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漆黒のエリュシオン  作者: カブヤン
閑話 漆黒の月夜で孕んだモノ
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第10話 世界の中心で語り合う者達

 そこにいる全ての人は、笑顔だった。


 山の斜面に沿うように建つ城。その下に広がる大きな大きな町。


 世界各国から集められたありとあらゆるもので市場は溢れかえっている。人々はそれを手に取り、談笑しながら買い物をする。


 籠いっぱいの食材を足元に置き、ふくよかな女性たちが会話に花を咲かせている。


 そこはファレナ王国が城下町。世界で一番人が集まる町。


 市場を外れればそこは宿屋街。大きな声で宿主たちが客を呼んでいた。その声の中、歩く一人の大きな男。


 胸に輝く紋章はファレナ王国騎士団の紋章。腰に下げた剣はその装飾から高価な物だということがわかる。


 眼光は鋭く、しかしながらどこか子供っぽさが残っている。若く大きな男。


 彼はある宿屋の前に着くと、扉を開いてその宿屋に入った。宿の一階は落ち着いた雰囲気の酒場。昼間だからか、人はいない。


 男は店主を見て頭を下げる。店主はそれを見て、宿の入口へ行くと扉を閉め、鍵をかけた。


 店主は奥へと消えていく。これで酒場には彼一人。


 騎士の男は剣を腰から外すと、隅の席に座った。


「遅かったなオディーナ。随分待ったんだが」


 突然聞こえた男の声。気がつけば、騎士の目の前には漆黒の服を着た男が座っていた。片手に酒の入ったコップを持ちながら。


 やれやれと言った顔で、オディーナと呼ばれた騎士の男は口を開いた。


「全く、大隊長なんだぞ私は。今日の会議を抜けるのにどれだけ白い眼を向けられたか」


「悪い悪い。今日がよかったんだ」


「急に手紙を寄越すとは、お前でなければ一蹴していたところだぞ。やれやれ……」


 疲れた顔で、オディーナは黒い服の男から酒の入ったコップを奪い、それを飲み干した。


 そして大きく息を吐く。酒臭さが周囲に充満する。


「ふぅ……それで、何の話だアルスガンド。言っておくが仕事はまだないぞ。盗賊狩りも騎士団でなんとかなっているしな」


「今日はそうじゃないんだ。まっ、仕事は欲しいがね」


「それじゃなんだ? もったいぶるな」


「ああ、ちょっと頼みがあるんだ」


「む?」


 アルスガンドは一枚の紙を出した。それは手紙。厳重に封がされた手紙。


「これ、国王陛下に渡してくれないか?」


「何だこれは?」


「魔法機関からの手紙だ。聞いて驚け、機関長直筆なんだぜ。この封、魔法らしくて本人以外は開けられないんだってさ」


「何だって、待て、何が書かれているんだ? 中身を確認せずに渡すなど、できんぞ私でも」


「それはこれから話す。まぁ、長くはならないさ。酒、取ってこようか?」


「いい。私が自分で取る。お前の酒の趣味は微妙すぎる。私に任せておけ」


 オディーナは立ち上がり、店主のいないカウンターの中へと入っていった。手慣れた手つきでグラスを二つ、酒瓶を一つ取り、彼はそれを持って席に戻る。


 彼はグラスを並べ、酒を注いだ。赤みがかった酒の色。


「オディーナはブドウ酒ばかりだな。全部同じにしか思えないんだが、何が違うのかね」


「全然違うだろう。いいか、まずこの酒だが、王歴に直して」


「待て待て、今日は酒の解説はいい。俺が話に来たんだ」


「そうか? わかったそれじゃ次に……それでは話してくれアルスガンド」


「ああ、それじゃ、この手紙だが……の前に乾杯だ。久しぶりだしな」


「うん? ああ、そうだな。では、乾杯だ。我々の友情に」


「さらっと言うなよ恥ずかしいこと」


「ふふふ、騎士とはそういうものだ」


 そして鳴らされる二人のグラス。合わさったグラスは軽い音を発して、ゆらゆらと揺れる酒を二人は口に運ぶ。


 一口、二口、喉を潤して二人は全く同時に机にグラスを置いた。


「魔術協会の中に人を殺す魔術師がいる。数日後、全員殺す」


「何だと?」


「大規模な戦闘になる。ファレナ王国の中でだ。許可が無くてもやることに変わりはないが、できれば騎士団には手出ししないようにしてもらいたい」


「馬鹿な待て、魔術協会は魔術の学校だぞ。子供も多い。そこで戦闘? 許可などできるか。子供たちが巻き込まれたらどうするんだ」


「大丈夫だ。協会本部ではやらないさ。外だ。郊外の聖堂でやる」


「待て……待て。詳しく聞かせろ。このオディーナ・ベルトー。不明瞭な情報では動かんぞ」


「しょうがねぇなぁ」


 面倒くさそうに、アルスガンドは椅子に浅く腰掛けて少し伸びをした。反対にオディーナは食いつくように身体を前のめりにする。


「ここ数週間。俺の一族で魔術協会を調べた。情報があったんだ。人を殺す魔術師がいるっていう情報が。それでわかったことだが、やつらは定期的に人を攫って聖堂に連れ込んでいる」


