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ラノベと小説

「跪きなさい」

 真っ黒な長髪が靡いている。一人の女生徒が俺の目の前を悠然と歩いて行き、そして振り向く。髪の毛一本一本の動きがきらきらと輝き、目で見て追えるほどに目を奪われた。見事だ。自分の魅せ方をちゃんと解っている。艶やかな髪と凛々しい顔立ち、そして細身の肢体。自身の身体的特徴を最大限に活用している。その一挙手一投足が美しい、麗しい、艶めかしい。相変わらずだ。この人は凄い。

「で、どうしたんですか、先輩」

 俺の発言を聞き、先輩は眉間にしわを寄せる。あれ、なんか間違えたかな。無言でこちらを睨んでいる。

「…………テイク2。跪きなさい」

「だから何? どうしたの?」

「だから、跪きなさい」

 意味がわからない。

「ええと、何ですか? もしや、先輩には異性の後輩を往来の真ん中で跪かせたいという性癖がおありになったんですか、そうですか。…………一応言っときますけど、ここ校門前ですよ」

 何人かの下校する生徒が注目している。まあ、先輩は美人だし、仕方ない。あと声でかい。

「せ、性癖!? そそそそんな言葉で話を逸らそうだなんて、惰弱よ!」

「照れて顔を真っ赤にしているそんな姿も可愛いですよ、先輩」

「か、かわ――」

「『萌え』ってやつですね」

「…………跪きなさい」

 あ、怒った。まあいいや。

「はいはい。ま、こんなところでやるのもなんですし、ウチに行きましょう。屋内ならいろいろできますしね」

「い、いろいろって?」

「はい? やるんでしょう?」

「やるって何を!?」

 さっきから照れたり怒ったり照れたり忙しい人だな。

「わざわざ校門で待ち伏せしていたってことは、アレでしょう?」

「あ、あれ?」

「足りなくなっちゃったんですねえ。ついこの間やったばかりなのに」

「え、ええ、そうね。足りなく、なってしまって…………もう、我慢ができないの。あなたのせいよ。あなたがあんなことを教えるから」

「あんなことって何ですか?」

「あんなことはあんなことよ」

「あんなことじゃわかんないですよ。ちゃんと言ってくださいよ。具体的に」

「そんなの言えるわけないじゃない。こんな、人前で」

 いじらしく赤面して、震えている。かーわいーなー。

「しょうがないですね。では、行きましょうか」

「ええ、行きましょう」

 必死に冷静さを装い、先輩は背を向け歩き出す。そして俺はそんな先輩の三歩後ろを付き従う。歩んでゆく。他の何者にも邪魔されない、二人だけの道を。

「んで、掴みはこんな感じでいいんですか?」

「ええ、ばっちりよ」

 ところ変わってウチのリビング。先輩は俺に背を向けたまま、PCに向かってキーボードを打ち続けている。坦々とした口調で感情を表に出さない。クールで知的、なんて安易なキャラ付けだが、まさにそういう類のものだ。下校時にころころ変わっていた表情が懐かしい。だがあれは作り物である。先輩のおふざけとも言えるような外面。

「いいのか、こんなんで」

「いいのよ。今時、ライトノベルを手にする人なんて大半がエロ目的なのだから、エロを匂わす発言をしていれば勝手に喰いつくわ!」

「いいのか、そんなんで。作家にこんなことを言われて、いいのか読者諸君」

「いいのよ。こんなんで、それに匂わせているだけで実際に行為に及ぶわけじゃないんだし。規制される心配もないわ」

「うわぁ。この人絶対読者を金ヅルとしか見てないよ」

「実際、その通りなんだからいいじゃない」

「酷いなぁ。その台詞、先輩の本を買ってくれる皆さんに聞かせてあげたいですね」

 目を覚まさせてあげたい。

「あら、そんなのみんな知っているわよ。SNSに書き込んでいるんだから」

「嘘、マジで!?」

「マジで。ほら、見てみなさい」

 促されるまま先輩の肩越しにPCの画面を覗き込んだ。呆れたことに本当に書き込まれている。正確な内容はこうだ。『私に貢いでくれる皆さん、いつもいつもまことにありがとうございます。今後とも私の金ヅル、もといATMとしてどうぞよろしくお願いします。』

