、それは感謝しています。」

と、少し胸を張って答えていた。ここで、料理が出来た為、話は終了していた。

 その夜の女子会恋花トークは、キッチンでの続きとなっていた。琴葉が、どうしても分からない事があって、二年生の最初の頃は、卓也を好きな気持なんか持ち合わせていなかったし、便利なベビーシッターぐらいにしか思っていなかったと思うが、何を見て私が卓也を好きと思ったのか、とても知りたかったので、その事を聞いてみると

「ただの女の感、だと思う。琴葉を見た時、私と同じ匂いがした気がして、卓也に恋していると思った。」

と、言われて琴葉は、私はあのころから卓也に惚れていたのかと思う事となる。そこで、楓に話が移った。それで楓が語り始めた。

「私も同じころだと思うが、偶然子供を抱っこして女の子の手を引く卓也を見かけて、学校とは違う姿に衝撃を受けて、その時は琴葉が近くにいなかったので、よく事情が分からなくて、後から琴葉の兄弟だと言う事を知ってさらに衝撃を受けて、何故か、とても卓也の事が気になって、よく目で追うようになって行ったのね、何度か琴葉と出かけている所にも遭遇して、いつも三人の笑顔が素敵でいつの間にか卓也を好きになっていて、私もあんな風に手を繋ぎたいと思うようになって、とどめは、文化祭の時、琴葉が琴美ちゃんと幸樹君を連れて来たでしょう。あの時、私たちご機嫌取りに必至だったけど、二人は、琴葉の後ろに隠れて近づく事さえできなくて、偶然卓也君が来て卓也の事を見るなり二人が走って抱きついたのを見て、私の中でとどめを刺された感じかな、その後、卓也のおかげで、私たちも一緒に遊ぶ事が出来たけど、やはり琴葉より卓也に抱っこされている方が多かったような気がするし、あの時、何故か、もやもやした感情がこみあげて来て、自分でもどうしようもない程、卓也の事が気の迷いではなく、本当に好きなのだと気づいた瞬間だったかな、それからは、半分ストーカーと間違われても仕方がない行動していたと思います。」

と、思いがけない思い出話が飛び出したのである。琴葉は、自分が嫉妬した出来事で同じ様に嫉妬していた女性がいた事に驚きを隠せなかったが、状況は違うが、卓也を好きになった理由は同じに見える出来事だった。二人は、琴葉の存在をライバルと思っているようで、三人になったのは想定外だが、二人は、琴葉に負けないように自分を磨いて卓也にアピールする事にしたのである。その事を聞いた琴葉は受けて立つ事を宣言して、三人で笑いあっていた。そこで、三人だけの協定が結ばれていた。

「卓也には絶対告白しない事と、卓也が誰かを選ぶまで待つ事、誰が選ばれても応援する事、もちろんこの中から選ばれると限らないので、全くここにいない人が選ばれても、卓也の恋を応援する事。」

と言う、協定が口約束だが結ばれて、三人による恋のバトルが開始されていた。今の所琴葉が一歩リードしている認識で三人はいたようだ。

 次の日、三人で卓也宅を訪ねて、二日目がスタート、勉強とプランの作製と交互に行われていた。勉強は、三人はいつもの様にすれば問題ないので、卓也に集中して三人が得意科目を教える形態がとられていた。さすがにスパルタまではいかなくても、かなり厳しい指導がされていた。大体は、琴葉がプランを考えて、楓と春香が勉強を見るスタイルに落ち着いていた。食事も春香が作って、手の空いている方が手伝う形になって、卓也は勉強一本に集中させられていた。途中で脱線する事もなく時間だけが過ぎていく感じであったが、卓也は自分の置かれている状況を理解しているので頑張るしかなかった。このままでは、推薦がもらえない可能性がある為であった。二日目が何事もなく終わり三人は帰宅していった。今日は琴葉ではなく、楓の家に泊まる事になっていた。もちろん明日は春香の家に泊まる予定になっていた。

二日目、楓の自宅はさほど遠くないので、徒歩での移動になって、三人仲良く歩いて楓の自宅へと向かった。琴葉の自宅よりかは時間が掛かるが、さほど苦になる距離ではなかった。無事に自宅に着くと、ご両親が出迎えて下さった。初めて友人を連れて来たようで、大変喜んでおられたのが印象的で、夕食を済ませて帰ったことに大変残念そうな顔をしておられた。母親は、見るからに楓の母親としてすぐに分かるぐらい似ていて、とても美人だったので、二人は、納得していた。お風呂を順番に頂き、女子会は静かに始まった。そうである、今日は、誰も、何もしなかったので、何も切り出す話題がなかったのである。明日もこの調子でいくしかないなあと思う三人であった。静かに始まった二日目の女子会は静かに幕を下ろす事となった。

 三日目が始まった。二日目と変わりなく卓也は黙々と勉強をさせられていた。卓也は思った、何故か分からないが「この三人、こんなに仲がよかったかなあ」とふと思ったのである。もちろん、大切な修学旅行でグループを組むのだから仲がいいのは当たり前なのだが、何か違う仲の良さを、鈍い卓也が感じていた。なにか、完璧に打ち合わせをしたように用事を分担して、効率よく事を進めてゆく三人、適材適所を絵に描いたような動きで事を進めていた。おかげで、無駄な時間を過ごす事無く三日目が終わろうとしていた。本日の夕食は、春香特性のカレーであった。春香が特性と言うだけの事があるぐらいとてもおいしいカレーであった。三日目は、少し早いが、終了となり三人は帰宅した。春香の家に向かって。春香の自宅は中学までは近くだったが、高校入学の頃に少し離れた今の自宅に引っ越していた。その為、琴葉の父に送ってもらうことになっていて、連絡を受けて父が迎えに来ていた。少し車で走った住宅街の一軒家に到着、ご両親に挨拶をと思う父に春香が、「今日は両親が不在なの、だから泊まりに来ていただいたの」と言って、父に説明、そのままありがとうだけを言って、自宅に消えた。さみしい別れ、構ってくれなくなった娘にがっかりして、父は車を走らせていた。

三日目の夜が始まろうとしていたが、いきなり問題が発生した。順番にお風呂に入る為にお風呂のスイッチを入れようとしたが全く反応しなくて、とうとう、故障表示にあろう事か「業者に連絡してください」と表示が出て、沈黙してしまった。直ぐに連絡しようとしたが、時間が時間で直ぐに連絡できるわけもなく、本日のお風呂は無い状態に、確かに、母から「お風呂の調子が悪い」とは連絡があったが、いきなり故障とは

いきなりのトラブルに、年頃の娘がお風呂に入らないとはありえない事なので、三人は考えた。そして春香は思い出した。住宅街の中に銭湯がある事を、銭湯と言っても規模の小さいスーパー銭湯ではあるが、その事を告げると直ぐに行く事になり、お風呂セットを準備して、徒歩で向かった。五分程の所に少し小さめのスーパー銭湯があった。三人で銭湯に来るなんて思いもよらないハプニングであった。思わぬ裸の女子会になった。湯船につかりながら琴葉が切りだした。

「それにしても、楓大きいわね、それに形もいい」

「形は、琴葉に負けるわよ、何よその美しい形に、程よい大きさ、大きいのは何もいいことないわよ、肩が凝るし、じろじろ見られるし」

と、裸の女子会ならではの会話が始まった。その話を人ごとの様に聞いていた春香に

「ちょっと春香、何すました顔をしているの、どう見てもその胸、大きいでしょう。」

「そうよね、見た目より大きいわよね!これは、琴葉よりはおおきい、」

「そんな事無いわよ」

と、二人の視線から胸を隠す春香だった。確かにこんなに大きいとは思わなかったので、新しい発見があったのは確かであった。体を洗いながらもスタイルの話は尽きなかった。

「どう見ても、大きい、なんで今まで気が付かなかった。ありえないこんな大きいのに」

「大きい、大きい、言うな、大きくてもぽっちゃりで私はもっと痩せたいの」

「確かに、琴葉のくびれは反則だよねえ、いつもあんなに食べるのに」

「別に食べるのは関係ないでしょう、おいしいものをおいしく頂いてどこが悪いの?」

「悪くはないけど、世の女性たちは太らない為にそこは我慢して」

「そうよ、体系を維持するためにどんな努力していると思っているの、努力しないで、けしからん体系を維持している輩は黙っていなさい。」

確かに、琴葉のバランスの良い体系は女性から見ても羨ましい体系であるのは事実で、二人は、胸が大きくとも、大きくなくていい部分も大きいのがコンプレックスであることを告白していた。ただ、そこは、外見からは分からない部分である為、琴葉から

「別に、見えるところでもないし、見せびらかすところでもないし、小さくて嘆いている人から見れば贅沢な悩みだと多くの女性からバッシングを受けますよ。」

「そんな事、琴葉にだけは言われたくない」

「その通りです。」

と、意見がまとまった所で、三人はお風呂を出て、脱衣場へ移動した。

 脱衣場では、より一層裸体を確認できる為に、お互い警戒しながら、まずバスタオルを巻いて、下着をつけて何故か三人で、コーヒー牛乳を飲んでいた。その後服を着た琴葉が突然思い出したように言葉を発した。

「ああ、そういえば私、去年の身体測定の時、春香のバストは図ったよ、その時こんな大きくなかったよ、確かに。」

「確かにそうだよ、私も記憶ある、どう言う事、春香」

「確かに、あれから、突然大きくなって私もびっくりしているのよ、今は止まったみたいだけど、今頃から大きくなるなんて私もびっくりです。」

「確かに、それはびっくりね、だから気が付かなかったのね」

「今は止まっていると言っても、分からないよ」

「そんな脅かさないでよ、これ以上大きくなったら、私困るわよ」

「贅沢な悩みだね」

「ほんと!」

と、三人で納得して銭湯を後にした。少し肌寒さが残る住宅街を、急ぎ足で三人並んで帰路に着いた。無事に着いたらすぐに、温かい飲み物を準備して、パジャマに着替えて銭湯での女子会の続きが始まった。春香の部屋に川の字になって三人並んでの就寝であるが、春香の部屋にはベッドがなかった。春香曰く、

「何故か分からないが、ベッドが嫌いなの、毎日布団の上げ下げをしたいから。」

「何か分かる気がするけど、だから、卓也の部屋見た時驚いた顔をしていたのか?」

「そうなの、卓也の部屋にベッドが無くて、とても驚いて、私と同じ人がいる事にびっくりして、そして嬉しくて、ますます、親近感が生まれて、ますます好きになっちゃって。」

「ああ、のろけた、それで、突然大きくなったその胸を武器に迫るつもりだったの?」

「又、その話、それは私の責任じゃないでしょう、あなた達二人を相手にこんなの武器にならないし、楓が一番分かっている事で、いつも、苦い思いしているから。」

「確かに、琴葉相手だから、琴葉に勝てるのはお料理ぐらいだから、今の所。」

「そうよねえ、お料理に関しては完全勝利だから、これはポイント高いかな」

「何よ、私だって、お湯ぐらいは沸かせるもの、見くびらないでよ、ふん」

「お湯ごときで、自慢されてもね」

と、少し脱線した会話になったが、三人の中は友達から、親友へと変わりつつあった。そのまま眠りについた三人は、次の日、心地よい朝の光を受けて、目を覚ました。と言っても、最後まで寝ていたのは、琴葉だった。朝が弱くてだらしない事も琴葉の欠点だと言う事がはっきりした朝であった。春香は先に起きて朝食の準備をしているのに、琴葉は朝食を食べ始めた頃にやっと起きて来て、二人から、「早く着替えてきて、顔を洗って、身だしなみを整えて」などと言われて、何故かしぶしぶ実行していた。やっと整えて朝食を頂く為に席に着いた琴葉は、いつもながら、沢山食べていたような気がしたが、二人は気のせいだろうと、思う事にするぐらい朝から食べていた。

「ほんと、朝からよく食べるわね!」

「いや、普通だと思いますが、二人が食べる量が少ないだけよ」

「朝食はちゃんと取らないと、三食はきちんと摂るのが健康の秘訣よ、食べる時は食べて、よく体を動かす。余計な食べ物は取らない、お菓子なんて最低よ。」

「確かに、それがそのスタイルを維持する秘訣、私には無理です、それは、」

ああ、そうだ、この前、琴葉の家に泊まった時、琴美ちゃんと幸樹君だっけ、全く見なかったけど、会える事楽しみにしていたのに」

「あの時、帰るのが遅かったので、もう寝ていて、朝も早かったからまだ寝ていたのよ!」

「それは残念ね、今度はもっと早くに行かなくちゃね。」

「今度は三人だけでお泊り会をしましょう。琴葉の家で」

と、又、女子会をする約束が整って、卓也のいる自宅へと向かうのであった。あの約束から目立った動きをしていない三人ではあったが、それぞれに思う所があって、あえて話題にもしないようにして、女子会を楽しんでいた。

 その頃の卓也は三人が、それぞれに帰宅していると思っているので、まさか、一緒にお泊りしているとは思ってもいなかった。卓也は、三人が帰った後、疲れが一挙に出て、やっとの想いでお風呂に入って、寝る生活をしていて、特にぐっすり眠れていたのである。

 朝、よく眠れて体調ばっちりの卓也は、三人が来るのを待っていた。夜のさみしさはあったとしても、慣れてきている自分に気が付いていた。でも、やはりたまには泣き出したいほどのさみしさを感じる事もあるので、人との関りを大切にして、卓也にとっては大変な事だから、より一層大切にしていきたいと思っていた。

 三人がやって来た、昨日よりさらに仲良くなっている気がしたが、気のせいだと思いなおして本日の予定の確認、プランの最終確認と勉強、昼食を頂いてこの勉強会は終了とする。その後、ショッピングモールで買い物、特に食べつくした食材の補給となっていた。

まず、プランの確認が行われて四人が承諾したため、明日、登録する事となった。その為勉強時間が多く取れる事となり、最終日の追い込みに卓也は悲鳴を上げる事になったが、かなり詰め込んだ勉強会になった。昼食は春香の担当、卓也は春香の手料理を食べられる幸せを感じているかは分からないが、バレたら、男子からブーイングの嵐になる事は必死だった。昼食を済ませて後片付けを全員でして、買い物に出かける準備が出来たので、ショッピングモールへ出かける事となった。

 準備が出来た三人のお出かけ服は、とてもまぶしかった。何故か気合が入った三人ではあったが、何故気合が入っていたかは卓也が理解できるわけがなかった。駅前なので徒歩で行ける所にあるショッピングモール内へ、さすがに卓也でも周りの視線が三人に集まっている事に気づいていた。鈍い卓也でもこれだけの視線には気が付いたのであった。卓也は、よくよく三人を見て、「確かにカワイイよな、どこのアイドルかと思うぐらい、俺はここにいない方がいいようなきがするなあ」と少し三人と距離をとっていた。それに気づいた琴葉が三人の輪の中に引きずりこんだので余計目立つ結果となった。周りがなんと言っても三人は動じなかった。ここでは、知り合いに会うことも考えられるので、警戒しないといけないと思っていた卓也だったが、そんな事はお構いなしに、卓也と誰が腕を組むかを密かに三人は争っていたが、結局、誰も手を繋ぐことができないでいた。まあ、手を繋いだら卓也が失神する可能性があるので、結果的には良かったのであるが、これからは積極的に手を繋ぎに行くであろうことが目に見えて想像できるので、それが心配の種であった。