「何だと、冗談だろうアルスガンド? 魔術協会だぞ、あんな、木の枝のような腕をした頭でっかちなやつらが、人を攫えるのか?」


「まぁ、本部にいる奴らは今んところ全員白だ。ガキ共の親も全部調べたが、その行為に加担してる様子はない」


「では?」


「一部だな。聖堂を拠点に、一部の魔術師がそこで研究をしてる。そこでは人を殺す術を、そしてエリュシオンを研究しているんだそうだ。資料盗んでみてみたが、ほとんどわかんなかったけどな」


「馬鹿なことを。それではオーダーの魔術師と変わらんではないか……」


「ああ。だがな、たまげるぜ。人数だ。200人だ。200人いるんだぜ」


「……何が、200人だ?」


「聖堂の魔術師。人殺しどもが200人だ。正確には200と3人」


「なんだと!?」


 大きな声だった。オディーナの、騎士団大隊長として号令をかけることを日常としてる男が発する大きな声。それは宿屋の外まで響く。


「おいおい、少し静かに頼むぞ」


「あ、ああすまん……200人だと? 魔術協会は1000人足らずの集団だぞ。その5分の1が、その、人を殺す魔術師だと言うのか?」


「ああ、まさかあそこまでいるとは思わなかったぜ俺も。尾行させた一族のやつらも皆驚いてた」


「馬鹿な……! 魔術協会あそこは、ファレナ王国始祖のファレナ女王が作り上げた、人々のための研究機関だぞ。始祖の名を汚すとは許せぬ……っ!」


「魔法機関は国事には不介入。だがファレナ王国と魔術協会は深くつながっている。だからこそ、その許可証だ。国として協力を受けた上で、叩き潰したいんだそうだ。魔術協会の裏をな」


「……そうか、国として手を貸すことで、我が国の潔白も証明されるということか」


「そうだ。どうしてもこの話、外に出ちまったら魔術協会そのものが疑われる。繋がってるファレナ王国もだ」


「く……やっかいな……何故そのような馬鹿なことを」


「まぁ……結局は人よりも先に行きたいってことなんだろうな。人の生でできることは限られてる。死んだ先を見ることなど誰にもできない。だから」


「目的のために、他者の生を奪うか……馬鹿な、馬鹿なことを。自らの手だけで成し遂げれないのならば、それは己の丈にあってないということではないか……それ以上を求めることなど、そもそもが外れている……」


「違いねぇ」


 オディーナは何とも言えない表情で酒を口に運んだ。くいっとそれを飲み干して、そしてもう一杯グラスに注いで口に運ぶ。


 二杯のブドウ酒を飲み干した後、酒で少し顔を赤らめさせながら彼は机を一度拳で叩いた。


「許せん。平和を愛する国王陛下の下でそのような卑劣な行為を。アルスガンド、私からも頼む。奴らを全て倒してくれ」


「分かってる。もうすでに戦える一族全員に準備をさせている。まぁ任せとけ。アルスガンドの一族数十人に、魔法機関の埋葬者も数人いる。こんだけいれば城でも落とせるぜ」


「心強いな。だが我が騎士団を倒すには力不足ではないか?」


「馬鹿、張り合うなよ」


「ふふふ、しかし何だな。いつにも増してやる気を出してるじゃないか。一体どうしたんだ?」


「ま、かわいい女のためならばってな」


「……ああ、全く、お前は。いつか嫁に逃げられるぞ」


「そんときゃ腹切って死ぬさ。あれを失ったあとの世界で、生きる気はない」


「全く、本気なのか冗談なのかわからんなお前は」


 まるで子供のように笑うアルスガンドに、つられてオディーナも笑った。


 そして日が落ちて、そのまま一晩、二人は酒を飲み合う。他愛のない話をしながら。普段の苦労を語り合いながら。


 仕事の中で培った、奇妙な縁。アルスガンドの長と、ファレナ王国騎士団大隊長。彼らは互いに認め合い、心の底から信頼し合っていた。


 過去は未来へと続く通路。夢のひと時は今。


 ――夢の終わりまで、あと三日。

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