セカンド プレイス その10
熱い展開、書けてる様な気がします!
ーーやられた。
鎌瀬さんがスタートして少し、まるで一石を投じたような波紋。
これは1位が入れ替わるのでは?と言わんばかりの走りにまず、ヒーロが気づいた。
レースの出ていない家族は既に帰りたがっている様子で実際、入賞の望みのない家族が帰り支度を始めていた。
しかしオーロラスクリーン越しに解る明らかに今までの人達と違う挙動。
平均台の上を全力疾走するような危うさに流し見をしてる人の足さえ止めさせた。
飛び越えるようにカットするS字カーブ、砂煙沸き立つヘアピン、小丘をスピードを緩めることなくすっ飛んでいくそのサマは一回目の彼とは根本的な考え方さえ違うように見えた。
計測タイムとスクリーンを交互に眺める観客。
ねーちゃん達でさえゴクリと固唾をのみ、拳を作った。
そして、彼がゴールした瞬間、停滞していた空気感がまるで水を得た魚のようにわあと沸き立った。
そう、彼は俺より3秒速くゴールしたのだ。
3秒。
それは緋色が言っていた俺のレッドライン。
俺の自己ベスト。
そして、限界。
ゴールした鎌瀬さんはガッツポーズをしたあと、俺を見つけ、大袈裟なまでに指を指してきた。
叩きつけてきたのだ、挑戦状を。
限界を越えてみろと。
理想の先を行けと。
古賀音さんに聞いたがカートは一周辺り40秒程度のコースでコンマ数秒を争うらしい。
5周程度走ると1秒、2秒。
これはそのままズバリ俺が鎌瀬さんに勝つために必要なタイムだ。
そういう勝負になったのだ。
◇◆◇◆◇◆
鎌瀬さんがゴールして一番始めに俺のもとにやって来たのはヒーロだった。
アイツも感じることは一緒のようで、複雑な顔で一言、聞いてきた。
「走るのか?」
「ああ、やるよ」
「キィつけろよ?」
「わかってる…けど…」
「…けど、やるからにはファーストプレイスだろ?俺っちだってわかってるよ」
短い問答の後、ヒーロは「観戦させてもらうぜ!」といつもの調子でねーちゃん達を引き連れてその場を後にした。
その後にやって来たのは戸部兄妹。
ダイキさんはヘルメットを手にもっていて走る直前といった様子だった。
「…いくんだろ?2本目」
「ほんの10分前まではこのまま行けると思ったんですけどね…これからヘルメットやら持ってきて、ラストラン。やりますよ」
「…持ってくる必要は無さそうだけとな」
ニヤニヤしてるダイキさんの目線の先を追うと俺のもみじちゃんがこちらに向かってきているのが見えた。
「ソラト兄さん、どうぞ」
「も、もみじちゃん…」
「ヒイロ兄さんから聞きましたよ?ベストタイムを更新するためにもう一度、走るって…」
そう言ってもみじちゃんはジト目になって俺に無言の非難を向ける。
「どうせ無茶するんでしょ?」と。
「ま、まあ?勝つには鎌瀬さんよりタイムを上回らせないといけないし…ね?」
しどろもどろになったけど、なんとかもみじちゃんに言い返すことができた。
彼女は暫くジーッと俺を見ていたが、俺が引かないのを察したのかキツイ視線をほどいてくれた。
「まぁ…あんまりキツイことばかり言って逃げられるのはイヤですからね?」
そういってもみじちゃんは俺にヘルメットを渡しながらもチラリとあかりちゃんの方を見た。
あかりちゃんはノリ良く「おおう!?私たちも勝負、ヤリマスカー!?」とパチパチする飴位の電圧で火花を散らしていた。
ダイキさんは…
「おうおう、大変だねぇー色男さんよぉ」
ダイキさん…めっちゃ恥ずかしいんで…すいません…勘弁してください…
◇◆◇◆◇◆
「さて」
話がひと段落付いたのでもみじちゃんからヘルメットを受け取り、再び準備を整えた。
