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家族紹介:Aの場合②

社会人になってからのAは散々だ。

そもそも入社時点でうつ病。しかもそれを会社にはいっておらず、入社から数ヶ月で休業。新入社員で休業手当が貰えるなんて、流石大手企業。


ともかく、Aは一年も持たずに藁から手を離した。

そこから今までの記憶は正直お互い曖昧だったり、口に出すのを憚るものだったりで確実性の欠ける部分が多い。

そもそも学生の私とニートだったりフリーターだったりなAではライフスタイルがかなり異なる。

私は、朝六時半には家を出て十九時頃に帰ってくる生活をしていた。

Aは、何処かへ派遣をしていた頃は同じ様に朝家を出ていた気がするが、私が出る頃に目を覚ます為顔をあわせる事がなかった。Aは、会社終わりには毎日の様に酒を飲んでおり、帰宅時間も遅かった。


Aが、社会人になってからの20代はある意味激戦の時代であったように感じる。

端的に表すと、①依存症の併発②自殺未遂③罵詈雑言


①アルコールと買い物の依存症に

元々ヒーローだったAは、1年も保たずに会社を辞めた事である意味母から見放された。

今考えると、吹っ切りそのままどこかへ飛び立てる良い機会だったが、これまで絶対君主であった母からの見放しは人としての価値がないと言われたも同然。

狂ったAは、アルコールによる酩酊感、ブランド品や様々なものを購入する事によるたった一瞬だけの満足感や高揚感に魅了されてしまった。

更に、アルコールを摂取する際にはつまみも同時に食べると思うが、アルコールの量と比例して食べる量や回数も増大する。


深夜二時、三時の飲み食いは当たり前。家になければ、近くのコンビニまで買いに行く。仕事をこなせていたのか、甚だ疑問ではあるが、仕事が終わればまた酒を飲み、既に狂っているAと私が顔をあわせる事は殆どなかった。


一度だけ、帰りの電車で遭遇した事がある。Aと母が、有名ブランドのカバンを買って椅子に座っていた。二人は私が乗る駅よりも前の駅であったため、先に気づく事もできず、電車に乗ると何故か幸せそうな母と不満げなAがいた。当時は意味がわからなかったが、見栄っ張りな母の事。きっと、”有名ブランドのカバンを買う事が出来るのだ”と周囲に自慢できる事が幸せだったのだろう。

反してAは、別にブランドが好きなわけではない。ただ、安価なカバンとブランド品では接客も異なる。別に、そのバッグが欲しいわけではないが、接客による満足感を得るためだけに買っているのだ。カバンなど、既に用済みで、むしろ今後の何回払いかの返済を考えていたのかもしれない。


②自殺未遂を起こし入院

特筆すべき事はないものの、自殺未遂を何度か起こしている。

元々自殺未遂と言われる行為、リストカットなどは行っていたようだが、初めて入院となった際の自殺は首吊り。本当は飛び降りの予定だったようだが、上から見た景色が思いの外恐ろしかったようで諦めたらしい。場所を移し、首吊りを行ったところ発見されて未遂に終わったようだ。


なお、退院後も一度行ってみたものの、当時体重がかなりあったために失敗に終わっていた。


③罵詈雑言

私にとっては一番思い出深い。

外ではどうだったか知らないが、家の中での一番の被害者が私だからだ。

何故私が選出されたかは不明だが、恐らくBC私の内最も幸せそうに見えたのだろう。当時の私には、恋人がいて、Aが落ちた学校へ行き、成績は散々だったものの部活動を行っていた。もしかすると、職も恋人も両親からの期待もなくしたAからすると、眩しく、しかし羨むには近すぎる存在だったのかもしれない。


理由は今でもわからないままだが、とにかく、毎日毎日罵詈雑言を浴びせられた。

勘の良い方はお気づきかもしれないが、私とAは別に顔を合わせてはいない。何故毎日浴びせられたのかというと、実は私とAは同じ部屋で生活をしていた。

詳細にいうと、広い部屋をタンスなどで区切り、2部屋風にしていたわけである。寮などで2人部屋、もしくはそれ以上で暮らした経験がある方は分かるかもしれないが、あれは視覚的な意味では功をなすがそれ以外、特に聴覚においては殆ど意味をなさない。タンスで区切っただけなため、壁とは違い防音性は皆無。むしろ筒抜けである。

要は、Aが部屋で私、ひいては恋人の事を多様な表現を用いて悪く言っていた内容が聞こえてきた次第だ。大体、二時位に始まるそれは、大抵一時間程度で終わるのだが、いかんせん緊張状態だったために実際にどの程度の時間、Aが独り言を言っていたのかは不明。


そもそも狂っているAは、ただ罵詈雑言を言うだけに留まらない。

当時の私が不用心だったのも一因だが、私の携帯電話を見ていた。勿論、Aは私だけでなく父母のものも見ているから別に、これに関しては私だけが可哀想というわけではない。

そこから得た情報もきちんと糧にして、罵詈雑言、時には実力行使にもでてくれた。

Aは、タンスの上が空いている事をいい事に私の部屋へ様々な物を投げ入れてくる。時には、私の方の扉を外してくれ、ストッパーとしてつけていた物を投げ入れてくれた。


思い出深いが故に、他よりも長くなってしまったが、大まかにAの人生を語るとこの様な流れ。

所々に個人の感想を挟んでしまっているが、また気が向いたら新しく書き足す事にする。



色々な思いはあるものの、比較的今はAとも適度な距離感を保てていると感じている。いや、むしろAがやや依存的ではあるものの、此方としては③の時期に比べればマシかもしれない。


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