表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/5

一年生


 この物語は、高校入学前に事故により一人ぼっちになった少年と、その反対に、年の離れた妹と弟を持った少女の恋の物語である。

 お互いの第一印象は、少年は少女のあまりのまぶしさに度肝をぬかれ、世の中に、こんな女性がいる事が信じられず、自分には関係ない、住む世界が違う人だと思い、恋愛対象からは遠い存在と認識していた。少女の妹と弟の事が大好きで、少年にとっては生きがいになりつつあった為、少女の事は只のおねえちゃんとしか見ていなかった。

少女は、少年を陰気で典型的なオタクだと思い、間違っても恋愛対象にはならないと思っていたが、妹や弟を通してみた彼の本質にだんだん惹かれていって、恋心を抱く事になる。

そして二人は、学園生活の中でいろいろな出来事を体験する中でお互い惹かれ合い恋人同士になる、どこにでもある学園ラブストーリである。


+目 次

まえがき

第一章 出会い

第二章 誕生と別れ

第三章 運命の日

第四章 それから

第五章 お約束の出来事

第六章 体育祭と文化祭 壱

第七章 両親

第八章 新学期

第九章 動物園

第十章 引っ越し

第十一章 夏休み

第十二章 体育祭と文化祭 弐

第十三章 遊園地

第十四章 新しい年

第十五章 誕生日

第十六章 卒業式

第十七章 水族館

第十八章 進級

第十九章 日常

第二十章 勉強会

第二十一章 準備

第二十二章 修学旅行へ

第二十三章 誕生日

第二十四章 海へ

第二十五章 体育祭と文化祭 参

第二十六章 試験

第二十七章 受験

第二十八章 バレンタイン

第二十九章 決着

第三十章  デート

第三十一章 卒業

第三十二章 卒業記念パーティー

第三十三章 デート

第三十四章 大学入学

第三十五章 ・・・・・

第三十六章 成人式

第三十七章 起業

第三十八章 卒業と就職

第三十九章 プロポーズ

第四十章  今、現在


あとがき 


+目 次

まえがき

第一章 出会い

第二章 誕生と別れ

第三章 運命の日

第四章 それから

第五章 お約束の出来事

第六章 体育祭と文化祭 壱

第七章 両親



第八章 新学期

第九章 動物園

第十章 引っ越し

第十一章夏休み

第十二章体育祭と文化祭 弐

第十三章遊園地

第十四章新しい年

第十五章誕生日

第十六章卒業式

第十七章水族館






第十八章進級

第十九章日常

第二十章勉強会

第二十一章準備

第二十二章修学旅行へ

第二十三章誕生日

第二十四章海へ

第二十五章体育祭と文化祭 参

第二十六章試験

第二十七章受験

第二十八章バレンタイン

第二十九章決着

第三十章デート

第三十一章卒業

第三十二章卒業記念パーティー

第三十三章デート

第三十四章大学入学

第三十五章・・・・・

第三十六章成人式

第三十七章起業

第三十八章卒業と就職

第三十九章プロポーズ

第四十章今、現在


あとがき 

 ありえない恋


第一章 出会い


 高校の入学式も終り、一週間が過ぎた頃、朝のホームルームの時間に新しい男子生徒が先生に紹介されて教室の中に入ってきた。

「古城卓也ですよろしくお願いします」

と頭を下げた。

「古城は、事情で入学式を欠席した、みんな仲良くしてやってくれ」

「はーい」

「えーと、席は北島の隣だな、よろしく頼む」

「はい」

と手を挙げている女子生徒の方へ歩き出していく

「よろしくお願いします」

と言いながら席に着く

その後何事もなく授業は進み昼食の時間になると、すでに、ある程度のクループが出来ていて、一人さみしく食べていると、

「古城、一緒にいいか?」

と前の席の浅井公平が話しかけてきた。

「はい」

と返事をかえす前に後ろを向いて食べ始めて、この学校について話始めた。それは卓也が何も知らないことを知ったためである。

 まず、三年間クラス替えが無いこと、普通科の高校だが専門的な授業があり、各クラスで分けられていること、次に土日は休みだがその分すべて6時間授業で6時限目が専門授業である事、2年生からは選択授業でクラブ活動にも充てられること、専門授業には試験もなく卒業には関係ないから、自分の意志で取り組めること。このクラスはパソコン関連を1年間は学んで、2年からは選択できるそうだ。それで

「卓也は?」

「俺は、プログラミングの道に進むつもり」

「そうか」

と複雑な表情をして

「卓也、お前はなかなかラッキーな奴だな」

と不敵な笑みを浮かべて隣の席を見て

「お隣の北島さんだよ」

と言う頃には 周りに食事を終えた男子たちが集まっていた。

彼らの目的は隣の席の北島琴葉である。卓也が座る席は全男子が狙っていた席で、彼女が教室にいないので集まってきていた。彼等曰く、隣の席の北島琴葉はいま話題の生徒で、あの可愛らしさ、愛くるしさ、でも全く高慢でなく誰にでも優しく「才色兼備」そのものだ、で、あのスタイル、出るところは出て、締まる所は絞まって・・・と彼女のことを絶賛する言葉を並べて話してくれた。卓也はそれを聞きながら彼女の事を思い出しながら少し納得していたが、中途半端なリアクションに周りからクレームの嵐になった。

「俺では、どう考えても相手にされないだろう」

の一言に全員が納得して解散となったが、この席順について公平に聞いてみると

「この席順な、担任の気まぐれで、適当に振り分けたと担任の吉川が言っていた」

と聞かされ納得していた。

 卓也は服装について、少し疑問に思っていた。なぜなら、女子生徒がズボンを履いているからだ。一組にはスカートの女子が全くいなかった。校則を読み返すと、スカートとズボンのどちらでも構わない事が書かれていたので驚いていた。最近導入された校則で、導入されてからは、ズボン派が多数を占める様になって来たようで、最初はズボンへの移行がこんなに早く進むとは学校側も思っていなかったようで、ここまで卓也はスカートの女子生徒を見ていない事を思い出していた。男子達は、ブレザーでの登校なので、問題ないが、女子生徒のミニスカートが当たり前だった中学の時を考えると、何か、違和感が拭えないが、ズボンはズボンでとてもいいのだが、特に、横に座る北島さんは、足も長くスタイルがよく、見ているだけで幸せになるのだが、ミニスカート姿が見られないのは残念な気持ちになっている卓也、いや男子生徒達だった。卓也は全く学校の事を知らない事に驚いていたが、選んだ理由が近くの学校でやりたいことが出来る学校だったからにすぎない自分に気が付いて、我が母校の事をちゃんと勉強する事にした。まずは、公平にいろいろ聞くことにしたが、やはり、女子生徒のズボンについて、我が母校の汚点の一つであることを強調していた。ズボンへの移行は、今の三年生が入学時に移行がはじめられた事を聞いて、歴史が短い事を認識した。それ以降、直ぐに女子生徒のズボン化が促進、今ではスカートは過去の遺物と化していた。でも、校則にはスカートひざ下十センチの項目は残ったままだった。此の校則の導入に伴い。女性教諭のスカートでの出勤がこちらは禁止されて、担任の補佐役に人員の配置がなされる事になったのもこの時で、一組にも、担任の吉川実の他に、副担任として上月早苗と言う若くてきれいな先生が配置されていた。そのおかげで、学内にはスカートと言うものが存在していなかった。教諭からは何も指摘がなかったようで、それ以前から、女性教諭はズボンが望ましいとされていた事が、スカートの女性教諭がいなかった事で、ズボン指定に移行したようだった。卓也は、物知りな奴だなと思っていたが、学校の歴史の中に書いてあることを教えられて、恥をかく事になった。

只、公平曰く、特に北島さんのミニスカート姿はとても魅力がある事は想像するだけで、鼻血が出そうだと言っていたが、卓也もそれには同意するしかなかった。まあ、たまたま隣の席になっただけの存在なので、それは男子のお楽しみを取った報いと思っていた。まあ、公平が言うように、周りをよく見ると大変カワイイ女子生徒が多いことに気が付いてはいたが、その中でも北島さんがずば抜けていたのは間違いなかったが、卓也にとっては、全く、関係無い事で、自分が相手にされない事は承知の上なので、賛同はしていたが、全く興味はなかった。そんな中で、隣に美少女を見ながらの学園生活が始まったのであった。

 その後、時はながれクラス内ではグループ化が進み、授業が終わると帰宅する卓也はだんだん一人でいる時間が増えていた。ただ、もともと友達を作るのが下手なので帰宅部のせいではなかったが、そもそも、北島琴葉もすぐ帰宅することがあるみたいで、卓也は時々帰宅途中に彼女を見かけていたからである。でも、彼女は、いつもクラスの中心にいる活発な生徒だった。

 中間試験も終り、生徒の評価が固まりかけているころ、女子生徒からの卓也の評価は、【オタク】として認識されているようであった。まあ、ほかの男子も似たり寄ったりなので対して変わらないが、男子のレベルは他のクラスに完全に負けていると女子生徒たちは嘆いていた。当の男子たちは、琴葉一本かと思われたが、女子生徒のレベルが高く他にもかわいい子がいる為、他のクラスからアプローチがたえなかった。



第二章 誕生と別れ


 ここで、二人の事を話しておく

北島琴葉 身長160cm 7月13日生まれ、両親は、大手ゼネコンで父はプロジェクトリーダを務めるエリートで母はサブリーダーを務めている。二人は母が大学生時代に研修に来た時に知り合って、母が卒業するころには琴葉を身ごもっていた経緯があり入社を一年延ばしていた。

 父は、仕事に邁進してリーダーにまで昇進、母もサブまでになったが、琴葉に二人ともたっぷりの愛情を注いでいて、特に父は子育てに積極的にかかわっていて、よく三人で出かけていたようだ。

 二人の愛情をたっぷり受けて育った琴葉は、心優しい娘へと育っていった。容姿も母に似てすばらしい容姿をしていたので、小学生高学年頃からは何人の男子が当たって砕けたか分からない。

