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漆黒のエリュシオン  作者: カブヤン
閑話 漆黒の月夜で孕んだモノ
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第9話 堕ちた魔術師たち

 魔術は人の世のために。ある男はそう願い、広げた。自らの知恵を人々へ授けた。


 それはとてもとても複雑な知識。零から理解できる者など何人もいない。だがそれでも、男は教え続けた。


 幾千の試行、幾万の年月、幾多の犠牲。


 その果てに、たどり着いた今。人々は魔力を理解し、術式を組み、発展へと至る。


 人々は進歩する。技術は進歩する。未来は今になる。


「よくぞ集まってくれた。歓迎しよう魔法機関」


 赤い絨毯、金の刺繍、豪華絢爛、輝くシャンデリア。円形の白き石の机は中央に、領主の座る椅子から等間隔に並べられた椅子はその机を囲むように。


 そこは貴族たちが相談事をする一室。決して広いとは言えないその部屋にいるのは、島の領主ウルスド。


 向かいに並ぶ四人。魔法師二人、ハルネリアとラナ。暗殺者二人、アルスガンドの長と、その妻エリンフィア。


「すまぬな朝食を用意させようと思ったが、使用人は晩餐会の後片付けで忙しくてな。少し時間がかかりそうだ。それまで茶でも飲んで落ち着いていてくれ。味は保証しよう」


 そこにいる者たちの目の前に置かれるティーカップ。その中には赤い紅茶。


 エリンフィアがそのカップを取って茶を喉に流し込む。そして一息。彼女は満足そうに、もう一度茶を口に運んだ。


「さて……では……まずは誤解を解こうか。昨夜も言ったが、私ウルスドは誓って人を殺したりはしていない。もちろん、人の肉体を用いての魔術開発などしていない。それは邪道だ。文字通りな」


 自信溢れる口調で、ウルスドはそう言った。その眼は一つの濁りも無い。


 だがそう口にされても、素直に信じる者などいない。ハルネリアは茶を口に運んでカップを片手に、ウルスドに向かって話した。


「昨夜の、操られた人たちは?」


「あれは罪人。腐敗した貴族。金で我が領地を汚した者」


「何故、自分の盾に?」


「罰である。我らが領地を守るため、死ねば本望、死なねば家畜として再び牢へ。彼奴等は己の欲望のために、幾多の人々を死に至らしめ、そして幾多の不幸を招いた。確かに、心は多少痛むが、それも長の務めであろう赤髪の埋葬者よ」


「古い統治は現代には残酷に見えることがある……か。」


 ハルネリアはカップを机の上に置く。カチャリと音を立て、紅茶は波打って。そして話は続く。


「かなり前、埋葬者が一人この地で死んだ。同行者の人が送り返した死体は、半身がえぐれて無かった。あなたの仕業?」


「……知らぬ。どのような埋葬者か?」


「髪の短い、背の高い女の魔法師。魔道具としてよく使っていたのは宝石。名をレーミリナ」


「知らぬ。誓って。だが一年以内ならば心当たりがある」


「知らないのに心当たり?」


「それを聞いて欲しかった。真実かどうかは、それから判断してほしい」


「わかった。話して」


「うむ」


 真剣な面持ちで、ウルスドは紅茶を一気に喉に流し込む。


 ハルネリアとラナは真剣な顔で彼を見ていたが、それとは逆に、アルスガンドの長とエリンフィアは何ともつまらなそうな顔で彼を見ていた。


「……まずは、初めから話そう。魔術協会に私がいた時、約10年前だ。赤髪の魔法師よ。魔術協会はどういうところか、深く知っておるか?」


「魔術協会は魔術たちが集まって魔術の研究をする協会……かな」


「うむ。一つ加えるならば、人々を進歩させるための研究だ。土地の改良、病の治療、生活の改善。我が城を照らすシャンデリアに使われてるような発光の術式が一例か」


「うん」


「協会は魔術師のための学校でもある。私は当時、その地で新しい転移の術式を研究していた。物を遠く離れた地へ移動させる転移の術式だ。どれ、一つみせよう」


 ウルスドは机の上に置かれたカップを左の掌に乗せ、眼を瞑り魔力を込める。


 光るカップ。光る両手。その光はだんだんと光量を増していく。


 そして気がついた時には左の掌のカップは右手の上に移動していた。そこにいる誰にも移動の瞬間を見ることはできなかったのだろうか。皆眼をパチパチとさせてその様子を見ていた。


