ファースト インプレッション その4
ここまでで一番書きたかったところです。
いい感じの空気でてるといいなぁ…
コースに入るまでの僅かな時間に俺はこのマシンの感触を確かめてみた。
さっきのユーティリティーモデルと比べると圧倒的に軽い。体重移動をすると片輪が浮くのではといえる位だ。
というか多分、浮くと思う。
アクセルを大きく開ければ容易にタイヤが滑りドリフト状態に移行する。
体重のかけ方で斜めに移動していく乗り物を始めて運転した。衝撃的だった。
戸部さん(兄)がスタート位置でストップウォッチを手にしたのを確認してすぐ向かった。スター位置についてギアをニュートラルにすると戸部さん(兄)は大きく声を掛けてきた。
「いいか!俺が肩をたたいたらスタートのマン島TTRace式!そこからタイム計測開始だ!妹が着たらストップウォッチ預けてお前を追いかけるから、掴まんなよ?トラブルがあったら端によって停車!すぐ向かうから車体から降りてエンジン切って待ってろ!OK!?」
俺は大きく頷く。カウントダウンが始まった。アイドリングの音が緊張感を生み出す。
「いくぞ!!スリー!ツー!ワン!」
拳銃のトリガーを握るようにグリップを握る。
「ゴー!!いってこいや!!」
ゴーの合図とともに肩がバン!と叩かれ同時にアクセルを吹かしクラッチを荒々しくつなげる。
デチューンされているからかウィリーこそしないものの、一周目とは違う圧倒的なスピードで走り始めた。
一速のギアは一瞬にしてピークパワーまで振り切った気配を感じテンポよくギアを文字通り蹴り上げる。
緩やかな高速カーブの頂点でテンポよくもう一度蹴り上げたとき、既に流れていく景色は別の世界のものに変わっていた。
(は、速えぇ!?)
正直、ここまで速くなるとは思ってなかった。
メーターがないから正確なスピードは分からないけれど、まるで一車線の高速道路を走ってる気分にさせられる。
荒れた路面で先ほど滑ったタイヤを思い出してしまい、ぞっとしてしまう。
(でも…これは…最高に刺激的だぜ!!)
まさにチキンレースだな。と内から出てるひきつる笑みをコースを征服せんとばかりの攻撃的な嗤いに変えて…
――第一ヘアピンへ突撃した。
(…ここだっ!)
自分の中でギリギリの位置での減速。
右手と右足で強く押し込み、ツンのめるような荷重の移動、その勢いを押さえつけるように車体を押さえ込む。
(強すぎたか?)
A B Sの付いていないマシンは完全に滑り出している。
俺はクラッチレバーを握り、左足を二回蹴りこんでギアを戻した。
後輪が未だに滑り続けている。
クラッチをゆっくりと繋ぎながら右足のブレーキを緩めると、減速した車体とタイヤの空転に折り合いがついた。
ゴツゴツしたガレ場を越えながらの再加速。緊張しきったブレーキを握る右手と右足を緩めた瞬間に一気にアクセルを押し込む。
押し込んだ時に捻った手首と連動して屈んだ様な体勢でカーブを抜け、加速すると後ろ足で地面を蹴る様な感覚に襲われた。一気に加速する。上り坂を越える。
(た…楽しい!!)
これは一周目に感じた最初の感想。けれどもその大きさはエンジンのエキゾーストに比例していた。
音だけで繋いで行くギア。
加速はリニアモーターのように滑らかだ。
右手、左手に竹林が見え次は反対の右回りヘアピンカーブ。
岩のない理想的なカーブを攻略にかかる。
減速、旋回を同時にすべくまずは緩やかにコースを沿って左に旋回した。
すぐにカウンターを当てる。フロントのブレーキ、右手に力を入れハンドルを切る。同時に右足で蹴るように車体を振り回す。
オンロードの基本のアウト イン アウトとはかけ離れたまさにV字を描くライン取りをした俺は再び直線的な加速をしたのだった。
再び風を切り始める。しかし先程とは空気が違っていた。
直線に入る一瞬前、直ぐに聞こえなくなったが小さなエンジン音が耳に入った。
――戸部さんがコースに入った。
研ぎ澄ました五感と切りつける風のプレッシャーから俺は確かにその事を理解した。
一瞬、エンジン音に気をとられて路面にハンドルを取られてしまった。
一周目でなにも感じなかった小さな路面の凹凸が鈍器のように俺を殴り付けてきた。
ここは岩こそ転がってないが、所々雨の浸食で不均等な波のような路面になっているようだ。
暴れ馬のようなマシンを無理矢理押さえつけ、そのままのスピードで次へと進む。
(…また、ガレ場か…)
バンピーな道に下りのS字カーブ、イレギュラーの後の高難易度のセクションに俺は多少の焦りを覚えた。
岩肌を弾くよう跳ねて、下りのカーブをスキップしながら降りて行く。左手を見るとカーブの終わりが見える。どうやら円形の長いコーナーのようだ。
俺はコーナーを2速のまま、回しきった。
コーナーで少し膨らみ、アクセルを多少戻し、出口を抜けたとき二つの坂道が見えた。
上りと下り。あの奥、二つの坂道の間にはヘアピンカーブがある。あそこは前半で区切りとなる四度目のヘアピンだ。
ここから如何にスピードを繋げるかが肝になると戸部さんに言われた。
(よし、やってやろうじゃねぇか。)
緊張しきった体に再びカツを入れて目の前を望んでみる。
一周目で意識しなかった地形の起伏やコーナーがよりハッキリと五感に伝わってくる。
コーナーに沿った荷重移動で最短距離を走って坂道と道沿いから伸びた枝のアーチを潜るように走り抜けた。
上りきった坂道から新たなヘアピンが顔を覗かせる。
――簡単なコーナだ。
二回目の右ヘアピンカーブは肉食獣の如く征服してしまった。緩な砂利の轍は俺の一振りで鋭い牙のように形を変えたのだった。
カーブの出口、レンジの違うスピードで入る下り坂はもはや恐怖だった。
短い坂を下きる直前、緑が繁り始めるこのコースの奥に確かに見えた。
――戸部さん!?
木々の間を潜り抜け、道を挟んだ先のピンホールショットを決めたその先に圧倒的な威圧感を感じた。
逃げるようにコースは手前の車線を離れ、再びお互いのマシンがぶつかる勢いで交差する。表情が全く見えないオフロード ヘルメットでもその威圧を纏ったマシンとその体から叫ぶような感情が伝わってきた。
――さぁ、鬼ごっこの始まりだ
俺は戸部さんが狐のように大きく牙を向いて俺に笑いかけている様にしか見えなかった。
俺は焦りもあったが、純粋なスポーツマンシップとエンジンが奏でる狂喜に酔いそうになりながらヘアピンを攻略した。
路面の弾み、袈裟斬りから一文字に繋ぐような切り返し、足元の一時の相棒を扱い、猛獣使いのように乗りこなし、コースを征服していったが、マシンと一体となった本物の化け物にはとても及ばなかった。
◇◆◇◆◇◆
結局、この鬼ごっこはコースの後半、何度目かの失速気味のヘアピンカーブで俺の敗北という結末で終わったのであった。
というわけで起承転結で言うところの転ですね。
次回が結という名のエピローグですね。
次でファーストインプレッションは終わりです。そして正月に書き溜めてた書き溜めも次でなくなります;;
2017/01/31
補足
ガレ場=瓦礫のような岩が転がっている起伏の飛んだ地形
友人から聞かれたので書いておきます