 そんな琴葉も中学生となり、その可愛らしさが際立っていた十三歳の誕生日の日に、母がとても恥ずかしそうに重大発表をした。

「お母さんね、子供を授かりました。今三か月です」

「え・・・・・・・・・・・・・・」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・」

二人ともあっけにとられて、空いたくちがふさがらない状態で静かに時間がながれて

「やったー」

と、父の絶叫が家中に響いた。

琴葉もうれしくて涙を拭いて母に近寄ろうとするとすでに父が母を抱きしめて号泣していた。琴葉も一緒になって二人で号泣していたのである。

一番冷静なのは母だったのは当たり前で、やっと落ち着いた二人に

「それより、お祝いの続きをしましょう」

と本来の目的に戻る提案がされて、ほんとに楽しくうれしい琴葉の誕生日になった。

「お母さん、それで予定日はいつ?」

「二月三日です。」

「男の子・女の子」

「それは聞いていません、聞かないつもりです」

「そうか、母さんそれでいいのなら」

と、楽しい会話が続く時間も過ぎ、会社に報告、程なく産休に入った母は大きくなったお腹を重そうに歩いていた。琴葉は、できる限りの母のサポートをしていた。特に料理について母に教わりながら勉強していた。

 時が過ぎ、二月となった夜、母の陣痛が始まって急いで父と一緒に病院へ、程なく女の子が誕生、母三十七歳の高齢での出産ではあったが、母子ともに健康でほんとに安産だったと担当医師からも絶賛されるくらい安産だった。

そして生まれてきた子には【琴美】と名づけられた。

その後,三人は琴美に振り回されながらも幸せな時間を過ごしていた。琴葉は父が琴美を見て少し残念そうな顔をしたことがある事を見たことがあった。その時、父が「次は男の子が欲しいな」

とボソッといったことを思い出していた。

 琴美誕生から一年、一歳の誕生日の日に又もや母から身籠ったことを告げられる。

琴美の時よりさらにびっくりであるが、父がひそかにガッツポーズをしているのを見て父は息子が欲しいので頑張ったのだなと琴葉は思っていた。

 そして、時は過ぎ琴葉十五歳の秋に弟が誕生した。病院では琴美を琴葉が抱っこして生まれるのをひたすら待っていた。少し時間はかかったが母子ともに無事で安産だった事と男の子だと聞いて、ひそかに父は万歳をしていたのを琴葉は見て一緒に万歳を心の中でしていた。

 子供との初対面の時の父の顔はいつまでも忘れられない光景の一つになるくらいの出来事で、母へのねぎらいの言葉を忘れるくらいにデレデレだった。

そして生まれてきた子には【幸樹】と名づけられた。

 この間母は、仕事を休職しているのだが、現在大きなプロジェクトがないこともあったが、大きなプロジェクトが動き始めていたために、母の仕事への復興が、幸樹が半年を迎える六月からになった。ただ、保育園に送ってから出勤、保育園のお迎え時間には退社を条件に復職を承諾していた。母は正式に退職するつもりだったようだが、会社が許してくれなかったようで、そのことが運命の日へと導かれることとなる。


古城卓也 身長170cm 7月1日生まれ

 父はPC関連の会社を起業した社長で母もそれを手伝っていた。規模は大きくなくこじんまりしていたが、関連先を含めると従業員は五十名ほどいる会社だった。琴葉に弟が出来たころ、同じように卓也にも弟が出来ていた。母の妊娠発表も周りの反応も対して変わらなく、大喜びだった。

 弟の颯磨が生まれてからは、生活が変わったのは当たり前で、卓也も

精いっぱいお兄ちゃんを頑張っていたので、父より兄の膝の上にいることが多く、父が嫉妬していた時もある。

 そんな中、高校にも無事合格して無事中学を卒業、高校の入学式をまっているとき、入学式当日予定していた食事会が出来なくなってしまった。

「卓也ごめん、トラブル発生で入学式当日、日本にはいないだろう」

と父から悲しそうに言われた。父曰く、顧客のサーバーが攻撃を受けて復旧するのに海外にあるサーバーに直接アクセスする必要があって準備が出来次第すぐに現地に向かう予定だそうで、楽しみにしていたのにほんとに残念そうだった。だが、今すぐではないのだから、明日にでも早いけどお祝いの席を設けたらどうですかとの母からの提案に、すぐに当たってみることとなった。早く動いたおかげで入学式の三日前だけど家族での入学のお祝いをすることとなったが、その日は友達と遊びに行く約束があるので、夕方に近くの駅で待ち合わせすることとなった。

 当日、父は懸命に時間を作るために仕事を頑張って夕方に帰宅、準備を整えて卓也の待つ駅へと向かった。

「あなた、車で大丈夫なの」

「ああ、明日早いから今日、お酒は飲まないから」

「そうなの、早いって何時」

「7時の飛行機だから」

「それは、早いね。帰ったら直ぐに準備しないと」

「ああ、頼む」

車内でいつもと変わらない会話が・・・・・・・・・

 卓也は、友人と楽しい時間を過ごして、駅で友人と別れ待ち合わせ場所の駅に降り立っていた。

「父さんまだかな」

と時間を確認するも約束の時間には少し余裕があったので近くのベンチに座って今日行くお店の情報を仕入れていた。

「豪華なレストランだね、海の見える港の高層ホテルのレストランか、高そうだね」

「おやじ奮発したナ・・」

と感心しながらスマホで駅にいる事を母に連絡したが、返事がないことに不安を覚えて、待ち合わせ時間になっても連絡がなく、母に電話するも呼び出し音はなっているのに全くでないので、家に電話しても誰も出ないし、父にはそもそも繋がらないのであった。卓也にはどうすることもできず、ただただ、待つしかなかった・・・・・・。

 どれくらい時間がたったのでしょうか?卓也は待つのを諦めて一度家に帰ることにして、静かに家に向かって歩き出した。歩きながら既読もつかない、折り返しもない状況を考え災厄のことを考えては否定をしながら歩いていた。本来ならタクシーかバスで帰る所なのにそれすら忘れてただ黙々と歩いていた。

 三十分ほど歩いただろうか、卓也は自宅近くにいた。そこからは車が無いことが確認出来ていたため卓也の不安はますます増大していた。家の前に来るとどこから現れたのかわからないが見知らぬ男性から声をかけられた。

「失礼ですが、古城卓也さんですか?」

「はい」

「私、こう言うものです」

と、警察バッチを卓也に見せて

「大変申し上げにくいのですが、ご両親が事故で、病院に運ばれています・・・・・・・・・」

との男性の説明を事故にあわれての頃から卓也の記憶があやふやになっていったのである。警察官の言われるままに車へと乗りこみ車内では無言のまま静かに時間が流れていった。暫くして、見覚えのある病院が現れた。正面からではなく裏口へと車が進み促されるままに進んでゆくとその先には霊安室が待っていた。扉の前には警察官と思われる人が数人いて、促されるまま開いた扉から霊安室内へと進むと中にいた男性から

「ご遺体の確認をお願いします」

と、顔にかけられた白い切れがとられた。そこには、変わり果てた父の亡骸があった。かろうじて顔の確認ができる状態で、隣には幼い弟が無言のまま眠っていた。

父と、弟です」

と絞り出すようなか細い声で卓也は答えた。

「おい、すぐに」

と、合図がされると抱きかかえるように卓也を外の椅子に座らせた。無言の重い空気があたりを支配する中、卓也は

「母は?」

との問いかけに

「お母さんは、今懸命の治療がされています」

「お二人は助け出されたときは手遅れで、お母さんはかろうじて息がありましたので、医師たちがお母さんを救おうと努力しています」

と説明が終わる前に卓也は立ち上がり歩き出した。

「どちらに?」

「母の所に」と言うと何処に行けばいいのか分かる筈もないのに足を進めていた。

「こちらです」

と、女性の声がしてその声に導かれるように足を進めて、懸命に治療がされているオペ室の前に着くと、母がちょうどオペ室から出てきたところだった。

「こちらは?」

「息子さんです」

「気をしっかり持ってください。我々ができることはすべてしました。だが、損傷が激しすぎてあとは神に祈るしかありません」

と担当医師から告げられ、導かれるままに待機室の椅子に座らされたのである。

「こんな時になんだが、ほかに身内の方は?」

「いません、叔父がいますが今は海外にいます」

「そうですか」

「それで、叔父さんと連絡はつきますか?」

「いえ、連絡先は父しか知らないと思います」

「そうですか、それでおじさんはどちらの国か分かりますか?」

「たしか、カンボジアだったと思いますが、あちこちに行っていると聞いたことがありので今どこにいるかは知りません」

「そうですか、ありがとう」

「外務省に確認します」

と言って警察官が走っていった。

 暫くすると聞き覚えのある声で卓也を呼ぶ声がして顔を上げるとそこには、会社のそれも父と一緒に起業した山根夫妻がいた。二人とも目を真っ赤にしていて、婦人は卓也を見るなり強く抱きしめていた。

「ごめんね、遅くなってこれからのことは私たちに任せて、あなたはここにいなさい」

と夫人が言っている横でご主人がうなずいていた。この山根夫妻は父と一緒に会社を興した人で卓也が唯一知る会社の人で、家族ぐるみの付き合いというか、夫妻にはお子様がいないので卓也を自分の息子の様に可愛がっていた人物であった。

 その後は、警察との話は夫妻が窓口になって話を聞いていたが、事故の状況を聞かれた警察官は、現在確認中である為に確定ではないが、トラックを運転中に、スマホをさわっていて前方不注意でノーブレーキで追突して、運悪く前にもトラックがいて間に挟まって車は原型をとどめないくらいに壊れたとの説明を受けていた。

「そうですか、卓也にはまだ話せないな」

「今は無理よ、たぶん現状を理解していないから」

「私、卓也君についているね」

「ああ、そうしてくれ」

と山根さんは警察と何やら話していたが二人は、静まり返った控室でひたすら待つしかなかった。

 少し眠ったのでしょうか朝になっていた。隣にいるはずのおばさんがいなかったので探していると、夫妻でこちらに歩いてきて、

「食事する気にはなれないと思うけど少しでいいから食べて」

とパンと缶コーヒーを差し出した。卓也はそれを取り、口に運んだが全く味がしなかった。そうしていると看護師さんの呼ぶ声がして、導かれるままに部屋に入り防護服を着て母のいる所に足を運んで、医療機器に囲まれた母を見た。

