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ヒーローに地球から追放された悪の親玉ですが何故か異世界で英雄として持て囃されることになりました

作者: グレイト

 私の名はMr.アーク、偶然この地球に流れ着いたワール星と呼ばれる星の住人だ。

 秘密結社『悪の星雲』を率いて、日夜私の遠大な野望……『地球侵略』を達成しようと試みている。

 その第一歩として日本を征服しようとし、優秀な配下の働きによりそれは達成されようとしていた。

 こうして我が野望の第一歩が刻まれる……はずであった。

 だが私の野望は思わぬ所で躓くこととなる。

 突如として現れた、『ヒーロー』と呼ばれる存在によって。


「追い詰めたぞMr,アーク! 貴様の地球侵略の野望もここまでだ!」


 私の目の前で筋骨隆々の赤い覆面を被った男が、両手を広げながら啖呵を切る。

 眼前には残された最後の部下であった戦闘員達が転がっており、死屍累々といった有様だ。

 私の体もすでにボロボロであり、もはやいつ意識を失ってもおかしくないほどに傷は深い。

 

「おのれレッドマスク! またしても邪魔をするか!」


 私は怒りに打ち震え、覆面の男――レッドマスクの名を叫ぶ。

 我が軍団有数の配下『怪魔四天王』を打ち倒し、私の切り札だった『最強怪人マキシマムウルフ』をも打ち倒した覆面の男。

 私を追ってやってきた宇宙エージェント『ミラクル星人』の力を借り、超人的なパワーを得た地球人である。

 地球人にとって希望の象徴であり、『ヒーロー』と呼ばれて讃えられていた。


「貴様は、貴様は一体なんなのだ!」


 私は自分でも驚くほどの大きな声で、レッドマスクに向け心の叫びを口に出した。

 だが奴はその叫びにも一切動じることなく、威風堂々と私に向かって言葉を返してくる。


「俺は人々の自由と平和を守り、正義を貫くものだ! 覚えておけ!」


 レッドマスクはそう言い終えると、腕をクロスさせる。

 すると奴の腕に光が集まり、それは徐々に大きくなっていた。

 この構えは奴の必殺技だ……!

 そう考えた瞬間、奴は思い切り叫んだ。


「必殺! ジャスティスビーム!」


 腕に溜まった光が大きな塊となって、私に向かって飛んでくる。

 私は最後の力を振り絞り、ビームを弾き返そうとバリアを張るがそのあまりの威力にバリアは砕け散り光が私の眼前に迫る。


「さらばだ、Mr.アーク!」


 これが私の最後に聞いた奴の言葉だ。

 光りに包まれ自分の意識が遠のくのを感じる中、私は全ての怨念を込め最後の言葉を叫ぶ。


「レッドマスク、この恨み死んでも忘れぬぞ!」


 そして私の意識は深い闇の中へと沈んだ。


 