「ははは、これは面白いなぁ。全然見えなかった。やるじゃねぇかなかなか」


「ほぅ……ちょっとした大道芸だな」


 特に眼がいいアルスガンドとエリンフィアがそう言ったのだから、誰にも見えなかったのだろう。


「今までの転移の術は、基点を作るために大規模な建造物が必要だった。だが私は小さな陣と魔術だけでそれを成している。私の服、袖の部分にその術式の魔術陣が書かれている。おっと、見せはせんぞ」


「そう、それで?」


「うむ、魔術協会でこの術式を研究していたのだが、10年前、我が父である先代の領主が死んだ。そのため私はファレナ王国の協会に居続けることができなくなった。この地を治める必要があるからな。そして、私は……協会を脱会した」


「魔法機関の記録ではその時に沢山の人を殺したとなっているけ、ど」


「……それは、ある意味では本当だ。私ではないが、私のせいではある」


「話して」


「もちろん」


 ハルネリアの言葉を受けて、ウルスドは眼を閉じて、何かを思い出すかのように深く唸った後彼は大きく深呼吸をした。


 そして続けられる言葉に、その場にいる者達全員の顔色が変わった。


「魔術協会の中に、人を殺すことだけを研究している集団がいる。私は私の友たちと共に、奴らと殺し合った」


 場を凍らせるその言葉。ウルスドはそのまま言葉を繋げる。


「やつらは強かった。数十年、あるいは数百年もの間、人知れず人々を殺しその魂を、肉を使いとてつもない魔力を得た魔術師たちだ。私たちのように魔術を人のために研究してる者達を表とするならば、やつらは裏。魔術協会の裏」


「……うっそ」


「本当だ青髪の魔法師。やつらは、我が研究を欲した。人一人の力だけで転移を成し遂げる我が術式。我が祖国であるこの交易の島、世界中の交易に役立てるために開発した術は、皮肉にも世界中どこからでも人という材料を集めれるようになるという、魔の術でもあったのだ」


 ラナは困惑したのか、眼を泳がせる。ハルネリアは手を口元に当てて何かを考え込んでいた。


 ハルネリアはふと、口元から手を外してウルスドに問いかける。


「何人、いるの? そいつら」


「実際に戦ったのは10人以上。未確認だが、100人近くいるかもしれん。やつらの言葉だが、これっぽっちではないぞ、だそうだからな」


「魔術協会って、1000人ぐらいの規模のはず、その10分の1が、そんな、人を殺す魔術師?」


「うむ。魔術協会は本来、人のために技術を磨く者が集まる学び舎。だが現実はこうだ。ファレナ王国というヴェルーナと並んで、世界で最も平和な国と言われるところにそのようなものがある」


「ファレナ王国は、何も言わない?」


「知らぬのだろう。知れば世界屈指の実力者集団である騎士団が黙ってはおらんはず。やつらも国に知られるのは困ると、私に脅しをかけてきておるからな」


「脅し?」


「一年前。やつらは私が持つ船を沈めた。そして突き出された。これだ」


「これは……」


 ハルネリアはウルスドが取り出した紙を受け取り、それを机に広げた。その紙には赤い字で箇条書きでいくつかの文章が書かれていた。


 1つ、ウルスド・ランディットが持つ全ての魔術に関する術式の提供。

 2つ、交易路における我々への不干渉。

 3つ、領地における我々の狩りの邪魔をしないこと。


 それは、契約書。赤い文字で書かれた契約書。紙の最後に、署名をするための空白がある。


「呪式と呼ばれる魔術契約書だ。魔術師として決して破ることができない契約書。これに署名すれば、私はこの書面にかかれたことを破ることはできなくなる。もし不慮であったとしても破ってしまった場合は、私の心臓は止まるだろう」


「……署名は、してない?」


「そうだ赤髪の魔法師。署名はしてないし、する気はない。私は先ほどのように、幾度かあやつらと戦ったのだ。罪人を兵にな。罪人とは言え、死地へ行かせるのは流石に気が退けたが……だが従えば多くの善良な人が死ぬ。故に私は戦い続けた」


