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中編

 レインの妖服屋は、毎日大繁盛というわけではないが、開店しているのに一日中誰も客が来ないという日もない。

 ここに来る客の目的は、妖精が主導であるか、人間が主導であるかによって理由が違う。前者の場合は妖服が目的だ。妖服屋は人間の世界ではほぼないし、どうやらレインの腕前は妖精の中ではかなり高いらしい。妖服は一時的に妖精の世界に帰って手に入れる事だって出来る。それでも何度も買いに来る客がいるということはそれだけリピート率が高いということだ。

 そして後者の場合は、俺目当てということが度々あった。


 俺の顔は、人間たちにはたいそう美しく鑑賞しがいがあるらしい。思春期を迎えるころにはその傾向は大きくなった。

 とはいえ俺はできるなら、そういう理由で近づく人間とはあまり関わりたくない。その為花を育てる温室に、手入れを理由に逃げ込むことも多い。


 温室と言っても、正確には温室ではない。人間相手に説明するのが面倒だから、そういう事にしているだけだ。ここは【妖精王の花園】で、季節に関係なく様々な花を咲かせることができる場所だった。

 そして俺はチェンジリングで人間の世界で人間として育てられた妖精王という変わった経歴を持った妖精だった。

 その為魔法なんて知らずに過ごしていた。妖精の成人を迎えた時に、妖精の本能が強くなり、魔法が使えるのだという認識ができるようになったに過ぎない。だからどうしても花園を整える作業は手作業だ。

 花は俺が頼めば勝手に咲くけれど、綺麗に咲かせるには水やりや草抜き、肥料入れが必要だった。


「ロイズ。色んな色と種類の薔薇を一本づつ摘んできてくれない?」

「おう。待ってろ」

 どうやら店の方に客が来たらしい。俺は土いじりを止めて薔薇を取りに移動する。

 薔薇と言っても、何種類かある。なので赤、白、ピンク、黒と適当にハサミで切ると、店の方へ向かう。茎にはとげがついているけれど、ツイっとその背を優しくなでれば、とげが落ちる。こういう時、妖精の力というのは便利だと思う。


「レイン、持ってきたけれど、どうしたらいい?」

 店の方へ持って行くと、店には猫が一匹いるだけだった。といってもただの猫ではない。背中に羽が生えている。

 つまりはこの猫もまた妖精ということだ。そして、俺が客が来たのに呼ばれなかった理由は、客がこの妖精だけだからだろう。人間の客の場合、レインは俺に客対応を振ることが多い。レインは人間だけれど、人間の常識に疎い為だ。

「ありがとう。机に並べてくれる?お客様、薔薇をお持ちいたしましたが、お好きな色や形はございますか?」

 白毛が長めの猫妖精は、顔を近づけ臭いを嗅ぐ。どの薔薇も美しい出来だと思う。しかし猫は、じっと見た後首を横に振った。


「なーんか、どれも心惹かれないニャ」

「そうですか」

 そうですかじゃない。

 レインはあっさりと引くが、俺としては丹精込めた薔薇、しかも色が各種揃っている状況で、心惹かれないという言葉にイラッとする。

「お客様が過ごされた地域は、どのような場所でしたか? やはり妖精とひとくくりに言いましても、人型のものもいれば、お客様のような大変可愛くも優美な獣の姿をした方もいらっしゃいますから」

「なんにゃ。吾輩の事が気になるにゃ?」

「はい。妖服作りは、お客様を知ることが基本です。お客様の心惹かれるものをより心躍るように配置し形作っていくものですから」

 にゃーにゃー、五月蠅い猫だ。

 レインに馴れ馴れしいのが余計に、癪に障る。


「よろしければその毛を撫ぜさせていただいてもよろしいですか?」

「仕方がないニャ。吾輩を知ることが妖服作りに必要と言うなら、好きに触るといいニャ」

 仕方がないと言うわりに、すっごく嬉しそうだ。

 というか自分から体を摺り寄せてないか?