「……きてください、……様」


 ――誰かの声が聞こえる、これは恐らく女の声だ。

 私の板日本では死の際にお迎えとやらが来るという話が、まことしやかに語られていることを思い出す。

 そうなるとこれはお迎えの声ということになるのだろうか……聞き覚えのない声だが。


「起きてください!」


 私が目を覚まさない事にしびれを切らしたのか、私に呼びかける声が大きくなる。

 それと同時に声の主が私の体に触れ、大きく揺さぶってきた。

 肌が石造りであろう床に擦れて痛い。

 死んだ後でも痛みを感じるとは、死後の世界もままならぬものよ。

 そんな事を考えながら私は目を開けた。


「ああ、ようやくお目覚めになられたのですね!」


 目を開けた先には透き通る海を思わせるような青い髪と、ルビーのような輝きを持つ赤い瞳を持った綺麗な女がいた。

 清楚なローブに身を包んでいるが、それでもなお主張してくる胸の膨らみがアンバランスな美しさを生み出している。

 死神というのは黒いローブに身を包んだ骸骨だと聞いたが、実際はこんな美女だったのか。

 そんな間抜けな感想が、頭の中をよぎっていた。

 周囲を見てみると大きく開かれた部屋に、私と彼女が二人だけで入っている。

 自分の体を確かめてみたが、レッドマスクとの決戦で生じた傷などは全て癒やされていた。


「ここは一体どこだ、あの世という奴か?」


 私は目の前の女にそう尋ねた。

 女は一瞬キョトンとした表情を見せるが、その後に吹き出すように笑い私の質問に答えた。


「ここは偉大なる神エデン様の作りし世界、アナザーアース。あの世などではありませんわ、英雄様」


 ……アナザーアース? そんな地名が地球にあっただろうか。

 どれほど記憶を掘り返しても、それは出てこなかった。

 勿論私の故郷であるワール星にもそんな地名はない。

 そして何よりも聞き過ごせず、非常に癪に障る言葉が最後に出てきている。


「英雄様、だと……?」



「……なるほどな、そういうことか」


 話を聞いていく内に、この世界の情報が分かってきた。

 まず第一に俺は死んでなどおらず、生きた状態で今この世界に存在しているのだということ。

 次にこのアナザー・アースと呼ばれる世界が地球とは異なる世界、所謂異世界というものだということ。

 そしてこの世界を征服し世界を闇に包もうとする魔王ヘルズと呼ばれる存在がいて、俺はそいつを倒すためにこの世界に呼び出されたということ。

 最後に目の前にいる女がレインという名前で、この世界の神エデンに仕える聖女だということだ。


「ふっ、どこの世界にも同じようなことを考える馬鹿というのは存在するのだな」


 この世界に来る直前に、レッドマスクに阻止された自らの野望を重ね合わせ私はそう呟いた。

 圧倒的な力で世界を蹂躙し支配地を増やして、着々と野望の成就に近づいているらしい。

 景気のいいことだ、野望を打ち砕かれたばかりの私にはとても眩しく思えた。


「もはや世界のどんな屈強な戦士や魔法使いでも、彼らを止めることは出来ません。英雄様、あなただけが最後の希望なのです」


 レインはそう言って悲壮さを帯びた瞳で、上目遣いに俺を見つめてくる。

 一端の正義感のある男なら彼女の魅力と合わせ奮起してしまうのだろうが、生憎俺はそういった正義感というものを持ち合わせてはいなかった。

 何しろ悪の組織の首領だったのだ、そんな物を持ち合わせている方が奇特というものだろう。

 それに英雄というのは要するに奴と同じヒーローということだ。そんなのはまっぴらごめんである。


「そうは言われても、私の力が役に立つとは思えんがな」


 私がレインの言葉にそう応えて袖にすると、彼女は悲しげな様子で下を向いた。

 ――人を悲しませるというのはやはり楽しい。

 私はレインの反応を見て、とても心地が良かった。

 やはり私は根っからの悪党なのだ。


「英雄様、お願いです。私にできることなら何でもいたします……!」


