早く出ていって!
独りちびちびとビールを美味そうに飲んでいたリストラサラリーマンが座っていた横の席には、若いサラリーマンが厳しい顔をして話していた。
「あの野郎。必ずぶん殴ってやる!」と27歳のサラリーマンの山本晃二はイライラしてた。
「まあまあ、物騒な事は止めなさいって」山本晃二の親友、鎌倉悟は穏やかに嗜めた。
「いやいや。絶対にぶん殴ってやるよ。あの上司は馬鹿なんだよ。馬鹿なクセに偉そうなんだ。馬鹿野郎のクセによう。ああいう馬鹿な男はぶん殴るのが1番の薬なんだよ。絶対にぶん殴ってやる!」山本晃二は大学生の時に空手選手権の全国大会で3位の記録を残す有段者だ。
「止めなさいってば」鎌倉悟は山本晃二の空のコップにビールを注ぐ。
「明日、朝1番でボコボコにぶん殴ってやる!」
「止めなさいって、止めなさいって」
「あのタコ野郎、毎日、女性社員のお尻を触ってセクハラばかりしてよ~、全く仕事もしないんだぜ。マジでぶん殴ってやる!」
「止めなさいってよ」
「あのタコ野郎わよ、女性社員を見つめてヨダレ垂らしているんだぜ。時々、女性社員を見ながら机の下で自分の股関ばかり触ってニヤニヤしていてよ、マジでキモいよ。角谷義政っ、絶対に頭をぶん殴ってやる!」
「殴るにしてもね、頭は止めなさいって。殴ること自体、止めなさいって」
「口が達者で人の手柄は取るし社内は禁煙なのに、ずっと喫煙していて煙たいしよ、ルールを守れない馬鹿な男なんだよ。角谷義政よ、ぶん殴ってぶん殴ってぶん殴ってやる!」
「止めなさいって、止めなさいってよ」
「あっ!」
突然、居酒屋『恥と未練』に慌てふためいて入ってくる男の姿があった。息切れをしながら角谷義政部長が来たのだ。
「あっ! 角谷義政部長だ! よし! ぶん殴ってやる!」山本晃二は腕捲りをして席を立ち上がろうとしたが鎌倉悟が肩を押さえつけて席に戻した。
「晃二、止めなさいって!!」
「大将、す、す、す、すいません。警察官二人と女子大生三人に追われています。匿ってください!!」
「嫌ですよ。早く出ていって!」と川内大五郎さんは言って焼いている焼き鳥を使って店の入り口を指した。
「助かります! ありがとうございます!」と馬鹿で無能なセクハラ上司の角谷義政部長は勝手な事を言うと居酒屋『恥と未練』の奥にあるトイレに逃げ込んだ。
「ちょっと待てよクソ野郎!」と店主の川内大五郎さんは早足でトイレに向かった。
「失礼します! あの大将!」と警察官二人が川内大五郎さんを呼び止めた。続いて女子大生三人が居酒屋『恥と未練』に入ってきた。
「はい?」トイレの前に立つ川内大五郎さんは警察官の呼び掛けに答えた。
「大変申し訳ないのですが、こちらに怪しい男が来ませんでしたか?」警察官二人は川内大五郎さんの側まで歩いてきた。
「います。トイレに逃げましたよ。何とかしてくださいよ。お客様に迷惑です」と困り果てた川内大五郎さんは警察官の二人に助けを求めた。
「変態、出てこいよー! 死ね!!」と三人組の女子大生はトイレの前で騒ぎ出した。
「お嬢さん方、落ち着いてください」と若い警察官は愛想よく言ってなだめた。
「死ね!!」と女子大生三人組は若い警察官の制止を振り切ってトイレのドアを蹴り出した。
「お姉さん方、止めてくれないかい!」と川内大五郎さんは言って女子大生三人組を押し戻した。
「出てきなさい!!」と警察官二人は言ってトイレに入ろうとした。
つづく
ありがとうございました。