 少し時間があるので、食材の買い出しは最後にする事となっていた為、ショッピングモ―ル内をウロウロして回りだした。女性の買い物に付き合う男性は大変な事を実感する卓也だった。興味のあるお店に入っては三人で何かしゃべりながら、何も買わずに次の店に移動するのが当たり前で、卓也には理解できない行動であった。

 どれくらい歩かされたのであろうか、周りの視線を感じながらだが、声をかけて来る男子はいなかったのが幸いだったが、さすがに、この三人を前に声をかける勇気のある男子達が今日はいなかったようだ。途中、休憩しながらクレープを四人で頂いた時には、同じテーブルに座る卓也は、何故か針の筵に座っているような気がして、おいしいはずのクレープの味が全くしなかったのであった。席に座りながらおしゃべりが止まらない三人と周りの視線が突き刺さる卓也、此の状況を早く脱する方法を模索する卓也だった。休憩が終わると、さらに、お店周りが始まったが、今度は品物の購入をしていた。先ほど回ったお店もあり、卓也は、楽しく笑顔で買い物をする三人を見ながら、「これくらいの苦労は」と思っていた。特にいつもと違う笑顔を見せる琴葉に見とれる卓也だった。もちろん、いつも笑顔の絶えない琴葉だったが、今日は、琴美と幸樹の心配をしなくてもよいので、精神的な心配事が無い事があの笑顔になっていると思って、卓也はほんとにうれしく、いつまでも見ていたいと思う瞬間だった。

「何か嬉しい事でもあったの」 「何、にやけていたの?」 「はい、一緒に撮るよ」

と言われて、我に返った卓也は、プリクラ内に引きずりこまれていた。自分でもにやけていたことが恥ずかしくて、下を向いていると三人に囲まれて顔を持ち上げられた写真が撮られた。その後、ちゃんと正面を向いた写真も取って、どれをプリントするか選ぶ段階で、最初の写真が選ばれてプリントされてきた。はちきれんばかりの笑顔の写真だったが、卓也だけは間の抜けた顔をしていた為、かなり大うけで三人は笑い転げていた。撮りなおしを要求したがあっさり却下されて、それぞれ思い思いの所に貼っていた。

 やっと買い物が終了したようで、食料の買い出しへと向かった。一人暮らしの卓也にとってそんなに大量に買う必要は無かったが、何故か籠にはかなりの食材が入っていた。

「こんなにいらないよ、食べきれずに捨ててしまうのが勿体ないから」

「何言っているの、今度行ったとき食べる物が無かったら困るでしょ」

「十分長持ちする食材を選んでいるから、大丈夫」

と言われて、卓也は、「又、来るつもりなのかな」と思っていた。そうである、機会がなくとも勉強会などと言って機会を作って来るつもりを三人はしていた。此の件に関しては三人の同意がなされていた。その上で、購入食材は春香の指示で決められていた為に迷いもなくスムーズに購入していた。自分の出る幕が無い卓也だった。支払いは卓也がして、予定の行動が終了、少し重い食材を抱えて、ショッピングモールを後にした。春香は、このまま駅から帰宅する事となり駅前でお別れとなった。名残惜しい表情の春香と、残りの三人で卓也の自宅に向けて歩き始めた。琴葉と楓は何か内緒話をしていたようだが、重い荷物の為、卓也の耳には届かなかった。かなり、ひそひそ話だった為でもあるが、卓也は「あれだけ話して、何話す事があるのだろう」と心の中で思いながら歩いていた。ほどなく卓也のマンションに到着、マンションの玄関で解散となった。部屋まで行くと、又、長くなりそうだから、卓也が半ば強引に断って解散となった。二人はしぶしぶ解散を受け入れてそれぞれの自宅へと向かって歩いて行った。それを見送って、卓也は自室に向かう為に沢山の食材を抱えてエレベーターに乗った。

 大変な四日間だったが、久しぶりに一人で食べる夕食に、涙が溢れて来るのを感じる卓也だった。

「大変だったけど、ほんとに楽しかった、琴葉・楓・春香、本当にありがとう」

と、三人に感謝しながらの就寝となった。

 次の日から、琴葉が早々に帰宅するようになった。何もない時はほんとに消えるのが早かった。理由は、勉強会中、琴美と幸樹を全く構っていなかったようで、顔を見ない日もあったようだ。最終日は、遊ぶ事を約束していたにも関わらず、帰宅後すぐに寝てしまった琴葉を、お風呂の準備をして琴美が待っていたそうで、琴葉が起きてきた時、琴美は寝ていたそうで、次の日から「おねえちゃんきらい」と言って怒って口もきいてくれなくなったのだとか、その後試験もあって疎かにした事もあって、ますます機嫌が悪くなったようで、ご機嫌取りに頑張っているそうである。



第二十一章 準備


 修学旅行が近づいてきた。あの勉強会以来三人はほんとに仲良しだった。お昼は何故か卓也を囲んでの食事となっていた。羨む男子の目を感じながらの食事の為、卓也はあまり味を感じないくらい緊張していた。ただ、それは卓也の思い過ごしで周りはそれほど関心が無いようだった。それはグループを組むぐらいなので、昼食ぐらいは一緒に食べてもおかしくないと思っていたからだ。

 宿泊については、一組以外は二人部屋でも四人部屋でも構わない事が伝えられていたが、一組は奇数の為に、考慮する様にお願いしてあって、一組には三人部屋を二つ用意する旨の返答があった為、卓也をどこに入れるか希望を募ったところ、前島健太が直ぐに手を挙げた為、前島健太・萩野光太の班になった。此の班は宿泊の時だけの対応である事が琴葉・楓・春香から念を押されていた。

五月の最終日、自由行動のプランの提出期限であったが、すでにプランの提出は全て終了していて、一組以外は承認も終了していた。一組の担任である吉川教諭は頭を抱えていた。なぜなら、プランをまともに提出しているのが卓也班だけだったのである。ほかの班は、【琴葉の班と同じ】【楓の班と同じを希望】【春香の班と一緒に行動する】【卓也班と同一】と書かれていた為であった。担任として困っていたが、認めるしかない事は承知していた為、6月の最初のホームルームで

「今回の自由行動のプランの提出が出そろったのだが、一グループを除いて同じ文言だった。これ程揃うとは呆れるどころか感心しました。それも、文面は違うが、内容は同じと来ているからたちが悪い、ほんとにこれでいいのですね。」

と念を押されたのだが、誰も反応しなかった為、クラスの連絡網に、プランの詳細を乗せたのである。それを見た生徒達は、一斉に歓喜の声を上げて「まじかよ」「これは、又」

「いやあ、揃ったね」「なんなのこれは、」「ほんとに仲の良いクラスだね、感心、感心」

「何、みんな同じではないか、これではクラスで行動する事に」

と口々に話していたが、先生から、プラン提出者に同意を求めてきたので

「別にいいと思いますが」「私も」「その方が楽しそうなので」と同意が得られたので、このプランが採用される事となった。卓也の意見は何故か聞いていただけなかった。それで卓也のプランの共有の指示がされて、連絡網にプランの詳細が送られて、ついでに修学旅行の旅のしおりも送られていた。

「続いて、修学旅行の詳細について、担当から報告お願いします」

との先生の発言で、琴葉と卓也が壇上へと出てきた。そして卓也から、

「先日、修学旅行の詳細が旅行会社より報告があり承認されましたので報告します。今お送りしたしおりに記載していますが、まず、○○空港9時発ですので八時集合です。空港集合です。それぞれ時間厳守でお願いします。ちなみに、最寄りの駅からの最終時刻表を乗せてありますので、その電車に乗り遅れますと間に合いませんので参考までに、次に、釧路空港到着後、バスで釧路市内のホテルに向かいます。移動の詳細は現地のバス会社にお任せしていますので、バス会社の指示に従ってください。ホテルでは荷物をホテルが指示してくれた所に一時的に置きます。まだ部屋の準備が出来ていないと思われますので、ホテル側の指示をよく聞いて行動してください。昼食はそのホテルでしますのでホテル側の案内に従って昼食をお願いします。昼食後、順次釧路駅に移動、ホテルは釧路駅前ですので、迷子にはならないと思います。次に釧路駅から釧路湿原内を走る列車に搭乗します。ここからはよく聞いてください。資料にあります様に折り返し運転ですが、途中の駅で下車できますので、下車希望の方は届をお願いします。くれぐれも折り返しの列車に乗り遅れないようにしてください。途中下車しない方々は、折り返しの駅は何もないですが短い列車の旅をお楽しみください。次に、折り返し駅から釧路川をカヌーで下るコースがありますが、残念ながらこのコースはキャンセルとなりました。まずは希望者のご希望に添えない事と、カヌーが無い事と、時間が足らない事で、計画が頓挫して、キャンセルとなりました。参加を希望された方々には大変申し訳ないですがご了承ください。その後、釧路駅に戻ると、ホテルに戻って自由時間です。午後七時から大広間で全校生徒による夕食があります。全校生徒で頂くのはこれが最初で最後です。その後、十時消灯の運びとなります。

二日目は、七時からバイキング形式の朝食が頂けます。九時にホテル出発ですが、それまでは自由です。起床時刻は設定されていません。出発時刻は厳守です、又、このホテルに戻ってきますので、必要最小限の荷物で構いません。出発後、阿寒摩周国立公園をバスで見学します。クラス単位での移動で、移動の順番は現地のバス会社と旅行会社が相談の上決まります。ルートは当日に分かると思いますが、事前には分からないと思います。予定された所の見学が終わると、再び、同じホテルに戻ってきます。ホテルでのチェックを済ませると、その後は自由時間です。ホテルからの夕食の提供はありません。もちろんホテルのレストランで頂く事が出来ますが、予定では外食の予定でしたので、これから、クラス単位で頂ける所を探しますので暫くお待ちください。門限は夜の九時です。消灯は十時となっています。

 三日目は、朝食は七時からバイキング形式で頂く事が出来ます。八時十九分と十一時二十三分釧路発札幌行きJR特急あおぞらに乗車です。一度に乗車できませんので分かれての乗車となります。一・三・五組が先発・二・四組が後発です。先発組は、朝あわただしい事と思いますが、後発組は、時間までは自由時間となっています。一組は先発組です、遅れないようにしてください。昼食は、列車内での駅弁になります。JRが用意して頂けますので、自分で買う必要はありません。

札幌到着後クラス単位でホテルに移動してください。荷物等は各ホテルの指示に従ってください。その後、門限九時で自由行動です。

四日目も自由行動ですが、朝食は各ホテルバイキング形式で頂けます。自由行動は責任を持って行動してください。次に函館への移動ですが、札幌十五時三十四分発と十六時五十一分発の函館行きJR特急北斗に乗車します。今回も、一度に乗車できませんので、分かれて乗車となります。二・四組が先発、一・三・五組が後発になります。一組は後発です、時間に遅れないようにお願いします。夕食はJRが用意して頂く駅弁を頂きます。函館到着後は、各クラスでホテルへ移動してください。ホテル到着後はそのままお風呂に入ってから就寝です。

 最終日は、函館での自由行動です。本来ならもう一日あったのですが、旅館の都合で一日日程が短縮されましたのでご了承ください。それで、帰りの新幹線は新函館北斗駅十六時二十分発です。駅を間違えないようにお願いします。解散場所については、各クラスで決める事になっていますので、帰りが遅くなるので親御さんに迎えに来ていただける生徒はそうしてください。女子生徒の一人での帰宅は厳禁とします。女子生徒については帰宅方法の提出をして頂きます。男子生徒は、自分のパートナーの帰宅方法を確認して、一人での帰宅をしないよう、最後は自分が送るつもりで行動をお願いします。以上で終わります。詳細は、旅のしおりを熟読してください。最後に時間が決まっている事項で、乗り遅れても自己責任です。くれぐれも遅れないようお願いします。」

「遅れたらどうなるのですか?」

「自分で考えて、後から追っかけていただくしかないと思います。」

「了解した。それと旅館の都合とは何ですか?」

「はい、この前の地震で旅館の営業が出来なくなったとの事です。以前から、改装の準備をしていたそうですが、地震で止めを刺されたとの事で、特に空調設備と給排水にダメージがあって、お風呂の提供が出来なくなったので、改装を前倒しする事にして、代わりの宿泊先を探して頂いたのですが、到着日はなんとか見つかったのですが、次の日は全く空きが空く、このような事態になりました。ほんの三日前に連絡がありました。」

「以上で、よろしいですか、それと、飛行機と列車の席については当日までに私の独断で決めて連絡します。北海道は、まだ肌寒いので服装には気を付けてください、天気予報のチェックを忘れないようにお願いします。それではこれで終わります」

と、長い説明が終了した。それぞれの想いはあるが、自由行動がクラスで行動する事が了承されてホットした感じだったが、帰宅が遅くなるので、特に女子生徒は「駅からどうするか早く決めないと、時間がないので」と、思って教室を後にした。

 その後、女子生徒からの帰宅方法の提出があったが、大体親御さんが駅まで迎えに来る事になっていたが、その駅がまちまちなので迎えに来る駅までは、だいたいパートナーの男子生徒が送る事となっていた。

 「最後に、服装についての言及があった。制服・私服どちらでもよい事になっているが、なるべく制服での行動をお願いしたいとの生徒会から要望があった。特に女子生徒については、スカートよりもスラックスでお願いしたいとの連絡がありました。」

これはあくまでもお願いであります、強制ではない事も卓也はつけ加えていたが、ほとんど強制みたいなものであることは疑う余地がなかった。

 修学旅行が近づいて来た。琴葉は、旅行に必要な物の買い出しを計画していたが、二人だけで行く方法を模索していた。それは、楓と春香も同じことを考えている気配がした為、卓也を誘うと四人で行く事になりそうだからだった。それで、ご無沙汰している琴美と幸樹を使うことにして、子守を兼ねて買い物に誘う事にした。

 学校からの下校時に、卓也と久しぶりに一緒に帰っている琴葉が突然、

「卓也、今度買い物行かない?二人連れて、旅行に必要な物買いたいから、」

「いいけど、何時行くの、そんなに時間ないよ、まだ、決めなければならない事もあるし」

「そうね、月曜出発だから、その前の土曜日でどうですか?」

「いやあ、その日はちょっと、約束があって、」

との言葉に琴葉は、「先を越された」との思いがめぐり、

「楓、春香どっちと約束したの・・・・・・・・・・・・・・・まさか、二人と」

「はい、二人から琴葉と同じ理由で誘われて、俺も買い足したいものあったから」

と、返事をして琴葉を見ると、すでに誰かとしゃべっていたかと思うと、唐突に

「了解が取れた、四人で行きましょう、幸樹と琴美も連れて行く事も了解が取れたから、今度の土曜日に買い物に行きましょう。集合時間は相談して決めるから、決まったら連絡しますので、よろしく」