 俺は我慢できずひょいと猫妖精を取り上げた。

「思ったより重たいですね。ゆったり大き目デザインがいいんじゃないですか?」

「吾輩は、重くないニャ」

 

 猫妖精はジタバタ暴れると、俺の手から飛び降りひょいと地面に着地した。そしてあろうことかレインの頭の上に登る。

「こいつ失礼ニャ!!」

「大変失礼いたしました。ロイズ、店の方は私が対応するから、花園の方に行って大丈夫よ」

 シャーと毛並みを逆立てる妖精にレインは謝る。

 「でも」「だって」とごねたところで、レインは容赦なく俺を店から追い出そうとするだろう。確かに相手はお客だ。

「……失礼しました。ですが、まったく買う気が見えませんでしたので」

 机の上には薔薇のほかに、色々なデザイン画が出されている。帽子、服、靴。チョーカーやイヤリング、はたまた傘まで様々だ。更に手書きの百花図鑑もある。これは、レインがこまめに俺が育てた花をまとめたものだ。

 それだけ出されているのに、まったく絞れた様子がなく、丹精込めた薔薇もひかれないの一言で済まされれば買う気がないのかと思う。


「か、買う気はあるニャ。ただ、心惹かれないだけニャ」

「そうですね。私としても猫型の妖精の妖服を作るのは初めてですから。色々好きを一緒に探っていかせて下さい」

 猫の妖精も我が儘を言っている認識はあったようだ。

 目線をそらしながら、それでも言い訳をすれば、レインはそれに同意する。……本当にレインは甘い。客商売というものはそういうものだとレインは言うだろうけど、買う気のない妖精は客ではないと俺は思う。

 その後もしばらく百花図鑑を見ては、興味が少しでもある花を持ってきたが、最後まで猫の妖精が頷くことはなく、また後日来ると言って出て行った。


「ねえ、ロイズ。契約者の女性が一緒じゃないからって、邪険にしないであげてよ」

「はあ?」

 頓珍漢なことを言ってくるレインを俺は睨みつけた。誰が、いつ、そんな事を言った。俺は女性云々ではなく、あの猫が気に食わないだけだ。

「レインこそ、あの猫にデレデレしてただろ。撫でさせてって、今までどんな妖精にも言ったことなかったよな」

「いや、だって。猫姿の妖精って初めて見たんだもの。私が住んでいた……つまりロイズの本当のお父さんとお母さんがいる地域は、人の形をしている妖精が多い場所なの」

 俺が妖精の姿になっても人の形をしているのだから、確かにレインがいた地域は人の形をしている妖精が多い地域なのだろう。

「それで、実を言えば猫というのも飼ったことがないから、毛がどんな感じかも分からなかったの。沢山毛が生えていらっしゃる方だったし、服だと暑かったり引っかかったりして着心地が悪いのかなとか考えて……」

 しゅんとする姿を見ると、レインは本当に仕事上の好奇心であの猫妖精を撫でたのだろう。

 分かってはいるけれど、レインが他の妖精を構うと胸の当たりがもやもやするのだ。


「でもロイズは、もっと妖精と仲良くするべきよ。貴方は妖精王としていずれ妖精の国に渡ることになるのだから。まあ、私だってロイズのことは言えないけどね。もっと人間の世界に慣れていかないといけないし、人間の接客をロイズに任せてばかりじゃ駄目なんだけど」

 レインの言葉はまるで刃の様だった。

 彼女が言っている事は間違っていない。そもそもレインとの契約は、俺の羽が見つかるまでと限定した契約だ。だから羽が全部見つかれば、俺はレインを人間の世界に残して妖精の国に行く事になるだろう。

 正しい状態に戻す為に。

 でも俺は人間として生きてきたのだ。状況は理解してるし、魔法の使い方も誰に教えられるわけでもなく、人間が二本足で歩こうとするのと同じように、なんとなくでできる。

 それでも心がついて行かない。


 俺は何も言えぬまま、それでもささやかな反抗で、姿を消して外へ飛び出した。

 姿を消すことができるのは人間ではない証拠だ。妖精の力を使いながら、妖精である自分を否定するのはちぐはぐだと分かっている。分かっているけれど、不安なのだ。

 しかも今の契約が終われば、俺は妖精の世界でレインは人間の世界で生きていく事になる。レインと別れると思うと余計に不安でグラグラする。だからそんな未来の話など聞きたくなくて、俺は子供の様にただ逃げ出した。




