初恋
私の初恋は保育園で四歳の時。
そう、あの千鶴くんだ。
千鶴くんはかっこよくて、面白くて、走るのが速くて。
千鶴くんは女子からとても人気があった。
そんな私は正反対で、根暗で友達もおらず、絵本を1人でいつも読んでいた。
保育園の庭を友達と走り回る千鶴くんをリス組の窓際で絵本を読みながらよく眺めていた。
かっこいいなかっこいいなかっこいいな、、、、
ーーーー私は千鶴くんに虐められていた。
先生の居ない時に千鶴くんのグループはやってくる。
馬鹿、阿保、死ね、帰れ、気持ち悪い、バイキンがうつる、近寄るな、といつもと同じ文句で、同じ口調で、同じ口の開き方で、目を4ミリほど細めて、長いまつげを少しふせて、、、今日も綺麗だな、千鶴くん。
そこからは千鶴くんを筆頭にみんなで殴る蹴るが始まる。
痛い、痛い、苦しいよ、誰か助けて。でも。
千鶴くんは女子からとても人気があった。
そんな千鶴くんに世界で一番触れられているのは私だと思う。
ほら、女子がみんな羨望の眼差しで私を見ている。
私は痛くて泣きながら、痛くて喜んだ。
家に帰ってお風呂に入るのが楽しみで。
生まれたままの姿の私の身体にはたくさんのアザができていた。
愛おしくて、愛おしくて、そのアザを見ながらーーーー私は五歳の時に初めて自慰を覚えた。
風呂にあがると、毎日食卓で千鶴くんと遊んだ話をした。
そんな私に衝撃的な事があった。
年長の星組になった時だ。
いじめが先生にばれたのだ。
先生が千鶴くんたちのグループを職員室に呼び出す。
私は何が起きているかわからないまま教室で口を開けたまま先生が来るまでの一時間、まばたきさえ忘れていた。
先生が私を職員室に連れて行く。
そこにはヒクヒク泣いている子達と、1人だけふてくされた千鶴くんが待っていた。
先生が謝るようにうながす。
「ごめんなさいいぃ、、」と嗚咽まじりに口々に言われる。
「いいよ」と私は眉毛を下げながら無理矢理笑顔を作る。
千鶴くんだけは最後まで謝らず、鬼の形相で私を見つめていた。
見たことのない怖い千鶴くん。
私は千鶴くんに二度目の恋をした。
小学生になると私をいじめていた子達は私と仲良く話してくれるようになった。
とても嬉しかった。
でも千鶴くんとは一度も同じクラスにならなかった。廊下ですれ違うことはあったが千鶴くんは私を居ない存在のように一度も目を合わす事も話す事もなかった。
千鶴くんは女子からとても人気があった。
いつも女子に囲まれていて、バレンタインは毎年沢山のチョコを貰っていた。
それでも私は千鶴くんのことを目で追い、くまなく観察を欠かさなかった。
日記は千鶴くんの事でいっぱいだった。
毎日食卓で千鶴くんと遊んだ話をした。
お父さんの読んでいる週刊誌を夜こっそり盗み、連載物の官能な漫画を読んではイケナイ知識を沢山覚えた。
そしてそれを千鶴くんに置き換えて、自慰も日々、激しいものになった。
六年生になるまでは。
六年生になり、私はついに千鶴くんと同じクラスになった。
私は死んでもいいと思った。
だから死んだ。
始業式の日の朝、千鶴くんの通学路にあるチューリップの咲き誇る公園で待ち伏せした。
千鶴くんが角を曲がってくるのが見えた。
私はよく少女漫画にあるように食パンをくわえながら千鶴くんにぶつかった。同時に朝、食パンを切ってきたパン切り包丁で千鶴くんの口を真横に勢いよく引いた。
キラキラの鮮血が飛び散る。
何が起こったかわからない千鶴くんはうずくまる。
真っ赤になった食パンをむさぼる私を見て千鶴くんは真っ青になった。
私はジャムパンを咀嚼し終え、千鶴くんに告白した。
「千鶴くんがずっと世界一好きだったから私を虐めてほしい。」と。
花束になれればと、チューリップをブチブチと引きちぎり、私の口に沢山詰めて見せた。
千鶴くんはランドセルを私の顔にぶつけてきた。私は後ろにひっくり返る。
千鶴くんは言った。
「バイキンがうつる。」
その表情は氷よりも冷たく、海よりも青かった。
そんな大自然を連想させる千鶴くんに私は酷くユーモアを感じたと同時に、私を未だに名前ではなくバイキンと呼ぶ事に、真っ直ぐな意志の強さも感じた。
私は嬉しくて泣いた。
千鶴くんが近付いてくる。私の口をパン切り包丁で真横に勢いよく引いた。
「これで念願のペアルックになれた気分はどう?もう思い残す事はないよね?でも、あの時死んでくれてたら良かったのに。」
千鶴くんはそう言って何度も何度も私を切りつけた。
ぼんやりしていく意識中で千鶴くんの股間が大きく膨れ上がっているのが見えた。
あーあ。
私は逝ってしまった。
通夜はしめやかに行われた。
お父さんが祭壇越しに言う。
「良かったな、千鶴くんと同じクラスになったぞチヅル。」
私は死んでもいいと思った。
だから死んだ。
中学でも千鶴くんは女子からとても人気があった。
あの世でも私の妄想と自慰は止まらなかった。