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二年生

第八章 新学期


 新学期が始まった。二人とも二年生に進級、クラス替えはない学校なので、一年間過ごして、知った者たちばかりだったが、席替えはあって、さすがに二人は別々になっていた。だが、卓也は何か違うような気がしていた、本格的に授業が始まるころ卓也は気づいた。やたらとクラスメイトが話しかけてくるようになった事、特に北島さんが普通に話しかけてきていた。これまでは、人目を避けて話しかけていたのに、そういえば、新学期初日、いつもと変わらない北島さんに普通に「おはよう」と声をかけられて、自分がテンパっていたことが、恥ずかしかったくらいだから、おかけで、卓也も普通にできていたので、助かっていた。

「卓也、ちょっと聞きたいのだが」

と、久しぶりに前に座っている公平が話しかけてきた。

「なんだ、聞きたい事って」

「あのさ、卓也と、北島さんが付き合っていると言う噂が、今、学校中を駆け巡っているのだが、ほんとに付き合っているのか、はっきり聞かせろ」

と、卓也にとって思いがけない事を言われた。

「なんで、付き合って」

と、動揺を隠せない卓也は言葉に詰まってしまった。

「春休みに、二人が仲睦まじく歩いている姿を目撃した奴がいて、それも何人もいた」

「それに、問われた北島さんが、否定も肯定もしなかったって噂まで出ているからな」

「付き合っていないよ、俺が釣り合うわけないだろ、あっちは、学園のアイドルだぞ、俺は、底辺のオタクだぞ」

「まあ、そうなのだが、」

「たぶん、何かで帰りが一緒になって、歩いていただけだよ、家が同じ方向だから、たまに帰宅途中にあうことがあるから、彼女優しいから、俺でもちゃんと話してくれるだけだよ。

と、別にほんとに付き合っていないのだから苦しい言い訳をしなくていいのだが、はたから見ると大変苦しい言い訳をしていた。

「それじゃ、なんで北島さん否定しなかったのかな」

「そんなこと知らないよ」

と言って周りを見ると何故か男子が集まっていた。

「それは、おかしい、確かに彼女は分け隔てなく俺たちに接してくれるけど、ここ最近の卓也への接し方には問題がある。俺達とは明らかに違う、だから、はけ、はくのだ」

「お前ら、はけ、と言われても付き合っていないって」

「まあ、そんな事は分かっているが何かしっくりこない」

と全員で頷いた。卓也は「なぜ、否定しなかったのだろう」と思いながら授業を受けていた。日がたってもなかなかこの話題は消えなかった。北島さんが休み時間や昼食時に友達から聞かれている姿を見ていた。時々卓也の方を見ては、意味ありげな笑みを浮かべていた。

 二人の噂のおかげで卓也は、クラスになじむことができていた。いつも一人だったのが、誰かといて一人でいる時間が無くなっている事に気づいていた。それに、これまで全く話をした事のなかった女性陣とも気軽に話せる自分にびっくりする卓也だった。

 一方の琴葉は、友人達から、男が出来たのではないかと疑われて責められていたが、さらりとかわしていつもうやむやにしていた。どうも、卓也と付き合ってはいない事は浸透したみたいだが、さらに可愛く愛らしくなった事が納得いかないようで、必要に問いただされていた。

「何も変わらないよ、進級しただけで何も変わってないよ」

と言っても、信じてもらえず、責められているうち、とうとう

「確かに、胸のサイズがワンランクアップしたけど、そんなに変わってないでしょ」

といった。この言葉を聞いていた女性陣達からブーイングの嵐「何、又大きくなっただと」「もともと、大きいのに」「さらに大きくなった」「すべてそろっているのに、まだ大きくなったと」「たいしてかわらないだと」「一般女性を舐めていらっしゃる」と、意見が出そろった所で、春香が「どれどれ」と実際に琴葉の胸をもんで確認した。「確かに」「何をするの、春香」とお約束の光景に男子達の目はくぎ付けになっていた。

 それぞれ、二年生になって五時限目までは今までと一緒だが、六時限目はそれぞれが選んだコースの勉強をするために、専用の教室へ移動しての授業となった。この時、二・三年合同な為、三年生も一緒だった。

卓也は、かなり高度な技術を身に着けているようであったが、先生の代わりをする程ではなかった。なぜなら、プログラミングを専攻する生徒達はそれなりに自習をしていて、実際に、課題をクリヤーするのが授業になっていたようだ。琴葉は、予定通りにキャドシステムコースに進んでいたが、クラスの女子でこのコースを選んだのは琴葉だけだった。同じコースを選んだ男子生徒達は毎日が楽しくなる予感、いや、琴葉と特に親しくなるチャンスと張り切っていた。授業が進むとその目論見は破綻した。なぜなら、琴葉の方が進んでいたため、琴葉に教えてアピールしようとしていた連中は作戦の変更を余儀なくされた。キャドシステムがかなり高額なソフトで、個人では購入するのが厳しいソフトの為、本で勉強するしかないのだが、琴葉は父のおかげで、実際に触っていた為に少し有利になっていた。それでも、三年生とのギャップはやはりあったので、三年生に教えを乞う事となっていた。この授業は、出席さえしていれば別段なにをしていても構わないので、担当教師も何も言わないし、試験もないのでさぼり放題だったが、そんなことをする生徒はいなかった。みんなそれぞれの目的をもってこの学校に入学していたからだ。担当教師は要点だけを言った後は、生徒同士で教えあう事を推奨していた。もちろん、担当らしい事をしない分けではなかった。人に教える事がスキルアップの近道だから教えあう事を推奨していた。クラス内の内訳は、プログラミングは男子五名・女子五名、officeは男子二名・女子五名、キャドシステムは男子五名・女子一名、組み立て・設定は男子六名・女子一名、事務会計は男子一名・女子七名である。この中には一年間の授業でコースを変更した生徒が数名いた事は事実である。この生徒は、いろんなことを見聞きして本来の目的以外のコースを選んだに過ぎない。三年生の内訳も二年生とたいして変わらないので、専攻クラスで女子生徒は琴葉と三年生と二人だけだった。ただ、この先輩は、学園のマドンナと言われている先輩だった。


第九章 動物園


 二人は、二年生になって専攻授業のあと、残って自習をしても構わないので、残っている生徒もいたが、二人は帰宅していた。その帰宅途中、あの噂依頼、一緒に帰る事はなかったが、ゴールデンウイーク前に琴葉から声がかかった。琴葉曰く、両親が法事かなんかで一日家を留守にすることになったので、その日は動物園に行くことになったから、付き合いなさいとの事で、詳細は又、連絡しますと言って、アッと言う間に消えてしまった。内容より、噂の事を気にしている事に少しショックを受ける卓也だった。琴葉は何故か、一緒にいる事が恥ずかしくてたまらなかった。

 ゴールデンウイーク初日、九時に集合だったので、時間通りに自宅のベルを鳴らすと、北島さんが私服のままかなり慌てて飛び出てきて、

「ごめん、まだ準備が出来ていないの、いや、二人の準備はできているけど、私の」

と、状況説明ができない程慌てていた。「少し、落ち着いて」の言葉にやっと落ち着き

「二人の準備はできているので、二人お願いします。私、二階で準備してきますので、よろしく」

と言うなり、二階へ飛んで行った。予定では、九時に家を出るつもりだったが、準備できなかったようだった。ただ、家の中には、今日持ってゆく弁当と、二人の荷物は準備されていた。二人はおとなしく待っていたが、卓也を見るといつものようにはしゃいでいた。なぜだか抱き着いてこなかった。そして、幸樹は動物園と一生懸命卓也に言っていた。よほど楽しみにしていたのだろう、卓也も、「動物園一緒に行こうな」と答えると、満面の笑みで二人とも返してくれた。

「ごめん、お待たせしました。」

と、琴葉が降りてきた。二人の手を引いて外に出ると、琴葉も続いて出て戸締りをして、ベビーカーに荷物を載せて駅に向かって歩き出した。駅まではたいした距離ではなかったので四人で歩いた、程なく駅に着くとさすがに幸樹は抱っこしての駅校内の移動となった。荷物も卓也がもっていたので、大変な事だと思ったが全く苦にはならなかった。卓也と琴葉は、電車内で自分たちはどう見えるのだろうと考えていた。その思いは琴葉の方が強かったようだ、卓也は二人を膝の上に乗せての移動だったので、そこまで考えが廻らなかったようだ。最寄りの駅では、構内は抱っこしていたが、駅から動物園までは、二人は狭いベビーカーに乗っての移動だった。二人は

「ゾウさんが見たい。」「キリンさんがみたい」「パンダも」

と、それぞれの希望を言いながらの移動で、これはこれで楽しい時間だった。動物園に着くと早速、入場券を買いに琴葉が三人を置いて販売ゲートに向かった。購入後、卓也が自分の分を払おうとすると、

「大丈夫、母から今日の分はちゃんとせしめてあるから、十分な資金があるので大丈夫ですから気にしないでいいですよ。」

と、両親からの動物園連れて行ってあげての依頼だったので、必要な資金は頂いているとの事だった。

 動物園の中に入った、まずはパンダを身に行くことになっていたので、まずは、当分必要のない荷物をコインロッカーに預けて、いざパンダを見る為に場所を確認、パンダの前では沢山の人が順番を待っていた。このことは覚悟していたので、並ぶのが大変なので元気がある一番先にした経緯がある。程なくパンダをマジかで見られてみんな大興奮、一番興奮していたのはなにを隠そう琴葉だった。

 その後、ゾウさん・クマさん・おサルさん・トラさん・ゴリラさん・トリさん・あしかさん・シロクマさんと見て回った。どこでも二人は大興奮だった。幸樹は大好きなお兄ちゃんにずっと抱っこしてもらっているので、興奮が収まらなかった。その分、抱っこしてもらわないとよく見えないシロクマさんの時は、交互に抱っこしてもらっていた。シロクマさんを見たところで、昼食になった。ちょうどよい休憩所があったので、持ってきたお弁当を卓也が取りに行って、昼食となった。

「これ、琴葉さんが作ったのですか?」

「母と一緒にね、まあ、ほとんど母だけど」

と、少しすねた顔をした。それを見た卓也は、琴葉が作ったと思われる卵焼きを食べて

「この卵焼き、ほんとにおいしいです」

と、ほめてみたが

「それ、母が作りました」

と、さらに機嫌を損ねてしまった。こうなったらどうしようもなく、膝の上にいる幸樹に助けを求めるしかなかった。「これ、おいしいね」と話をそらした。いつもの光景が、この、動物園でも繰り広げられていた。 

昼食後、それぞれの腕の中でお昼寝タイムになった。朝、いつもよりぃ早く起こしたことも原因だったが、朝から、元気いっぱいだったので、食後すぐに眠くなって、幸樹は食事中から眠かったようだ。眠った幸樹をベビーカーに寝かせ、寝かかっている琴美は、卓也が抱っこをするとそのまますぐに眠ってしまった。休憩所で卓也の膝の上ですやすやと眠る琴美を見ながら、琴葉は、何かいつもと違う感情が自分の中に芽生えていることに気が付かなかったが、もやもやは感じていた。どれくらいたっただろうか、琴葉は、片付けをして、必要なものを交換しに行き、戻ってきて卓也の隣に座っていると、琴葉もウトウトして、卓也にもたれかかっていた。今日の為に早起きをして準備してくれたのだろうと思い、そっと、その寝顔を眺める、卓也にとっては、最良の時間だった。暫くそんな時間が続いてほしいと思ったが、やはりそんなに長くは続かなかった。目を覚ました琴葉は、一瞬、状況を把握出来ずにいたが、自分が眠ってしまったことに気が付き、真っ赤な顔をしている琴葉に「よく眠れた?」「ああ、ごめん」「いえいえ」ああ、見たでしょう、わたしの」「はい、堪能させていただきました。可愛い寝顔」「写真とってないでしょうね」「そんなの、撮っていません」と、まるで夫婦か恋人みたいな会話をしている事に二人は気が付いていなかった。

一時間ほど経ったであろうか、琴美が目を覚ました。さすがの卓也も手が疲れていたので、すぐにおろすと、「おしっこ」と言い出して、慌てて琴葉が連れて行った。まだ幸樹は夢の中である。少し腕の体操をしていると、二人が戻ってきた、すぐに、卓也の膝の上に座ろうとした。卓也はそれを拒む筈もなく、笑みを浮かべながら、膝の上に座った。リンゴジュースを飲みながら、動物の話をいっぱいしていた。暫くすると幸樹が目を覚ました。大きな声で泣きだしたので、これ又慌ててトイレに連れて行きオシメを交換する琴葉だった。さすがに近くで食事している方がいたのでオシメを交換するのは気が引けたからだ。オシメが新しくなった幸樹が戻って来て、琴美が飲んでいるものをよこせとせがんだので、別のジュースを琴美に渡して、琴美の飲んでいたジュースを幸樹に渡した。二人はおいしそうに飲んでいたが、飲み終わると卓也の取り合いが始まるかと思ったら、琴美がすぐに膝から降りて琴葉の所に行った。「さすがおねえちゃん」と心の中でほめてあげた。その後、周りを片付けて、動物園巡りの再開となった。

休憩しながら、レッサーパンダ・カバ・サイ・キリン・カンガルー・カメ・フラミンゴ・ペンギンと見た所でソフトクリームを食べながら休憩をした。その後、ウマ・コウノトリ・ペリカン・ウサギと見て回った。ウサギと触れ合うコーナーでは、二人は大はしゃぎで見ているだけで疲れが吹っ飛ぶような光景だった。ただ言っておくが、二人とは、琴葉と琴美の事で、幸樹はすこし怖がりなのかウサギに触れなかった。

動物園を満喫して大満足だったが、帰る時間が来てしまったので、動物園を後にすることとなった。お見上げは、お気に入りの動物のぬいぐるみと、動物の絵本だった。両親には、いっぱい楽しかった話と、笑顔いっぱいの写真が何よりのお見上げだった。

電車にゆられながら、四人は眠っていた。さすがに卓也も疲れたのであろう、うとうとしてしまった。どれくらいねむったのだろうか、列車が大きく揺れたのでびっくりして卓也は目を覚ました。まだ、三人は寝ていた。琴葉さんは、幸樹を膝の上に乗せたまま卓也の肩を借りて、琴美は、卓也の膝の上で、眠っていた。卓也は、スマホを取り出して、あの時、偶然通りかかった人にとってもらった一枚の写真を眺めていた。卓也にとって、最高の宝物の一枚だった。写真を見ていると、琴葉さんが起きる気配がしたので、慌ててスマホをしまった。「おはようございます」の言葉に「おはよう」「よく眠れました」

「うん」「えっ、何がおはよう、だよ、」

と、やっと目が覚めたみたいで、からかわれたことにかなり膨れて居た。

「琴葉さん、今日はありがとうございました。ほんとに楽しかったです」

「こちらこそ、ありがとう。ほんとに助かりました。二人がこんなにはしゃいで、ほんとに楽しかったのね」

「いや、一番はしゃいでいたのは、琴葉さんのような気がしますが、私には。」

「なんですと、いや、それは認める、ほんとに楽しかったから」

「それはよかったです、もうそろそろつきますね、起こしましょうか」

と、二人を起こして、降りる準備。程なく乗降駅に到着して、またまた、幸樹を抱っこして自宅まで歩いて帰宅となった。かなり疲れてはいたが、そんな事は気にならない程充実した一日だった事をうれしく思いながらの帰宅であった。自宅前に着くと、すでに両親は帰宅していた。駅に着いた時点で連絡してあったので、母が玄関前で待っていた。

「おかえりなさい、」と言う母の笑顔を見た琴葉は肩の荷が下りた気がした。

「ほんとにありがとう、ご苦労さんでした。」

と言っている母に、琴美が今日の報告を楽しそうに話し始めていた。

「琴美ちゃん、あとでゆっくり聞かせてね」「今は、先にお風呂に入りましょうね。」

「そうさせてもらう」

と、琴葉も同意して、家に入ろうとすると、

「それでは僕はここで失礼します」

「えっ、帰るの?夕食一緒にと思っているのに」

「いえ、さすがに疲れましたので、お風呂に浸かって、休みたいので」

「あら、そうなの、お父さん早く、卓也君帰るから、幸樹受け取ってください」

と、言われ父が出てきて幸樹を受け取った。今回はスムーズに父の元に移ったのである。

「それじゃ、失礼します」

「ちょっと、待って、これ、お風呂上りでも食べなさい」

と、弁当を渡した

「ありがとうございます。ありがたく戴きます、それでは、失礼します」

と、帰宅の途に就いた。二人は一生懸命手を振って見送っていた。

「母さん、あのお弁当、最初から準備していたの?」

「多分、卓也君の事だから、夕食は一緒に食べないと思ったから、一様誘ってみたけど」

「そうだろうね、彼の性格なら無理だろうね。… ああ、早くお風呂に入ろうと」

「二人も一緒にいれてよ」

「ええええ」

まだ、二人の子守は続くのであった。

 先にお風呂から上がった二人は、両親に動物園の話を、写真を見ながらいっぱい話した。写真は、スマホで撮った分はまだだが、デジカメで撮った分があったので、それだけで十分だった。琴葉が合流して夕食の時間も話は尽きなかった。二人は、おなかもいっぱいになって、いっぱい話をして満足したのか、夕食が終わる頃には半分寝ていた。ごちそうさまをさせてから、二人は寝室へと移動、楽しい一日が終わりを告げた。