◇◆◇◆◇◆



 逃げ出した先で俺はため息をつく。

 逃げたところで、俺が行きつく場所は子供の頃からよく登った木の上だ。……自分の成長の無さに余計にため息が出る。

 俺は生まれた時から、人より理解力や運動能力、記憶力が高かった。これは妖精だからだと後々に分かるのだが、そんな俺の事を近所の人は神童ともてはやした。俺もちょっと天狗になっていた。それでも人と違うということは、肯定的にみられるとは限らない。


 両親は普通の子供の様に育ててくれたけれど、人間ではないのではないかという陰口をたたかれ、疑心や嫉妬の色をした目を向けられる事も多々あった。

 長く悪意にさらされると、いくら両親が味方だとはいえ疲れる。だから一人になりたくなったら木に登るという生活をしていた。木の上は自然と落ち着けた。高い場所が好きだとか、この辺りも妖精であったことが関わっているのかもしれない。


 とはいえ隠れて逃げていれば解決するという話ではない。人間ぽくないところが問題ならば、積極的に人間に溶け込む練習が必要だ。だからといって、馬鹿なふりもしたくない。

 なので俺はできるだけ、周りに親切に接する努力をしてみた。異物ではなく仲間だと思ってもらえるように。

 その結果対人関係はかなり改善されたと思う。俺の周りには常に女性がくっついてくるようになったのだから。しかし頑張れば頑張るほど、周りとの微妙な差を感じてしまった。

 一番苦手で気持ち悪いと思ったのが【嘘】だ。俺は何となく相手が嘘をついているかどうかを見極めることができた。そして俺は一切の【嘘】がつけなかった。

 小さな差。でもその差を見つけていく度に、周りが同じ生きものではないように感じた。


 そんな小さなモヤモヤを積み重ねたある日、俺の元に小汚いぼろをまとった小さなナニカが現れた。細い手足に、ぎょろりとした金の瞳を見た瞬間、人間とは違う生き物だと直感で理解した。

「お初におめにかかります、妖精王」

 そのナニカは突然俺の事を精霊王だと呼んだ。

「ヨウセイオウ? お前は誰だ。というか、何なんだ」

「私はしがない妖精でございます。貴方様に真実をお伝えしたく、はせ参じました」

 妖精は両手を擦り合わせ話しかけてきた。手をこすり合わせると、皮膚のようなものがパラパラと落ちる。まるで枯れ枝だ。

 妖精など知らないので、本当に目の前のナニカが妖精であるのかは分からない。ただ妖精王と言われてもすんなりと自分が妖精王であると納得できてしまう感覚が不思議だった。


「真実?」

「あなた様は、赤子の時に人間の子供と取り換えられたのです」

「はあ? 何のために」

「それは貴方様が妖精王だからだと聞いています。貴方様が妖精界で妖精王となられたら、現妖精王は妖精王ではいられなくなってしまうのです。だから人間の世界に追放するために取り換えたのです」

 妖精の言葉はまるで真実を語っているかのようだった。人間が【嘘】をつく時のような副音声は聞こえてこない。しかしどうにも、この妖精が口を開く度に匂うのだ。ドロドロと何かが腐るような嫌な臭いが。

 この匂いは、時折人間からも感じる事がある。こういう人間は、気を許してはいけない相手だ。


「何故わざわざ? そんなに世継ぎが困るなら、赤子なんだし殺せばいいじゃないか」

 実際に殺されてはたまったものではないが、チェンジリングをして人間の世界にわざわざ捨てる理由が思い浮かばない。しかもチェンジリングということは俺が人間の世界に来るかわりに、誰かが妖精の世界に行ったということなのだ。

「あなた様の親は自分が汚れるのが嫌だったんですよ。純粋無垢で何の力も持たぬものを一方的な理由で殺せば、魂が汚れます。それをしたくなくて、古来からのならわしにのっとったというわけですよ」

