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漆黒のエリュシオン  作者: カブヤン
閑話 漆黒の月夜で孕んだモノ
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第7話 月明かりに照らされて

 ――生まれながらに、王となることを強要された者は幸せなのだろうか。


 5年生きて、彼女の世界は城の窓から見える景色のみ。


 10年生きて、彼女の世界は城の窓から見える景色のみ。


 遠くに歩く人も、笑う人も、飛ぶ鳥も、走る犬も、全ては窓の向こう。


 それは鮮明に描かれた絵画のよう。


 手を伸ばしても届かない。どれだけ身を乗り出しても届かない。どれだけ声を上げても、届かない。


 多くの人に囲まれて、それでも、それ故に、一人。


 赤髪の姫は外へ憧れ続ける。母が、父が、使用人が、数多の声を掛け、数多の幸福を与えたとしても、それでも姫は外へ憧れ続ける。


 死ぬまで自分は城から出ることはない。それはある意味は真実、ある意味は虚偽。


 大事に大事に大事に。世界で最も尊き女王が、高齢となってようやく産み落としたその姫は、大事に大事に大事に。


 大事な宝物は、宝物庫の奥に。閉じられた扉の向こうに。


 女王にとって誤算だったのは、その宝物に、足があったこと。その宝物に、心があったこと。


 きっかけは、13の誕生日。城中の者達が盛大に彼女の生誕日を祝い、そしてたくさんの贈り物を彼女に送った。国中の人々も、噂に聞く美しい姫のために、沢山の贈り物をした。


