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宗教家

Aの所で軽く触れた宗教家。その人の所には、何年間か通っていた気がする。

正直、私よりもAや父の方が精神的、金銭的に被害は被っているのだが、母を語る上で外せない存在だ。


今は既に名前を出してはいけないあの人ばりの存在となっている、かつての母の親友から紹介された。

宗教家は、家から車で四十分程の場所にいる。

ちなみに、その親友の家からも三十分は優にかかるため、正直二人とも凄いな、と思う。


とりあえず、母も多分、最初は友達の付き合いのノリで行ったんだと思う。

宗教家の所へは、恐らく私が一番付いて行っていたのだけれど、キッカケなどを私に話すはずもなく、当時小学生で時間に余裕のある私が駆り出されていただけの事だ。


ともかく、母がのめり込みだした理由はいくつかあった気がする。

一つが、宗教家がCが怪我をすると話したタイミングとCが実際に、そこそこ大きい怪我をしたタイミングが重なった事だ。

どんな怪我だったかは覚えていないけれど、中学生のCが保健室ではなく病院へ行った事からそこそこな怪我だったのだろうと思う。

また、流石にたった一つで崇拝する訳もないので思い返してみると、当時就職活動中であったA。

前述している通り、Aの就活はうまくいっていなかった。

そんな頃、宗教家が

「次、お宅の長女さんはうまくいくかもね」

そう言ってしまったのだ。

折しもタイミング良くというべきか悪くというべきか、Aの書類選考が通過したか何かだったと思う。

Aのところでも述べているが、当時は売り手市場。素直に考えるのであれば、Aが就活について言わなかったり、母が聞かなかったりした事が原因だろう。


宗教家に、そう言われた母は止まらない。

Aのところへいき、就活状況を洗い出し、宗教家が言った通りうまくいっていそうだと判断したらしい。

そこから、のめり込んでいった。


月に二、三回行き話を聞いてもらう。その都度、三野口から一樋口程度を渡す。

宗教家の言葉は絶対。

既に当時、母の両親は亡くなっていた。といっても、母の実家に仏壇はあったのだが、言われたのか何なのか仏壇を家に作った。

”受かる”そう言われると、めぼしい企業をAから話を聞いてあたりをつけ、手当たり次第仏壇へパンフレットを飾る。

私たち兄弟の部屋は、宗教家の気が向くままに移動させられる。

当時、母にとって一番の悩みの種はAだった。売り手市場だというのに内定がとれない。そこに不安を覚え、よく相談していたようだ。

一年間で三回は部屋移動があったような気がする。

今の部屋がダメだと言われ、陽の当たる方がいいと言われれば即断即決。

Aが部屋にいない時間に、手当たり次第移動させられていた。


正直、関わりたくはなかったけれど、まだ義務教育中の私が家を出るなんて夢のまた夢。手伝わない訳にもいかず、渋々移動を手伝った気がする。

広い部屋をタンスでしきり、私とAで使っていた事もある。

なんなら、仕切りがあるというのにその間でも移動をさせられたことも。

我が家は母の独裁国家。

母の気がすむまで、私たちは部屋移動をしつづけた。


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