 自分の手を汚さず排除するために古来の儀式を行った。そこに矛盾はないように感じる。臭いから警戒を行ってはいけない相手だと分かってはいるけれど、判断が難しい。

 そもそも俺はまったく妖精の事も妖精の世界の事も知らないのだ。だから妖精王だと言われてもピンとこない。


「だからあなた様は本当に自分が手に入れるべきだったものを手にするべきです。私もあなた様に力を貸しますので、現妖精王に復讐をしましょう」

 そう言って妖精は俺に手を差し伸べた。

 俺が手に入れるべきだったもの……。その言葉にドクリと鼓動が鳴る。俺は人間としての生活に疲れていて、逃げ出したいという想いも持っていたから。

「それにあなた様の育ての親。彼らは上手く隠しているが、あなた様を気味悪がっているようです」

「えっ」

 しかし育ての親の話を聞かされた瞬間冷水かけられた気分になる。

「所詮人間と妖精。分かりあえるはずがないのですよ。あなた様の前ではいい親を演じても、影で悪口を言うのは仕方がありません」

 そんなはずない。その言葉を言いたいのに、隠れて悪口を言っている言葉を否定できない。俺が見破れるのは、俺に対して直接【嘘】をついた場合のみだ。

 ならばこの精霊が嘘をついているのかと言われれば、分からない。ただとにかく腐臭が酷い。頭が痛くなってきて、イライラしてくる。

 でももしも、本当ならば、俺は――。


『それは嘘よ!!』

 不意に頭に女性の声が聞こえた。その瞬間、苛立ちがさっと引き、意識がすっきりとする。その声は初めて聴くはずなのにとても安心できる声だった。

『目の前にいる妖精は闇の妖精よ。嘘をたくみにつくから信じちゃ駄目!! あなたの両親はあなたを愛しているわ。それだけは間違いないから!!』

 その声は俺を案じる気持ちだけを送って来た。

 姿は見えない。

 俺の脳が勝手に変な幻聴を作り上げたのかもしれない。

 それでも、俺は目の前の薄汚い妖精よりも、その声の方が信じられると思った。


「おい、お前」

「はい。何でしょうか? 私めと一緒に復讐を――」

「立ち去れ」

 俺の言葉に、薄汚い妖精はギロリとその瞳に悪意をにじませた。しかし俺の事を妖精王と言うだけあって命令に背く事はできなかったようだ。突然現れた時と同様に、突然その姿は消えた。

 それはまるで白昼夢でも見たような光景だった。


 しかしすべてが俺の脳内が作り出した妄想とする事は、その後も綺麗な声が時折聞こえるようなったことでできなかった。

 声だけの女性は、嫌なことをいうことはない。嘘もつかず、ただ俺の身を案じたり、時に応援してくれたり、助言したりしてくれた。この声に関して、俺は両親にも言わなかった。

 この声を聞くと、俺の事を真摯に思う気持ちが伝わってきて、凄く安心できて、胸が温かくなるのだ。だからたとえ幻聴だとしても、この声が聞こえなくなってしまうことの方が嫌だった。

 それぐらい大事な存在だった。


 そんな生活をしていく中で、本当に唐突に日常を一変させる変化が訪れた。

 その日は少し熱っぽかった。俺の家は決して裕福ではないので、病気に罹ったとしても医者にみせられない。その為、一日中自分の部屋にこもってベッドに横たわっていた。

 しかし熱は一向に下がらず、むしろより上がっていく。そうこうしているうちに、背中に傷みが走った。熱が出ると体の節々が痛くなる事あるので、その関係だろうかとぼんやり思った時だ。

 背中からピシっと何かが破れるような音が出た。そして次に瞬間、ばさりと背中から何かが出て来た。

 

 俺の部屋には鏡などない。慌てて首を後ろに曲げ見えたものは、まるでアゲハチョウのような羽だった。

 ただしアゲハチョウと言うには透明感があり、まるでステンドグラスのような羽だ。何が起きたのか分からず、俺は放心したようにその羽を見つめた。

 そして不思議なことに、その羽が妖精が成人した時に生えるものであり、自分自身が妖精王であるという情報がするりと自分の中に入ってくる。

 それは恐怖だった。

 自分の中に自分が知りえない情報が突如出てくるのだから。まるで今までの自分を否定し、俺を消そうとしているかのようだ。

 分かりたくないけれど、様々な事が勝手に分かってしまう。


「お初にお目にかかります、妖精王」

 恐怖で固まっていると、突如小さな背丈の妖精が現れた。いつの間にか、俺の部屋の窓は開け放たれている。

 それが魔法によるものだということはすぐに分かった。俺の緑の目は今まで見えていなかったものを見せるようになり、魔法の痕跡も確認できた。

「私はこの世界に召喚され人間と契約を結んでいるものです。妖精王の父君と母君から、あなた様に説明をするよう申しつかり、馳せ参上した次第です」

 妖精は決して非礼な態度を取ったりはしなかった。むしろ馬鹿丁寧に扱ってもらえていたと思う。しかし半ばパニック状態の俺には、とてもじゃないがまともな相手には思えなかった。