と、すべて決めて卓也の意見など無視する形で決着して、満足げな笑顔を残して自宅に消えていった。

 次の日に、楓と春香から、楽しみにしている事を告げられて、何か拍子抜けを感じたが、みんなが納得しているなら問題ないと思う卓也だった。

 直ぐに土曜日がやって来た。昼一時にショッピングモール集合なのでそれに間に合うように北島家を訪ねて、四人で北島家を後にした。久しぶりのお出かけにテンションが高い琴美と幸樹の手を引いてショッピングモールへと急いだ。幸樹があまり抱っこをせがまなくなって、自分で一生懸命歩く姿に成長を感じてうれしく思う反面、何故かさみしい気持ちがこみあげて来る卓也だった。

 ショッピングモールへ着くと既に二人が待っていた。すっかり仲良しの琴美とは、久しぶりに会ったので、三人で再開を喜んでいた。幸樹は、綺麗なお姉さまに恥ずかしいのか、卓也の後ろに隠れていた。綺麗な女性が大好きな幸樹だから、慣れればくっつくとの事でそのままにして、買い物へ。ここで以前の反省から卓也は、分かれての買い物を提案、卓也は下着類が欲しいだけだったので、二人の子守はするからとの条件で、分かれての買い物になった。女性の買い物に付き合うのは大変な事を学んだ結果だった。用事がすめば、三階のゲームコーナーにいる事を告げて別々の行動となった。その為、美女三人は、まずは下着売り場へと急ぐこととなった。下着売り場へと急ぐ三人を見ながら、分かれてよかったと思う卓也だった。

卓也は、新しい下着と靴下を購入、買い物は直ぐに終わるので、ゲームコーナーで三人が来るのを待つことになった。幸樹が少し大人になっていた為に、一人で見る事が出来るのであったが、走り回る二人に汗だくで付いて回っていた。

 その頃、三人は、必要な物を買うためにあちこちとお店を回っては、楽しい時間を共有する事となるが、卓也が待っていることなど忘れているかのように、テンションが高い三人だった。確かに、卓也が待っている事を忘れていたのであったが、少し荷物が重くなった時に、卓也を思い出して、荷物を預けにゲームコーナーに卓也を探しに来て、卓也を見つけるなり、荷物を預けて直ぐに消えていった。その素早さに卓也はあっけに取られて、開いた口がふさがらないとは此の事だと思っていた。遊び疲れた二人にジュースを飲ませながら待っていると、三人がやっと合流した。合流するなり、お腹がすいたとの言葉に、卓也が買い出しを命ぜられ、近くのクレープを購入する事となった。全員のリクエストをとってクレープを購入、戻ってみると琴美と幸樹と楓と春香が仲良く遊んでいた。クレープが届いたことを告げると、直ぐに戻って来て全員でおいしく戴いた。食べ終わると又四人で遊びに出かけて行った。すっかり仲良くなっていたのである。そこで琴葉は、母から頼まれていた食材を買い出しに行く事を思いつき卓也を連れて行く事を二人に告げて、その場から離れる事にした。今までなら、そんなことはできなかったと思うが、幸樹が少し大人になって琴葉がいなくても大丈夫になったおかげでもあった。

 暫くすると何を買ったのか分からないが、それなりの大荷物で帰ってきた。そこで、帰宅する事になったが、遊び足りない幸樹が駄々をこねる場面があったが、子供の本能だろうか、これ以上駄々をこねると置いて行かれる事を察知したのであろう、突然いい子になって、楓と春香にバイバイの挨拶をしていた。お別れがさみしいのは誰もだが、やっとの想いで二人に別れを告げた琴美と幸樹は、卓也に手を引かれて、北島家へと急いだ。重い食材は、卓也が背負っていて、自分の買い物は重くないので肩にかけて二人の手を引いていた。琴葉の荷物は下着類が入れてある為に、さすがに卓也に持ってもらうわけにはいかないので、琴葉が持っていた。ほどなく北島家に到着、いつもの様に、両親が出迎えてくれたが、家に上がると帰れない事を察知した卓也は、早々に退散をする事にした。なにかと理由をつけて、後ろ髪惹かれる思いで北島家を後にした。

 二日後、いよいよ修学旅行に出発の時である。



第二十二章 修学旅行へ


修学旅行への出発の時が来た。卓也は係りとして、集合二時間前には空港に着きたいと考えたが、さすがに早すぎて移動手段がなく困っていた所、琴葉の父が車で空港まで琴葉と一緒に送ってくれる事になった。月曜の朝なので仕事を持っている親は送る事が出来ないが、琴葉の父は時間に融通が利く立場にいたようで、卓也は助かっていた。空港へは車より、列車の方が確実なので列車を推奨していたが、早く行く卓也は車でも問題なかった。

第一日目

 朝五時、卓也は琴葉の自宅前にいた。すると車から父が出てきた。その後に琴葉もいたのである。卓也は琴葉が起きてこられるか心配していたが、琴葉の姿を見て安心して笑みをこぼしながら「おはようございます。」と声をかけた。「おはよう」と帰ってきた。

「何が嬉しいの、私が起きているのがそんなに珍しいの、ご心配なくちゃんと起きました、ちょっと大変だったけど、起きられるか心配だったけど、起きました。」

と、自慢げに言い放つ琴葉に、「何、自慢しているの」と心の中で思いながら、荷物を車に積んで、母親に挨拶をして空港へと向かった。車の中では、本日の最終確認がされていた。飛行機の座席表、バスはクラスに一台なので座席は適当で大丈夫、列車は座席表を作って掲示してある。ホテルの部屋は、大丈夫と、確認する事をすべて行った所で、お弁当が出てきた。母の手作り弁当で、朝が早いので朝食をとれないで有ろうとの気遣いからで、それを、少し頂いて、残りは空港で頂くことにした。なぜなら、頂きかけたら空港に着いたからだ。「ありがとうございます。」と何度も言っている卓也に、荷物を下ろして集合場所へと急ぐ様に促す父の姿に琴葉は「自慢の父です」と、叫びたい気持ちを抑えて集合場所に向かった。二人の後ろ姿を優しい眼差しで見送る父の姿があった。

 集合場所に着くとすでに旅行会社の担当者がきていた。挨拶を済ませて他のクラスの担当が来るのを待つことにした。その間に先ほどの弁当を頂くことにした。大変手の込んだおいしい弁当だった。この時間に作るのに母は何時に起きたのだろうかと琴葉は思いながら、お弁当を頂いていた。食べ終わる頃には、担当者が揃っていたので空港での手続きの最終確認の説明がされて、クラスメイトを迎える事となった。

 遅れて来る輩がいないかそれだけが心配だった。天候は、問題なかったので欠航になる心配はなかったので、無事に全員で旅立てる事を祈るばかりだった。予定の時刻が近づくと、ぼちぼちと生徒が集まり始めていた。旅のしおりの時刻を参考にして来たので、問題なく集合できるようだったが副担任がいない事に気が付いたので少し焦ったが、空港で迷子になっていたようで、トイレに行った後で迷子になったと恥ずかしそうに誤っていた。さすが、早苗ちゃん、可愛い先生だと男子生徒は思った。この学校は、教員免許を持っていない人材を副担任に据えて、担任の負担軽減に努めていた。その為、授業を教える事は無かったが、クラブの顧問や、専攻授業の担当をしていた。本年度の生徒は優秀で、集合時間までに全員が揃うと言う快挙が達成されていた。いつもは必ず遅れる輩がいるので、飛行機に乗り遅れるまでの遅刻はないが、集合時間に遅刻する生徒は必ずいたのである。さすがにこの時間になると、空港内は人であふれだしてきた。予定時刻にはまだ時間があるが、全員そろっているので、搭乗手続きを開始する事となった。一組から順番に荷物を預けて保安検査を通過、搭乗ロビーで集合となった。やっと落ち着いて物事を見られると思う卓也だったが、のどの渇きは凄まじかったので、さっそく飲み物を買っていた。しばしの静寂の時、各クラスの人員の確認が済んだ頃、飛行機への搭乗が始まった。あらかじめクラスごとに配られた搭乗券を順番に渡していく卓也、渡された搭乗券には座先番号が書かれていて、それに従って席について行った。ほどなく客室乗務員の機内説明が始まり、ドアのロックが確認されると、飛行機は静かにターミナルを離れた。予定時刻の出発で、程なく離陸位置に到着。エンジンの回転数が上がっていくと、後ろの席では、かなりのエンジン音が聞こえた。離陸滑走が始まった。とてつもない加速に驚いている暇もなく、飛行機は空高く舞い上がった。どんどん上昇していくのが分かったが、しばらくすると機は平行になった。翼付近の座席の生徒には、下は見えないが、翼の動きが分かるので、オタクにはたまらない席ではあったが、座っている生徒がオタクなのかどうかは確認していない。直ぐにシートベルトサインが消えたが、何もなければ席についてシートベルトするようにと説明があったので、席を立つものはいなかった。卓也の隣には、やはり琴葉がいたが、これは担当者の打ち合わせの為に隣同士にしたのである。その他の生徒はシャッフルした搭乗券を渡した為に、かなりの面白い組み合わせが起こっていた。安定飛行になってからどれくらいたっただろうか、約二時間のフライトではあるが、今はどのあたりを飛んでいるのだろう、下はあまりにも小さくて全く分からなかった。

「着陸するために高度を下げます。」とアナウンスが入った。暫くすると、北海道の大地が分かる高度まで下がってきた。翼が広げられて、着陸態勢に入っている事が認識できるが、順番待ちだろうか旋回しているような気がする。一度旋回した気がするが直ぐに最終降下を初めて、無事釧路空港へ着陸をした。

ターミナルビル近くに止まってから暫くするとドアが開けられて、到着ロビーへと急いだ。機内では降りる準備をスムーズと言うか、機内に持ち込む荷物を極力少なくするようにしてあったので、スムーズに降りる事が出来た。降りた生徒達から預けた荷物を受け取り到着ロビーの集合場所に急いだ。問題なく集合が完了して、バスに移動、席は適当で、奥から順番に座っていく感じで、全員乗ったのを確認したら、バスがホテルへ向けて出発、三十分ほどでホテルに到着、ホテルでは出迎えの従業員の方々から、歓迎されたが、荷物を指定の場所に置いて、昼食を頂く為にレストランへ、バイキング形式の為、自由な食事となった。

 次の時間が決まっている為に、少しあわただしかった気がするが、バイキングの為、食べ過ぎない様にするにはよかった気がする。食事を終えた者から随時釧路駅に移動

出発時刻までには全員の確認が出来て、なかなか優秀な滑り出しとなった。そのまま、係の案内で列車に乗り込み、釧路湿原の中を走る列車を堪能、途中の二駅では、一組のグループが途中下車を申し入れていた為に、予定通りに下車をしていった。もちろん卓也と琴葉が下りる事はなかったが、折り返し駅の塘路駅到着、ここで一時間ほど停車して、折り返し運転がされる。ここで、思い思いの事で時間をつぶすしかなく、駅周辺には、娯楽施設があるわけでもないので、恋人たちの時間まではいかないが、カップルで時間を過ごす風景が見られた。各車両は、一旦下車して乗り込めないが、時間が来ると乗り込めるために、乗車案内がされると続々と乗車していった。席はクラスごとに分けてあるので、その範囲なら自由に移動できる事となっていた。各車両には案内役件車掌がいて乗客の面倒と言っても他の客はいないのだが、自分の担当車両の人員を確認して連絡すると、静かに釧路駅に向かって折り返し運転が開始された。

 途中の駅で、下車したグループの乗車を確認、帰りは何故かすごく早い気がしたが、無事駅に到着、それぞれ記念写真を撮って駅を後にした。

 ホテルに着くとまずはロビーで人員の確認後荷物を各自持ってフロントへ、フロントで名札によるチェックをすると、フロントモニターに名前とパートナーが表示、部屋の番号も表示されて、その表示に従ってカードキーが渡されていった。学校側から渡されていたデータとリンクさせていた為で、ホテル側の負担軽減に役立っていた。なぜなら、部屋割りは専門の先生が残って行って入力していたからだ。ロビーでは

「この後は、各自部屋に戻って自由な時間ですが、午後七時から大広間で全員での夕食があります。遅れないように準備してきてください。」

「外に出てもいいのか?それと服装は」

「ホテル内だけです。外に出るのは厳禁です。それと服装ですが、決められていません。各部屋には浴衣がありますが、食事の時の服装として指定されていません。」

「お風呂は、最上階には展望大浴場がありますので、そこを利用してください。」

「この後、フロントでパートナーのどちらかが名札によるチェックをして頂くと、部屋のカードキーを頂けますので、どちらかフロントで受付をお願いします。」

との説明で、一斉に動き出す生徒達であった。それぞれカードキーを受け取り、部屋に向かっていったが、卓也と琴葉は全ての受付が終了するまでいる為に、春香が部屋番号を琴葉に耳打ちして上がっていった。健太も同じように卓也に部屋番号を告げて去っていった。誰がどの部屋なのかわ卓也でさえ知らなかった。会議では、基本的に男子が下の階・女子が上の階とだけ決まっていたので、部屋割りは教諭たちだけが知っていた。

 まだ、夕食までは時間があるので、さっそくお勧めの大浴場へと向かう生徒が多くいた。ただ、男子はがっかりしていた。それは、完全に男女が分かれていた。男子が女子のお風呂のある階に足を踏み入れる事が出来ないようになっていた。女子はホテルの最上階、男子はその下になっていた為で、男子達はお風呂に行って、その警戒具合に肩を落としていた。ホテルのパンフレットでは、そこまで詳しい事が分からなかった為、淡い期待を抱いていたが、無残にも打ち砕かれていた。大浴場で、どんな光景が繰り広げられたのか、声さえ聞こえない男子達の落胆はとても大きかったが、まあ、それはごく一部の生徒の話なので、あまり問題にはならなかった。修学旅行で女子のお風呂を覗きに行かないのは女子に対して失礼に当たるなどと言っているのは妄想にすぎない事を、若い一部の男子には分からない事ではあった。落胆しながら部屋に戻ってくる生徒が案外多い事にびっくりしている卓也だったが、何故、落ち込んでいるのか全く分かっていなかった。遅れて部屋に着いた卓也に

「なぜ、夕食時の服装を浴衣限定にしなかった」

と、健太が卓也に詰め寄っていたが、「会議で決まっていただけ」との返答に納得するしかなく、浴衣で来る事を願うしかないと思う健太だった。まあ、年頃の男子生徒なのだから仕方がないが、そう思っているのは健太だけではない事は事実である。

