セカンド プレイス その9
戦います。
まず、走行開始の時間と共にダイキさんは大きくスタートを切った。
グリズリーズのスピードに慣れていた先ほどまでの参加者はスピードレンジがまるで違うダイキさんの走りに文字通り、度肝を抜かれていた。
唸るエンジン音、オーロラビジョンや最初のストレートで分かるスピード、そこには環境が…など野暮なことを言う参加者はいなかった。
ただ、原始的な自然への Tへ熱狂的な興味を持った観客がいるのみとなった。
スタッフが放送にて
「自身の安全に気をつけていただいて観戦していただければコース内を観戦できます。
中に入る際はスタッフに声を掛けてください。」
と1つ声を掛ければそこに自身の結果を受け取ったグリズリーズはおらず、まるで羽ばたくようにさまざまな観戦スポットへと分かれたのだった。
残されたのは同じく度肝を抜かれたアンリミテッドクラス、そして上のクラスのレベルに武者震いを起こすリミット250クラス。
鎌瀬さんは2,3回ほど大きく深呼吸をした後、強く自身の太ももを叩いてから俺に向きなおした。
「…よし、これからは真剣勝負だ。」
「はい」
「ルールは簡単だ、イベントが終わってもらう順位が早いやつの勝ちだ」
「二回走るかどうかは自由ってことですね」
「そうだ、そして2回目を走った場合、1回目が無効になるところも一緒だ」
「分かりました」
俺が短く頷くと鎌瀬さんが偽悪的に笑みを返す。
この時、俺は鎌瀬さんとの奇妙な一体感を感じたのだった。
◇◆◇◆◇◆
グリズリーズより30秒速い1分半後に後続が出発してから次の三人目が出発をした直後、まさかと思うタイミングで近づいてくるエキゾーストが耳へと飛び込んでくる。
ダイキさんだ。
あの人は3分と25秒ないし6秒という驚異的なタイムで俺達の前を通過したのだ。
ダイキさんのスタートに当てられて我先にと順番待ちをしていたアンリミテッドのライダー達は同じようにダイキさんの走る様子とゴールの瞬間によって出鼻を挫かれたようにうっとその身を仰け反らせた。
なかには
「おれ、出るクラス間違えたかなぁ…」
と呟く人まで現れるくらいだから、ダイキさんが与えたインパクトは相当なものだった。
マシンを端に停めたダイキさんはタイムを確認しにコースの入り口へと向かっていった。途中、ちらりと俺の方へ向き声を掛けるまでもなく「がんばれよ?」とエールを送ってきた。
俺の順番が着実に進んでいく。
目の前の二人が過ぎれば自分の番というタイミングでアカリちゃんが俺に声を掛けてくれた。
「ソラトくん…見てるからねっ!」
この一言で俺の気持ちが完全に前へと向いた。
入り口でマシンを受け取って跨ぐ。
エンジンをかける。
かかりの良いエンジン音が辺りに響き渡る。
2,3,アクセルを回してからアカリちゃんに一言、「行ってくる」と声を掛けてスタート地点にマシンを止めた。
スタートの流れはダイキさんのときと同じ、声を掛けられて確認をとる。
先行が出てから1分20秒、発進の10秒前にして俺の気持ちは穏やかだった。
気負うことなく始まるカウントダウン。3,2,1…
0と同時に肩を叩かれ、俺は飛び出した。
◇◆◇◆◇◆
結論から言うとこの一週は理想的なほど綺麗に走れていた。
ブレーキングポイント、スピードの乗せ方、コーナーのライン、ダイキさんに教わったことを十全に生かせたのではないだろうか?
走行中にチラッと見えたねーちゃんやあかねちゃん、もみじちゃんがとても驚いたような仕草を見せたのがなぜか面白くて、それに返事するかのように俺は彼女達に大きくうなずいてみせた。
あえて今回の T にケチをつけるとすると、ヒーロがやけに真剣な目で俺を見ていたのが気になったぐらいだ。
コースを走りきり、マシンを止めると俺は最初にダイキさん、続いてアカリちゃんとハイタッチを交わした。
「よう、1回目のトライ、お疲れ様」
ダイキさんがやけに1回目を強調するので少し探りを入れるように聞き返してみた。
「はい、ありがとうございます!なんとか上手いこと走りきりました!…そういえば…ダイキさんは2回目は走るんですか?」
「いや、走るとしたら最後だな。
…まあ、今回は木下って奴がいないからアンリミテッドは2回目にいかなくてもいいかもしれないなぁ…だがソラト、おまえは…」
そう、にやりとダイキさんは含みを持たせた笑い方をしながら答えた。
後で聞いたのだが木下という人はアカリちゃん曰く、ダイキさんの幼馴染らしいのだが、ダイキさん的にはライバルのようなものらしい。
よく分からないが、俺とヒーロのような関係なのだろうか?
ダイキさんとの話を遮る形でねーちゃんたちがこちらにやって来た。
「ソラト、凄いじゃない!?」
「私、ソラト兄さんの新しい側面を垣間見た気がします」
「ヒロにぃもすごかったけどソラトにぃもすごか!?」
「…あかねちゃん、それどこの方言?」
そんなことを軽く話し込んでいると少し遅れてヒーロがやって来た。
アイツは少しだけ考え込んでいる様子だったが俺達に気付くと、すぐいつもの飄々とした面持ちに戻っていった。
「ソラト、綺麗なライン取りだったじゃねぇか!?」
「おう、ヒーロ。割と上手くいったわ!ただ…」
「…ただ、タイム的にはベストよりはって感じか?2秒落ちってとこか?」
ギクリとした。
俺はヒーロの見ている所ではミスをしていない。
俺が「大体それぐらいだよ」と答えると、ねーちゃん達が「殆どベストタイムじゃない!?」と驚いていた。
ヒーロの先程の台詞だって寧ろねーちゃん達よりの意見のつもりの発言だったのだろう。
しかし、俺にとっては2秒もベストから遅いのか?と問い掛けられている様にしか感じられなかった。
◇◆◇◆◇◆
先程のシコリの残る会話のあとも、何台か走行が終わった。
心配とは裏腹に俺は依然クラス1位のままだった。
そう、初回の鎌瀬さんの走行では俺の方が3秒速かったのだ。
だが、そのときの鎌瀬さんは全く悲観する様子などはなく、完全に2本目に向けて集中している様に見えた。
◇◆◇◆◇◆
イベントは終盤に差し掛かった。
しばらくして俺はこの大会が思ったより実力差のある試合だということを肌で感じることとなった。
というのも居ないのだ。
俺や鎌瀬さん、ダイキさんに比肩するタイムで走りきる人間が。
特にナンバープレート付きのクラスが顕著なのだが、ダイキさんが1位なことはあまり驚きではないが2位が俺のタイムと殆ど同じ…と言うか若干俺の方が速いと言う有り様なのだ。
正直、これはクラスを分けた方が良いのでは?と思うところなんだが、こういったことは例年では殆ど起きない事態らしい。
最も、来年以降にクラス編成は変わるとの事らしいので来年はまた展開が違ってくるのではないかと思う。
ぼんやりと2本目を走るべきかを考えていると鎌瀬さんが俺に声を掛けていった。
「お前に2本目を走らせてやるよ」
そういって列なく入れるようになったコースの入り口に足を運び、そのまま走り出した鎌瀬さん。
そう、イベントは着実に進行していった。
事態が急変を見せたのは丁度この3分と少しあと、鎌瀬さんの2本目が終わった瞬間からだった。