 

 妖精は俺が何なのかを語った。何故チェンジリングを行い、俺を人間の世界に移動させなければいけなかったのか。それらに嘘の匂いは感じなかったし、俺の中に生まれた妖精としての自覚も、嘘偽りないだろうと判断する。

 でもそれはあくまで、本能のような部分で、俺は人間の世界で育った人間の意識が強かった。

「ですので、再びチェンジリングを行い、お早い帰還を――」

「い、嫌だ」

 帰るという選択が一番正しい道なのは分かる。

 でも人間の俺は納得ができなかった。そんな突然、今まで生きて来た場所を捨てろと言われて、はいそうですかとはいかない。


「ですが、その羽がある限り、貴方は妖精だと人間にも知られます。そうしたら、どうなると思いますか? 十五年育てて来た息子が実は妖精で、本当の娘は妖精の世界にいると育てのご両親が知られたら。私は人間の世界で長らく生活してきたので分かります。自分の心を正常に保つ為、貴方に罪がないと理解しつつも貴方を恨むでしょう。それが人間という生き物です」

 当たり前だ。俺が彼らから本当の子供を取り上げたようなものなのだから。

 拾われて、養子として育てられたのとはわけが違う。それでも俺にとっての親は人間なのだ。

「五月蠅い、五月蠅い、五月蠅い。俺は、こんな羽いらない!! 俺は、妖精王なんかなりたくなかった!!」

 混乱の末に、俺は自分の羽に手をかけた。

 痛みはなかった。羽はぱらりと簡単に抜け落ちた。


「なんてことを。早く拾って下さい!!」

 妖精が叫ぶ。

 俺は羽なんていらない。そう思うのに、羽が背からなくなった瞬間、言いようのない不安が俺を押しつぶし始めた。飢餓感とでも言おうか。何かが足りないと、心が叫ぶ。

 捨ててはいけないものだと瞬時に理解した俺は、この飢餓感を消す為にもう一度羽を取り戻す為手を伸ばす。


 しかし俺が羽を掴む前に、黒い風が羽を持ち去ってしまった。黒い風が、以前訪れた、薄汚い妖精だと分かったが、だからと言って妖精の本能が解放されたばかりの俺にできる事はなかった。

 俺は両腕で自分自身を掴みカタカタと震えた。

「羽は魂の一部が具現化したものなのです。魂が欠けたままでは、先ほどのような闇の妖精にとりこまれ、闇の妖精になってしまいます。妖精王が闇の妖精など前代未聞です」

 不安と戦う俺の横で、妖精がオロオロと喚く。

 それは俺を案じるものだと分かるのに、同時に俺を非難しているように聞こえる。神経が逆なでされるようで、イライラが止まらない。この妖精を握りつぶしてしまいたい衝動を必死に両手で体を押さえることで堪える。

 

 明らかに可笑しい。

 俺は加虐趣味なんてなかったはずだ。だからこれが魂が欠けたことへの弊害だと理解する。

「どうしよう。このままでは妖精王が闇の妖精と契約してしまう。でも妖精は妖精とは契約できないし、そもそも精神が人間に寄りすぎていて人間との契約も上手くいくか……。妖精寄りの人間がいれば――あっ。そうです。妖精寄りの人間が、いるじゃないですか!」

「あ?」

 俺の不機嫌な低い声に、妖精はビクリと肩を揺らした。それでも妖精は逃げずに俺を見た。

「貴方様と交換された人間を召喚して下さい。そして契約を結んで下さい。そうすれば、少なくとも闇の妖精は貴方と契約できなくなります」

 

 酷く億劫だったが、なけなしの理性が、このままではいけないことだけは理解した。このままでは、本当に俺が俺でなくなってしまう。

 俺は自分の中に芽生えた妖精の知識を使って、ひょいと指を動かす。そうすれば金に輝く召喚魔法陣が完成した。

「来い」

 後は一言命令するだけで、妖精の世界と人間の世界が繋がる。そして次の瞬間、茶色い髪の女性がその魔法陣から現れた。優しい土色の髪の女性は俺を見た瞬間、泣きそうな顔をした。それは俺をただ純粋に心配してくれる目で――。