 卓也は、遅くなったので、お風呂には行けずに夕食の大広間にいた。クラスの担当者は、お風呂に入っている時間などなく、部屋に戻って直ぐ大広間に来ていた。生徒会メンバーと一緒に夕食の打ち合わせの中で、卓也と琴葉が司会進行をする事になった。司会と言っても、最初と最後を決めるぐらいなのでたいしたことはないが、それでも、大役であった。もちろん、今までの卓也だったら失神してできなかったと思うが、今は、そうでもなかった。もちろん、司会開始までは足は震える、のどは乾く、脂汗は出る、と凄まじい緊張に襲われてはいたが、一度出てしまうと何とかなるものであった。卓也と琴葉は打ち合わせに余念がなかったが、その他のメンバーは、席に番号を置く作業と、先生方の席の指定に忙しく動いていた。時間が近くなってくると、ぼちぼち生徒が集まり始めていた。まだ準備が出来ていないので、近くのロビーで待機となった。大広間では女中さん方があわただしく準備をしてくれていた。手の空いた生徒からお手伝いをしていたが、あまり役に立っているようには思えなかったが、ホテル側からは感謝されていた。準備が整い、大広間に入場が開始された。入場の際、入り口でくじを引いてそこの番号の席に座るように案内がされて、来る生徒が驚きを隠せなかったが、男女が交互に座るように別々にくじが引かれていった。もちろんクラス単位ではない為、自分の隣が誰になるかなど、誰にも分かる筈はなかった。

すべての席が決まったのは、時間前で、それぞれ名札持参になっていたので、相手の名札で、どこの誰なのか確認する姿があった。もちろん知った顔が隣にいる者や、全く知った顔が周りにいない者もいた。最後に、開いている席に、係の者が適当に散らばって着席

校長が生徒会長の案内で着席、修学旅行初日の夕食会がスタートした。

「まずは最初に、校長先生より短い挨拶をお願いします」

と司会の挨拶に、校長が、短めの挨拶を終えると、次に

「生徒会長の号令で食事にしたいと思います。よろしくお願いいたします。」

と、司会からの紹介に、生徒会長が席を立って、前に進んで

「それでは、本来なら乾杯ですが、これは宴会ではないので、全員合唱して、全員でこの料理を作ってくれた人たち、並びに、準備してくれた人たちに感謝して大きな声でいただきますと言って食事を開始したいと思います。それでは全員【合唱】【いただきます】

の合図で全員が二拍して【いただきます】と、言って食べ始めた。これは、旅のしおりに赤文字で書かれていて、生徒会からのお願いではなくて、命令に近い文面になっていた。

 知らない者同士でも、同じ学校で同級生の間柄、直ぐに、話が弾んでいくのは当たり前なのかもしれない。ここで偶然隣の席の人と後に夫婦になった話はやはりあって、実際結婚したカップルがいるのは事実であった。

 暫くは歓談が続いた。連絡先の交換をするものもいたようだが、次々と運ばれてくる料理に舌鼓を打ちながら、おいしく戴いていた。ここでは先生方も生徒に交じっての食事をして頂いていた、先生の隣になった生徒には申し訳ないが、これも運命と思ってあきらめてもらうしかなかった。卓也と琴葉がおもむろに立ち上がって会場を出て行って、しばらくすると、誰かを連れて戻ってきた。そして

「皆さん注目、今、無理を言ってこの料理を作っていただいている、此のホテルの総料理長に来ていただきました。みんな拍手」

「見てください、驚きました。こんなに若くてイケメンだとは思いませんでした。」

「それは、いいとして、料理についての説明をお願いします。」

との案内に、総料理長が、本日の料理について説明をした。

「ありがとうございました。」

と卓也が言葉を添えた。すると会長が、卓也のマイクを奪って

「みんな、今こうして頑張ってくれているホテルスタッフの方にお礼を言いたい。」

「我々の為に今頑張って下さっているスタッフ全員に、ほんとにありがとうございます。」

との掛け声に、全員でありがとうの掛け声と拍手が沸き起こった。状況を読めないスタッフは何が起こったか分からず、目が点になっていた。その、間隙をついて、

「スタッフの方々、生徒より祈念写真の依頼があったら受けて頂きたい、ただ、強制ではありません、いやな時は、必ずはっきり断ってください、生徒も断られたらそれ以上しつこくしない事を徹底してください、よろしくお願いいたします。」

と、生徒会長からの一言で、あちこちでスタッフとの記念写真を撮る風景が見られた。中には、大変綺麗なスタッフもいたので、大人気だったが、料理長も女子生徒から大人気だった。ここで、会長から

「写真を撮るだけです。連絡先の交換はしないよう、ましてや口説くことなどあってはなりません。いいですか!」

と一部の男子にくぎを刺す言葉が発せられた。

その後、メインディッシュが登場、デザートを頂いて食事のコースは終了する。男女で食事の量が違っていた為、女子生徒でも完食出来たのであるが、琴葉は、何か足らないと思っていた。卓也は、少し食べすぎたかなと思っていた。すべての生徒が食べ終わったと思われるので、卓也が、夕食会の終了を宣言すべくマイクを持った。

「はい、それではこれで、夕食タイムの終了です。此の後について、就寝時間は十時です、明日もありますので夜更かししないように、大浴場も十時までやっています。朝は、七時からレストランでバイキング形式の朝食が頂けます。九時にバスが出発しますので、ホテル前に集合してください。出発までは自由時間ですので、自由にしすぎて遅れないようにお願いします。それでは、会長、号令をお願いします」

と、生徒会長にマイクを渡した、生徒会長はマイクを受け取って

「大変おいしい料理をありがとうございました、全員で【ごちそうさまでした。】」

と言って、手を二回たたいた。それに合わせて生徒も先生も一緒にしたのだった。もちろんこれも旅のしおりに書いてあった事で、生徒会より厳命であった。席を立ち始めた生徒たちが、目の前にあるお膳や食器を片付け始めたのである。同じ物を集めて廊下にあるワゴンに運びだした。お膳は重ねてこれも専用台車に乗せていった。これは最初から予定されていた事で、琴葉が係のスタッフの指示を伝えていた。全員での片付けに、あっと言う間に大広間が何もない状態になって行った。

それで、全員に部屋に帰る許可が出されて、それぞれ部屋に帰り始めていった。帰りながら飲み物を買うもの、食料を求める者などがいたが、部屋に戻った生徒たちは、女子生徒のほとんどが、お風呂に行ったようだった。暫く大広間で待機してスタッフと打ち合わせをしていた卓也達係の者達も、解散となって、自分の部屋に戻る事が出来た。特に係の者達は、準備の為にお風呂に行っていなかった為、お風呂セットをもってお風呂に出かけて行った。卓也と、琴葉は三人部屋の為他とは違う階にいた。楓・春香は琴葉と一緒にお風呂に行っていた。大浴場なので百人ぐらいは余裕で入る事が出来たのだが、多くの女子生徒がお風呂に向かうエレベーターで一緒になった男子生徒は、風呂場の中の様子を想像したことでしょう。

第二日目

 朝が来た。起床時刻はそれぞれにまかせてあるので、決まってはいなかった。卓也は六時には起きて準備をしていた。朝の支度を済ませると早々にロビーに向かった。ここで本日の予定の確認が代表者集合で行われるためであった。朝食が開始されるまでの時間を使っての打ち合わせで、本日は、ほとんどお任せの為、何も無い事の確認がされた。

 七時朝食が開始されると続々と生徒たちがやって来た。九時には出発の為、そんなにのんきにしている暇もないので、簡単に済ませて出てゆく生徒が大半であった。その中で、琴葉は、いつもの様にかなり食べていたような気がする。時間が来ると一番に入場して食べていたので、卓也は、いつもと変わらない光景だなと思いながら、卓也も食べていた。嵐のように去っていた生徒達の後に、遅れてやってくる生徒も数人いたようだが、それぞれの考えての行動なので、中には食事をしない生徒もいたようである。特に、夕食を食べすぎた生徒もいたようである。それぞれの考えで用意を済ませて、定刻、玄関前に集合した。荷物は最小限でいいので、皆、遅刻者もなくそれぞれのバスに乗り込んだ。今回は、各クラスにバス一台なので、一組はパートナーと一緒で席は何処でもよいと言われて、我先に乗り込む輩もいなかったので、それぞれ思うところに座っていった。卓也班は最前列がキープされていて、二列目に先生が座っていた。全員の確認が取れたので

「今日の予定は、釧路周辺の阿寒摩周国立公園を回りますが、ルートについては旅のしおりに書いてあります通り、私も知りません。ルートについては、バス会社が中心に計画を立てて頂いていますので、楽しみにしましょう。たぶんですけど各クラス単独だと思います。この後何処へ向かうかは、着いてのお楽しみだそうです。それでは、マイクを綺麗なバスガイドに返します。ありがとうございました。」

と、マイクをバスガイドに渡したのである。

ここでガイドの自己紹介があり、運転手の紹介後、他のバスの準備が整った事が確認されて、ホテルを後にした。

 摩周湖・サロマ湖・屈斜路湖・阿寒湖・丹頂鶴保護施設を見学、摩周湖はほんとに霧がかかっていて幻想的な風景だった。サロマ湖は、展望台から見るオホーツク海の眺めは綺麗の一言で、ホタテがとても美味しかったです。屈斜路湖では、湖畔を掘るととんでもないものがわいてきて、皆で大はしゃぎだった。この後昼食を摂って阿寒湖へ向かった。阿寒湖の遊覧船で行ったマリモは、神秘的であった。此の遊覧船では、四組と一緒に行動する事となった。ここでは、二組に分かれて乗船していたようで、一組・四組が昼食後で、二組・三組・五組が昼食前に乗船していたようだ。遊覧船内では、皆がそれぞれの人との思い出を作るべく、交流を深めていたようだが、卓也は船が弱いらしく元気がなかった。船に酔ったのであった。下船後は、少しだけ回復したようだが、最後の訪問地の丹頂鶴の保護施設を訪問、此の自然公園内の取り組みを係の人から説明を受けた。自然公園を後にした事で、後はホテルに帰るだけとなったので、ホテルへ帰った後の事が卓也から話された。

「ホテルへ着くと、後は自由時間です。ホテルでは夕食は出ませんので気を付けてください。但しホテル内のレストランでの食事はできますので、と言っても、この後、午後七時に連絡してある場所のお店に集合です。ここでクラス会をしますのでよろしくお願いします。お店では、八時半まで時間は取ってありますが、九時門限です。途中退場も自由です、単独行動をしない事と門限を守れば自由ですので、ホテルからは少し歩きますが、問題ない距離だと思いますので遅れないようにお願いします。

との説明があって、ホテルに帰ってきた。ホテルに着くとフロントで入館チェックをして部屋へと消えていった。大体同じ時間に他のクラスも帰って来ていたので、考える事は同じみたいで、一斉にお風呂に殺到していた。時間はかなりあるので、そう慌てて入る事もないので、後から入る事にする生徒もいた。お風呂から上がった生徒達から、外に出かける生徒がぼちぼち出始めていたが、他のクラスも同じようにクラス会をする事になっているようで、お店が重ならないように調整されていた。

 卓也達四人は、少し遅れてお風呂に入ってから、街へと繰り出していた。なにかお土産でも買うつもりだったが、おしゃべりしながら、街中を歩いているだけで楽しくて時間があっと言う間に過ぎて、約束の時間になっていた。七時前にお店に入ると、直ぐ後から来たグループで全員そろったようだった。今回は席に着いては全く決めていなかったので適当に座っていた。

 居酒屋での宴会で、アルコールは出さないように最初からお願いしてあるので、メニューからもアルコールの表示が削除されているぐらいだった。ここで先生の話になり、卓也から「先生は、ホテルのレストランで食事して、もちろん旅行中のアルコールは厳禁になっているので、後は知りません」との事であった。そこで門限に着いての突っ込みがあったが「門限を過ぎるとフロントが締まるので、部屋に入れなくなるから門限は守る様に」との事であった。夜中に出かけるつもりの輩は、作戦の練り直しを考える事となったが、問題を起こせば即強制送還が待っている事が告げられて、納得して門限厳守を誓うのであった。十時には完全に玄関が閉められるので出る事も入る事も全く出来ないので気を付ける様にと、旅のしおりに書いてあったのであった。時間が経つと、テンションが上がるのか、お酒も入っていないのに、卓也に絡んでくる奴が出てきた。卓也の隣には琴葉がいて、前には楓と春香がいる事への嫉妬ではあったが、男子ならぜひ座ってみたい席だから仕方がないが、卓也にはあまり心地のいい所ではなかったようで、あっさりと席を譲っていた。その光景に、ふくれ面をして不満顔をしている三人だった。

 憧れの席に座ったが、その三人の視線に耐えきれる人物などいる筈もなく、直ぐに値を上げて、卓也に交代していた。それを見ていた男子達は、憧れの席に座ろうとしようとはしなかった。皆思っていた、「あの席は地獄だ。」「あの席は卓也の指定席だ。」「あの席は、凡人の俺たちが座ってもいい席ではない。」と考えていたようだ。

皆それぞれに楽しい時間を過ごしたようだが、開始から一時間ほど経ったであろうか、席を立とうとしている生徒がいた為に卓也から

「それでは、一旦この時間で閉めさせていただきます。明日ですが、七時から朝食が出来ますが、釧路駅八時十九分発の為、駅に八時集合ぐらいにはしたいと思いますが。荷物等の準備をして、朝食、そのままチェックアウトをして駅に向かうのがベストだと思いますので、遅れないように本日は夜更かしなどしないようにしてください。チェックアウトを先にすると、システムが反応しなくなります、レストランに入場できなくなりますので、気を付けてください。それではこれで幹事からの連絡終わります。」

誰とは言わないが、どこからともなく

「ホテルに帰る者は帰ってくれ、女子生徒は男子と一緒に帰るように、まだ食べたいものはもう少し時間があるから」

との声に、帰る者、残って食事の続きをする者とに分かれた。ただ、残ったのは二組だけで、もちろんその中に琴葉が居たのは当たり前であった。

 琴葉はぎりぎりまで食べていた。三人はその光景を見ているだけでお腹が膨れると思っていた。時間が来たので、まだ注文しようとする琴葉を半ば強引に店から出してホテルに向かった。途中のコンビニで何か購入していた様だが、卓也には分からなかった。別のグループと八人での夜の街の散歩になったが、まだまだ肌寒い中を寄り添いながら、美しい星空の下を歩いていた。寄り添うと言っても、卓也にだけだが、ここでも卓也の右隣の争いがあったようだが、結局誰も腕を組めなかった。それを見て、別の男子いや、健太も真似をして、右手を出して女子から惹かれていた。時間通りにホテルに到着、それぞれの部屋に入館手続きをして向かっていった。「おやすみなさい。」