「お母さん」

と、一言だけ発して手を握るしかなく直ぐに面会は終了、これが生きている母にあった最後になった

 その後、昼頃あわただしく出入りする医師や看護師の動きが止まったと思うったら担当医師から

「残念です、私たちの力及ばず午後一時〇五分永遠の眠りにつかれました。」

との説明で、卓也は涙も見せずにただその場に立ち尽くすだけだった。周りからはすすり泣く声だけが響いていた、会社の人たちが詰めていたのであった。

その後の記憶は卓也にはない。葬儀の準備が夫妻の仕切りで進められ、学校へは誰かが連絡したのか、校長と、担任が慰問に来ていた。

 葬儀が進み、最後の出棺の時、叔父さんが帰ってきて父の亡骸を見て、その場で大声をあげて泣いていた。連絡をもらって急いで帰ってきたものの連絡の内容が信じられなく現実を直視しての行動であった。その後は夫妻と一緒に叔父が取り仕切ってくれていた。葬儀が済んで、その後の後片付けにめどがついた時に

「卓也済まないいったん戻るは、現地のことを片付けてすぐに戻ってくるから」

と言い残して山根夫妻にこの後の事を丁重にお願いして戻っていった。

 その後は、卓也の保護者は叔父が、後見人に山根夫妻が付くことが決まって、週明けから学校に通うことが決まって、父の会社は父がいないと成り立たないので、顧客とも相談だが、系列の会社に吸収合併する方向で話を進めることが決まっていた。早く決めないと契約している顧客に迷惑がかかるし従業員が路頭に迷うことにもなるからとのことであった。

そして登校日の朝、お骨の前でいつまでも、くよくよせず前を見て進んで行くことを約束して、まだ軽やかではないが確実に立ち直るための歩みを進めて学校へと向かっていった。

そして、時は過ぎ運命の日へと向かうのであった。


第三章 運命の日


すでに6月になり梅雨の時期に入っていた。納骨の日取りを決めて納骨までには帰るとの連絡を最後に叔父との連絡が取れなくなっていた。片付けの為に寄った国で軍事クーデターが勃発して外部との連絡が遮断されたために、まったく連絡がつかなくなっていた。その国に行ったのも偶然で、外務省から連絡がなければわからなかった程で、国としても救出には全力を尽くす旨が伝えられていたが、全く状況がつかめず、生死もわからない状態だった。一様卓也の保護者として名前があるが実際には山根のおじさんと会社の顧問弁護士をしていた梅沢弁護士が、交通事故の後始末である保証交渉の窓口と、財産管理をしてくれていた。

試験前の金曜日の日、二人はいつものように授業が終わったので帰路についていた。卓也は電球が切れていた事を思い出し電気屋に寄っていた。その後、いつものように食材を求めてスーパーの食品売り場へと向かっていた。琴葉は、校門を出たところで母からの電話を取っていた。

「琴葉ごめん、なにか知らないけど電車が故障したと言って止まっているの」

「動きそうにないから二人迎えに行って」

とのことである。確かに今日母は出先から直接電車で帰るとは言っていたがその電車が止まるとは思わなかったようで、すぐ調べたらほんとに運休になっていたが、母が乗っている電車が故障したのか確認できなかったが直ぐに母から

「保育園には連絡しておくから、それと、今日の買い物リスト送るから、買い物もお願い、いつ帰れるか分からないから」

と言って電話を切った。琴葉は仕方がないなと思いながら家路を急いだ。ベビーカーを取りに戻ったのである。ベビーカーを押して保育園に着くとすでにほとんどの子供は帰宅した後で、中に入ると琴美が走って抱きついてきた。

「遅くなってごめんね」

と言っているまもなく今度は幸樹が遅いと目で訴えながら保母さんから琴葉に乗り移ってきた。

「先生遅くなりました」

「いえいえ、それでお母さんは大丈夫かしら」

「大丈夫でしょう、心配するほどの事ではないでしょう」

「それもそうですね、それにしても二人ともおねえちゃんが大好きなのね!」

と、とてもうれしそうに笑っていた。

「それでは失礼します」

と声をかけて、幸樹をベビーカーに乗せ、琴美の手を引いて帰宅途中にあるスーパーへと向かっていった。

 自宅は、学校から保育園・スーパー・琴葉の自宅の並びの為便利なところにあるが、ベビーカーを取りに行ったので迎えに行くのが遅くなっていた。母からの買い物リストとにらめっこしながら、買い物をしている琴葉だったが、思うように品物を見つけられず、又、何かと邪魔をする二人に難儀していた。すぐにどこかに行ってしまう琴美に、抱っこしろとせがむ幸樹に悩まされていた。

「お母さんほんとにすごいなあ、いつもこんなことしながら買い物していたのね」

と、母の偉大さを実感する琴葉だった。

 そして、とうとう対処しきれない事態に陥った。幸樹に定期的に水分を取らせるように言われていたので、水分を取らせようとするが飲もうとしないばかりか、抱っこしろとせがむので抱っこして飲ませていると、琴美が「おしっこ」と言い出したのである。琴葉はどうしたらいいのか分からず半分パニックになっていた時、その横を卓也が通りかかったのである。

「古城君?」

「あっ 北島さん」

と二人ともなぜか固まっていた。

「おねえちゃおしっこ」と叫ぶ声に

「あっ 私の子じゃないからね」

「分かっています、妹と弟さんですよね」

「はい、いまいくから」

「それでは、失礼します」

と、頭を下げてその場から立ち去ろうとする卓也に対して、琴葉が思いがけない行動に出る。やはりテンパっていたのか、慌てていたのか、こう言うとき人は思いがけない行動をする。

「ちょっと、今暇でしょ、私この子トイレに連れてゆくからこの子見ていて」

と、言うなり幸樹を渡したのである。卓也は何も反応ができず渡された赤ん坊を抱っこしていた。トイレに駆け込んだ二人はしばらくしてトイレから出てきた。

「間に合ってよかったねえ」

と無事に済んだことを喜んでいたが、次の瞬間、幸樹の事を思い出し琴葉は青ざめていった。高校生の男子に赤ん坊を預けるなんてなんと無謀なことしたのかと、焦る気持ちで二人が待つ場所へと急いだ。

二人が待つ場所へ行くと何故か幸樹はご機嫌で抱っこされていたので、まずは一安心した琴葉であったが、直ぐに、幸樹をベビーカーに乗せようとすると、なんと、幸樹が嫌がって卓也にしがみついたのである。これは、予想外の展開に琴葉は自分の目を疑がって、もう一度、幸樹を抱っこしようとすると、やはり同じ反応が返ってきたのである。さすがにこの反応には琴葉も頭を抱えることとなった。

「いいですよ、このまま家の前まで一緒に行きましょう。そこまで行けば納得して離れてくれるでしょう」

と、これ又、意外な提案がなされた。

「それしかないわね」

と、琴葉も納得するしかない状況で、正しい思考が働いていなかったのか、あっさり同意してしまったのだ。

「ああ、それで買い物は?」

「大丈夫、後は会計だけだから」

と、にこやかな顔をする横に幸樹の満足げな顔があった。

「しばらくここで待っていてね、私、会計済ませてくるから」

と足早にレジに並びに行った。卓也はレジを出たところで、幸樹を抱っこして待っていた。さすがに琴美は連れて行って一緒に並んでいた。

「お待たせ」

と買った品物をベビーカーに乗せてやってきた。

「こっちだから、私の家」

と言って、琴葉の手を引いて歩き出した。少しの間、無言の時間が過ぎていた。幸樹のはしゃぐ声だけが聞こえていた。

「ごめんね、こんなことにつき合わせて」

と初めて冷静に物事を見られるようになっていた。

「いえ、俺子供好きですから、気にしないでください」

と、初めて会話したような気がした。

「学校でも挨拶くらいしかしないし、ましてや雑談なんかできるわけがないし、さっきは緊張して何しゃべったか覚えていないし」

と、心の中でつぶやいていた。でも、そのあとの会話が続かなかった。場が持たないことを嫌ったのか卓也は抱っこしている赤ん坊に助けを求めるように話しかけていた。ご機嫌な幸樹を不思議に思う琴葉は、手を引きながら見ていた。それもじろじろと

「なに」

「いや、別に」

と顔をそむける琴葉だった。

「あの~、家」

と、自宅の場所が分からないのにいつの間にか先頭を歩いていた卓也だった。それからは、並んで歩くようにしていた。

「何か、夫婦見たいだな」

と、心の中で思っていると

「何」

と、琴葉からの問いかけに

「えっ」

と、思いがけない問いかけに驚いていると、

「いや、何かにやけていたから」

と、卓也の心の中を見透かしたような発言に、さらに慌ててしどろもどろになる卓也だった。

「いや、そんなこと」

と、中途半端なごまかし方をしたせいで、ますます空気が重くなってゆくのが分かったのか、幸樹が指をさして何かの合図をしていた。

「ああ、家の場所教えているのかな」

「その三軒先だから」

との

の言葉に卓也は心の中で

「もう着いたのか、残念」

と落ち込んでいる間もなく、自宅に到着する。玄関前で鍵を探しながら、

「少し待ってね、今、玄関あけるから」

と鍵を取り出して玄関のドアを開けた。

「ありがとう、ほんとに助かりました。幸樹おいで」

と手を出すと素直に応じたのである。

「ここまで連れて来てもらって満足したのかしら、それにしてもご満悦ね」

と感心するばかりである。

「そら二人ともここでお別れよ、バイバイしよう」

と二人に促すと、可愛いい手を振って卓也にお別れの挨拶をしてくれていた。

「ばいばい」

一度も接触しなかった琴美までも手を振ってお別れをしていた。

卓也は、背中でさみしさを表現しながら、他人にはわからない表現だが、自分では表現しているつもりでほんとにさみしかったのは嘘ではなかった。

「家に入るわよ」

やっとの思いで帰宅、手を洗い、着替えをさして、オシメを確認していると

「ただいま」

と母の声がして

「ほんと、大変な目にあったわよ」

と愚痴をこぼしていた。

「おかあさんお帰り、愚痴を言う前に何か言う事はないの?」

と少しご立腹の様子で

「ああ、元気だった」

と二人の子供を抱きしめていった。

「嘘」

と琴葉は全身で驚いて見せて

「おかあさん、ありえない」

「嘘よ、琴葉本当にありがとう。大変だったでしょ」

とやっとねぎらいの言葉に安堵して

「・・・・・・・」

と少し顔が天狗になっていたが、母を尊敬した事と、彼の事は内緒にしようと心に誓うのであった。

 等の卓也は、自宅でほんとにたまらないさみしさを覚えて、涙を浮かべながら弟の写真を眺めていた。

卓也には少し早かったようだが、卓也は心の中で

「いつかは乗り越えなければならないことだから、泣くな‟俺„」

と必死に涙をこらえようとするが、涙はとめどなく流れて止めようとすればするほど、涙があふれて来るのだった。

「くそお~」

と、大きな声が家中に響き渡った。


第四章 それから


 その後、次の月曜日にいつものようにあいさつだけをして一日過ごした。とわいえ、試験に入ったので短い時間だったが、いつもと変わらない様子に、卓也は、「あれは、夢だったのかな」と思うようになってきた。

