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第12話J( 'ー`)し「たかし、異世界で食堂を開くアニメがあるそうよ」

「まあ、不思議な料理ね」


 夕食の席でロッシェンテ女王はポムスフレという料理を食べて言った。

 明日は俺たちが帝都に向けて出発することになっており、まともな食事はこれが最後になるだろう。決戦前の最後の晩餐というやつだ。

 テーブルの上には王国の料理が順番に配られ、俺の母さんが教えたフライドポテトの一種が採用されたのだ。女王は興味深そうに調理法を聞いていた。こう書くと地球の料理SUGEEEみたいに思うかもしれないが、たまたまこの調理法がなかっただけでポテチやポテトサラダみたいな地球によく似た料理もあるし、異世界は異世界でオリジナルの料理が山ほどある。

 ちなみに、俺はこの世界でマヨネーズを作って「地球のマヨネーズSUGEEE」というどこかのラノベみたいな出来事を試みたことがあるが、マヨネーズによく似た調味料はすでにあると聞かされ、俺の「マヨネーズSUGEEE」計画は崩壊した。 ただ、調味料にせよ料理にせよ見た目や工程は地球のそれと似たものがあっても味はかなり違う。なにしろキャベツやジャガイモやニンジン、鶏や豚という地球の植物や動物がいないのだ。似た食材はあるが、似て非なるものであり、母さんのポム・スフレもこの世界の「イモ」っぽい何かで作ったものだ。


「油で揚げると中の水分が沸騰して空洞になるんです」


 母さんは嬉しそうに料理を説明した。


「でも、この世界にも面白い料理がたくさんありますね。この魚料理なんて食べたことがない味だわ。ねえ、たかし?」

「ああ、そうだね……」


 俺は適当に相槌を打つ。

 この世界に来て数日しか経っていない母さんはどんな料理も興味津々なのだろう。そしてもうすぐ帰れるから一種の外国旅行みたいな感じで楽しい思い出として記録されるだろう。

 しかし、俺は違う。

 目の前の魚料理を食べながらこう思っている。


 何年経っても米なしで魚を食うの辛いわ……。


 俺が酒を飲めたら話は違ったかもしれない。しかし、米を主食にしておかずを食べる国で生まれ育った俺は料理、特に魚料理が出るとお米への深刻なホームシックを感じてしまう。異世界で3年暮らしてもこの習慣は消えるものではない。

 決してこの世界の料理がまずいわけではない。それでも俺がそれらに満足しているかというと微妙だ。食材も調味料も「日本料理でも西洋料理でもないどっかの民族料理」という感じで、体が醤油や味噌みたいな慣れ親しんだ味を求めてしまうのだ。異世界に食堂を作って和食SUGEEEをやるラノベを俺はどちらかというと馬鹿にしていたが、今は喜んでその店に行きたいと思う。


「アーサーの母上は素晴らしい料理人ですわね」


 ロッシェンテ女王はしきりに俺の母さんを褒める。

 女王なりのリップサービスだろう。


「明日には娘もアーサーたちも出陣するのですわね。私も前線基地から勝利を祈っております」

「大丈夫です、母上。私たちは必ず勝利を手に戻ってきます」


 イグドラが励ますように言った。

 女王は娘に微笑むと俺のほうを見た。


「アーサー、一つ聞いておきたいことがあります」

「はい、なんでしょうか?」

「この世界で魔王を倒せばあなたと母上は偉大なる神の御力で元の世界に帰還できる。そうですわね?」

「はい」


 そのはずだ、と俺は思った。

 あの幼女神様が土壇場になって「帰れなくなったのじゃ」とか言わない限り問題ないが、そのまさかを俺は考えないようにしている。


「二人とも強制的に帰還されるのかしら?それともアーサーと母上の意思で決まるのかしら?」

「……と言いますと?」


 俺は女王の質問の意図がわからなかった。


「アーサー、もしも帰還が強制でないのならこの世界で暮らしてイグドラを妻にする気はありません?」

「「え?」」


 俺と母さんの声が重なった。

 おいおいおい。いつからそんな話が出たんだ。

 俺はイグドラと国王を見たが、二人は素知らぬ顔で俺と視線を合わせないようにしてポムスフレを頬ばっている。

 こいつら、女王に言い含められたな!


 女王の狙いは俺にもすぐにわかった。

 強い跡継ぎを生むための血が欲しいのだ。この王家は強い実力と実績を持つ人間なら積極的に雇用し、場合によっては結婚して親族にも迎え入れている。魔王を倒した勇者となれば実力も実績も申し分ないだろう。たぶんどこかの名門の養子に入れて体裁を整えた上で結婚させる気だ。なぜそんなことが俺にわかるか?この女王もそのやり方で超のつく玉の輿に乗ったとイグドラから聞いたからだ。


「女王陛下、俺とイグドラはそういう関係ではないのですが……」

「イグドラのことはお嫌いですか?」

「いや、そういうわけでは……」


 むっちりした体は好きです、などと言う訳にもいかない。

 俺は助けを求めるようにイグドラに視線を送るがむこうはガン無視している。

 イモを食ってないでこっちを見ろ、イグドラ!