「うわ、マジだ。丁寧に見下している。しかもコメントが固定されているし」

「みんな女子高生の下僕になれて幸せなのよ」

「言葉が酷くなっているし。ていうか先輩って、自分が高校生ってこと公表していたんですか?」

「当然じゃない。現役JKという肩書だけでブランドが付くんだから。使わない手はないわ」

 ははは、乾いた笑いが込み上げて来る。なんだかなぁ。

「先輩って利己主義ですよね」

「何を言っているの? 自分の利益を望まない人間なんていないでしょう?」

「そうですか。じゃあ俺は、なんの利益を求めて先輩のお願いを聞いているんですかね」

「私と一緒に居たいからじゃないの?」

「はあ、そうなんですかね」

「私に対して貸しを作っておいて、何をさせようというのかしら。厭らしい」

「あらぬ誤解だ。いらぬ被害だ。ていうか冒頭の発言なんですか? 跪きなさいって。しつこいし」

「あら、高圧的に命令されたら興奮するんでしょ」

「はあ、そういうもんですかね」

「違うの?」

「さあ、人に依るんじゃないですか」

「あなたはどっち側なのかしら?」

「何がですか?」

「SかMか」

「そんな話でしたっけ?」

「要約したらそんなもんよ。で? どっち?」

「さて、どっちなんでしょうね」

 加虐趣味者か、被虐趣味者か、大局的によく二極化されるがそう簡単でもない。軽い言葉責めは好きだが、肉体的な痛みは理解できないなんて人もいるわけだし、両性愛者のように被虐と加虐の境界が曖昧な人だっている。そもそもどちらも理解できないという人達も一定数いるわけなのだから。

「そんなことより始めましょう。時間は有限です」

「有限? じゃあ開始点と終了点を言ってみなさい」

「生まれた瞬間と死ぬ瞬間です。現状に限定すればウチに着いた瞬間から、今夜寝るまでですかね。先輩が帰宅なさらないんでしたら、ですが」

「今夜は寝かせてくれるの!?」

「いつも寝かせてくれないのは先輩の方でしょう」

「今夜は寝かさない。なんて厭らしいのかしら」

「言ってませんし。どうぞご自由にお寛ぎください。俺は食事と入浴を済ませたら眠るので」

 ふあぁぁ。大きなあくびが漏れてしまった。そんな俺の無気力さに先輩はたいそうご立腹なそうで、目つきがどんどん鋭くなっていく。怖い怖い。

「なんですか? そんな顔で睨まないでくださいよ」

「こんな美人の誘いを断るなんて、男としてどうなの?」

「誘い? 何の?」

「…………」

「そんなことより、締め切りが近いんじゃないんですか。時間は有限ですよ」

「そう……わかったわ。しょうがないわね。でも、先にシャワーを浴びてくるわ。汗をかいているし」

「どうぞご自由に」

「汗をかいているし」

「はいはい。わかりましたって」

 なぜ言い直したし。それも誇張して。

「別に、覗いてくれても噛まないわよ」

「普段から噛みつかないでいてくれると助かります」

「おおっと失礼、噛みました。私、噛みましたわー」

「それは回文にはなっていませんね」

「よくわかったわね。私が『私負けましたわ』という回文に掛けたことを」

「どうでもいいのでさっさと行ってくださいよ」

「覗いてくれても構わない、と言いたかったのよ」

「それはそれは、丁重に、お断りします」

 丁重に、頭を下げる。先輩はそんな俺を見下ろしてから浴室に向かった。

 やっと静かになった。先輩が話しかけてきさえしなければ、俺の日常は何とも静かなものだ。洗面所の引き戸が開閉される音や、先輩が衣服を脱ぐ際の衣擦れの音でさえはっきりと聞き取れる。先輩が浴室に入り、シャワーを浴びる音なんて言うまでもない。シャワーの水音をBGMに、俺は一時の休息を手にしたのだ。ここは俺の自宅。親の名義で借りている賃貸のマンションの一室である。それなのに、この場所でさえ俺の心休まる瞬間は数えるほどしか訪れない。すべては某何某先輩様のせい。この部屋は2LDKだ。一人暮らしにはいささか広すぎる。それをいいことに先輩は、ウチの一室を勝手に自分の部屋認定して占拠している。まあ、そこは特に困らないからいいのだが。先輩は、女子高生ラノベ作家というやつで、そこそこ売れているらしい。それもまあいい。しかし初めて出会ったあの日から、ことあるごとに俺をネタ作りに付き合わせる。それが問題だ。寝ても覚めても、先輩は声高に俺の平穏を脅かす。ただまあ、同時にその程度の関係だ。