「結局は罪人とは言え、人を死に追いやっている……正義とはいえない」


「その通り。私はまともに生きはせぬだろう。先に殺された妻と子の下へ、私は行けぬだろう」


「……そう」


「姐さん、どうします?」


「……ウルスド、彼らの居場所、本拠地、わかる?」


「協会より離れたところにある聖堂、協会所有している地ではあるが、魔術協会の者は決して立ち入らない場所がある。私が協会にいた際はとてつもない魔術が封印されてると噂されていたものだ」


「そこにいると?」


「わからんが、可能性は高かろう」


「姐さん?」


「ラナ。機関の本部に連絡して。ここで聞いたこと、先生に話して。できるだけ高位の埋葬者を集めるよう頼んで」


「やるんですか姐さん? こいつ、嘘ついてるかもしれませんよ?」


「そこ含めて、調べる。アルス、ごめん仕事増やしたいんだけどいいか、な?」


「そうだなぁ……」


 ほとんど会話に参加してなかったアルスガンドの長。少し伸びた無精ひげを右手でこすりながら彼は横を見る。


 彼が視た先にはつまらなそうに足を組んでいたエリンフィア。彼女の目の前のお茶はすでに空になっていた。


「何だ? お前が決めろ。私は従うだけだ」


「こういう時だけ……はぁ、一つ。ウルスド」


「うむ」


「お前は何を差し出す? 何を出せる?」


「何をだと?」


「お前、何も差し出さずにここに座ってるだけのつもりか? 魔法機関とその魔術協会の裏か。争わせて、お前はただ座ってるだけか? そんなんが人に死にに行けと言えるのか? あん?」


「む、それは……」


「差し出せ。地下の全部。差し出せ魔法機関に。お前の技術も全部だ。お前の人生をかけた成果をここにいるハルネリアとラナに差し出せ。まずはそれが最低限の、報酬だな」


「魔法機関に、我が研究の全てを差し出せと……?」


「そうだ。お前の生きて来てこれまでの研究成果全部と、地下室にある転移の魔道具全部だ」


「そこまで知っておるか……わかった。領民の安心のためだ。くれてやろう」


「おう、それでいい。これでハルネリア、お前も埋葬者上位だぜ」


「あ、うん……あ、ありがとう」


「さて、と。なっげー話もこれで終わりだな。よっし」


 机を軽くポンと叩いて、アルスガンドは立ち上がった。椅子の横に置いてあった赤と青の双剣を持ち上げて、腰に装備する。


「エリンフィア。村に伝えてくれ。でかい仕事だ。村にいるやつらはファレナ王国に入れってな」


「呼ぶのか? 確かに、今はそれなりに戦闘班はいるが、そこまでやる必要があるのか?」


「あるさ。魔術師100人。オーダーに載るとしたら上位ばかりだろう。しかも悪人だ。皆に経験させるにはもってこいの仕事だ。ハルネリア」


「何、アルス?」


「情報収集は俺達に任せろ。お前らがやってたんじゃ一年以上かかる。お前たちは魔法師をかき集めろ。俺たちは半月後にファレナ王国の魔法機関支部に顔を出す」


「半月? ちょっと、ここからファレナ王国にいくのにも一か月はかかるんだけど」


「俺が刻印でファレナ王国の港まで運んでやる。久々にでかい仕事だ」


「……わかった。あ、でも、そんなに大人数入るんなら、ファレナ王国騎士団に言っておかないと」


「知り合いがいる。いけ好かないが、あいつに言っておく。うまくいけば協力してくれるさ。頭硬い奴だがな」


「そう……やる気満々だね。ラナ、やろう。うまくいけば私たち上位に入れる」


「はい姐さん。上位になれば大きな作業場もらえますね」


「うん、アルス、本当にありがとう」


「気にするなって。さぁそれじゃ世の中綺麗にしてやろうかね」


 そして、彼らは城を後にする。目的地は、遥か遠く、世界で最も大きな国。ファレナ王国。


 進む彼らの背に注ぐ朝日は、彼らの前に影を落としていた。

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