「私も、もう休むね、ほんとにつかれた」

「そうしなさい、あとの事はやっておくから、琴葉、今日はほんとにありがとう」

「うん、」

「それじゃ、おやすみなさい」

と、琴葉も二階の自分の部屋へと消えていった。

「母さん、子供たちはほんとに楽しかったようだね」

「そうね、あんな輝いた笑顔、見ていて涙が出そうになったわ、」

「卓也君に、・・・・ まあいいか」

「なに、」

「私も休むよ、明日は朝早いから、おやすみ」

「おやすみなさい、あなた」

と、北島家の一日が終わりを告げた。

 その頃、自宅に戻った卓也は、かなりの疲労感に襲われていた。家に入るまでは大丈夫だったが、玄関に入るなり、疲れがどっと押し寄せてきて、何とかお風呂のスイッチを入れ、待つ間ソファーに倒れこんで眠ってしまっていた。お風呂の準備ができた音に卓也は眼を覚まして。何とかお風呂に浸かったおかげで、少し元気が出たので、頂いたお弁当をおいしく頂き、今日の写真の整理を簡単にして、就寝した。

 デスクトップの背景には、あの時ひそかに撮った、卓也の傍らで眠る三人の写真になっていた。さすがに、スマホの画面に設定する勇気はなかった卓也だったが、自宅なら問題ないと考えての事であったが、後日、別の写真に変更される事となる。さすがの卓也も罪悪感に襲われて、隠しホルダーに密かに移して、自分だけの楽しみにしていた。



第十章 引っ越し


 北島家には月一でお邪魔するようにして、それ以外は、特別なイベントがない限りお邪魔しない事に卓也はしていた。教室でも、話せる女子が増えている事に気が付いていたが、何故だか本人にはわからなかった。学校で、一人でいる時間がない事にも気が付いて、周りから頼られることが多くなっていた。

 北島家に七月にお邪魔した時に、父幸太郎氏に、家の売却が大詰めであることを聞かされて、夏休み前に、売却手続きを北島家ですることになっている事を初めて聞かされた。立会人に山根夫妻・梅沢弁護士・北島夫妻・不動産担当者と社長が、北島家に集まって手続きを見届けることになったことを聞かされた。前回話をした、卓也の財産管理の話は琴葉さんには話していないとの事で、この件も話していないとの事であった。日取りは、試験終了した後の日曜日と決まっていた。北島家で子供たちと遊ぶのも慣れてはいたが、その分、少し大きくなった子供たちに振り回されることが多くなって、大変になっていた。

 この日も試験前と言う事で、勉強会を兼ねての訪問になっていたが、琴葉さんは、試験前には女子の友達と勉強会をいつも開いているようで、大抵は、琴葉さんに教えてもらう為なのだが、男子が来るのは卓也だけという事を母がつぶやいていたのを、卓也は聞いていた。それでも、子供たちと遊びながらの勉強でもはかどるもので、それなりに役に立っていた。勉強している卓也の膝の上には、どちらかが座っていて、さすがに大きくなって、二人一緒には座れないので、交代で座ってだいたいお絵描きをするのが定番だった。その日も、琴美の描いた絵に二人は度肝をぬかれて、

「琴美ちゃん、この人は誰ですか?」

「お兄ちゃん」

「こちらは、誰ですか?」

「おねえちゃん」

と二人が抱き合っていると思われる絵を書いていたのである。さすがに、こんな事をした事が・・・・・・

「これは、何しているのかな」

「ちゅう、しているの」

と、あっけらかんと言い放つ妹に、琴葉は苦笑いを浮かべ、卓也は、しどろもどろとなっていた。この時、琴葉は別の感情が沸き上がってくるのを感じた。

「これ、お兄ちゃんに上げる」

と、書いた絵を差し出した。卓也にとって、この上ないプレゼントで、涙をこらえるのに必死だった。

「私も、遅くなったけど、誕生日のプレゼント」

と、少し小さめの箱を取り出した。

「俺に?誕生日・・・・」

と、感動続きで言葉に詰まってしまった。

「誕生日の事知らなくて、ごめんなさい、父から聞いたの、なんで教えてくれなかったのって、父に真剣におこったの、すると父から『知っていると思ったから』と返されて、私何も言えなくなって、知っていたら、三人でちゃんとお祝いしたのに、ごめんなさい」

「いえいえ、そんな事、それで開けていいですか」

「どうぞ」

と、開ける許可が下りたので、開けると写真立てが入っていた。写真は、動物園の時に撮られた、三人の笑顔いっぱいの写真が入っていた。

「そんな写真しか私の手元になくて、ごめんなさい。四人の写真探したけどなかったから、」

「いえ、これでいいです。ほんとにありがとうございます」

と、卓也にとっては、本当に素敵な一日となった。写真立てはもちろん、デスクの上に飾られる事となる。

 そして、約束の日がやってきた、昼の二時に集合だったので、卓也は昼食を済ませて早めに北島家を訪ねた。いつものように、二人が迎えてくれたが、すでに不動産の方々は、到着していた。聞けば、社長は幸太郎さんとは同期で、ライバルで、親友との事で担当者を連れて早々に来ていた。社長は、あくまでも立会人的な立場であることを強調されたのが印象的だった。時間が来るまでは子供たちと遊んでいたが、時間と共に人員がそろったので、応接間での手続きが開始された。売却内容をそれぞれ確認してサインをするだけの簡単なことだけど、大人たちは、真剣に内容を確認していた。書類にサインをして、捺印した時点で、契約は成立したことが宣言された。

「これで、売却契約は成立しました。現在古城卓也氏が住んでいる家並びに土地の売却が成立しました。」

「それで、内容の確認をお願いします、特に卓也君向けに」

「はい、 現在使用されている家は、八月三十一日をもって正式にわが社が買い取ることになります。それまでに引っ越しをお願いします。引っ越し先は、わが社が所有するマンションになります。マンションの賃貸契約も一緒にさせて頂きました。

「了解しました。これで何も問題はないと思われるが卓也君、この夏休み中に引っ越しを完了してください。九月になると、勝手に入ると、不法侵入になるから気を付けるように、」

「ああ、許可さえとれば大丈夫ですから、それから、中の家具類や、要らない物はそのままにしてください。必要なものだけを持ち出していただければ、あとは、こちらでしますので、それから、大切な思い出の品もある事でしょうから、社でお預かりする事も出来ますので、有料ですが、ご相談に来てください。」

「以上ですが、何かありますか?」

「売却金の振り込みはいつかね」

「九月一日になります」

「了解した」

「マンションにはいつからは入れる」

「この後、本人に確認して頂き、書類に本人のサインを頂いて、社に帰って手続きをしますので、えっと」

「八月からなら、大丈夫です。」

「了解した。卓也君、この後新しいマンションを見に行くといい」

「はい、そうさせていただきます。」

「それでは、ありがとうございます」

「母さん、コーヒーでも頼むよ」

「はい」

と言って消えていった。暫くすると、琴葉が飲み物を運んできた。「娘の琴葉です」と紹介されて、「なんとお美しいお嬢さん」「お母さんにそっくり」とか、感想を述べられ、困っている琴葉に気づかない卓也に、腕を引っ張られて部屋から強引に出された。「なに、なに、」と理解できない行動に戸惑いを隠せない卓也だったが、「なんで、助けてくれないのよ」の言葉に、卓也は、何を持ち出して、何を預けて、何を持ち出さないか考えていたために、全く状況を理解していなかった。

「何よ、知らん顔して、私が困っているのに」

「いや、ごめん、考え事していて全く気付かなかった」

「それより、引っ越すの、どこに?」

「自宅から見えるマンションだよ、遠くに行くわけではないから」

「ああ、よかった」

「それより、二人の相手お願い、お兄ちゃんがいるのに、相手してもらえないから、機嫌が悪いの」

「はい」と、二人の待つリビングへ行く為に応接間を出た。応接間を出てリビングへ向かう廊下で、卓也はこの時を逃してはと、琴葉に

「この前は、ありがとうございました。それで、これ、受け取ってください」

と、かなりの勇気をもって小さな箱を差し出した。

「一様、誕生日プレゼントのつもりです。少し遅くなりましたが。」

「ありがとう、開けていい、」

「はい、」

「ああ、イヤリング、なに、これ、かわいい、」

「そんなものしか思いつかなくて、気に入っていただければありがたいです」

「これ、私のお気に入りになりました。ありがとう」

と、とっておきの笑顔を返してくれた。

卓也は、琴葉の誕生日とお誕生日会は、北島家だけでする決まりになっている事を、友人達の会話で知った。誕生日の日にはプレゼントは沢山の人から貰うと思うので、プレゼントを何にするか、かなり悩んでいた。やっとの思いでプレゼントの準備をして、渡すタイミングを画策していたが、何せ小心者だからなかなか渡せずにいた。

その応接間では、大人同士の秘密と言うべき会話がされていた。ほとんどが、卓也君がらみだったが、購入した家について社長は、グループの社員宅にするつもりで、売るつもりはないとの事、立地がほんとによい所なので単身赴任を裂ける為にもこのような物件が欲しかったとの事だった。

 リビングで、遊んでいる子供たちに声がかかった。卓也が新しい家を見に行くからだ。業者の案内で見学だが、近いので歩いていくことになった。今までとは、筋違いだが距離的には離れていないので、問題なかった。

 案内されたのは、タワーマンションの二十階だった。上層階は独身者用に作られているとのことで、だが、かなり広く作られていて、まったく問題はなくその場でサインをして終了となった。引っ越しの際の業者として、提携している業者まで紹介された。

 そのころ、北島家では、お客様がお帰りになり一段落ついて、片付けがされていた。

「母さん、あの二人はどうなっているのかね?付き合ってはいないのか」

「お付き合いはしていないと思いますが」

「私は、卓也君なら反対しないのだが」

「あなた、余計な事しないようにね、絶対ですよ」

「ああ、わかったよ、それでどうなのだ」

「私の見立てでは、琴葉は自分でもまだ気づいていないけど、卓也君の事を好きなっていますよ。以前から卓也君に甘える、琴美に嫉妬していましたから、自分でも嫉妬していることに気づいていないですけど、その内、気づくでしょ」

「なんで、そんな事分かるのかね」

「私、母親ですから、」

「だから、何もしないでくださいね、」

「ああ、それで、卓也君は」

「さあ、脈はあると思いますが、今は、二人のおねえちゃん、としか見ていないと思いますよ」

「それに、卓也君、自分に自信がないタイプだから、琴葉と釣り合わないと思っているでしょうから、若いころのあなたと同じで」

「何に、言っているの・・・・・」

「あら、ほんとの事でしょう」

「ああ、もういい」

と父は、その場を離れた。母は偉大である。

父が少しふくれて出てくる姿を琴葉は不思議そうに見ていた。

 そうである、琴葉が母から聞いた話を抜粋すると、研修に来ていた中で、母は、まぶしいぐらいの女性で、普通でただの人の父は、ひと目で恋に落ちたが、自分に自信がないから、何も言えないでいた。母は、そんな父の事が気がかりで、結局、母に迫られた父が、交際を申し込んで今に至ったとの事である。


第十一章 夏休み


 夏休みに入り、引っ越しの為に、家の片付けにいそしむ日々が続いていた。業者より箱が届き、引っ越し先に持っていく物と、業者に預ける物とに分けて入れるように指示があった。割れ物や包装が難しいものは、業者が後で、させていただくとのことであった。箱には、バーコードがあり、スマホで読み取って中身の登録をしておくと、大変便利で、お互い助かりますのでくれぐれも登録を忘れないようにお願いされた。そんな中、メールが届いた。琴葉さんからだった。いつの頃から、北島さんではなく琴葉さんと呼んでいる自分に気が付いて、倒れそうになったが、琴葉さん自身から指摘がなかったので、いつからなのかわからない。メールの内容は、末にプールに行くから一緒に来る事と、日時と集合場所が記されていた。卓也は、直ぐに水着を探した。ようやく見つけた水着だが、かなり古い気がしたが、買い替える気にはならなかった。それより、水着を見つけた時、琴葉さんの水着姿を想像して、一人で顔を真っ赤にして自分を責めるように発狂していた。

 琴葉は、次の日、さっそく水着を友達と買いに出かけていた。理由は、昨年度は水着を着なかったので、もうデザインが古いからとのことであったが、実際は、成長したためにサイズが合わなくなったためである。

水着売り場で、若い娘が揃えばそれは賑やかで楽しい時間だったことでしょう。全員ほどなく購入して買い物は終了、どうも、友人達で、海にでも行く計画を立てていたようであった。

 約束の前日、確認の連絡があって、内容は、両親も行く筈だったが、父がいけなくなって、母だけになったとの連絡で、時間厳守との事だったので、三十分も早く自宅のベルを鳴らす卓也だった。二人のはしゃぎ方は相当だが、車での移動なので、移動だけは少し楽できると思った卓也だった。ただ、卓也は何処へ行くのかは聞いていなかった。母の運転で車が走りだすと、二人はご機嫌で、いっぱいおしゃべりをしてくれたおかげで、直ぐに着いたような気がした。到着したのは、高級ホテルだった。琴葉さん曰く

「両親が、日頃の労をねぎらって、会社から招待状をもらったの、最上階の会員制だから入ることができない所だし、指定日があったので、行くつもりになったのだが、父がどうもいけそうにないので、卓也を呼ぶことになった」との事であった。父はやはり駄目で、今は北海道にいるとの事、気にしないで満喫しましょうと言われて、ホテルの受付前で母を待つ琴葉だった。母が到着後、受付を済ませ最上階へ、更衣室で着替えて、いざ、プールへ、さすが会員制、人でごった返すこともなく、来ている人たちはみんな上品で、卓也は場違いの所に来たような気がして、女性陣を待った。話によると、プール内の飲食は全て無料だと言う事だった。

 暫くすると、女性陣がやってきた。いくら琴葉の裸体を見たことがあると言っても、高校生の卓也には、琴葉の水着姿はとてもではないが見ることができないくらい、素晴らしいものだった。が、その隣で、とてつもない要旨をした女性がいた。それは、母ことだった。さすが琴葉の母親、まだ、三十代だから、並んでいると、母親には見えなく、年の離れた姉にしか見えないくらいの輝きを放っていた。卓也にとっては、琴美と幸樹がいるので、余計な事を考えなくていいので、助かっていた。

 母は、プールサイドで四人が遊ぶ姿を満足そうに見ていた。すると、どこかの紳士が声をかけてきた。母は、親しく話をしていた。暫く、話していると、琴葉を呼んだ、呼ばれた琴葉が行くと、

「娘の琴葉です。こちらは、このホテルの支配人」

「ええ、なんでお母さん、支配人を」

「お仕事の関係よ」

「初めまして、当ホテルの支配人をさせていただいています、藤堂と申します。お母様には大変お世話になっております。さすが、北島さんのお嬢さんです。とてもかわいらしい、私が五十年若ければ」

「藤堂さん、何、娘を口説いているの」

「いや、これは失礼、あまりにもお美しいので」

「琴葉、もういいわよ、私はしばらくお話があるから」

と言って、琴葉を返してくれた。三人の元へ帰った琴葉は、事情を説明した。

 しっかり遊んだ子供たちを母が迎えに来た。昼食を摂るためである。母の所へ行くと支配人自ら、プールサイドにあるラウンジの二階の個室へ案内をして頂いた。そこには、簡単な食事も用意されていて、ちょっとした豪華なホテルの部屋だった。一番恐縮しているのは卓也だった。慣れていないのが一番だが、経験のない事におどおどするばかりだった。部屋で食事と休憩をすることになったが、食事の際は、二人が卓也の膝の上の取り合いになったが、やはり下の幸樹に軍配が上がった。琴美が引いたのもあるが。食事後に休憩していると、はしゃいでいた二人は、お昼寝をしていた。十分休憩した後だったので、琴葉が

