第19話
最近マーニと母が、自分がいつ喋り出すのかという話題で色々話しこんでいる。
二人とも絵本の読み聞かせをしてくれるのだが、文字がほとんどなく絵がやたらと多い分厚い革表紙の本を持ち込んでは極彩色の綺麗な本を見せてくれる。
この世界の言語はアルファベットより少し多いい発音記号の単語と、ラテン語に近い文法で構成されていることが最近解ったが、何分脳と舌が未発達で複雑な言語を発音することが困難だ。
まずは単語から覚えてゆくが、複雑な動詞や知らない名詞などは指をさして何度も聞き取りを行わないといけないのが苦痛である。
何とか、ラインハルトの名前を教えてもらい、密かに地面に書いてみるが、五本指で握ってからしか書くことが出来ず、しかもギリギリ文字?といった状態の物しか書けない。しかも、無意識の内に鏡文字を書いてたりする。
筋力のほかの器用値などが影響しているのかもしれなが、なんとも面白くない。
それに、まだ日中起き続けることもままならず、さらに歯痒い思いをしている。
で、本題の誰の名を口にするのかだが、どれが正解なのかで悩んでいたりする。
なぜ悩んでいるかといえば、既に マーニ・ママ・パパ程度であれば喋れる自信があるからだ。
・・・・という訳で熟考の結果、ママ・マーニ・パパの順でお披露目しようと考えた。
昼食の時間になり、最近やたらと多い女給や給仕がいる時間帯を狙い、母へと語りかけてみることにした。
姿勢正しく昼食をとる母、乳母のマーニ、縫い包みのポウを挟んで自分の席順。
女給がスプーンで離乳食を口に運んでくれる。
「 ラインハルト、今日のご飯は美味しいですか?」
いつものように優しく語りかけてくる。
「 あぃ! ママ おいちぃ 」
食卓を囲む一同が一瞬固まる。
まだ四か月に満たない赤子が喋るのだ、さもあらん。
「 お、奥様、殿下が “ ママ ” とお喋りに・・・・ 」
「 ママ マーニ おいちぃ! 」
ダメ押しにもう一度話してみせる。
母が急に席を立ち、自分に駆け寄ると抱きかかえ頬擦りをしながら・・・・
「 もう一度呼んでみて!」とせがむ。
「 ママ? ゴハン おわり?」
・・・・むぎゅぅっと胸に押し付けられた。母は小躍りするようにクルクルと回る。
「 ラインハルトが喋った! 喋ったわ! マーニ聞いた?! 貴方の事も喋ったのよ!」
マーニの顔もにやけている。
「 はい、奥様確かにマーニとお呼び下さいました。」
「 早く閣下にもお知らせしなくては! 」
自分を女給に渡し、母は急いで書斎へと駆けてゆく。
そこにきて、今度はマーニが近づいてくる。
「 殿下、私の名前も、もう一度呼んで頂けませんか? 」
紅潮した顔を近づけ、懇願する。
「 マーニ? マーニ ごはん もういい?」
「 キャァァ!奥様の次だけど呼んで頂けたぁ!!! 」
頬擦りをしながら、ばたばたと足を踏み鳴らし喜ぶさまを見て、名前を呼んだ順番はこれで良かったと安堵する。
「 ラインハルト殿下、閣下がお越しになった時も、呼んで差し上げるのですよ!?」
「 で、でんきゃ?」
舌っ足らずでいうと、電化製品のように聞こえてしまい笑ってしまう。
「 でんきゃ! でんきゃ! キャハァハ!! 」
そこで、ハッとマーニの顔色が変わる。
「 違いますよ、閣下です。 “ パパ ” か “ 父上 ”って呼ぶのです。」
「 パパ?! 」
「そう、そうですよ、ラインハルト殿下!」
頬擦りをしながら、またばたばたと足を踏み鳴らし喜ぶ。そうだよなマーニってまだ20歳にもなっていないんだもんな・・・・などと達観して頬擦りを受け入れた。
・・・・
その日の晩はお祝いの席となった。
親しい者たちだけの立食パーティだが、その会場へ扉をけ破る勢いで入ってくる王がいた。
「 クリスティア! ラインハルトはどこだ! 喋ったとは本当か?! 」
母に抱かれた自分を見つけると、ズンズンと近づいてくる。
「 ほれ、ラインハルト、儂じゃ、パパじゃ!」
イケメンだが、むさい顔が至近距離に近づく。
その威圧に耐え、小さく囁くように話してみせる。
「 パ・・・パパしゃま? 」
王は自分を母から奪い取ると、高い高いをしながらクルクルまわる。
「 ラインハルトが喋った!!!まだ四月も経たぬ子が、儂の名を呼んだぞ!!」
本当に回るのが好きな夫婦である。
そんなことを考えながら、夜が更けていった。
・・・・
翌日、朝起きて朝食を取った後のお昼寝タイム。
かねてからの計画を実行することにした。
それは冒険者登録。
名前も書ける・・・・たぶん、魔物の盗伐も楽勝・・・のはず。
後は、皆の目を盗んで、いかにして冒険者ギルドに行くかであるが、ゲートが使えるので場所さえ特定できれば直ぐにでも戻ってこれる。
これは決して不可能な計画ではない!新生児にだって、できないはずはない!・・・たぶん。
朝、庭で遊んでから少し疲れた振りをする。早めにコックリコックリと頭を振ると寝室に運ばれた。
・・・・計画通りだ。
そこから、ちょっと不安なのでポウさんを握ったまま森へと転移。
魔力を薄く広く広げてゆき広域を探査してゆく。
その探査が10kmを超えたあたりで反応があった。小型・・・人型が20。
念動と重力操作を駆使しつつ広域探知したゴブリンであろう集団20匹程の元へと飛ぶ。
風下の索敵範囲ギリギリまで近寄った。
圧縮した大気数十個を小指の先程の弾丸状にして、念動で加速、体の周りを周回させることにより遠心力で速度を高め、さらに追跡効果を付与した圧縮空気弾【気弾】をゴブリンの眉間に放った。
ヒュン ヒュン ヒュン ババババババ!!