「たかし、イグドラちゃんとそういう関係だったの?」

「いや、違うよ!」


 俺はあわてて母さんに言った。

 自分で言ってても悲しくなるが、ミカともイグドラとも恋愛フラグは立たずにここまで来た。


「まあ、今日までお互いの命を預けているのに相性が悪いなんてことはないでしょう?イグドラ、そう思わなくて?」

「は、はい、そうです……」


 イグドラは強制的に言わされている。


「アーサーが魔王を倒してから頼めば神も願い事の一つくらいは聞き届けてくださるのでは?」

「それは……」


 あの幼女神様がそういうご褒美をくれるとは思えない。

 俺はどうやって女王を説得したらいいかで悩んだ。

 本当にこの世界で暮らす気がないのだ。


 異世界から帰るかどうか。

 これは転移主人公が終盤でよく迫られる問題だ。

 そして俺は常々思う。転移した主人公が異世界へ永住するのはかっこいいものではないと。普通の主人公なら元の世界に家族や友人がいるはずだろう?その人たちに心配かけたまま暮らしていいのか?俺だって引きニートだが父さんにこのまま心配をかけるわけにはいかないから帰る。

 加えて言うと、俺はこの世界でアーサー英雄伝説を打ち立てるべく奮闘していたが、その伝説は魔王を倒して元の世界に帰ることで完結すると思っている。日本の料理や文明の利器が恋しいし、こっちでは例の呪いのせいで娼館へも入れないという不自由もあるが、たとえそれらが解決してもこちらの世界では暮らさない。なぜか?勇者は最後に惜しまれながらどこかへ旅立っていくものだと思うからだ。それがかっこいい勇者であり、アーサー英雄伝説は神聖化される。織田信長だって途中でいなくなったからあれほど英雄視されたのであって、普通に老後を迎えていたら人気者にはならなかったはずだ。

 異世界に召喚された俺は魔王を倒すと去り、元の世界に帰ってから精神的に成長した自分を誇り、仲間たちとの思い出の品を眺める。どうだ?かっこいいだろう?これが俺の異世界勇者論だが、そんなことを女王陛下にくどくど言っても「は?」とか言われそうだ。

 俺が困っていると助け舟が入った。


「それは無理ですよ、女王様」


 俺の母さんはきっぱりと言った。


「たかしは故郷へ帰ります。私の夫も待っていますし。たとえば女王様のお子さんが別の世界に飛ばされたら必ずこの世界に帰ってきてほしいと思いますでしょう?それと同じことです」

「……なるほど。そう言われては反論しようがありませんわ。今の言葉は忘れてくださるかしら、アーサー?」

「は、はい……」


 見事な返答を受けて女王は前言を撤回し、夕食は滞りなく終わった。

 しかし、彼女の目にはまだ何か思うところがありそうだった。 



 俺は夕食が終わると部屋に入って魔法を使った。


「オラクル」


 魔法があの幼女神様を呼び出す。


「はい、来々軒なのじゃ」

「お前はいつからラーメン屋になった?」

「原稿はもうすぐ完成するのじゃ!もう少し待ってほしいのじゃ!」

「〆切に追われる小説家の真似もやめろ」

「つまらぬか?何の用じゃ?」


 幼女神様はけらけらと笑うと用件を聞いた。


「俺と母さんは魔王を倒したら元の世界に帰れるんだよな?」

「くどいのう。帰れると言ったじゃろう」

「俺の呪いとかも解けるんだよな?」

「我輩が保証するのじゃ」

「それならいいんだが。……なあ、魔王を倒した後って褒美とかくれるのか?」

「ほっほー、さては英雄になってその世界で暮らしたくなったのじゃな?ハーレムエンドを迎えたくなったのじゃな?」

「いや、そうじゃない。地球に帰った後のことを考えるといろいろと頭が痛くなってさ……」


 俺はアーサー英雄伝説を完成させるためにこの世界から去るつもりだが、元の世界に戻ってからどうやって生活するのかという現実的な問題が立ちはだかることを説明した。

 3年間の異世界生活で俺は完全に引きニートを脱した。精神的にもかなり成長し、心を入れ替えて就職活動を始めるつもりだが、履歴書を作ったら「この3年間の空白期間には何をしていたのですか?」という質問が来ることは確実である。どうやって答えたらいい?「異世界に行って勇者してました」などと言えば即座にお帰りくださいコースだ。何かの資格をとるために勉強していたとか誤魔化すのか?

 この問題を解決するために幼女神様にはなんらかの配慮をしてもらいたかった。言っておくが、元々はこの自称神様に誘拐されてこの世界に来たのだ。アフターケアの一つくらいあって当然だろう?


「なるほど。就職活動とは現実的な問題じゃな」

「だろう?」

「まあ、褒美というのは考えておらんこともないのじゃ」

「え?本当か?」


 どうせ何もしてくれないだろうと半分あきらめていたので俺は驚いた。


「むっふっふ、実は我輩の力で1つだけお主の願いをかなえてやろうと思っておる」

「絶対に嘘だ……」


 そんな甘い嘘にだまされる俺ではない。

 そんなサービス精神のある神様なら人をいきなり異世界に飛ばすわけがない。


「いやいや、本当じゃ。我輩の事情で魔王を倒してもらうのに何も礼をしないわけがないじゃろう?我輩は遊び半分で生きておるが、嘘はつかぬ」

「本当かよ。だったら願いを――」

「100個に増やせ、みたいな頭の悪い願いをする気ではなかろうな?それはなしじゃぞ」

「ぐ……」


 先読みされてしまった。

 だが、願いを一つだけ叶えてやる?本当に?

 それが本当なら俺は……。


 しかし、「我輩の事情」という部分が気になった。単なる遊び気分で俺を異世界に飛ばしたわけではないのか?この神様は何が目的なのだろう。魔王を倒せと言ってたが、神であるこいつ自身が倒せばいいのでは?それができない理由でもあるのだろうか。


「よく考えておくのじゃ。ところで、お主の母親は元気にやっておるか?」

「母さん?元気そのものだよ」

「そうか……」

「なんだ、その思わせぶりな言い方は?」

「いや、気にするでない」


 幼女神様はそう言うと通信を切った。

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