「古城君、行くよ、お母さん二人お願いね」

と言って、卓也の手を引いて部屋を出て行った。二人だけで遊ぶ為であるのは言うまでもない。二人だけで遊ぶといっても、卓也にはハードルが高いミッションで、何をどうすればいいのか全く分からないので、おどおどするばかりだった。だが、そこは時々とてつもない行動力を見せる琴葉に引っ張られながら、二人は楽しい二人だけの時間を過ごしていた。

 二人で遊んでいる間、少し卓也が離れて琴葉が一人でいると、必ず、紳士的ではあるが誰かが声をかけていた。琴葉が一人でいれば、当たり前かも知れないが、連れがいることが分かれば素直に引いてくれていたので、トラブルにはならなかった。

 一時間程遊んだだろうか、二人は、戻ることにした。もうお昼寝の時間が終わっているころだと思うからだ。部屋に行くと、二人は起きていて、居ない事を必死で怒っていた。丁寧にお詫びをしてやっとお許しが出たので、再び、プールへと繰り出した。母はそのまま部屋で休むこととなって、四人だけでプールで遊ぶ事となった。中でも滑り台が二人のお気に入りで、何度も滑ることとなったが、滑り台に向かう道中は、抱っこしての道のりであった為に卓也には、少々体力のいる事となった。途中から琴葉さんが参戦しなかった為、二人を代わる代わるであった為である。

 一時間程、遊んだだろうか?母の呼ぶ声がして、そろそろ帰る時間だと言う事が告げられた。最後にもう一度だけ滑り台をして帰ることとなった。今までは、別々だったが今度は、四人一緒に滑ることとなった。先頭は幸樹が、その後ろに琴葉が、次に琴美が、最後は卓也だった。四人はかなりの密着度で滑り下りて行った。長い滑り台の最後のフィニッシュは、かなりの勢いで水面に飛び出てきた。はち切れんばかりの笑顔がそこにはあった。残念ながら、琴葉の水着が取れるハプニングはなかった。満面の笑みでプールから出て、更衣室へと向かった。

卓也は、シャワーを浴びた後、着替えを済ませて、ロビーにいた。女性陣は時間がかかるのは仕方がない事なので、気長に待つことにした。やっと出てきたらさっそく抱っこをせがまれて。流石の卓也もお疲れモードだったが、抱っこして車へと向かった。

 車に乗り込み、走り出した途端、幸樹は卓也の腕の中で眠ってしまった。よほど楽しくてはしゃいだのであろう、熟睡している。その隣で、眠気と闘いながらはしゃいでいる琴美がいた。琴美は家に着くと大好きなお兄ちゃんとお別れする事を知っていた為か、最後の力を振り絞って遊ぼうとしていた。暫くすると、ほどなく自宅に到着、急いで荷物を入れて、幸樹を受け取る準備を整えて、母が幸樹を引き取った。よく寝ているようで、起きる気配がなかった。琴葉は、琴美と一緒に卓也を見送ることとなったが、楽しい一日の終わりを告げるバイバイが行われて、卓也は帰路に就いた。琴美は、家に入ると気が抜けたように眠ってしまった。卓也も、さすがに疲れたのか、お母さんが、家に帰っても食事を作るのは大変だろうからと、用意してくれたホテルのお弁当をおいしくいただいてから、お風呂に入ってそのまま眠ってしまった。琴葉も食事をして、ゆっくりお風呂に入ってから、眠気と闘いながら夜の準備をしながら眠ってしまっていた。

 楽しかったプールも終わり、琴葉さんから送られてきた写真は、どれも笑顔いっぱいの表情で、見ているだけで幸せになる写真ばかりだった。事に、二人だけで撮った一枚が卓也の密かな宝物となった。

 夏休みと言っても卓也にはたいしてすることもなく、誘ってくれる友達もいなかった。琴葉は、何かと友達と出かけていたようだが、子守もしていたので、遊ぶ時は遊ぶ、子守もちゃんとする!の精神で日々を過ごしていた。お盆には、家族で帰省をして、田舎を満喫していた。帰省は、両親は元々ご近所さんだったので、お盆と正月に帰る時は、先にどちらに帰るかを決めるだけで、双方の実家はたいして離れていなかった。

 北島家が帰省から帰ってきた頃。地元では、花火大会の準備が進められていた。北島家はこの花火大会は家族で出かけることになっていた。卓也も花火大会は、家族で出かけていたが、去年も今年も出かける予定はなかった。それは、一人でいる事は慣れてはきたが、思いで深い行事になると、楽しかったことがよみがえってきて、とても涙があふれて前を見て歩けないので、一人、家にいる事となった。

 花火大会の前日、突然電話が鳴った。まあ、突然鳴るのは当たり前なのだが、琴葉さんからだったので驚いた。出ると、花火大会へのお誘いだった。断る理由もないのでもちろん承諾をしたら、弾んだ声で「詳細はメールする」と言って電話は切れた。いつもならメールなのになんで今回は電話なのか不思議に思っていると、待ち合わせ場所と時間の連絡がきた。

 当日、午後六時に神社の鳥居の前集合だったので、三十分前には卓也はついていた。時間より少し遅れて北島家がやって来た。勢ぞろいだった。両親まで一緒だとは知らなかった卓也は、驚いたものの、そこまで恐縮することもないので、久しぶりに近況報告を直接できた事の方がうれしかった。さっそく、幸樹を抱っこしての屋台めぐりとなった。なぜなら、琴葉さんの浴衣姿があまりにもまぶしくて、幸樹に逃げただけだった。琴葉の浴衣姿に気を取られていて、琴美ちゃんもカワイイ浴衣を着せてもらっている事に気づかなかった。卓也は、琴美ちゃんの浴衣姿に気がついた時、卓也に褒めてほしいのか、一生懸命にアピールしていた。それに気が付いた卓也が褒めると、琴美はとても満足げな顔をしていた。ただ、その隣で何故か分らないが、自分をほめてくれない卓也にご立腹していた琴葉だった。四人の屋台めぐりを、両親はにこやかな顔でついて行くだけだった。屋台は満足できたであろうか、花火に備えて飲み物食べ物の仕入れは終わった。屋台に未練はあったが、花火の観賞場所へと向かった。琴葉曰く、花火を見る場所は決まっているとの事で、屋台からは少し離れた高台の土手に連れていかれた。その場所は、古城家も花火を見ている場所だったが、その事は言わないことにした。土手に腰を下ろして食事となった。シートはもちろん、便利アイテムを持参しての鑑賞である為、腰を下ろすことができたのである。さっそく膝の上にいる幸樹にご飯を食べさせながら、卓也も食事を頂くことにした。琴美には、琴葉がついていたが、さすがに服が大変なことになりかけたので、前掛けをリクエストしていた。食事をしながら卓也は疑問に思っていた事を訪ねてみた。

「今日、誘っていただけるとは思わなかった」

と、本日のお誘いに大変驚いている事を琴葉に打ち明けた。すると琴葉が当日の出来事を話始めた。

「最初は家族だけで行くつもりだったのが、父が『卓也君は誘ったのか?』と言ったのよ、私は、誘ってないけど」と答えたら「なぜ誘わない、直ぐに誘いなさい」とかなりご立腹で直ぐに電話したの、メールだと返事が遅くなると思って」

との事であった。父のどうした心境の変化なのかは、母が解説してくれた。母曰く

「最初はね、卓也君に子供たちを取られてしょげていたのだけれど、今は、家では父として認めてもらっているから、卓也君がいるときぐらいはおじいちゃんでいいと思っているみたい、卓也君がいると少し楽できるからね、まあ、卓也君がいない時に、父の事を無視するようなら、今夜みたいなことはなかったと思うよ」

との事である。卓也はそれを聞いて恐縮するばかりで、母と琴葉から、「そんなに恐縮することないから、堂々としていなさい」と言われて少し安心した卓也だった。

 食事も終わりトイレを済ませて、待っていると場内アナウンスが、花火の打ち上げ開始を告げた。

「ドーン」

と、何十発もの花火、花火が打ちあがるたびに歓声が上がる会場、花火に大興奮の幸樹に、少し音が怖いのか、琴葉に抱き着いている琴美、周りから見れば仲のいい夫婦に可愛い子供たちにしか見えない事を二人は気が付いていなかった。

 待っている時間は長かったが、花火が始まるとあっと言う間に最後の花火が撃ち上がって、楽しい花火大会は終了となった。ここからが大変、一斉に帰路に着く為、ごった返すのである。琴美は卓也が抱っこして、幸樹は琴葉が抱っこしての帰路となった。ベビーカーをもって来なかったのはこの為で、大変危ないからであった。二人は、小さな子供たちを必死に守りながらの帰路で、両親の事は両親に任せる事になっていた。やっとの思いで混雑から抜け出した二人は、二人に歩かせようとするが、二人とも降りようとしなかったので、仕方なく抱っこしたまま自宅に着いた。直ぐに、両親も到着、無事に全員帰ることができた。直ぐに荷物を置いて、最後のお別れの儀式であるタッチをして、卓也は自宅へと向かった。お茶でも飲んで言ってと誘われたが、丁重にお断りをしての帰宅となった。やはり楽しい時間となったが、それに伴い、帰宅して一人になる辛さ・さみしさを感じない事はなかった。特に、楽しければ楽しいほどつらい時間が待っているのであった。いつもこんなにつらいのだったら、もう会わない方がいいと思いながら、あの可愛いい笑顔をもう一度見たくて、お誘いがあると、いそいそと出かける卓也であった。



第十二章 体育祭と文化祭 弐


 夏休みも終わり二学期が始まった。二学期最初にする事は、各クラスの体育委員と文化祭委員を決める事である。クラス代表が集まって、詳細事項を決定して決定事項が全生徒に発表される。体育祭は例年通りだが、文化祭は、二年生は各屋台担当である為、今年は厳正なる抽選で決定された。一組はたこ焼きを担当する事が決まった。ただ、二年生合同でメイド喫茶をする事が提案されて、各クラスでの返答待ちであった。伝統の屋台を出せば、他に屋台を出しても構わない事になっていて、地元の方と出し物が被らなければ問題がない為の提案だった。これは、一部の男子達の陰謀で、特に二年生には容姿が揃った女子生徒が多くいる事が提案の裏側だったが、この提案に女子生徒たちの方が積極的に話を進めていったので、提案した側は、あっけに取られた感じだった。各クラスの話し合いの結果、全クラスが満場一致で協力することとなって、各クラスから喫茶担当を決める運びとなった。一組は、琴葉と、卓也が選出された。体育祭と文化祭の各担当を決める中で、最後に残った喫茶担当が、何も担当をしていなかった琴葉と卓也になっただけだったが、これはクラスの陰謀で、琴葉のメイド姿が見たい男子生徒達の策略だった。ただ、女子生徒の協力がなければ、成り立たないことに男子達はあまり気が付いていない様子だった。

 まずは、体育祭の準備が優先されて、準備の合間に文化祭の準備も進める事となった。体育祭は学校主催の為、実行委員が選出され、実行委員長が生徒会とは別に決められていった。生徒会は、次期生徒会長選挙の準備も並行して行われ、立候補の受付は二学期開始とともに始まっていて、体育祭までが受付期間になっていた。体育祭は例年と変わらないので、道具の確認が主な準備になっていた。

 卓也と琴葉は。昨年同様運動が苦手なので、中心メンバーではないが、全員リレーでは昨年と同じ順番で走る事となった。琴葉と卓也は文化祭の担当があった為、そもそも、初めての事だったので、生徒会からは、各クラスの担当者で話し合ってある程度決めてから生徒会に持ってくるように通達があった。卓也と琴葉は、体育祭の事は任せて、メイド喫茶の準備に全力を注ぐ事になった。

 まず、会場は、食堂を、服は貸衣装屋に交渉、料理は、町の喫茶店等の協力店を探す事として、生徒会に提出、すべて了承されて、学校側の協力を頂けることとなり、卓也と琴葉は、衣装担当になって、先生と交渉に行くことになった。先生はあくまでも付き添いで、交渉は生徒主体でする事が求められていた。

 初めに話を聞いてくれるところを探し、地道に安く貸し出して頂けるように交渉したが、なかなかまとまらなく苦戦していた。その時琴葉が、ミニスカートのメイド服にこだわる必要はないので、着物とかも候補にあげようと言い出して、了承される事になった。その方向で事を進めだすと、貸し出しを渋っていた店より、貸し出しの申し出があり、店の在庫を全部出すとの事で、服のサイズが提示された。サイズの手直しができないので、服に合わせて頂く事が条件となった。数件の店からの申し出で、メイド服は、三十着ほどが確保できた。それに合わせて、着物の提供の申し出も有り、着物での接待が男子生徒も含めて決定した。着物の貸し出し店は、地域のお店と協力して着物の宣伝を兼ねて行う為、貸し出し契約時の支払いは予算内で納められた。

 メイド服のサイズ票をもとに、女子生徒のサイズ票とのにらめっこが始まったが、さすがに、卓也の参加は無理なので、琴葉に負担が行くこととなるのと、女子生徒の個人情報の観点から、ご提示いただいたサイズ票を二年生の女子生徒に回覧できるようにして、自らの意志で申し込んでいただくこととなった。見本に琴葉が着る事となったが、提示されたサイズに合うのがなかったので困っていると、別のお店から琴葉に合うサイズのメイド服が提供されて、ほどなく撮影がされて、二年生全女子生徒に写真のデータが送信された。男子生徒はもちろん男性教員にも回覧はできなくなっていた。ただ、その姿を男性として見たやつが卓也だった。それと着物を着た琴葉の写真もデータとして贈られたが、男性用の見本は卓也がモデルとなって、同じく男子生徒に送られていた。男子は、女子の着物に合わせて、羽織袴であった。メイド服に合わせて、タキシードだったが、これは自分で用意できるならばタキシード風でもよい事となった。

 当日は、たこ焼きチームもできる限り同じ服装でするようにとの通達があり、接待班と厨房班に分かれる事となった。食堂は、かなりの人数が入れる為、営業時間と日取りの検討に入った。

 此の頃、まことしやかにささやかれていたことが、卓也と琴葉のお付き合い疑惑だった。まあ、地元の花火大会に行けば知り合いが見ていてもおかしくないのであるが、二人が並んで歩いている写真が出回ったようで、琴葉が卓也だと認めたと言う噂まで出たので、準備の最中に、裏付けを摂るための策略が進行していた。ただ、琴葉の友人達には、琴葉が一緒に行ったことは認めていたので、それが、交際を認めたことになっていたようで、交際については、否定も肯定もしていなかった。もう一つ攻めきれないのが、一緒に子供を抱っこした両親が写っていた為、デートではない事ははっきりしていたので、追及しきれていなかった。

 陰謀うごめく中ではあったが、準備は着々と進み体育祭当日を迎えた。毎年の事ながら、大変盛り上がった大会になった。最終盤まで点差が拮抗して、最終種目の全員リレー前には二年生がリードする展開だったが、最後の最後で三年生の意地と実力で大逆転となり、最終的には落ち着くところへ落ち着いた結果となった。卓也と琴葉は頑張ったが、やはり足を引っ張る事となってはいたが、それを責める生徒はいなかった。

 体育祭も終わり、文化祭に焦点が絞られた。生徒会は、現生徒会長の後継指名がないと当選できないので、生徒会選挙と言っても、無投票が当たり前になっていたので、今回も、後継者指名が無事終わり、もともと立候補すらなかったので、満場一致での決定となった。が、欲を言えば琴葉に生徒会メンバーを要請したようだが、きっぱり断られていた事は、生徒会長しか知らない事であった。

 時期生徒会メンバーも決まり、文化祭への準備は大詰めとなっていった。各屋台の協力体制も確定して、三年生は、三年全員で一つの舞台をすることになり、題名は「ロミオとジュリエット」になっていた。舞台の中で、ジュリエットを何人もの生徒が演じる形式になって、文化祭最終日の最後の出し物となっていた。琴葉たちは、メニューを限定して、飲み物はコーヒー。紅茶・抹茶・ジュースでオムライスにカレーとケーキとサンドイッチと限定して、地元のお店に協力して頂いて喫茶店となった。期間は、文化祭三日間で提供するものがなくなり次第閉店する事となった。どれだけの食材を用意するか、提供して頂くお店にお任せする事となり、お店側も承諾して頂いた。最初のオーダーは学校側が決めて追加の分はお店側に任せる決まりである。誰がどの服を着るか、シフトもほぼ決まり、事前にできる事は終了した。あとは、料理の練習をするだけで、これがなかなか難しかったが、プロの指導のおかげで何とかなったようだった。

