57. ミルク
「ジェシカ、よろしく」
「いいですよ」
ジェシカにお願いして、朝から俺を抱えてもらって空を飛ぶ。
さすがジェシカ。かなりのスピードが出る。
空を駆け抜け、片道半日の距離をあっという間でトハムン村についた。
「なんだあれ」
「すごいな。翼人族かな。珍しいな」
広場に降りて、村人がひそひそいうのを尻目に、目的を探す。
以前お世話になった、雑貨屋なのか何でも屋の主人に聞く。
「あのおっちゃん、おはようございます」
「お、朝から珍しい客人だな」
「はい、ちょっと空を飛んできたので早くこれました」
「空を飛んできた……」
まあ、後ろ見れば嘘じゃないってわかるよな。翼が見えるし。
「それで今日は、ミルクヤギが一頭ほしいな」
「ああ、ミルクヤギか。そうだな、普通はあんまり手放さないんだが、まあ、あの人ならきっと売ってくれるよ」
そういって人を教えてくれた。
俺たちは店主と一緒にその人のところまでいって、ミルクヤギを購入した。
何がほしいって、ミルクがほしいんですよ。
もちろん美味しいコーヒーを飲むために。
以前、ここでヤギミルクを買っていって、コーヒーを飲んだけど、美味しかったので。
「では、ありがとうございました」
「なに、最近現金収入が少なくてちょうどよかったよ」
「そういってもらえると助かります」
俺はおっちゃんに頭を下げて、白ヤギを受け取る。
残念ながらヤギを空輸するわけにもいかないだろう。
「じゃあ、ジェシカ、ありがとう。先に帰ってていいよ」
「わるいブラン。一応、いつ伝令の仕事があるか分からないので、戻ります」
「仕事熱心だこと」
「まあね。では」
そういってジェシカは飛び立っていく。
俺はミルクヤギを一人で連れてスモーレル地区の集落まで歩いて戻った。
ミルクヤギはミルクのためのヤギの品種で、なんと子供を一度産んだ後、定期的に乳絞りをしていると、ずっとミルクを生産できる。
毎年のように産ませる必要がないので、けっこう長生きするし、ヤギの体にも負担が少ないらしい。
異世界もなかなかどうして、便利なものだ。
「「「ブラン、お帰り」」」
村に戻ったら、三人娘が迎えに来ていた。
そばにはジェシカもにやにやして見ている。
「これがヤギなの?」
「うん」
「名前決めないとね」
「あ、そうだね」
ヤギの名前か。
ドロシーたちは、こういっては何だけど、人間の名前すら碌に知らない。言い方は悪いけど、そういう意味では教養がないので、どんな名前をつけたらいいか、皆目見当がつかない。
ドロシーとリズは首をひねるだけだ。
「じゃあメアリアは?」
「そうね」
メアリアはペークヒェ町に住んでいたので、それなりに名前に詳しい。
「じゃあ、ドドンゴ」
「それはパス。メスだよ」
「そっか」
ドドンゴには世話になっているので、さすがにいくらドドンゴが好きでもそれはない。
この世界ももちろん、男性名、女性名がある。
「じゃあね、ローナ」
「意味は?」
「え、名前に意味なんてあるの?」
「まあ、たいていは」
「そうなんだ」
名前は知ってても、意味までは知らないか。まあそんなもんだろうな。
ということでヤギさんはローナになった。
「ローナ」
「ローナ、か」
「うん」
ヤギ小屋はないけど、ニワトリの隣で、草を食べてその辺にいてくれれば大丈夫か。
さっそくヤギミルクを絞ってみる。
乳絞りなんて初めてだ。鍋で受けて溜める。
それを一度、火にかけて沸騰させる。煮沸消毒だ。
前世知識だけど、たぶん生のまま飲んだりしないと思う。
「はい、では冷めたので、飲みたいと思います」
「ミルクおいしー」
「美味しいわ」
「美味しい、です」
「うん。ミルクだけでも美味しいな」
「はい、この村は色々なものが揃っていて、けっこう贅沢だね」
ジェシカにこういわれた。
まあ、そうだよな。町のほうが自給自足できなくて、食生活は貧乏かもしれない。
でもジェシカん家は准騎士らしいから、それなりに贅沢な生活してたかもね。
初日は飲料用にしたけど、今度はチーズとか作ってみよう。
チーズそれからバターを作る。
バターはミルクの上のほうにたまった脂肪分などを集めておいて、それを思いっきり振る、とにかく振る。そうすると分離して脂肪分が集まって、バターになった。
チーズは沸騰する直前のミルクに、町で買ってきたレモンの絞り汁を入れる。
それを布で漉すと、それっぽいものができる。
今は冷蔵庫があるので、こういうのも作りやすい。冷蔵庫作って本当に良かった。
魔法を直接使えば、冷凍もできなくはない。
これで、色々料理にも幅がさらに広がった。