第三日目

 朝が来たが、皆かなりの早起きをしたようで、朝風呂に行けるぐらい早起きをしていた。それもそのはず、皆帰るとそのまま寝ていたようだった。朝は五時からお風呂があるので早寝早起きをして朝風呂を堪能する生徒が多くいた。

 七時にレストランが開くと、続々と荷物を持った生徒が入場してきた。思い思いに皿に食材をとって席に着いて朝食を頂く生徒達、卓也も琴葉も一番に食事を頂いて駅へと向かって行った。琴葉は、まだ、食べたらないようだったが、琴葉を放置しているといつまでも食べているので、別に食べなくてもいい楓と春香に強引に駅に向かわされていた。もちろん、チェックアウトをして駅に向かって行ったが、駅に着くともう何人かの生徒が来ていた。その後から、続々と生徒たちが駅に集合し始めて、時間までには全員の確認が取れていた。定刻、列車の準備が出来た事で、乗車可能になったとのアナウンスが入った。乗車すべくホームへと向かった。今回の座席は、あらかじめ卓也の独断で決められていたのだが、独断と言っても、パートナー同士の席なので、前後に誰がいるのかが変わるぐらいで、バスとたいして変わらなかった。

 定刻、列車は釧路駅を出発、一路札幌へと向かった。景色を堪能する者、車内で遊ぶものそれぞれの時間を有意義に過ごしていた。なにせ四時間かかるから、皆それなりに準備をして居たようだが、ゲームに興じる者と、スマホを見ている者が圧倒的に多かったようだ。十一時になると駅弁が配られ、少し早いが昼食を頂く事となった。JRが気合を入れて準備しただけの事があるおいしさだった。さすがの琴葉も満足していた。女性用と男性用があるようで、まだ調子の悪い卓也の分を半分琴葉が食べていた。

 もともと食の細い卓也の倍は食べる琴葉は、全く周りの目を気にすることなく、ほんとにおいしそうに、又、幸せそうに食べる姿は有名で、そんな琴葉だから、密かにファンクラブなる組織が誕生していた。同じ車両にいる別のクラスの男子達は、琴葉・楓・春香に自分の事をアピールするのに必死だったが、その光景は、周りから見ると、特に一組の男子から見ると、無駄な努力をしているので、かわいそうに見えていた。此の頃から、此の三人が卓也をめぐって争っていると感じていたのかもしれない。

 定刻、札幌に到着。そのままホテルへ直行する事になった。今回はクラス別々のホテルなので、クラスを間違える大バカ者がいない事を祈るしかなかったが、無事に全員ホテルに到着、部屋の準備がまだできていないとの事で、係の案内で荷物を置いて、札幌の街へと繰り出した。さすがにここでは、詳細なプランは無く。卓也班も行き当たりばったりの散策を予定していたが、かなりのクラスメイトが付いてきていた。ついてくるのはいいが、夕食は、それぞれでお気に入りのお店を探して頂くことを条件に着いてくる事を承諾していた。六月の平日なのに、ほんとに大勢の人で街は溢れかえっていた。

 展望台・公園とあちこち歩き回った気がするが、元気が有り余っている生徒達には問題はなかった。札幌市が推薦する観光めぐりを参考にしているので、かなりの場所で同級生たちと鉢合わせをしていたが、仲が悪いわけではないので別に問題にはならないが、参考にしている所が同じであった事で、みんなで大笑いしていた。

 最後は、やはりすすきの繁華街で夕食をほとんどの生徒が計画して、それぞれの方法でお店を探していた。卓也たちは、琴葉の両親が顔なじみのお寿司屋があるので、そのお寿司屋で頂く事になっていた。街の大通りの一本筋違いの所にある寿司屋にたどり着いた三人は、それなりに大きく立派な建物に驚いていた。琴葉はきたことがあるので驚いてはいなかったが、お店に入るとかなりの人がいて、少し入るのをためらうぐらいの雰囲気があったが、レジにいた人に声をかけると、奥から男性が飛んできて、四人を歓迎してくれた。周りから「大将」だとの声が聞こえていたが、大将は、琴葉の成長にほんとに驚いているようで、琴葉が前回来たのが小学生の頃で有る事が話から分かって、他の三人の紹介が済んだ時には、奥の個室へと案内された。直ぐに、おかみさんらしき人が飲み物をもってきて、琴葉の成長した姿に涙を流さんばかりに喜んでいた。直ぐに、お寿司をもって大将がやって来て、三人は、唖然としながらほんとにおいしいお寿司を頂いていた。もちろん三人が知りたいのは北島家との関係であるのは明白で、それを聞きたくて、食事が進まなかった。そして卓也が思い切って聞いたのであった。

「琴葉さんのご両親には只ならぬご好意を頂いて、此のお店が今ここにあるのもご両親のおかげなの、赤字なのを覚悟して、これだけのお店を立てて下さったのよ。ご両親は前の借家の小さなお店の常連だったのが縁で、会社の融資と言う条件でこのお店を立てて下さったの、主人の腕を信じて、今ではこんな大所帯になって嬉しい限り、だから、今日はいっぱい食べてください。料金はあとでお父さんから頂くから、」

と、とびっきりの笑顔でおかみさんが話してくれた。すると、又、お寿司を持ってきた人が息子の幸一だと紹介されて、琴葉を見て思わず出た言葉が

「あの頃から可愛かったが、今は、それ以上に綺麗になって」

と、驚嘆の声しかなかった。そこで、おかみさんから

「今、嫁と孫がこちらに向かっていますから、それともう一人。」

と、息子にはもったいない嫁だと言っていた女性がお孫さん連れて来るらしいが、その言葉を後に、お店の人たちがいなくなったと思ったら、店員が散らかっているテーブルを片付けながら、思いがけない話をしてくれた。

「この個室は、大将専用の個室で、めったに使わなくて、今日来た常連さんたちが、大将がいる事に驚いて、それも案内しているのが高校生らしいことにまたまた驚いていて、店内ではちょっとした話題になっていますから、」

と、四人がお店に来た時の周りの異様な雰囲気の説明が付く話をしてくれた。話では大将は、札幌でも一二を争う人で、厨房に立つ事が少なくなって、大将の握る寿司を食べられる人はごく限られているから、常連さんたちはほんとに驚いているとの事であった。そんな話を聞いていると、お孫さんを連れた大将と女将さんが来て

「長男の嫁の彩夏に孫の綾香と隆一です」

と、紹介された。孫娘は女将さんの後ろに隠れていたが、まだ半年の隆一君を琴葉が抱っこして、直ぐに卓也に渡した。久しぶりに抱っこする赤ん坊ではあったが、ほんとに可愛い笑顔を返してくれて、女子三人は大はしゃぎだった。暫くそのままでいたが、楓と春香は抱っこをする事を望まなかったので、卓也が抱っこしていたが、次の食事が運ばれていたので、お母さんに返す事になった。母に抱っこされているのを確認するように、後ろに隠れていた三歳の綾香ちゃんが卓也の膝の上に座ったのである。子供の本能と言うべきか、赤ん坊を抱く卓也の姿が気にいったのか、自らの意志で座ってご機嫌な笑顔を浮かべて食事をおねだりしていた。直ぐにやめさせようとする女将さんに琴葉が、綾香ちゃんの分も持ってきていただけるようにお願いした為、子供の分が運ばれてきた。

その間、暖かい物をリクエストしていた為、茶碗蒸しが来ていたので、その茶碗蒸しを卓也は器用に食べさせていた。琴葉以外はその光景に、「開いた口がふさがらない」とか「あっけに取られる」とか「なんで」とかそれぞれの顔で見ていた。横に座る琴葉は、そのお手伝をしていた為、まさに夫婦の光景にしか見えなかった。その光景を楓と春香は複雑な思いで見る事となる。自分が卓也を好きになった理由が目の前で繰り広げられている事と、琴葉に勝てる要素が無い事を突き付けられている光景だから、只、見守るしかなかった。

 琴葉と、彩夏はあった事があるようで、よく聞くと、ここでアルバイトをしていた彩夏さんに息子が手を出したようで、とはいっても、ちゃんとお付き合いしだしたのは、大学を卒業してからですと名誉は守る発言もあって、アルバイトは高校から大学卒業までしていたので、可愛いい小学生だった琴葉とは何度か会って話をしているようで、その頃の思い出を楽しそうに話していた。そうしている内に女将さんが娘を連れて来た。学校がやっと終わって駆け付けてきたのだ。それは、琴葉がここに来るといつも一緒に遊んでいた夕子だった。もちろん同じ年なので、一緒に遊んでも楽しい時間になるのは当たり前で、いつも分かれる時は二人とも大泣きをしていたようで、中学生になってから会っていないので、久しぶりの再会に、お互い、あのまま大きくなったと言いあいながら抱き合っていた。再開を喜んでいたかと思えば琴葉が条件反射の様に卓也の隣に座って、綾香の世話をしだした。琴葉と違った魅力がある夕子と言うか、もともと女将さんがとても美人だからその血を受け継いでいるから当たり前なのだが、両手に花の状態になった。ただ、夕子は隆一の面倒を見ているだけだが、卓也を見てびっくり仰天していた。それは、兄と思っていたからだ、兄ではない事に気づいての反応だった。「なんで」と言う顔で卓也を見つめる夕子にかける言葉などなく、「そう言う事」としか伝えるすべが無い事は明白で、二人で卓也のお手伝いを悶々とすることになる。賄い的な料理が夕子の分として出されて、奥様と一緒に六人での食事会となった。ほとんどの話に入れない卓也と楓と春香だが、琴葉の想いで話が終わると、今、現在の話は問題なく話の輪に入れるので、それなりに楽しくはあったようで、特に、楓と春香は同じ年であるので直ぐに打ち解けて、時間を忘れておしゃべりに花が咲いていた。途中食べ終わった綾香と、女将さんがオムツを変えに席を外した時に、琴葉と、卓也もトイレに立ったので、夕子から「あれが琴葉の好きな人」との確認がされる発言に、楓と春香が同意したが歯切れの悪い返答に、三人とも好きな事に気づいた夕子の追及に、只、認めるしかなく少し落ち込んでいる二人だった。直ぐにトイレから帰ってきたので、それ以降の話をしなかったのは、この不可思議な関係を察して追及をしなかった夕子だった。

 大将自ら握るお寿司は、とてもおいしく、楽しそうに握る大将の姿に、常連客からは感嘆の声が上がるくらいで、自ら市場に行って仕入れてきた魚だと聞かされ、嫉妬さへ覚える客もいたぐらい、大将のご機嫌はよかったのである。自分で握っては自分で運んで少しおしゃべりをしては厨房に戻る事をしていた。門限が九時で有る事は伝えてあったので問題はなかったが、ホテルまでは歩くと少し時間が掛かる事を卓也は気づいていなかった。六時頃から始まった宴会も八時を過ぎていたが、女性四人のおしゃべりは止まる事を知らない様に続いていた。トイレから帰ると卓也は、隆一君を抱っこしていたが、その隣の夕子さんの膝に座っていた綾香ちゃんが卓也の膝に座って、二人を膝の上に乗せる事となっていた。左に隆一君を右に綾香ちゃんを乗せて、最後に出されたケーキを起用に食べながら食べさせていた。もちろんケーキなどはメニューにはないが彩夏さんのご厚意で用意されたものだった。ケーキを食べながら、先ほど送った写真の返事が琴葉の母から帰って来て、テレビ電話で話していた。うるさくて会話が聞こえない程だったが、最後は女将さんが直接話をしていた。楽しい時間は過ぎるのが早いのは当たり前で、もう帰る時間が迫っていた。俺もくれと、せがむ隆一に、クリームをとって食べさせている卓也が、とても高校生には思えない行動に、皆、時を忘れてその様子を見ていた。我に返った女将さんが、帰る時間だとやっと言葉にして伝えると、残念そうな声が聞こえたが、こればかりは仕方がなく、あきらめるしかなかった。お店の外にはミニバンが止めてあって、車で送ってくれるとの事、今から歩いて帰っていたら時間に間に合わないと指摘されて、しぶしぶ車で送っていただく事を承諾していた。隆一を抱っこして店を出た卓也は、車に乗る為に預けようとするが、なかなか離れてくれなくて強引に彩夏さんが引き取る感じとなったが、それはそれで納得したようで、外から、可愛いバイバイをして見送ってくれていた。幸一さんの「出発するよ」の声に、最後の別れの時大将に

「必ずもう一度来ます。今度は自分のお金でちゃんと食べに来ますから、それまで元気でいてください。今日は、ごちそうさまでした。ありがとうございました。」

と、卓也の心からのお礼の言葉に、大将は涙を浮かべて見送っていた。

 ほどなく、ホテルに着くと、幸一さんとの別れの際に、

「今度は来るのをほんとに楽しみにしているから、仕事か、プライベートか、それとも新婚旅行か分からないが、札幌に来るときは必ず連絡してくれ、俺もそれまでには腕を磨いて今日よりもっとおいしいお寿司を提供するから、いいな、約束だぞ」

「はい、約束です」

と、硬い約束の拍手を交わして、その後、琴葉に何か言ってから、車に乗り込んでいった。琴葉は何故か赤い顔になっていたが、とても嬉しそうだったのが印象に残った。

 車を見送って、ホテル内に入ると、副担任の上月先生が、何事が起ったのかと言わんばかりに寄って来て、お店の方に送ってもらった事を告げると、そんなことはあり得ない顔をしてなにか言いたいようだったが、言葉が見つからないようでそれ以上の追及は無かった。その頃には全員帰っていたようで、卓也班が最後だったようであった。先生は、皆が無事に帰って来てとても安心した顔をしたのが印象に残ったが、先生から明日の予定の書いた紙を受け取って、それぞれの部屋に向かった。もちろん、琴葉・楓・春香は同じ部屋で、卓也は、健太に連絡を取ってから部屋に向かった。部屋に着くと健太が何かとうるさいと覚悟はしていたが、手土産に持たしてくれたお寿司を渡すと、健太と公平から何もなく、「これ、ほんとにおいしい、卓也こんなの食べていたのか」と言いながら食べていた。卓也は、部屋のお風呂に入って上がってくると。それぞれ何を食べて来たのかの確認がなされていた。健太と公平は、自由行動の時は別行動をしていた為で、それぞれ食べてきた料理について講釈合戦となった。