 文化祭前日、最後の会場の準備が行われ、すべての準備が整って学校はしばしの静寂に包まれていた。

 当日がやって来た。暖かい日差しが注ぐ中で、生徒会長の開幕宣言と共に文化祭行事が始まった。開始と同時にメイド喫茶には多くの来客があった。初日の金曜日なのにこれ程の来客があるとは思わなかったので、学校として用意した分が初日で完敗する事となった。これも、地元のお店をさらに巻き込んでの戦略が、宣伝効果も伴っての来客の多さにつながったようであった。これでは土日が思いやられる気がするのは、誰もが考える事となった。想像通りに土曜日の来客はさらに多くなり、すべての出店がパンク寸前になっていた。特に、琴葉が接待する時間の込み具合は「勘弁してください」レベルだった。「店員に触れないでください。写真を撮らないでください」と注意喚起するのが男子生徒の重要な業務になっていった。女子生徒のメイド服姿や着物は大変評判で、特に琴葉の着物姿は想像以上に艶やかだった。さすがにプロの見立てである。琴葉を見た時にこうなることが分かっていて、協力の申し出をしたことが分かる結果であった。お店側も、なかなか若い人で着物が似合う人がいなくて、お店の良い宣伝になったと喜んでいた。シフトでは、琴葉、楓、春香が同じにならないように組まれていて、この三人がメインである為なのだが、楓と春香はメイド服での接客であった為、特に男子生徒が多く訪れていた。楓と春香のメイド姿は、魅力的な姿であった為、琴葉への集中を回避する為、この三人の接客時間をあえて公開して、琴葉への集中を避ける処置がとられていた。接客が始まると、極秘の文書が男子だけに出回っていた。もちろん犯人は卓也なのは明らかだが、それを責める者はいなかった。そのおかげで男子生徒たちは日頃、見る事の出来ない楓の迫力ある胸を堪能していた。三人のブロマイド的な写真は後にアップされて、回覧数が生徒の数を超える異常事態になっていた。もちろん、文化祭の記録として撮られた写真である。

食材の提供するお店はオーダーに追われることとなった。特にケーキを提供するお店は、店での販売はお休みにしてまで、対応することにしていた。作れる数に限界があるためで、お店の分の材料がない事が最も大きな要因の一つとなっていた。忙しい時間をみんなで頑張って乗り切っていた。負担にならないように考えられたシフトのおかげで、文化祭を楽しむ時間がない事はなかった。シフト表が何故か出回っていたことが後で発覚したが、そのおかげで、大盛況ではあったが、かなりの余裕があったのも事実であった。二日目も無事終了、琴葉は休憩以外接客をしていた為に、かなりお疲れの様子だったが、そこは、頑張り屋さんの琴葉なので、あと一日、厳密にはあと半日、三年生の舞台が始まるまでであった。三年生の舞台が始まる時間には、すべての出し物が終了する決まりで、全生徒は、必ず鑑賞する事となっていた。特に火の後始末以外は欠席を認めない事となっていた。

 文化祭最終日、琴葉の両親が子供たちを連れて来る事になっていた。朝元気よく家を出た琴葉は、卓也と出会って、登校しながら、最終の打ち合わせをしていた。その中で両親が来ることを伝えていた。

最終日が始まった。お店のオープンと同時に多くの来客があった二日間と違い、今回は混雑していなかった。それは、事前に整理券を配って、館内放送にて順番を知らせて、外でお待ち頂く時間を極力短くする処置がとられたからだった。各お店も土日だった為に材料の調達に苦労したようだったが、何とか間に合って開店にこぎつけられていたが、これ全部吐き出すと、明日の分が全くない事を承知の上だった。

 そして、両親が来た。此の事が琴葉の人生において思い出深い出来事を巻き起こす事となるのである。

四人で初めて琴葉の学校への訪問となった。学校内を見学しながら琴葉のいるメイド喫茶へ向かった。喫茶前で受付をしている生徒に、琴葉の両親であることを告げて、琴葉の現在地の確認をお願いした。生徒から自室の教室で休憩中であることが伝えられ、「ご案内を」と言われたが、「場所を教えて頂ければ案内は不要」と、丁重にお断りをしていかれて、教室へ向かっていった。教室へは直ぐであった為、教室の前で声をかけると、琴葉が教室の扉を開けて、いらっしゃい の声と共に着物姿の琴葉が立っていた。琴美と幸樹は着物姿の姉を認識できなかったのか、それとも後ろにいた卓也に気を取られていたのか、琴美が卓也に抱き着いていたのである。普段見慣れない服装の為か幸樹の反応が少し遅れて姉に先を越されたようだった。気が付いた幸樹は、我こそはとばかりに卓也にしがみついて卓也の奪い合いになっていた。ただ、いつものように抱っこしてもらって、甘える琴美を見ていた琴葉は、いつも感じるもやもや感が増大している事に気づき、それも、幸樹が卓也に甘えている姿をいくら見ても感じない感情が、琴美が甘えている姿には、説明できない感情がうごめいている事に気が付いて、自分でも、おさえられない程に増大していった。その感情を抑えながら、両親のリクエストに答えるために喫茶室へと向かった。喫茶室への短い区間でも卓也に手を引かれている琴美の事が気がかりだった。喫茶に着くと、両親の席が用意されていて、直ぐに案内が出来て琴葉の接客で対応となったが、偶然いた生徒たちの話題をさらう事となった。まず男子生徒たちからは、母親の容姿に話題が集中「さすが琴葉さんお母親、娘に全く引けを取らない」と裏で絶賛の声が上がった。女子からは、二人の愛らしさに「かわいい」との声で、手の空いている者は気を引こうと必死になっていた。ただ、来た時に卓也が琴美の手を引いていた事は忘れ去られているようだった。幸樹は偶然に母が抱っこしていたので問題にはならなかった。喫茶店ではケーキを注文して四人でのおやつタイムとなった。おいしそうにケーキを食べる二人を優しい目で見る卓也は、構ってあげたいが、人の目線が気になってできずにいた。琴葉は何かと世話を焼いていたが、ほどなくティータイムは終了、自宅に帰る事となったので、琴葉が校門まで送る事になった。卓也は、まだ、休憩時間なので、密かについて行って屋台の前で追いついた。幸樹は、ベビーカーに乗っていたので、琴葉に手を引かれ歩いていた琴美が卓也に気が付くと、直ぐに抱っこしろと手を出してきた。卓也は、周りの視線が気になる所だったが琴美の可愛い笑顔には勝てず無意識に近い、いや、条件反射ともいえる反応で琴美を抱っこした。満面の笑みをたたえる琴美を見る琴葉に、またまた、どうしようもない感情が沸き上がってきて、心の中で葛藤が始まった。そして・・・

「私、嫉妬しているの⁉琴美に、私もあんな風に卓也にしてほしくて、無邪気に卓也に甘える琴美に嫉妬しているの、私、卓也の事・・・・・」

ほほを赤らめて、葛藤の原因に気が付いた琴葉は、母からの

「琴葉、顔赤いわよ、どうしたの」

「いや、何でもない」

と、返すのが精いっぱいで、母の言葉で、冷静になれた琴葉は、自分が卓也に恋をしている事を初めて自覚して、自分の中で認めたのである。本人も気が付かなかった感情が、琴美への嫉妬として表れていた事に、恥ずかしくて、又、顔を赤くするのであった。

 自分の気持ちに気が付けば、もう怖いものはない。筈であったが、琴美への嫉妬はなくなったが、琴葉から、告白をするにはハードルが、いや、プライドが、自分が、人を好きになるなんて考えもしなかった為、どうすればいいのか、全く分からなくなって、周りから見ると全くおかしな行動をとっていたと思われる。屋台の前を通っていた事も、せがまれて、金魚すくいをして、綿菓子を購入していた事も、琴葉は覚えていなかった。無事に校門まで来て、普通に見送っていたが琴葉はうわの空で、父にも気づかれるくらいで父が母に「琴葉どうしたんだ」「さあ、」

との会話がなされていた。当の卓也は全く琴葉の異変には気が付いていなかった。見送った後、最後の当番があったので、急いで戻る卓也だったが、その後ろ姿を、複雑な表情で見る琴葉がいた。

 着物姿での最後の接待に臨む琴葉だが、どこかうわの空で、心ここにあらず状態であったが、さすがに、ミスなどしなかったので、周りには気が付かれていなかったようだ。大盛況のまま、メイド喫茶は無事終了して、最後のお客さんをお送りした時自然と拍手が沸き上がって、集まれる関係者で涙のフィナーレを迎えた。みんなで、感動の涙の余韻を楽しみたかったが、早々に後片づけをして、体育館集合する段取りだった為、急いでの片付けとなった。幸いにも、火の後始末は、協力業者の方々が責任をもってして頂けるので安心してお任せできたが、なにせ、食堂を使わせていただいている為、本日中にもとに戻さないと、明日になると、休日返上での片付けになってしまうので、気合を入れての片付けとなった。明日は休みだが、いつものように明日から食堂の再開準備がされるので、なんとしても、今日中に片づける必要があった。

 みんなの協力もあり、予定通りに片付けが終わり、全員で、体育館に向かった。体育館行事は、文化祭初日と二日目は、個人やグループでの出演だったが、最終日は、三年生の演劇の為、朝から準備がされていて、在校生の席は決められていた。保護者や、一般の人々で沢山の人で埋め尽くされた体育館内に静寂が走り、定刻午後二時、劇の幕が揚がった。

 壮大な演劇だった。何人のジュリエットがいたのだろう、演じる人でジュリエットがこんなに違う事に驚かせられた劇も終わり、この学園の定番になる出来事になった。何もかも初めての事だったのに、これだけの事を成し遂げた、スタッフや出演者に盛大な拍手が送られていた。特に、この劇の指揮をした、生徒会長には絶賛の声が寄せられた。

 無事全ての予定行事が終了、残すは引退式と引継ぎ式のみとなった。毎年、体育館で行われるのであるが、今年は、校庭で、キャンプファイヤーと共に行うことが発表され、日が落ちる十八時開始が告知されていた。みんなキャンプファイヤーと言えばフォークダンスだろうと、囁く声が聞こえたが、ダンスがあるのかそれはまだ、極秘事項であった。

 演劇が終わって、少し時間が空いたので、予定通りに琴葉と卓也は、片付けの続きをしに食堂にいた。他のクラスからも片付けに来てくれていたので、劇の感想など大変盛り上がった話をしながらの片付けとなった。火の後始末は、確実にされていたので完全に食堂の復興に全力が注がれたが、ほとんど終了していた為、おしゃべりタイムとなっていた女子生徒たちは、手を動かす事を忘れて劇の感想を話していた。

 ほどなく、片付けが終わり、もとに戻った食堂で、ささやかだがおつかれ会が業者の提案で行われた。この為に、食材を残してあったのだった。もちろん、飲み物はペットボトルのジュースとお茶だが、ケーキやオムレツが出されて、しばしの歓談が持たれた。業者の方々とはあまり話ができなかったし、昼食もろくに取れなかったので、大変おいしく頂きながら時間を忘れての懇談になった。大変有意義な時間だったが、時間となった為、お開きとなり、さっと片づけて文化祭の後の後夜祭の会場へと向かった。

 会場はすでに生徒であふれかえっていた。生徒会長のアナウンスが入り、各クラス代表がクラスの出席の確認をして報告をしていた。生徒全員の確認が取れたのであろうか、生徒会長から

「只今より、後夜祭を始めます。着火して下さい。」

との合図で、薪に日が入れられた。火を使うため業者にお願いして準備をして頂き、点火や管理もお願いしてあった。だんだん炎が大きくなっていくのを確認して、会長が文化祭の成功とそれぞれの労をねぎらうあいさつの後、ゲーム開始の合図が

「今から、全校生徒参加のゲームを開始する。此の校庭の好きな所へ行ってください。なるべく一人で行動してください。グループでの行動は禁止します。」

と言われて、何が始まるのかとワクワクする者もいれば、ぶつぶつ文句言っている者までいろいろだったが、大体、足が止まったのを見計らって

「それでは、ルールを説明する。まず、これはじゃんけん大会です。近くにいる人とじゃんけんをして、負けた人は、勝った人の後ろに付くと言う簡単なルールです。但し、相手は、男子は男子生徒と、女子は女子生徒とじゃんけんをします。男女でのじゃんけんは禁止します。これで、最後まで勝ち続けた男女を決めます。先輩も後輩もありません。不正は、処分の対象になります。各先生方が審判をされますので、正々堂々として、列の先頭を目指してください。それでは、始めてください。」

との号令で、じゃんけんゲームが開始された。よくわからない事だが、じゃんけんをして、一度も負けなかった生徒を決めるゲームであることは明確であった。ゲーム開始後、どんどん列が長くなっていった。積極的にじゃんけんを仕掛ける者、じゃんけんをしないで、逃げ回っている者と、性格が出るゲームではあったが、だんだん列の長さが長くなり、男女四本ほどになった時いったんゲームの中断がアナウンスされた。

「少し、休憩タイムを取ります。その場に座って休憩してください。」

とアナウンスが入り、みんなやれやれと言った感じでしゃがみこんだ。列の後ろの者は、先頭が誰なのかわからないので、確認する輩までいた。五分ほど休憩したであろうか、再開のアナウンスがあると、列の先頭の者が動き出した。ここまでくるとかなりの気合でのじゃんけんとなるのは当たり前で、負けると、列のかなりの後ろになるのは必然で、後ろに控えている人たちの事を思えば、先頭にいる者の責任はかなり重かった。が、勝負は非常である、先頭を掛けた最後のじゃんけんで、男女の先頭が決まった。全校生徒男女の頂点が決まったのである。すぐさま会長自ら先頭の女子生徒に舞台を降りて駆け寄り、名前を確認すると

「二年一組の悠木です」

と答えた、なんと、琴葉の友人が先頭に立っていた。続いて男子の先頭へ

「二年一組の森田です」

と答えたため、会場からはどよめきの声が広がった。

「なんと、双方同じクラスとは、これは予想外、こんな事があるなんて驚きです。」

と、驚きのリアクションが広がっていった。

「気を取り直して、ゲームは終わっていません。それでは、女性陣の方々、あの焚火を囲むように円を作って下さい。手をつないでいって、先頭と最後尾が手を繋いだら暫く待ってください。」

との説明に、動き出す生徒たち

「はい、円ができたようですね、それでは、同じ要領で男子もお願いします。女子の円の外側をお願いします。女子生徒に構う時間ではありません。女子の円を覆うように男子の円を作ってください。

と、ふざける生徒に活を入れながらの進行のおかげで、二つの円が出来上がった。

「はい、真は先ほどの生徒ですから、二人が向き合えるように移動します。男子そのまま右に動いてください、いいですか右ですよ」

との、掛け声で右に動き出す男子、ちょうど森田君が、悠木さんの前に来た時にストップの合図があり  

「はい、みんなありがとう、それでは、女性の方々は向きを変えてください、外に向いてください。前に見知らぬ男性がいる事と思いますが、パニくって、その場から逃げたり、平手打ちしたりは禁止です。」

との、コメントに、クスクス笑いながら向きを変えて、お互いを確認した。もちろん、全く知らない同士もあるが、知り合いの所もある。こればかりは、どうしようもないので、そのまま進行していった。

「はいそれでは、ここで、フォークダンスと行きたいが、私は個人的に嫌いなので、『楽しいね』をみんなでやりたいと思います。知っている者もいると思うが、見本を見せるので」と言って生徒会で見本が見せられた。

「たのしいね、両手をあわすと、たのしいね、パチンと音がする。あなたの右手私の左手、合わせてみよう、ぐっと素敵な音がする、ぐっと明るい音がする音がする」

の歌が流れ、生徒会メンバーがそれに合わせて踊った後。直ぐに本番が開始され、分からないなりに楽しんでが、単純な踊りなので直ぐにマスター出来て、みんなそれなりに楽しんでいた。一曲終わると、相手が変わっていくのはフォークダンスと同じで、それを理解した生徒たちは、先にどんな生徒がいるか気になりだしたが、明かりが焚火だけで、周りの街頭ぐらいしかなく、よく見えないのだった。始まったころはまだ明るかったが、すっかり暗くなっていた。リピートで音楽が流され、相手とのいろいろのドラマが短い間だったが少しは繰り広げられていた。もちろん、お目当ての女子生徒が近くにくれば、ドキドキの時間だったが、それは女子生徒も同じだった。流れる時間は、タイムスケジュールに乗っ取って行われていて、じゃんけん大会が思いのほか時間が掛からなかったので、ダンスの時間が多く取れていた。

