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ネガポジ  作者: 猫野ミケ
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有馬莉愛Ⅱ

 予鈴が校内に鳴り響く。

 当然私がいるこの場所にもそれは届いてきて、隔絶した世界を壊すように感じました。

 教室に戻ることを考えると、少し憂鬱になります。いや、すごく、なのかも知れないけれど私は自分の感情の幅が狭いものだと自分で思い込むようにしていました。

 自分の中で上限に達していても、最大値が低いから軽症で済むといった感じに。

 感情なんて他の人間と比較がしようがないのに馬鹿な話しです。

 ただ、そんな風に自分のことを分析して、突き放して、割り切ってしまえば、案外感情というのは無視をすることが出来るのだと私は気付きました。

 しかし、どうしてこんなことになってしまったんでしょうね。

 あの子達は、友達だったはずなのに。


 入学当初、クラスに同じ中学出身の女の子はいませんでした。

 と言っても、この神楽坂学園は都内屈指の大規模校で、普通科だけでも一学年八百人ぐらいいますし、その中で数人しかいない知り合いと同じクラスになる確率は誰もが低いように思います。

 だからこそ、むしろ自然とグループは形成されていくもので。

 確かスクールカーストと言ったでしょうか。

 その人間の色に合わせて、振り分けられでもするかのように、同じ身の丈同士でグループは固定されていきます。

 私は、その振り分けに見事失敗。

 もっとも、私が失敗したというより、他の子達が勝手に私を勘違いしたという方が正しいのかも知れません。

 私が親しくなった女の子達は、皆一様に社交的で、流行りに敏感で、楽しいことが好きで、目立ちたがりな、そんな子達ばかりでした。

 男子のグループとも親しく、他のクラスにも交流を持ち、クラスの中心的な存在。

つまりは、カースト制度の上位層です。

 私は、入学してから一週間ほどで、そんな子達に声をかけられ、気付けば行動を共にするようになっていました。

 可愛いものやおしゃれには私も心惹かれるものがありましたし、正直話題はよく噛み合いました。

 しかし、性格は、残念ながら合わなかったみたいです。


 彼女達は、他の生徒を見下す傾向にありました。

 まぁ、ヒエラルキーみたいなものがある以上それは当たり前のことなのかも知れませんが、それが私はちょっと苦手だったのです。

 当然、中には屈託なく誰にでも同じように接する子達もいましたが、私のクラスで親しくしていたグループはそういったタイプではありませんでした。

 トイレに行けば陰口に黒い華が咲き、自分たちが下と見なした生徒しかいない場では露骨に態度を変える。

 私はそれに嫌気が差し、たまにそんな彼女達を(とが)めていたのですが、どうやらそれが(かん)にさわったようで、次第に私はグループ内で孤立し始めました。


 ある放課後、廊下を歩いていると教室から自分の話題が聞こえてきました。話しているのは当然彼女達で、内容は、まぁ良くないもので。

 さもありなんと、そのまま私は教室に入り、さして彼女達を気にも止めずカバンを取り、一つ挨拶をして帰りました。

 今にして考えればあれが決定的だった気がします。

 教室で目があった彼女たちは、一様に気まずそうな、バツの悪い表情を浮かべていました。

 おそらく彼女達は、決定的に私との関係が終わったと思ったのでしょう。そして、私が苦手な以上、負い目がある以上、それ以上の嫌悪でそれらを塗りつぶすのは案外自然な流れだったのかも知れません。

 無視を出来ない存在は、取り入れるか、攻撃するのが人間の性質ですから。

 しかし、それはやはり私自身に原因があってのことで。

 一番の問題は、私が――。


「あれ、七組の有馬さん?」


 不意に呼ばれた自分の名前。

 少しばかり現実逃避のように考え込んでいた私は、その声の主に気が付きませんでした。

 というよりも、彼は、いきなり目の前に現れました。

 階段を上がってくるのではなく、私が座り込んだすぐ隣の、屋上のドアを開け放って。

「……な、なにしてるんですか?」

 少しばかり混乱しました。

 もう急いで教室に向かわなければならない時間だということと、開くはずのない屋上のドアから出てきた生徒と、その相手が相手だったからです。

 坂月司。

 入学式から一ヶ月もの間、一度も姿を見せなかった一組の不登校児。

 てっきり引き篭もりの類いかと誰もが思っていましたが、GW明けから登校してきた彼は、大方の予想に反して社交的な変人でした。

 奇抜な言動や行動はもちろん、いつも飄々としていて掴みどころのない人柄は、教師陣でさえ手に余るといった反応で。

 特におかしいのは、彼は休み時間の度に他のクラスに居座るのです。

 どこからともなく椅子を持ち出してきて、教室の後ろの方を陣取ると、そのまま休み時間が終わるまでそのクラスの中を眺めている、そんな完全な変わり者でした。図太いというか、どこかネジが抜けてるんじゃないでしょうか。

 たまに声をかける生徒もいるのですが、大体の人が(すう)(こと)話すと、不可解そうな顔で離れていきます。

 当然その奇行は私のクラスでも行っていて、入学してから二ヶ月しか経っていないというのに、この学年で彼を知らない人はいないと言えるほど有名になっていました。

 その彼が、何故いきなり屋上から出てきたんでしょうか。謎過ぎます。

「いやー、何してるのはこっちの台詞だよ。もう授業も始まるっていうのにこんなところでどうしたの?」

「私は、その、そこに燕の巣がありまして……」

「あぁ、可愛いよね」

「はい、可愛いです……」

 なんだかピントがズレた会話な気がします。ただ、自分が可愛いと思っているものを同じように思ってもらえるのは、少しばかり親近感が湧きます。

「でも何で一人なの? せっかくなんだから友達と来ればいいのに。……あ、そうか、有馬さんイジメられてるもんね」

「……」

 言葉がありません。

 その事実は間違いありませんし、察してる人もいるのでしょうが、面と向かって『お前イジメられっ子だもんな』と言い放つ神経は、なかなか理解し難いように思えます。

 しかも悪気があって言ったような素振りもなく、単純に事実を言っただけのようでした。

 私はそこまで気にしませんが、人によってかなり傷付くんじゃないでしょうか。

「そうですね。少なくとも私には一緒に燕を見に来るような友達はいません。それで、坂月くんは屋上なんかで何をしてたんですか? そもそも立ち入り禁止で出れないはずじゃ?」

「うーん、学校で自殺といえば、屋上からの飛び降りだよね?」

「はい?」

「そう、飛び降りなんだよ。ニュートンと言えばリンゴってぐらいの連想具合で」

「はあ……」

 言われている意味がまったく分かりませんでした。

 いったい何の話しなんでしょう。

「だからこれぐらい大きい学校だし、屋上にいれば一人ぐらい自殺しに来るかなーと思って通ってたんだけど、少なくともこの一週間誰一人来なかったね」

「あの、屋上は開放されてないから誰も出れないし、そもそもこんな昼休みでは自殺しにくいんじゃないでしょうか?」

「なるほど、それもそうか」

 彼は合点がいったという調子でうんうん頷くと、何事もなかったかのように階段を下りていった。どうやらどうやって屋上に出たかは教えてくれないみたいです。

 階段の折り返しのところで振り向くと、「行かないの?」と一声かけられたので、私は促されるまま教室へと向かうことにしました。

 しかし、屋上にいたのは自殺を見物するためということでしょうか?

 なんというか、悪趣味ですね。

 彼と話すことはほぼないと思いますが、出来る限り近付かないようにしようと私は決心しました。


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