「関係、だなんて厭らしいわね」

「先輩、もうあがったんですか。早……って」

 見ると、そこにはバスタオル一枚だけで身を包んだ先輩の姿が。

「ナ、ナ、ナ、ナニヤッテイルンデスカセンパーイ」

「棒読みじゃない」

「えー、ラブコメ主人公風リアクション。頑張ってみたんですけど」

「棒読みだから、煽っているようにしか聞こえないわよ」

「そうですか。残念です」

「だから、もうちょっと感情を籠めて言いなさい」

「籠めているつもりなんですけどね。呆れという感情を」

「あー、そう。だったらいいわ。これ以上ないくらい籠っていたから。名演技ね」

「お褒めに与り光栄です。ところで服を着ないんですか?」

「なんで?」

「なんでって、まさか先輩って裸族ですか?」

「違うわよ」

「ではどうして服を着ないんですか?」

「どうして服を着なくてはいけないの?」

「湯冷めしますよ」

「あら、心配してくれてありがとう。でもそうね。もし湯冷めしたら、あなたに温めてもらうことにするわ」

「シャワーで温まってくださいよ……」

「そんなことより始めましょう」

「結局服はいいんですか?」

「しつこいわね。私が服を着ていないことであなたに何か迷惑をかけるのかしら?」

「俺は別にいいんですけどね。先輩はそれでいいんですか?」

「暑いのよ」

「はあ、そうですか」

「じゃあ、始めるわよ。ネタ合わせを!」

「ネタ作りですよ。それでは漫才です」

「あら、夫婦漫才と言うじゃない」

「残念ながら俺と先輩は夫婦ではありません」

「残念なの? 何が?」

「先輩の発言が間違いであることが、です。おつむが心配になってしまいます」

「夫婦ではないということは?」

「それは自明の事実です」

「残念に思わないのかしら」

「なぜです?」

「ライトノベルとはー?」

 それまでの会話をむりやり終了させるように食い気味に本題に入った。

「なんですか、いきなり」

「いいから答えなさい。ライトノベルとは何か」

「それはどうぞ現役ライトノベル作家である先輩に一家言いただきたいところですね」

 睨まないでー。

「そうね。ライトノベルとは…………私の貴重な収入源よ」

「酷い答えだ」

「だってそうだもの」

「そうですねー。ではそういうことで、次の話題に行きましょう」

「待ちなさい。私はあなたの意見が聞きたいの。あなたの言葉が聞きたいの。あなたの声が聞きたいの。従来の小説と、どのように違うのかを答えなさい」

「なんか別の願望が混ざっていた気がしますが」

「いいから聞かせなさい」

 何を? 声を? とは言わない方がよさそうだ。その方面に話を持っていきたくない。

「はあ、わかりました。ではまず、従来の小説との違いですけど、何よりも『絵』ですよね。ライトノベルは、利益を上げるための目標がアニメ化であると思います。萌えという要素を最大限活かすためにアニメーションという技術がどうしても欲しいところでしょう。つまり、従来の小説と比べてアピールポイントとしての絵の比重が大きいのです」

 昨今のライトなノベルに物申す。なんて、そんな大仰なことを言うつもりはない。そんな強気な態度をとるような気概も度量も俺は持ち合わせてはいない。だが、まあ、聞き手は先輩一人だけだし、先輩に求められていることだし、俺個人の意見を述べても構わないだろう。

「なるほど、それで?」

「そこで、ライトノベルには可愛いヒロインもとい格好いいヒーローが必要不可欠となる…………とまでは言い切れませんが、やはりそこはかとなく影響の大きい要素であるかと」

「キャラクターというものが大きな存在になる、と言うことね」

「そうですね」

「じゃあ、従来の小説と比べてライトノベルは文章が稚拙だ。とか、退廃芸術だ。とかいうような意見はどう思うの?」

「前者に対しては、文章が稚拙なのはどこにでもあり得ることであるとしか言えません。後者の批判は御門違いというものでしょう。そのライトノベルと小説は別のものです。ライトノベルが小説に劣るとは、決して言い切ることのできないことです。小説と漫画で優劣をつける人はいないでしょう? 実写ドラマとイラストアニメーションで優劣をつける人もいません。個人の好みというものはありますが、しかし、同じ土俵で客観的に比べることはできません。一つの要素で上回っているからといって、それらを構成する要素は一つではないのですから。そして、同じ要素で作られている訳でもない。ライトノベルだって、漫画や小説と同じ、どちらとも違う、ライトノベルという一つのジャンルであると言えるでしょう」

「つまり、そもそもとして、ライトノベルと従来の小説を比べる意味がないと?」

「比べること自体には意味がないとは言えませんが、それでどちらが優れているかという話ではないということです」

「なるほどね。つまり、他と比べていないで我が道を行け。と」

「とても飛躍していますが、まあそうかもですね」

「フッフッフッフッフ」

 突然、先輩は身をよじり、不気味な笑い声をあげる。

「ああ、イイ! イイわ! イイわよ!」

 先輩は体をくねらせ、身震いして悦に浸っている。

「あなたのその考え方。とてもイイわ!」

「それはどうも」

 正直、ドン引きである。先輩のこういうところこそ、人(読者)に見せられないものなのだろうなあ。

「次よ! 次!」

「はあ」

 こうして俺と先輩の議論とも雑談ともとれる微妙な会話は今日も続くのである。


JK作家とか、もう有り触れている設定なんだよなぁ。先輩はふざけて言っているだけで、本気で『金ヅル』とか、『ATM』とか思っている訳ではないと思います…………たぶん。

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