 ダンスの終了時間がきたが、担当者のミスで、もう一回流れてしまった。これで終わりと言いかけた司会者の生徒会長は少し慌てたが、そこは、うまくごまかして進行していった。予定の時間を過ぎたが、ダンスの時間が無事終了して、

「はい、みなさんおつかれ様でした、ダンスの時間は、ほんとに楽しい時間になったと思います。この後まだ、ゲームがありますので最後のパートナーとは離れないで下さい。二人ペアでの参加です。この、後夜祭が終わるまでのパートナーですから、しっかり手を繋いで離れないように」

との言葉に、会場はざわついていた。その中に、必死で赤くなった顔を隠そうとしている琴葉の姿があった。なんと、相手が卓也だったのである。担当者が間違わなければ起こらなかった奇跡のような出来事であったが、卓也も素直な性格なので、言われるがまま手を繋いでいた為、琴葉が緊張して顔を赤くしていたのである。だが幸いに、ステージからは一番遠い場所なので、より一層あたりが暗いので、琴葉の様子を一番近くにいる卓也でさえ確認するのが困難だった。

「はい、いいですか。みなさんステージに注目してください。その場で腰を下ろしてくださっても構いません。楽な姿勢で注目してください。これで、生徒会長としての役目は終わりましたので、ここからは、司会進行を選挙管理委員長尾崎に代わります。」

「はい、皆さん選挙管理委員長の尾崎と申します。ここからは、現生徒会長の引退式と、次期生徒会長の就任式を行います。皆さん、楽な姿勢でお願いします。それでは、改めて現生徒会役員のご紹介です。」

「会計 富樫、 書記 津村、 副会長 岸下、 副会長 岸辺、 そして生徒会長滝沢、皆さん大きな拍手お願いします。」

「一年間ほんとにありがとうございます。ここで、退任のあいさつを、と思いますが、長くなるので、省きます。それでは、次期生徒会役員のご紹介です。」

「会計 横田、 書記 中本、 副会長 嶋田、 副会長 西村、 そして生徒会長堀内、皆さん壇上に上がってください。パートナーの方はその場にいてください。」

と、紹介された新メンバーが、パートナーに声をかけて、壇上へと向かっていった。壇上に上がる時に、一人ひとり紹介されていた。すべて五組のメンバーで構成されていたが、珍しい事ではなかった。

「はいこれで、新旧の生徒会メンバーが揃いました。個々の紹介は省かせて頂きますが、興味がある方は学校のホームページで明日から確認できますので、回覧してください。

「それでは、引継ぎ式に移行させていただきます。」

「まず、現会計の富樫より次期会計の横田に、会計システムのロングインパスワードの引継ぎです。」

富樫は、パスワードの書かれた紙を横田へ渡しながら、何か声をかけて、それにうなずく横田の姿があった。

「次に、現書記の津村より、次期初期の中本に、書記システムのロングインパスワードの引継ぎです。」

津村も、パスワードの書かれた紙を中本へ渡した。

「次に、現副会長木下・岸辺より生徒会室のスペアーきーの引継ぎです。」

副会長からキーが手渡されて、これも一声かけたようであった。

「最後に、現生徒会長滝沢より、生徒会室のマスターキー及び会長バッチの引継ぎです。」

との声に、まずキーを手渡して、生徒会長のみが付ける事を許されるバッチを外して、新生徒会長に着けながら、何か言葉を交わしていた。

「これで、引継ぎ式は終了です。現時点をもって新旧が入れ替わり、現生徒会長、前生徒会長になります。前生徒会の皆さんは、パートナーのいなくなった方々の所へお願いします。それではこれで、私の司会進行は終了させていただきます。ありがとうございました。」

「生徒会長、この後はよろしくお願いします。」

と、新しく生徒会長になった堀内にマイクを渡して、パートナーの待つところへ向かう尾崎であった。

ステージを降りるときには、自然と拍手が沸き起こっていた。

「新しく生徒会長に就任した堀内です。これから前会長から引き継いだゲームの続きをしたいと思います。それでは、ルールを説明します。まず、パートナーがどこの誰なのかお互い名乗ってください。学年、クラス、出席番号、氏名、誕生日を必ず確認して覚えてください。それでは、覚える時間を十分とりますので、頑張って覚えてください。はいどうぞ」

「係の方は、マイクを所定の位置にお願いします。」

全員、相手の事を必死に覚えようと頑張っていた。琴葉と卓也のように覚えなくても知っている組み合わせは珍しく、苦労していたようだった。十分なんてあっと言う間に経って

「はい、時間です。ゲームを開始します。ルールは簡単、今からこの中のカードを私が引きます、そこには数字が書かれてあります。その数字を読まれた生徒のパートナーは、近くのマイクまで行ってその生徒の氏名と誕生日を言って頂きます。時間は読まれてから三十秒です。誕生日は、何月何日だけで構いません、それと、くれぐれも、余計な事は聞かない、教えない、を徹底してください。お願いしている事は、生徒なら回覧できる情報だけです、くれぐれもほかの情報のやり取りは禁止します。ああ、それと、ゲームの敗北者には、この後の会場の片付けを強制的に手伝って頂きます。もともと片付けのメンバーの時は、後日ペナルティーを考えます。合格者には、学校と生徒会より、素晴らしいものが贈呈されます。なにかはここでは言えません。」と、箱のカードを引こうとすると、どこからともなく

「数字だけじゃわからんぞ」

「ああ、もっともな意見です。すいません、説明を忘れていました。数字とは仮に、一年一組出席番号一番の方の数字は、いち、いち、ゼロ、いち、となります。二年三組出席番号四十五番は、に、さん、よん、ご、となります。三年五組出席番号十七番は、さん、ごう、いち、なな、となります。いいですか、理解できましたか、少し確認をする時間取りますから、」

みんな、必死であるかのように確認しあっていた。敗北者になりたくない為に頑張るか、何かは分からないが贈呈品に興味津々の者までいろいろであったが、

「はい、始めます」

の声に皆がステージに注目、

「はい、読み上げます。マイクの位置の確認はいいですね、はい、・・・・・・・・・」

最初に読まれたのは女子生徒だったが、パートナーの男児生徒は時間内に答えられず、と言うか、相手の指摘を受けて気が付いたがすでに遅く、居残り決定となった。

「もう一つルールを忘れていました。自分の数字が読まれても、読まれた事をパートナーに教えてはいけません、教えたらゲームになりませんから、それと、ここで白状しますが、この中の数字は全て女子生徒の数字ばかりです、男子生徒は頑張って、パートナーの女子にカッコいい所を見せてください。

「それでは、次は・・・・・・・・・・・

「・・・・・・・・・・・・」

「なんと、初のクリヤーが前生徒会長とは、恐れいりました。さすがです。」

と、どんどん時間の許す限り進行していった。クリヤー者は半々というところで、

「これが最後の数字です。に、いち、いち、いち」

と、琴葉の数字が読まれたのである。琴葉は、学校内でも有名な事から、この数字は直ぐに琴葉だと分かったので、どよめきがおこった。直ぐに卓也は立ち上がって、マイクまで走って

「北島琴葉、七月一三日です。」

「はい、正解です、答えたのが今までで最速です、お名前を」

「二年一組 古城卓也です」

「なんと、同じクラスですか?これは、又、偶然、なかなか、最後にふさわしいカップルでした。」

「これでこのゲームを終了して、後夜祭を終わりたいと思います。合格者には、後日生徒会より連絡がありますので、楽しみにお待ちください。それで、この時間をもってパートナーは解消します。名残惜しい方々もあるかもしれませんが、いったんパートナーを解消してください。その後については自己判断でお願いします。連絡先の交換をされても、それは自己判断ですので、生徒会は関知しませんので、悪しからず・・・・」

「それでは、長い間ご苦労さんでした。明日は休みですが、明後日からは、授業が普通にありますから、試験も近いです、皆さん頑張ってまいりましょう、本当にありがとう、これで、後夜祭を終了します。気を付けて、帰宅してください。ありがとう、」

の声と共に、後夜祭が無事終了。初めての試みは、一様の成功だと言える結果になって、ホットしているのは、前生徒会長だった。これまでは、三年生の出し物が終了して、その後に、片付けして、引継ぎが行われる味気ないものだったので、改革を推奨して、断交した会長が一番この成功を喜んでいたのであった。

 二日後、それぞれの思いで登校する生徒たちの中に、ただの生徒になったことに戸惑いを覚えながら、登校する前生徒会メンバーの姿があった。後日、関係者が集合しての、体育祭・文化祭の報告会が生徒会主催で行われた。生徒会会計より、会計報告が行われ、生徒会長より全体の講評が行われ最後に

「以上が、文化祭・後夜祭の報告になります。個人的な意見ですが、私は、どちらも、成功したと思われます。特に文化祭は、新しい試みが随所にありましたが、どれも、大変良かったと思っています。ご出席の皆様の賛同を頂ければ、幸いです。」

「生徒会長の意見に賛同できない者は、居ないと思うが、意見の或る者はここでしてください」

「・・・・・・・・・・・・・・」

「無いようなので、生徒会からの報告を終了いたします。」

「ありがとうございます。ただ、問題がなかったわけではありませんので、来年の課題として取組んでいきたいと思います。文化祭に於いては、学園の新しい伝統が始まった気がする改革であると思いますので、来年に引き継がれるように、問題点を洗い出して改善に努めたいと思います。」

「次に、生徒会独自でメイドの講評をいたしました。男子生徒で誰が一番可愛いか、などと言う事をしていたようで、正式なものではありませんが。着物部門は北島琴葉・洋風メイド服部門は寺西楓・和風メイド服部門は井沢春香となっています。この三人の写真パネルが期間限定で展示される事を了承いただける事を願います。」

「本日は、お忙しい中、誠にありがとうございました。これで、報告会を終わらせて頂きます」

と、体育祭・文化祭の報告が無事に済んだ。もちろん、この中には、前生徒会メンバーも参加していたが、発言することはなかったが、会が終了後には、理事長室に呼ばれて、理事長や校長からのねぎらいの言葉をメンバー全員が受けていた。

 そして、パネルが校長室前の廊下に飾られる事が了承されていた為に、かなり大きなパネルが飾られていた。ほんとに素晴らしい写真であった為、いつもはひっそりとしている校長室前の廊下が、少しの間だがにぎわっていた。パネル以外にも、厳選された写真が展示されていたからだ。体育祭の写真も展示されていたので、堂々と体操服姿の女子生徒を見る事が出来る場となっていた。写真のデータとして公開されていない写真が展示されていた為ではあるが、中には、これ大丈夫なのと思われる写真が混じっていたのも、見に来る生徒が多かった原因であった。この写真の展示は、年内の展示であることも付け加えておこう。



第十三章 遊園地


 文化祭も終わり、学期末試験が迫る中、琴葉は、ある計画を模索していた。文化祭で、自分の気持ちに気が付いた琴葉だが、直接的な行動は、何故かとれなくて、変なプライドでもあったのか、男性から告白されて、お付き合いするのが理想だと思っていたのか、それなりのアプローチをしてはいたが、全く気が付いていないのが卓也だった。文化祭のあの後に分かれてから、ダンスで会うまで、琴葉は卓也を見失って、片付けの時は他の者がいたために何も話すことができず、卓也の事を気にしながら女子会に興じていた。後夜祭では、全く接点がなく、ダンスの最後まで近くに卓也がいる事を全く気が付かずにいた為、次の相手を見た時に、思はず、「えっ」と声を上げていた。卓也も同様に「えっ」と言っていたので、どちらも予期せぬ事態に戸惑っていた為、せっかくのチャンスに何も会話がなく、ただ時間が過ぎていった。お互いの紹介時間も、紹介する必要がない為、会話にならなかった。卓也はいつも変わらない行動だったと思うが、琴葉は、明らかに行動がおかしかったが、卓也に気づく余裕があるわけがなく、二人の時間を無駄にしていたのだった。

 試験前ではあったが、幸樹の誕生日の日が休日の為、誕生日のお祝いに、遊園地に行く作戦を思いつき、両親に提案していた。両親も快く承諾してくれ、それどころか、卓也を誘うように指示がきて、琴葉の思惑通りになっていった。さっそく卓也に事の詳細を連絡、快く承諾を得て琴葉の計画は進行していったが、卓也は、あくまで幸樹の誕生日としか認識していないばかりか、二人きりになると、幸樹や琴美といる時とは別人になる卓也の事をすっかり忘れている琴葉だった。あれだけ積極的に行動する卓也だが、二人きりになると全くの【へたれ】になってしまうのが卓也だった。

 当日、卓也はすでに用意していたプレゼントの絵本をもって、北島家を訪れていた。

「ピンポン、卓也です」

との声に、走ってくる音が聞こえ、ドアを一生懸命開けようとする音が聞こえたので、卓也が開けると幸樹が嬉しそうに立っていて、直ぐに抱き着いてきた。直ぐに、絵本を渡すと、満面の笑みを浮かべていた。その横で琴美が遠慮がちに卓也を見ていたので、卓也はすかさず絵本を手渡して

「琴美ちゃん、こんにちは」

と、声をかけると、琴美も又満面の笑みを返して「こんにちは、」とはっきり答えてくれた。二人は、もう出発の準備は整っているようで、リュックサックを背に待機していたのであろう、直ぐに、もらった絵本を後ろにいた母に渡して、卓也が手を引いて外に出たのである。準備のできていないのは琴葉だけのようで、母は「早くしなさい」の声に、「ちょっと待って」との返答があった、おもむろに父が出て来て、「ご苦労」とだけ声をかけて、車の準備に行った。この時、両親も一緒に行かれる事を認識した。琴葉を残して、家族は全て車へと乗り込み、琴葉をまっていたが、ほどなく琴葉が現れ「ごめんなさい、遅くなって」と言いながら車に乗り込んできた。父の運転で、遊園地へと出発したのである。

 遊園地へは、一時間程掛ったであろうか、着くとまだ営業時間前だったので、卓也が入場券を買いに先に行き、あとから、追いかける事となった。入場券売り場には、それなりの人が並んでいて、少し購入するのに時間が掛かったが、購入して待っていると、ご機嫌な顔をしている二人を連れてやって来た。直ぐに、開園したのでさっそく遊園地へと繰り出した。

 琴美と幸樹が利用できるアトラクションはそんなに多くはないが、琴葉が下調べをしてくれていたおかげで、案外スムーズに進んで行った。アトラクションの合間に、幼児向けのイベントも入れてあった為、十分満喫できる内容だった。時間がたつのは早く、ご両親より昼食の休憩をとる旨が伝えられた。

 昼食は、母親の手作り弁当を頂く事になっていたので、広場の程よい場所を見つけてそこで頂いた。琴葉さんも手伝ったと言っていたが、母の手作りで、少しだけだと卓也が思っていると、琴葉からクレームが、

「ああ、たいした事していないのに、自分が作ったみたいに言っている、と、思っているでしょう」

図星の卓也は、繕うのに必死であった。膝の上にいる幸樹は、お構いなしにおにぎりをお口いっぱいにして、おいしそうに食べていた。琴美は父が見ていた。琴葉が父に押し付けたのである。琴美も、仕方がないなあ と言う顔をして父の元へ行っていた。

 朝から、母は琴葉の変化に気が付いていた。以前より、自分の事をアピールしている気がして、母は観察を続けることにした。昼食も済み、二人のお昼寝タイムであった為、少しお昼寝をすることとなって、卓也と琴葉は、二人で出かける許可を頂いて、ジェットコースターを乗りに行った。見た目では判断できないが、琴葉はジェットコースターが大好きなのである。だが、卓也は大変苦手であったが、男のプライドが邪魔して言い出せなくて、足取りが重かった。琴葉は、大好きなジェットコースターに乗れる事でウキウキしていて気づかずにいた。乗るための列に並んで三十分くらい待ったであろうか、その間も卓也は言い出せずにとうとう順番がきてしまい、覚悟を決めて琴葉の隣の席に乗り込んで、動き出した所までは覚えているが、気が付くと、出口近くのベンチに座っていた。琴葉の「大丈夫」の声で気が付いた卓也に