 琴葉達は、大浴場がないので部屋のお風呂に順番に入っていた。あまり広くなかったので、一人ずつ順番になった。そして、琴葉が入っている時、楓と春香はすごく落ち込んでいた。琴葉には見せる事の出来ない落ち込みようであった。琴葉の前では楽しい話で盛り上がれるが、琴葉が居ないと、今日のあの出来事、卓也の事が本当に好きなのだと思い知らされた出来事、そして、卓也をめぐる恋のレースで琴葉に一歩リードされていると思っていたが、一歩どころでは無く、十歩も二十歩も差をつけられている事を認識する出来事だったからだ。ただ、二人は最後まであきらめる事はしない、なぜなら、二人がまだ恋人同士になっていないから、この先逆転出来る可能性があるのなら、あきらめることなどできないと、心に誓うのであった。三人ともお風呂を頂いて、お土産のケーキを頂きながら、楽しかった話に花を咲かせていた。そうはいってもやはり、最後は卓也の話になるのは当たり前と言えば当たり前なのだが、お互いの心の内は、内緒にしていた方がいいような気がして、三人とも、なかなかいつもの様に盛り上がれなかった。琴葉も最後に幸一さんに言われた「今度来るのは卓也君との新婚旅行かな?」との言葉を思い出しては顔を赤くしている事に気づかれてはいないか心配で、【心、ここにあらず】だった。幸一さんの言葉は二人には聞こえていなかった為、なおさら恥ずかしく顔を不自然に隠そうとする琴葉だった。

四日目

 朝七時以降なら、出かける事が許されている。朝食をホテル内で頂くことも出来る為、それぞれ自由時間なので、想い思いの行動をしていた。一組は朝食をホテルで頂いて九時十二分発の小樽行で小樽に向かう事になっていた。ホテル内でモーニングを頂いて、身支度を整えて、ロビーに集合した一組は荷物に荷札を付けて担当者に預けて駅へと向かった。荷物は別便で函館のホテルに届けて頂ける事になっていた。もちろん必要な物はそれぞれに考えて持っていたが、大体大きさにはいろいろあるがリュックサックが多いようだった。ただ、卓也のように何も持っていない者が男子の中にいた。卓也は、薄手のジャンバーを着ていたので、必要な物はポケットに入れて対応していた。

 9時には全員二番ホームにいた。なかなか優秀である。定刻列車が到着、みんなで乗り込んでいったが、さすがに全員は座れなかった。平日だと言うのに大変な人であった。かなりの人が下りたと思うが、それでも座れる所は、先生に譲る事にした。上月先生が何故かついてきていたのだった。担任の吉川先生の姿はなかったのでどうしているか皆知らなかった。三十分程で小樽駅に到着、改札を出ていざ街中へ、その前に、時間の確認があり、小樽駅十六時発の列車に乗り遅れると間に合わないのでそれまでには、札幌駅に戻る様にとの確認がされて、目的地へと向かった。大体の行動は各施設までは一緒に行ってそこで解散、集合時間を決めて、又、次の場所に移動を繰り返す予定になっていた。まずは、バスに飛び乗り天狗山ロープウェイに乗って天狗山に、その後、ロープウェイで戻ってバスに乗り、小樽堺町通り商店街で昼食を頂いて、小樽運河を見学、その後、小樽運河クルーズを堪能、下船後、商店街でお土産をあさりながら、小樽駅へ移動、十六時発の列車で札幌駅に向かった。

 小樽観光では、もちろん卓也四人はいつも行動を共にしていたが、今回は、全く四人だけでの行動は無く、誰かが一緒に行動していた。四人の専攻科目が別々の為、同じ専攻者同士を利用するのは当たり前で、男子達は、駄目だと分かっていても、一緒に行動できるだけでよかったのである。まあ、琴葉の元気さにはついていける者などいなかったようだが、天狗山では一人走りまわっていて、誰もついてこられなかった。商店街では、何を食べるか決めていなかったが、海鮮料理のお店に入って、海鮮メニューを満喫していたのが琴葉だった。負けてなる者かと、一緒にいた男子が挑戦したが、琴葉の食欲には勝てる男子はいなかった。飾らない琴葉がすかれる理由であった。商店街では、卓也は荷物持ちになった気分で、振り回されていたがいつもの事とあきらめていた。

 商店街で、何を買ったのかはよく知らないが、時間の許す限り商品の品定めをしていた。卓也は、小さくて邪魔にならず、家で使える者を探した結果、ガラスの小さな可愛い醤油差しを購入していた。違うものを三つ購入していた。商店街の散策中も琴葉の食欲はとどまる所を知らず、目に付いたおいしそうなものは、購入して三人で分けて食べていた。ほとんど琴葉が食べるのだが、最後に寄った洋菓子店では三人のテンションが爆発していた。ほんとにおいしいケーキを卓也も食べて満足だった。何とか駅に戻ったらさすがにぎりぎりだったので、待っていたクラスメイトからお叱り受けたが、ぎりぎりといっても十分前には到着していた。卓也たちが最後の合流であった為、即座に人員の確認をしようとすると、すでに終わっている事を告げられ、恥をかく卓也だった。乗車券はJRが用意してくれた切符で入場、無事に予定の列車に乗って札幌へと戻ってきた。駅では一旦改札を出て学校の集合場所に急いで合流、人員の確認は済んでいるので、そのまま駅校内に移動、函館行き特急に乗車を開始した。乗車時、いつも同じ顔は飽きると思い、一組の指定席券をシャッフルして、好きな乗車券を選んで取ってもらって席を決めていった。今回は、男子女子の区別がないので誰の隣になるかは座ってみないと分からなかった。ここで、卓也と琴葉が隣同士になったら奇跡だが、そうはならずに、卓也の隣には健太が座っていた。琴葉・楓・春香の隣に座っているのは、男子生徒だったが、あまりのプレッシャーに負けて、席を交代していたが、本人たちは、幸せをみんなに分ける事が肝要と言っていた。そうこうしているとお弁当が届いた。予定の十八時半が来ていたからだ。登別駅で積み込まれた弁当が確認されて届けられたのである。そういえば、搭乗員の方が忙しく動いていた事を思い出して。クラス分の弁当を受け取って配る事にした。今回は、皆同じだと言う事で、前から順番に送って事を済ませた。ただ、袋に入っていた為開けるまでは分からなく五種類ほど違う弁当だった。どれも美味しいとの評価を受けたが、どれに当たるかわ運次第だった。その時琴葉の隣には公平がいた。公平はあまりの緊張に、食事が進まなかった。それを見ていた琴葉は、「食べないのなら私が食べます」と言って、弁当の入れ物事取って、残りを平らげてしまった。春香と楓は、小樽で買い食いが過ぎたようで、あまり進まなかったので、隣の健司と陽斗に食べてもらっていた。それぞれ、幸せな時間だったようだ。

 食事も終わり、皆少しおとなしくなったと思ったら、仲良く寝ている生徒が多数いたせいだった。ただ、琴葉は元気いっぱいで、隣の公平は、卓也に代わってもらう事を決意する。

「卓也、変わってくれ」

と、緊張のあまり生気がない顔で訴えられた卓也は、

「大丈夫か」

と返して、席を変わっていた。この席は卓也でしか務まらないようで、琴葉の表情がキラキラしていたのは、気のせいであろうか、席を変わると、琴葉が待っていたように卓也の肩を借りて眠りだした。少しの間静寂が車内を包み込んだ。琴葉が起きるまではこの静寂は守られるであろう。寝ていた生徒達が起きだして、二人の様子を見て、「この二人ほんとに付き合っていないのか?」と、心の中で思っていたが、口にする者はいなかった。終点函館に間もなく到着する車内アナウンスが流れた。それを聞いて琴葉が起きた。それでも三十分ぐらいは仮眠を取れたと思うので、ますます元気な琴葉が見られると思ったが、かなり寝起きが悪く、目が覚めても今どこにいるのか認識していないようだった。その様子に大爆笑が起きて、その笑い声にやっと自分の置かれている状況を理解した琴葉だった。さすがの琴葉も恥ずかしかったのか、卓也に当たっていた。

「なぜ、起こしてくれなかったの。何故教えてくれないの」

と言いたげな顔をして、卓也に訴えかけていた。卓也も初めて見る琴葉の様子に、必至に笑いをこらえていたのが、さらに琴葉が今度は卓也をたたいて怒っていた。かなりたたいてすっきりしたのか、元の琴葉に戻っていて、降りる準備の号令を照れ隠しの為に、大きな声で言った。この車両には三組も乗っていたので、三組の男子はめったに見ない琴葉の姿を見る事が出来て幸せな事と認識していた。

 列車は定刻、函館駅に到着。駅には旅館の方が迎えに来ていて、歩いて十分程の老舗の旅館に到着、それぞれ、荷物を受取り、チェックインと入館チェックをしてそれぞれの鍵番号を頼りに部屋へと向かった。今回は四人部屋の為、あらかじめに四人のグループを決めてスムーズ部屋割りが出来る様にしてあった為、問題なく事がすすんでいった。その後は、直ぐに、大浴場に向かう生徒達で混雑していたが、ゆっくりお風呂に浸かってから、疲れをとって上がって来たので、かなり長風呂の生徒たちが大勢いた。お風呂から上がると、後は最終日に向けて眠るだけなのだが、琴葉は、何時かったのか、お菓子を食べていた。二人は、あれだけ食べてなんで太らないのと思っていた。

さすがに皆疲れたのであろう、一日歩き回っていたのだから仕方がないが、早々に眠りについたようだ、琴葉でさえしゃべりながら眠りについていた。

「おやすみ」

最終日

 本日、最終日、今日は帰る日である。朝食を頂いて荷物を預けてから函館の街の散策に出発である。さすがに皆よく眠れたのであろう、元気いっぱいで朝食会場の大広間に表れていた。すでに朝風呂に入って来た者までいる始末、十時までにチェックアウトをすればいいのだが、朝食も九時まで時間があるのだが、朝食開始時刻にはかなりの生徒が来ていた。学校の食堂の様に、ご飯・お味噌汁・お漬物・海苔・目玉焼きをそれぞれお盆に乗せて、空いている席でいただいていた。この後、お風呂に入ってから出発する事を相談しているチームもあった。それに耳を傾けている男子が大勢いた。先発隊の男子は、着くなりまずお風呂の確認をしてきたのである。まだ、列車の中にいる一組の設計に詳しい生徒と連絡しながら、もちろん、まだ、覗かないのは女子に失礼だと思っている男子が多数派だった事が影響しているのだが、最後の大浴場使用の旅館を見逃すわけがなく、ポイントを探していたのであったが、どこにも設計に落ち度が無い事が判明、その情報は、男子達だけの連絡網に極秘情報として掲載されていた。ただ、どこでもそうだが、男女のお風呂は、壁一枚で隔ててあるだけなので、女子の声は聞こえるのである。女子のお風呂での会話に耳を傾けるしかない、信奉者たちは、自分が聞きたい女子がお風呂に入るタイミングを計っていたのである。もちろん、琴葉・楓・春香は一番人気である事は間違いなく、朝食後三人が朝風呂に行く相談をしている事が噂として男子達に広がっていった。お風呂の入り口は男女並んでいる為、交代で入口の監視をしていた。男子から三人がお風呂に向かっている情報が、連絡網の緊急情報として、掲示されて、男子がお風呂に殺到する事となった。男子達は、浴場で静かに耳を澄ませて時折聞こえる女性の声に一喜一憂する愚かな男子達がいた。青春と言えばそれまでだが、声を聴くぐらいは可愛いものだと許していただきたい。彼らがどんな会話を聞いたのかは定かでないが、それなりに刺激的な会話がされた事だと思う、それは、クラスメイトに男子が望む行為をする女子がいる事は間違いないからだ。これもお約束と言えばそうなのだが、サービスタイムみたいなものと考えてほしい。

 そんなに長い事お風呂に入っているわけにもいかず、要領のいい男子は、お風呂を出たリビングで、風呂上がりの女子を待っている者までいた。もちろん風呂上がりの浴衣姿を見る為なのだが、そんな姿でも、年頃の男子にとっては、とんでもない事である事は間違いなかった。もちろんその中に卓也はいないのは当たり前で、さっさと自室に帰って最終日の準備を念入りにしていた。

 九時、一組の出発する時刻である。時間が近づいてくると続々とクラスメイトが下りて来て、チェックアウトをして、卓也のいる所に集まってきた。そこには担当の先生もいて、以前の様にパソコンの入館システムの退館手続きをするように促されていた。

 定刻、荷物を持って短い時間だったがお世話になった旅館を後にして、函館駅へと向かった。駅前で旅行会社が用意してくれた荷物預かり所に荷物を預ける為で、預ける場所は、旅館・函館駅前・新函館北斗駅前に用意してくれて、都合の良い所に預ける様になっていた。一組は函館駅前を利用する事になっていたので、荷物を預けて、いざ、五稜郭タワー目指して市電の函館駅前に向かった。

 市電に乗って、五稜郭公園前駅で下車、タワーまで歩いて到着すると、旅行会社の方が待っていて下さり、入場券の団体申し込みを済ませてくれていた。どうも、全生徒が、五稜郭とロープウェイに行くつもりであった為、団体申し込みをして下さったようで、スムーズに入場できた。各クラスで、回る順番をずらして頂いているようで、ここに着いた時は一組だけだったが、帰る頃には五組と出会っていた。五稜郭を堪能して一行は、又市電に乗って函館駅に戻ってきた。そこで函館朝市の会場で、お土産と昼食をいただく事になっていた。皆事前に昼食のお目当ては決めていたので、お土産を見て回っていたが、大きいものは持って歩けないので宅配便で送っていただく事にした。卓也は、お土産を渡す人もいないので、ただ、三人についているだけだったが、三人は、あれこれと回ってはなかなか決まらずにいた。何とか決まって、昼食には、海鮮料理が食べられるお店で海鮮を堪能していた。特に琴葉のテンションが高く、「まだ食べるの」と言われて「もちろん」と答えていたが、「時間がないから」と、さすがに卓也に止められて、「はい」と、素直に従っていた琴葉にふたりはびっくりしていた。十三時の市電でロープウェイの乗り場に向かう事になっていたので、のんきにしている時間がなかったのである。無事、市電に乗って、十字街駅で下車、歩いて山麓駅へ、ここで旅行会社方から団体切符を受け取りロープウェイで山頂へ、山頂の大パノラマを満喫、再びロープウェイで山麓駅へ、歩いて十字街駅から十五時前後の市電で函館駅へ、ここで荷物を受け取り、十五時四十四分発の列車で新函館北斗駅に到着、一旦改札を出てケンシロウ像の前に集合した。一組が着いた時に全員の確認が取れていた為、再びホームへ、十六時分二十分発のハヤブサに乗車した。席は、適当にシャッフルした指定席券を各組ごとに分けて、順番に配っていった。今度はクラス関係なく先生もランダムに席を決めていった。定刻、新幹線は無事新函館北斗駅を離れるべく、その車体を静かに動かした。