「頼む。俺と契約をしてくれ」

 気が付けば、俺は彼女の前に膝を折り、その手を握っていた。妖精が妖精王が人間相手に膝をつくなんてと騒いでいたが、どうでもいい。

 俺は欠けていたピースを手に入れたようなスッキリとした気分になっていたのだ。そう。彼女こそが俺を満たしてくれるものだと全身が叫んでいる。

 こうして俺は、レインと契約を交わした。


◇◆◇◆◇◆


「……レイン、怒ってるかな」

 勝手に飛び出してきてしまったことが、今更ながらに気になった。

 レインなら許してくれるという甘えに似た気持ちと同時に、彼女を傷つけてしまったらどうしようという不安が出てくる。


 レインを呼びだした俺は無事にレインと契約したわけだが、本当に突発的な召喚だったのだ。あれでレインが頷いてくれたことが奇跡に近い。色々足りない中での、かなり強引な契約だった。

 さらにこの契約はどう考えても俺にしか得がない。通常人間が妖精と契約するのは、妖精に魔法を使ってもらう為だ。しかしレインは妖精の両親のおかげで妖精の粉が使える。それは強い攻撃魔法はできないものだが、人間の世界で生きるには十分な魔法だった。

 対してレインへの契約には妖精の羽を探す手伝いもする事が条件に入ってしまっている。だから何の利益もない羽根探しを一緒にやってくれているのだ。

 本当にどうしてそこまでというほどのものをレインは既に差し出してくれている。

 

「でも俺はレインと別れたくない……」

 レインは羽が見つかったら俺は妖精の世界に帰ると思っている。羽が生えた当初ほど、妖精の世界への忌避感はない。でもレインと過ごすうちに、レインと別れたくないと思うようになった。それは俺の魂のかけた部分がレインで補われているからかもしれないけれど、絶対それだけではないはずだ。

 こんな風に思うのは、人間の世界で女性の声を聞いた時だ。そしてそれもまたレインだと知った俺は、レインが運命に思えた。

 

 でもそう思っているのは俺だけだと思うと悲しくなる。

 レインは俺が人間の女性と話しているのを楽しんでいると思っている様子だ。そんな事、一度だってないのに。彼女達は俺の表面だけしか見ていないし、独りよがりな恋や嫉妬ををぶつけてくるのだ。正直近づかないで欲しい。


 でもレインならと思う。レインが嫉妬したら、きっと俺は嬉しいだろう。

 そしてこんなことを思う自分は、多分妖精の中では異質だ。妖精はとても純粋で、よく言えば嘘をつかないということだけれど、別の面からみると相手を怒らせないようにしようなどという打算を持ち合わせない存在なのだ。

 こういう妖精として異質な面を持つのは、俺が人間の世界で生きてきたことと、もう一点。俺の中の悪鬼が成長をしない代わりにずっと魂にへばりついているからだと思う。人間の魂は光と闇を内包するけれど、妖精は光か闇の両極端に別れた魂を持つ。本来のあり方は光だけれど、闇に浸食されるとすべてが闇へと置き換わる。


 妖精は嫉妬などしない。

 でも俺はレインが俺ではない他の妖精と仲良くすると嫉妬をしてしまう。その逆で、レインが俺を呼ぶ声が聞こえると嬉しくなるのだ。今も俺をレインが探してくれていると思うとほっとする。

 そしてそれを俺は醜いと感じてしまう。

 妖精なのに妖精らしくない。かといって人間にもなりきれない。


 そんな事を考えている時だった。さっきまで聞こえていたレインが俺を呼ぶ声が唐突に消えた。

 慌てて気配を探るも全く感じる事もできず、ひゅっと冷たいものが心に走る。

「レイン……っ?! レイン?!」

 慌ててレインにも聞こえる様に名前を呼ぶのに、返事が返ってこない。もう一度慎重に気配を探るが薄すぎて掴めなかった。

 もしも俺がちゃんとした妖精だったならばこの薄れた気配からもレインをたどれたかもしれない。しかし俺はまだ妖精であると自覚を持ったばかりの妖精だった。


「レイン、返事してくれ。レイン!!」

 それでもあきらめることなどできない俺は、必死にレインを呼び続けた。

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