9話 原因
ユイが振り下ろしてきたナイフをスレスレで左に転がって避ける。
ナイフがそのまま地面に刺さる。
とりあえず立ち上がりたかったが、そうもいかない。ユイは再びナイフを引き抜き、僕を目がけて振り下ろす。
避けられない。咄嗟に左腕が前に出て、ナイフが突き刺さる。
痛い。ナイフを抜かれると共に血が飛び散っているのを見るとさらに痛い。
ちょっと次の攻撃は避けられそうにないな......
血が出るにつれて、意識が薄れていく。
ここで死ぬのか。僕はまだ何にも出来てないのに。結衣に合わせる顔がないや......
瞼が落ちる直前に見えたのは、少し戸惑っているような顔をして、返り血を浴びているユイの姿だった。
ん......
目が覚めた。よ、良かった......
死んでない。
左腕が痛い。左腕の方を見ると、包帯が巻かれて、しっかりと処置がされている。
起き上がる。さっきいた河川敷のすぐ近くの橋の下。
あたりを見渡す。ユイが目に入った途端、寒気がする。川の方でタオルを洗っている。
逃げないと。
立ち上がる。しかし、まっすぐ走ることができず、足がもつれてこける。
ユイがこちらに気づき、走ってくる。
近づいてきて、ユイがこけたかのように膝から地面に着け、頭を下げる。
「ほんとごめんなさい......私もよく分からなくて、なんか気づいたらキョウを殺そうとしてて......」
今のユイからは殺意などは感じない。
「分かったから、一旦頭を上げて。応急処置もユイがやってくれたんでしょ」
「もちろん。私がやってしまったことだから......」
ユイはまだ返り血を浴びたままだ。
「そういえば、僕が倒れてからどれくらい時間たった?」
「15分くらいだと思う、時計見てないから分からないけど」
多分ぼくの処置がさっき終わったところなのだろう。
「私は血、洗ってくるね」
ユイが川に向かう。
思考を色々と巡らせる。
「ちょっと待って!!」
ユイが振り返る。
「ん......? もしかして着替え、見たかったりする? いいよ。少しでもキョウがそれで喜ぶなら。悪いことをした分を返しても返しきれないから、できることはしてあげるよ」
「い、いや、ち、ちがくて......」
突然の発言に動揺する。
「血を洗わない方がいいかもしれないな、ってことが、その、言いたくて」
さっき、襲われた時のことを思い返してみると、ユイが血を洗いに行って帰ってきた時におかしくなっていた。ということは、血を浴びているかどうか、というのが何かしらきっかけになっている可能性がある。
考えたことを整理してユイに説明したら納得してくれた。
ただ、疑問点としては僕は血を浴びていないのに特に問題がないことだ。
「とりあえず、服を買ってくるよ。流石にそれだけ返り血を浴びたままじゃろくに行動できないし。顔くらいは洗っておいて、服の下の見えないところは洗わないままにしておいて」
「分かった。ここで待ってるね」
僕はゆっくりと立ち上がる。少しフラフラするが、まぁ歩ける。
「気をつけてね。急がなくていいから」
「うん」
300メートルくらい先の安い服屋に向かう。いつもよりずーっと遠く感じるが、歩くのが遅いせいだ。
服選び、難しい。ユイの体のサイズも知らないし、柄とかも何がいいのかよく分からない。
体のサイズは知ってたら気持ち悪いな。でかめのやつ買って行って、最悪切り取ればいいか。
無地が最強だな。黒の無地のTシャツ。
白いふわふわの服とは対照的だ。
まぁ、いいか。別にデートしてるわけじゃないし、そもそもそういう関係じゃないし。
ゆっくりと河川敷に戻る。
あれ、ユイがいない。