ちびちびとビールを飲む中年
居酒屋『恥と未練』の店内はお客でごった返し。酔っ払いたちが今宵も飲んだくれています。
奥の席で独りちびちびとビールを飲む中年がいた。
『やっとだ、やっとリストラされちゃった。めでたいな。あんな会社、辞めて良かったのさ。馬鹿ばかりしかいない馬鹿な会社だったからね。馬鹿な社長と上司と社員で築き上げた馬鹿な会社だったからな。馬鹿丸出しのブラック企業だし。馬鹿みたいに仕事が来ないし、なかったし。馬鹿と関わる時間は本当に無駄だよな。馬鹿は無益だ。馬鹿がいない世界にしないとさ、いつまで経っても争いがなくならないかもな。本当に見事なまでに馬鹿ばかり集まった馬鹿な会社だった』とリストラされた事を無邪気に喜ぶ中年のサラリーマンは独りちびちびとビールを美味そうに飲んだ。
『問題は家のカミさんだな。『悦子、リストラされたよ。今までありがとう』って嬉しそうに言ったら無言で蹴られると思う。蹴られると思うけど正直に言わないとさ。家のカミさんも働いていて大変だからな、幼いガキが3人もいて大変だしさ。早く再就職しないとね。今度は、ちゃんとした会社に勤めたい。今まで、ずっと、ブラック企業ばかりだったから。『ブラック企業を見つけるのが上手いね』って昔、ブラック企業に勤めていたブラックそのものの馬鹿な上司に褒められたけど、もうね、変な嗅覚でブラック企業を探し当てて勤めるのは止めにしたい』とリストラされた中年はビールを飲むのを止めると、カウンターにいるテーブルに突っ伏した男と床を激しく猛烈なるままに転げ回りながら右膝を押さえている老人を見ていた。
『あの爺さん、真冬にタンクトップと短パンかよ。スゲエな。前に何処かの駅でブリーフ一丁の男が寒波の中、お婆ちゃんを救助していたのを見たなぁ。あのブリーフ一丁の男は、結構凄い奴だったな。何回も外の寒波の寒さに意味なく負けて、外と駅の往復をしていたしさ。真冬にブリーフ一丁だぜ。信じられんよな』とリストラされた中年は考えながら、激しく転げ回って右膝を擦る老人を見ていた。
「右膝よ! もう一度、もう一度だけ、女のケツを追い掛けてみませんか? 80歳でも現役バリバリだと家の婆ちゃんに見せ付けて嫉妬させたい! 婆ちゃんの嫉妬心を煽りたい! 頼む、右膝よ、頼むから落ち着いてくれ! もう一度だけ、動いてくれ!」とタンクトップと短パンの老人はアホな事を言いながら右膝を何度も叩いて床を転げ回っていた。
「おやっさん、おあいそー」とリストラされた中年は言ってカウンターに行くと、再び自分の目の前で激しく床を転げ回る老人を見つめた。
つづく
ありがとうございます。