「苦手なら早く言ってよ。反応しないからほんとに焦ったのよ、ああ、よかった」

「ごめんなさい」

と、情けない声で謝る事しかできなかった卓也だった。

「直ぐ戻りましょう、両親には黙っておくから」

「ありがとうございます。」

と、二人は両親の待つ場所へと急いだ。

「あら、早いのね」

「うん、こんでいたから、まだ、寝ているの」

「それなら、もう起こそうかしら」

と二人を起こして、午後の部の開始となった。と言っても、両親は適当な場所で荷物番をしているだけで、一緒に乗り物に乗ることはなかった。とはいえ、幼い二人の事、制限がある乗り物ばかりなので、乗る事ができるアトラクションは限られていた。乗る遊具があると気長に待って遊ぶ事となっていた。遊ぶ時は、両親のどちらかが、付き添って写真を撮ってくれていた。汽車や車といった乗り物は、一人では乗れないが、卓也や琴葉が一緒なら乗れたので、四人は遊園地を満喫していた。お化け屋敷を指差して「ここへ入れと」言ってきかない幸樹に、全員負けて入場したはいいが、卓也に琴葉までしがみついての探索となった。琴葉も苦手であった為、琴美と幸樹を最後は抱っこして、琴葉にしがみつかれて卓也は進んでいた。やっとの思いで出口にたどり着いた時は、出口で待っていた母が心配して駆けよるぐらいに琴葉が消沈していた。

「苦手なら、なんで入るの?」

「だって、これが好きなのだもの」

「何を言っているの、この子は、卓也君ごめんなさい、どちらかもらうは」

と幸樹を引き取ってくれた。まだ、琴葉も琴美もしがみついたままだったので、幸樹しか離れてくれそうになかったからだ。何とか落ち着きを取り戻した琴葉は、近くのベンチに座ってジュースを飲んでいた。琴美と幸樹もジュースを飲ませて落ち着かせていた。時間が解決してくれるのを待つしかないので、完全復活を待ったが、そこは、この状況が好きな人なので、思ったよりも回復が早く、最後の、観覧車に向かうため歩き出した。琴葉の中で、観覧車を最後に乗って遊園地を後にする事になっていたみたいであった。四人乗りの為、両親だけで乗ることになり、母が少しウキウキしていたようだった。其の訳は、父からのプロポーズは、観覧車の中だったらしいからだ。一周十五分ほどだろうか、長くもあり短くもある観覧車の旅を琴葉は複雑な思いを胸に、はしゃぐ二人を見ていた。琴葉の心は揺れに揺れ動いていた。

「二人きりだったら、もっといいのに、幸樹の誕生日だから仕方がないけど、二人だけでデートがしたいね」

と、心の中での葛藤が、口に出そうになる琴葉だったが、琴美のはしゃぐ声に、思いとどまる琴葉だった。

 幸樹を抱っこして琴美の手を引いて、観覧車を降りて来る卓也も、満足した顔をしていた。やはり遊園地はいいね、みんなが笑顔になれる、と思っているのは卓也だけではなかったようだった。琴葉の遊園地攻略法にのって、アトラクションを回っていたのだが、かなり気合を入れて回る順番を検討していたようなので、割とスムーズに行けたようだった。最後に全員での記念写真を撮って遊園地を後にした。

長くて短い遊園地での時間は終わりを告げた。あまり活躍の場がなかった父も、笑みを浮かべながら運転していたので、琴葉は安心していた。やはりはしゃぎすぎて疲れたのであろう、車に乗ると直ぐに寝てしまった二人を、あやしていた卓也もいつの間にか眠っていた。どれくらいの時間眠っていたのだろうか、気が付いたら、家ではない所に止まっていた。何も聞かされていない卓也は、どこに車が止まっているのか分からなかったので、少し焦っていると、父が、ケーキと思われる箱をもって帰ってきた。それを、助手席に置き、又車を走らせた。ほどなく、自宅に到着、運転手以外は少し眠れたようで、眠そうに車から降りてきた。ここで退散するつもりだった卓也に「ささやかだが幸樹の誕生日のお祝いをするから、ケーキも買ったし」と、言われ、卓也も幸樹の誕生日だからと久しぶりに北島家にお邪魔をすることにした。家の中で、パーティーの準備をしていると、頼んであったお寿司が届いてテーブルを囲っての食事が始まった。直ぐに卓也の膝の上に座る幸樹だった。みんなで、お寿司を頂きながら、今日の写真を見て盛り上がってはいたが、食事も進み、お寿司も食べ終わったので、ケーキにローソクを立てて幸樹二歳のお誕生日をお祝いした。卓也の膝の上で満面の笑みをたたえる幸樹、それを優しい目で見つめる両親、羨ましそうな琴美、どこかぎこちない笑みを浮かべる琴葉、そんな状況を全く理解していない卓也、それぞれの思いが交差しながら、ケーキをおいしくいただいていた。ケーキを頂き終わった頃、二人をお風呂に入れて寝かせる時間が過ぎていたので、卓也が、幸樹をお風呂に入れる事となった。大はしゃぎの幸樹の姿をみて、卓也も断れなくなり、お風呂に入れる事となった。すぐさま、自宅に着替えを取りに卓也は急いだ。自転車ならば往復5分で行けるから、それに、話の流れで、明日も休みなので、このまま泊まる事になって、一緒に寝ることになったので、是が非でも着替えは必要だったのである。着替えを取りに行って帰ってくると、お風呂の準備をして待っている幸樹と直ぐにお風呂へと直行、お風呂での楽しい時間は過ぎ、脱衣場で幸樹の体を拭く卓也は、何故か涙が溢れて来る事に驚きながら必死で溢れる涙を抑えていた。ちゃんと着替えて出てきた二人はそのまま寝室へ、一緒のお布団に入って眠る事になったが、幸樹が興奮して眠れないと思った卓也は、さっそくプレゼントした、絵本を読んで落ち着かせて、絵本を読み終わるころには、すやすやと眠りについていた。その光景に安心したのか、卓也にもかなりの眠気がおそってきて、そのまま眠ってしまった。琴美は琴葉がお風呂に入れていたが、今度は慎重に出てきたにも関わらず、卓也は眠っている事に、何故か、愕然とする琴葉だった。

そもそも、この計画は琴葉の発案で急展開した事実があった。もちろん、幸樹のお誕生日のお祝いをする事は当然だったが、卓也を招いてする事にはなっていなかった。休日で、仕事も大丈夫そうなので、遊園地に連れて行く事になっていたが、卓也はその中には当初は入っていなかったが、文化祭終了の翌日、琴葉が「卓也に一緒に行ってもらおう」と言い出して、断ることもないだろうし、両親も反対する理由もないので、あっさり決まって、卓也がお泊りを断れないように作戦を練って誘導するように琴葉が、計画をたて実行に移していた。今の所、琴葉の勝利である。でも、琴葉の行動の意味を卓也が理解する事はなかった。

朝が来た。ゆっくり眠れたのであろう、すがすがしい朝を卓也は迎えていた。


第十四章 新しい年


 期末試験がやって来た。二年生になると、中間試験が無くなり、期末試験だけになるが、教科が増えると言っても、各教科を細分化して十教科各百問百点で、中間がなかったおかげで文化祭に集中できたのであるが、はっきり言ってこれは大変である。試験への集中力は半端な集中力では持たないからだ。一学期の試験では、成績を落とす生徒がかなりいた。琴葉は、変わらなかったが、卓也は成績を落とした方になる。

 卓也は、危機感をもって頑張っていた。密かに希望する大学のレベルが高く、今のままだと危ない気がするからだ。琴葉ぐらい余裕があればいいが、なかなかうまくいかないのが人生で、もともと、大学に行かずに父の会社に就職するつもりだったので、勉強はおろそかにしていた時期があった為、苦労する事となった。でも、何かに集中できる事は卓也にとって余計な事を考えなくていいので、よい事ではあったが、部屋に家族で暮らした面影がなくともやはり思い出すこともあるので、より集中する事が出来た。そのかいあってか、二学期の試験結果は少し良い方向だったが、琴葉さんの成績を見ると、愕然と肩を落とす卓也だった。

 試験も終わり、二学期終業式を残すだけとなったが、ここで、思いがけない人物が現れる。それは、琴葉の心代わりに気づいた女子生徒がいたのである。学校では、遠慮がちにアプローチをしていた為に、まだ、親友達は琴葉の変化に気づいていなかったが、友人の中に気づいたものがいたのである。「琴葉、あなた古城君の事好きになったでしょう」と、唐突に、いや、突然に二人だけになった、学校上げての大掃除の時に、偶然女子更衣室で言われたのである。何とかごまかそうとする琴葉に、はっきりと言い放って仁王立ちしていたのである。

「隠さなくても分かるもの、だって、私も、古城君の事、好きだもの」

と、はっきりと、でも、少し恥ずかしそうに言ったのである。その言葉に琴葉は思わず

「あなたも」

と、本音を言って、自分も好きな事を暴露したのである。もう繕っても後の祭りで、ごまかしようのない発言に、認めるほかなかったのである。

「ほら、認めた」

「それは、やっぱり、私好きなのかな、卓也の事。」

「それはもう、大好きですってオーラ出ているもの」

「そんなに、出ている?」

「もう、完全に出ています」

「でも、私も古城君の事が好きになったから、気づけたのだと思うから、正々堂々と恋のバトルをしましょう。まだ、古城君は、誰の者でもないようだから」

と、はっきりと、いや堂々とライバル宣言をしたのである。琴葉は、困った、想定外の出来事に、ほんとに困っていた。なぜなら、ライバルなんて考えもしなかったから、卓也が、もてる男子だと考えていなかったのもあるが、相手が楓ちゃんだった事も驚きで、琴葉と双璧をなす女子生徒だったからだ。「こんなかわいい子に迫られたら卓也が」と、考えては、「私だって」と思っては、落ち込んだり、元気になったりと、恋する乙女は複雑な心の動きをしていた。清掃中の為、二人でゆっくり話すこともできず、彼女からの宣戦布告だけ受け取った形となった。その後、短い時間だったが、彼女の事を観察する琴葉だったが、具体的な動きはしていなかったようで、対策はあとで考える事にした。

 終業式も終わり、会えなくなる時間が増えるのも痛いが、お互い様なのだが、琴葉は、今年はクリスマス前から田舎に帰る事となっていてかなりの間、顔を見ない事への一抹の不安を残しながら、田舎へ帰る琴葉だった。卓也にはもちろんいない事は伝えてあるが、とうとう卓也も一緒にとは、両親に言えなかったのである。後ろ髪を惹かれる思いで田舎へ向かう琴葉だったが、楓が琴葉のいない事をまだ知らないと思うが、知った時にどうするかが心配だった。

 卓也は、一人きりでのクリスマスと新年を迎えていた。何も考えず、外出は必要な物を買うときだけで、一心不乱に勉強に邁進していたのである。

 琴葉は、祖父母の家を満喫していた。どちらの家に行っても大歓迎される為、大満足な田舎暮らしで、琴美と幸樹を祖父母が一生懸命相手してくれたおかげで、琴葉は楽をさせてもらっていた。一人で出かけることもしばしばあって、山間の小さな村の事で、子供があまりいないので、どこに行っても人気者だった。

三十分も行けば大きな町もあるので、そんなには不便ではなかった。

 田舎暮らしを満喫しているとはいえ、都会暮らしが染みついている人達が長いできる訳もなく、といっても、帰る時期は来るのであるが、今回の帰省は、かなりの余裕の日程であった為ゆっくりしていたので、帰ってきたのが、始業式前日であった。両親は、休みをまとめて取っていた為に、まだ余裕があったが、琴葉の学校には勝てずに帰ってきた。あわただしく帰ってきて、卓也に、お土産も渡す事も出来ず始業式に臨む為に琴葉は、久しぶりに学校で、これまた、久しぶりに卓也の顔を見てホットする琴葉だった。久しぶりに会う親友達とおしゃべりが止まらない琴葉は、学校が終わってからも、町に繰り出していた。その中に楓の姿もあった。二人は友人である為、当たり前といえば当たり前なのだが、二人が卓也の事を話すことはなかった。

 女子会の最中、「琴葉が変わった」と誰かが言い出した。なぜか分からないが「綺麗になった」と言い出したのである。賛同者募ると全員手を挙げたのである。「好きな男でもできたか?彼氏か?」と、言いたい放題ではあったが、みんな何となくそう思ったので確信を持っていなかった。琴葉の周辺をよく知る者達だったから、琴葉に男の影がない事は承知していた為で、でも、可愛らしさに、美しさがミックスされて、より一層可愛くきれいになったのは、何故なのかと議論が始まった。その議論に楓だけは積極的に参加せずにいた。参加せずにいた楓に、矛先が向く事になる。「楓、何か知っているの?」いや、楓も出来たのかしら好きな男」と、二人が責められる結果となった。いくら責められても今は白状する訳もなく、二人でごまかしていた。なぜか息があっていたことが気にはなったが、全員の彼氏の話になった為、この話は、終わりを告げる事となりかけたが、以前卓也とのうわさを思い出した者がいて「古城君と噂になった事あったよね?」

「あったね、琴葉が否定しなかったあの噂、」「ただの噂でしょう」「それに、古城君じゃ、琴葉と釣り合わないでしょう、どう見ても」「それも、そうね、いくらでもいい男はいる者ね」「私たちにも選ぶ権利はあるよね」と、言いたい放題だったが、楓が「優しい所もあるから、私はそこまで嫌いじゃないけど」「まあ、確かに、優しいのは認めるけど、それだけでは」と、卓也の優しさには気づいていたようで、この言葉がなかったら琴葉が切れる所だった。なにせ、大好きな人を馬鹿にされた気分で、自分で暴露しかけたのであった。でも、卓也の優しさに気が付いてくれていた事が嬉しくて、怒りを忘れて一人不敵な笑み、いや、にやけていただけかもしれない琴葉だった。琴葉の兄弟の事を知っている友人達の為、以前、卓也と二人で歩いているのを目撃された時、誰かを抱っこしていたとの情報があったので、その抱っこしていたのは幸樹君だと理解して、みんな、成程と得心した。それで琴葉は、否定しなかったわけが理解できたからだ。デートではなかった事は明白であった為、琴葉に説明を求めたら「偶然お店であった時に、幸樹が気に入って抱っこしてもらって家に帰っただけ」である事が話されて、花火大会も、偶然会場で出会って、幸樹が覚えていたみたいで、少しの間抱っこしてもらって、屋台を回っていただけで有る事が話され、この件についての尋問は終了となり、女子会は終わった。家に帰った琴葉は、自室で複雑な思いに駆られていた。それは、卓也の事を悪く言われているのを聞いて、とても腹が立ったことで、自分はほんとに卓也の事が好きなのだと言う事を自覚して、うれしい反面、卓也の優しさに友人たちが気づいていた事が嬉しくて、もっと褒めてほしいと思いながら、これ以上卓也の優しさにはまると、友人たちがライバルに代わる事が考えられるので、楓の他にライバルが増えるのはうれしくない気持ちが交差して、自分でもどうしたら良いか分からず、悶々としていた。そして、一つの答えを導きだした。それは、自分の卓也への気持ちを公表してライバルができないようにすればいいのであると言う結論に達したのである。琴葉は、もう卓也への気持ちを隠すことはやめる事にした。今まで、何故隠していたのか、隠す必要があったのか理由が分からなくなって、私が誰を好きになろうと、私の自由で誰に遠慮する必要もない事に気が付いて、とても気持ちが楽になって、ゆっくりと眠りにつくことができた。それまでは、かなり自分でも気が付かなかったが、おかしな行動をしていたようで、次の朝、母から、指摘を受けて、夕べは、自分でも行動がおかしかった事を自覚する琴葉だった。

 その後、登校した琴葉だったが、夕べの決心は何処へ行ったのか、卓也を見つけた琴葉は、いつも以上によそよそしくなっていて、自分でも、情けなく思っていた。でも、この決心がどんなふうに変化を呼ぶのか、琴葉には知る余地もなかった。



第十五章 誕生日


 何も変わらないまま、時が過ぎていった。琴葉の決心は直ぐに揺らいで素直になれない自分に、いらだちさえ覚えていた。だが、そんな琴葉の行動は、今までとは違うと思われている事に、琴葉は気づいていなかった。自分でも、どうしたら良いか分からないまま、琴美の誕生日を迎えようとしていた。今度は、平日の為、ケーキを頂くだけになりそうなので、卓也も呼ぶことになっていて、次の日が全国模試である為、お泊りはできないのは、明白であった。その次の休みの日に、ショッピングモールに出かける事となった。さすがに、遊園地は寒すぎるからとキャンセルになった。

