サード パーティー その10
レースで最も重要な瞬間は何か。
この単純な質問の答えは古今東西、オンオフ、2輪4輪、レースジャンル問わず全てのレーサーは口を揃えて言うだろう。
「それはスタートだ」と
一瞬で大きく順位を上げる。多重クラッシュを避ける。間接的にライバルの進路を塞ぐ。
様々な意図が交差するなか、提示される1分前のボードは平等に戦いの始まりまでの時を告げる。
しかし、それは公平ではなく緊張、不安、闘争心と己が心に問いかける様に複雑な意味をはらむ。
30秒前の札が昇ったとき、空気が振動した。
それは見守る観客の鼓動とエンジンの音。
レブ付近にキープされたエンジンの回転は駆動部にクラッチレバーを離し、繋げるだけで何時でも最高速で加速出来るように準備されてく。
スターターが日章旗を持ちレーサーを1つ睨む。
…振った!!スタートの合図とと共に放たれた矢は最初のジャンプ台、コーナーまで一直線に突っ込んで行く。
暴力的だ。
全く隙間のない距離感から詰まる車間に小競り合いでぶつかる打音がエンジン音に掻き消されていく。こんなスリリングでクールな世界があったのか。
前に出たのは3人。内、2人はダイキさんと天野さん。先頭に出た天野さんが2人を離す形で最初のコーナーを出ていくが、ダイキさんともう一人は完全に横並びになった形で第1コーナーへ侵入していった。
スパークプラグから飛ぶ火花と同じ電圧で視線をぶつけ合う2人はダイキさんの殴りつけるような視線に圧倒され、もう一人のレーサーが脱落していった。どうやらダイキさんに軍配が上がったらしい。
前に出て第2、第3と続くコーナーて後続を引き離したダイキさんは既に前にいる天野さんに頭を向けると獲物を狙うように地面を蹴り出した。
それからのレースはまさにダイキさんと天野さんの一騎打ちだった。
コーナーで限界を攻めてるダイキさんが若干追いついているように見え、直線とジャンプで同じだけ離されていく。
熱を上げて入れ込んでいる俺たちを見て奮起したのか、ラストスパートでダイキさんが肉薄した場面もあったが、結局スタートの差を埋める事が出来ずにこのレースは天野さんの勝利で幕を下ろした。
「ダイキ、お疲れさま」
「あぁ、サンキュー…っあー!ちくしょう!勝てなかった!」
木下さんの労いの言葉に短く返したあと、ダイキさんはまるで自分が不甲斐ないかのように叫喚した。
「でも、結構接戦に見えましたよ?」
「さっきの試合はな。正直、向うにはハンデもらってるようなもんだから勝てないとダメだったんだよ」
「「「「ハンデ?」」」」
俺達が首を傾げていると、準備を整えてるケイくんがその答えを教えてくれた。
「ああ、このあと観ればわかると思うけどダイチくん、実はダブルエントリーなんだよ」
「ワンヒートだけのだけどね?それにダイキくん?さっきのは俺も全力だったよ?ミドルの2ヒート目は出ないしね」
ドリンク片手にシレッと会話に混ざってきたのは先程の勝者の天野さん。
緊張が少しだけ緩和された雰囲気で対戦相手と向き合う姿に気負いは一切なかった。
「それでも3ヒート走るってんだろ?それで負けんのはやっぱ悔しいぜ」
「まぁ、来年はダイキくんこっち側らしいしね?なら勝てる内に勝っておかないとね」
「はっ、言ってろ…」
軽く息を付いた天野さんはありありと悔しさを滲ませているダイキさんを放る様に背を向け軽く手を振りながら自陣に戻っていった