ーーラストランだ。
前回よりタイムが悪くなるかもしれない。
大きなミスをして怪我をするかもしれない。
コンマ数秒を詰められなくて負けるかもしれない。
それでもセカンドプレイスよりはずっといい。
俺の覚悟が伝わったのかこの場に再び緊迫した空気感が漂う。
被ったヘルメットは外のノイズを減らしてゾーンに入る手助けをしてくれる。
プロテクトされた肘や膝はATVに乗る以上でも以下でもない姿勢を自然体にしてくれた。
最後にグローブが俺の握った拳を更に強固に固めた。
入り口でマシンを受け取るとすぐ近くに鎌瀬さん達がいた。
鎌瀬さんは言葉すら交わさず目で「俺のタイムを越えてみろ」と俺に訴えかけてきた。
古賀音さんはともかく向こうの女性陣は若干、苦笑い気味でや鎌瀬さんを見ている。
が、俺は好敵手な鎌瀬さんはマジでわかってる人だと思う。
サイコーだぜ、鎌瀬さん。
ライバルに熱い挑発を受けた俺は本日2度目のスタートラインへとマシンを運ぶ。
一見すると鉄の板にしかみえないそれにフロントのタイヤを乗せるとかたん。と一つ音が聞こえた。
準備完了だ。
スタートにつけば何時もの問答。
既に他の人達は全員走り終えてる。
そう、前に誰もいない。
理想的な環境、自分のタイミングでのスタート。
間違える筈なんてない。
3,2,1,0のカウントダウンから俺はミリ秒のズレもない理想的 なスタートを切ったのだった。
◇◆◇◆◇◆
理想的なスタート、理想的な加速、理想的なシフトワーク…そう、俺は理想的なトップスピードまでのプロセスをこなした。
やっていることを言葉にするのはは確かに簡単だ。
アクセルを全開にして、レブまでまわしきる直前でシフトを変える。
ただそれだけのこと…だが、細かいところを言えば違う。
リミッターの付いているこのマシンはエンジンが回りきらないし、路面はダートなので荷重のかけ方によっては理想的に加速しない。
極め付きはこのコースの幅だ。
軽トラックがギリギリ入る程度のこのコースを幅が違うとはいえ4輪のこのマシンが全開のスピードで突っ込んでいく。
100m走の選手と同じ速度まで到達するトップスピードでの障害物競走は本来、背景であるはずの木々が襲い掛かってくる魔物にすら見えてくる。
そんな幅の狭い《ノーエスケープゾーン》コースを全力で走っているのだが、鎌瀬さんはまだ足りないと言ってきたのだ。
戦え。そういうことなのだろう。
俺は覚悟を決めた証といわんばかりにコースに侵食しつつある木の幹を文字通り避けながら最初の緩やかなストレートの最短距離を走った。
そのまま、最初に待ち受けるのは何回も走った第1ヘアピン。
何人かいる観客の最前面にヒーロはいた。
ゾーンに入っている俺はスローモーションで見えるあいつの「カマス《・・・》んだろ?」と聞こえる仕草にすばやく返事をしながらブレーキの準備に入る。
一拍…二拍…時間の感覚が違うので一概に何秒とはいえないが、少なくとも正面のヒーロ以外の観客の顔を青ざめさせる程度、ブレーキングを遅らせた。
直後フルブレーキ。
右手と右足がタイヤが滑るのをしっかりと感じ取り、左足は2回、シフトペダルに荒々しく蹴りを入れる。
最短の制動距離になるようブレーキを緩め、理想とは遠いコーナーの進入スピードから左が浮いた。
次の登りの子丘へ勢いをつけたままながら、カーブの直前に見えたねーちゃんに心の中で軽く謝りを入れる。
悪い、ねーちゃん。お上品な走りはもう、おしまいなんだ。
ーーこれからは狂気のタイムトライアルの時間だ。
セカンドプレイスは次回で終われそうです!