 静かに発車した新幹線だったが、直ぐに次の駅に到着、この駅を出ると、あの長い青函トンネルに入る。とは言っても、トンネルなのだから何も見えないが、外はまだ明るいので、トンネルに入るまでは、飛んでいくような景色を眺めるか、ゲームに興じるか、琴葉の様におシャベリを楽しむかなのだが、琴葉の声が車両に響いていなかった。それもその筈、琴葉の席の隣には担任の吉川先生が座っていたからだ。さすがに、変わっていただく勇気のある男子がいないので、琴葉もさすがにおとなしく座っていたが、時より笑顔を見せる場面もあった。卓也の隣には、副担任の早苗ちゃんと呼ばれている上月先生が座っていた。はじめは緊張していた卓也だったが、さすが早苗ちゃんと呼ばれているだけの事はある。卓也が「早苗ちゃん」と呼んだ事で、打ち解けたようで、二人で笑いあっていた。これも琴葉のおかげだろうか、昔の卓也なら考えられない光景である。まず、緊張して気絶してもおかしくない状況なのに、普通に話している事が、成長のあかしだと思われていた。その頃、楓と春香の隣には、特に他のクラスの男子達が、お近づきになろうと必死にアプローチしていた。二人と卓也と琴葉は別の車両に陣取っていた。完全にシャッフルして配ったので、誰がどの席で誰の隣なのかは座ってみないと分からないのが現状で、これはこれで、楽しい時間になっていた。日頃会話をする事がない生徒とおしゃべりする事が出来るのだから、そこは同じ高校生、直ぐに周りを巻き込んで楽しい時間が過ぎていった。

 列車は、青森を過ぎて盛岡に到着、ここで弁当が積み込まれて生徒に配られた。係が前から順番に配ってくれていた。飲み物は買ってあるので、配られたお弁当をさっそく食べ始めていた。今回は男女別なく配られて、多少小さめのお弁当だった。琴葉には全く足らないと思われるが、最後の席だったのが幸いして、余った弁当をもらっていた。隣に先生がいた事が幸いだったのは明白で、弁当に満足しておいしく戴いていた。

 盛岡を出て、夕食のお弁当を頂いて、その後は、仮眠をとる者とおしゃべりに花を咲かせるものや、ゲームをする者がいたが、さすがに一人でゲームをする者はいなかったようだ。卓也の隣には早苗先生が陣取っている事や、卓也の周りには女子生徒しかいない事があまりにも不思議で、いつもならこんな時は男子に囲まれるのが当たり前の卓也だったので、変に緊張していた卓也だった。琴葉も隣の先生が居座ったままで、周りの男子からは「先生空気読めよ」と思われている事に全く気が付かない先生であった為、現状維持で過ごすしかなかった。四時間ちょっとの新幹線の旅だったが、時間が経つのは早く、終点に着くアナウンスが流れていた。皆ゴミを散らかさないように片づけて下車の準備を整えて、到着を待った。

 定刻、列車は到着、いっぱい荷物を抱えて、生徒たちがホームへと降り立った。そのまま改札を出ると、ここで解散となる、各自届けてあるパートナーと一緒に担任の元へ行き、チェックを受けて、それぞれの家へと帰って行った。男子達は、託された女子生徒を送り届ける最後の大仕事が待っていた。大体が駅まで迎えに来る事になっているので、迎えに来たご家族にお嬢様をお渡ししたらお役御免となる事となっていた。まず降りた駅に迎えに来る事になっている者は乗降場へと急いだ。最寄りの駅に迎えに来るものは、乗り換えの為に別のホームへと急いだのである。卓也は、係として最後まで残っていたので、卓也の担当三人もその場に残っていた。クラス単位でなく学年単位での対応だったので、別のクラスの男子に送ってもらう女子生徒もいるので、その確認を慎重にしていた為、かなり時間をとられていた。最後の生徒の確認が取れた為、卓也達係の者も最後の御用の為に、家路を急ぐ事となった。

 最寄りの駅に向かって電車に乗った四人は、最初に春香が乗り換える駅で、みんなで降りて改札を出た。ここに迎えに来る事になっていたからだ、改札を出ると、すでに春香の父が迎えに来ていて、一緒にいた時間が長かった分、別れの時は寂しいものだが、春香は車に乗り込む前に卓也に何かを言ってから乗り込んでいた。春香を見送ると、再びホームへと戻り、最寄り駅へとむかった。さすがに疲れたのか、あまり会話がなかったが、楽しかったのはその笑顔を見れば誰でも想像がつく顔をしていた、駅について改札を出ると、楓の父がすでに待っていた。父から家まで送るとの申し出があったが、楓が何か言ったようで、それは無くなって、楓とのしばしの別れの時が来た。今回もやはり寂しい別れだったが、二日後には会う約束をしているのに、何故か寂しかった。楓を見送って、卓也と琴葉は、琴葉の自宅目指して歩き始めた。ほんとうなら琴葉の父が迎えに来る予定だったが、母から「余計な事をするな!」と言われてしぶしぶ迎えに行く事を断念していた経緯があった。まあ、駅からたいして離れていないし、二人だけで寄り道をしながら歩く事が出来る様に母が気をまわした結果だった。

 二人は歩きながらどんな話をしたのであろうか、新幹線の中ではお互いどこにいるのかさえ知らなかったので、話す機会がなかった二人なので、話す事がいっぱいあると思うが、何故か黙ったまま歩を進めていた。二人にはかなり短く感じた時間だったのではないだろうか、いつの間にか琴葉の家に着いていた。ベルを鳴らすと母が出て来て迎えてくれた。車で送ると言う父を強引に断って、卓也は家路を急ぐ事となった。

「ほんとに疲れた、でもほんとに楽しかった。」

その後

 修学旅行は終わった。三年生にとって、夢から現実に引き戻されるときである。金曜日に帰宅した生徒たちは、次の土曜日は完全休養日として、クラブ活動も禁止となっていた。最後の大会に臨む三年生にとっては残念であるが、日曜日からは通常通りに活動が出来る事になっていたが、学校に来ての活動が出来ないだけで、自主トレまでは禁止されていなかった。

 日曜日、卓也は北島家の前にいた。お土産を持参しての来訪だった。もちろん琴葉と重ならないように事前に打ち合わせはしていた。事前に訪問予定であったので、チャイムを鳴らすと、琴美と幸樹が飛んで出てきた。さすがに久しぶりの対面だったので、二人とも大はしゃぎで出迎えてくれた。リビングに通されて、腰を下ろすと直ぐに膝の上に二人で座ってきた。二人仲良く膝の上でご機嫌な顔で座っていた。北島家にはガラスの醤油差しをお土産として渡した。お土産として買ったものだが、使ってみて使い勝手が良かったので、自信を持って渡す事が出来た。二人にはキャラクタのぬいぐるみがお土産として渡された。二人はますます大はしゃぎ、当日は一緒に寝るほどだったと後で琴葉が教えてくれた。簡単な昼食を頂いて、北島家を後にした。明日、小テストがあるので、勉強をする為であった。

 余談ではあるが、此の小テストの問題は、教諭が生徒の自由時間の間は副担任に任せて、ホテルで作ったものだった。この為に自由時間が設けられたようなもので、此の事は、さすがに生徒たちは知らずにいた。小テストも最終日の新幹線の乗車中に連絡網でお知らせが届いて、皆が愕然としていたからだ。生徒からは楽しい気分が台無しだの、明日でもいいじゃないかとの声が上がっていた。

 月曜日、三年生は久しぶりに登校する事となったが、あまり変わった気がしないのは当たり前なのかもしれないが、夢から現実に叩き落されるテストが始まっていた。ここでほんとに勉強をしている者は、成績を落とす事は無かったが、成績を落とすものがそれなりにいて、現実を突きつけられていた。卓也も落とした側で、琴葉・楓・春香はあまり変わらなかった。その結果、卓也はますます落ち込む事になるのだが、落ち込んでいても解決しない事に気が付いた卓也は、さらに頑張る決意をした。

 週末、報告会が行われ、修学旅行の決算報告がなされた。予定通りの予算で収まった事が報告されて、積立金に残高が出来る事が分かった為、残りを卒業に関わる事に使って、その残りは生徒会に寄付されることが了承された。後日三年生に掲示して、システム上で否決されない限り正式に了承されることになる。今まで否決される事はないので、生徒会に寄付されたお金は、部活動の活動資金にされる事になっていた。

 ちなみに、修学旅行中の写真は、学校ホームページ内の特設ページに投稿するようになっていて、それぞれの生徒が撮った写真をすべて、クラスごとに投稿する事になっていた。クラスの写真は閲覧できるようになっていて、ダウンロードも出来る様になっていた。もちろん、クラスのページにアクセスできるのはクラスの生徒だけなのは当たり前だが、学年単位のページには、同行した旅行会社が撮った写真が収められていた。特にこのページの写真は好評であった。



第二十三章 誕生日


 修学旅行も終わり、期末考査が終わると夏休みに突入する事となるが、高校三年生にとっては、勝負の夏休みで、ここで頑張らないと後悔する事になるから、うかれる訳にはいかなかった。特に卓也は成績が落ちた為、気合を入れて勉強しないと、希望の大学が危ない事になるからだ、だが、卓也に内緒で、クラスみんなで海かプールへ泳ぎに行く計画が進行していた。プールなら、日帰りで行く事が出来るが、海になると日帰りでは厳しいと、意見が分かれていた。クラス内にも複雑な思いが交差して、意見がまとまらなかった。ただ、男子生徒は、琴葉・楓・春香の水着姿が見たいことでは一致していた。これが最初で最後のチャンスだと分かっていたからだ。

 クラスの生徒たちの思いが一点に集中している事に気が付かない輩はいなかった。卓也に決めさせると、誰も文句は言わないことに、それで、琴葉が来られるように、弟・妹の同伴は許すとの条件で、琴葉の参加を取り付けて、卓也に丸投げする形で、参加を呼びかけてもらったところ、簡単に承諾したので、拍子抜けでこけかけたが、卓也はすぐに日帰りでも行ける海を探してくれて、八月一日と決まった。残念ながら来られない者はあきらめて頂くしかないとの見解で、話はまとまった。

 本当の所、卓也は琴葉の誕生日をどうするか悩みに悩んでいたために、話を半分しか聞いていないのが現状だった。琴葉も試験中だったので、卓也の誕生日のプレゼントを渡せていないので試験が終わるのを待っていたが、いざ渡そうとするが、全く勇気がなくて渡せていなかった。

 試験も終り、琴葉の誕生日がますます近づいてきているのに、何をプレゼントするか決まっていない現状に焦っている卓也だった。試験の出来が良くなかった気がするので、少し憂鬱になっていた。琴葉も誕生日は過ぎているが、いつもカバンの中にプレゼントを忍ばせていたが、試験が終わるとますます会える機会が少なくなるのに、いつものように声を掛けられない自分に苛立ちさえ覚えていた。誕生日は、家族でお祝いをするのが北島家の習わしの為に、早くしないと渡せなくなるので、昨年何をプレゼントしたか卓也は覚えていなかった。なぜなら、その前後の記憶が飛んでいるからだ。かなり緊張していた為と思われるが、イヤリングを選んだような気がしていたが定かではなかった。それがプレゼントを選ぶ邪魔をしていたのだが、別に昨年と同じでも構わないとの結論で、誕生日前日にショッピングモールに卓也はいた。

 お店をあちこち回っては、品定めをするが全く決められないでいる卓也がいた。かなり歩き回ったのでさすがに疲れたので、ソファーに座って休憩している卓也は、「同じなのでも構わない」と、開き直る事にして見て回るが、目に付く物は既に琴葉さんは持っている物で、口紅は必要か?ポシェットもっていたしなあ、ペンダントやイヤリング、着飾る物は必要ないと思うし、考えて、考えて、最後にリップクリームとハンドクリームにする事にして、恥ずかしいのを我慢して、店の店員に選んでもらって購入した。さすがに歩き疲れた卓也だったが、用意できたことがとても嬉しくて、意気揚々と帰った。

 誕生日当日、授業があるので普通に登校して、授業を受けていたが、今度はプレゼントを渡す事にこれだけ労力がいる事を考えていなかった卓也だった。学校が終われば渡すチャンスが無くなる事は明白で、時間だけが過ぎていった。時間が経てば経つほど渡せなくなるのが分かっているのに焦るばかりで何もできないでいた。とうとう授業が終わり下校する事になった。最後に神様がチャンスをくれたのか、一緒に帰る事になったので下校途中で卓也は清水の舞台から飛び降りる覚悟で、

「琴葉さん、これ、プレゼントです。十八歳の誕生日おめでとう」

と、下校途中一番人が少ないと思われる所で渡す事が出来た。その時卓也には、琴葉がどんな顔をしていたのか、どんな反応をしたのか全く見ていなかったので、卓也の記憶にはないのである。

 琴葉は、あまりの嬉しさで、全く反応が出来なかったのが本当の所で、しばらくその場で固まっていた。車のクラクションで我に返った琴葉がやっと

「ありがとう、あけていい」

と、やっと言葉を返して、プレゼントの中身を確認してさらに笑顔になって、卓也に抱き着く勢いであったが、さすがに街中であった為、思いとどまっていた。そして

「私からもこれ、試験が始まって渡せなかったから」

と、ずっとカバンに入れてあった卓也への誕生日プレゼントをやっと渡す事が出来た。

状況を理解できない卓也は、受取はしたが、全く黙ったままで時間だけが過ぎていった。琴葉の「開けてみて」との言葉に、我に返った卓也は「ありがとう」とやっと反応して中身は、琴葉お気に入りの写真が入りの写真立てだった。

お互い、あまり覚えていないようで、その後、どんなふうに帰ったのか覚えていないのが現状で、特に卓也は、貰った物を、誰から貰ったのか忘れてしまったほどに緊張していたようだった。

第二十四章 海へ


 終業式も終わり夏休みに突入した。勝負の夏休み、海に行く予定以外は、何も予定を立てていない卓也だったが、明日買い物に行くので付き合いなさいと一方的に連絡が来て、卓也の都合など完全に無視をされていた。卓也もいそいそと待ち合わせ場所に出かけて行った。ショッピングモールの定番の待ち合わせ場所に行くと、楓と春香もいて驚いたが、考えられることなのでついて行くと水着売り場に消えていった。成程、今度の海の為に水着を新調するつもりなのかと思ったが、確か、昨年も買っていたような気がすると疑問に思いながら外で待つことにした。たまに見える三人の様子は、それは楽しそうに見え、突然楓が来て、卓也を引っ張って試着室の前まで連れて来て、どれがいいか教えてと迫ってきた。三人は、それぞれ二着の水着を持って卓也に問いただしていたが、卓也に選べるわけもなく、真っ赤な顔をしてもじもじしていると、はっきりしろと怒られるは、周りからはじろじろ見られるは、散々な目に合っていた。だが、それぞれの卓也の好みの色の水着を言ったおかげで解放されて、その場を離れる事が出来てほっとしていた。暫くすると三人が戻ってきた。納得のいく水着が買えたのであろうか、大変ご機嫌で昼食に行く事を宣言して歩き始めた。好みのクレープと大きめのピザを購入してテーブルでの昼食であったが、卓也は以前にもこんな事があった記憶があるが、よく覚えていなかった。ただ、緊張していた事だけ覚えていて、今回は、それほど緊張していない事に驚いて、食べた物の味がする事にも驚きながらおいしく戴いていた。琴葉が夕方には帰る為に、この後は、話題の映画を見て帰る事になって、シネマエリアへと急いだ。都合よく、映画が始まる所だったので、チケットを購入して映画を楽しんだが、座る席で一悶着あったが、周りの目を気にしてか直ぐに収まっていた。