 必死にそう頼み込んでくるレインを見ると、もっと冷淡な反応をしたくなる。

 悪戯心が芽生え彼女の反応で遊ぼうとかと思ったその時、突然血相を変えた様子で見張りの兵士が駆け込んでくる。


「レイン様、英雄様! 今すぐここから脱出してください!」


 尋常ではない兵士の焦りの様子に、レインは不安を覚えたようで動転した様子で彼に状況の報告を頼んだ。


「『魔界四騎士』の一人、豪腕のデストロがこの城に攻め込んできたのです! ここにいてはあなた方もきけ……ガハッ!」


 報告の途中で見張りの兵士が剣で胸を貫かれ、血を吐いて事切れる。

 兵士の死体が投げ捨てられると、背後からは赤い肌を持ち大きな二本の角をはやした筋肉の塊とでも言うべき男が立っていた。

 背後には彼と同族であろう男が三人ほどついてきている。


「へっへっへ、ここが聖女と召喚された『英雄』とやらがいる部屋かぁ?」


 実に知性の感じられない喋り方をしながら、男が周囲を見渡す。

 状況から察するにこの男が恐らく『魔界四騎士』豪腕のデストロという男なのだろう。


「一体何が目的にここに来たのです!」


 部屋に入ってきたデストロに、レインがキツい口調でそう尋ねる。

 俺に話しかけてきたときの優しい声とは違い、口調は変わらないが語気はやけに荒々しい。

 こちらの方が自然だと私には感じられ、聖女と呼ばれる事で本性を隠して生きなければならないのだろうなあと感じた。


「ヘルズ様が召喚されたという『英雄』の事を気にしていてなあ。人間をぶち殺す遊戯(ゲーム)をやるついでに、様子を見に来たってわけよ」


 レインの言葉に一切怯む様子を見せず、むしろ楽しむような態度を見せながらデストロは質問に答える。

 人間を殺すことを咎めるつもりはないが、目的を果たすのに不必要な殺しをするなど不要なリスクが増えるだけであり全くの無駄だ。

 ここまで合理性がない男を見ると、それを重視する私としては非常にイライラしてしまう。

 もはやこのような男に関わることすら、時間の無駄だと感じてしまう。

 レインに協力するつもりはないと答え、さっさと帰ってもらおう。


「英雄というのは非常に癪だが、私のことだ」


 自ら英雄と名乗ることにいらだちを感じながらも、私はデストロに向かって名乗り出る。

 彼は名乗り出た私を観察するように見つめると、腹を抱えて笑いだした。


「ハハハ! 英雄とやらがこんな弱っちそうなミジンコかよ! 人間共の用意する英雄なんて、そんなもんかぁ?」


 見た目だけで弱いと思われるのとても心外だが、今はこの知性の感じられない馬鹿にお帰りいただくほうが先決だ。

 私は怒りを押し隠しながら、デストロにレインへ協力するつもりはないと伝えた。

 私の言葉にレインは泣き出しそうな顔になり、デストロはニヤニヤと笑う。


「そうかそうか、協力するつもりはねえか」


 デストロは満足気にそう呟くと、レインの方へと近づいていく。


「残念だったなぁ聖女様、『英雄』様はお前らに協力なんかしたくないってよ可哀想になぁ。お前らもそう思うだろ?」


 デストロはレインを嘲笑し、背後にいた配下に目をやると配下の連中も同調したように笑い出す。

 レインの方はと言うと、やる気の感じられない私の態度に心が折れそうになったのか膝を付き項垂れていた。

 そんな彼女にデストロ達が暴行を加えようとするのを見て、私は彼らの前に立ちこう言った。


「これで様子を見るという目的は達成しただろう? 人間殺しの遊戯(ゲーム)とやらも外で十分楽しんだだろうし、さっさとお帰り願おうか」


 私がデストロと配下の連中に帰還を促すと、奴らは何を言っているんだ? とでも言いたげな顔でこちらを見る。

 まあ元からそうなるだろうとは分かっていたので衝撃はないが、些か面倒だ。


「テメェが協力するかどうかなんざ、俺達にゃどうでもいいんだよ。元から全員ぶっ殺すつもりなんだからなぁ!」


 そう言うとデストロ達が、一斉に武器を構えて突っ込んでくる。

 何故この手の連中は最終的に暴力に訴えるのだろう?

