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ネガポジ  作者: 猫野ミケ
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瀬戸千歳Ⅶ

「じゃあ、そろそろ行こうか」

 彼はそう言いながら私に手を差し伸べた。

 その手を握ると、私は立ち上がり、促されるまま洞窟を出ることにした。

 転んだり、転げ落ちたりしたせいか、身体の所々が痛かったけれど、男の子が手を握ってくれたままだったから、そちらに意識が行ってしまってあまり気にならなかった。

 帰り道の洞窟は、一人で入ってきたときと違い、何だか探検をしているようでドキドキと胸が高鳴った。

 氷で覆われた道を、二人で出口へと進んでいく。

 途中まで、私たちは無言だったけれど、出口が近くなってきたときに男の子が口を開いた。

「そういえば、言い忘れていたことがあった」

 そう私の手を引く彼は、こちらを向かないままに呟く。

「死はきっと、優しいよ。そうであってほしい。でなければ、世界に救いなんていうものは存在しないんだから」

 その声には、今までと違って何だか深い響きを感じた。

 でも、それは気のせいかと思うほど一瞬で、すぐに明るい調子に戻って彼は言葉を続けた。

「ただ、さっき君が言った通り、死んだ後には孤独と虚無しかないのかも知れない。それなら、出来ることなんて限られてる」

「出来ることって?」

「そんなところに持っていけるものなんて、記憶ぐらいだろう。そして、真っ暗な孤独のなかでも、思い出し笑いぐらいは出来る。だから、」

 そう話しながら、洞窟の出口に差し掛かると、彼は先に地上へ出た。

 そして、足場の悪い入り口から、再び私に手を差し出す。

 外はもう真っ暗で、でも、窪地から除けた空からは、月明かりが降り注いでいた。

「生きているうちに、笑えることをしよう」

 私はそれを聞いて呆然とした。

「そんなくだらないことを一緒に出来る仲間を探してたんだ」

 仲間。

 確かに、昼間にも彼は人を集めたいのだと言っていた。

 私に出来るだろうか。

 あの絶対的な孤独と絶望の中で、笑えるような思い出を作るなんて。

 今日のことも、明日になれば、いつもの嫌いな自分に貶されるかも知れないのに。


 けれど、少しだけ、踏み出していいのかも知れない。

 また自分に落胆しても、自己嫌悪に陥ったとしても、目の前の男の子はそれを許してくれるだろうから。

 私は一つだけ、ため息ではなく、深呼吸をして彼に答える。

「もし、それでも、また死にたくなったらどうすればいいのかしら?」

 答えは決まってるのに、こんなときまで素直じゃない。

 でも、私らしいなと、受け入れることが出来た。

「そのときは今度こそ俺が殺してあげるよ。道具としてではなく、仲間として」

 彼は屈託なく笑う。

 でも、きっと冗談ではないんだろう。

 その物騒な台詞に、不思議と安心した。

「分かった。じゃあそのときは、無責任に、全部あなたのせいにして死ぬわ」

 私は、差し出されたその手を握って、氷穴から出た。

 あくびをするように、そっと身体を伸ばしてみる。

 少しだけ、何かから解放された気がした。


「さて、じゃあ、ここからどうやって帰ろうか? 何となく方向は分かるけど、バスの時間には間に合わないだろうな」

「それなら、私がタコ糸を引っ張ってきてるから、急げば何とかなると思うわ。あの崖の上に引っかかってるはずよ」

「あぁ、やっぱりあれそういうものだったのか」

 男の子が、やれやれと言った感じで呟く。

 まるで、何かを失敗したような素振りだった。

「実はそのタコ糸、ここまで巻き取ってきちゃったんだよね」

「……は?」

「ほらそこの足元にあるだろ?」

 言われて視線を落とすと、大玉に絡まったタコ糸の塊が足元に転がっていた。

「な、何で!? 馬鹿なんじゃないのあんた!?」

「あんたじゃなくて名前で呼んでくれていいよ。(さか)月司(つきつかさ)だから、坂月でも、司でも好きな方で」

「そんなこと聞いてないわよ! というか何で巻き取ってきたの!?」

「いや、昼間に会って別れたあと、歩いてたらタコ糸に足引っ掛けて転んでさ。で、危ないし、ただでさえゴミ問題でうるさい場所なんだから、ぐるぐるタコ糸巻き取ってきたってわけ」

「え? そ、そんな理由で追ってきたの?」

「そうだよ。というか、君を追ってたつもりもなかったし。どうして他に理由があると思ったんだ?」

 事も無げにそう言う男の子、坂月司は、嘘をついている様子はなく本当に疑問に思っているようだった。

 私はてっきり、私のことを気にかけて追ってきたとばかり思っていたけれど、どうやら違ったらしい。

 何だか全部があまりにも馬鹿馬鹿しくて、今日初めて、私は笑えてしまった。

「まったく、どうするのよこれ」

「なんで笑ってるんだ?」

「あんたが馬鹿だからよ」


 その後、私たちは結局バスの時間までには樹海を脱出出来ず、たまたま通りかかったトラックの荷台に乗せてもらうことになった。

 いつでも死ねるように、理想の自殺場所を探しに来たはずだった。

 それは、意外とあっさり見付かったけれど、もう来ることはないだろうと思った。

 いつでも私を殺してくれる馬鹿と出会えたから。

 樹海の並木道から見上げた夜空は、坂月司が私に言った言葉と同じく、胡散臭いぐらいに澄んで見えた。


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