 当日、学校の帰りに本屋によって絵本を買った卓也は、自宅で着替えて北島家へと足を運んだ。北島家に着くと、琴美が満面の笑みを浮かべて卓也を出迎えてくれた。ご両親はまだ帰宅されていなかったので、少しだが食事の準備をお手伝いした。何故か、それは琴葉にも苦手な事がある事を卓也は知っていた。料理に関しては、かなり苦手意識をもっているようで、確実に卓也の方が上手なのは明らかで、よく文化祭のウエイトレスを出来たなと、思うほど不器用と言うか、要領が悪いと言うか、こんなにどんくさい琴葉さんは想像できなかったと、密かに卓也は思っていた。此の事を知ったら、完璧子女と思われている、琴葉さんのイメージがどうなるか心配するほどだった。ただ、卓也は気が付いていなかった、そこまでひどくない事を、卓也のスキルが高すぎる為に起こった事だと卓也は気が付いていなかった。そこまでひどかったらさすがに気が付くと思うが、卓也が自分のスキルの高さを認識していない事もあるが、卓也にとっては、ごく普通の事なので、気が付くわけがなかった。まあ、準備と言っても、お寿司が来るのでたいしたことはしなくていいのだが、ご両親が帰るまで、しばしの間、遊ぶ事となったが、今日は、琴美が主役なので、卓也の膝の上には琴美が座って、もらった絵本を読んでもらっていた。最初は琴葉の所にいた幸樹も、だんだん卓也に近づいて行って、最終的には卓也の膝の上に琴美と一緒に座っていた。琴美もおねえちゃんだから、幸樹に半分だけゆずったのであった。

 ご両親が帰ってきた。やっとの思いで帰って来られたようで、かなりお疲れの様子ではあったが、そこは頑張って頂き、直ぐに夕食となった。今日は、琴美が主役なので、卓也の膝の上には琴美が座って、お寿司を頂いていた。幸樹は父の膝の上に座っていたが、案外満足しているようなので安心した。

 夕食も進み、次はケーキを頂くこととなった。ケーキが準備され、ローソクが四本立てられたケーキを前に琴美の満面の笑みと共に、ローソクの火が消された。「お誕生日おめでとう」の声が響いている部屋で、それぞれのプレゼントが手渡されて、家族として一番幸せな時間を過ごしていた。やはり、卓也にはまだきついようで、涙があふれてくるのを感じて、必死であふれて来る涙を我慢しようとしている姿を、琴葉は気が付いて、持っていたクラッカーを鳴らして気を反らせることに成功をしたのであった。周りからはひんしゅくをかったが、優しい笑顔が戻った卓也を見て、琴葉もうれしくなって、又好きになって行く自分に気が付いて顔を赤くするのであった。

 楽しい時間は、過ぎるのが早く、卓也が帰る時間となった。帰る事の許可をくれない琴美に、「温かくなったらどこかに行こうね」と言って、納得してもらって何とか帰らせていただいた。その後は、少し不機嫌な琴美をなだめながらお風呂に入れて寝かせたのだが、お風呂から上がる頃にはすっかりご機嫌を取り戻していた。帰り際に、ショッピングモールへ行く事の承諾を得ていたが、明日の試験結果が悪いと、行く事の許可が取り消される事の通達が口頭であり、卓也は、がんばるしかなかった。

 試験も終わり、結果がまずまずだったので、ショッピングモールへと繰り出した。ここで両親からのプレゼントを購入する事になっていて、売り場へ直行であった。目移りする中、琴美は欲しいものを見つけて、琴葉とレジに並んで、お誕生日用に包装してもらって、ご機嫌な顔で戻ってきた。幸樹は、なかなか決まらず、あれもこれもと欲しいものが多くて、困っていたがやっと決まって包装して頂いてお店を出た。両親は、急な仕事で、来られなくなった為、卓也と琴葉で連れて来ていた。その後、軽く昼食をと思ったが、休日のショッピングモールである為、どこもいっぱいで、映画館で食べられる食材として、サンドイッチを購入して映画館で食べることにした。映画は子供向けを上映していたので、上映迄時間があった為、ロビーで昼食を摂り、映画を見て楽しい時間は終わりを告げて帰宅となった。帰宅すると両親がすでに帰宅していて、二人の話を一生懸命聞いていた。買ってもらったおもちゃの説明、映画の説明、ゲームコーナーでの出来事、話す事がいっぱいあって、大変だったが二人は精いっぱいうれしかった事を表現する為にお話をしていた。まだ、はっきりと話す事の出来ない幸樹も、一生懸命話して楽しかった事を伝えようと頑張っていた。その話を聞きながら、二人は面倒な素振りも見せずに一生懸命話を聞いていた。夕食の準備をしながらの母は、なかなか難しかったと思うが、夕食中も、お話は、写真を見ながらになって、楽しい食事となっていた。卓也は、食事が終わると帰宅する事になっていたので、二人がお風呂に入っている間にお暇するつもりだったが、少し近況報告をしていたこともあり、お風呂から出てきた二人にさよならをして帰宅となった。琴葉が裸で出て来ることはなかった。学んだのであろう、同じ失敗はしないようだった。

 疲れた、ほんとに疲れた。元気な子供の相手をするのは大変だと思うようになった卓也は、自分がおじいさんになった気がして、少し焦ったが、やはり、楽しくて疲れを忘れて走りまわっている自分に満足していた。一番は、ゲームコーナーで二人の欲しがった物を採れたことだったが、あまり自信がなくてドキドキだった事は、内緒にしておく事にした。UFOキャッチャーは難しい。



第十六章 卒業式


 二月も終わりに近づいてきた、そろそろ卒業式の準備に取り掛かる時期である。卒業式は、二月の最終の土曜日と決まっていて、一年生は各クラス代表が、二年生は全員が出席する事になっている。ただ、二年生は全員で卒業式の準備と片付けを担うことになっていて、各クラスで担当者を決めて、各クラスに与えられた準備を担当者の指揮の元行う事になっていた。クラスの担当は、大体が昨年クラスの代表として出席した生徒が行うことになっているので、決めるのにたいして時間はかからなかった。2月に入って直ぐに準備委員会が発足、学校、生徒会が共同で行うが基本は生徒会中心で行われる事となっている。卒業式の進行は生徒会がする事となっていて、どちらかと言えば、担任以外の先生は来賓扱いになっている感じであった。準備が始まった頃には三年生の登校は卒業式関連のみとなっていて、卒業式の手順については、確認用の動画があるので心配な生徒は動画を見て勉強する事となっている為、前日の練習以外はないのである。式前日の体育館に、二年生が集合、持ち場の準備を開始との号令で、全員が動き出した。部活の為、前日に準備をするのが通例であった為、本年もそれに従って準備が行われていた。二年生と言っても二百人ほどの生徒がいるので、準備に時間が掛かるわけでもなく、お昼頃には終了して昼食となっていた。昼食後には、式の予行練習が行われる事になっていた。教室で背中合わせになって昼食を頂いている卓也と琴葉だった。昼食の時間、何故かこのスタイルでの昼食が当たり前になっていたのは、卓也にも一緒に食べる友人ができているのが原因の一つであった。その卓也に突然後ろにいる琴葉から

「琴美との約束覚えているでしょうね、今度一緒にどこかに行こうとの約束、この後試験もあるから、春休みに水族館に行く事になったからそのつもりで、両親は都合がつけば行きます。具体的な日取りは後日連絡します」

とのメールだった。卓也は「はい」とだけ返すだけだった。最近ばれるかもしれない場面での連絡が頻発している事に不安を覚える卓也だったが、クラスの連絡網があるおかけで、卓也と琴葉が連絡先を知っていてもおかしくないので、それは怪しまれなくてすんでいた。学校で直接話す事は以前よりは増えていたが、それは、ほとんど二年も一緒にいれば、琴葉だけでなくほかの女子生徒とも普通に話すようになっている卓也だったので、別段疑われる要素にはなっていなかった。琴葉は、以前より勇気を出して話しているのだが、周りも同じようにしていた為目立つ行動ではなかった。卓也は徐々にクラスになじんできていて、今では普通に友達としゃべる事ができるようになっていた。もちろんその中には女子生徒も当然のようにいた。ただ、楓と春香が主な相手ではあったが。

 午後からのリハーサルも終わり、帰宅した卓也は、自分の役目のおさらいをしていると、今度は、琴葉から電話が掛かってきた。なにか不機嫌そうな声だった。

「こんばんは、水族館は、終業式の次の日に行く事になりましたので、よろしくお願いいたします。」

「はい、分かりました。それで、何か怒っていますか、かなりご機嫌斜めのようにお見受けしますが」

「何か、怒らすような事したの?」

「いえ、何もないと思いますが」

「ああ、そうなの、いや別に怒っていないから」

と、そっけない返事をして電話を切ってしまった。琴葉は、卓也に話しかけた時に、別の女子生徒(春香だが)と話していて気が付いてもらえなかった事に少しご立腹だったのである。到底卓也が気づく訳もなく、琴葉も怒っても仕方がない事は分かっていたが、何か釈然としない気持ちに、自分でもどうしたら良いかわからなくなっていた。一つ言える事は、琴葉は卓也の事が本当に大好きだと言う事を自覚していた。

 卒業式当日、八時集合の為、早く準備して登校する二人の姿があった。途中で一緒になったが、まだ、琴葉のご機嫌が治っていない事を悟った卓也は、機嫌を損ねた原因に全く覚えがないので、余計な事を言ったらますます墓穴を掘ると思い、黙ったままの登校となった。琴葉も、ただの嫉妬だと言う事は理解していたので、ますます自分の事が嫌いになると、自問自答しての登校の為、黙るしかなく、二人は挨拶をしたのを最後に、黙ったまま二人並んでの登校であった。教室では、二人の到着を待っていた。二人が最後だったからだ。直ぐに最後の準備が始まった。当日は一組、記念撮影、三組、動画撮影、五組 受付・案内、二・四組は 会場準備の担当を主にすることになっていた。一組の記念撮影は、もちろん式の写真を撮る事が大きな目的だが、式に臨む前にクラスごとに集合写真を、クラスで決めた場所で撮る事になっていて、それのお手伝いをする事になっていた。此のときは、三年生が教室に集まる頃から張り付いて、その様子を写真に収めることもしていた。ただ、この時、動画班の三組は同じ用に動画を撮っていて、五組は、スケジュール管理、時間調整をする役目をしていた。それぞれインカムを付けての行動で、卒業式の進行をしている生徒会副会長が全体の指示を出していて、それを、他の生徒会メンバーが補佐をする形になっていた。三年の男子の中でも琴葉の人気はたかかったので、三年生の男子生徒の中には告白した生徒もいるくらいなので、琴葉の担当は何もなくて、体育館でただの参列者になっていた。卓也も同じくただの参列者であった為、ただの参列者は、じっと座って式が始まるのを待つしかなかった。二組と四組は会場の準備に忙しそうに動いていた。本日は在校生代表の挨拶がある生徒会長は、何もすることがなかったが、状況の報告は受けていて、来賓の接待が手薄だと言う訴えがあり、即座に琴葉に手伝いを会長自ら頼みに来ていた。来賓の案内や接待は誰でもいいわけではなかった為、琴葉が暇そうにしているのは幸いだった。半ば強引に担当の先生に連れて行かれた琴葉は、式が始まるギリギリに戻ってきていた。すべての準備が整い、定刻、式の開始が宣言され、三年生は、自分たちで選んだ所で記念の集合写真を撮ってから、指定の体育館近くで待機、一年生が作った花のレリーフを付けて卒業生入場の合図と共に会場へと進み着席をした。すべての生徒が着席したのが確認されると、生徒会長より、卒業証書授与式の開始が宣言され、卒業証書授与、各挨拶・在校生代表のありがとうの言葉、卒業生代表の感謝の言葉、校歌斉唱で式次第が終了、卒業生退場時にはアメイジング・グレイスを演奏して退場が習わしになっていた為、今回もピアノ演奏だと思うが、そういえば、感謝の言葉の時も流れていたような気がするが、あまり気が付いていなかったようだ。但し、演奏形態は定められてはいない為、吹奏楽だったり、サックス・バイオリン・クラリネットの独奏だったりしたので、今回もピアノ伴奏による聞いたことのある音なのだが、何の楽器か分からないまま、卒業生の退場が終了、卒業生の退場で本年度の行事すべてが終わりを告げた。保護者達からは、受付、会場への案内とすべて生徒がしている事に、賞賛の声があり、在校生が一丸となって先輩である三年生を送る気持ちが伝わって大変良い式だとお褒めの言葉を頂くことになった。

 式が終わると、式には参列できない一年生は、教室で待機していて、式終了の連絡を受けて、一斉に体育館へと殺到、二年生と一緒に先輩たちへのお別れがあちこちで行われていた。写真班と動画班はその光景も対象なので、大変ではあるが、あちこちで繰り広げられる感動の物語に、大変な事など忘れていた。

 琴葉は、来賓のお帰りのお見送りに駆り出されていて、その光景を目にはしていなかったが、卓也は、カメラを持たされて、その光景を撮るように命じられて、走り回っていた。卒業生がいなくなって、さみしくなった学校で、二年生による後片付けが行われ、片付け終了後に直ぐに試験前に突入する事が伝えられて、解散となった。

 それぞれの思いを胸に帰宅の途に着く生徒たち、卓也の隣には何故かいや、やはりと言うべきか琴葉がいた。卓也は普通に帰るつもりで琴葉を待ってはいなかったが、琴葉が卓也を待っているようだったが、本人は、偶然と言い張っていた。一緒に接待に駆り出されていた楓と春香も何故か琴葉と待っていて一緒に帰っていた。まだ、卓也の隣をめぐる争いは勃発していなかったが、卓也の知らない所で小さな争いが琴葉と楓の間で起こっていた。春香は先に分かれた為にその光景を知らずにいた。卓也が何故、楓がここにいるのかなど分かる筈もなく、今は、琴葉の様子がなにかおかしい気がして、訪ねてみても「別に」としか返ってこなかった。楓とも別れ、北島家の玄関前では、あっさりと「明日」とだけ言い残して家の中に消えていった。卓也は拍子抜けで「誘われたらどうやって断ろう」と、思いを巡らせていたのに、あっけない別れの言葉だった。不思議に思いながら、試験に備える必要があったので、急いで帰宅した。

 接待のお手伝いで、琴葉、楓、春香の三人は駆り出されていて、一緒に三人仲良く、帰っていたのだった。



第十七章 水族館


 卒業式も終わり、二年生最後の試験も終わって、何とか問題なく試験を終えた事にほっとしている卓也だった。今日はその試験結果の発表日なので、それなりに出来たと思っていても心配な事には変わりなく、思い足取りで登校していると後から琴葉さんに声を掛けられ、驚く卓也だった。

「そんなに驚く事、ただ、挨拶しただけでしょう、卓也の反応に私の方がびっくりしました。何でそんなに驚いたの?」

「いや、考え事していて、かなり不意を突かれたので、自分の反応に驚いています。」

「試験の事でも考えていたの?今更考えてもどうにもならないでしょう。」

との会話に、何故か人だかりと言うか、友人たちが集まって来ての登校となっていた。

「卓也は、心配症なのだよ」 「終わった事を後悔してもどうにもならないだろう」

「今更悩んでもどうにもならないだろう」 「そのまま悩みたまえ、青年」

と、言いたい放題であった。いつの間にか、卓也の周りに人の輪が出来る様になっていた。言いたい放題言っている中には、明らかに卓也より成績が悪いと思われるクラスメイトもいたので、卓也にとっては励ましの言葉でもあった。それは、前回の全国模試と今回の試験結果が、進路を決める参考にされる為に、是が非でも、成績を上げる必要があったのであった。これが最後ではないにしろ、進路を決めるうえでの重大なファクターで有る事は間違いなかった。