 一つの部屋が埋まるほどの贈り物。その中に、それはあった。


 絵。外の世界を描いた絵。空に浮かぶ大陸の絵。


 色遣いは鮮明で、それは美しく、力強く。


 揺れた、心が揺れた。両手でその絵を持って、窓の傍へと歩いていく。月の光が一番よくその絵にあたるように、ランプを消して、自然のままの光で。


 右へ、左へ、絵を持って部屋の中を行ったり来たり。この絵は、風景画。この絵の場所が必ず世界のどこかにある。


 そして彼女は、城の外へ出た。


 彼女は窓から飛び降りた。高く大きな城の一角にある窓からである。普通ならば、地面にぶつかり怪我をしてその冒険は終わるだろう。


 だが、そこは赤髪の姫。魔法師の始祖の血統ヴェルーナ・アポクリファの姫。


 身体を羽のように浮かすことなど容易いのだ。


 城を飛び出た姫は、一人の少女となって町を駆ける。嬉しそうに、楽しそうに、悲しそうに。


 幾多の楽しみがあって、幾多の苦労があって、沢山の経験と沢山の出会いと沢山の別れと、そして流れ着いた先で出会った誰よりも不自由な男。


 ――お前、すごいな。お前みたいにできればな俺も。


 崩れそうな心を、幾多のしがらみでがんじがらめにしていた男は、ふと彼女に弱さを見せた。


 それを愛おしいと思ったのだから、きっとそれは、愛情なのだろう。


 初めて抱いた他人への愛情。ただ世界を見たかった彼女が得たのは、恋を超えた愛。その心を得たのは城を出てから三年後。




 ――綺麗な夢は、いつまでも。そう望み続けて、しかして終わりは来る。




「こりゃあ、なかなか」


「無駄口を叩くな。全部外すぞ」


「おう、エリンフィアそっちな」


「わかった」


 二人の男女は銀色の刃を投げる。城の通路で、上に下に、角に影に、次々と投げていく。


 それに伴って消えていく魔力の流れ。通路一杯に広がっていた結界は、一刀毎に消えていく。短剣が刺さっただけでその術式は消える。


「エリンフィア、わかるか」


「当たり前だ。どうする? 強引に行くか?」


「そうだな。まぁどうせ今夜で終わらせるんだ。後先考えずにいこうぜ」


「そうか。それじゃ、やるぞ。いいな?」


「いいぜエリンフィア。やっちまえよ」


「ああ」


 エリンフィアは両手に細身の剣を握って、クルクルと回しながら壁に近づいた。そして一呼吸でその剣を振る。


 右上から左下、左上から右下。交差させて一瞬。


「それじゃま、何がでてくるかね」


「これだけ厳重に隠してるんだ。面白いものだろう確実に」


「だな」


 エリンフィアは目の前の壁を蹴った。音を立てて、十字に分断された壁は蹴られた箇所を中心に後ろへと崩れていった。


 崩れた壁、その向こう。暗い通路と階段。隠し通路。


 城の壁の中に隠し通路があったのだ。光すら差し込まない真っ暗な通路を躊躇することなく彼らは進む。


 急な階段だったが、二人はそんなことは関係ないと言わんばかりにするすると降りていく。長い長い階段を。彼らは降りていく。


 眼を凝らし、瞼を広げて、闇を見る。二人は奥へ奥へと進んでいく。


 降りる。降りる。階段を降りる。そして止まる。


 木の扉。降りた先にあったそれにエリンフィアは無言で手を掛ける。


 アルスガンドの長に目をやって、エリンフィアは腕に力を入れた。


 勢いは弱く。ゆっくりと開かれる扉。部屋の光が一気に通路に漏れ出す。


 二人は一瞬でその光量に耐えるよう、瞳孔を閉じて。彼らは部屋の中を見た。


「これは――」


 思わず声を上げるエリンフィアに、真剣な眼差しで部屋の中にあるそれを見るアルスガンドの長。


 互いの顔を見合わせて、二人は頷く。そして二人は消えた。その場から跡形もなく消えた。


 ――時は同刻。晩餐会会場で。


 城の地下室に侵入者が入ったことなどつゆ知らず。領主は高らかに笑っていた。片手にはブドウ酒。真っ赤なそれを、喉に流し込んで彼は笑う。楽しそうに笑う。


 会場の机に並べられた料理の数々。それはだた一言で言い表すならば、豪勢。贅沢とはこういうことだと言わんばかりに、高価な食材がところせましと並んでいる。


 目の前の肉料理を、優雅に切りさいて口に運ぶのはハルネリア。その佇まいはまるで高名な貴婦人のよう。若々しい見た目からは想像もできないようなその慣れた動き。


 その姿に、周囲の貴族たちは、そして隣に座るラナ・レタリアは眼を奪われる。口元をぬぐう姿すら美しいハルネリアの姿に、周囲の者達は声を発することすら忘れていた。


「ラナ。ラナ?」


「……はっ!? 姐さんどうしました!?」


「何を慌ててるの? ラナも食べて。大丈夫だから」


「は、はい!」


 ラナは緊張した面持ちで、ゆっくりと目の前の料理に手を伸ばした。気をつけているつもりでも、どうしても食器同士が当たってカチャカチャと音を立てている。