琴葉は、最初にあった時にお礼を言えなかった事でチャンスを逃してしまい。悶々とした日を過ごしていた。そして、一週間が過ぎ、次の月曜日、すなわち試験が終了して最初の日に登校途中にばったりとあって、その近くにあった公園の片隅で琴葉からやっと

「この前は、ほんとにありがとう、おかげで助かりました」

「いえいえ」

「それで、スマホかして」

といきなり手を出してきた。

「はあ」

と頼りない返事をしながらスマホを取り出すと、それを取ると自分のスマホと一緒にいじりながら操作していた。それもかなり早くなれた手つきだった。

「はい、連絡先入れたから、今度また頼むかもしれないから」

「それじゃ、ありがとう」

と言って、学校に向かって歩き出した。卓也は、現実が理解できずに口を開けた状態ではあるが、スマホを見ると確かに彼女の連絡先が入っていた。卓也にとってクラスの中で初めて連絡先を交換したのである。それも、男子がうらやむ北島さんのである。学校へ行くのも忘れて彼女の連絡先をじっと見つめている卓也の姿は・・・・・・・・

「卓也どうした、にやけた顔をして、はたから見たら気味悪いぞ」

「ほっとけ」

と少し強めに、照れ隠しの為の一言である。

「ほんとに、何かいいことでもあったのか」

との問いに、北島さんといた事は気づかれていないようだった。

「まあな、学校へ行くぞ」

「なんだよ、教えろよ」

「健太、うるさい」

と朝から仲のよいことで、二人でじゃれあっていた。この健太、四組の「中村健太」中学時代からの親友で、先生以外で両親の事を知る唯一の人物で、あの時、一緒に出掛けていた友人である。卓也の家族とも面識はある為に、訃報の連絡を受けて、家族で駆け付けてくれて、特に弟の亡骸の前では誰よりも泣いてくれていた。

偶然にも同じ高校を選んでいたが目指す目的が違った為、クラスが別になっていた。そして、会うのは登校の短い時間しかなかった。下校時は健太がクラブ活動で遅くなるから会わないし、休日は試合なんかで家にいないので、ほとんどあっていなかった。

「朝練は?」

「今日は、無い」

「そうか」

「いさしぶりに会ったのに、つれないね」

「男にいわれてもなあ」

と二人の時間を大切にするように、どうでもいい話をしながら学校へと向かう二人だった。下駄箱の前で別れた二人、今度話せるのがいつの事になるか分からないけど、二人は、何事もなかった様に分かれていった。

そもそも健太は、サッカーに打ち込んでいて日が昇っている間は練習あるのみのやつで、日が沈んだら体を休めるのが基本のやつなので、夜は九時には寝るようにしているし、朝は五時に起きてランニングしているので、卓也とは朝練がない平日ぐらいしか会えない友人であるが、二人の間には確固たる友情があるように見えた。

 それから、夏休み前の最後の授業が終わって、家に帰る準備をしているとスマホが鳴ったのである。すぐ確認すると、北島さんからの初めての連絡だった。内容は、

「今日又母が遅くなるので、保育園に迎えに行きます。手伝ってください。」

「保育園の門の前で待っています。」

と書かれてあった。卓也は、「はい」とだけ返事をして保育園に向かった。保育園に着くとすでに北島さんは来ていて、二人を連れて出てくるところだった。

「古城君、ありがとう」

と、北島さんが近づいてきた。すぐそばまで来ると、抱っこされている幸樹が卓也の顔を見ると、少し間をおいてから手を出して抱っこをせがんだ。それを見て卓也は抱っこしながら

「琴美ちゃんも、こんにちは」

と声をかけるも、琴葉の後ろに隠れるだけだった。でも、隠れながら気になるようで卓也から視線をそらせる事はなかった。

「それじゃあかえるよ」

との声で自宅に向けて歩き出した。よく見るとベビーカーがなかった。

「ベビーカーは?」

「古城君が来てくれるから直接来た」

と言うと、卓也に向かって満面の笑みを浮かべた。学校では見た事のない素晴らしい笑顔にドキドキが止まらないのを感じていた。しばらく歩くとスーパーが見えてきた。

「今日買い物は?」

「ああ、大丈夫、母からしなくていいからと言われているから、そもそも、今日は二人で顧客に会いに行ってそのまま車で帰るみたいで、買い物もして帰ると思う」

と少し残念そうな顔をしたのは、卓也の気のせいだったのだろうか、卓也は考えたが分る筈もなく無言のまま時間が過ぎて行った。楽しい時間は過ぎるのが早いとはよく言ったものだが、卓也にとってはこの時間が一番楽しい時間だと言う事に本人も気づいていないようだった。

「ありがとう、古城君」の一言に、

「いえいえ」

と、とっさに返す卓也だったが、いつの間にか自宅前についていたのだった。

前回同様、幸樹を受け取ると家の中に荷物を置いてサヨナラの挨拶をしてくれていた。卓也は、さみしさを感じながら手を振って別れを惜しんだ。

 それから八月、夏休み中は、卓也は勉強にいそしんだ。プログラミングの方だが、誰もいない一軒家でひたすら勉強に励むしかない卓也だったが、夏休みの課題中に又もや連絡がきた。

「古城君、ごめん又迎えに来て、保育園で待っているから」

と一方的な連絡に

「はい、すぐ行きます」

と答えて、準備を整えて保育園に向かった。保育園に着くとすでに前回と同じく琴葉は来ていた。違ったのは、琴美ちゃんが卓也に向かって、走ってきたかと思うと抱きついてきた事だった。これにはさすがの琴葉もびっくりした。それを見ていた幸樹も、早くいけと合図して卓也に抱っこされていた。今度は帰る時は、幸樹を抱っこしながら、琴美の手を引いての帰宅となった。

今回も買い物はなく、いつもの突然の顧客からの呼び出しのようで、自宅までの楽しい時間を過ごしていた。卓也は少し重くなった幸樹の成長を実感しながら歩いていると

「ごめん、幸樹重くなったでしょ、この子ほんとによく食べるの、もう離乳食だから」

と現状報告をしてくれる琴葉だった。

「そんなことないです。まだまだ大丈夫です。」

「でも、本当に重くなりましたね、うれしい重みです」

と、にっこりすると琴葉も笑みを返してくれた。少しではあるが会話が続くようになっていた。琴葉からは、休み中は、迎えに行ける時は母と一緒に迎えに行っている事と、さっき言ったけど突然の呼び出しである事が琴葉自身歩きながら話してくれた。少し話をする時間が増えたので自宅に着くのが早かった気が卓也にはした。自宅に着くとこれもいつものように自宅前でいつものようにバイバイの挨拶をしての別れだった。

 九月になり新学期が始まったが、すぐに席替えの提案が男子から出され、女子からは別に異論が出なかったので、初日に抽選で席順が決められた。結果、卓也と琴葉は全く同じ席を引き当てていた。これには男子からブーイングがあったが、厳正な抽選を選んだのは男子達だからクレームが通るわけがなかった。

 席が隣になっても、教室での態度は入学当初と全く変わりはなかった。この徹底された態度に、一抹の不安はあったが、何故か誰も見ていない時には少し態度が柔らかくなっている気がした。

 九月も中半を過ぎたころ、今度は日が記載されたお迎えメールが届いた。今度は突然ではなく予定としての依頼だったことに、少しうれしくなってその日が来るのが待ち遠しいい日々を送った。当日は何も変わらない行動で事は進み、自宅前で別れるだけだった。

「俺って何だろう、北島にとって俺は便利屋かな」

と少しへこむこともあるが、二人に会えることが何よりうれしかった。クラス内で彼女の兄弟の事を知っているのは、自分だけのようだったからだ。


第五章 お約束の出来事


時は十月になり、試験が目の前に迫ってきた。卓也の成績は悪くはないが、良いとも言えなかった。担任からも指摘は受けていたが、勉強に身が入らない状態は続いていた。それは、受験勉強中は颯磨を膝の上にのせていたから、思い出して集中できずにいた。そんな折、北島さんから思いがけない提案があった。

「次の休み、私の家で勉強会しない?」

とのお誘いがあった。思いがけない言葉に登校途中ではあったが、歩くペースが乱れ、こけそうになりながら、

「えええ」

「そんなに驚くこと」

「実は、その日両親がいないの、休日は仕事しないことになっているけどこの日は特別みたいで、子守押し付けられたの、だから、勉強会は口実、母は女友達が来ると思っているから」

との事である。卓也にとってはありがたい話である。琴葉は、学年九位の秀才で、五教科五百満点の四百九十点だから、まあ、満点が五人もいるけど、五組は勉強に特化したクラスだから、五組以外なら琴葉が一番になるからだ。だから、教えて頂けるのであれば願ったりかなったりの状況で、あの子たちと一緒だから断る理由などある筈はなかった。当日、十時にくるように言われて、両親の帰宅予定の夕方六時解散との連絡が後日あった。