 学校へ着くとさっそく試験結果が張り出されていた。琴葉さんは、五組以外でトップである。五組と、それ以外で張り出されている為、琴葉が一番上に表示されていて、二年生から表示方法が変更されていたのだが、すべての順位は、それぞれの端末で見られるようになっているので、卓也はさっそく見てみると、前回よりも少しだが、平均点が上がっていたので、少し安心した。なぜなら、成績が落ちていると、琴美ちゃんとの約束が果たせないからだ。これで、水族館に行く事が出来るので安心する卓也だった。密かに琴葉から、「よかったね」との連絡があった。琴葉も心配していたのだった。それは、単に琴美の笑顔を見たいから、それとも、卓也と一緒にいたいから、もちろん両方なのは明らかだが、琴葉もご機嫌な顔を突っ込まれていたのだが、触れない事にする。 水族館に行くのは、終業式の次の日なので、少し日はあるが、それまでも普通に授業はあるので、登校はする事になっていた。最近は、琴葉の保育園へのお迎えのお手伝いがない為、お誕生日以来会っていなかった。寂しい気持ちを打ち消す様に勉強を頑張っていた卓也だった。二年生も最後なのに、終業式前日まで、普通に授業があるのは、体育祭・文化祭で時間を取られたのもあるので仕方がないが、二学期もそうだった為、不平が出てもおかしくは無かったが、公に口にする生徒はいなかった。真面目に授業を受け、友達と馬鹿をやって、雑談に明け暮れ、卓也にとっては考えられない事が起こっていた。特に、女子生徒と話す機会が多い事に気が付いた時、琴葉さんのおかげで有る事は明白で、琴葉さんには感謝の言葉しかなかった。文化祭依頼、徐々にではあるが、琴葉が気軽に卓也と話をしている光景が、浸透していった為、他の女子もそれにつられて話してくれるようになっていた。その中でも楓は積極的に卓也に絡むようになって、此の頃には、琴葉と楓が卓也の周りにいる事が多くなっていた。其の為、琴葉が卓也の事を好きなのではないかと言う事が、女子の友人たちの間でまことしやかに囁かれていた。その事を琴葉は知っていたが、全く否定しなかった事と、誰も琴葉に確認はしていなかったので、憶測の域は出なかったが、明らかに琴葉の卓也に対する行動は、普通では考えられない行動が目立つようになって行った。一番は、いつ見ても琴葉が卓也の隣にいる事で、授業中以外は人目を気にする事なく卓也の隣にいる事が当たり前になっていた。ただ、楓がそれに張りあっている事が一番の不思議ではあった。なぜなら楓は琴葉と双璧をなす存在であるので、「学園の美少女が何故」と言う事になる。何度も言うがこの時点ではまだ憶測の域が出ないのは確かだった。ただ、その周りにいる女子生徒の中に、春香の姿があった。春香は、卓也と同じ中学で、二年生の時にはクラスメイトだった女子生徒で、現在は、琴葉・楓と並んで学園の三大美女と呼ばれている女子生徒だった。

 二年生最後の週末を迎えようとしていた。此の二年で一番変わったのは卓也かもしれない。なぜなら、いつも卓也の周りには人の輪が出来ていたからだ、入学当初からは考えられない光景で、琴葉と楓の存在が大きく、卓也の隣にいると、琴葉や楓やその他の女子生徒と仲良くできるので、必然と男子が集まって来ていた。まだ此の事に明確に気が付いている者はいないようだが、本能と言うべき物だと言える。

 最後の授業も終わり、帰宅の途に着く卓也の隣にはいつものように琴葉と楓がいて、三人で帰るのが当たり前になっていた。楓は、卓也と同じコースを選択していた為に、一緒にいる時間が琴葉より多い時もあるのが楓の強みでもあったが、卓也が楓の気持ちに気が付くわけもなく、三人の変な関係は続いていった。下校コースは、最初に楓が別れる事となる為、楓が離れると琴葉が話し始めた。

「明日、終業式が終わったら、うちに来なさい、水族館のシミュレーションをするから」

「シミュレーションですか?そこまで大変だとは思いませんが」

「いいの、その後二人を迎えに行くから、明日お昼までなの」

と、半ば強引に明日のスケジュールを決めて、自宅へと消えていった。卓也は、「水族館行くのに大げさなことだな」と思いながら帰宅した。

 次の日、学校で顔を合わせる事になったのだが、いつもより早く琴葉が登校していた為であるが、いつもと変わらない琴葉に、何故かほっとする卓也だった。次回登校する時は三年生になる自覚を問われた終業式だった気がするが、今頃言われても実感がないのが当たり前で、みんな聞き流していた気がする。式も終わり、最後のホームルームも終了、本日は、部活その他が禁止の日である為、全校生徒が一斉に下校する数少ない日であった。試験前などもあるが、夕方までは図書室などは利用できる為、一斉に帰るのはこの日ぐらいだった。いつものように、三人での下校だと思ったが、下校時刻が違うクラスメイトも一緒に今回は下校していた為、かなりの人数での下校となり、わいわい言いながらの下校となった。下校時間がこんなに楽しいと感じた事はなかった卓也だったが、琴葉の機嫌は悪いように感じた。楓はそうでもないようだった。一緒に帰る中には春香の姿もあった。わいわい言いながら一人抜け、二人抜けとだんだん人数は減って、いつものように卓也と琴葉二人になり、そのまま北島家に到着、久しぶりに北島家におじゃまする事となった。いつものようにリビングで待つ卓也に着替えを済ませて、かなりラフな格好で水族館の資料を持ってきた琴葉に、その服装と突っ込みを入れる勇気などない卓也だった。どうも、明日はご両親がいけないようなので、二人での計画を琴葉なりにまとめて話してくれた。いつもながら、完璧と思える計画だったので、全く問題にはならずシミュレーションは無事終了、保育園にお迎えに行く事となり、琴葉は着替えに自室に行った。卓也は、玄関で琴葉を待つこと、かなり長い時間待った気がするが、やっと降りてきた琴葉は、ごく普通の服装だった為、なんで時間が掛かったのか不思議に思いながら、保育園に向かった。

 保育園に着くと、すでに親たちと帰る園児の姿があった。門の前で卓也が待機して、園内に琴葉が入っていくと、門の所にいる卓也の姿を見つけた二人は琴葉の横を素通りして卓也に抱き着いていた。久しぶりに会うので仕方がないが、この光景にはさすがの保母さんたちも驚きを隠せなかった。琴葉は保母さんと話したのち、荷物を持って合流、四人仲良く帰宅となった。後から聞いたことだが、保母さんには、ただの連絡事項を聴いただけだった。北島家に着いて、ご両親が帰宅するまでは一緒に子守をする約束をしたので、昼食を頂きながら、二人のお話を聞く卓也だった。話疲れたのか、満足したのか、眠そうな顔をしていたので、お昼寝の時間となった。直ぐに眠りについてくれたので、本当に助かったとの琴葉の見解である。

 二人が寝ている間、両親が帰ってくることがない事は明白で、特に琴葉は帰って来ない事を承知していた。だが、何か事を起こす勇気の無い琴葉なので、大胆な服装で誘惑するしかないと思い、自室に行って着替えようとするが、これまた勇気がなくて、いつもの服装になって戻ってきた、但し、琴葉は年頃の高校生の男の子を理解していないのは当たり前だが、琴葉の普通の服装でも、ドキドキする事に気が付いていない琴葉だった。それぞれ、やり残した課題をする事になるのだが、特に、卓也は課題をするのに夢中になって琴葉を全く見なかったので、やっぱり琴葉のご機嫌が悪く、何故機嫌が悪いのか全く分からない鈍感な卓也は、首をかしげるばかりで、ますますご機嫌が悪くなっていった。全く構ってくれない卓也にご立腹の琴葉に戸惑うばかりの卓也、いつもと変わらない二人きりの時間が過ぎていった。琴葉はやっぱり卓也のことが大好きで仕方がない事を、改めて自覚する瞬間であった。

 気が付くと夕方になっていた。お昼寝の時間は過ぎていたのに、余程楽しくてはしゃいだのか、お昼寝するのも遅かったので夕方になっても起きていなかったので、起こす事にした。やっとの想いで二人を起こすと、両親が帰ってきた。予定通りの帰宅だったが、何もことを起こせなかった琴葉は、がっかりとした顔を母から突っ込まれていた。

「何、そのがっかりした顔、帰ってきたら駄目だった。」

と、言われて図星だった琴葉は、取り繕うのに必死だった。

「分かったわよ、ああ、卓也君ありがとう、琴葉を含めて子供達お世話になりました。」

と、意味深な言葉で卓也の労をねぎらってくれた。真っ赤な顔をして怒る琴葉に、何の事か理解できない卓也と、がっかりされた仕返しが出来て、ちょっと大人気ない母親の顔があった。父は、早々に書斎に行っていたので、この光景は知らなかった。

 ?を浮かべながら北島家を後にする卓也だった。明日の本番に向けて今日は早く休むのがベストだと言い聞かせたが、琴葉さんの普段着が頭から離れない卓也だった。

 当日がやって来た。ご両親は仕事の都合がつかなくて不参加なのは前日の時点でお聞きしていたので、今回は、その点については心構えができていて、九時の自宅出発に合わせて北島家を訪ねた。昨日、お邪魔しているので、そこまで、はしゃいではいなかったとは言え、お出かけする事には変わりないので、朝からテンションは高かった。卓也が到着すると、もう準備万端で二人は待っていて、卓也が来ると琴葉が準備の為に自室へと行ったきりなかなか戻ってこなかった。いつも遅いので気長に待つしかなかった。やっと降りてきた琴葉に琴美が「おねえちゃん遅い」と、卓也の言いたい事をはっきり言ってくれる琴美に心の中で拍手を送る卓也だった。「ごめんなさい」と、妹に怒られて場のまずい琴葉は、相手が妹だから反論も出来ずにいた。そこは妹、直ぐに琴葉の手を取って「いくよ」と元気良く言って手を引っ張って出て来て卓也と合流した。少し大きくなった二人は。卓也に手を引かれて駅へと向かった。それなりの荷物があったが、卓也の荷物掛は変わらず、大荷物を卓也は持っていたが、二人が大きくなったおかげで、以前よりは荷物の量は減っていた。水族館への最寄り駅までは乗り換えがない事がすくいで、一時間程掛るがそれは問題ではなかった。電車に揺られるのもいいもので、幸樹は卓也の膝の上に乗ったままで、電車の外の景色を見ながら、何か一生懸命卓也としゃべっていた。時々、琴美と話をしていた為、時間はあっと言う間に過ぎて降りる駅に着いた。

 先を急ごうとする幸樹に振り回されながら駅から水族館に向かう四人は、どこから見ても親子にしか見えない事に二人は気づいていなかった。ちゃんとついてくる琴美と、しっかり手を引いていないと何処かへ行ってしまう幸樹に、振り回されながら駅から水族館に到着、やはり人気の水族館の為、かなりの人が見て取れて、迷子に気を付けなければならない事を肝に銘じて入場した。

 入場後は、順路通りに進むしかないのだが、特に幸樹のはしゃぎ様は、今まで以上で、少しでも目を離すとどこかに行ってしまう行きよいで、はしゃいでいた。琴美は、じっくりと、おさかなさんを見て、はしゃぎはしなかったが、興奮している事が明白だった。順路の途中に休憩場所があるので、二人の興奮を抑える為によることにした。ジュースを飲みながら少しの間休憩して、見学を再開、あっと言う間に順路が終了、この後は、イルカショーを見る予定なのだが、思いのほか時間通りに進んだため、食事と相成った。見学コースの最後には、お店が並んでいた為、一軒のお店に入店して昼食を摂る事にした。それなりに混んではいたが席を直ぐに見つけることが出来たので、落ち着いて食事ができる事にホットしていた。琴葉は、軍資金を母からせしめていたので、かなりの贅沢ができる事に満足していたが、卓也はそんな贅沢に慣れていない為、少し遠慮気味に注文していた。琴美はもう自分で食べられるので、食べるのを見守るだけだが、幸樹の甘えん坊は、卓也に、膝の上に座って食べさせてもらっていた。食事も終わり、混んできたので次の人に譲る為、お店の外にある休憩スペースで、休憩をとる事にした。飲み物を買って休憩しているのだが、幸樹は行く気満々で、直ぐにでも行こうとするので、止めるのが大変だった。琴美はおとなしく待ってくれているので、大変助かっていた。暫く休憩したのでイルカショーの会場へ向かった。すでにかなりのお客さんがきていて、やっとの想いで席を見つけて、着席、当然と様に卓也の膝の上に座ろうとする幸樹に、琴美が座る事を納得させて、幸樹は琴葉の膝の上で、琴美は卓也の膝の上でイルカショーを見る事となった。イルカやアシカの愛らしい行動にさらに幸樹の興奮は高まっていった。琴美は、何故か冷静に見ていて、楽しくて興奮しているのにそれを隠そうとしているのがとてもかわいかった。卓也は「琴葉さんにそっくり」と思ってしまった為、笑いをこらえるのに必死だった。もし琴美が琴葉の膝の上にいたら、二人とも同じリアクションをとっていたであろうことを想像すると、さらに笑いがこみあげて来て、大変な思いを卓也はしていた。無事にショーも終わり、会場からの退場が大変だったが、何事もなく会場を後にして、又、お店が並ぶエリアに来ていた。お土産や記念品を購入するためであった。琴美は、直ぐにお気に入りのストラップとキーホルダーを見つけて購入していたが、幸樹はいつもの様に、なかなか決まらずに迷っていた。これも、琴美は琴葉とそっくりだと思うと、卓也は一人で笑いをこらえていた。お土産は琴葉が購入していたので問題ないが、目移りして決められない幸樹に、琴葉が怒りの鉄槌ではないが、迷っている幸樹に姉の権限で琴葉が選んでその場を収めることになった。姉の言う事には逆らえない幸樹も仕方なく同意して、帰宅できる事となった。決断の速さも似ている事に卓也は感心しながら、ようやく駅に向かって歩き出す四人だった。

 列車に乗り込むと、二人は早々に膝の上で眠ってしまった。頑張って起きていたのであろう、動き出すと安心するように眠ってしまった。その可愛いい寝顔を見ながら、本当に幸せを感じている卓也だった。その時自分の肩に感触を覚えた。琴葉が、卓也の肩に寄りかかって幸樹を膝の上に乗せたまま眠っていたのである。これにはさすがに驚いたが、その寝顔の可愛らしさに我を忘れて魅入ってしまう卓也だった。ほんの少しの間だったと思うが、卓也には永遠に近い時間が過ぎたような気がしていたが、琴葉が目を覚まして、寝顔を見られた事がたまらなく恥ずかしいのか、頬を赤らめて卓也を見つめていた。琴葉に見つめられて、場の持たない卓也は、目をそらして、自分は何も見ていませんアピールをするしかなかった。琴葉は何も言わなかったような気がするが、ぼそぼそと何か訴えていた気がしたが、卓也には全く理解できない言葉だった為、何も知らないふりを押し通すしかなかった。そんな、事で時間を使っていた二人は、すでに降車駅に近い事に気が付いて、慌てて二人を起こしにかかった。琴美は直ぐに起きたが、幸樹はなかなか起きないので、頑張って起こそうとしているうちに駅に到着、取りあえず卓也が抱っこして列車から降りた。重くなった幸樹を抱っこしながら、増えた荷物も抱えながらの帰宅を覚悟したが、直ぐに幸樹が起きてくれた為、事なきを得る感じになった。

 二人の手を引いて、北島家へと歩を進めた。楽しい、楽しいお出かけが終わりを告げようとしていた。ご機嫌の二人に手を引っ張られてあっと言う間に北島家に到着、すでにご両親は、帰宅しておられた。買い物に時間を取られた為、予定より帰宅が遅くなっていたからである。両親の顔を見るなり、楽しかったことの報告が始まったが、まずはお風呂に入ってから、綺麗にして夕食を頂きながら聞くことになったので、早々にお風呂に入る事となった。もちろん琴葉が二人をお風呂に入れるのは当然で、卓也は

「さすがに疲れましたので、私も、帰宅してお風呂に入って、夕べのカレーの残りがありますのでそれを頂いて、早々に休みます。」

と言って、卓也は満面の笑みを浮かべる二人にお別れの挨拶をして帰宅する事にした。二人が手を振る姿にこれ以上ない幸せを感じながら帰宅した。

 琴葉に、お風呂に入れてもらった二人は元気いっぱいで、琴葉は、あの時少し眠っていなかったら今頃ダウンしていたと思っていた。その後は、両親に楽しかった報告を琴葉がお風呂から出てきた時には始まっていて、両親の優しい眼差しがとても印象に残った。

琴葉は、本当の幸せがここにあると感じていた。卓也への感謝の気持ちと、愛情とが入り混じって、ますます卓也の事が好きになる琴葉だった。

 自宅にたどり着いた卓也は、思いの他疲れている事に気が付いて、思はず「歳は取りたくないなあ」とつぶやきため息をついてはいたが、二人の笑顔と琴葉の寝顔を思い出せば、こんな疲れなど問題ではないと奮起するが、やはり疲れには勝てなくて、お風呂から上がるとそのまま眠ってしまっていた。少し眠ったのか、突然飛び起きて、状況が呑み込めない卓也だったが、眠ってしまったことに気が付いて、自分でおかしくなって一人でにやけていた。その後、軽く食事をして、改めて布団にもぐって、今日はよく眠れてよい夢が見られそうだと思いながら、眠りについた。

 琴葉も同じく二人を母に委ねて自室に帰った時は、本当に疲れている事に気が付いて、あれもこれもするつもりだったが、早々に眠る事にした。布団にもぐりながらスマホを見つめる写真は、卓也が列車の中でうとうとしている写真だった。


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