第6話 領主の城で
隣にいる人間をいつでも殺せる。
愛も憎も無く、ただ淡々と作業のように人を殺せる。
そんな現実に、壊れない心などはない。
手すら震えない現実。愛情も、憎悪も、茶番でしかなく。
――つまらんな。茶番の方が楽しい。間違いないだろ?
その言葉に恋をした。
その心に恋をした。
その女に恋をした。
才のみが己の妻の条件だと言われ続けてきた男は、疑問すらもたなかったその男は、初めて反発した。
大きな大きな反発。子が、親に対する反発。
変えるために壊さねばならないといけないのならば、壊すだろう。人を壊すだろう。人を殺すだろう。
始まりは終わりのために。終わりは始まりのために。
――夢の終わりまで。時は進んでいく。
夜、月夜。
肌寒い風を身に受けて、彼らは木の上に立っていた。眼前には屋敷。大きな屋敷。
月夜にあって、屋敷の中はまるで昼のように明るい。
「結局、直接忍び込むのが手っ取り早いんだ。なぁ?」
「俺苦手なんだけどなぁ隠密行動」
「長が言う言葉か。行くぞ」
頭に黒い布を巻いた二人の男女。口元を黒い布で覆って、二人は木を伝って屋敷の中へと入っていく。
時は戻り、1日前。宿屋の一室で。
「結局3日経ったが何も無かったぞ。なぁんもだ。どうなってるんだハルネリア」
「使い魔にも反応はなかった……おかしい……」
アルスガンドの長の言葉に、ハルネリアは困惑しながら机の上の地図を見続ける。地図にはいくつもの点が打たれている。
四人、アルスガンドの長とその妻、ハルネリアとラナ。彼らは地図の広げられた机を囲み、それぞれ思い思いに考え込んでいる。
「税も少ない。行方不明者もいない。島で悪さをした者は捕らえられるが、それも公平な裁判にて罪が決められる。統治としては、素晴らしいな。領主に関してはいい噂しかないなここは」
エリンフィアが首を抑えながらそう言った。
彼らは3日間、思い思いの方法で島から情報を集めた。夜は寝ずに魔術の発動に目を凝らし、おかしな行動をする者達がいればつけたりもした。
結果として得られたのは、何もないということ。
「凶悪な魔術師が治めてる地は平和極まりない……ラナ、魔法機関と連絡ついた?」
「はい。姐さんの言うオーダーに関する情報の間違い、問い合わせましたが間違いはないとのことです」
「そう……」
ハルネリアは椅子に身体を落とし、脚を組んで天井を見上げた。ボーっとした顔で、天井の一点を見る彼女の姿に、何故かラナは顔を赤らめて。
「領主以外の貴族たちも、普通に生活してるだけ。少し、統率され過ぎてる感はあるけど、それも領主の力ということか、な」
「最終日は朝出立しないといけない。実質もう1日しかないですよ滞在許可……姐さん。どうします?」
「オーダーナンバー7、ここまで尻尾を見せないなんて。一体何の魔術の研究をしてるのかすらわからない」
「一旦退きますか姐さん」
「うん、それも手。でもそれは一つ思いついたこと、試してみてからにする」
「試す?」
「うん、これを見て」
そういうと、ハルネリアは巻かれた一枚の紙を出した。その紙は、紐で封印されていた。
ハルネリアは短剣でその封印を解き、紙を広げる。その紙には綺麗な文字が並んでいた。
「ほぅ……?」
その手紙に書かれてる文字を見て、エリンフィアが声を上げた。
「晩餐会への紹介状か」
「滞在手続きをしたときに貰った。届け出した時は私たち、大きな船の商人だと届けてるから」
「はははそれはいいな。ハルネリア、お前かなり有能なんじゃないのか?」
「ありがとうエリンフィアさん。あなた程じゃない」
笑うエリンフィアとは対照的に、ハルネリアはむっとした顔だった。どこか、敵対心を感じるその表情。
何とも言えないその空気を壊したかったのか、アルスガンドの長は絞り出すように声を出した。
「あ、と、ということは、晩餐会に出るんだな?」