 そして、当日がやってきた、いつもは玄関までだった自宅の中に入ると思うと緊張を隠せない卓也であったが、呼び鈴を鳴らすと琴葉が出迎えてくれた。

「いらっしゃい、どうぞ中に入ってください」

「お邪魔します」と玄関で靴を脱ごうとしていると、琴美が走ってきて抱き着いてきた。

「琴美ちゃん、こんにちは」

「琴美、いらっしゃいは」

「いらっしゃい」

と、片言ではあるがはっきりとした言葉で出迎えてくれた。卓也が少し不思議そうにしていると

「幸樹まだ寝ているの、両親が出かける時うるさいから、朝早く起こして出かける時寝かせていたから」

と現状説明の後、リビングに案内されて、

「さすがに、琴葉さんの部屋ではなかったか」

と心の中でつぶやいていた。

「それよりこれ幸樹に、1歳のお誕生日に、もう過ぎているけど」

「絵本ね、ありがとう、」

「気に入ってくれたらいいけど」

「大丈夫よ、あの子何でも興味津々だから、」

「それはよかった」

と、言いながら、座布団の上に座ると、待っていたかのように琴美が膝の上に座ってきた。卓也にとっては久しぶりの感触で、とてもよい心地で、勉強がはかどる気がした。

「琴美、そんなところに座ったら勉強できないでしょう」

と少しきつめに怒る琴葉に

「大丈夫です。この方が俺はいいですから」

「あら、そうなの」と、半ば強制的に納得させられた気がする琴葉ではあったが、本人が言うから仕方がないと思いながら勉強を始めた。

 琴美は膝の上でご機嫌に絵を書いていた。そんな状態だが、卓也の勉強ははかどっていた。膝の上にいる琴美を機にしながらの勉強ではあるが、思いのほか進んでいた。突然の鳴き声に、

「幸樹が起きた」

と、琴葉が寝室行って幸樹を連れてきた。幸樹はキョロキョロしながら母でも探しているのであろうが、卓也を見つけた幸樹は抱っこしろと合図を送っているので、卓也の膝の上に琴葉が乗せた。幸樹と琴美を膝に乗せた状態ではさすがに勉強はできそうにないのは明らかで、琴葉が

「少し休憩しましょう。私、昼食の準備をするから」

と、キッチンに向かっていった。

「古城君は、二人お願いね」

とキッチンの方からと言ってもキッチンからはリビングはよく見えるのである。卓也は、北島さんの手料理が食べられることにウキウキしていたが、顔に出さないように必死だった。暫くすると、昼食が出てきた。

「チャーハンですか?」

「はい、おいしいかは自信ないけど」

との言葉に、少し不安を感じたが、それよりも琴葉の手料理が食べられることの方がうれしくて、

「いただきます」

と言って食べ始めた。

「いや、とてもおいしいです」。

「ああ、よかった」

「このお吸い物もおいしいです」

「あの~、それはインスタントです」

「えっと」

「これ、琴美の分だから琴美こっちにおいで」

と言われても、琴美は聞く耳を持たずそっぽを向いていた。

「ここで、いいですよ、私が食べさせますから」

と皿をもらって琴美に食べさせたのである。いつもより大きな口を開けてもりもり食べる琴美を見て、呆れるばかりだが、その手際の良さに感心もしていた。幸樹は、まだ離乳食なので琴葉が食べさせていた。二人のおかげで和やかな空気に包まれていた。

「ありがとうほんとに助かります。二人もどうやって食べさせるか悩んでいたから。」

と、感謝の言葉があった。琴葉は、本当に上手に食べさせている光景を不思議に思いながらそのことには触れないことにした。

「ごちそうさまでした」

と二人の声がした。

「琴美ちゃん、いっぱい食べたね、えらいね」

「うん」と得意げな琴美の笑顔におもわず抱きしめたくなる卓也だった。

「早く食べないと、お兄ちゃん帰るわよ」

と、嘘をついてまで食べさせようとする琴葉だったが、さすがに騙されないかと思ったが、もりもりと食べて、アッとゆう間に食べてしまったのである。

「はい、おりこうでした。ごちそうさま」

と言って幸樹を卓也の膝の上にのせて、琴葉は昼食をとっていた。食べ終わると片付けを始めていた。なかなか手際が良かったが、自分も手伝うべきかと思い

「手伝おうか」

「ありがとう、別にいいよ、なれているから。そのまま二人見ていて、」

とあっさり断られた。少し残念に思う卓也だが、一緒に並んで家事をすることが出来なかったのが少しだが残念に思っていた。

 片付けが終わる頃、琴美が眠そうにしているのを見て幸樹を引き取ってくれて、琴美を寝かしつける役目を卓也に託したのである。膝の上に座ったままうとうとし始める琴美、そのまま眠りについてしまったので、用意された布団の上に琴美を移して一段落、今度は、幸樹を膝の上にのせての勉強となった。

 さすがに、ずっと膝の上に乗せるのは無理があるので交代で子守をしながらの勉強ではあったが、琴葉はあまりしていない様に思えたが、時々教えを乞うと明確に返答が返って来るので、卓也は、ガリベンをする必要のない秀才だと思いながら机に向かっていた。

「古城君、何故、この前の試験悪かったの?今は問題なく出来ているから不思議で」

「いやあ、プログラミングの方に時間を裂いてしまって本来の勉強をおろそかにした結果です」

「おかげで助かっていますこの勉強会、渡りに船とはこのことです」

と、初めて感謝の言葉を素直に言えた事に自分で感動していた。

「それほんと、いつものお礼のつもりだったから喜んでもらえてよかったは」、

と卓也からの意外な言葉に笑みがこぼれる琴葉だった。

 勉強に集中していたのだろうか、琴美が目を覚まして卓也の膝に座ってきた。一生懸命何かを訴えているが、まだ言葉がはっきり理解できないので、もどかしく思っていたが仕方がないことでもあった。交代で子守をしながらの時間は過ぎるのが早く勉強会終了の時間が迫ってきていた。その頃、琴葉はキッチンに立って何かをしていた。今晩の下ごしらえをしているようだった。

「私にできる事はするようにしているの」

と言いながら、テキパキと動いていた。琴美を横に置いての作業なので、すぐ邪魔をされるためになかなか進まなかったが、それでも作業は進んでいた。卓也は、膝に幸樹を座らせ、琴葉に背中を見せる形で勉学に励んでいた。

「きゃあきゃあ」

と琴葉の叫び声がした。振り向くと、白くなった琴葉がいた。すぐに駆け寄ると、片栗粉を頭からかぶっているようだった。すぐに琴美のことを心配する琴葉に

「琴美は大丈夫」

「えーと、大丈夫、粉かぶっていないから、大丈夫」

「ああ、よかった」

「何があったの?」と尋ねる卓也だった。背中を向いていて見ていなかったからである。

「あーあ、どうしよう」

と戸惑っているが、少量の片栗粉を頭からかぶったようで、それほど大変な状況ではない様に思えたが、琴葉の姿を改めて見ると、笑いをこらえるのに必死だった。

「なによ、」

「ごめん、でもここは俺が片付けておくから、シャワーでも浴びてきたら?」

「そうさせてもらう」

と、バスルームへと向かった。バスルームへと入る姿に少し違和感を覚えながら、散らかったキッチンを片付けていた。状況から察するに、琴美の手が白くなっている事から、ボールのなかの片栗粉を触ろうとして、下に落ちかけたボールを見て落ちないようにしようとしたが、逆に落としてしまった。この時、かがんでいた為少しこぼれた粉が頭にかかったと思われる。キッチンの台には粉の痕跡がなく、下の扉付近に粉がついていたからだ。小さな子供がいるせいで、掃除機とバケツと雑巾は目立つところに置いてあった。それを使って掃除をしたが二人は機嫌よく遊んでくれていた。卓也は清掃が終わってバケツの水を捨てるために廊下に出てトイレに汚れた水を捨てて戻る時に事件が発生する。

 琴葉は、事態を悪化させた事に罪悪感を覚えながらシャワーを浴びていた。全身にかかったとは想っていなかったが、服を脱いでみるとそれなりに中に入り込んでいた。なのに、なぜか自分でもわからないがご機嫌でのシャワーになっていた。シャワーを終えて出てきた琴葉は着替えをもって入るのを忘れていることに気が付いた。バスタオルは常備してあるので問題ないが、粉のかぶった服を着る気になれずどうしようかと考えていたのだが、突然思い出したように、

「部屋に取りに行けば」

と、バスタオルで体をふきながら廊下に出てきたのである。外にはもちろん空のバケツを持った卓也がいたのである。

「あああ」

「あ」

と二人は、一瞬時が止まったかのように固まったのである。どれぐらい時間が過ぎただろうか、

「きゃー」

の一言で時間が動き出したように事態が動き出す。琴葉はその場で胸をタオルで隠したまましゃがみこんだ。卓也は「あまりの事に状況が理解できず「ごめんなさい」と発して二人の待つリビングへ行くしかなかった。その後、琴葉がどうしたか、卓也は見ていないので分からないが、バスルームへ戻った気配がしなかったし、階段を上がる足音がしていたので、二階に上がって着替えを取りに行ったと思われる。なぜなら、すぐに階段を下りる足音の後バスルームの扉の開閉音がしたからだ。卓也は、さっき見た光景を思い出さないように努力はしたが、高校生の身分でそれは無理なことで、駄目だと思えば思う程琴葉の裸体を思い出してしまっていた。

 しばらくして、琴葉が出てきた。もちろん服を着て出てきた。

「さっきはごめんなさい。すっかり古城君がいる事忘れていました、だから、さっきの事は忘れて下さい。」

「はい、」と歯切れの悪い返事が返ってきた。卓也は「いいもの見せてもらいました」と言えない自分が情けなくて、顔を真っ赤にしてうつむくだけだった。だが、帰る時間が来ていたのを思い出した卓也は、

「時間ですので、これで帰ります。」

と言って、身支度をして玄関を後にした。帰るつもりで準備しているときの事件だったので、帰るのが少し遅れてしまったが、卓也にとっては心から本当に良かったと思っていた。あの状況であと何時間も一緒にいる勇気など卓也にはないからだ。それぐらい、衝撃的な出来事だった。思い出しただけでも鼻血が出そうな出来事で、無防備な時だったのか、完全に見えていたし、しゃがんだ時にもよく見えたので、卓也にとっては、忘れる事の出来ない事で、幸樹への誕生日プレゼントを代わりに卓也がもらった気がしていた。