まるで小銃の連射のように気弾が複雑な軌道を描きながら獲物を捕らえてゆく
・・・・ バシュシュシュ
全ての気弾が眉間を貫き、後頭部から脳症を飛び散らせてゴブリンを即死させる。
実質20匹のゴブリンの殲滅に一分も掛からなかった。
ポウさんを引きずりながら手をかざし、死体を異空間収納へ回収。
・・・・これで材料はそろった。
すかさず馬車の車窓からみた、見知った場所へとゲートを使い王都へと飛ぶ。
ここからが勝負だ!
帯剣した冒険者風の一団が向かう先へとトボトボ付いてゆき、看板を確認。
“ ぼ・う・け・ん・しゃ・ぎ・る・ど ”と書かれている。間違いない・・・・
お昼寝タイムも後20分、女給が確認に来るまでがタイムリミットだ。
よちよちとポウさんを引きずり、ギルドにはいると窓口へ向かう。
併設された酒場の冒険者があきれたようにこちらを見て居る。
見かねた若い女性の冒険者が、声を掛けてきた。
「 ぼく?どうちたの? お母さんは? 」
返事は元気よく!
「 あぃ! ぼうけんちゃとうりょく きた!」
女性冒険者の口が半開きになる。
仲間を見返り、「 この子 冒険者登録にきたって言ってるわよ?!」
仲間からは、「まだ赤子だろう?」「年齢制限とかあったんじゃね~か?」などと言っているが構わずに、窓口を指さす。
「 あぃ! ぼうけんちゃとうりょく! 」
仕方なしに冒険者の女性は、ラインハルトを抱きかかえ窓口に連れてゆき、冒険者登録用紙を渡した。
カウンターのギルド職員の目も点になっている。
用紙に一生懸命字を書く、何とか読めるか? “ らいんはると ” 一部鏡文字になっているがまぁ読めるだろう。
「 ・・・・ラインハルト? どこかで聞いた名ですね 」
窓口の受付嬢が首をかしげる。
「 あぃ! とうばちゅした! 」
唐突に、カウンターの上へ異空間収納から取り出した20体のゴブリンの死骸を放出する。
ドロロドサズザザザ・・・・
「 きゃぁぁ!!なにこれ? 」
いずれも眉間を撃ち抜かれた生々しい死体がカウンターから溢れ、床に山を作る。
そこで、誰かがポツリと呟く。
「・・・・子供賢者・・・・」
ギルドが水を打ったように静かになる。
受付嬢の生汗もすさまじく、脇汗でみるみるシャツが濡れてゆく。
「 しょ、しょ、少々お待ちを!!」
受付嬢が飛ぶように上階への階段を駆け上がる後姿を、冒険者の女性も固まって眺めている。なぜならゴブリンの死骸の山に半ば埋もれた形になっており、その場から動けないのだ。
そのなか唯一、ラインハルトの持っている縫い包みのポウさんだけがゆらゆらと揺れていた。
・・・・
まもなくして階段を駆け下りてくる受付嬢と。上長らしいガタイの良い隻眼、眼光鋭い四十路の男性が現れた。
「 子供賢者は?! そこか!! 丁重に扱え!! ラインハルト殿下だ!!」
巷でも、結構名が通ってたりする様だ。
実際にはアンタッチャブルの方が有名だったりするのだが、そこは本人の知らぬところである。
「 ご機嫌を損ねるなよ!当然知っているだろ?」
「 は・・はい! 冒険ちゃ登りょくを受け付けました。 すぐに冒険証を発行しましゅのでほんの少しお待ちください。 それと、討伐照明部位はこちらで回収しておきますのでお気になさらず・・・・」
噛み噛みの職員だが、動きが無茶苦茶早い。
テキパキとゴブリンの死骸を回収し、職員総出で流れ作業の如く魔核を取り出してゆく。
「 魔核はどうしますか? 」
「 もってかえゆ!」
カウンターの上に置かれた魔核に手をかざし空間収納に収める。
続けて出されたマネートレイに硬貨が光っている。
「 小銀貨1枚と小銅貨5枚が報酬になります。よろしいですか?」
「 あぃ! 」
再び異空間収納に硬貨を取り込み、抱き上げていた冒険者の女性にお礼を言う。
「 あいと! おろちて!」
ラインハルトがよちよちとポウさんを引きずりギルドの出口から姿を消すと、其処ら中で安堵のため息が漏れる。
悪魔より恐ろしい王国暗部への拷問、死んでも甦らされすりつぶされては蘇生され・・・・
そんな目にあいたいと思う冒険者は、この場には一人もいなかった。
・・・・
路地裏でゲートを使い寝台へと戻る。
ミッションコンプリート!
引きずり回したポウさんが随分汚れてしまったので、浄化を数度かけて見た目だけは綺麗にし、狸寝入りを決め込む。
女給が様子を見に来たのはその数分後。
その日から城下では子供賢者が冒険者になったという変わった噂が城下町に広がったのだった。