「……はぁ、姐さんどこでマナーを習ったんですか?」


「子供の時にちょっと」


「そうですか……はぁ」


 ラナは居心地が悪そうに、それでも懸命に繕いながら料理を口に運んでいった。


 周りには様々な年齢の男女が二人と同じように食事を楽しんでいた。時折談笑しながら。聞こえてくる会話の内容は、他愛のない世間話。


 交易品の自慢。貴族の誰が、こんなことをしていた。今あの人はこうなっている。


 周りの会話に魔術師のまの字もでてこない。平和そのもの。


「さて! 皆の衆!」


 大きな声でそういいながら領主が立ち上がった。片手にワイン酒のグラスを持って。


 料理を楽しんでいた貴族たちは一斉に領主の方を見る。


「我が自慢の料理人たちが作った料理! 楽しんでいるようで何よりだ! その料理に使われている食材は全て私自らが世界中より集めた物だ!」


 会場にいる者達が感嘆の声を上げる。領主自ら食材を調達するなど、珍しいことだから。


「肉! 野菜! そして香辛料! もちろん小麦も! 全て最高級品! 全て現地調達だ! ふふふははははは!」


 パチパチと拍手が鳴りだした。最初は小さく、次第に大きく。


 喝采は全て領主に。それに気をよくしたのか、領主はより一層大きな声で笑った。


「皆の衆!」


 一声、その一声で拍手は止まる。


「我は嬉しく思う! 皆に喜んでもらえて! 皆! もっと美味な料理を味わいたくはないか!? どうだ!? どうだそこの者!」


「あ、あるのですか!? これ以上が!?」


「うむ!」


 ハルネリアたちの周りの者たちは、沸いた。どんな料理なのだろうかと思いを馳せて。隣の者と相談をする者もいる。


「さぁ持って参れ! ここへ!」


 会場の扉が、勢いよく開いた。次々と入ってくるのは、皿を持った使用人たち。


 会場にいる一人一人の目の前に置かれていくその皿。当然、ハルネリアたちの前にもそれは置かれる。


 並べられていく皿。皿の中身をよく見ようと、その会場にいる全員がその皿を覗き込んだ。


 そこにあったのは――


「ふははははは! これぞ世界で最もうまい料理! 即ち!」


 領主はそう叫びながら、手に持ったブドウ酒を一気にあおった。そのままグラスを床にたたきつけて、大きな音が会場に鳴り響く。


 そして現れる。皿の中身。それは一気に形を帯びて、飛び出てくる。


「ラナ!」


「はい姐さん!」


 寸前で反応して飛びのくハルネリアとラナ。彼女たちの目の前を赤い手が掠める。


 そう、皿から飛び出てきたのは赤い手だった。それは貴族たちを、商人たちを、一気に掴んで皿の中へと引きずり込む。


 声一つ上げる間もなく、会場にいた沢山の人々は皿へと引きずり込まれて消えていった。広い会場、残されたのはハルネリアとラナの二人だけ。


「な、何これ!? 姐さんこれは!?」


「ついに尻尾を出した、な。ウルスド」


 ハルネリアが本を開く。独りでにその本はページが開かれていく。


 どこからかラナも杖を出して、構えた。


「くくく……ついに、姿をみせたな。姑息な者どもめ。我が領民の血と汗の結晶。お前ら如きに渡すものか……くくく」


 領主であるウルスドは静かに呟く。笑いながら、怒りながら。


「はぁ? あんたあれだけいた人たちを一瞬で消しといて何言ってるの? もう言い逃れできない程の罪よ! きっちりしっかり私たちが裁いてあげるから覚悟なさいな!」


 ラナは杖を突き出しながら、ウルスドに向かって叫んだ。輝く杖と、青髪。


「裁くだと? 何とも傲慢だ。お前たちは常に傲慢だ。その傲慢さを、叩き直してくれようぞ。皆

来るがいい! 食事の時間だ!」


「なっ」


 ウルスドの号令と同時に、皿から一斉に赤い手が這い出てきた。


 手の先にあるのは、当然身体。真っ赤な腕は皿から出るや否や人の身体の色となって。そして現れる沢山の人々。


 一人として貧相な格好をした者はいない。豪華絢爛、晩餐会の会場は、さながら貴族たちの社交場のように。


 煌びやかなドレス。煌びやかなスーツ。皿から這い出てきた者達は、皆豪勢な服で着飾っていた。


「さぁ罪人どもよ! 家畜どもよ! 我が愛しの領民どもよ! 我らが宝を守るために! この二人を捕らえるのだ! いけぃ!」


 料理の乗った机を蹴り飛ばして、豪勢な服を着た者達はハルネリアたちに向かってゆっくりと歩めた。


 その数、数十人。虚ろな眼をした者達はさながら死人のよう。ゆらゆらと身体を揺らして、それらは迫りくる。


 ハルネリアとラナは、長いスカートを縦に引き裂いて、迫りくる者たちに向かってそれぞれの得物を構えるのだった。

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