 琴葉は、着替えを忘れた事で、古城がいるのでこのまま出る事が出来ないし、汚れた服を着たくないしと、この時までは認識していたのになぜか、どうするか考えているうちに古城がいる事をすっかり忘れてしまっていた。古城が返った後、思い出しては恥ずかしさのあまり、琴美が何か言っているのに気のない返事をしていると

「おねえちゃんどうしたの?」

と片言ではあるが、聞き取れる言葉で琴美がなぐさめてくれた。その言葉にハッとした琴葉は

「何でもない」と抱きしめるだけだった。そこに

「ただいま」

と母の声がして続いて、父も入ってきた。

琴葉の様子を見て不思議に思った母から

「どうかしたの、琴葉」と声を掛けられ

「別に」

「今日はありがとう、二人ともご機嫌ね、すぐ、夕食作るから、少し待っていてね」

「うん」

「それじゃ先きがえてくるね」

と二人は消えていった。私服に着替えた母と父が戻ってくると

「私、部屋に戻るから」

と言って、二階に上がっていった。

「どうしたのかな、琴葉」

「さあ」

と、いつもと違う琴葉を心配していた。

 琴葉は自分の部屋の布団に潜りこんで自分を責めていた。

 次の日、教室で二人は顔を合わせた。琴葉は一晩立っていた事と、自分が悪いのは明らかだし、割り切っていていつものようにしていた。卓也は、さらに琴葉の事を見る事が出来なくなっていた。卓也はいつもと変わらない琴葉に少し安心はしたけど、気にしているのが自分だけなのかと思い、少しへこんでいた。琴葉ももちろん気にはしていたが、済んだことはどうにもならないと割り切っての行動だったので、二人の交わした言葉は「昨日はありがとうございました」「いえ、こちらこそ」

とあっけないほどの簡単な会話だったが、琴葉は「昨日ありがとう」とは、子守の事だと念を押したい気持ちだった。

 琴葉は、裸を見られたことよりも、あの時無防備にしゃがんだことをとても恥ずかしいと思っていた。それは、胸しか隠していなかったからだ、それを冷静になって思い出したときにとてつもない恥ずかしさが琴葉を襲っていた。でも、琴葉は今更どうしようもないことを悟っての、いつもの琴葉でいられたのである。


第六章 体育祭と文化祭 壱


あの事件の後には体育祭があった。体育祭終了後に試験週間に入るのが通例で、卓也も琴葉も運動は苦手だったので、活躍の場が体育祭ではなかった。特に琴葉の運動音痴は有名であった為、クラスの男子からは、チアリーダーの姿で応援してくれたら優勝すると言われていたが、優勝しても琴葉には何もメリットがないので、丁重にお断りした経緯があった。この学園の体育祭は学年別対抗で、クラス別にするとスポーツ系が有利になるので、学年別対抗で、この日だけは先輩も後輩もないのが暗黙の了解になっていた。卓也のいる一組はPC関連で、三組は電気関連、五組は進学、二組がスポーツAで個人競技、四組がスポーツBで団体競技とわかれていた。体育祭の目玉競技は全員リレーで、クラス全員で一人グランド四分の一周走っての競技で、かなり盛り上がるので目玉になっていた。午前の最後の競技に、各学年の一・三・五組の対抗で、琴葉のように運動音痴がいる事もあるのでなかなか面白い結果になることもあるので大変盛り上がっていた。体育祭最後の競技として、各学年二組・四組が一人半周のガチの勝負が行われ、体育系の生徒ばかりだから、別の意味で大変盛り上がるのであった。

 結果、盛り上がるがいつも学年通りで三年生が勝つのだが、今年も結果は同じだったが、最後まで久しぶりにわからない展開に盛り上がっていた。いつもは、大差がつくのだが、今年は最終競技結果次第では一年生にも優勝のチャンスがあったくらいだった。

卓也と、琴葉は運動が苦手なので、全く活躍など出来るはずも無く対抗リレーでは、走る順番はどうでもよさそうだが、走るのが苦手な生徒が後から走って抜かれると責任を感じるので、遅い生徒から走るべきと意見があって、琴葉からだが、走る順番は、体育の先生に事情を説明せず順番を書いて頂くと、女子と男子の一番が、卓也と琴葉だった。最初から女子男子と走る予定だったので、スタートは琴葉でそのあとに卓也となった。卓也は琴葉の走る姿を正面から見られると言う大役を承り、男子からは顰蹙を買う事となった。リレーの結果は最下位だったが、みんなよく頑張ったのである。

もう一つは、借り物競争で卓也は「赤ん坊」を引いてゴールできず、のちに、破棄する筈のものが誤って混入したことが発覚、救済処置がとられることとなった。琴葉は障害物競争に参加した。走るのが苦手でも大丈夫な競技だが、障害物をクリヤーするのに時間がかかって残念な結果だった琴葉だが、改めて運動音痴だったことを認識させる事件となった。でも可愛かったとの声が多数あり、人気上昇の要因となった。

 試験が終わると、文化祭が始まることになる。体育祭が終わると直ぐ文化祭の準備が始まる。二学期早々に決めたクラスの代表者が委員になる。二・三年生には中間試験がない為に、気合を入れて準備が出来るが、試験がある一年生は参加のみで、二年生は屋台を担当、三年生は、三年全員で何かをすることとなっていた。今年は、舞台を使った出し物を各クラスが主体で行う事が発表されていて、具体的に何をするかは当日のお楽しみだった。屋台は地域の方の協力で屋台を出していただける為、屋台は充実していた。各クラスの代表は、自分たちのクラスの事を優先する為、一年生の代表は二人で、生徒会と一年生が主に実行委員の責務を負う事となっていた。文化祭実行委員発足と同時に、時期生徒会選挙の実行委員も兼ねていた。文化祭の準備を進めながら生徒会選挙が行われ、現生徒会は文化祭終了をもって引退となり、新生徒会へと引き継がれる事となる。この新生徒会を含めての文化祭実行委員であった。この学校の特徴で、体育祭は学校主催だが、文化祭は生徒会主催である。

 二年生の屋台は、あらかじめ決められていて、話し合いもしくは抽選で決まった。屋台メニューは、定番の、やきそば・たこ焼き・チョコレートバナナ・フランクフルト・わたあめ・であった。三年生は過去には全員で劇をしたり・カフェをしたりと、三年生自ら考えて出し物をしていた。

 文化祭当日は、卓也は、一緒に回る彼女もいないので、仕方なく健太と回っていた。まだ、クラスになじんでいなかったようであった。琴葉は、クラスの女子と一緒に楽しく回っている姿があった。

文化祭終了宣言に伴い、生徒会長の引退式と就任式が行われ、無事文化祭が終了する事となった。


第七章 両親


 文化祭も終り、琴葉の子守の手伝いも月に一度のペースで呼び出しがあった。試験の結果がよかったので期末試験前の勉強会には誘われなかったので、卓也は複雑な想いでいた。クリスマス、正月と卓也は一人で過ごしていた。琴葉は、正月は故郷に帰省していたので、卓也は、初めて一人で迎えるお正月を過ごしていた。とてもさみしい、ほんとに誰もいなくなった事になれたつもりだったが、ほんとにきついさみしさを卓也は味わっていた。涙を流しながら、誰もいないリビングで、カップ麺の年越しそばを食べていた。              

学校が始まり、席替えがあったがさすがに席の場所は変わったが琴葉と卓也が隣であることは変わらなかった。一月のお呼びはなく二月になって久しぶりにお呼びがかかった。いつもと変わらない子守だったが、卓也にとっては何事にも代えがたい出来事で、特に、少し遅くなったが琴美の誕生日のプレゼントに絵本を持参したのだが、卓也の膝の上で卓也が読み聞かせをすることとなり、卓也にはたまらない時間となった。絵本は大変気に入ったようでその日は一緒に寝た事を後日聞かされた。

三月になり試験も無事終了したころ琴葉から連絡があった。

「今度、両親がいる時に来て頂くから、子守の事がばれて、『なんで言わないの』と怒られましたので、卓也を招待することになりました。詳細は後日連絡します」

との事である。続いて

「両親の仕事が一段落して当分の間、母が遅くなることがないようです」

と追伸が来た。この文章が一番卓也には応えたが、ひそかに学校で事情を聴くことにした。卓也にとっては、かなりの決断であった。だが、さすがに学校では聞けないので、下校時を狙って声をかけた。

「北島さん、連絡承知しましたが、詳しい事、聞かせてください。」

とかなりの決断をもって声をかけた。突然の出来事に少しびっくりした琴葉だったが、卓也の様子を見て、かなりの覚悟で声をかけてきてくれたことを悟って、

「いいわよ、一緒に来て」

と、初めて琴葉が卓也の手を取って歩き出した。手を握られた卓也はさらに緊張しながら手を引かれるままについていった。そして、帰宅途中にあるカフェに入ったのである。店に入ると一番奥の席に陣取り、コーヒーを注文した。手際のよい事でカフェに来たことがない卓也にとっては初めての事ばかりで、おたおたするばかりだった。コーヒーが出されると琴葉が語り始めた。

「母がね、気づいていたみたいなの、どうもご近所の方々から聞いていたみたいで、私が何も言わないから、しびれを切らして写真と一緒にね。」

と、チョコパフェを美味しそうに食べた。どうも琴葉は常連みたいでチョコパフェは注文しなくても出てきたからだ。パフェを食べながら続きを話始めた。

「それで、あなたの名前を出したら、様子が変わって、男子だから怒られるかと思ったら、よく分からないけどすぐ連れてきなさい、お礼したいから』

と、父も参戦して二人がかなり発狂状態で、宥めるのが大変で

「今度の休みに食事に招待する事で決着しました。それでいい」

「今度の休みですか?かまいませんが」

「隠していたことを怒られると思ったけど、違って驚いたし、古城君に何かあるみたいで」

と意味ありげな言葉と共に、琴葉も両親の反応に戸惑っていた事がひしひしと伝わってきた。パフェを食べ終わった琴葉は、会計を済ませて店を後にした。

「俺の分、お金払います」

との申し出も軽くあしらって帰宅する歩を進めた。

「今度の休み、楽しみにしているから、それじゃ明日学校で」

と言って、家の中に消えていった。あまりの展開の速さに卓也はついてゆけなくて、戸惑うばかりだった。

 当日の朝が来た、三月の最終の日曜日だ、すでに春休みになっていたので、休みになってからは、だんだん緊張の度合いが増してゆくのを卓也は感じていた。約束は夕方だったのでまずよく眠る事にした。夜眠れなかったからだ。昼頃起きた卓也は、軽く昼食をとり、琴葉からの連絡をまった。詳細な指示はまだ来ていなかったからだ。昼食後は、パソコンに向かい、一時間ほど外へ散歩に出て体を動かし、いつ連絡が来てもいいように、風呂に入って連絡をまった。

