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短いお話

コール・マイ・ネーム

作者: 蒼井托都
掲載日:2021/08/21

分かっているのに繰り返す。

希望が未だどこかに眠っていると信じたくて。


「奏」

「・・・」

カナはただ、俺の声に耳を傾け、閉じていた目を開いて俺を見据え、ぎこちなく微笑んだだけだった。

俺はカナの異変に気付いていた。でも何もしてあげられなかった。

だから、なのか?

これは当然の罰?

でもカナが何をしたっていうんだ?


「喉が痛い」とカナが言いだしたのは、そんなに昔のことじゃない。

風邪でもひいたのかな?って笑うカナを見て、俺は特に問題は無いと思っていた。

でもカナの痛みは風邪じゃなかった。喉に出来上がっていた腫瘍だった。

発見されたときには手遅れだった。

「もう、すぐっ、あたっ、しっ。話せなく、なるん、だよ・・・」

声帯摘出手術を受ける直前のカナを、俺は忘れることが出来ないだろう。

他人に呆れられるぐらい穏やかな性格のカナが、息を切らしながらぶつけてきた感情を。

「・・・さくやぁっ!」

それが俺の名前。

でも、もうカナに呼んでもらえないその名前に、どんな意味があるのだろう。

腫瘍はそのまま残しておくとカナの命をも蝕んでいく。

だから取り除かないといけない。

その代わりカナは二度と話せない。

もう二度と、ない。

だから、最後に名前を呼ばれた時に、

責められているような気がしたのは、

気のせい、だろうか。

私の声を返してと。


「奏」


病室の扉を開けると、カナが目を開けて笑いかけてきた。

手術が終わった直後だった。本当はそんな無邪気に笑っていられないことぐらい、分かっていた。

でもカナが笑顔を向けてくれたことが、思っていたよりも励みになっていたことに気付き、嬉しさと罪悪感がいっぺんに押し寄せてきた。

俺がもっと気を配っていたらもしかしたら、

俺がカナの言葉をもっとちゃんと聞いてあげられていたならもしかしたら、

カナの声は奪われずにいたのかもしれないのに。

暫く俺は、カナを目の前にして何も話せなくなってしまった。何も言葉が浮かんでこなかった。何も。何も。

ただ、むくむくと沸き上がってくる思いだけがあった。

・・・名前を。

名前を、呼んでほしい。

「・・・?」

カナは首を傾げていた。そりゃそうだ。

名前を呼んでほしいと思い始めたら無性に泣きたくなってきた俺は、

俺よりも泣きたいはずのカナの前で泣いていた。みっともないぐらい無様な泣き様だった。

名前を呼んでほしかった。

「奏でる人」の名前を授かったカナに。

カナに名前を呼んでもらえなかったら、もう俺に名前は必要ない。

呼んでもらえない名前なんて、いらない。

込み上げる感情の渦に耐えられなくなって、床にしゃがみこんで更に泣いた。

ごめんごめんごめん。

言いたくても言えない言葉が空回りしていた。

もうカナの声は失くなってしまったから。

そんな言葉を繰り返したって何も戻ってこない。


するりと、カナがベッドから抜け出す音を聞いた気がした。

顔を上げると、目の前にカナはいた。

俺がカナのほうを向いているのを確認してから、

カナは唇を動かしたような気がした。

さ く や・・・?

カナの唇が動いたとき、俺の記憶の中にあるカナの声が、ゆっくりと再生されていくのを感じた。

いつも変わらないあの声が。

ずっと長い間聴いていたあの声が。


・・・なんて、

なんてバカだったんだろう、俺は。

「・・・ごめん」

ぽつりと言葉が溢れだした。

「ごめん」

でもこれは許しを得るための言葉じゃなかった。

「ごめんっ」

もうカナの声が永遠に消え去ってしまったと思い込んでいた自分を恥じる言葉だった。

カナの声は、俺の中に在り続けていたんだ。

それがやっと分かって、俺はやっぱり嬉しかった。

まだ、あった。

俺が忘れてしまわない限り。

カナの声は、俺の中に。


ごめん、俺みっともなくて。

ごめん、俺弱くて。

カナは泣き続けている俺の肩に手を回して、耳元で何かを囁いたようだった。

それは、「サクヤ」と言ってくれているような気がした。




○お読みいただきありがとうございます。

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安定のというか2006年頃の小話です。なんでかこの頃よく小話を書いていた不思議。

この何年も後に歌手の方で声帯摘出された方のニュースを呆然と見ていたことを今でもときどき思い出します。

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