 私はそんな疑問をいだきつつ、彼らの攻撃を全ていなし全員を地面に転がした。


「なにぃ!? 俺達の攻撃を全ていなしやがっただとぉ!? こんな貧弱野郎がぁ!?」


 デストロが立ち上がりながら、驚いた様子でそう叫ぶ。

 見た目だけで強弱を判断するなど、よほど練度が低いのだろう。

 こんな男が幹部だと言うなら、ヘルズという男の器もたかが知れているか。


「だったら目標変更だ! まずは聖女からやっちまぇ!」


 私に敵わないと見たのか、デストロは標的を私からレインに変えた。

 脳みそまで筋肉な男の割には考えた行動だと少し彼のことを見直したが、その行為そのものが私には非常に気に食わなかった。

 私は彼らに向け手をかざし、「止まれ」と呟く。


「な、なんだ!? 体が動かねぇ!?」


 これは私の持つ特殊な力の一つ、『行動停止』だ。

 この力を使っている間、敵は身動き一つ取れなくなる。

 もっともレッドマスクには通用せず、行動の選択肢の一つがなくなるという結果になったが。

 私の行動に驚いたのか、項垂れていたレインが驚いた顔でこちらを見ている。


「私のことを、助けてくれたんですか……?」


 そう言ってこちらを見つめてくる彼女に、私は肯定するように頷き話しかける。


「このような愚か者たちを見て、少々気が変わりましてね」


 私のこの言葉が癇に障ったのか、デストロ達が烈火のごとく怒りだしがなり立てる。

 彼らの罵詈雑言を無視しながら、私はレインへと言葉を続ける。


「このような合理性のない部下を抱える魔王とやらの野望を叶えるわけにはいきません。協力してあげましょう」


「英雄様……!」


 私の言葉に沈んでいたレインの表情が明るいものに変わっていった。

 それを見届けた私はデストロ達に仕掛けた『行動停止』を解く。


「動くようになった! 畳んじまえ、野郎共!」


 動けるようになったデストロ達は即座に斬りかかってきたが、その刃が私やレインに届くことはなかった。


「あ、あり……? な、なんで……!? ぐふっ!」


 デストロ達の体が無数に切り刻まれ、鮮血のシャワーが降り注ぐ。

 私の能力の一つ、『断裂の刃』によるものだ。

 見えない刃で相手の体に無数の傷をつけ死に至らしめるという技だったが、例によってレッドマスクには通用しなかった。


「ゴミの掃除は終わりましたか。片付けはお願いしますよ」


 私はそう言い残すと遺体の処理をレインに任せて部屋の外に出る。

 野外にはデストロ達に率いられていたのであろう魔物達が人間の軍勢と戦っていた。

 私は特殊能力で全ての魔物を片付けると、その処理を人間たちに任せて再びレインのいた部屋へと戻った。



「英雄様、本当にありがとうございました!」


 その日の夜私は用意された特別な部屋で、レインからの感謝の言葉を受け取っていた。

 彼女の表情は落ち込んでいた時に比べて、非常に明るくハツラツとしたものになっている。

 個人的には曇っている表情のほうがそそるのだが、まあ今回はそれはおいておこう。

 そんなことよりもとても大事な事がある。


「レイン、英雄様と呼ぶのはやめてください」


「えっ? じゃあなんて呼べば?」


 私の言葉に戸惑うように首をかしげるレインを見て、私は自らの名前を名乗った。


「私の名前はアークです。英雄などと呼ばず名前で呼んでください」


 英雄などと呼ばれてあのレッドマスクと同列の存在になるのは非常に癪だ。

 それに私はこの世界を救うつもりなどはない。

 あくまであのような馬鹿を配下にした魔王ヘルズとやらの野望を打ち砕きたいだけだ。

 完璧な計画と頭脳と戦闘力を持つ私の野望が失敗したのに、奴の野望だけが成就するなんて神が許そうと私が許さない。


「アーク様……ですか。いいお名前ですね」


 私の名前を聞いたレインが、柔らかな表情でそう呟く。


「それではアーク様、これからよろしくお願いいたします」


「ええ、こちらこそ」


 深くお辞儀をしてくる彼女に、私も一礼を返す。

 まあ一度死んだ身なのだ。異世界の生活を楽しむのも悪くはないだろう。

 そんな事を考えながら私の異世界転移一日目は終わっていくのであった。

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