 夕方、チャイムが鳴ったので出てみると北島さんが立っていた。予想外の展開に卓也は「なんで北島さんがいるの」と驚きの声を上げた。琴葉は、「あなたがちゃんとしているか確認しに来た」との見解である。なんだか、傍から見ると結婚の挨拶みたいな光景だが本人たちは気づいていなかった。琴葉曰く、朝から夕食の準備をしていて、母の気合がすごくて、仕方がなく私も手伝っていてこんな時間になって、準備ができたので、すぐに呼びなさいと言われたので、私が迎えに来ることにして、今ここにいるとの事だった。すでに準備はできていたので、すぐに向かった。二人だけで歩く事が初めてだったので、歩くだけで緊張している卓也だったが、琴葉は何やらとてもご機嫌な様子だった。少し遠回りをしていつもの公園で少し心を落ちつかせてから自宅へ向かう事になった。

「何緊張しているの、いつものようにすればいいのよ」

「そんな事言っても、もともと上がり症なので、無理です」

と現状を訴えても何も変わらないので、諦めて自宅へ向かう事とした。自宅はすぐなので直接玄関のドアが開き琴葉の「ただいま、連れてきたよ」の言葉に、琴美が走って来て卓也に飛びついた。それを見ていた両親は驚きを隠せなかった。

「琴美ちゃん、挨拶は」

「こんにちは」

と、はっきりした言葉で挨拶をしてくれた。

「はい、琴美ちゃんこんにちは」

と、答えていると父に抱っこされている幸樹が卓也の所へ行こうとしていた。卓也は幸樹を抱っこして案内されるがままリビングのソファーに腰を下ろした。二人を膝にのせての子守になっていた。二人の様子を見ている両親は何とも言えない表情で、父親は、幸樹を取られて取り戻そうとしても無視される始末で、父の威厳が落ちた瞬間で、かなり落ち込んでいた。母と琴葉は、夕食の準備を二人楽しそうにしていた。父と二人になった卓也は、膝の上で絵を書く琴美に話しかけて場を持たせようとしていた。膝の上にいる幸樹が、絵本を指さしていたので、絵本を開いて読むことになった。この時、琴美と幸樹一緒に絵本を読む事となった。父と二人の場を回避できる事に卓也はありがたい幸樹の申し出に、張り切って読んでいた。もちろん、琴美の分の絵本も読んだので、二人を膝の上にのせて二冊の絵本を読んでいた。「お父さん」とよぶ声に反応して、父がキッチンに向かうと「何、嬉しそうにしているの、」と母からの指摘を受けて

「なんだか、やきもち焼いていた自分が恥ずかしくなってきたよ。あの二人の表情を見てごらん、あんな顔を私は見たことがない、ほんとに卓也君の事が好きなのだね、でも、ちょっと悔しいかな」

「お父さん、あれは好きとは違ってあの子たちにとって、卓也君は大好きなお父さんだと思うよ、もちろん今だけのことだけど、私はそう思うな」

「私もそう思う」

「あの光景を見ていたら、頼りたくなるのは当たり前かな、ただ、内緒は頂けないかな」

「ごめんなさい、でも、すごいでしょう」

「まあ、仕方がないわね、」

と親子での会話が弾んでいたが、食事の準備ができたので、テーブルにくるように言われたが卓也の申し出で、ここで食べさせて頂くこととなった。隣に琴美をおいて、膝に幸樹を乗せて、琴美の隣に琴葉が座っていた。卓也は自分も食べながら幸樹を食べさせていた。琴葉は琴美の面倒を見ていた。この光景に両親は複雑な気持ちで見ていた。食事中は、学校の話が中心だったが、話をする事のない卓也にとっては少し退屈な時間であったが、話が専攻の話になって、琴葉さんがソフトを使いこなす道を目指していたことを知った。

「卓也君は、何を専攻するつもりなのかね?」

「私はプログラミングを勉強したくて」

「そうなのか」

と答えて心の中で「父親といっしょか」と思っていた。ここで初めて卓也が質問をした

「北島さんは、特にどのソフトを?」

「私ね、キャドシステム、設計関連の仕事に付きたくて、ただ、設計士になりたいわけではないの」

と、北島さんの目指している事を聞けたのである。食事も終り、母は片付けをしていた。だいたい片付いた事を確認した父幸太郎は、ここに呼んだ本当の理由を語り始めた。

「琴美、卓也君のご両親の事は」

「何それ」

「何もしらないのか?」

「何も知らない」

「卓也君、話してもいいかな」

「別にかまいません、隠していた分けではありませんから」

「そうか、母さん、私はここで卓也君と話したいから、そっちで説明してくれ」

と片付けを終えてダイニングの椅子に座る母に言った。母は、幸樹と琴美を連れてくるように言って、琴葉を椅子に座らせた。そして、母、ことから卓也の両親の話がされた。話が進むにつれて琴葉の表情はだんだん悲しさを増していって、涙を浮かべながら聞いていた琴葉だったがとうとう泣き崩れてしまい、話が中断してしまった。その頃、卓也への話が始まっていた。

「卓也君のご両親の名前は、父古城琢磨・母早苗で間違いないか?」

「はい、間違いないですが、何故ご存じなのですか?」

「それは、仕事でお付き合いがあったからだよ、ご両親の仕事の内容は知っているか」

「はい、PC関連で、父はセキュリティーを専門にしていたと聞かされています」

「そうか、そのセキュリティーで私の社がお世話になっていて、あの事故の時も、うちの社がサーバー攻撃を受けて、それも内部に手引きした者がいた為だったが、古城氏が作ったセキュリティーは、内部の裏切りものまで想定されていたために、被害は本社のシステムには及ばなかった。ただ、支社はかなりやられて、特に海外の支社はだめで、国内はすぐに復旧出来たが、海外は直接行って復旧しないと接続できないようだったので、古城氏が行くことになった。もし、こんなことがなければ、あの時間にあの場所にいる事はなかったはずなのだ、だから卓也君が古城氏の息子さんだと気づいたときは申し訳なくて、あの時、社員の素行調査をしっかりしていれば防げた事だったから、より一層悔しさが増してきて」

と、とうとう涙で言葉が出なくなった。そんなに長くはない沈黙だったが、現場にいた人達には長い沈黙に思えた。沈黙を破る為幸太郎は涙をこらえて話の続きを始めた。

「それにな、個人的に古城氏に借りがある。私が若かりし頃大きな問題を起こして責任を取って首を覚悟しなければならない程だったが、取引を始めたばかりの古城氏が一銭の特にもならないのに私たちを助けてくれて、古城氏のおかげで今、」

とまた言葉に詰まってしまった。すかさず

「そうなのよ、今でもあの時の感謝の気持ちは忘れられないは、」

「そうだね、とうとう恩を返せなかったけど」

と言って、二人は肩を落として涙を拭いていた。涙を拭き終わった幸太郎は、ずっと聞きたかった、いや、確認したかった当時のことを聞くことにした。

「それで、卓也君当時の事はどれくらい覚えている」

「当時ですか、はい、確か、自宅前で両親が事故にあって病院に運ばれたと警察の方から直接聞くまでは覚えていますが、それ以降は、断片的で、出棺の頃の記憶は全くありません。」 

「記憶にあるのは、たぶんお骨を前に一人で部屋にいてそのまま泣き崩れて寝てしまったのでしょう。気が付いたのは朝で、それ以降の事は大体覚えています。ああ、その後の事は叔父がしてくれましたので」

「そうだ、おじさんは、うちの社員で、海外組で貴重な人材だったのだが、そのあと、本社に移動申請が出て本社も了解していたのだが、後始末で寄った国で軍事クーデターに巻き込まれて、社も探しているのだが、かなりきつい国境封鎖をしていて、安否すらわからない状況なのだよ。」

「そうですか、それは知りませんでした。でも、おじの事を心配してくれる人がいると分かっただけでうれしいです、あれから国から何も言ってこないので」

「そうか、叔父さんの事はこちらでも全力で探すから、気を落さないように」

「ありがとうございます」

「それでは、これで失礼します、ごちそうさまでした。おいしかったです」

「あら、もう帰るの、」

と残念そうに母が言った。

「家直ぐそこだから、遅いので泊まっていきなさい、もおかしいでしょう」

「それもそうね」

「それじゃ、最後にケーキ食べていって、今出すから」

と、急いで冷蔵庫からケーキを出した。おいしそうなケーキを前に、今度は琴美が膝の上に座って食べさせてもらっていた。

「ごちそうさまでした。おいしかったです」

と二人の声が聞こえた。まだ、幸樹は食べていたが卓也が食べ終わったのを見て幸樹を膝の上に乗せて、残りのケーキを食べさせるように促した。大好きな膝の上で幸樹はもりもりと食べ始めてすぐに完食した。

「幸樹、えらいね」

と、お褒めの言葉に、満足気の顔をして一生懸命何かを訴えていた。

「それでは、これで失礼します」

と席を立って玄関の方へ向かう卓也だった。さみしそうな二人とお別れのタッチをしてドアを開けた時

「卓也君、遠慮せずにいつでも来なさい、私たちは歓迎するから」

「そうよ、いつでもいらっしゃい」

「はい、そうさせていただきます、この子達に会いたいですから」と二人の頭を撫でて、

「それでは失礼します。ごちそうさまでした」と言って、ドアを開けて退出、名残惜しい場所を後にした。

「お父さん」

「なんだ」

「ご両親の葬儀に、参列していたの?」

「なんでそう思う」

「さっき、そのことを訪ねていたから」

「母さんと、参列していたぞ、会社からも、葬儀の応援出していたし、社長や重役たちも参列していたからな、葬儀中は卓也君を見かけたが、とても声を掛けられる状態ではなかった、琴葉から卓也君の名前を聞いたときはほんとに驚いたよ」