 映画終了後、それぞれ帰宅する事となった。誰もどこにも寄らない事に統一して、その日は分かれる事となった。密かに琴葉が子守をだしに卓也を家に連れ込もうとしていた気配を感じての防衛策なのは明らかだった。

 海に行く日が来た。本日は快晴で気温も上がるとの天気予報で、海に行くには絶好の日であった。幹事より、乗車予定の列車の時刻の指定があったので、それに間に合う様に卓也は北島家を訪ねていた。琴葉と琴美と幸樹を迎えに来たからだ。家に着くと、準備万端の琴美と幸樹が出迎えてくれたが、これから準備をする琴葉の姿があった。卓也は「早めに来て正解だった」と心の中で思っていた。

 暫くすると琴葉が下りてきた、思ったよりも早かったので、不思議な顔をしている卓也に、琴葉が突っ込みを入れる場面があったが、早くて驚いたわけではなく、琴葉の服装に驚いていただけだった。琴葉には珍しいミニスカートだったからだ。もちろん、卓也に服装を指摘する事などできないが、高校生の男子には少し刺激が強いような気がする琴葉の服装だった。

 駅に着くと既にクラスメイト達は集合済で、最後に付き添いの早苗先生が合流した。弟と妹の参加は認められているので、連れて来ている者はいたが、琴美と幸樹が一番下のようで、一番の人気者になっていた。ただ、ここで琴葉の服装が話題にならなかったので卓也は、理由が分からなかったが、他の女子も同じような服装である事に気が付いて、納得していた。むしろ、琴葉のミニスカートが長く見える事に驚きを隠せなかった。なぜなら、琴葉のスカートの丈が長いと琴葉に言っている女子がいたからだ。琴葉もその指摘に「これでも頑張ったつもりなのよ」と返していたのが聞こえて、卓也は今どきの女子高生の感覚に驚くばかりだったが、思い出してみれば、中学時代はこんなの当たり前だった気がして、何かおかしくなってきた。みんなでホームへ移動、目的の列車に乗車して、ほんの少し長い列車の旅となった。琴美は、卓也の膝の上に、幸樹は琴葉・楓・春香と渡り歩いていたが、最終的には琴美と一緒に卓也の膝に落ち着いていた。適当に座っているのだが、小さい二人がいるので、あの四人が同じなのは仕方が無い事と思って、みんな口には出さなかったが、やはり憧れの席には違いなかった。特に男子は三人の私服を拝めることに幸せを感じて、一部の男子が、女子の見ていない所で興奮していたが、「この後、水着が待っているのに、大丈夫なのか」と、突っ込まれていた。

 列車は時間をかけて目的地までみんなを連れて行ってくれる。気の合う仲間が一緒なので時間の経つのも忘れて、列車の旅を満喫していた。琴葉の他にも兄弟姉妹を連れて来ている生徒はいたが、ほとんどが、誘っても嫌がって来てくれなかったとの見解で、ついてきているのは小学生までであった。おしゃべりに夢中になっていると、いつの間にか目的地の駅に着くアナウンスが流れていた。独り身の者はいいが、連れがいる物は大慌てで降りる準備をしていた。ほどなく列車は駅に到着、乗り換え無しであった為、油断していた部分はあったが、全員まぶしい太陽の日差しが照り付ける、砂浜が見られる駅に降り立った。すでに大勢の人で溢れかえっていたが、それは予定していた事で、人気の海岸なので仕方がない事とあきらめていた。改札を出て、海岸まで歩いて向かって、程なく到着、着替える為にそれぞれ、更衣室に向かった。

 男子は、早々に着替えて砂浜に陣取って、パラソルを広げて待つ事十分、やっと女子達が出てきた。水着に着替えるだけなのに、なんでこんなに時間が掛かるのだろうと思っているのは、男子全員だと思うが口にする者はいなかった。最後に琴美の手を引いて琴葉が楓と春香と一緒に出てきた。幸樹は、卓也が面倒を見ていた為である。歓声を上げたいのを我慢する男子達、春香はワンピースであるが、琴葉と楓はビキニの水着だった。数人ワンピース派がいたが、ほとんどの女子がビキニを着ていた。その光景に、男子達は、神に感謝する始末で、テンションが異常に高かった。只、卓也はいつもと変わらず、琴美と幸樹の相手をして、水着には目を向けることなくその場を去っていった。幹事より、「交代で荷物番をするので、男女一人ずつ二人でお願いします。順番についてはここに掲示しておきますので、よろしくお願いいたします。」

との事で、順番に荷物番をする事になった。ただ兄弟のいる物は除外してあるとの事で、まずは幹事二人が番をする事になり、他は海へと駆け出していった。

 幹事からは三十分ごとにここに戻ってくることと、交代も三十分である事が告げられていた為に、それぞれ、想い思いの場所で海を楽しむ事となった。琴美と幸樹は、卓也が面倒を見ていたので、必然的に琴葉・楓・春香が揃うのは当たり前なのかもしれないが、他の男子は、琴美と幸樹に気に入られようと努力していた。その中で、三人は、何故か機嫌が悪かった。特に卓也に対して明らかに不満がある態度で接していた為、見るに見かねた女子から「水着を褒めてあげたの?」と聞かれて、首を振る卓也に対して周りにいる女子からブーイングが起こっていた。機嫌が悪いのも卓也は気が付いていないようで、二人の子守に夢中になっていた為とは言え、少しばかり乙女心を理解しなさいと怒られていた。卓也は、指摘を受けて改めて三人を見ると、そこにはこの世のものと思えない素晴らしいものがあった事に気が付いて、自分の愚かさに自分で自分を殴りたい気分になっていた。意識しだすと、明らかに挙動不審に陥る卓也に、周りからは大爆笑が起こっていた。それほど、今まで普通に見ていたのに、見られなくなっていたのである。大爆笑している男子達からは、同情の声が出ていたが、男子の目線はこの場合通じないのがあたりまえで、冷たい視線が女子達から送られていた。

 交代で昼食を頂く事となった。飲み物はもちろん持参しているのだが、お弁当も持参するように通達が来ていたので、弁当で昼食を摂っていた。パラソルの下で頂く者、別の場所に移動して頂く者、それぞれ好きな場所で頂いていたが、さすがに海の家はすごい人で、弁当持参してきてよかったと思える混雑ぶりであった。

 卓也は、琴葉の手作り弁当だと思うが、残念ながら母が不在の為、お手伝いして頂けなかったので、春香の手作り弁当である。幸樹を膝の上に座らせて昼食を頂く姿は、まさしく、お父さんとしか思えない光景が広がっていた。その横で、琴美の面倒を見ている琴葉を含めると、明らかに、親子風景がそこには広がっていた。それを見る人達は、そのほほえましい光景を楽しむしかなく、言葉をかける所がなく、その輪に入れるのは、楓と春香だけだった。しっかり遊んで、しっかり休憩して、メリハリをつける様に幹事からの通達であった為に、守って楽しく遊んでいた。昼食後は、砂浜でのお城作りが始まっていた。その光景に、幸樹と琴美が反応して、卓也と琴葉から離れてお城作りに参加していた。近くには楓と春香がいたが、途中からは二人も席を外していた事に気が付かない程夢中でお城作りが気に入ったようで、それに気づいた特に男子は、積極的にお城作りに興じていた。それなりの人数で作った事もあったか、かなりの良い出来のお城が完成、よい目印となるのでそのままにすることとなった。いずれ、潮が満ちて来ると波で破壊されることは明白だったからだ。その後は、琴美はお兄ちゃんと幸樹はおねえちゃんと遊んでいた。お城作りですっかり仲良しになっていた。そこに、卓也と琴葉・楓・春香が参戦、笑顔いっぱいの写真が沢山卓也によって撮られる事となった。卓也は、防水デジカメを持参していた為、波打ち際での撮影が出来ていた。仲良しになった代表が健太だったが、男子に抱っこされて、周りには大勢引き連れて、少し深いところまで連れて来てもらって、必至にしがみついている幸樹と、笑顔満点の琴美が対照的で、その光景を琴葉と卓也は本当にうれしく見ていた。ちょっと怖がりの幸樹は、楓の姿を見つけた時には、直ぐに楓に移っていた。卓也と琴葉は少し離れた所から眺めていたので、気が付かなかったようで、怖がりの甘えん坊の幸樹は、大好きな楓の腕の中で満面の笑みを浮かべていた。琴美はやはり男性がまだ苦手なのか、春香にくっついていた。それでも、お兄ちゃんおねえちゃんに囲まれて、二人は楽しい時間を過ごしていた。卓也はその光景を複雑な思い、いや、寂しい気持ちを感じながら、写真に収めていた。

 みんなほんとに遊んだ。時を忘れるぐらい遊んだ、最後の息抜きになるかもしれないから、遊んだ。ただ、十五時に駅に集合の予定なので、特に女子は時間が掛かる事が予想されるので、早めに切り上げる事が肝要である。その為、まだ二時だが、帰り支度をする事になった。まずは、シャワーを浴びてから着替えをする事になるが、幸樹は卓也と一緒にと言うか、さすがに卓也から離れようとしなかった。琴美は少しおねえちゃんだから、琴葉ではなく楓と春香に洗ってもらっていた。

 卓也は、服を着て早々に出て来ていた。この時間になるとさすがに海の家は落ち着きを取り戻していたので、かき氷を購入して幸樹と一緒に食べていた。男子達は、一緒に食べる者や、駅に先に向かうものがいた。卓也が食べ終わる頃やっと女性陣が出てきた。かき氷を食べている姿にさっそく反応して、購入する為にお店に向かって行った。琴美は久しぶりに卓也を見つけて幸樹を押しのけて卓也の膝に座ってかき氷を食べていた。琴美が全部食べ終わるのを待っていると時間に遅れる恐れがある為、先に駅に向かう事になった。食べかけのかき氷を琴葉に預けて、卓也に手を引かれて駅に向かって行った。それを見ていた幸樹もやはり卓也に手を引かれて歩き出していた。暫くするとさすがに遊び疲れたのか、幸樹が抱っこしろと手を出したので、幸樹に甘い卓也は、歩かせなければならない事は分かっているが、つい抱っこしてしまっていた。たいして時間が掛からない事もあったが、直ぐに駅について、駅前のベンチに座って時間が来るのを待つことにした。ここでもやはり琴美と幸樹はなかよく卓也の膝に座っていた。琴美はかき氷を食べていたのであるが、それは隣に座る琴葉が面倒を見ていた。

 乗車時間が来たのでホームへと向かう事になった。学生の団体乗車券を用意して頂く為に、副担任の早苗先生にご同行願ったのであるが、先生の水着姿が見られて男子達は得した気分になっていた。先生は大体荷物番をしていた為、特に一緒に荷物番をしていた男子は得をしていた。団体切符は修学旅行でお世話になった会社にお願いしていたので、たいして手間はかかっていなかった。

 定刻、予定の列車がホームへと滑り込んできた。まだまだ暑い中での移動だったので、列車の中がほんとに涼しくてホット出来る空間であった。貸し切りではないので他の乗客もいたが、ほとんど一両占領する形になってはいたが、ルールを守っていたので問題ないと思われた。席に座って、列車が静かにホームから離れた頃、頑張って遊んでいた幸樹が、電池が切れたように卓也の腕の中で夢の中に落ちていった。それを見ていた琴美も、頑張ってはいたが、楓と春香に持たれながら眠りについてしまった。それを見て楓が膝の上で眠らせていたが、さすがに重いので、春香と交代で琴美の面倒を見ていた。周りを見ると、さすがに疲れたのか、うとうとする者が見受けられたが、卓也は、横にいる琴葉が卓也の方に頭を乗せてうとうとしていたので、自分は眠る事も出来なくて、緊張するはめになっていた。琴葉も楓も春香もどれくらい眠ったであろうか、可愛いい寝顔を卓也は独り占めしていたわけだが、さすがに目が覚めたようで、三人とも寝顔を見られた事が少し恥ずかしいようで、機嫌が悪かった。

 定刻、列車は予定通りに駅に向かっていたので、到着のアナウンスが流れて、寝ていた者たちは飛び起きる事になった。寝ぼけて降りようとする馬鹿者までいたが、それは愛嬌として片付けられて、大爆笑されていた。ほどなく駅に到着、ここで解散となるので、みんなが琴美と幸樹の所にお別れに来ていた。ここで、本日撮った写真を一旦卓也の所に集めてから、全員に配布する事が確認されたが、集める方法は後日連絡する事になって、解散となった。写真の内容が女子の水着姿が含まれる事から、ネット経由はやめた方がよいとの意見があった為である。それで、後日、登校日に集める事が卓也から連絡が来て、登校日に、卓也の個人のパソコンに集められた。

 駅で解散となって、春香はそこでお別れとなったが、楓は最寄りの駅が同じなので、一緒に帰る事に自然となっていたが、女子生徒の帰宅に関しては、修学旅行での経験が生きて、打ち合わせはしていないが、それぞれ男子達は自分の役目を自覚して行動していたようだ。列車でしっかり寝ていた四人と、寝る事が出来なかった卓也とは元気さが違っていて、幸樹と琴美は特に元気いっぱいで、走り回っていてお疲れモードの卓也は必死で追いかけていた。乗り換えの列車内でも窓の外を見ては何かと話す二人に、見るに見かねた琴葉と楓が交代して、少し卓也を休ませていた。

 ほどなく、最寄り駅に到着、元気よく歩く二人の手を卓也が引いて駅を後にした。少し休めたので、元気を取り戻した卓也だったが、さすがに疲れた様子だった。ほどなく北島家に到着、ここで、解散となったのだが、卓也が楓を送るつもりだったが、楓が断って一人で帰って行った。確かにそんなに離れていないが、日が落ちて暗くなってきたので送るのが当たり前だと思っていた卓也にとっては、「何か嫌われる事したかなあ」と心配になっていたが、楓は、卓也の疲れがピークだと思い、私を送っていると逆方向にもなるので卓也の事を心配しての行動だった。玄関先で別れを惜しんでいると、北島の父が車で送る事になって、一件落着する事になった。家に帰った幸樹と琴美は、いっぱい楽しかったことの報告をする事になる。その日は、直ぐにお風呂に入って夕食の時は両親にいっぱい報告して、満足したのであろう、あっという間に、眠りについてくれたことが琴葉から写真付きで卓也に連絡が来ていた。さすがの琴葉と卓也もその日は早々に眠りについていた。次の日から、しばらくは日焼けに苦しむ事になるとは知らず、心地よい疲れの中で眠りについていた。琴葉は日焼け対策を完璧にしていたので大丈夫であった。

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