「うん、直接領主の顔も見れるし、何よりも城が晩餐会に気を取られる。この日なら、簡単に中を調べれるはず」
「そ、そうか……ん? 領主を殺して終わり、じゃダメか?」
「駄目、何だか変。しっかりと情報は集めたい」
「そうか。まぁお前がそういうならそうなんだろうな。ハルネリアは勘はいいからな」
その言葉に彼はふと視線を感じた。何気なくその感じた方向をみると、エリンフィアが冷たく笑いながら彼を見ていた。
「ああ、まぁ、エリンフィア程じゃ、ないけどな……」
小さな声で彼は自分の妻を賛美する。それに満足したのか、エリンフィアは前を向いた。
針の筵に座らされたかのような居心地。彼はこの数日間、休まることはなかった。
「なんなのこれ」
ラナが思わずつぶやく。
「作戦を言うから、聞いて」
ハルネリアが手紙を広げ、その上に手を置いた。
「二組に分かれる。私とラナは晩餐会に参加する。ラナ、もう晩餐会用の服は注文してあるから、明日取りに行こう。大きさだけ調整した服だけど十分だと思う」
「はい姐さん」
「アルスとエリンフィアさんは城に忍び込んでもらう。敵の術式の解明と、あと事件の解明。何をしているのかを調べて」
「おうわかった。エリンフィアいいな?」
「ああ、文句はないさ」
「一日どころか、一晩しかない。調べてその結果魔法機関のいう通りの人物なら、そこで仕留める。皆それでいい?」
「おう」
頷くアルスガンド初め、誰も異論を言う者はおらず。ハルネリアは招待状をクルクルと巻いてローブの中に仕舞った。
――そして時は戻る。一日と数刻。
一人は美しいドレスに、白い手袋。肩まで伸びる赤い髪に綺麗な髪飾りをつけて。片手には本。
一人は同じくドレス姿、黒い手袋に、青髪を頭の後ろで巻いて束ねて、大きな髪飾りでそれを止める。
ハルネリアとラナは、二人並んで城を歩く。一歩ごとに沈む赤い絨毯。貴族たちが、招かれた商人たちが、思い思いに通路で会話を楽しんでいる。
どこからどうみても平和なこの光景。
「何だか普通ですね姐さん。もっと禍々しいものかと思ってました」
「気を抜かないで」
「はい、すみません」
二人は歩く。晩餐会の会場に向かって。
美しい二人の姿に目を止める者は一人や二人ではないが、それを一切意に介さず二人は進む。赤い絨毯を踏みながら。
「姐さん。気付いてます?」
「もちろん」
「魔力、出てますね。周りから。城丸ごと何らかの結界ですよこれ」
「危害があるようには感じない。防御の何かだとは思うけど、結構独特。魔術よりはむしろ……」
「ちょっと魔法っぽいですよね。ちょっとだけ」
「うん」
歩く。ゆっくりと、優雅に。そして到着する。晩餐会の会場。
ハルネリアたちは机に座る使用人の下へと歩いて、促されるままに記名した。当然のようにその名は偽名。
招待状を使用人に渡して、彼女たちは扉を開く。そして広がる広大なテーブル。いくつも並んだ椅子。
豪華な豪華な料理が次々と並べられていく、その光景は、とても悪の魔術師が創り上げた光景には見えず。
「ラナ、食べ物、注意して」
「毒は大丈夫です。霊薬飲んできましたから」
「そう、ならいい」
赤髪と青髪の魔法師二人は一番前列に並んで座った。領主の席であろう一つ離れた席。そこがよく見える位置に。
人々が次々にその部屋に入ってくる。皆にこやかに、皆嬉しそうに。
今日の料理はどんなものだろうかと、皆が互いに話し合っている。楽しそうに。
そして最後に現れる。大きな男。一際豪華な衣装に身を包んで、整えられた髭をさすりながら、その男は客である人々一人一人に軽く挨拶をして回る。
外洋の交易路の要である、この地を治める領主ウルスド・ラッディット。堂々とした面持ちで、彼はハルネリアたちにも頭を下げて、自らの席へと向かっていった。
ハルネリアとラナは気を抜くことなく、その姿を見続けるのだった。