「そうよ、私たち、最後は泣き崩れたから、会社の人に抱えられて見送ったのよ」

「それだけ、彼に恩を返せなかったことが残念だったからな」

と、両親から思いがけない言葉に琴葉は何も言えず、ただ涙を浮かべて頷くだけだった。その後、意を決したように琴葉が、

「お父さん、弟さんの事聞かなかったね」

「さすがにまだ、ちゃんと話せる時期ではないと思って、何せ、ほんとになついていたみたいだから、聞くところによると、今の幸樹みたいに、お兄ちゃん大好きで、お父さん、あんた誰見たいで、卓也に取られて俺相手してくれないと、会社でぼやいていたそうだから、ほんとに可愛がっていたのだろうな」

「そうなの、だから最初に幸樹を預けた時あんなに慣れていたのね、納得がいきました。でも、二人の子守を私の都合で押し付けてつらい思いさせたのかな」

「それは大丈夫だよ、今の彼を見れば、今生きる手助けをしていると思うから」

その言葉に三人は、納得してそれぞれ就寝に向けて動き出した。

 それから、新学期前の日曜日、又、お邪魔することになった。二度目でも緊張はするが、足取りは軽かった。今度は早めにお邪魔すると、二人はお昼寝中であった。そして、話は始まった。

「卓也君、今日は前回聞けなかった事を、遠慮せずにきくね」

「はい、なんでしょう、私に答えられる事なら」

「その前に、琴葉は席を外してくれ、琴葉に聞かしていい話か分からないから、話の内容次第では、あとで話すから、少し外してくれ」

「はーい」

と、少し膨れて席を外したが、席を完全に外すところがなく、二人が父の書斎に移動することとなった。

「それで、率直に聞くが、君の財産管理はどうなっている」

「一様、父の会社の顧問だった梅沢弁護士がしてくれています。事故の後の交渉や管理もすべて。俺は一切参加していませんし、交渉が決着した事は聞いていますが内容は聞いていません。口座から毎月一定額生活費として振り込まれるだけで、その口座の通帳も弁護士が管理しています。印鑑は私がもっています」

「そうか、私の聞いた話と一致するな、梅沢弁護士、うちの社も担当してくれていて、信用できる人間だから、安心は、安心だな、それでこの後はどうするつもりだ。」

「はい、管理して頂いている口座からお金を引き出す時は、山根のおじさんと、弁護士の同意がないと引き出せないことになっています。また、お金の管理は私にする気があって、今管理して頂いている二人が任せても大丈夫と思ったら、自分で管理するつもりですが、今は、このままでいいと思っています」

「それは、懸命な判断だ。それで山根さんとは、お父さんの会社の人だね」

「はい、父の会社の後始末をして頂いている方で、私が唯一面識のある方で、ご夫婦で付き合いがあったので、叔父の代わりに、後見人か保護者代理をして頂いています。」

「そうか、ちゃんと理解してくれていて安心したよ。それで事故の事は」

「一切知らないです、追突されたとしか聞いていません。その後聞いたら正気でいられないかもしれないから、聞かないことにしました。」

「そうか、それでいいなら聞かない方がいい」

「一様、聞く意思があったら聞きに来なさいと梅沢弁護士に言われています。」

「無理に聞く必要はないから、」

「はい、」

「私に、できる事なら言ってくれよ、全力で頑張るから」

「それでは一つ、今の家を売って、近くのマンションに引っ越そうかと思っていて」

「それは急な話だね」

「当初は、この家を守らないといけないと思っていたのですが、それでは前に進めない気がして、それに一人で住むには広すぎて、思い出は大事ですが今の俺には負担でしかなくて、あの家にいるのが最近つらくなってきたので」

「そうか、それは問題だな、そのことについては、時間かけて話そう、系列の不動産担当者に事情を言って相談に生かせるから、その権については私も参加させて頂くから」

「ありがとうございます。」

「急いで結論出す必要はないからね。」

「はい、ゆっくり考え、話を聞いてまた考えます。」

「そうだ、それがいい、」

「どうやら食事の準備ができたみたいだ、リビングにいこう!」

と書斎を出た。卓也も続いて出ると早速琴美ちゃんが抱きついてきた。」

「琴美ちゃんごめんね、遅くなって。」

と言うと、琴美は、やはり少し不機嫌な顔をしてが、抱っこしてもらってすぐに機嫌は治ったようで満面の笑みを浮かべながら、何かを訴えていた。残念ながらまだ片言なのでわからなかった。

 その後食事も進み、この日は少し早く食事が始まったのでケーキをごちそうになって休憩していると、二人のお風呂の時間になっていた。

「琴葉、少し卓也君と話がしたいから二人をお風呂に入れてくれ」

「また、私だけよけもの、はい、わかりました」

と、不機嫌そうに二人をお風呂に連れて行った。

「ごめんね、琴葉、着替えは持っていくから、自分の分は持って行ってね」

「はーい、持っています」

と返事が返って来て風呂場へと消えていった。

 リビングで後片づけの音を聞きながら、父と母の思い出話を二人から聞いていた。暫くすると、

「少し待っていてくれ、見せたいものがある」

と父は、書斎に見せたいものを取りに行った。母は、幸樹が上がるので風呂場に行って着替えさせて寝る準備をしていた。卓也は二人が、なかなか戻ってこないことに不安を覚えたが、何せ戻ってくるのを待っているしかなく、待っていると、突然

「こらー、まちなさい」

と琴葉の大きな声と共に琴美がお風呂から走って出てきたのである。それを追っかけて琴葉が裸のままバスタオルをもって出てきたのだった。琴葉は裸のまま琴美を追っかけて、卓也のいるリビングまで来て琴美を捕まえて、卓也がいる事をわすれて、

「つかまえた、ちゃんと拭かないと駄目でしょう」

と言って琴美を拭き始めた。卓也からはよく見える位置で拭き始めたので、卓也はあまりの事に、今度何も言えず石のように固まっていた。心の中で卓也は、「俺は石だ、石になれ、石は何も言わない、何も見ない」と必死に冷静を保とうとしていた。その気配に気づいた琴葉は、声を出すのも忘れて一瞬固まってしまった。直ぐに冷静さを取り戻したかは不明だが琴葉は思いがけない行動に出た。卓也の事を完全に無視するように、琴美の体を拭き終わると、そのまま琴美を抱っこしてバスルームの方へ歩き出した。抱っこしている琴美に何かを言っているようだったが、卓也には聞こえなかったが、唯一聞こえたのが琴葉の「あら、ごめんなさい、」だった。バスルームに消えた琴葉と入れ替わるように幸樹を連れて寝室から母が戻ってきた。父も何かを持って戻っていた。

卓也の異様な状態に声をかける二人だが、なんかあったのと言われても説明ができるわけもなく、又、説明できる状態ではなかった。その合間に服を着た琴美がバスルームから出てきた。パジャマに着替えていた。そのあと琴葉も出てきた。ただの普段着だったが、卓也には、何も見えていない状態で、

「卓也君どうしたの、大丈夫」の声だけが響いていた。

「琴葉、卓也君どうしたの?」

「さああ」

と、とぼけるしかない琴葉だった。

「あっあ、そうだ、帰らなきゃ」

と、突然正気に戻って、身支度を始めて、一様の挨拶をして、疾風の如く家を後にした。あとに残された人たちは、あっけに取られて引き留める事を忘れるくらい呆然としていた。

「卓也君、どうしたのかしら」

と、琴葉のとぼけたセリフで状況の幕引きが行われた。

 寝るのは、両親と一緒が決まりなので、琴葉は二人を両親に託し、二階の自分の部屋に消えていった。部屋に入ると真っ赤な顔をして「どうしよう」と何度もつぶやきながら、自問自答する姿は人には見せられない姿で、「なんであんなこと」と後悔してもしきれない事に、これ又、「今度どんな顔をして会えば」とさらに悶え苦しんでいた。さらに、冷静に状況分析すると、かなりの時間、裸体を卓也の正面にさらしていたことに気づき、さらに顔を赤くしていた。ただ、前回のように足を閉じていたような気がして、それだけは救いだったような気がするが、隠しもしないで堂々と裸体をさらした事には間違いなく、その状況を琴美がしゃべっていたが、はっきりしゃべれないので、理解されなかったことに安堵もしたが、前回の一瞬ではなく、今回は・・・・・・

布団の中で自問自答しながら過ごしているうちにそのまま眠りについた琴葉だった。

 卓也は、自宅についてもまだ上の空状態で、「俺は、何を見たのだ」と頭の中で繰り返しては、「忘れろ、すべて忘れろ」と叫んでいた。お風呂に入って布団にもぐりこんだが、あの光景が脳裏から離れなくて、眠れずにいたが、いつの間にか眠っていた。

 次の日、起きた卓也は、「あれは夢だ、絶対夢だ、と言い聞かせて忘れる努力をした。忘れることなどできる筈もない事を承知で、忘れようとした。

 琴葉は、気分爽快で朝を迎えた。いつものように着替えてリビングへと向かった。リビングに着くと昨日のことが走馬灯のようによみがえってきて、顔を真っ赤にしてしゃがみこんでしまった。

「どうかしたの、琴葉」

「いや、別に」

と、苦しい言い訳でもないが明らかにおかしい行動をとっていた。琴葉は「何、浮かれていたのだろう」と思いながら、朝食をとって自室に帰って、夕べお風呂に入る事を忘れていた事を思い出して、さらに落ち込んでいた。だが、考えを変えて

「起きてしまったことは仕方がない。すごく恥ずかしいけど減るものでもないから、」

と、自分の胸を持ち上げて「いや、やっぱり恥ずかしい」

と言って、とても滑稽な行動をしていた。

 なぜ、この朝がこんなに気分爽快なのか自分でもわからなかった。ただ、すごく恥ずかしいのになぜか見られたことが嫌じゃ無いことに気づいて、さらに、自分でも理解できない感情が沸き上がって来ていた。時間が経つと、見られて恥ずかしい体はしてないし、見られて減らないし、一回見られているし」と、かなり開き直っての新学期になった。

 卓也は、まだ引きずりながらの登校となっていた。ちゃんと彼女の顔を見られる自信がないままの登校で、足取りが重いのは事実だった。 



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